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しにあの旅人さんへのコメント一覧(22ページ)全581件

しにあの旅人さんの掲示板にコメントを書く

  • 草津は未踏です(^^;)

    こんばんは、しにあさん&by妻さん!

    最初チラーッと全体を見ましたら、なんと!あの!しにさんご夫妻が、ベタな草津温泉で湯もみのショーを見てるじゃないですか!
    そんなはずはない!
    温泉街、しかも湯もみのお姉さんが、しっかり板を動かして湯もみをしている、それを入場券を買うのに待ち、部屋の中に入っても待ち、たった30分のショーを見るために膨大なエネルギーを使うなんて(>_<)
    草津にはやっぱり何かがあるのでしょうか?
    私は伊香保には行ってるのですが、なかなか草津まで足が延びません。

    草津まで行かなくても、我が県には鬼怒川、塩原、板室、那須、川俣、川治、日光湯元、湯西川、奥鬼怒等々、星の数ほど温泉があるので、草津まで行けていないのかもしれません。

    草津が軽井沢化しつつある?
    元々群馬は、長野県といっしょにされることを好むのです。
    北関東三県と括られるのは、あまり好きでないみたい。
    栃木・茨城と違って、群馬は言葉もけっこうきれいです。
    総理大臣も出ています!
    萩原朔太郎なんていう大詩人がいます!(個人的にかなり好きですが^^;)
    なんてったって「上毛かるた」があります。
    ちょっと文化的にレベルが高いのですよ。
    でも「焼きまんじゅう」だけは勘弁してほしい。

    っと、こういうことが言いたかったわけでは無くて、この日(4月4日)って、一日中ざぁざぁ。。と雨が降り続いてませんでしたか?
    そして異様に寒かったですよね?
    4月の2日から4日まで、とにかく寒かったという記憶があります。
    そんな中での温泉は、さぞ気持ちよかったのではありませんか?

    この旅行記は、しにあさんご夫妻が、普通の観光をすることもあるのだということを教えてくれた貴重なものです。
    ある意味、稀有な旅行記と言えるかもしれません(~o~)


    前日光
    2022年04月20日23時27分返信する 関連旅行記

    Re: 草津は未踏です(^^;)

    確かに栃木も温泉の宝庫ですね。両県出身の友達がいましたが、それぞれ俺のところの温泉の方が数が多いと、言い争っていました。いずれにしても温泉の宝庫です。

    群馬は北関東3県で括られるのを好まないのですか。長野と一緒になりたがる。そういえば、北だかなんだかつく軽井沢は所属は群馬とか聞きました。
    「上毛カルタ」あちこちで出てきました。なんですかね、あれは。調べないと。
    焼きまんじゅうは、最初驚いた。中に何も入っていない。今回もホテルの部屋食で1度食べました。むかーし戦後日本が貧しかった頃、ドンコ焼きとかいう、水に溶いたどん粉を焼いただけのお好み焼きみたいなものに、ソースをかけた食べ物がありました。あれを丸くしたものですね。ソースじゃなくて濃いしょー油だった。

    湯もみは待ち時間+湯畑で計2時間草津中心地にいました。同じところに2時間というのは、非常に長い。法隆寺か夏見廃寺クラスです。でも成り行きでこうなりました。
    草津はヤマトタケル開湯伝説というのがありまして、その写真が必要でした。それは5分でかたづきました。
    湯もみ見物は、本当のところ、コロナ感染の危険が高いのではないか。よくないですね。大丈夫だったみたい。
    コロナ情報として、皆様に貢献できたのではないか。

    4日は、千葉を出る時から雨でした。関東全域雨だったのですね。八ッ場ダムからは雪。草津の雪は、今回積もったのではなく、溶け残った雪にまた積もったそうです。
    温泉最高でした。ただ夫婦2人経営の小さなペンションで、掃除と温泉以外手が回らないみたい。私はもともとこういうタイプのお宿はすきではないのですが、やっぱりね、という感じ。部屋の洗面所のお湯が出なかったのですが、2人で手一杯の感じで、まあいいや。
    ドライでも機械的でも、ビジネスホテルの方が向いているみたい。

    伊香保の夢二記念館、思ったより良かった。朔太郎記念館も行きたかったのですが、時間切れでした。
    テーマを外れる旅もしてきたので、まあまあの旅でした。
    今回は下調べ、これから数回は北関東巡りです。
    2022年04月21日07時54分 返信する
  • 神社巡り。

    しにあの旅人さん

    つづきましてこちらにもコメントを。
    コメントを書きますには(私の場合)勢いが必要なものですから。

    最初の伊香保神社、数年前、若者たちも含めた家族で参拝しました。
    当然、あの石段をのぼっていきました。
    その折には気づきませんでしたが、もしかしたら車で登っていける道があったのでしょうか?しにあさん、ご夫妻は、足を痛めておられたご様子なので、あの石段はパスされたのでしょうか?
    確かに伊香保温泉は若者でにぎわっていたような印象があります。

