しにあの旅人さんへのコメント一覧全581件
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私も、奈良に「ぬま」っている一人です( ̄▽ ̄)
しにあさん&by妻さん、こんにちはヽ(^o^)丿
「歌姫」なんていう響きの良い所があったのですねぇ。
気づきませんでした!
佐保とか法蓮町とか佐紀などという地名はお馴染みだったのですが。
最近名づけられたんじゃないか?なんて疑ってみましたが、ずぅーーと昔からある地名なんですねぇ。
自分の住所を書く時「奈良市歌姫。。。」なんて書けたら、素敵ですねぇ。
もうすぐなのですが、飛鳥に行く前に「歌姫」に寄り道できないかな?と考え中。
でもたぶんレンタカーではなく、例のトラベラーさんの車に同乗させていただくので、わがままは言えません。
さて堀辰雄は「こどもが苦手」、そうでしょうねぇ。
こどもと仲よく遊ぶのは良寛さんタイプで、普通に文学なんてヤクザなことを家業とする人間にはできないことです。
「添御縣坐神社」、うーーん、ここにも行ってみたい。
古代のニオイがプンプンします。
こういうところ、大好物なんですよねぇ。
でも一人旅じゃないし。次回になるかもしれません(T_T)
それにしても多恵子夫人は器の大きな人だったんですね。
彼女でなければ、辰雄の操縦はできませんよ。
ちょっと離れた位置から夫を眺め、仕方ないわね、と鷹揚に構えることができたのでしょうね。
私が多恵子だったら、辰雄に後ろからケリ入れたくなりますが。
でも辰雄が病身だったから、手荒なことはできませんね。
やはり多恵子と辰雄は、神に選ばれし「つがい」だったということなのでしょう。
戦争中でも旅行していたという話。
この間ロシア人の青年?がクマに襲われたいうニュースを聞いたような?
ん?クマじゃなかったかな?
何か最近のニュースでロシア人が出てきたように思います。
ま、人生は一度きりですから、旅行はするのでしょう。
奈良ホテルにお米持参じゃなくて、ホッとしました!(^^)!
前日光Re: 私も、奈良に「ぬま」っている一人です( ̄▽ ̄)
「歌姫」にいらっしゃるなら、どこかに車をとめて歩いてください。街道をはずれて古い邑内に車で入るのはやめたほうがいい。
「村」より「邑」という感じ。
「添御縣坐神社」の参道前に、駐車場ではありませんが、車を置ける場所がありました。神社参拝はOKとしても、長い時間は無理でしょう
奈良の古い村はとにかく道が狭くて、なぜか側溝が深くて、車はダメです。
私たちは神社前から邑の小道の入り口だけ見て「こりゃだめだ」とギブアップしました。
このあと、予定が詰まっていたのが残念。この旅の失敗の一つです。
とにかくこの村は4世紀くらいまでさかのぼれるらしいのです。奈良時代以前古代はこの峠を越えて、ヤマトとヤマシロを往復していたようです。
多恵子の手記を読んでいたら、やはり子供はほしかったらしい。でも辰雄が赤ん坊は結核に感染しやすいのでやめようと言ったそうです。
それ以降多恵子は、夫の文学を支えることに全力を注ぐことになります。
ある種の使命感を持っていたような印象です。
日本的な良妻とはちょっと違って、なにかこう、抽象的なものに価値を見出す。出身家庭がキリスト教徒であったことに、関係するかもしれません。
明るくて、陽気で、福永武彦(神西清だったかな?)に言わせると「勇敢な」人物だったみたい。
おしゃべりで声が大きかったそうです。
奈良ホテルは工事中で6月一部開館、秋には全面再開館するそうです。なんとしてでも泊まってみたいと思っています。
