2011/04/06 - 2011/04/11
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kojikojiさん
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「ベルヴェデーレ宮殿」に行こうと思いリンクのトラム停車場に立っていて、最初に「カールス教会」辺りを見学してからと思っていましたが、南駅に行って「ベルヴェデーレ宮殿」を見てからのほうが良いと気付きました。地図では分かりませんが上宮と下宮と名前が分かれているように延々と下り坂になっているからです。広大な宮殿の庭園を延々と登るよりも下った方が楽です。それに午前中の方が建物の写真もきれいに撮れます。朝一番にトラムで南駅まで行きましたが、そこは広大な空き地になっていました。フェンスから中が覗けましたがとても悲しい気持ちになりました。初めての1人旅でこの南駅から夜行列車に乗ってヴェネツィアへ向かった思い出があったからです。駅が無いので当時の駅前の雑踏も感じられず、空き地に広がった青空を見ていたら心にポッカリ穴が開いたような気分になりました。気を取り直して上宮へ向かってベルヴェデーレ宮殿の門を潜ります。ちょうど開館時間でしたがここも見学者はまばらでした。残念ながらここは一切の撮影が禁止されているので、有名なクリムトやシーレの作品の写真は撮れません。下宮も同じく撮影禁止だったのでちょうど開催されていたシーレ展の写真もありません。掲載している写真は2018年の旅の物と、買ってあった絵葉書からの物です。20年前の旅では2か月の旅の最終日の夕方にこの宮殿を訪れて、庭園から見た夕焼け雲は今でも忘れられない美しさでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この日も市庁舎前まで出てブルク劇場を眺めながらトラムに乗ります。
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乗ったときはカールス・プラッツで「カールス教会」を先に見学してからベルヴェデーレに向かうつもりでしたが、Dのトラムでクォーター・ベルヴェデーレまで行ってしまった方が歩くのが楽だとひらめきました。
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長い連結のトラムはガラガラで、我々以外のお客の姿はありませんでした。週末のウィーンは観光客の姿くらいで地元の人は出歩かないようです。
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クォーター・ベルヴェデーレの停留所でトラムを降りると古いタイプの車両が停まっていました。20年前に初めて来たときはこのタイプの車両が多かったです。
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停留所の左手にあった重厚なウィーン南駅が無残にも切り取られています。そして賑わっていた建物に出入りする人々の姿もありません。何か拍子抜けた気持ちになりました。初めての1人旅でこの駅から夜行列車でヴェネツィアへ向かった駅舎の建物はありません。2カ月後に戻ってきてベルヴェデーレに来た時に懐かしく思えました。
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この風景にはショックを受けました。駅の構内には旅に出かけるバックパッカーの姿がたくさんあり、地べたに座っている彼らの真似をして座ったことを思い出しました。次に来たときは新しいウィーン中央駅に変わっていてもう一度驚きました。
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3度目のベルヴェデーレ宮殿なので勝手が分かっています。開館前なので訪れる人の姿もまだ少ないです。街路樹には新芽が芽吹きとてもきれいでした。
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もともとハプスブルク家に仕えたプリンツ・オイゲンが当時の代表的な建築家であるヨーハン・ルーカス・フォン・ヒルデブラントに夏の離宮として造らせた宮殿です。1714から1716年にかけて下宮が建てられ、1720から1723年にかけて迎賓館である上宮が建設されました。
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名前の通り宮殿は上の宮殿から下の宮殿に向かって延々と下って行くので先に上の宮殿の見学をすることにしました。当初の予定で「カールス教会」に行っていたら、下の宮殿から延々と登ることになっていました。オーストリアの20セントユーロ硬貨の裏面には、門越しに見た宮殿が彫られています。
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春の花が植えられたばかりのベルヴェデーレ宮殿です。ウィーンも本格的な春はこれからの様で、園丁の方々が芝生を掘り起こし花を植える準備を進めていました。南側からアプローチするので、午前中は太陽光線が綺麗に当たります。それもここを先に見学することにした理由です。
