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しにあの旅人さんへのコメント一覧(24ページ)全577件

しにあの旅人さんの掲示板にコメントを書く

  • 「北大西洋条約機構 人形劇大会」

    人形の兵隊がねずみの兵隊ならぬ隼人を退治する...
    チャイコフスキーのくるみ割り人形を想起しました。

    >傀儡人形に目を奪われたために隼人は討たれたとも伝えられる
    屈強な隼人が人形劇ごときで討たれるとはいと考えにくしですね
    目を奪われたとすれば、やはり傀儡ではなく操る側の傀儡女
    くぐつめの一部は朝廷の妖艶な女スパイだったのでは?
    そして波豆米こそが女スパイの総大将

    「宇佐人形劇大会」
    出し物の人形劇、傀儡女のセクシーダンスに続き、当時から
    あったセンナエキスをたっぷり含んだ酒の一気飲み...
    宴もたけなわなところで、厠に殺到する隼人たち
    抵抗する間もなく、裏庭から現れた旅人さまに討ち取られる

    今まさにウクライナでは「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク
    人民共和国」が独立しようとしてますが、これこそ典型的な
    ロシアの傀儡政権

    ここは一つ「NATO人形劇大会」を開催して...
    2022年02月22日21時44分返信する 関連旅行記

    Re: 「北大西洋条約機構 人形劇大会」

    隼人は、歌、踊りに夢中になっちゃったらしいのですよ。国分に行ったら、似たようなお話が残っていました。古代って、よっぽど娯楽がなかったんだ。
    それから3百年後だって、更級ちゃんはAGY48に夢中になっています。足柄山48。
    当時の宇佐はきっと半島由来のトップクラスの舶来芸能があったのじゃないかと。
    UJG48なんていうのが国分にきたのかもしれない。
    この数年テレビを見ません。芸能人というとアルファベット3文字48しか知らないので、本当は坂の名前みたいなのが新しいんですよね。これも古いか。

    宇佐餅食べそこなった。西参道にはお店はないので、表参道で買おうと思ったら忘れちゃいました。
    隼人も宇佐餅食べたか。
    宇佐餅とUJG48に夢中になって、隼人は負けたのです。
    2022年02月23日14時23分 返信する
  • 清麻呂 スマホ!

    しにあさん こんばんは

    ぼくが長らくサボっている間にしにあさんの諸国漫遊記は、新シリーズに進んでいたのですね。

    日本三悪人の不名誉な称号をいただく道鏡さんですが、八尾の地元では根拠なし、むしろ好青年だったと名誉回復運動を起こしてますね。吉良町の吉良上野介みたいな。
    ってことは「道鏡を天皇にすれば、天下は太平になる」っていう根拠なき神託も、意外と嘘から出た誠... だったりして。

    少なくともスピード出世した処世術は本物だし、筑波大付属高校くらい合格できる実力の持ち主だったのかも知れません。清麻呂さんがいなければ天皇家の血筋も途絶え、日本は大きく変わっていたのでしょうか。

    それにしても神託を確認するために都からはるばる宇佐神宮まで出向く羽目になった清麻呂さんも大変でしたね。現代人なら間違いなくスマホで宇佐神宮まで問い合わせていたことでしょう。
    それを知った清麻呂さん、それこそ地団駄踏んで「眼鏡市場さん」になってた!?
    2022年02月18日22時31分返信する 関連旅行記

    Re: 清麻呂 スマホ!

    復活、ももであさん。私たちのブログにも降臨!

    続紀や後紀をウラから読むと、道鏡は犠牲者じゃないかって気がします。
    兄弟親戚にたかられて、断りきれなくて、天皇に頼んでみんな偉くしちゃった。それが当時の伝統的勢力に拒否られた、というオチではないかと。
    気のいい、わりかし意志の弱いおっさんじゃないかな。

    道鏡は義淵の弟子で、若い時は非常に優秀だったという記録も残っているそうです。梵語ができたらしい。筑波大付属どころではなくて、中学生が飛び級で東大大学院というレベル。

    清麻呂さんはタフだったみたいです。あの広い宇佐神宮を走り回って、あっちとねごり、こっちを説得、大尾神社の階段を何度昇り降りしたことか。
    スマホがあったら、たしかに便利だった。仲店あたりのお茶屋に落ち着いて、電話をかけまくればいい。
    宇佐餅食べ放題。
    晩年足を悪くしたという記録が残っています。大尾神社の階段で転んだのが原因。ただの妄説です。
    2022年02月19日06時19分 返信する
  • ん?天国に続く道 in 九州?

    こんばんは。
    フィギュアスケートに見入っておりました(案の定(^_-)

    それにしても宇佐神宮への道、まっすぐですね!
    化粧井戸からの道は、こんな風なんですね!