奈良ホテルに泊まって、奈良博と深夜の東大寺に行くのが夢です。中に入れなくてもOK。夜空の大仏殿屋根だけでもいい。
たぶん、観光客のいない、別の東大寺に会えるのではないかと期待しています。
2026年05月24日13時26分 返信する -
奈良の旅
しにあの旅人さん、こんにちは。
堀辰雄が歩いた奈良を旅されたのですね。
旅先から恋文とはなかなかやりますねぇ
しかも、それを出版するとは大したものです(笑)
奈良ホテルは泊まってみたいのですが、あまりにも高くて。。。
大伴家持、先日、かれが赴任した越中国府跡を訪れました。
万葉集の世界でした。
歌姫なんて言う地名があるのですね。
奈良らしいというか。
添御縣坐神社と言う名称も、古い土地らしいですね。
『大和路・信濃路』、読んでみたくなったので、即、図書館に予約を入れました。
旅猫Re: 奈良の旅
堀辰雄は気に入ったひとに手紙を全力で書く癖があります。
神西清や福永武彦、中村真一郎、立原道造などの友人はもちろん、堀多恵子。
多恵子宛の手紙はとくにしっかり書かれていて、「七つの手紙」や今回の「奈良からの手紙」などは、もともとの私的な手紙の方が、のちに作品化されたものより優れていたりします。
結婚前の加藤多恵は、「風立ちぬ」の作家からそのまま先品になるような手紙を9通もらったわけで、これで結婚を決意したのは、まあ当然かな。ただそういう作家の妻に自分がふさわしいか、悩んだようです。
結果的には多恵子のサポートなしには、結核の堀辰雄は半分も生きていられなかったでしょう。
奈良ホテルは現在改修工事中で、秋には再オープンするようです。
秋には全財産はたいてでも、泊まってみようと思っています。もうすぐ80歳になります。あの世に行くには三途の川のフェリー代しか必要ないそうです。
「ねんきん老人」さんというトラベラーさんがいます。かれによると「どんな豪邸もマッチ1本で灰になる。旅の思い出は一生きえない」
旅猫さんはじつにいろんなところに旅して、いろんな思い出をいっぱい持っていらっしゃる。大変な財産ですね。
家持も計画の一つです。越中国府趾も行ってみたい。
31日から葛城に行ってきます。万葉集というか、それ以前の世界です。
行ってみたいところだらけですが、どこまで寿命がもつか。
今のところ大丈夫だとお医者は言っています。時間との競争ですね。
2026年05月24日12時23分 返信する -
佐保路を思い出しました。
しにあさん
続きましての最新旅行記を拝見しました。
今回の旅先は法隆寺近くにホテルをとられたとのことでしたね。
そして佐保路を歩いてこられたご様子。
こだわりの奈良ホテルは私も好きなホテルです。
その奈良ホテルから東大寺、海龍王時、法華寺と佐保路沿いにたどり
歌姫という素敵な名前の所まで行き、ホテルまで帰ってくるには、かなりの工程だったと想像しました。
私たちは、その折には東大寺界隈、佐保路巡り、奈良監獄へと別々に歩きましたが、それでもくたくただった記憶。
堀辰雄さん、アスペルガーだったかも?との説、なるほとなぁと納得でした。
一つのことに秀でるためには、また一人の人を愛しつづけるには、そんな性向があることが最大の条件となることでしょう。
大人にも、子供にも正面きっての向き合い方が不得手だったようですね。
by妻さんが最後に書かれていますが、「多恵子夫人、お疲れ様でした。」でしょうね、きっと。
佐保路を歩いたのは2022年のコロナ禍の折。丁度その時期、通常は非公開のご本尊が公開されていることを知ったからでした。
海龍王寺、素敵なお寺でしたので一言。