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プリンツ・オイゲンの死後にこの離宮はハプスブルク家のマリア・テレジアに売却されています。マリー・アントワネットが過ごしたりモーツアルトが御前演奏を行った場所だと思うと見学する気持ちも引き締まります。
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また、ナポレオン失脚後のウィーン会議の際には華やかな饗宴の場にもなります。第2次世界大戦後の1955年には連合国との間でオーストリア国家条約が調印されました。
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上宮は「オーストリア・ギャラリー」として19世紀以降のオーストリア絵画を展示する美術館で、特に世紀末美術のコレクションが充実しています。美術史美術館に次ぎオーストリアで2番目に大きな美術館でもあります。
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この美術館に来る人のほぼ全ては「接吻」を始めとするクリムトの一連の作品を見に来ていると言っても過言ではないでしょう。
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20年前に来た時はカビて変色したスフィンクスも綺麗に塗り替えられていましたし、宮殿の建物も美しく変わっていました。
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上の宮殿から庭園越しに下の宮殿を眺めます。緩い下り坂ですが、これをずっと登って来るのは大変だと思います。
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この当時は内部は撮影禁止でした。美術史美術館など他の美術館で良くてここがダメな理由は分かりませんが…。20年前とは展示してあるレイアウトも部屋も変わっていました。その時は夕日が直接黄金色の「接吻」に当ってこの世のものとは思えない美しさだったのを覚えています。
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宮殿内部は2018年に4度目のベルヴェデーレに訪れた時の写真です。
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階段ホールの漆喰はきれいに塗りなおされていました。多分2011年に来たときに塗っていたからきれいなのでしょう。その時は足場が掛けられて工事中でした。
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チケットを買って重たいドアを開けてもらい荷物をクロークに預けます。無料のコインロッカー(返却式)もありますが、ここでお金を払ってクロークを使うと下宮でも荷物を預かってくれて便利でした。
内部の階段ホールも足場を組んで補修工事が行われていました。手摺を塗り替えている方がいましたが、ぎこちない塗り方を見ていたら刷毛を貸してと言いたくなりました。 -
階段を上がった2階のホールは1955年オーストリア独立条約が調印された壮大華麗な大広間です。第2次世界大戦の末期のドイツの降伏に伴って1945年4月に解放されたオーストリアは、ドイツと同様にアメリカ・イギリス・フランス・ソ連の4カ国による分割管理となります。ただドイツと異なって臨時政府の樹立は認められます。しかし連合国との正式な講和と独立の承認は、東西冷戦が深刻になる中で協議は進みません。
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スターリンの死去後の1955年5月になって連合国とオーストリアの間で、その独立を承認した条約が成立します。ナチスドイツによって併合されたオーストリア国家を回復する条約という意味で「国家条約」と呼ばれます。 そんなことを考えながら大広間を歩くと感慨深いものがあります。
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「ドン・カルロスの衣装を身に着けるヨゼフ・ルインスキー」グスタフ・クリムト
1894年クリムトはブルグ劇場の芸術家の肖像画を請け負います。1858年にルインスキーはフリードリヒ・シラーの劇 「スペイン王子ドン・カルロス」でデビューします。肖像画のフレームは劇場のアレゴリーを表し、ルインスキーは画面の中央部分に直立しています。 この絵と対になる作品として、同じような画面構成の「愛」があります。どちらもジャポニスムの影響を感じさせる画面構成です。 -
「マリア・ケルナー・フォン・マリラム」グスタフ・クリムト
1862年に結婚したマリア・ケルナーの肖像画です。クリムト自身が1862年生まれなので、直接本人に会って描いたものではないでしょう。純白のウェディングドレスを着て、ジャスミンの花輪を頭に載せています。ジャスミンの花言葉は「amiability(愛想のよさ)」「You are cheerful and graceful(あなたは朗らかで気品がある)」です。 -
「フラウエンビルトニス(女性の肖像)」グスタフ・クリムト
この作品も1893年と若いころの作品です。 -
