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 奈良県の重伝建3か所を回り終え、今度は隣の大阪府へ。唯一の重伝建が南東部で金剛葛城山系を境に奈良県に接する富田林市にある。奈良からのアクセスは悪く、重伝建がなければ訪れる機会のない町だったろう。<br /> 街並みは碁盤の目状に整然と区画され、場所によっては時代劇のセットのようだった。ただ家並越しに見え隠れするPL教団の巨大な塔が異様に感じられた。<br /><br />**********************************************************<br /> 重伝建登録地区名:富田林市富田林<br /> 分類:寺内町・在郷町<br /> 富田林は中世末期に成立した寺内町と呼ばれる宗教都市である。町内は南北六筋、東西七町に整然と区画され、周囲には土居を巡らしていた。江戸時代以降は周辺地域の物資の集積地として商業活動が継続し、在郷町として発展した。保存地区は成立期以来の町割りが良く残り、街路沿いには入主屋造又は切妻造で平入・本瓦葺の大規模な町家が軒を連ねている。<br />

重伝建巡り「富田林市富田林」(寺内町・在郷町 大阪府)

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2021/03/09 - 2021/03/09

17位(同エリア223件中)

万歩計

万歩計さん

この旅行記のスケジュール

2021/03/09

  • JRと近鉄を乗り継いで富田林駅へ

この旅行記スケジュールを元に

 奈良県の重伝建3か所を回り終え、今度は隣の大阪府へ。唯一の重伝建が南東部で金剛葛城山系を境に奈良県に接する富田林市にある。奈良からのアクセスは悪く、重伝建がなければ訪れる機会のない町だったろう。
 街並みは碁盤の目状に整然と区画され、場所によっては時代劇のセットのようだった。ただ家並越しに見え隠れするPL教団の巨大な塔が異様に感じられた。

**********************************************************
 重伝建登録地区名:富田林市富田林
 分類:寺内町・在郷町
 富田林は中世末期に成立した寺内町と呼ばれる宗教都市である。町内は南北六筋、東西七町に整然と区画され、周囲には土居を巡らしていた。江戸時代以降は周辺地域の物資の集積地として商業活動が継続し、在郷町として発展した。保存地区は成立期以来の町割りが良く残り、街路沿いには入主屋造又は切妻造で平入・本瓦葺の大規模な町家が軒を連ねている。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

PR

  •  JRと近鉄を乗り継いで富田林へ。

     JRと近鉄を乗り継いで富田林へ。

  •  近鉄長野線の富田林駅からスタート。

     近鉄長野線の富田林駅からスタート。

    富田林駅

  •  駅前の観光案内板。富田林の重伝建地区は駅の南側一帯です。

     駅前の観光案内板。富田林の重伝建地区は駅の南側一帯です。

  •  駅前に観光案内所「きらめきファクトリー」。

     駅前に観光案内所「きらめきファクトリー」。

    観光交流施設きらめきファクトリー 名所・史跡

  •  ここで重伝建地区のマップを頂きました。

     ここで重伝建地区のマップを頂きました。

  •  駅から南に延びる市場筋(本町通)を行くと、

     駅から南に延びる市場筋(本町通)を行くと、

  •  早くも古い街並みが現れましたが、ここはまだ重伝建地区ではありません。

     早くも古い街並みが現れましたが、ここはまだ重伝建地区ではありません。

  •  ここから先が重伝建地区の寺内町

    ここから先が重伝建地区の寺内町

  •  先ずは「じないまち交流館」へ。

     先ずは「じないまち交流館」へ。

  •  白壁と板張りの家の先が、

     白壁と板張りの家の先が、

  •  じないまち交流館です。

     じないまち交流館です。

    じないまち交流館 名所・史跡

    重伝建の観光案内所 by 万歩計さん
  •  富田林は戦国時代に興正寺別院を中心に、周囲を堀や土塁で防御した宗教自治都市として誕生しました。江戸時代には幕府直轄になり水運、陸運に恵まれたことから商業の街として栄えました。