もともとは不比等さんの邸宅を受け継いだ光明皇后がそこにお寺を建てられた。そこは平城宮の鬼門を守る位置にある。しかも、そのお寺を避けるようにして通りが通っている。玄昉さんは、そのお寺を天皇家の私寺とされた、などなどから当時もお寺が大切にされていたことが伺えるようでした。光明皇后が刻まれた十一面観音像を元にして鎌倉時代の仏師によって造られた秘仏を、その折には公開していました。良いお顔をされていました。
法華寺も光明皇后ゆかりのお寺でした。私としては海龍王寺ぐらいの規模のお寺がしっとりとしていておおいに気にいったのでした。
そんなで堀辰雄さんよりお寺の思い出になってしまいました。
mistral
Re: 佐保路を思い出しました。
この旅行記は2026年2月の飛鳥奈良10日間の記録です。
法隆寺は5月11日-15日で、いましゃかりきになって書いているところです。ちょっと書き方が紛らわしかったですね。
堀辰雄は非常に人見知り、内気な人だったらしく、「菜穂子」で第1回中央公論社賞を受賞したときも、受賞の言葉は「ありがとうございます、堀辰雄です」だけだったと多恵子が言っています。多恵子さん、困ったでしょうね。
でも、川端康成、室生犀星、芥川龍之介、折口信夫などの師に恵まれ、中村真一郎、福永武彦などの「若い友人」に囲まれていました。福永武彦は筑摩書房版堀辰雄全集の編集に病身をおして没頭し、命を縮めたと、中村真一郎が言っています。自分は福永に万が一があった時の跡継ぎで編集委員になったにすぎないと、中村が自分で書いています。その通りになりました。
堀はなんとも魅力的な人物だったようです。
多恵子も当時としてはめずらしく英語が読めて、書けて、話せるという才女でした。
堀辰雄が結核であることを知って結婚したのですから、堀の才能を見抜いていたのでしょうね。この人に文学をやらせるというのが自分の使命だと思っていたみたい。多恵子はキリスト教徒でした。
堀は不思議な人物です。
堀辰雄紀行はまだ本編「風立ちぬ」「菜穂子」が始まっていません。こっちの寿命がもつかなと心配です。両作品の舞台、信州富士見の取材は終わっているのですが、まだ手つかずです。私の手に負えないかもしれません。
5月31日から葛城に行ってきます。沼りそうです。吾田媛、磐之媛、飯豊皇女など、魅力あふれる人物がいっぱいいます。全部女なのが、私らしい。
法華寺の十一面観音、見たかったなあ。
法華寺も海龍王寺も、堀は書かれなかった万葉小説の舞台として考えていた気配があります。いまでもそれにふさわしいいいお寺ですよね。
歌姫も、おそらく、かれの万葉小説の舞台になったはず。
4世紀、武埴安彦(たけ・はにやすひこ)と吾田媛夫婦を引き離したのが、歌姫越えでした。そんなエピソードも織り込まれたのではないかと、妄想をたくましくしました。記紀の飛鳥以前の話しです。
2026年05月21日15時32分 返信する -
雪のマジック
しにあさん
続きましてのコメントです。
雪のマジックに覆いつくされた明日香。
そうですね、私のイメージは田畑も優しい緑に覆われているイメージが明日香です。
こんな一面が真っ白になってしまうと、やはり足あとをつけるのは忍びなくなりますね。
見せていただけるのは嬉しいことですが、現場でお写真をとったりされるのは
寒さ故、大変だったことでしょう。
途中から、空が映し出される場面が多くなっていきますが。
そのお空が不思議なことに、モワモワと湯気がかかったように(なんと表現して
良いのやらわかりません)なっています。
特に、正面あたりが飛鳥浄御原宮跡あたり、とコメントされたお写真では
それが顕著にみられます。
雪空のせい?
それとも明日香マジックでしょうか?
私のPCだけ?
