2011/04/02 - 2011/04/06
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kojikojiさん
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プラハ最後の街歩きはイゼホフと呼ばれる旧ユダヤ人街辺りの観光です。旧市街広場からパリ通りを進むと街路樹が続きます。ちょうど新緑が芽吹き始めた時でとても綺麗でした。パリ通りとは良く言ったほど周囲の建物はまるでパリの街を歩いているようです。通りにはエルメスやディオールにプラダなど高級ブランドのショップが並びます。通りかかった日本人の親子の子供が「お母さんプラハとプラダって関係あるの?」といていたのには笑えました。
アンティーク店などを覗きながらスペイン・シナゴークに向かいます。シナゴークはこの周辺にいくつもあり見学する料金は非常に高い印象がありました。更に新旧シナゴークを見学すると更に倍近い金額になります。そこまでの費用をかけて見学する必要も無いと思い新旧シナゴーグはパスしました。他の観光地に比べ異様に高い料金にこの周辺が浮いたように思えます。欧米の歴史とは切り離せないユダヤ教の文化ですが過去の凄惨な出来事は痛ましく思いますがそれを見せるのに高い料金を徴収するのはどうかなと思いました。最初は気付かずスペインシナゴーグの写真を何枚か撮ってしまいましたが(プラハでは撮影禁止、ブダペストは撮影可能でした。)全て撮影禁止でした。撮影禁止にも関わらず注意されても写真を撮り続ける欧米人を見ていると未だに差別的な考えを持ち続けている人は多いのかなと感じました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この日はホテルを出て旧市街広場まで出ると何やら準備中でした。聞いてみるとヴェリコノセ(イースター)マーケットを造っているとのことでした。近くに出ていた屋台でイースターエッグを買ってヨゼフォフ地区のパジーシュスカー通りに向かいます。
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イースターエッグを買った後はプラハカードで入城のできる「石の鐘の家」に行ってみました。なるほど建物の角に鐘が埋まっています。「石の鐘の家」は13世紀にカール4世の母親である「エリシュカ・プシェミスロヴナ」のために建てられたと言われています。建物の中からは皇族に関連性のある装飾などが発見されています。後のボヘミア王でプラハを大きく発展させたカール4世はこの家で誕生しています。
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1986年以降はプラハ市営のギャラリーとして利用されています。ギャラリーは常設展示の他に期間限定の企画展示なども行われています。
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ギャラリーとしては建物が立派すぎるような気がします。よほどの展示物でないと貫禄負けしそうです。このときのエキシビジョンはキャンバスに下着を貼ってペインティングしたものでなかなか面白いものでした。
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下着姿で後ろ向きなのが作者です。腕を組んだ後ろ姿の真似をして写真を1枚撮っておきました。
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金の指輪の家もギャラリーのようでした。プラハの路地を歩いているとヴェネツィアの裏通りを彷徨い歩いているような気分になります。同じような建物の中を通り抜けるトンネルのせいでしょうか。ただ違うのがヴェネツィアはサン・マルコ広場行きの矢印がたくさんなるので迷いませんが、プラハはどこか違う時代に迷い込みそうな気がします。
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パリ通りを進むとツェレトゥナー通りとは違った落ち着きがあります。ブラックライトシアターはブラックライトを使ったイリュージョンを特徴とする演劇パフォーマンス・スタイルで世界中の多くの場所で見られますが、これを使う多くの劇場があることでプラハの名物になりました。
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パリ通りとはよく言ったもので美しい街路樹が続き、ここがプラハとは思えない雰囲気です。
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共産主義の時にここは多くの航空会社のプラハ事務所が並んでいたそうですが、現在は超高級ブランドのショップが並んでいます。一昔前なら日本人が並びそうですが、現在はロシア人と中国人のお金持ちが多いそうです。
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通りの角々にはアールヌーヴォー様式の美しい建物が並びます。特に各ブロックの角の建物は美しさを競い合っているようです。多分一軒一軒見ていけばもっと発見があったのだと思いますが、シナゴークを見学するほどの時間しかありません。