「ソニア・クニップスの肖像」(旧姓ソフィー・アマーリア・フライフラウ・ポティエ・デ・ゼシェル)グスタフ・クリムト
クリムトには裕福な実業家のパトロンがいました。クリムトや分離主義の芸術家を熱心に応援していたのは、ユダヤ人実業家たちで、鉄鋼業のウィトゲンシュタインや繊維業のヴェルンドルファー、金属産業のクニップスといった人々です。これは実業家アントン・クニップスの妻ソニアの肖像画で、当時25歳のソニアをリアルなタッチで描いています。シュールな画法のクリムトも肖像画を描くときはリアルさを重んじた一方で、背景や小物の配置には遊びの感覚を取り入れています。 -
「フリッツァ・リードラーの肖像」グスタフ・クリムト
ドイツ出身でウィーンの高級官僚となった男の妻である「フリッツァ・リードラーの肖像」です。写実的に描写された彼女の顔と、それとは全く対照的に平面的かつ抽象的描写で表現される背景や装飾具、家具などの対比が面白いです。裕福なブルジョワ階級らしく気品に溢れたフリッツァ・リードラーの顔は、古典的な自然主義的な写実によって描写されているものの、その頭部の極めて独創的な装飾的表現はウィーン美術史美術館に所蔵されているスペイン・バロック絵画の大画家ディエゴ・ベラスケスの「マリア・テレーサ王女の肖像」や、エジプト美術からの影響を指摘されます。 -
「ひまわり」グスタフ・クリムト
クリムトが風景画を描くようになったのは、愛人のエミーリエ・フレーゲの実家の別荘があるオーストリア中部ザルツブルク近郊のアッター湖畔に避暑のために訪れたことがきっかけだったそうです。 -
「ひまわりの咲く農家の庭」グスタフ・クリムト
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「けしの咲く野」グスタフ・クリムト
この作品も屏風に描かれた絵画のようで、ジャポニスムを感じる作品です。第1次世界大戦が始まるのはこの作品が描かれた7年後ですが、ポピーの咲く野を見ると1915年にカナダ軍医師のジョン・マクレイ陸軍中佐の書いた「In Flanders Fields(フランダースの野に)」という詩を思い出します。 -
「ワイゼンバッハのフォレスターの家」グスタフ・クリムト
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「ユディットⅠ」グスタフ・クリムト
アッシリア王ネブカドネツァルの命により、ホロフェルネスが軍を率いて侵攻するも、暗殺を目論むユディトが敵将ホロフェルネスの気を惹くために近づき、酒宴に招かれたその夜に酔いつぶれた将軍の首を切り落とし、ベツリアの街を救ったとされる逸話が題材です。 -
カラヴァッジョの「ホロフェルネスの首を斬るユディット」やルーカス・クラナッハの数点のユディット、そしてギュスターヴ・モローの作品などを思い出させますが、このベルヴェデーレ宮殿のユディットⅠが一番印象に残る作品です。
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「接吻」グスタフ・クリムト
やっぱりこの絵は素晴らしいですね。30年間で3回見る機会に恵まれました。この絵が貸し出されることは絶対に無いと思うので、安心してくることができますね。ちなみにユディットⅠはこの翌年2019年4月から日本で公開されると知りました。 -
クリムトと恋人であったエミーリエ・フレーゲと最も良い関係であった頃に自身らをモデルにして、当時タブーとされていた題材である「接吻」を主題とし描いた作品です。1908年にウィーンで開催された総合芸術展クンストシャウで検閲を逃れ発表された本作は、熱狂的なまでに大好評を博して展覧会終了の直後にオーストリア政府に買い上げます。ファム・ファタール(運命の女)思想とエロス的表現を、クリムト独自の世界観を表した作品です。日本人にとってはジャポニスムを感じ取れることでさらに心に残る作品です。
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「カンマー城前の公園の並木道」グスタフ・クリムト
菩提樹の並木がきれいです。菩提樹といっても釈迦が悟りを開いたものとは違って、リンデンバウムと呼ばれるシナノキの一種です。 -
「アッター湖のシュロスカンマー」グスタフ・クリムト
愛人のエミーリエ・フレーゲと避暑に来た時に描かれたものだと思います。 -
「ブッシュベルグの農家」グスタフ・クリムト
何でもない風景ですが心惹かれます。 -
有名な絵画の見学だけではなく、美しい宮殿の内装も楽しめる美術館です。
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「アダムとエヴァ」グスタフ・クリムト
クリムト最晩年の作品で、右手などが未完成のまま終わっています。旧約聖書中に書かれた天地創造の6日目に、神が自らの姿に似せて地上の塵から創造したとされる最初の人間「アダム」と、アダムの肋骨から創造された最初の女性「エヴァ(イブ)」の姿です。 -
「死の床の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世」フランツ・フォン・マッチ
1916年の11月に高熱を出し、皇帝自身が「今度は助からないかもしれない」と呟いたほどだったそうですが持ち直し、20日にカール大公夫妻が見舞いに訪れると、2人に向かって「早く回復したい。仕事が多く残っている。とても病気になどなっておられない」と口にしたそうです。 -