なにはともあれ、一層幻想的に見えました。
mistralRe: 雪のマジック
雪のマジック。
写真の雪空のもやもやですが、iPhoneで撮っています。iPhoneに残っている原画にはありません。
PCに移すときにおこる現象のようです。
たぶんiPhoneのカメラのセットの問題だと思いますが、買ったままでいじっていません。
こんどソフトバンクに聞いてみます。
iPhone16のカメラは、近、中距離のスナップ写真が目的で、遠距離の風景写真には向いていないのかなあ。
次回のマルコ山古墳の青空でも同じです。青空に縞ができます。
前のiPhone12や普通のデジカメではなかった現象です。
新しけりゃいいということではないみたい。
雪の飛鳥も葛城も、狙って撮れる写真ではないので、縞があってもありがたいことです。
雪の写真は手袋をしたりとったり、手間がかかります。
それでも軽井沢や信濃追分にくらべればましです。あそこでは零下5度とかいうことで、しばらく写真をとったら指の感覚がなくなります。
それでもいい記録写真をとりたいという根性でがんばっております。これからの季節はそういうことはなさそうで、らくちんです。
2026年04月14日10時12分 返信するRe: 雪のマジック
しにあさん
ご返信をありがとうございました。
送信する際に、送ったという反応がない?ように思い
何度もお送りしてしまいました。
申し訳ありませんでした。
そちらで削除できるようでしたら、どうぞ削除をしてくださいませ。
ところで私もiPhone16 Proを使っています。
最近ではこれだけで間に合わせています。
遠景を撮る際にも、今回のような現象は見られませんので
お伺いしました。
やはり明日香、特に冬空の、マジックでしょうか。
mistral2026年04月14日12時22分 返信するRe: 雪のマジック
もやもやの原因が分かりました。
写真の容量を減らすためにカメラの設定が高効率、HEIFというフォーマットになっていました。これを互換優先のJPEGにしたら、もやもやはPCに移しても問題ありませんでした。そんな操作した覚えはないのですが、初期設定がそうなっていたのかもしれません。
ご参考までに。
2026年04月14日17時57分 返信するRE: Re: 雪のマジック
しにあさん
そんな設定があるんですね。
でも、忘れてしまいそうです。
お知らせを有難うございました。
mistral
> もやもやの原因が分かりました。
> 写真の容量を減らすためにカメラの設定が高効率、HEIFというフォーマットになっていました。これを互換優先のJPEGにしたら、もやもやはPCに移しても問題ありませんでした。そんな操作した覚えはないのですが、初期設定がそうなっていたのかもしれません。
> ご参考までに。
>2026年04月14日20時21分 返信する -
もうこの森
しにあの旅人さん こんにちは
もうこの森とは何だろうと Google で調べましたところ、いの一番に出てきたのは フォートラベル、しにあさんのブログでした。
それにしても 博識ですね。
ゆきにけむる明日香村、動き回るには都合ですが こんな美しい景色が見られるなんて幸運です。都合→不都合
歴史好きな人たちが集る明日香村、道路だけが完璧に除雪されているのは、違和感がありました。
山の上憶良の歌がピッタリな寒さでした笑い。
pedaru
Re: もうこの森
大原神社から飛鳥座神社に降りる道は不思議でした。それ以外の道はおおかれすくなかれ雪があったのですが、ここだけは全然ないのです。除雪にしてはきれいすぎるし、塩かなんかの溶雪剤をまいていたのかもしれません。道路の色が違うので、なんか特殊な舗装ですかね。
翌日は葛城に行ったのですが、ここは二駆の車ではちょっとした坂でも上れないくらいの雪でした。
同じ奈良でも飛鳥と葛城では全然ちがいました。
雪の飛鳥はきれいでした。こんなこともあるんだと、日ごろの行いのよさ(?)をかみしめました。
まったく観光客がいないのですよ。
次回は明日香村と飛鳥座神社です。ゴースト村状態でした。
2026年04月05日20時04分 返信する -
はじめは絶対に大津!でしたが。。。
いやいや、草壁皇子もですよ。
私もいつの頃からか、待てよ、草壁もすてたものではないぞ、
なかなかの好男子じゃないかと思い始めまして。
あの人麻呂さんが、皇子の死をあんなに悼んでいるではないか。
これは草壁に人間的魅力があったに違いないと、私も思いましたよ。
ただ、あのモーレツな母が!
