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 帰省を利用した九州の重伝建巡り第5弾。今日は佐賀県の2回目で残りの嬉野市と有田市の2か所の重伝建を訪れた。<br /> 嬉野市塩田津は長崎街道と塩田川に沿った商家町で居蔵造の商家が並んでいた。師走なのに歩いている人も殆どいなく、白壁に黒瓦の街並みはとても静かだった。<br /> 街歩きの後は武雄温泉へ。TVに出てくる武雄温泉楼門と新館は工事や休館で見ることは出来なかったが、歴史的建物を使った元湯で立寄り湯を楽しんだ。<br /><br />**********************************************************<br /> 重伝建登録地区名:嬉野市塩田津<br /> 分類:商家町<br /> 塩田津は有明海の干満の差を利用した川港と長崎街道が育んだ商家町で、蓮池藩の西目統治の拠点として栄えた。街並みは藩政期に遡る地割を背景に、重要文化財西岡住宅と登録文化財杉光陶器店を核とし、江戸後期に建設された「居蔵造」と呼ばれる町家が重厚な景観を形成しており、これに塩田石工による仁王像、恵比須像などが加わって良好な歴史的風致を構成している。<br /> ~全国伝統的建造物群保存地区協議会発行「歴史の街並み」より

重伝建巡り「嬉野市塩田津」(商家町 佐賀県)と武雄温泉

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2021/12/14 - 2021/12/14

300位(同エリア4265件中)

万歩計

万歩計さん

この旅行記のスケジュール

2021/12/14

  • 博多駅から肥前鹿島駅へ

  • 肥前鹿島駅から塩田津へ

  • 塩田津から武雄温泉へ

  • 武雄温泉から有田へ

この旅行記スケジュールを元に

 帰省を利用した九州の重伝建巡り第5弾。今日は佐賀県の2回目で残りの嬉野市と有田市の2か所の重伝建を訪れた。
 嬉野市塩田津は長崎街道と塩田川に沿った商家町で居蔵造の商家が並んでいた。師走なのに歩いている人も殆どいなく、白壁に黒瓦の街並みはとても静かだった。
 街歩きの後は武雄温泉へ。TVに出てくる武雄温泉楼門と新館は工事や休館で見ることは出来なかったが、歴史的建物を使った元湯で立寄り湯を楽しんだ。

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 重伝建登録地区名:嬉野市塩田津
 分類:商家町
 塩田津は有明海の干満の差を利用した川港と長崎街道が育んだ商家町で、蓮池藩の西目統治の拠点として栄えた。街並みは藩政期に遡る地割を背景に、重要文化財西岡住宅と登録文化財杉光陶器店を核とし、江戸後期に建設された「居蔵造」と呼ばれる町家が重厚な景観を形成しており、これに塩田石工による仁王像、恵比須像などが加わって良好な歴史的風致を構成している。
 ~全国伝統的建造物群保存地区協議会発行「歴史の街並み」より

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス JR特急 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  •  朝の博多駅

     朝の博多駅

    博多駅

  •  8:52発 「特急かもめ」に乗車。

     8:52発 「特急かもめ」に乗車。

  •  ガラガラです。

     ガラガラです。

  •  吉野ケ里遺跡横を通過。

     吉野ケ里遺跡横を通過。

    吉野ヶ里歴史公園 (吉野ヶ里遺跡) 名所・史跡

  •  1時間で肥前鹿島駅に到着。

     1時間で肥前鹿島駅に到着。

    肥前鹿島駅

  •  3か月前にも来た肥前鹿島駅。

     3か月前にも来た肥前鹿島駅。

  •  ここから祐徳バスに乗って嬉野市塩田津へ向かいます。昼間は1時間に1本の運行。

     ここから祐徳バスに乗って嬉野市塩田津へ向かいます。昼間は1時間に1本の運行。

    祐徳バス 乗り物

  •  バスセンターで塩田津の街歩きマップをゲット。

     バスセンターで塩田津の街歩きマップをゲット。

  •  肥前鹿島駅前から17分、市役所前で下車。

     肥前鹿島駅前から17分、市役所前で下車。

  •  橋を渡ると重伝建の南端、町を貫くのは旧長崎街道。<br /> 塩田津は江戸時代に長崎街道の宿場町として、また有明海の干満の差を利用して発達した川港として栄えました。

     橋を渡ると重伝建の南端、町を貫くのは旧長崎街道。
     塩田津は江戸時代に長崎街道の宿場町として、また有明海の干満の差を利用して発達した川港として栄えました。