     富田林は戦国時代に興正寺別院を中心に、周囲を堀や土塁で防御した宗教自治都市として誕生しました。江戸時代には幕府直轄になり水運、陸運に恵まれたことから商業の街として栄えました。

  •  寺内町にある建物約600棟のうち200棟余りが江戸から昭和中期のものです。この町家と寺院が連なる景観が評価され、平成30年に大阪府唯一の重伝建地区に指定されました。

     寺内町にある建物約600棟のうち200棟余りが江戸から昭和中期のものです。この町家と寺院が連なる景観が評価され、平成30年に大阪府唯一の重伝建地区に指定されました。

  •  交流館を出た向かいは町家を使った蕎麦屋さん。

     交流館を出た向かいは町家を使った蕎麦屋さん。

    八町茶屋 グルメ・レストラン

  •  富山町を東へ。<br /> 寺内町を南北に貫く道には〇〇筋という名前がありますが、東西の通りは町名になっています。

    イチオシ

     富山町を東へ。
     寺内町を南北に貫く道には〇〇筋という名前がありますが、東西の通りは町名になっています。

  •  棟続きの民家の先に、

     棟続きの民家の先に、

  •  文政年間建築の奥谷家住宅です。奥谷家は屋号を「岩瀬屋」と称し、18世紀から材木商を営んでいました。

     文政年間建築の奥谷家住宅です。奥谷家は屋号を「岩瀬屋」と称し、18世紀から材木商を営んでいました。

    奥谷家住宅 寺・神社

    寺内町指折りの豪商の住宅 by 万歩計さん
  •  村役を務め、建物は土蔵、納屋、新座敷を配する等豪壮な構えです。

     村役を務め、建物は土蔵、納屋、新座敷を配する等豪壮な構えです。

  •  屋根を見上げると立派な煙出し。

    イチオシ

     屋根を見上げると立派な煙出し。

  •  道を隔てた東側にも奥谷家住宅。建築時期は同じ文政年間。

     道を隔てた東側にも奥谷家住宅。建築時期は同じ文政年間。

    奥谷家住宅 寺・神社

    寺内町指折りの豪商の住宅 by 万歩計さん
  •  こちらは油屋を営み敷地内には土蔵や納屋が現存しています。

     こちらは油屋を営み敷地内には土蔵や納屋が現存しています。

  •  東西の奥谷家の間の通りは城之門筋。

    イチオシ

     東西の奥谷家の間の通りは城之門筋。

  •  風情のある通りで、日本の道百選に選ばれています。

     風情のある通りで、日本の道百選に選ばれています。

  •  富山町を進み亀ケ坂筋を越えた先に、

     富山町を進み亀ケ坂筋を越えた先に、

  •  明治末期建築の越井家住宅。

     明治末期建築の越井家住宅。

    越井家住宅 名所・史跡

    通りに建つ長い米蔵 by 万歩計さん
  •  越井家は代々「平尾屋庄兵衛」を名乗り材木商を営み、安政年間は庄屋を務めていました。

     越井家は代々「平尾屋庄兵衛」を名乗り材木商を営み、安政年間は庄屋を務めていました。

  •  裏手に回ると長大な米蔵が。

    イチオシ

    地図を見る

     裏手に回ると長大な米蔵が。

    越井家住宅 名所・史跡

    通りに建つ長い米蔵 by 万歩計さん
  •  奥谷家同様、道向かいに分家(北越井家住宅)があります。三段の切妻破風が印象的。

     奥谷家同様、道向かいに分家(北越井家住宅)があります。三段の切妻破風が印象的。

  •  少し戻って亀ケ坂筋を南に歩くと、

     少し戻って亀ケ坂筋を南に歩くと、

  •  茶色の格子窓に、

     茶色の格子窓に、

  •  虫篭(むしこ)窓。屋根裏部屋の明り取りと風通しのために設けられた小窓ですが、いろんな形があって面白い。

     虫篭(むしこ)窓。屋根裏部屋の明り取りと風通しのために設けられた小窓ですが、いろんな形があって面白い。

  •  亀ケ坂筋と北会所町の交差点に建つのは佐藤家住宅。建物は江戸時代末期の建築。