持統さんに何か言われたら、彼でなくてもビビッたかもです。
ちなみに持統天皇を、ぜひ尾野真千子さまに演じさせたい!とかねがね思っている私です。
あの人が振り返って、ひとにらみするとみんな震え上がるのではないでしょうか?
かぎろひの丘、そして人麻呂騎馬像、アップの人麻呂、良きお顔ですね!
顧みするその空間の宇宙的な広がり、東の野にたつかぎろひ、首を巡らすとかたぶく月が見えて。。。
かぎろひの丘に、その劇的な時間に訪れてみたいものです。
「かぎろひの会」とか言うのがあって、その日にはかぎろひの丘に集まって鑑賞会をするということを聞いたことがあります。
風流ですよねぇ。
阿騎野、何度でも行ってみたい場所です。
※明日29日から31日まで、長女ファミリーの招待で沖縄に行ってきます。
本当は、島根か奈良でいいのですが。
まぁ、明朝早起きして(午前4時ですよ!)、行って参ります(^.^)/~~~
ではではー
前日光Re: はじめは絶対に大津!でしたが。。。
「かぎろひの会」のことは聞いたことがあります。私も行けるものなら行ってみたいと思っています。
6月に阿紀神社で薪能があります。蛍能というそうです。これも見てみたい。
でも阿騎野は車がないといけないみたいで、無理かなあ。
6月には車を息子にやってしまおうかと思っています。注意力が明らかに衰えているのを自覚しています。
沖縄ですか。いいなあ。初めてですか。どんな旅行記ができるでしょうか。楽しみです。出雲みたいな神話の旅でしょうか。
万葉集を読んでいます。川島皇子への挽歌があります。この皇子は飛鳥のマルコ山古墳に葬られたと言われています。
この古墳を舞台に人麻呂を読んでみました。
憶良や持統天皇が絡んでくるのですよ。
万葉集は、ただの歌集ではないという印象をますます強くしました。
4月末にはブログをUPするつもりです。
尾野真千子。
持統天皇、いいかも。でもちょっと美人すぎませんかね。持統さんはもうちょっと意地悪い感じだと、私の印象です。
調べたら奈良の五条市の出身ですね。今、葛城に凝っているのです。
吾田媛の下調べが終わって、磐之媛太后の準備をはじめました。
吾田媛なんかも尾野真千子でいいかも。夫とともに崇神天皇に反旗を翻した、3-4世紀の悲劇の女将軍です。
歯は大丈夫ですか。
大事にしてください。
2026年03月29日21時27分 返信する -
冬の飛鳥にて
しにあさん
こんばんは。
いつもby妻さんのご発言には、そうよね~、と共感することしきりです。
飛鳥駅、私たちにとってもお馴染みの駅です。
同じく駅のそばで電動自転車をかりました。
おっしゃる通り、平たんな道かと思うと、結構アップダウンがあるんですよね。
それでも2月はちょっと寒そうですね。
事前に自転車用ヘルメットを(ふたつ)購入され、by妻さんへ持っていくようにおっしゃった。そして旅行用カバンにそれを入れてね、と強制?された。
ヘルメットといえば、自転車用でも結構な容積を取りますから、お着替え用の衣類の
おさまるスペースがかなり減ってしまうと思われます。
おかげで毎日、お洋服を着替えたくてもできなくなった、とはおっしゃってませんが、
私だったら不満の種となります。
なんだったら、夫のカバンに二つ入れてね、と言ってしまいそう。
冒頭のコメントについての感想ばかりになりました。
束明神古墳は草壁皇子の墓ではないかとの記事を私もどこかで読んだ事がありました。
天武、持統天皇陵から束明神古墳までは遮るものがないそうですね。
夫を亡くし、最愛の息子が自身の描いたような地位を得ることもないままに先立って