「皇帝フランツ・ヨーゼフ1世」ゲオルグ・ラーブ
44歳の肖像画です。68年に及ぶ長い在位と国民からの絶大な敬愛から、オーストリア帝国の「国父」とも称されました。晩年は「不死鳥」とも呼ばれ、オーストリアの象徴的存在でもあります。 -
「皇后エリザベート」ゲオルグ・ラーブ
エリザベートの肖像画はフランツ・ヴィンターハルターのものが有名ですが、ラーブも皇帝家族の肖像画をいくつも残しています。 -
上の宮殿を出て下宮へ向かって散歩しますが、天気も良いのでポカポカ暖かいです。
こちら側のスフィンクスも美しく塗り替えてあります。ここのスフィンクスの端正な顔立ちが好きです。またスフィンクスの胸に触ると幸運になれるという言い伝えがあるそうです。 -
上の宮殿からこの坂を見た妻は「下から登っていたら死んでいたかもしれない。」とこぼしていました。
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古代エジプトにおけるスフィンクスはネメスと呼ばれる頭巾を付けたファラオの顔とライオンの体を持つ神聖な存在とされます。メソポタミア神話(バビロニア神話)におけるスフィンクスはエジプトとは異なり、ライオンの身体に人間の女性の顔、鷲の翼を持つ怪物とされました。死を見守る存在とする考え方もメソポタミアにて生まれたとされます。
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ギリシア神話におけるスピンクスはライオンの身体、美しい人間の女性の顔と乳房のある胸、鷲の翼を持つ怪物とされます。オイディプスの物語ではスピンクスはヘラによってピキオン山に座し、テーバイの住人を苦しめていました。旅人を捕らえて「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」という謎を出し、解けない者を殺して食べていました。オイディプスに「それは人間だ。人間は赤ん坊の時には四足で這い回り、成長すると二足で歩き、老年になると杖をつくから三足になる」と答えられると面目を失ったスピンクスは岩の台座から飛び降り、谷底へ身を投げて死んだといわれます。
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そんなスフィンクスの話を妻としながらゆっくり下り坂を歩きました。
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歩けども歩けども宮殿から離れて行く感じはしません。それほど広大な庭園ですが、植え替え中のこの時期はあまり見どころの無い庭でもあります。
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広い庭園は泉水を配した3つの広いテラスに分割されて上宮と下宮を結んでいます。
庭園の一角にあるアルプス庭園はヨーロッパ最古のものとなっていて、数あるウィーンの重要なバロック建築の中でシェーンブルン宮殿とベルヴェデーレ宮殿はウィーンの2大バロック宮殿とも言われています。 -
ちょうど中間地点の池も冬支度のままで、まだ水が張られていません。この庭園に来るのは3度目ですが水がある状態を見たことがありません。
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庭園の芝生にはタンポポやスミレのような花がたくさん咲いていました。上之宮でクリムトの風景画を見て来たばかりなので、気になって仕方ありません。
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庭園のスフィンクスは一体何体置かれてあるのでしょう。上の宮殿の南側のスフィンクスとは姿が違います。
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天気がとても良いので水の無い池はちょっと寂しい風景です。もう噴水があっても良いような気候です。
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ようやく下の宮殿までたどり着きました。
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上の宮殿に比べて平屋の様なシンプルな建物です。
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私はすでに暑くて汗ばんできているのですが、妻はダウンを着ています。少し歩き疲れたので下の宮殿を見学する前にベンチに座って休憩しました。
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そこら辺の雑草が全部クリムトの絵画に見えてしまいます。
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日本を出て10日ほど過ぎていますが、毎日素晴らしい美術品を鑑賞しすぎて頭が飽和状態です。このまま下の宮殿で開かれているエゴン・シーレの企画展を見るにはオーバーヒート気味なのですこし休んでクールダウンします。