    私たちは普通に大駐車場に車を駐め、呉橋を右に見て、神橋を渡りました。
    ですから、化粧井戸から呉橋までまっすぐに続く道路は、知りませんでした。
    いやぁ、この道路は感動的ですねぇ(^o^)
    いかにも宇佐神宮への道という感じがします。

    高校の歴史の時間に、この道鏡に絡む宇佐神宮の話を聞いて、いくら昔でもそれはないだろうと思ったものです。
    宇佐神宮の大神が宣ったから、天皇の地位には道鏡ではなくやはり皇室から。。なんて、子どもでも分かる出来レースじゃなかろうか?と、思いました。
    天皇の位には皇統からという話を成立させるために、わざわざ遠い宇佐まで和気清麻呂を使者に立てるという。。しかも大神の返事(天皇は皇統に)を持ち帰った清麻呂や姉に罰を与えるなんて。
    称徳天応の崩御や道鏡の左遷は、天罰としか言いようがありません。
    しかもその道鏡は、下野国に流されたのです。
    下野国の住人としては、罪人が流されたところが下野国という点に引っかかるわけです。
    そんなずるがしこいヤツを、なぜこの地に流したのかと、当時はとてもイヤな気分になりました。
    でも最近道鏡も見直されてきており、頭の良いかなりのイケメンだったんじゃなかろうかという話にまでなってきて、時代と共に歴史もものの見方も変わるんだなぁと思った次第です。
    過日なぜか下野国にある「孝謙天皇神社」と、道鏡が流された「下野薬師寺」、また道鏡の墓と言われる「道鏡塚」の場所も確認し、近くにある「下野国分寺跡」など見学して、大いに天平の昔を偲ぶ機会がありました。
    遠い奈良の都との繋がりを感じ、今となっては興味深い道鏡事件だったなと思うようになりました。

    で、私は宇佐神宮では、司馬さんが「街道をゆく」で、「宇佐神宮の池」について触れていたので、池ばかりが気になり、あまり他の所は見ませんでした。
    というよりは、行った時にちょうど本殿が改修中でテントの中に在り、見られなかったのです。

    それから大分県には「宇都宮さん」という方がかなりいらっしゃると言うことの方に関心がいってしまいまして。
    私は今まで栃木県で「宇都宮さん」という苗字の方に会ったことがないのです。
    なのに大分にはけっこうたくさんいらっしゃるとか。

    すみません!
    せっかく格調高い旅行記なのに、話が逸れてしまいました。

    by妻さんのご意見をよく拝読させていただき、次回宇佐に行くときには、車でどこまで行けるかを充分調べて行こうと思いました。
    なにしろ腰痛持ちなので、階段は強敵なのです。
    大尾神社が気になりまして、ただでさえ宇佐神宮は広いので、焦点を絞って見学しようと思います。
    ピントのずれた感想で申し訳ございません。
    この時代に興味がないわけでは決してありませんので、次も楽しみにしております(^^;)


    前日光
    2022年02月18日00時01分返信する 関連旅行記

    Re: ん?天国に続く道 in 九州?

    真夜中過ぎまで起きておられるのですね。フィギアスケート観覧とか。私はどういうわけか、今度のオリンピックは全く見る気がしなくて、ほとんどテレビを見ておりません。

    前日光さんの宇佐神宮訪問記読んでおります。2014年のことですね。西参道は、この年代ですと、まだ整備されていなかったかもしれません。昨年11月でもかなり新しい感じでした。ちょっと古い写真ですと電柱がありますが、今はご覧のように電線なしで空がすっきり。

    宇佐市か沿道の住民か、誰かセンスの良い方が音頭をとって、こういうふうに道路の外観を変えたのです。西参道はまだ無名ですが、そのうち新たな宇佐神宮の観光スポットとしてブレイクするのではないかと予想しています。
    By妻が言うように、大神社の仲店はそれなりの面白いのですが、こういう非常にセンスの良い参道があってもいい。
    kummingさんへのコメント返信にも書きましたが、「毎年4月下旬と8月中旬に見られ、参道に真っすぐに沈む夕日の光で黄金色に輝く。」そうです。

    神社愛好の女性、神女が殺到しそうな観光スポットです。神女は歴女からイメージした私の造語です。「かみじょ」と読んでください。神社ガールという呼び名もあるそうですが、私は神女の方がいいと思う。
    現代はなんでも、女性がイニシアティブをとって物事が動く時代です。男は後からついてくる。

    道鏡にまつわるトンデモ話は後世の創作だそうです。続紀や後期では、道鏡はこの神託事件の時だけ、特に憎々しい悪役で登場します。どうもこちらも創作ぽい感じです。
    このお話は後日旅行記にまとめる予定です。
    それには下野薬師寺跡に行かねば。
    前日光さんの旅行記で薬師寺については詳しくわかっております。21日に3回目のワクチンの予約が取れました。オミクロン様次第ですが、3月には北関東の旅と同時に行こうかなと思っております。できれば、梅か桜を入れて、アクションカメラかドローンを飛ばして俯瞰写真を撮りたい。カメラアングルなど、プランはこれから作ります。梅は遅すぎますね。薬師寺跡あたりの桜は例年いつ頃でしょうか。
    アクションカメラは2人でないと操作できないので、「よーい、スタート。カット!」なんて、映画監督気分です。

    大尾神社はおすすめです。車ですぐ近くまで上がれました。一応確認なさってください。
    九州の神社は、どこも階段でした。神社は多かれ少なかれ階段ですよね。
    2022年02月18日11時24分 返信する
  • ご神託捏造事件

    宇佐神宮までの道、お店など少なくて、良さげな雰囲気♪ 私にも、いつか訪れる機会があるでしょうか。

    このお話は、高校の日本史の先生が熱く語ってくれたので覚えています。とにかく称徳天皇と道鏡の話に熱の入った授業でしたが、何しろ文春砲的な脚色満載で、それが女子高生の好奇心を煽った模様。今回、しにあさんby妻さんのルポと歴史書に基づく検証で、より史実に近い事の次第を理解できたような気がします。

    称徳天皇の覚え愛でたく、飛ぶ鳥落とす道鏡、ご寵愛あまって皇位につける為にご神託を捏造するも、反対派の横やりがはいり、反道鏡派、皇統守護側、が勝利した。偽のご神託を更に捏造ご神託で制す?毒には毒を!