    表紙にも使われた妙義神社のお写真、幽玄な感じが漂っていますね。
    折から桜の真っ盛り。素晴らしい光景です。

    高麗神社、高句麗からの渡来人、高麗王若光が主祭神として祀られているとか。
    この若光さん、最初に神奈川県の大磯に着き、そこから後に伊勢原へ行かれたとか。
    丁度、大友皇子のお墓を捜して伊勢原市に行ったおり、若光さんのお墓が大友皇子を祀るお寺の近くにあることを発見しました。(後に関東一円にちらばる渡来人をまとめて引き連れて埼玉に移っていかれたのがこの若光さんでした。)
    その折、もしかしたら、この若光さんを頼って壬申の乱で敗れた人たちが落ち延びていったのかもしれないなど思ったことでした。

    mistral
    2022年04月17日22時07分返信する 関連旅行記

    Re: 神社巡り。

    伊香保神社、神社裏まで車で登れます。駐車もできる。スポット口コミに書いておきました。神社まで車で来るのはおすすめしません。

    妙義神社は桜をねらったわけではないのですが、真っ盛り。群馬の北と南ではこんなに気候が違うのです。

    高麗一族の先祖としての若光のお墓は高麗神社の近くにあります。今回は足が痛くて行けませんでした。ミスった。
    大友皇子と高麗王若光の関係なんて、考えたこともない。新しい古代ロマンです。

    「ここ伊勢原は、壬申の乱で落ち延びてきた大友皇子、終焉の地なのか?」読み直しました。
    伊勢原の若光の伝承はこれを参考にさせていただきます。
    2022年04月18日15時35分 返信する
  • 上、の巻を求めて♪

    先に、下、の巻を拝見しました。
    上を求めてやって参りました、が、「あれ?間違えたかな」と思いました。

    はじまりの、例によって「誰もいない」神社はともかく、草津温泉、お湯揉みショー♪
    自称おねいさん→奈良時代の衣装をまとった女性、に見えたのは錯覚でした。時節柄、イキのいい本物のおねいさん→いぶし銀の熟練おねいさん、の出番まで、繰り返し流れる♪草津音頭♪ 音頭と共に夜中に夢枕に出てくる程の衝撃の初体験でしたね。

    みんなが行く密な観光地、列に並ぶ(これは私も苦手)、しにあさんには新鮮な経験で、by妻さんもお喜びとの事、よろしゅうございました♪

    Go Toの代わりの県民割、とかブロック割、ってやつですね、めっちゃお得♪

    東京以北は長野、金沢、北海道、しか行った事ありません。群馬、茨城、栃木ってどこ?くらい土地勘なし、地理に疎いです。東京の友だちが、福岡、大分、熊本、の位置関係が??なのと一緒?(ーー;)

    定番観光地、しか訪れず、車の長距離運転は苦手で、鉄道旅しかできません。近場に、しにあさんおすすめの歴史的遺跡が数多あるのに、ブロック割使えない中距離旅、企画中です♪

    ヤマトタケル空白の旅路、公開お待ちしています^ ^
    2022年04月16日15時32分返信する 関連旅行記

    Re: 上、の巻を求めて♪

    おはようございます。
    最近、前日光さんやMistralさんなど、みなさん動き始めています。こういうのを、確かPedalさんだと思いましたが、囲みを破ったイノシシとおっしゃっていましたが、そういう感じになってきました。
    コロナ憂さ晴らしに、行けるところから行きましょう。

    グンマのいらっしゃいませ作戦は高崎のホテルでも有効だったのです。でも知らなかった。1人6000円以上のホテルじゃあないといけないのに、4750円に泊まっちゃった。2人2万円のホテルに泊まれば、1万円戻ってきて、結果的には1万円ちょっとで済んだ。高崎のホテルはメチャ狭かったのです。
    要計算です。

    草津は1人2000円の商品券上乗せして、近隣温泉の客を強奪する作戦のようです。これで湯もみのおねえさんに現役を投入すれば、群馬県の温泉客を独占できるでしょう。

    お上りさん観光もいいものでした。まずブログが書きやすい。上下両方とも半日でした。

    九州の県も近ごろ大体位置が頭に入りました。まだおぼろなのが、福岡の有明海あたり、佐賀、長崎。行ったことあるのですが、ぼやけております。
    ブロック割、大いに結構。近場の関東、5月以降もやってくれないかな、と期待しております。

    ヤマトタケル空白の旅路、鋭意準備中です。今回が下調べ、もう2回くらい回ってこようと思っています。何ったて近い。場合によっては日帰りもナントカなります。
    2022年04月17日07時25分 返信する
  • えっ?!