     亀ケ坂筋と北会所町の交差点に建つのは佐藤家住宅。建物は江戸時代末期の建築。

  •  味醂の醸造を行い、現在も敷地内に多くの土蔵が残っています。

     味醂の醸造を行い、現在も敷地内に多くの土蔵が残っています。

  •  佐藤家住宅に貼られた説明板。重伝建の建物全てに保存番号が設定されています。

     佐藤家住宅に貼られた説明板。重伝建の建物全てに保存番号が設定されています。

  •  佐藤家住宅の交差点から亀ケ坂筋の南方向を見ています。

     佐藤家住宅の交差点から亀ケ坂筋の南方向を見ています。

  •  北会所町を西へ進むと、

     北会所町を西へ進むと、

  •  通りの向こうに奇妙な形の塔が。PL教団の塔のようです。

     通りの向こうに奇妙な形の塔が。PL教団の塔のようです。

  •  南奥谷家。奥谷家の分家で建物は明治前期の建築と推定されています。

     南奥谷家。奥谷家の分家で建物は明治前期の建築と推定されています。

  •  今は別の名前の表札が上がってました。

     今は別の名前の表札が上がってました。

  •  そのまま北会所町を西へ歩くと、

     そのまま北会所町を西へ歩くと、

  •  大きな寺に突き当たりました。浄谷寺です。

     大きな寺に突き当たりました。浄谷寺です。

  •  融通念仏宗の寺で開かれたのは弘安9年。応長元年(1311年)銘の石像地蔵菩薩や永仁元年(1293年)の年号がある傘塔婆があるそうです。

     融通念仏宗の寺で開かれたのは弘安9年。応長元年(1311年)銘の石像地蔵菩薩や永仁元年(1293年)の年号がある傘塔婆があるそうです。

  •  少し戻って西筋を北に行くと旧田中家住宅。

     少し戻って西筋を北に行くと旧田中家住宅。

    旧田中家住宅 名所・史跡

    明治時代建築の有形文化財 by 万歩計さん
  •  田中家は幕末から明治期にかけて素封家として知られた名家で、建物は明治25年に建てられたものです。

     田中家は幕末から明治期にかけて素封家として知られた名家で、建物は明治25年に建てられたものです。

  •  田中家の内部。

     田中家の内部。

  •  飾られた豪華な雛人形

     飾られた豪華な雛人形

  •  庭の片隅に並べられた鬼瓦

     庭の片隅に並べられた鬼瓦

  •  田中家住宅を出ると間近にPL教団の塔。

     田中家住宅を出ると間近にPL教団の塔。

  •  南会所町を東に歩く途中に小さな薬師堂

     南会所町を東に歩く途中に小さな薬師堂

  •  さらに東へ歩くと、

    イチオシ

     さらに東へ歩くと、

  •  富筋との交差点にある大きな建物は葛原家住宅。葛原家は元十津川郷士で天明年間からここで酒屋を始めました。

     富筋との交差点にある大きな建物は葛原家住宅。葛原家は元十津川郷士で天明年間からここで酒屋を始めました。

  •  道を隔てて南葛原家。葛原家の分家で安政元年の建築。

     道を隔てて南葛原家。葛原家の分家で安政元年の建築。

  •  忍返しを持つ母屋に続いて茶室と三階蔵があります。

     忍返しを持つ母屋に続いて茶室と三階蔵があります。

  •  連続する倉は酒造業を営んでいた頃の名残か。

     連続する倉は酒造業を営んでいた頃の名残か。

  •  消火器具も町の雰囲気に合わせて。

     消火器具も町の雰囲気に合わせて。

  •  車除けの石

     車除けの石

  •  南会所町の東端。新しい住宅も町の雰囲気を損なわない意匠になっています。

     南会所町の東端。新しい住宅も町の雰囲気を損なわない意匠になっています。

  •  堺町に入り少し西に行くと洋風建築の中内眼科医院。

     堺町に入り少し西に行くと洋風建築の中内眼科医院。

  •  田守家住宅。田守家は明治の中頃まで「黒山屋」の屋号で木綿屋を営んでいました。