    習宣阿曽麻呂の根回しの上を行く、清麻呂の、宇佐神宮を味方に引き入れた度胸と交渉力、あっぱれです。我が身に降りかかるであろう災厄を顧みず、時の権力者に立ち向かう姿は、いつの世であれ賞賛の的!かっこいい~♪それで、交渉力とは、 宇佐神宮の宇佐氏、大神氏、辛島氏の力関係、役割分担、縄張り争い、的なところを利用した、という事ですか?読み込み不足、理解力の限界です(;_;)

    習宣阿曽麻呂が、本人の意志の如何に関わらず、宇佐神宮の全国的知名度アップ、に貢献したのですね。遠方から大分を訪れる方たちが、必ず宇佐神宮詣でされるのはなぜ?という謎が解けたような気がします。

    「母さん、ぼくの帽子、どうしたんでせうね?」はどこからの引用ですか?小説?まさか角川映画?

    称徳天皇の嫌がらせ、きたなまろ、ひろむしひめ、とは中高生の意地悪レベル(笑)

    九州旅で登らされた階段、を思うと、「早く言ってよ~」も頷けます。初めての場所あるある、遠回りさせられちゃった(-。-;

    「眼鏡市場」ギャグ、通じてません(;o;)

    木更津に、久留米発祥のラーメン屋さん支店?が3月くらいに開店するという情報。我が母校近くの「沖食堂」のれん分けかどうか、は未確認。博多うどんのクチコミ拝見しました、久留米うどんのゆるふわ系としこしこ系、ご紹介したかったな~。
    2022年02月11日22時57分返信する 関連旅行記

    Re: ご神託捏造事件

    まず「はやく言ってよ、西田敏行、眼鏡市場」でググってください。「知らなかった男」で出てきます。
    九州では、このCMやらなかったのかな。

    「母さん、ぼくの帽子、どうしたんでせうね?」は、映画「人間の証明」のキャッチですが、西條八十の「ぼくの帽子」が元々の出典だそうです。
    読んでみたけれど、グッとくるいい詩でした。

    宇佐神宮西参道、おすすめです。
    夕陽が西参道鳥居に沈む日があるとか。「毎年4月下旬と8月中旬に見られ、参道に真っすぐに沈む夕日の光で黄金色に輝く。」そうです。

    https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2021/12/06/JD0060862030

    私は宇佐神宮は卒業です。

    ブログはバッチリ読んでいただけて、嬉しい。いつものように行ったり来たりの文章で、ついてきてもらえるか心配でしたが、なんとかなりました。
    この事件は、称徳天皇の思い込みだったというのが、私の結論です。老いを迎えた孤独な女帝の独走。52歳で崩御ですから、今でいうと70過ぎじゃないでしょうか。
    奈良もの旅行記の最後は、このお話で〆ようかと思っています。前日光さんのお膝元の下野薬師寺に行かねば。

    女子高生に道鏡の話は、ちょっと刺激が強いかと。
    若い頃、孝謙天皇の頃ですが、藤原仲麻呂ともあやしかったのですが、この先生、そちらの方はなんかおっしゃっていましたか。

    久留米にもシコシコ系うどんがあるのですか。全部ゆるふわ系だと思っていた。
    東京駅八重洲で、「博多うどん」という看板のお店があったので食べてみましたが、普通のシコシコでした。関東でふわふわ系はないみたい。
    九州はBy妻のお墓参りで必ず行きます。そのときはご連絡します。
    2022年02月12日13時08分 返信する
  • 考えたことがなかったです(>_<)

    何を?って、大来・大津・草壁の出生地が飛鳥ではなかったということをです。

    確かに百済に援軍を送るため、天皇一行が九州に向かったということは歴史の教科書にも載っていました。
    その途中で大来・大津が生まれたということは、後で知りましたが。
    昔の女性は皇室といえども、遠征中に出産なんかがあったりして大変だなぁとは、ちらっと思いはしましたよ。
    でも要するに、具体的にイメージできなかったのです。
    一人の人間をこの世に送り出すためには最低十ヶ月はかかるのに、大来は岡山で、大津、さらに草壁まで、この西の地で生まれていたのですねぇ。
    くさがえ→くさかえ→くさかべ、と言う変遷は、ありうることでしょう。
    草壁九州出生説→これを唱えたのは、しにあさんが初ですか?
    すごいコジツケ、いや、発見ですよね?(^◇^;)

    大海人は天智皇女の姉妹を妻としていましたが、今日はどっちに行こうかな?菟野はキツイところがあるから、心が安まるのは大田なんだよね、なんて悩みながら(贅沢な悩み!)現在の福岡辺を歩いていたのかなと思うと、実に身近な気分になりますねぇ。
    また朝倉の宮が海から離れていたということは、kummingさんも旅行記に書いていたような?
    なぜこんな場所に?という疑問に、しにあさんの説=「二兄弟が口うるさい母の言葉を聞かないで済むように遠くに宮を造った」に、和同開珎をチャリンと投じたいと思います。