    下、って事は上がある?
    1と3ハズして、2と4upする私(ーー;)のような事はされるはずないですよね。
    先に見つけてしまったのでこちらからカキコ始めます。

    北関東寺社巡りの旅でございますか。まだ雪深き様子、氷が張った沼に雪(°_°)4月ですよね、桜と雪が共存する世界♪
    階段でふくらはぎ痛められた由、お大事になさってください。

    竹久夢二さんがお好きなのですね。恥ずかしがらなくっても?ちゃんと鑑賞した事ないですが、描かれる女性に夢があります♪
    下り参道は知りませんでした。もれなく帰りは上りですね?三大下り参道って事は他にも2カ所あるのですね。そして、古墳の上でまた千年の歴史を語って下さい。

    私も、月末にはようやく重い腰を上げる予定ですが、神社詣でにつきものの階段上りの洗礼、今から戦々恐々でございます(;o;)

    ドローン禁止もアクションカメラでなんのその。
    さて、関東寺社巡り、いつもの、しにあさんby妻さん作歴史絵巻の為のルポ旅ではないのでしょうか?

    No 密、おざぶ1まあい^o^
    2022年04月16日15時01分返信する 関連旅行記

    Re: えっ?!

    NO密、座布団ありがとう~!
    最近、駄洒落にこっております。

    あんなに群馬は気候が違うんです。草津では桜は5月のゴールデンウィークだそうです。
    ふくらはぎは大丈夫です。今日はタケノコ掘りに行ってきましたが、なんとかなった。

    下り参道の残りは、Kummingさん地元九州宮崎の鵜戸神社、熊本の草部吉見神社です。上野国寺社巡りで取り上げる予定です。
    鵜戸神社と草部吉見は、ずいぶん前の旅行ですが、写真があった。

    夢二は大正ロマンだそうです。By妻は高校のとき時私のことを大正文学青年と冷やかしておりました。もともとそういう傾向なのですが、やはり大人になると、夢二はね~~~
    今回は青木繁も回りました。なんかあの二人共通点がありそう。
    妙義神社と中乃嶽神社は青木繁ゆかりの神社なのです。

    「重い腰」あげた旅行記、楽しみにしていま~す。
    2022年04月18日14時50分 返信する
  • 壬申の乱と隼人の乱を?

    吉野と黒之瀬戸を比べたというよりは、あの古代におけるクーデターである「壬申の乱」と「隼人の乱」を、旅人は想起したというわけですか。。。
    機嫌が悪かったわけではなくて。

    ホント!by妻さんって、どういう脳の構造をされているのでしょうか?
    私はおよそ、こういう発想はできない、いわゆる頭の硬いタイプなんです。
    ベタな妄想はよくするのですがねぇ(~_~;)

    家持像が、越中だけではなくて薩摩川内にもあるなんて。
    そうそう、家持は薩摩国にも赴任していたのでしたよね?
    因幡国や多賀城にいたことは頭にあるのですが、薩摩というのは抜け落ちておりました。
    なにしろ因幡国庁に降る雪を眺めながらの歌を最後に、かれは筆を絶ってしまいましたからね。
    万葉集の永遠の謎、なぜ家持は歌を詠まなくなったのか?

    それにしても家持のこの像は、47歳の時のですか?
    昔の人は老成していたとは言え、あの斜めってる署名の文字からは、ちょっと想像出来ない生気のなさ。
    南国の暑さに弱かったのかな?
    越中では、あんなに素晴らしい歌を詠んでいるのに。

    薩摩川内では、旅人よりも家持人気が高いのですね?
    歌一首も詠まないのに?
    像の前で「焼酎天国」なんて歌わないでほしいわ( ̄△ ̄)
    繊細な家持様が、ますます筆を執る気を失くしちゃうじゃないですか!

    黒之瀬戸の流れは激しいかもしれませんが、八代海と東シナ海との間にあるなんて、位置的にはカッコイイ!と思ってしまうミーハーです。
    旅人さんに呆れられてしまいますね。

    吉野と黒之瀬戸を比較して、吉野の方に軍配を上げた旅人は、この時どんな気持ちだったのでしょうね?


    前日光
    2022年04月14日23時50分返信する 関連旅行記

    Re: 壬申の乱と隼人の乱を?