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この像は2003年のカフカの生誕120周年を記念し、チェコのカフカ協会が設置しましたもので、彫刻を作成したのはヤロスラフ・ローナという作家です。
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カフカについて詳しくはありませんが、「青春が幸福なのは、美しいものを見る能力を備えているためです。美しいものを見る能力を保っていれば、人は決して老いぬものです。」という言葉が心に残っています。
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20代の前半までは母の実家がある京都にばかり通い、日本のこともよく分かっていないのに海外なんて行かなくてもよいと思っていました。ところが出張も兼ねた研修旅行でヨーロッパを旅して、その考えは180度変わりました。そして若い時に物を見て感じたことが歳を重ねるごとにその感動の度合いが薄くなるように思えました。そんなときに知ったカフカの言葉に感銘を受けたことを覚えています。
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カフカの像の近くではレンギョウ(ゴールデンベル)が綺麗に咲いていました。
春真っ盛りのプラハといった感じです。 -
ユダヤ人街では最初に「スペイン・シナゴーグ」の見学をしました。物価の安いプラハで1番高いと思ったのはシナゴーグの入場料です。博物館になっている数箇所の見学が1,500円で、さらに新旧シナゴーグの見学に1,000円ほどの入場料がかかります。スペイン・シナゴーグはプラハでもっとも古いシナゴーグがあった場所に1868年新しく建てられたものです。第2次世界大戦中にチェコがナチス・ドイツに占領されたときはユダヤ人から没収した財産の隠し場所としても使われたそうです。
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内部の写真撮影は禁止のようでしたが、バスで乗り付けたドイツ系の団体のおばさんたちは「No,Photo!」と言われてもお構いなしでした。そんなやり取りを眺めていると、ユダヤ系の人への偏見や差別はまだ残っているのだろうと思えました。
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ここは別料金の「新旧シナゴーグ」です。ここの入場料のあまりの高さに見学はパスしました。プラハカードの割引も一切ありませんから、宗教上なのか理由は分かりませんがプラハ市と確執みたいなものがあるのではないでしょうか。
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「儀式の家」こちらは出口で大きくワンブロック回りこまないと入口はありません。1912年にロマネスク様式を模して建てられ、ユダヤ教の伝統儀式が行われたほか死体置き場としても用いられていたそうです。現在ではユダヤ人の習慣や伝統についての展示物が並んでいました。
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ユダヤ人墓地は明るい春の陽射しのせいか陰鬱さは無く、澁澤龍彦の言葉を借りると「かつて青年カフカの心を金縛りにしたような不健康さ」も感じられません。
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現在は12,000基ほどの墓石が見られますが、さらに約10万人のユダヤ人が眠っていると言われています。澁澤は「狭苦しいゲットーに押し込められていたユダヤ人は、どうやら死んでからも、その狭苦しさから解放されなかったらしい」と残しています。
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この墓地にある一番古い墓は1478の年のもので、最後の墓石は1787年のものです。当時ユダヤ人は限られた敷地しか与えられず、常に土地不足の問題がついて回りました。
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先祖を敬う考えから古い墓を壊すことを避け、古い墓石の上に土を被せて新しい層を作って更に墓を建てられたので12層にもなる部分があると考えられています。
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澁澤龍彦は「ヨーロッパの乳房」の昔と今のプラハで、このユダヤ人の墓を訪れて案内人に「レーウェ・ベン・ベザレルの墓はどこか」と尋ねます。そして教法師(レビ)レーウェの墓を見つけます。西欧世界にカバラ思想を広めた16世紀のユダヤの大学者で、人造人間ゴーレムを造ったとされる人物でもあります。
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そして墓標の上端に死者の名前や職業を表す象徴的な形が彫られていることに面白さを感じています。鑿は石工を表し、ランセットは医者を表し、一般的な王冠や壺や弓や獅子や鳩や熊までも探しています。
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最後にユダヤ人の墓標の上に小石を乗せる習慣にならい、小石を探したとも記されてありました。ユダヤ教のお墓参りの儀式の一環として石が置かれる理由は諸説がありますが、死者や先祖に敬意を示し墓参りに来たことを示すために石を置いたり墓地にいる死者の霊を鎮めるための役割などという説があるそうです。賽の河原に石を積む習慣のある日本人には違和感が無いかもしれません。