しまった。そんな女帝、母として、出来ることと言ったら、やはり息子の死後の世界
までも守ってあげたいと思ったのではないでしょうか。
と枯れ草ばかりの冬枯れの景色のお写真を見ながら、ご夫妻に共感したことでした。
mistralRe: 冬の飛鳥にて
飛鳥駅前の自転車レンタル屋さんは便利でした。駐車場が広くて、しかも観光客優先なのです。いっぱい自転車が用意されていましたが、全部が電チャリではなかったようです。予約しておいてよかった。
電チャリは我が家にもありますが、かなり勝手が違いました。
最初の一踏みでぐんと飛び出すのが、怖かったですね。
ヘルメット2個は事前に大きなスーツケース1個に入れて桜井のホテルに送っておきました。新幹線は2人ともリュックサックだけでした。
スーツケースはたしかに衣類など入れる場所は少なかったですね。By妻さんが何着ていたかは、例によって覚えていないのですが、私が10日間ズボンはほぼ同じものだったので、たぶん似たようなものかな。雨に濡れたときのスペアは1本もっていました。
ご婦人は毎日でも着替えるのは知ってはいましたが、ほぼナントカ砂漠調査隊みたいな旅行でしたから、我慢してくれたようです。感謝感謝。
帰りも奈良国際ホテルから宅急便で自宅にスーツケースを送りました。ただし段ボールが1個増えました。中身はお寺や博物館で買い集めた本、資料です。今回は葛城がメインで、たぶん4月末辺りからブログにまとめます。3回くらい。
だいぶ前からそろそろ飛鳥、奈良を終えて京都に進みたいと思っていました。ところが、京都どころか、飛鳥以前、葛城に遡ってしまいました。
資料がそろったので、今回だけでは終わらないかなと思います。
葛城って、旅行しにくいのです。香芝市、葛城市、五条市にはベースにできそうなビジネスホテルがほとんどありません。私は今はやりの民宿が苦手なのです。今回こわい思いをしたので、奈良の道路の狭い古い村には、レンタカーで行きたくありません。
自転車はレンタル屋さんもないみたい。怖いし。
タクシーで行って、歩き回って、帰りはタクシーに迎えに来てもらうしかないかなあ、と思っています。
束明神古墳は、機会があればお勧めです。
佐田という地名も含めて、飛鳥時代とそれほど変わっていないでしょう。
佐田だけではなく真弓、森の近隣の集落にコンビニなし。郵便局なし。スーパーマーケットなどもってのほか。
冬枯れのころがいいですね。温かくなると、例の長いのがいっぱい出そうです。
Mistralさんちは、おにょろさんは平気なおうちですか。
古代、天皇がお墓参りを自分でしたという記録はあまりありません。天武天皇が母の斉明天皇の御陵にお参りしたという記録が日本書紀にあります。
持統天皇が草壁皇子の陵を訪れたという記録はないのですが、非公式にはかならず行っていると思います。
彼女の息子への思い入れからしていかないはずがない。
そんなことを思いながら佐田の里をチャリで、転びながら、回りました。
2026年03月19日15時44分 返信する -
私はつむじ曲がりなので。。。
実は天智天皇が好きだったりします。
でもそばには寄りたくない、怖いから(>_<)
こういう気持ち、分かっていただけますか?
孤高の王者っていうか、孤独な天智のイメージはかなり好きですねぇ。
後年の額田王は、天智に惹かれるところがあったのでしょうか?
君待つと 吾が恋ひをれば 吾が宿の 簾動かし 秋の風吹く
これは額田が天智の訪れを待っていたが、天智はやってこず、簾を動かして秋の風が
吹きすぎて行っただけだったというものですが。
額田の歌の中で、私が最も好きなものです。
秋の風は「飽きの風」なのでしょうかねぇ?