     田守家住宅。田守家は明治の中頃まで「黒山屋」の屋号で木綿屋を営んでいました。

  •  主屋は18世紀前半の建築と考えられ、後で行く旧杉山家に次ぐ古い建物です。

     主屋は18世紀前半の建築と考えられ、後で行く旧杉山家に次ぐ古い建物です。

  •  屋根越しに見えるPL教団の塔

     屋根越しに見えるPL教団の塔

  •  田守家住宅は日本の道百選に選ばれた城之門筋に面しています。

     田守家住宅は日本の道百選に選ばれた城之門筋に面しています。

  •  杉田家住宅。18世紀後半の建築でかっては油屋を営んでいました。現在は医院です。

     杉田家住宅。18世紀後半の建築でかっては油屋を営んでいました。現在は医院です。

  •  並んでいるのはかっての油蔵。

     並んでいるのはかっての油蔵。

  •  一つ南の御坊町に入ると興正寺別院の大きな鐘楼が現れました。

     一つ南の御坊町に入ると興正寺別院の大きな鐘楼が現れました。

  •  京都興正寺の証秀上人が「荒芝地」を銭百貫目で購入。近隣の有力者8人を集めて興正寺別院を建立しました。

     京都興正寺の証秀上人が「荒芝地」を銭百貫目で購入。近隣の有力者8人を集めて興正寺別院を建立しました。

    興正寺別院 寺・神社

    寺内町はここから始まった by 万歩計さん
  •  8人の合議制で御坊を中心に町づくりが行われ、現在の寺内町が出来ました。

     8人の合議制で御坊を中心に町づくりが行われ、現在の寺内町が出来ました。

  •  興正寺別院に並んで慶長8年建立の妙慶寺。立派な太鼓楼があります。

     興正寺別院に並んで慶長8年建立の妙慶寺。立派な太鼓楼があります。

    妙慶寺 寺・神社

  •  御坊町の東突き当りは展望広場

     御坊町の東突き当りは展望広場

  •  石川河川敷と奈良県との県境をなす金剛葛城の山なみが見えます。

     石川河川敷と奈良県との県境をなす金剛葛城の山なみが見えます。

  •  階段を下りていくと石川に出ます。江戸時代は石川の水運が町に富をもたらしました。

     階段を下りていくと石川に出ます。江戸時代は石川の水運が町に富をもたらしました。

  •  東林町に入るとグッと落ち着いた雰囲気に。

    イチオシ

    地図を見る

     東林町に入るとグッと落ち着いた雰囲気に。

  •  橋本家は古くは酒造業を営んでいました。

     橋本家は古くは酒造業を営んでいました。

  •  建物は18世紀後半の建築。

     建物は18世紀後半の建築。

  •  木口家はかって木綿問屋で、建物は18世紀後半の建築。

     木口家はかって木綿問屋で、建物は18世紀後半の建築。

  •  鬼瓦と透かし模様の雨樋が面白い。

     鬼瓦と透かし模様の雨樋が面白い。

  •  中村家住宅。「佐渡屋」の屋号で酒造業を営み、主屋にある座敷には若き日の吉田松陰も訪れたそうです

     中村家住宅。「佐渡屋」の屋号で酒造業を営み、主屋にある座敷には若き日の吉田松陰も訪れたそうです

    仲村家住宅 名所・史跡

    時代劇のセットのような建物が続く by 万歩計さん
  •  幕末改築の上野家住宅。この辺りの街並みは時代劇のセットのよう。

     幕末改築の上野家住宅。この辺りの街並みは時代劇のセットのよう。

    上野家住宅 名所・史跡

  •  寺内町センター。寺内町のほぼ南端です。

     寺内町センター。寺内町のほぼ南端です。

  •  ここには河内の主要産業の一つであった木綿の商いの資料が展示されていました。

     ここには河内の主要産業の一つであった木綿の商いの資料が展示されていました。

  •  いろんな縞模様があったようです。

     いろんな縞模様があったようです。

  •  寺内町センターの向かいは4層の大屋根を持つ旧杉山家住宅。重要文化財に指定された居ます。