  •  真っ赤なシャッターのある洋風建物は旧警防団屯所。地元出身の実業家の寄贈で、昭和15年に建築されました。

     真っ赤なシャッターのある洋風建物は旧警防団屯所。地元出身の実業家の寄贈で、昭和15年に建築されました。

  •  その隣は旧向井家。江戸時代の建築で、蓮池藩士の寺子屋だったそうです。

     その隣は旧向井家。江戸時代の建築で、蓮池藩士の寺子屋だったそうです。

  •  裏の石段の上に古いお寺があるというので行ってみます。

     裏の石段の上に古いお寺があるというので行ってみます。

  •  真言宗常在寺。行基により和銅元年(708年)に開山された古刹。

     真言宗常在寺。行基により和銅元年(708年)に開山された古刹。

  •  重伝建の対象で往時の姿を残しながら修理されています。

     重伝建の対象で往時の姿を残しながら修理されています。

  •  長崎街道を北に歩きながら重伝建を見ていきます。

    イチオシ

     長崎街道を北に歩きながら重伝建を見ていきます。

  •  とても静か。誰も歩いていません。

     とても静か。誰も歩いていません。

  •  香月家、現在は「カフェ楽家」。19世紀中頃の建築で本来は居蔵造りでしたが、昭和初期に改築されています。

     香月家、現在は「カフェ楽家」。19世紀中頃の建築で本来は居蔵造りでしたが、昭和初期に改築されています。

  •  塩田宿 レトロ館

     塩田宿 レトロ館

  •  札ノ辻。江戸時代の高札場の跡。

     札ノ辻。江戸時代の高札場の跡。

  •  西家<br /> 建物は江戸中期の建築。慶応2年の「町考図」には「菓子ヤ善七」と記載されているそうで、今でも多くの落雁の木型が残っているそうです。長崎街道は別名「シュガーロード」と呼ばれました。

     西家
     建物は江戸中期の建築。慶応2年の「町考図」には「菓子ヤ善七」と記載されているそうで、今でも多くの落雁の木型が残っているそうです。長崎街道は別名「シュガーロード」と呼ばれました。

  •  小柳家・田崎家<br /> 19世紀前半の建築で大壁造りの入母屋桟瓦葺きの居蔵造り。塩田津最大級の建物です。当初は「本釜屋」の屋号で呉服屋を営み、後に柳川商業銀行の営業権を引き受けた(株)塩田銀行になりました。

     小柳家・田崎家
     19世紀前半の建築で大壁造りの入母屋桟瓦葺きの居蔵造り。塩田津最大級の建物です。当初は「本釜屋」の屋号で呉服屋を営み、後に柳川商業銀行の営業権を引き受けた(株)塩田銀行になりました。

  •  旧長崎街道の脇道

     旧長崎街道の脇道

  •  吉富家は寛政2年(1790年)築の塩津田で最古の居蔵家。吊り大戸や摺り上げ戸が残っているそうです。

     吉富家は寛政2年(1790年)築の塩津田で最古の居蔵家。吊り大戸や摺り上げ戸が残っているそうです。

    Vegeキッチン 塩田津 グルメ・レストラン

  •  現在「Vegeキッチン」

     現在「Vegeキッチン」

  •  旧長崎街道と塩津田の街並み。

     旧長崎街道と塩津田の街並み。

    塩田津 名所・史跡

    旧長崎街道に沿った重伝建の町並 by 万歩計さん
  •  来た道を振り返る。

     来た道を振り返る。

  •  国指定有形文化財 杉光陶器店<br /> 安政2年(1855年)建築の三階建ての大型居蔵造で今は喫茶店。内部の意匠は優れた職人技が見られるそうですが非公開。

     国指定有形文化財 杉光陶器店
     安政2年(1855年)建築の三階建ての大型居蔵造で今は喫茶店。内部の意匠は優れた職人技が見られるそうですが非公開。

    MILKBREW COFFEE グルメ・レストラン

  •  レンガ造りの小さな蔵を挟んで、

     レンガ造りの小さな蔵を挟んで、

  •  重要文化財 西岡家<br /> 廻船問屋として財を成し、建物は安政2年(1855年)建築の大型居蔵造り。出入口の持ち送り、吊り大戸や摺り上げ戸のほか、内部の意匠も優れているそうですがやはり非公開。