    旅人は、黒之瀬戸と、吉野川をくらべて、吉野川の方がいいという。あの展望台に立った人は、「おかしくね」とみんないうはず。
    鮎走るっていうなら、こっちはマグロやクジラだって泳ぐぞ、とつまらんツッコミを入れます。
    こういうことを思いつくのが、歴史の現場に行ってみる醍醐味です。

    黒之瀬戸大橋の展望台、黒之瀬戸うずしお展望所、別にスポットにまとめてあります。両方とも車で行けますから、機会があれば、おすすめです。
    旅人が見たのとほぼ同じものを見られると思います。大橋は、想像力で消します。

    By妻の発想が面白いのは、毎度のことですが、脳の一部が古代と直結、または古代から進化していないからです。

    家持銅像は貧相でした。
    高山の家持はもっとハツラツとしていますか。確か家持の全盛期ですよね。創作意欲まんまんの頃。
    家持は薩摩には遙任で、来ていないという学説もあるそうですが、薩摩川内人は意に介せず、銅像、歌碑建てまくりです。

    焼酎天国、ナントカという有名な演歌歌手の歌だそうです。女性だけの和太鼓グループが元気よく歌っていました。地元では有名なグループのようです。声援盛んでした。
    家持さんから太鼓まで動員して、なんとか町おこしをしようと頑張っていました。
    2022年04月15日07時25分 返信する
  • 万葉の散歩道♪

    鹿児島県、夫父方のお墓掃除にお盆前の真夏、高速道路で直行直帰していました。何処にも寄らず(ーー;) 毎度、一種の義務感に駆られての日帰り強行軍でした。川内市、行った事ありません。お墓がある出水さえ、観て廻った事ない!という…。

    ここが『万葉の散歩道』とは!薩摩国分寺跡、国府?8世紀にこんな地方に、こんな立派な施設が建っていたのですね。家持さまの凛々しい、ちょっと淋しげなお姿、ハートマークはなんぞや?しにあさんの家持ラブ♪と思ったら、見せてはいけないモノ隠す為でした。

    優れた将は、必ずロジテイスクの重要性を認識していますね。補給線が延び過ぎたり、機能しない事は、軍の無機能化に直結する、という自明の理。さすが出来るおのこ、家持さま♪ 将自らが現地視察、そうでしょうとも!直近では、 ロシア軍のキーフ侵攻失敗も兵站確保に失敗したからだとか?

    黒の瀬戸、長島の展望台から海を見渡す高台の風景、しにあさんの昔のブログにて似たようなのを見たような?(鑑真が流れ着いた、とか、南方から日本に進軍してきた古人の話だったか?)いつもby妻さんの恐るべき嗅覚と共に、こうして古人の軌跡をなぞる旅、その熱意には脱帽し敬服するばかり。

    日本三大潮流、鳴門以外、玄海も薩摩の黒の瀬戸にも行った事ない、近いのに!?八代海と南シナ海に挟まれた海峡の潮流を見て、ココを通るのはムリ、と諦めた家持さまが取った次の一手は?負けん気出して詠んだ歌、憎めない、意外とかわいい性格^o^

    春すぎて夏きにけらし~、の異訳、私もなんちゃって本のとんでも解釈、見かけました。内容を忘れてしまいましたが(ーー;)歌って、時代背景や人物像、解釈する人によって、如何様にでもよめる?!

    by妻さんが「怖かったでふ」とおっしゃる『朱鳥の陵』、怖い本(殺人事件のミステリーでさえ)読むと、夜中トイレに行けなくなるのでm(._.)m
    2022年04月13日14時47分返信する 関連旅行記

    訂正m(_ _)m

    投稿してすぐですが、途中、旅人さま→家持さま、間違えています、主人公は旅人さま♪でございます(ーー;)
    2022年04月13日14時52分 返信する

    Re: 万葉の散歩道♪

    今回は比較的素直な縦の旅旅行記。
    私はこの解釈が、旅人さんらしくて、いいのではないかと思います。
    どう見ても吉野川が黒之瀬戸よりいいという結論は出ません。絶対機嫌が悪かった。

    久留米から鹿児島って、意外と近いのですよね。ぜひKumming調で、鹿児島旅行記をお願いします。

    高台の風景は、多分秋目浦の鑑真記念館でしょう。11月にも行きました。これもまた、いずれ旅行記にまとめます。
    この時は野間岳があるナントカ半島(地名忘れました)を一周する予定でしたが、鑑真記念館から番所鼻に忘れ物を取りに戻って、薩摩川内に直行。行けませんでした。
    このあたり絶景の連続だそうですよ。おすすめです。(とそそのかす)

    薩南の頴娃方言について何かご存じですか。鹿児島県人が、「頴娃弁は方言がきつくて分からん」と言うそうです。このあたりの探報記など読みたいな。
    ようつべで聞いたことありますが、一言も分からなかった。イタリア語の方が聞き取れる単語がありました。
    これはリクエスト。

    「朱鳥の陵」は怖いらしい。怖いなら読まなければいいのに、と思う今日この頃。
    2022年04月13日16時53分 返信する
  • 薩摩川内

    しにあの旅人さん

    こんにちは。
    前回の旅行記、何故旅人の歌は残されなかったか、をめぐってのご考察、
    納得の一編でした。
    旅人さんの人物像にも触れられて、そんな篤いこころを持った人だったなら、
    多くの後悔の残った隼人戦争の終結となったこと、と思われました。