     寺内町センターの向かいは4層の大屋根を持つ旧杉山家住宅。重要文化財に指定された居ます。

    旧杉山家住宅 名所・史跡

    明星派歌人、石上露子の生家 by 万歩計さん
  •  ここは明治末期に与謝野晶子とともに活躍した明星派歌人、石上露子の生家でもあります。

     ここは明治末期に与謝野晶子とともに活躍した明星派歌人、石上露子の生家でもあります。

  •  建物は最も古い土間が17世紀中頃のもの。享保19年(1734年)頃現在の形に整いました。

     建物は最も古い土間が17世紀中頃のもの。享保19年(1734年)頃現在の形に整いました。

  •  黒光りする太い梁。

     黒光りする太い梁。

  •  裏庭から見た建物

     裏庭から見た建物

  •  上がると広い和室が何室も続きます。

     上がると広い和室が何室も続きます。

  •  能舞台のような板の間があったり、

     能舞台のような板の間があったり、

  •  欄間には透かし彫り。

     欄間には透かし彫り。

  •  立派な庭園

     立派な庭園

  •  代々伝わる太鼓

     代々伝わる太鼓

  •  二階には石上露子の資料が展示されていました。

     二階には石上露子の資料が展示されていました。

  •  2時間かけて重伝建地区を歩きました。富田林駅に戻ります。

     2時間かけて重伝建地区を歩きました。富田林駅に戻ります。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ポテのお散歩さん 2022/01/24 17:05:23
    風情ある街並み
    万歩計さん こんにちは。

    富田林の街は広いですね。
    その上 どの建物も奇麗にされていて、空き家も少ないのでしょうね。
    これだけの街を保存しながら住むのは、色んな制約があり
    ご苦労があるのでしょうね。

    電柱と P〇の塔が見えなかったら、本当に映画のセットの様です。
    (*^-^*) どの商家も立派で、栄えた街だったのが良くわかります。

    亡き祖父母の家が 虫篭窓のある古い家なのですが、
    (商家ではなく普通の民家)
    先日 叔父が亡くなったので、古い家を壊してワンルームマンションに
    しようかと、従弟が話していました。
    こんな風に、古い家は無くなって行くのかなぁ。。。と少し寂しく
    感じましたが、周囲の家もビルやマンションに変わっているので
    仕方がないですね。 そういう私も、マンション暮らしなので
    勝手なものですね(^-^;

      ポテ

    万歩計

    万歩計さん からの返信 2022/01/24 21:55:34
    Re: 風情ある街並み

     ポテさん、こんばんわ。何時もコメントを、ありがとうございます。

     おっしゃる通り、富田林は他の重伝建に比べて空き家が少なかったと思います。大阪に乗り換えなしで行ける便利さから過疎化しない事もあるでしょうし、奥谷家や越井家のように分家が多いなどの昔からの住人の結束が強い土地柄かもしれません。

     重伝建は観光を前面に出すに至らない街が殆どで、街並みを維持するには多くの住民の結束と覚悟が必要なはずです。山村集落などは重伝建どころか集落自体が消滅の危機に瀕している場所も少なくありません。

     今日のNHK「鶴瓶の家族に乾杯」の舞台は、福岡県八女市にある2つの重伝建地区でした。東京や福岡から移り住んで新しい商売を始めようとする若人が出てきて、「最初の4年間は苦しかったが、口コミで少しづつお客が増え5年目くらいから落ち着いてきた」と話されてました。新しい発想とやり方で新風を吹き込むこれからの人たちに拍手ですね。

      万歩計
     

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