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開館から2時間ほど過ぎていますが、見学者の姿はほとんどありませんでした。よいタイミングで見学できたと思います。
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たまたま通りがかった人に写真を撮ってもらいました。何しろ人が歩いていないので見つけたら逃しません。
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ベルヴェデーレ宮殿の下宮のオランジェリーでは2月17日から6月13日まで特別展「エゴン・シーレ:自画像と肖像画」が開催されました。シーレ作品の重要な部分は人物画で、画家の内面の様相が描き出されています。
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約100点の自画像と肖像画からは、シーレの画家としての過程が読み取れると共に卓越した肖像画家であったことも分かります。
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前日に見たレオポルド美術館のシーレの作品群も素晴らしかったですが、下宮の企画展のシーレも素晴らしい物がありました。いったいこの人は画業10年余りでどれだけの作品を残したのでしょうか?
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いくつかの作品はオーストリアで初めて展示されるそうですが、見終わると暗い気持ちになります。
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この旅行まではエゴン・シーレに対する思い入れはあまりなく、もう一度ウィーンに行くのであれば、ちゃんと作品を見ておこうというくらいでした。なので彼のポートレート写真を見たのはこの時が最初だったと思います。
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レオポルド美術館にも同じ自画像が飾られていましたが、ここではジェームス・ディーンの写真んが並べられていました。
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「先見者(ヴァリーとの二重ポートレート)」はニューヨークのギャラリーの収蔵品なので、これがオーストリアで初めて紹介された作品かもしれません。
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個人的に素晴らしいと思えたのこの港に停泊した帆船を描いた絵でした。現在のオーストリアには海は無いので、当時オーストリア領だったトリエステの港を描いたのでしょうか。
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友人のモラー・アルバートを描いたもので自画像の要素もあるそうです。この作品を描いた1918年に惜しくもスペイン風邪で亡くなってしまいます。
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「座っている画家の妻」シーレはハルムス家のエーディトとアデーレの姉妹と知り合い、どちらかと結婚することを考えてエーディトと結婚します。シーレによれば社会的に許される人間を選んだとしているが、実際のところはエーディトとヴァリの両方を繋ぎ留めたいと考えていたそうです。破天荒な人生を歩んだシーレを知れば知るほど居批判のが生まれてきます。
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午前中から3時間をかけて庭園も含めたベルヴェデーレ宮殿の見学が終わりました。
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休む間もなくカールス教会方面に向かうことにします。一応お昼はナッシュ・マルクトで食べることにしていますが、それまでにいくつも予定があります。
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宮殿の表に出るとホッとします。近道するために脇の公園の中に入ります。
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公園には植えられたチューリップが満開になっていました。この花もクリムトの絵に見えてしまいます。
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この噴水(ホッホシュトラールブルネン)はウィーンの街にアルプス山脈の湧水が上水道として引かれた記念として1873年10月24日に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の立会いのもと、スイッチが入れられて噴き出しました。奥にあるモニュメントはソヴィエト戦勝記念日ですが、強風にあおられた噴水の水が横殴りになりました。フランス大使館の裏から「カールス教会」と「分離派会館」と「カールスプラッツ美術館」の見学に向かいます。
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