    福岡に行ったのに、その時は私は黒田勘兵衛絡みの場所と、伊藤伝右衛門の屋敷を訪ねることに夢中で、古代に思いを馳せることに欠けておりました。
    だいたい大濠公園に行っていないのです。
    次の福岡訪問があったら、この旅行記の場所には行かないと!と思っています。

    ところでkummingさんのおっしゃる「古代幻想ロマンシリーズ」は、作者の長岡良子氏が現在休筆されているようなので、一般書店では入手できないと思います。
    それにしても、このシリーズに登場する不比等はイケメンです。
    かつて不比等に対してそのようなイメージを持っていなかった私としては、当初かなり面食らいましたが、読み進むうちに、すっかり不比等の擒になってしまいました!
    いつの間にか不比等=思慮深いイケメン、氷高が不比等に父性を見いだしたように、落ち着いた大人の男、頭が良い等々のプラスイメージが増幅して現在に至っています。
    また「天智天皇と倭皇后」の愛を描いた「夢の奥城」も、なかなかのものです。

    このシリーズを読んでいると、私が妄想する古代の世界がそのまま描かれているように感じられ、相当に影響を受けております。
    たかが漫画と侮れないところがありますよ。

    最後の足のあるピンクの蛇は、かわいらしいですねぇ。
    by妻さんも、これなら少しは蛇に親近感を持ったかも( ̄∇ ̄)


    前日光
    2022年02月03日23時25分返信する 関連旅行記

    Re: 考えたことがなかったです(>_<)

    おはようございます。

    草壁さんの出生地については、誰も興味ないようです。目立たない地味な皇子さんでした。
    菟野さんは姉さん同様、夫の大海人皇子と一緒に九州に行っているはずで、そうすると草壁さんも九州生まれになります。大来、草壁、大津の順で1年おきに生まれています。菟野さんが飛鳥に残って草壁さんが飛鳥生まれとすると、「え、誰の子?」と、大変な騒ぎになります。

    次回福岡では古代妄想旅をお楽しみください。
    朝倉宮、斉明天皇のもがりの宮があった(といわれている)恵蘇八幡宮もいいですよ。恵蘇八幡宮は別のところで取り上げます。
    私たちが朝倉宮に行ったときは曇り空だったので、「あのバカ息子、私をこんなところに祭り上げて」という斉明天皇の怒りが漂っていたような、感じ。んなわけありません。
    一面の柿畑でした。柿のシーズンなら多分美味しい柿が安く食べられます。

    伊藤伝右衛門って、あの柳原白蓮の伊藤さん。ブログ見つけました。これから読みます。

    不比等イケメン説は賛成です。しかも若い頃不遇だったので、苦労人でもある。三千代さんが妻、持統さん、元明さんと女帝に仕えて、女心の機微もわかっていた人物でしょう。晩年の大来皇女と持統天皇の仲を取り持って夏目廃寺を作ったというのが私の妄説です。
    イケメンであっても、シブーい大人であったでしょう。
    氷高内親王との組み合わせ、うらやまけしからんという感じはします

    長岡良子の作品は、アマゾンで最初の数ページが見本で読めました。伝統的な少女コミックという感じでした。山岸涼子なんかは表紙だけですが、これ、青春前期、多感な女の子に見せていいのかよ、という感じでありました。
    こういういわば古典的なコミックは、もう書店にはないようです。かなりの歴史知識を前提としますからね。

    足つきへび、By妻はヘビはなんであれ、ダメだそうです。
    これからも、イラスト、試してみます。
    九州シリーズ、長引きます、お付き合いください。
    2022年02月04日07時05分 返信する

    確かに!

    前日光さんが指摘されるまで気が付かず(ーー;) 確かに、草壁君九州出世説はしにあさんの発見された新説!

    そして出生の秘密、といえば長岡良子作「眉月の誓い」も、鎌足の長男定慧が孝徳帝のご落胤説、更に、不比等も天智天皇のご落胤という、鎌足が男児に恵まれず、2代天皇の女をたまわり、その落とし胤を息子にした説、を基に、不比等自身も天武天皇亡き後その女を賜った、という話(こちらも史書に記された事実だとか?)で、その女性が実は母違いか父違いの妹で、幼い頃から恋仲だった、という恋話。

    そして、草壁君も凡庸というより徳の高い、でも大津皇子の様な人目につく才能があった訳ではなく、大津がもし「脳ある鷹は爪隠す」タイプで、高市皇子の様に一歩引いて草壁君を支える姿勢であったなら…、という視点から、物語っています。

    前日光さんオシの大伴家持と坂上郎女の娘の恋話(家持さまも、もちろんイケメン♪)や坂上郎女と穂積王子の恋話、天智天皇と倭の皇女の話、かぐや姫は氷高皇女で言いよる5人衆の1人車持ち皇子が不比等説、などなど、恋愛にフォーカスしがちですが、古代史の一面が描かれているような気がします。

    史実かどうか曖昧なグレーゾーンに創造羽を羽ばたかせた古代ロマン♪ といえば惚れたに違いないおのこを描かせたらこの人の右に出る者はいない?塩野七生さんオシ=私のオシ、カエサル、チェザーレボルジア、FDll、の3人に並べるのはちょっと?ですが、不比等も入れて、イケメンかどうかに関わらず、人たらし、女性心理を操る才能に秀でた、ちょいワル系おのこたち、ではなかったか?と思う今日この頃です。
    2022年02月04日22時35分 返信する
  • いよいよ九州へ。