     重要文化財 西岡家
     廻船問屋として財を成し、建物は安政2年(1855年)建築の大型居蔵造り。出入口の持ち送り、吊り大戸や摺り上げ戸のほか、内部の意匠も優れているそうですがやはり非公開。

    西岡家住宅 名所・史跡

  •  西岡家と杉光陶器店。

    イチオシ

     西岡家と杉光陶器店。

  •  窯工場跡があるというのでちょっと脇道へ。

     窯工場跡があるというのでちょっと脇道へ。

  •  丸田窯工場跡。明治時代になると塩津田でも磁器が焼かれるようになり、丸田窯は明治21年から昭和18年まで操業していたそうです。

     丸田窯工場跡。明治時代になると塩津田でも磁器が焼かれるようになり、丸田窯は明治21年から昭和18年まで操業していたそうです。

  •  旧長崎街道に戻って、

     旧長崎街道に戻って、

  •  江口家<br /> 建物は19世紀初頭の建築で、表構えは天保11年(1840年)に改築。<br /><br />

     江口家
     建物は19世紀初頭の建築で、表構えは天保11年(1840年)に改築。

  •  江戸時代は蓮池藩の上納米を扱う米商人で、5代目江口平兵衛が日常生活を書いた「天相日記」は当時を知る貴重な文献です。

     江戸時代は蓮池藩の上納米を扱う米商人で、5代目江口平兵衛が日常生活を書いた「天相日記」は当時を知る貴重な文献です。

  •  「月と共に 我もこの世の 雲隠れ」<br />  ~江口家5代目当主平兵衛 辞世の句

     「月と共に 我もこの世の 雲隠れ」
      ~江口家5代目当主平兵衛 辞世の句

  •  御蔵馬場。この辺りが塩津田の中心。

     御蔵馬場。この辺りが塩津田の中心。

  •  御蔵。藩の米蔵5棟が文化10年(1813年)に建設されました。後に陶磁器職工養成所になりました。

     御蔵。藩の米蔵5棟が文化10年(1813年)に建設されました。後に陶磁器職工養成所になりました。

  •  御蔵浜。塩田川に造られた荷上場跡。

     御蔵浜。塩田川に造られた荷上場跡。

  •  脇道に入って本応寺へ。

     脇道に入って本応寺へ。

  •  享保17年(1732年)建立の山門に建つ2体の仁王像は、寛延2年(1749年)に寄進されたもの。

     享保17年(1732年)建立の山門に建つ2体の仁王像は、寛延2年(1749年)に寄進されたもの。

    本應寺 寺・神社・教会

    山門に建つ一対の仁王像 by 万歩計さん
  •  厳めしさはなくちょっとユーモラスな表情

     厳めしさはなくちょっとユーモラスな表情

  •  天正14年(1586年)開基の本応寺は、かって本陣として利用されました。

     天正14年(1586年)開基の本応寺は、かって本陣として利用されました。

  •  生蓮寺

     生蓮寺

  •  旧下村家。屋根はコの字のクド造りで、江戸時代後期の建築。

     旧下村家。屋根はコの字のクド造りで、江戸時代後期の建築。

    塩田津町並み交流集会所 名所・史跡

    計量所の跡 by 万歩計さん
  •  現在は街並み保存館

     現在は街並み保存館

  •  その隣が旧計量所。

    イチオシ

     その隣が旧計量所。

  •  昭和24年に天草石(陶石)の集荷施設として建設されました。天草石は船で運ばれ、塩田川流域にある水車で粉砕され焼き物産地へ運ばれました。

     昭和24年に天草石(陶石)の集荷施設として建設されました。天草石は船で運ばれ、塩田川流域にある水車で粉砕され焼き物産地へ運ばれました。

  •  昭和39年に走行クレーンごとに重量を計る計量所が設置され、昭和51年まで使われました。

     昭和39年に走行クレーンごとに重量を計る計量所が設置され、昭和51年まで使われました。

  •  河岸から見た旧下村家と旧計量所。

     河岸から見た旧下村家と旧計量所。

  •  鬼崎家。居蔵造りの大型町家で建築は19世紀初期。昭和初期には魚市場として使われました。

     鬼崎家。居蔵造りの大型町家で建築は19世紀初期。昭和初期には魚市場として使われました。

  •  円田家。昭和初期建築の洋風2階建て。土蔵造りの蔵を併設。

     円田家。昭和初期建築の洋風2階建て。土蔵造りの蔵を併設。

  •  最後に立傳寺へ。

     最後に立傳寺へ。

  •  天正12年開基の浄土真宗の寺。

     天正12年開基の浄土真宗の寺。