静かな諦観のようなものが漂っています。
天智は中大兄皇子だった頃、有間皇子を死に至らしめましたが、残虐な側面を併せ持ちながら、それ故に心の中には常に隙間風のようなものが吹き抜けていたのだろうなと。ま、それも自業自得なのですがね。
お墓まで山科にあったとは、知りませんでした。
持統にも大田皇女にも慕われていなかったのでしょうかねぇ?
持統は、実は酷薄な自分とよく似た父天智を敬愛していたのではないでしょうか?
ああ、でもよく言えば心が広い(特に女性に)天武には首ったけでしたから、やはり父ではなくて夫が大事だったのかなあ?
でも天智の所業を見ると、やはりその娘の持統はよく似てますよね。
二人ともわが子の大友や草壁には甘いですが、酷薄な人のアンビヴァレントな面が垣間見えて面白いと思います。
阿紀神社は、私も好きです。
しにあさんの旅行記を拝読して間もなく行きましたから。
神社の前の清らかな川の流れは、私も感動しました。
あそこには、ほとんど人がいなくて、それも好きです。
春先に行ったので、近くにある「又兵衛桜」も、ついでに見てきました。
歯の治療が、今度は反対側もね、なんて言われていて。
それが終了しないと落ち着かないのです。
すぐにでも、奈良に行きたいのですがねぇ(~_~メ)
前日光Re: 私はつむじ曲がりなので。。。
わたしも天智天皇陵が山科にあるのは今回初めて知りました。都が近江でしたから、奈良や飛鳥は遠すぎたのかも。
とくに飛鳥は、凄惨な思い出の都ですから、いやだったのかもしれません。
今回はここだけ北に外れていたので、日程に入れるのに苦労しました。それで奈良に着いた初日に、レンタカーで行ってしまいました。その日はこれでおしまい、そのあと一気に桜井のホテルまで行ってしまいました。
それにしても奈良は南北の車の便がよくないですね。
何年も前に工事中だった高速道路の足をまだ延々と造っていました。掘ると何か出てきて、そのたびに工事中断なのでしょうか。
秋の風→飽きの風、いい解釈です。
私は天武ファンです。とくに菟野さんに頭が上がらなかったところなど、現代的で親しみを感じます。
書紀は聖徳太子あたりから書き始めて、現代史が出来上がってからそれに合うように過去を書いていったと思います。だから持統さんは生前書紀のいわゆる現代史は読んでいるはずです。
天智さんもダンナも「まあ、こんな書き方でいいんじゃない」と言ったんじゃないかと。
阿紀神社は変わっていませんでした。この神社のいいところは周りにコンクリート製のビルなどが見えないことです。車が走る道路もほとんど見えない。創建のころとああまり変わっていないんじゃないかと思います。
ねんきん老人さんが言っていました。どんな豪邸もマッチ1本で灰になる。旅の思い出はどこまでも不変です。それで、行きたいところに行けるうちに行くことにしました。
そのねんきん老人さんがこのところ音沙汰がありません。心配しています。
5月に法隆寺に行ってきます。門前数分の和空というホテルに4泊して、法隆寺だけ行ってきます。おにぎりと水だけ持って1日中法隆寺にいるつもりです。疲れたらホテルに帰って、昼寝して出直します。
拝観料が1人2000円で再入場不可なのが不便ですが、このさいケチなことは言いません。これで法隆寺は打ち上げです。
反対側の歯も手術なさるのですね。お大事に。
私は非回転性のめまいというのに悩まされています。目が回るのではなく、なんとなくマットレスの上を歩いているようなフワフワした感じなのです。
いろいろ検査は異常なし。
「めまいで死にはしない」とお医者は言っています。薬を何度か替えましたが、改善の気配なし。
転ばないようにジムでトレーニングを始めました。
飛鳥で階段10歩で足が動かなくなったのでびっくり。階段100歩ノンストップを目標にがんばるつもりです。
佐田の草壁皇子続編2本近日中にUPします。
2026年03月05日13時23分 返信する