    しにあの旅人さん
    by妻さん

    こんばんは。
    いよいよ九州編ですね。
    九州編が始まる前に投稿されておられた口コミの中に、川内のものがあったように思いました。
    まもなく我が家でも川内、出水に参ります。
    出水に残されている夫の家の古いお墓の整理のためです。
    by妻さんが九州のご出身とは思いませんでした。
    今回の旅の目的には、やはりお墓参りもあったのでしょうか。

    まずは大津皇子の出生地の特定、
    那大津という事までは分かっていても、ピンポイントで特定するにはなかなか大変なんですね。
    大来皇女は大伯の海あたりで生まれたという事までは知っていましたが、なんと
    草壁皇子もどうやら出生地に因んで名づけられていたんですね。

    しにあさんのフィールドワークによって斉明天皇がおられた朝倉宮は古代の海岸線からはかなりの距離があり、戦線の指揮を取るには甚だ不便。
    という事は中大兄皇子は、我が高齢の母親には安全な地で儀礼的な役割に励んでほしいとお願いした事は頷けることですね。
    中大兄皇子と大海人皇子、二人の関係は弟君が何事にも実行面を担当して来た、とはどこかで読んだことがあります。
    天文、占星の術に秀でていたとされる大海人皇子が緻密な頭脳の持ち主であり、その役割を果たすにはふさわしかったことはなんとなく想像が出来ますね。
    斉明天皇が亡くなり、白村江で惨敗した中大兄皇子は、対策を練るために飛鳥へ戻る際
    大海人皇子の妃や小さかった皇女、皇子たちも一緒に連れ帰ったそうですね。
    それゆえ大津宮には、大海人皇子の一族が一緒に住んでいた、と納得できることです

    菟野皇女がその折に残ったかどうか?その可能性は考えてもみませんでした。
    中大兄皇子は、わが娘をもしかしたら危険な戦場になるかも知れない地に残ることを許したどうか?
    それでも残った故に、他の妃たちを差し置いて、その後の夫婦の絆が深まった可能性は高まりますね。

    しにあさんの旅行記を拝見しながら、いまだに私も当時の世にタイムスリップした気分でいます。

    mistral


    2022年02月02日23時43分返信する 関連旅行記

    Re: いよいよ九州へ。

    おはようございます。
    By妻は福岡生まれ、お墓も福岡市内にあります。年に1回、墓参りを口実に九州旅行を楽しんできました。
    2カ所親戚のお墓も回ることにしているのですが、7月に行った時に一ヶ所お墓がなくなっていました。地元では旧家だったそうですが、係累の方が皆さん東京に出てしまって、墓じまいをしたそうです。
    ご主人のご一家もそのケースですね。

    出水は通っただけです。薩摩川内では2泊しました。あのあたりの中心都市のはずですが、過疎化がすごかったです。山形屋という九州では老舗のデパートがある市の中心部でも、メインストリートを一本外れたら、シャッター街でした。人口そのものも減っているでしょうが、郊外の大規模ショッピングセンターにお客さんを取られたみたい。
    市内には若い人も多くて、結構活気がありましたが。

    大来さん、大津さんの出生地は大体わかっていますが、なぜか草壁くんは話題にもなっていません。地味な皇子さんでしたから、皆さん興味を持たないみたい。福岡生まれは間違いない。私でも気が付いたくらいで、ちょっと探したら草香江は出てくると思うのですが。私はいい線いっていると思います。

    中大兄皇子が母親を気遣った、というのはMistralさんがやさしいから。私はうるさいから追っ払ったんじゃないかと思います。
    中大兄皇子さんが深刻に大海人皇子なんかと会議していると、「ホニャラの神のお祭りはいつにしようかね」などとひっきりなしに言ってくる、「お母さん、あっちに行っててください!」となります。

    母親の死後、大来大津姉弟が近江で天智天皇に育てられたのは間違いないので、ここでつれて帰ったのでしょう。そのご数年で太田皇女は亡くなっています。
    菟野さんが後に残った説は、ありかと。普通の人なら大人しく帰るけれど、のちの持統天皇ですよ。お兄さんのいうこともきかず、「私がんばる!」ということで、夫と共に残って、獅子奮迅の働き。十分にあり得る。
    そうすると後々の歴史がよく理解できます。

    これから九州シリーズが延々と続きます。お付き合いお願いします。
    2022年02月03日07時33分 返信する
  • 馴染みの地名が続々と~

    しにあさん、by妻さん、こんにちは♪
    とうとう九州入りされたのですね、おいでませ~^o^
    那の津、草香江、荒江、片江、長尾、油山、高宮、朝倉、などなど、住まいから車で30分~1時間圏内の地名が登場、何も知らずにその辺ウロウロしていた私です。
    大迫、大津、草壁が生誕地名由来の名前3姉兄弟だったとは!
    草香江(くさがえ→くさかえ→くさかべ)という地名読み替えがインスピレーションの発端だった(*_*)

    横道に逸れますm(._.)m
    西鉄時代の鉄腕稲生伝説、幼少時父から耳にタコ出来るほど聞かされました。当時、スクーターに家族5人乗り(運転席前に立ち乗りの兄、父の股間に座る姉、後部座席座る母に背負われた私)で平和台球場まで??という武勇伝が、実家に残っています。現実的に、そんな事出来るのか???