  •  本堂前の水盤は天明4年に地元の石工が造ったもの。

     本堂前の水盤は天明4年に地元の石工が造ったもの。

  •  これで重伝建の街歩き終了。

     これで重伝建の街歩き終了。

  •  ここからバスで武雄温泉へ。

     ここからバスで武雄温泉へ。

  •  武雄温泉で下車して立寄り湯。

     武雄温泉で下車して立寄り湯。

  •  温泉の入口に立つ朱塗りの楼門は武雄温泉のシンボル。しかし工事の覆いが掛かっていました。

     温泉の入口に立つ朱塗りの楼門は武雄温泉のシンボル。しかし工事の覆いが掛かっていました。

    武雄温泉楼門 名所・史跡

  •  東京駅を設計した唐津出身の辰野金吾の設計で、大正4年に建てられました。天井に子、卯、午、(東、西、南、北)のレリーフがあります。

     東京駅を設計した唐津出身の辰野金吾の設計で、大正4年に建てられました。天井に子、卯、午、(東、西、南、北)のレリーフがあります。

  •  源泉は楼門のすぐ横。

     源泉は楼門のすぐ横。

  •  楼門をくぐると武雄温泉新館。大正4年の竣工で、平成15年に復元工事が完了しました。

     楼門をくぐると武雄温泉新館。大正4年の竣工で、平成15年に復元工事が完了しました。

    武雄温泉新館 名所・史跡

  •  生憎休館日でした。当時の大衆浴場の様子や、幻の浴室といわれる大正天皇のために造られた浴室、当時貴重であったマジョリカタイルや陶板デザインタイルなども見学できたのですが残念。

    イチオシ

     生憎休館日でした。当時の大衆浴場の様子や、幻の浴室といわれる大正天皇のために造られた浴室、当時貴重であったマジョリカタイルや陶板デザインタイルなども見学できたのですが残念。

  •  敷地内には他にも入浴施設がありますが、

     敷地内には他にも入浴施設がありますが、

    武雄温泉 温泉

    シンボルの楼門の中には多くの温泉施設 by 万歩計さん
  •  選んだのは元湯。TV番組によく出る「殿様の湯」は貸切専用です。

     選んだのは元湯。TV番組によく出る「殿様の湯」は貸切専用です。

    武雄温泉 元湯 (武雄温泉) 温泉

  •  大人450円、お湯はやや熱めのよう。

     大人450円、お湯はやや熱めのよう。

  •  多くの人が入浴中で写真は撮れません。木造の広々とした湯殿にアルカリ性単純泉の「あつ湯」と「ぬる湯」の2つの浴槽。無色透明のさらっとした泉質でした。

     多くの人が入浴中で写真は撮れません。木造の広々とした湯殿にアルカリ性単純泉の「あつ湯」と「ぬる湯」の2つの浴槽。無色透明のさらっとした泉質でした。

  •  武雄温泉から次の重伝建有田市へ。

     武雄温泉から次の重伝建有田市へ。

    武雄温泉駅

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この旅行記へのコメント (2)

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  • pedaruさん 2022/12/09 06:09:11
    重伝建めぐり
    万歩計さん おはようございます

    うわーっ なんと素晴らしい街歩き、ここは観光地ではないようですね。人の往来も少なそうです。ここには本当の日本があります。しかも過去の日本が。
    わざとらしくない街並み、いつまでも保存してもらいたいですね。
    万歩計さんの行動力に驚嘆しています。

    武雄温泉へは行きました。竜宮城みたいな建物のある温泉ですね。ここで、最熱の湯に入りました。エピソードが少なすぎて、旅行記は書きかけになっております。

    pedaru

    万歩計

    万歩計さん からの返信 2022/12/10 10:05:06
    Re: 重伝建めぐり
     pedaruさん、おはようございます。

     塩田津は重伝建とはいえ古い家並みがずらりと並んだわけでなく、何処にもありそうな、それでいて郷愁を感じさせる町でした。
     重伝建巡りのついでにスーパー銭湯等で立ち寄り湯は万歩計の常道パターンです。しかし温泉街自体が重伝建になっているのは日本でただ1個所。それは島根県の温泉津です。その温泉津に行ってきました。少し先になりますが旅行記をアップする予定です。

      万歩計
     

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