    今回の黒之瀬戸の検証旅行記、
    旅人さん自ら補給路として最適かを確認のために赴かれた、
    その瀬戸をしにあさんご夫妻も検証されにいらっしゃったんですね。
    三大急潮にも挙げられるという黒之瀬戸、お写真から拝見しますと
    かなり急流な様子です。
    その海路を補給路として考えていたけれど、思ったより危ないような、
    そう考えられた旅人さん、ちょっとがっかりして
    吉野のよりも大したことないじゃないか、と歌に詠まれたのか?
    なかなか複雑な方だったようなご様子ですね。

    薩摩川内は用件に追われて国分寺跡も訪問できませんでした。
    もちろん、夜、街歩きをした折にも家持さんとのご対面も果たせず。

    最後の、by妻さんのコメント
    坂東真砂子さんの朱鳥の陵、実は以前読んでみようと思いそのままでした。
    朱鳥という言葉から、きっと大津皇子にも大きく関わることなのでしょうね。
    再び興味、惹かれてしまいました。

    mistral
    2022年04月12日12時48分返信する 関連旅行記

    Re: 薩摩川内

    朱鳥の稜、大津皇子出てくるそうです。怖いので適当に読んだらしくて、話が要領を得ません。
    なら読まなければいいのに。

    薩摩川内は列車でしたっけ? 西口駅の向かって右端に二つ目の家持さんが立っています。近くを通ったかもしれませんね。

    黒の瀬戸の対岸、長島は、Mistralさんがお好きな石、石垣が何やら有名だそうです。石垣を営々と築いて畑を作ったとか。島内を走りましたが、そういえば、段々畑が多かった。

    海が川のように流れるというのは不思議な景色でした。確かに流れておりました。うずしお展望所から見るとよくわかります。
    旅人さんも、変なものだなと思ったでしょうね。対岸に岩がゴロゴロしていて、彼はここで同じものを見たんだ、と思いました。九州側と長島側では流れの向きが違うんじゃないかな。

    黒之瀬戸と長島はおすすめです。長島には遣唐使漂着記念碑というのもあります。スポットに書いておきました。
    2022年04月13日15時34分 返信する
  • しにあ説に一票!

    こんばんは、しにあさん&by妻さん。
    もちろん旅人の、なんとか血を流さず、隼人の乱を終結させる方向に持って行きたかったという説に一票を投じます。
    旅人だからこそ、武力に寄らない解決策を講じたかったはず。
    そしてそれはうまくいくと思われたのに、事態は彼の望まぬ方向へと向かい。。。
    そのことに関しては一首も詠みたくないという苦渋の思いを、旅人に抱かせました。
    蝦夷の反乱等、予期せぬ事態は彼を「一杯の濁れる酒」を飲むより他に術のない状況に追い込んだのですねぇ。

    有能な人材が他にいたなら、あるいは不比等がもう少し長く生きていたならば。。。たらればは言っても詮ないことですが、巡り合わせの不運が文人肌の旅人の「験なき」思いを増幅させたのですね。
    旅人・家持と、この親子は実によく似ていると思います。
    それでも家持はまだ「万葉集」に、その思いを託すことができましたが。
    壮大な仕掛けを後の世に伝えむという意志で、編集されたのが万葉集ですからね(^_-)
    しにあさんご夫妻や私が秘かに信じている家持の陰謀は、伝わる人には伝わっているということです。

    それにしても「止上神社」の「止」は、「正」の字から「一」を引くと考えられたby妻さんの慧眼には脱帽!です。
    あて字ですか。
    大いにあり得るあて字で、ここにも隼人族の怨念が込められているように思いました。

    それから止上神社の「手水の流れ口」の不気味なこと(*_*)
    こんなのは初めて見ました。
    隼人の怨みが、ここにも込められているようですね!
    もっともこれが造られたのは、ずっと後の時代のことなのでしょうが。


    前日光
    2022年04月06日23時52分返信する 関連旅行記

    Re: しにあ説に一票!

    高崎です。神社と古墳の階段で半死半生。委細後日。
    2022年04月07日19時36分 返信する

    RE: Re: しにあ説に一票!

    お忙しいところ、近況報告ありがとうございます<(_ _)>

    とにかく御身大切に。
    運転にはくれぐれも気を付けて、旅を満喫されてください(^^;)


    前日光
    2022年04月07日22時52分 返信する

    Re: しにあ説に一票!