    本題に戻ります。
    那の津と草香江が福博の街が始まる2つの入江だった由。
    朝倉橘広庭園まで行かれたのですね。長安寺、という名は見ましたが、朝倉宮との関係にも気が付かず、天子の森?なんて石碑ありましたっけ?確かに、あの狭い所に宮があったとは思えません、と言われて気付く(笑)目的意識、見識ある人が見ると、こうなる、の好例かと。
    が、百済救援派遣の陣地にしては遠くない?とは私ですら、思っていました。大本営をこんな奥地に?しにあさん説、余計なご神託だのお節介を避ける為、声の届かない地、を敢えて選んだのでしょう。

    兄の娘姉妹を妻にもつ大海人皇子のご苦労、心中お察し致します。数学が得意で兵站を任され、大海人という名前から全国の海人族の支持を得ていた。そこから、持統さんも居残り手伝いで兵たちに顔を売った、とは昨今の政治家の選挙活動の様相。
    壬申の乱までの立案、経緯に持統さんも加担していたのは間違いない!と思わせる運び、お見事でございます♪

    さて、持統天皇の話が出たので、再度横道に~
    先だって、前日光さんに教えて頂いた古代史コミック、全十数巻中5巻を図書館経由でゲット(他図書館からの貸し出しです)。内容に踏み込むと、カキコが果てしなくなるので、この先は前日光さんのご登場を待ちたいと思います。一点だけご紹介すると、不比等が超いけイケメンで、チェザーレみたい^o^

    平城宮跡に大型バス専用駐車場ができ、更に、大極門(第一次大極殿の正門にあたる南門)の復元が3月19日に完成する、との事。
    2022年02月02日17時52分返信する 関連旅行記

    蛇足♪

    あ~っ、書く事が多くて、大事な事を忘れていましたm(._.)m
    イラストデビュー、おめでとうございます♪
    かわいすぎる蛇足、ピンクなので女の子?
    高宮→磐瀬公園→磐瀬の宮、決まりでしょう、ココから朝鮮出兵に向け軍勢の集合状況を見守っていた。
    太田皇女宅にするべきか、鸕野讚良皇女宅にするべきか?♪どちらにしようかな、神さまのいうとおり、…◯△◇♪なあんて、道の分かれ目でやってたのかな~
    大迫→大伯皇女(大来)でしたm(_ _)m
    2022年02月02日18時54分 返信する

    Re: 馴染みの地名が続々と~

    まずスクーター家族5人乗り、ご無事で何より。
    今なら確実にお巡りさんに捕まりますが、当時であれば「ライオンズの応援に行くけん、文句あるとや?」でおkかな。お巡りさんだって、ライオンズファン間違いなし。
    By妻の父も熱狂的なライオンズファンだったそうです。

    九州シリーズ、始まりました。これから延々と続きます。飽きずにお付き合いください。本当は奈良飛鳥ものがまだあるのですが、塩漬の上冷凍しておきます。
    時計回りで行きますので、次は大分。最後に太宰府、福岡に戻ります。いつになるか。

    朝倉宮が海岸から遠いのは、専門の学者さんもあんまり問題視しておりません。私は太田さん、菟野さんのお産の場所ではないかと思ったのですが、日本書紀の記述に合わない。やっぱ、煙ったい母親を祭り上げる説が、いちばん合理的ではないかな。
    天使の森はすぐ近くで、柿畑の真ん中でした。朝倉に来る途中も、高速両側、柿、柿。庭の柿の木というレベルではなかった。一面の柿。
    さすがに房総では、九州産の柿というのは見ません。

    姉妹を嫁にするというのは、モンゴルなど、北アジア遊牧民の風習だそうです。古代日本にこのあたりの民族が入ってきた証拠という学説をどっかで見たことある。
    しかしBy妻の真に迫った描写の通り、無理ですよね。その後の日本に例がないので、定着しなかった。夫としてはかったるかったでしょうね。姉妹が仲がよかったら2:1で締め上げられるし、悪かったらご機嫌取るのが大変。

    前日光さん直伝のコミックですが、本屋の新刊売場で立ち読みしようかと思ったら、全部ビニールコーティング。もともとこの種の古典的なコミックは置いてないみたいです。
    図書館で借りる手がありました。美人の司書さんに相談してみます。
    古文献ばかり注文してきた爺さんが何を血迷ったかと思うに違いない。

    平城京あとの南門は昨年7月で外観はほぼできていました。写真も撮ってきたのですが、使うところがありませんでした。いつになるかわかりませんが、次回はしっかり見ます。

    イラストレーター?デビューです。Windowsについてくるペイントなんとかというお絵かきソフトです。三角形や半月など、出来合いのパターンを組み合わせるだけで、結構楽しそうなものができます。童心にかえってお試しあれ。
    2022年02月03日05時50分 返信する
  • さてその日の朝、3人はどこを通ったのでしょう?

    by妻さんが冬ごもりから社会復帰された由、よろしゅうございました♪ きっと前日光さんはじめ、ファンの待望論、熱が伝わったのでしょう^ ^

    大仏開眼の朝、3人がどの道通って式場に行ったのか? が今回のテーマとの事。

    南大門復元現場に建設現場を見学出来る足場があった?そうですが、私、気がつきませなんだ(-。-; で、確かにそこから大仏殿が見え、内裏南面に楼閣が作られた!のであれば、聖武さんはきっと毎日朝な夕に大仏建立の進捗状況を見守っていたに違いありません! ハンバーグ作ってるばやいではないかも?