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ゴーレムを主題とした作品として映画「ゴーレム」や「巨人ゴーレム」についても澁澤は記述しています。ゴーレムはユダヤ教の伝承に登場する自分で動く泥人形のことで、作った主人の命令だけを忠実に実行する召し使いかロボットのような存在です。ラビが断食や祈祷などの神聖な儀式を行った後、土をこねて人形を造り、呪文を唱え、文字を書いた羊皮紙を人形の額に貼り付けることで完成します。
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そんなゴーレム人形はシナゴーグ周辺のお土産物屋に売っているのですが、見学が終わったころにはわざわざ買わなくてもよいような気分になっていました。国立劇場で「ドン・ジョバンニ」の人形劇を観た際にはクライマックスで騎士団長がゴーレムの姿をして登場したことには驚きました。
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食事の後にクルーズ船のチケットを買う都合もあったので、ユダヤ人街に近くのレストランに入りました。「ウ・ヴルタヴァ」という川の名前を冠した店でした。最初は空いていましたが我々の料理が来る頃には満席でした。
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グリークサラダとつまみにビールをいただきましたが、前日と変わってこの日は日差しも強くてビールが進みます。
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ここの店のタルタルステーキは最高に美味しかったです。ロシアに「タタールのくびき」という言葉があるように、モンゴル帝国に由来する料理をプラハで食べるのは面白いなと思いました。
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妻はあんまりお腹空いていないと言いながら、大好物のウインナー・シュニッツェルを注文しました。
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前の年の旧満州の旅で行った長春の北朝鮮料理店で食べたユッケ以来の生の牛肉です。この旅の2011年は生肉ユッケの集団感染の年でもありました。
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店の雰囲気を見て飛び込みで入った店でしたが正解でした。どれを食べても美味しいです。
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妻はタルタルステーキも大好きなので、半分くらいは食べられてしまいました。
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大満足のお昼を食べた後はぽかぽか陽気のヴルタヴァ川に架かるチェフーフ橋に向かいます。橋の名前はチェコの詩人であるスバトプルク・チェフに由来するものです。
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その橋のたもとにチケットオフィスがあり、プラハ最後の晩のディナー・クルーズの予約を入れました。この日は妻の誕生日なので今回の旅はバースデー・プレゼントでもあります。
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アール・ヌーヴォー様式の美しいデザインの橋はクラシックなトラムが通過するとさらに美しく見えます。
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鉄のカーテンがチェコを覆っていたころは、この橋の対岸にはスターリンの像が建っていたそうです。現在は巨大なメトロノームが設置されています。
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橋に面した「ルドルフィヌム」の設計はボヘミア人建築家ヨセフ・ジテクと彼の弟子であったヨセフ・シュルツによるものです。1885年2月8日にこけら落としを迎え、これを主催したオーストリア皇太子であるルドルフに敬意を表して「ルドルフィヌム」と命名されました。「マイヤーリンク事件」で情死した皇帝フランツ・ヨーゼフと皇后エリザベートの息子です。
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ルドルフィヌム内にあるドヴォルザーク・ホールはヨーロッパのコンサートホールの中では最古のものの1つであり、1896年1月4日にここでチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の最初期の演奏会が開かれアントニン・ドヴォルザークが指揮をしています。
プラハの旅も人形劇の見学とディナー・クルーズを残すだけとなりました。
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