    昨日帰ってきました。1800枚の写真と40冊の本とパンフレットを仕入れてきました。当面写真の整理と資料の読み込みです。古代関東縦の旅行記は、いつになることか。

    旅人の心境、伝わったようで、作者としては、うれしい。
    宇佐神宮2文書と続日本紀、旅人の酒を誉める13首を整合させると、ありえる解釈の一つだと思います。

    大隈の田んぼの中のポツンとした隼人塚に行って思いました。きっとこのあたりにも旅人はきて、2城の包囲網の布陣を考えたのではないかと。
    変な天気で、風が冷たかったです。

    不比等がもう少し長く生きていたらというのは同感です。若い頃の彼は、持統天皇の下っ端役人からたたきあげた苦労人ですから、実務、現場がわかっていたはず。長屋王や息子の四兄弟を見て、「こいつら、仕事わかってねーな。前房はもうちょっと苦労させた方がよかったかな」と思っていた。「何かあったら旅人に頼みな」くらい言ってあったかも。

    私の不比等の若い頃のイメージは、飛鳥大原の屋敷で、糟糠の妻まさこが家計の足しに育てる大根を齧りながら、律儀に持統天皇の雑用をこなしていたというのです。

    最初は、13首には流麗な漢文の詞書があって、隼人戦争の詳しい経緯が書いてあった。しかしそれだと続日本紀と矛盾してしまうので、真道が反対した。家持はやむを得ず詞書を引っ込めた、というのを書こうと思ったのです。それだと、根も葉も、実もなんにもない話になるので、取りやめ。
    でも、あの二人は絶対に談合していると、ますます思っています。

    「正」と「止」、いいアイデアです。こういうとんでもないことを思いつくのはえらい。
    わが妻ながら、見直しました。
    2022年04月11日10時00分 返信する
  • 何故旅人は歌を詠まなかったのか?

    今回も、しにあさんby妻さんは、現地ルポ、フィールドワークで、正史と宇佐神宮2文書の「隼人の乱」記述、どちらが正しいか、地元に残る伝説、遺跡をなぞる事で実証された♪ たぶんそうだったのです。不都合な真実を書かないのが正史(笑)

    宇佐神宮の近くにあった隼人の首塚は、隼人を殺戮した側、宇佐神宮派遣軍側の罪滅ぼし的な、懺悔の現れだったのですか?そして、ココにある隼人の塚もまた、滅ぼした側、加害者が、祟りを恐れて祀った?

    真板田、獅切藪、おどろおどろしい名前ですね。猪の肉を33本の串に刺し、塚前に立てて祭事を行う「贄祭」が、芋を串につなぎたるを食べつつありし日を記念する、民間の風習として今に残る、隼人の霊崇を鎮める為の上古よりの祭礼。

    宇佐軍は2城を武力で制圧したのではなく、何らかの「はかりごと」で隼人を城から誘き出し、殺戮した。託宣集、縁事抄のどちらの記述でも、託宣によった、との事。古代豪族間や皇族の権力闘争によく呪術、神がかりで敵を倒す、みたいな場面があるようですが、私は「一天俄かに掻き曇り雷鳴轟き突風吹きあれ敵は右往左往…みたいな光景が頭に浮かんでいたのですが、今回のby妻さん説に納得♪

    芸能に弱い隼人、お酒で酔わされ傀儡芸に惑わされ。出てくるモノ全て実在しない→人形使い傀儡の仕業に違いない、との解釈、さすがです♪ 隼人って、宇佐でもコレでやられてましたよね?(あれとコレは同じ戦い?)

    旅人には畿内在住の隼人族か族長との人脈があり、武力によらない「隼人戦争終結工作」を政策立案したのでしょう。まるでFDIIのエルサレム無血開城のよう^o^ この時代唯一の産業を担う農民=兵士を無駄に失うのは愚の骨頂。

    正-一=止説、正しいから1番大事なものを除くと?奥が深いです。

    藤原氏が一党独裁を目指し、逆らう者たちは血の粛清によって倒れ、古代史を彩った旧豪族で唯一生き残った大伴氏。藤原氏全盛期に生き、孤立し辛酸を舐めた旅人も、大伴氏存続の為に思いを胸に秘め、現世でのやるせなさ、憤りをせめて歌に込めたのでしょうか。

    出来る男旅人さま、感受性も知性も超一流のおのこではありゃしゃいませんか♪

    中途半端になりますが、長くなってのでこの辺でm(._.)m

    えっ、もう一本新作upされてます??(°_°)

    2022年04月02日17時31分返信する 関連旅行記

    Re: 何故旅人は歌を詠まなかったのか?

    ↑の問いへの答え、忘れてました(ーー;)
    なので↓を
    下から3行目の上に挿入して下さい。

    そんな旅人さまも、蝦夷討伐とのニ正面対決を避ける上の方針に逆らえず、心ならずも裏切る事になり、マブだち隼人を死に追いやってしまったと、心痛め、その悔恨の思いを歌にすることさえ出来なかった。自分の不遇を詠う事は出来るのに(;_;)

    心正しく、清く優しい旅人さまでした。
    2022年04月02日19時47分 返信する

    Re: 何故旅人は歌を詠まなかったのか?