    皆さんご存知の、光明子は「藤三娘」である事を誇りに思っていた、私知りませなんだ(-。-; 宮子が心の病から抜け出すきっかけになったお坊さま(名前忘れました)に帰依し、仏教にのめり込み、その影響で光明子も聖武天皇も仏教に心酔する様になった、とか、藤原氏のやりたい放題を懺悔する、贖罪の意味で仏教振興に力注いだ、という様な説を信じていたので、光明子が施薬院、悲田院とか建てて善行に努めたのも、その流れかと思っていました。聖武さんの強迫観念に駆られた引越し癖、すみっこ好き、も、宮子の心の病遺伝子を畏れた説、大いにあり得ますね。

    長屋王邸跡地から大量の木簡出土、の記事はどこかで見た記憶があります。もしかしたら、ご紹介の地下の正倉院のチラシをネットか何かで見たのかも? 発掘もそこそこに跡地にそごう→イトーヨーカドー、とたてつづけに閉鎖→現状のミ ナーラ、への変遷の裏には「長屋王の呪い」臭、ぷんぷんです!

    元正天皇と孝謙天皇の恋話は、今後のお楽しみ♪

    書、については不見識ですが、光明子の筆の大胆さ、聖武さんの一見繊細そうながら「勅」の文字の豪胆さも併せ持つ二面性、以上の観点を総合的に勘案しましたところ、3人は揃って長屋王邸跡の近く(心の内はさておいて)を通って、大仏開眼の朝、式場にむかいましたとさ♪

    最後に、前回に続き私のブログのご紹介頂き、身の引き締まる思いm(_ _)m
    当節流行の「すみっコくらし」のみならず「親がちゃ」までご存知とは(*_*) 私も恐る恐る、息子に「◯×△から選ぶ」3択で問うてみました(笑)
    2022年01月22日23時44分返信する 関連旅行記

    Re: さてその日の朝、3人はどこを通ったのでしょう?

    熊が冬眠の穴から出てくるイラストを探したのですが、適当なのがありませんでした。

    聖武さんは毎日楼閣に登って大仏を眺めていたとおもいます。じゃなければ、あんなところに塔を作る意味がありません。本当は一つだけ、もっと高い火の見やぐらみたいなものを作りたかったのではないか。それだとあまりに不恰好と、奥さんからクレームが入った。1ぽんだけだとバランスが取れないので、東西に作った、のではないか。

    光明さん籐三娘誇り常識説は、私もどっかで読んで、「えっ、そうなの?」と思ったのです。それいらい一度でいいから言ってみたかった。

    ミナーラ呪い説は、地元では常識みたい。見てください、がらーん。店の前も駐車場もガラガラです。あそこにいたときの数分、自転車のおばさんが1人入っただけでした。
    あそこが長屋王邸であったことは古から知られていて、だーれも何も作らなかった。
    呪いは昔から信じられていたのです。

    聖武さんと元正さんの叶わぬ恋説は、後日。
    持統さんと元明さんの、日本最初の嫁姑問題というのをかつて書いたのですが、あまりに突飛なのでやめました。それと抱き合わせで、週刊誌的、発言小町風に仕上げようかな。

    書は私もドしろーと。でも字は人なりともうします。
    光明さんも1300年後、自分の字があーだこーだと言われるとは思っていなかった。
    思っていても、「好きにすれば。私は書きたいように書く」かな。
    2022年01月23日11時29分 返信する

    追伸♪

    親がちゃ成功派 vs 成り上がり達成派
    ドラマ化、大賛成^o^
    2022年01月23日12時13分 返信する
  • タイトルの旅行記を拝見で~す!

     こんばんは、しにあの旅人(By妻)さん。 ご無沙汰しております。

     オミクロン株猛威の中、いかがお過ごしでしょうか?。 当方は家の中に閉じこもっている毎日です。

     「六国史の旅」シリーズを興味深く見させて頂いております。 今回の「聖武天皇8」では、私のファンである「長屋王の登場」で大いに胸のときめきを感じた次第です。 長屋王邸宅跡についてですが、私は見聞無くして旅行記に投稿し、恥ずかしくも申し訳ない思いでいます。 しにあの旅人By妻さんからの、血・肉となる豊富な情報を頂き、自身が体験した思いでいます。(調子に乗ってしまいました) 長屋王家系について、貴女(方)様と全く同意見です。 まさにロイヤルファミリーそのものですね。 天皇家を凌ぐ程の資産家と私は想像します。1・2代の成り上がりの藤原氏(四家)とは格段の財力差があったのではなかろうか?。 これは「長屋王の変」の一因で妬み・嫉みであったとも思われる。(私の旅行記では述べなかった)

     素敵な旅行記をありがとうございます。
                     ryuji
    2022年01月22日21時05分返信する 関連旅行記

    Re: タイトルの旅行記を拝見で~す!