    一番乗りありがとうございます。
    いえいえ、そんなに連続してUPできません。
    旅人@九州シリーズは北関東から帰ってきてもう1本軽ーくおまけをUPして、しばらくお休みします。大隈の神社とか、賞味期限迫りつつある奈良の残りとか、先に片付けます。

    「正」ー「一」=「止」わが妻ながらいい発想です。「正」ー「丁」=「上」というのも言い出しましたが、ちょっと格好が違うし、しつこいので却下。入れた方がよかったかな。
    鍋つつきながら編集会議です。

    宇佐のコレとアレは同じ話です。調べるまで隼人の乱にこんな裏があるなんて、全然知りませんでした。
    それにしても宇佐神宮って、何やらうさんくさい。うさん神宮、なんちゃって。

    はるばる薩南から読むと、続日本紀もまた面白かった。政界の大立者、不比等さんを失って、元正天皇なんか、「わー、どうしよう」右往左往する長屋王さんとか、藤原四兄弟。わ~大変だ~、という感じだったでしょう。
    諸兄くんはまだ30代半ばで、青二才。
    不比等さんは実務家でもありましたから、口先ばっかりの連中が泡くって、誰かできるやついねーか、あっ、旅人だ!
    じゃ、ないかと。
    そーでもないと、大事なお役目中の旅人さんをはるばる大隈から呼び返したリしません。

    この辺り、どなたか、新しいコミックで描いたらどうですかね。
    売れないでしょうね。
    2022年04月03日05時44分 返信する
  • 隼人の首塚

    こんばんは、しにあさん
    奈良から戻ってきましたが、ペットホテルに預けていた梵ちゃんが不調。
    食欲も元気も無し。
    今日動物病院で点滴と注射をしてきました。
    ストレス性だとしたら、旅の度にこうなっちゃうのでしょうかねぇ。
    生き物を飼うのは難しく悩ましいです。

    隼人の首塚は、田園のただ中に佇んでいますね。
    隼人退治の将軍として中央からやって来た旅人は、この件に関して一首も詠んでいない。。。そうでしたか。
    仕事はしたけれど、何も書きたくはないという心境だったのでしょうか?
    九州の夏は、さぞ暑かろうと想像出来ます。
    三ヶ月もその暑さの中で奮闘した旅人のことを思うと、気の毒でなりません。
    この手の文人が、戦に赴くということを思うと胸がざわついて。。。
    現実には旅人も、人の命を奪う戦の陣頭指揮をしたことになりますね。
    だから「験なき物(しても甲斐のない思い)」などしないで、一杯の濁り酒に逃げるのが良さそうだなんて、一見無責任な方向を向くしかなかったのでしょうかねぇ(-_-)
    彼の内部で拮抗する思いは、大伴という武門の家柄に生まれついた者の宿命で、息子の家持に至ってはそれが諦観となって、滅びの美学へと繋がっていくのでしょう。

    国分郷土館の「三の王子の白色面」は不気味ですね!
    欠損している部分が、より想像力を増幅させ、何があってこうなったのだろうと妄想を駆き立てられます。
    「四の王子の赤色面」や「五の王子の黒色面」も、日本人離れした伎楽面を思わせ、イスラム系とまではいかなくても、どこか異国的なものを感じます。
    鹿沼市の「古峰神社」には、天狗の面がたくさんありますが、ここも昼なお暗い畳の部屋でその面を見ると、ゾクゾクしてきます。

    宇佐八幡宮の、どこか胡散臭い存在と隼人族の怨念が伝わってくる旅行記でした。
    古代という時代、いやむしろ古代だからこその残忍な戦というものを素通りしてはいけませんね。


    前日光
    2022年04月02日00時13分返信する 関連旅行記

    Re: 隼人の首塚

    4日から我が家も旅行ですが、By妻が、世話している地域猫を心配しております。ご近所に餌やりを頼みました。最近は我が家にいついております。ノラは3軒餌場を持っているはずですが、どうもそういう逞しさはないみたいです。

    旅人には太宰府以前の歌はほとんどないそうです。隼人の歌もなし。例外は黒の瀬戸の歌ですが、これは旅人@九州4で行ってきました。名(迷)解釈をお披露目します。

    大隈の旅人の心境は「仕事はしたけれど、何も書きたくない」に尽きます。次回のテーマです。
    この時代では仕事のできる人だったらしく、何かあると引っ張り出されています。隼人戦争では、それで辛い思いをすることになったみたいです。