    おはようございます。
    オミクロンについては、こちらも同様です。今月中に3回目のワクチン接種券が届くはずで、待っております。
    それまではひたすら亀の子作戦です。

    長屋王邸情報で、少しはお役に立てればうれしい。
    二条大路に門を作ってはいけない件は、ほかでは聞いたことがないので、ヒットだと思っています。
    いざない館だと思うのですが、長屋王邸内、犬を飼っていたイラストがありました。写真を撮ったはずなのですが、どこにいったかわからない。ブログを1本書けるくらいのネタがありました。

    長屋王さんはお金持ちだったみたい。全国からの荷物の送り状の木簡がいっぱい出てきています。
    藤原一族との利権の取り合いみたいなものが、本当はあったのかもしれません。この時代、まだ班田収授の制度はあったはずで、政府高官が私領を持っているのは、本当はオカシイのです。でもそこはそれ、いろいろあったようです。

    次回から九州の旅シリーズです。オミクロンの冬の夜、お付き合いいただければ幸いです。
    2022年01月23日06時41分 返信する

    横レス失礼いたします(^^;)

    長屋王への、全国からの荷物の送り状の木簡がいっぱい出てきたとのことですが、確かに昔、福井の旅に行った時、越前市でそこの赤米が長屋王に送られたということが書かれていた田んぼの近くを通りました。
    その時は、そこが小規模な田んぼアートになっていたのですが。
    旅行記は、以下のものです。
       ↓
    https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11045001/

    もしお時間がありましたら、ご覧になってくださいまし(^◇^;)


    前日光
    2022年01月23日22時16分 返信する
  • 古代史トラベラー、しにあさん

    しにあの旅人さん
    by妻さん

    こんばんは。
    前回の旅行記はby妻さんは不参加でしたが、ようこそお戻りやす。
    一度今回の旅行記にふら~っと立ち寄りまして、ちょっと拝見したら
    ダメダメ、中途半端な立ち寄り方では理解出来ないから、と思い直して
    再びの訪問となりました。

    以前私は帚木蓬生さんの「国銅」という大仏建立にまつわる小説を読んだことがありました。
    今回の聖武天皇シリーズを拝見しながら、その折の小説をぼんやりと思い出していました。
    当時の民衆が、大仏建立にあたって(多分遷都のたびも)どれほどの苦役を強いられたか、
    その為の生活苦なども描かれていたものですから、
    聖武天皇のトラベラーぶりには共感出来ずにいました。
    (そうはいっても時の最高権力者が、右向け、と言ったら従わずにはいられないのはいつの時代でもそうなのでしょうから、私ごときがどうこう言えることではないのですが。)
    一方、聖武天皇の性向を想像してみると、母親との関係、その結果恐らくは満たされなかった欲求、光明皇后との関係などの要素が絡まり合い、遷都を繰り返したりするより他なかったのか?など思います。

    そういう夫婦の関係性を筆跡から読み解かれたのは興味深いですね。
    「藤三娘」さんのそれは、自由奔放、何にも気にしていない、
    しかし聖武天皇の直筆とされる書は繊細な文字が連なっているのに、旅行記最後の一文字は堂々としている風にみえる。気分の変動があるやも?などの妄想を。
    書が残っていると、後世の人々にあれこれと分析されてしまいますね。無名であればそんな心配はいらないのでしょうが。

    藤原四兄弟の策謀によって滅ぼされた長屋王、邸宅跡地にはどんな立派な建物を建てても上手くいかないのは呪われた地故?との質問をぶつけたり、
    さらには文化財研究所?担当の方に直で質問されるしにあさん、
    さすが縦横斜めにも時空を行き交うトラベラーである故にできることと想いました。

    私も石原さとみさん演ずる孝謙天皇のドラマを見た記憶があります。
    細部はほとんど覚えていませんが、少しかじった今見たら、もう少し楽しめたかもしれません。

    mistral
    2022年01月22日20時40分返信する 関連旅行記

    Re: 古代史トラベラー、しにあさん

    聖武さんという方は、読み方によっては、ご本人の性格や好みがそのまま歴史として続日本紀に書かれているみたい。これほどツッコミどころのある人物はおりません。
    母の宮子さんなんて、30いくつにもなって、いきなり「坊や」と言われたわけで、聖武さんとしても困ったでしょうね。

    恐妻家だったでしょうね。
    聖武さんの書はちょっと読みにくい。聖武天皇、書でぐぐると、もっと鮮明なのが、かんたんにでてくるはず。「雄渾」と言われていますが、お世辞ですね。達筆ですが、繊細、女性的。
    あの字の光明さんですからね、シリにしかれていたのは間違いなし。
    書が残っているというのはすばらしい。写真や音声が残っているのと同じです。

    奈文研の担当者に質問できたのはラッキーでした。二条大路に門を作ってはいけない規則なんて、どの文献にもかいてありません。例外が長屋王屋敷にあったのは、さすが。緊急連絡用ですかね。
    旅行で、紙にはない情報をゲットできるのは、人との出会いです。
    平城宮から大仏殿が見えるのをおしえてくれたのは、第一次大極殿の警備員さんでした。その時はガスって見えませんでしたが、南大門の工事現場ではばっちり見えた。知らなかったら探しませんでした。
    2022年01月23日06時16分 返信する

しにあの旅人さん

しにあの旅人さん 写真

8国・地域渡航

25都道府県訪問

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しにあの旅人さんにとって旅行とは

うーん、何か気の利いたこと言わなければと、思うのですがね。

自分を客観的にみた第一印象

トラベラー名、「たびと」と読んでください。

大好きな場所

ヨーロッパ、カナダ、オリエント

大好きな理由

日本人が嫌われていない、入国にビザを取れとかうるさくない

行ってみたい場所

南イタリア、スコットランドの北ハイランドのそのまた北のほう、イベリア半島、ギリシャのエーゲ海クルーズ、トルコ、エジプトのナイル河クルーズ、カナダのプリンスエドワード島、白夜とオーロラ、フランスのアビニオン演劇祭、多分その辺りでこっちの寿命がタイムアウト。

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