    夏の南九州は暑かったでしょうね。クーラーなしだもんね。元明(元正だったかな)天皇から、「暑くて大変ね、頑張ってね、旅人ちゃん素敵💌」という詔が出ているくらいです。わかっているなら、もっと若い元気なのを送ってやれよ、という感じ。
    旅人は55歳ですからね。今でいうと70すぎの爺さんでしょう。

    郷土館のお面は天狗ですよね。しかも色が文字通りいろいろ。南薩は中国南部や東南アジア、太平洋の島々から船で来やすいところです。大昔はいろんな人種が来ていたんじゃないですかね。
    西郷輝彦みたいなお目々ぱっちりは日本人としては少ないタイプなのに、鹿児島には多い。かつての混血の名残じゃないかと。
    隼人もそういう人たちじゃなかったのかな、と思いました。
    でもそうすると、鹿沼の天狗さんたちは何なのだろう。天狗の古い伝説のあるところですか。
    2022年04月02日06時53分 返信する

    RE: Re: 隼人の首塚

    しにあさん、こんばんは。
    本日は雨の中、東博にて「空也上人と六波羅蜜寺」展を見てきました。
    実は「ポンペイ」展も見たかったのですが(無料観覧券もあった)事前予約をしてなかったので入場できませんでした!(今日が最終日だった!)

    ところで、鹿沼市の古峰神社についてググッたら面白いことが書いてありました。
    紹介しますね。

    今を去る1300余年の昔、隼人というお方が京都からこの地に移り、尊(御祭神・日本武尊)の御威徳を慕いつつ、京都よりこの古峯ヶ原の淨地に遷座(創祀)申しあげたのが始まりといわれております。
    その後、古峯ヶ原は、日光を開かれた勝道上人という僧侶の修行の場となり、上人は古峯の大神の御神威によって、古峯ヶ原深山巴の宿において3ヶ年の修行の後、天応2年(西暦782年)日光の男体山に初めて登頂し大日光開山の偉業を成しとげられました。
    この縁起にもとづき、日光全山26院80坊の僧坊達は、勝道上人の修行にあやかって、年々古峯ヶ原(古峯神社を中心)に登山、深山巴の宿で祈願を込め修行する慣わしとなり、その修行は明治維新に至るまで、千余年の永きに亘って行なわれました。
    古峯神社はこのような古峯大神のご利益の顕著を以って全国稀にみる霊地として、火伏信仰、天狗信仰などに代表する諸人の敬虔な信仰を集め、久しきにわたってその御神威を保って参りました。明治初年には太政官布告により、神仏分離が行なわれ、仏具一切を取り除き、純然たる古峯神社となり、現在にいたっております。

    ○ 天狗信仰

    当社は別名「天狗の社」とも呼ばれ、神社内参籠室や廊下には所せましと天狗の面、或いは、扁額・威儀物(火ばし、下駄、わらじ、天狗人形)が掲げられております。
    これは熱心な崇敬者から心願成就の暁に奉納されたものばかりです。
    天狗はご祭神のお使いとして、崇敬者に災難が起こった時、直ちに飛翔して災難を取り除いてくれる(災厄消除・開運)偉大なる威力の持主として広く根深い民間信仰を集めております。
    顔が赤く鼻の長い天狗を「大天狗」、黒いくちばしのある天狗を「烏天狗」と申します。

    →「隼人」という名前がでてきたので、紹介しました。

    > 4日から我が家も旅行ですが、By妻が、世話している地域猫を心配しております。ご近所に餌やりを頼みました。最近は我が家にいついております。ノラは3軒餌場を持っているはずですが、どうもそういう逞しさはないみたいです。

    →明日はやはり雨で、最高気温は低いようです。
    体調に留意されて旅を楽しんで下さい。
    それから我が家の猫は、結局病院に連れて行き、点滴と注射で復活しました。
    食いしん坊ぶりが復活したので、ひと安心しております。
    今日一日留守にしたので、ショックだったようで、今やっと安心して爆睡しております。思ったよりも小心者の猫だったようです。

    > でもそうすると、鹿沼の天狗さんたちは何なのだろう。天狗の古い伝説のあるところですか。

    →この最後の質問への答えになっているのかどうか分かりませんが、古峰神社についての一部をコピーしました。

    では、お気を付けて。


    前日光
    2022年04月03日23時03分 返信する

しにあの旅人さん

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しにあの旅人さんにとって旅行とは

うーん、何か気の利いたこと言わなければと、思うのですがね。

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南イタリア、スコットランドの北ハイランドのそのまた北のほう、イベリア半島、ギリシャのエーゲ海クルーズ、トルコ、エジプトのナイル河クルーズ、カナダのプリンスエドワード島、白夜とオーロラ、フランスのアビニオン演劇祭、多分その辺りでこっちの寿命がタイムアウト。

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