しにあの旅人さんへのコメント一覧全575件
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もうこの森
しにあの旅人さん こんにちは
もうこの森とは何だろうと Google で調べましたところ、いの一番に出てきたのは フォートラベル、しにあさんのブログでした。
それにしても 博識ですね。
ゆきにけむる明日香村、動き回るには都合ですが こんな美しい景色が見られるなんて幸運です。都合→不都合
歴史好きな人たちが集る明日香村、道路だけが完璧に除雪されているのは、違和感がありました。
山の上憶良の歌がピッタリな寒さでした笑い。
pedaru
Re: もうこの森
大原神社から飛鳥座神社に降りる道は不思議でした。それ以外の道はおおかれすくなかれ雪があったのですが、ここだけは全然ないのです。除雪にしてはきれいすぎるし、塩かなんかの溶雪剤をまいていたのかもしれません。道路の色が違うので、なんか特殊な舗装ですかね。
翌日は葛城に行ったのですが、ここは二駆の車ではちょっとした坂でも上れないくらいの雪でした。
同じ奈良でも飛鳥と葛城では全然ちがいました。
雪の飛鳥はきれいでした。こんなこともあるんだと、日ごろの行いのよさ(?)をかみしめました。
まったく観光客がいないのですよ。
次回は明日香村と飛鳥座神社です。ゴースト村状態でした。
2026年04月05日20時04分 返信する -
はじめは絶対に大津!でしたが。。。
いやいや、草壁皇子もですよ。
私もいつの頃からか、待てよ、草壁もすてたものではないぞ、
なかなかの好男子じゃないかと思い始めまして。
あの人麻呂さんが、皇子の死をあんなに悼んでいるではないか。
これは草壁に人間的魅力があったに違いないと、私も思いましたよ。
ただ、あのモーレツな母が!
持統さんに何か言われたら、彼でなくてもビビッたかもです。
ちなみに持統天皇を、ぜひ尾野真千子さまに演じさせたい!とかねがね思っている私です。
あの人が振り返って、ひとにらみするとみんな震え上がるのではないでしょうか?
かぎろひの丘、そして人麻呂騎馬像、アップの人麻呂、良きお顔ですね!
顧みするその空間の宇宙的な広がり、東の野にたつかぎろひ、首を巡らすとかたぶく月が見えて。。。
かぎろひの丘に、その劇的な時間に訪れてみたいものです。
「かぎろひの会」とか言うのがあって、その日にはかぎろひの丘に集まって鑑賞会をするということを聞いたことがあります。
風流ですよねぇ。
阿騎野、何度でも行ってみたい場所です。
※明日29日から31日まで、長女ファミリーの招待で沖縄に行ってきます。
本当は、島根か奈良でいいのですが。
まぁ、明朝早起きして(午前4時ですよ!)、行って参ります(^.^)/~~~
ではではー
前日光Re: はじめは絶対に大津!でしたが。。。
「かぎろひの会」のことは聞いたことがあります。私も行けるものなら行ってみたいと思っています。
6月に阿紀神社で薪能があります。蛍能というそうです。これも見てみたい。
でも阿騎野は車がないといけないみたいで、無理かなあ。
6月には車を息子にやってしまおうかと思っています。注意力が明らかに衰えているのを自覚しています。
沖縄ですか。いいなあ。初めてですか。どんな旅行記ができるでしょうか。楽しみです。出雲みたいな神話の旅でしょうか。
万葉集を読んでいます。川島皇子への挽歌があります。この皇子は飛鳥のマルコ山古墳に葬られたと言われています。
この古墳を舞台に人麻呂を読んでみました。
憶良や持統天皇が絡んでくるのですよ。
万葉集は、ただの歌集ではないという印象をますます強くしました。
4月末にはブログをUPするつもりです。
尾野真千子。
持統天皇、いいかも。でもちょっと美人すぎませんかね。持統さんはもうちょっと意地悪い感じだと、私の印象です。
調べたら奈良の五条市の出身ですね。今、葛城に凝っているのです。
吾田媛の下調べが終わって、磐之媛太后の準備をはじめました。
吾田媛なんかも尾野真千子でいいかも。夫とともに崇神天皇に反旗を翻した、3-4世紀の悲劇の女将軍です。
歯は大丈夫ですか。
大事にしてください。
2026年03月29日21時27分 返信する -
冬の飛鳥にて
しにあさん
こんばんは。
いつもby妻さんのご発言には、そうよね~、と共感することしきりです。
飛鳥駅、私たちにとってもお馴染みの駅です。
同じく駅のそばで電動自転車をかりました。
おっしゃる通り、平たんな道かと思うと、結構アップダウンがあるんですよね。
それでも2月はちょっと寒そうですね。
事前に自転車用ヘルメットを(ふたつ)購入され、by妻さんへ持っていくようにおっしゃった。そして旅行用カバンにそれを入れてね、と強制?された。
ヘルメットといえば、自転車用でも結構な容積を取りますから、お着替え用の衣類の
おさまるスペースがかなり減ってしまうと思われます。
おかげで毎日、お洋服を着替えたくてもできなくなった、とはおっしゃってませんが、
私だったら不満の種となります。
なんだったら、夫のカバンに二つ入れてね、と言ってしまいそう。
冒頭のコメントについての感想ばかりになりました。
束明神古墳は草壁皇子の墓ではないかとの記事を私もどこかで読んだ事がありました。
天武、持統天皇陵から束明神古墳までは遮るものがないそうですね。
夫を亡くし、最愛の息子が自身の描いたような地位を得ることもないままに先立って
しまった。そんな女帝、母として、出来ることと言ったら、やはり息子の死後の世界
までも守ってあげたいと思ったのではないでしょうか。
と枯れ草ばかりの冬枯れの景色のお写真を見ながら、ご夫妻に共感したことでした。
mistralRe: 冬の飛鳥にて
飛鳥駅前の自転車レンタル屋さんは便利でした。駐車場が広くて、しかも観光客優先なのです。いっぱい自転車が用意されていましたが、全部が電チャリではなかったようです。予約しておいてよかった。
電チャリは我が家にもありますが、かなり勝手が違いました。
最初の一踏みでぐんと飛び出すのが、怖かったですね。
ヘルメット2個は事前に大きなスーツケース1個に入れて桜井のホテルに送っておきました。新幹線は2人ともリュックサックだけでした。
スーツケースはたしかに衣類など入れる場所は少なかったですね。By妻さんが何着ていたかは、例によって覚えていないのですが、私が10日間ズボンはほぼ同じものだったので、たぶん似たようなものかな。雨に濡れたときのスペアは1本もっていました。
ご婦人は毎日でも着替えるのは知ってはいましたが、ほぼナントカ砂漠調査隊みたいな旅行でしたから、我慢してくれたようです。感謝感謝。
帰りも奈良国際ホテルから宅急便で自宅にスーツケースを送りました。ただし段ボールが1個増えました。中身はお寺や博物館で買い集めた本、資料です。今回は葛城がメインで、たぶん4月末辺りからブログにまとめます。3回くらい。
だいぶ前からそろそろ飛鳥、奈良を終えて京都に進みたいと思っていました。ところが、京都どころか、飛鳥以前、葛城に遡ってしまいました。
資料がそろったので、今回だけでは終わらないかなと思います。
葛城って、旅行しにくいのです。香芝市、葛城市、五条市にはベースにできそうなビジネスホテルがほとんどありません。私は今はやりの民宿が苦手なのです。今回こわい思いをしたので、奈良の道路の狭い古い村には、レンタカーで行きたくありません。
自転車はレンタル屋さんもないみたい。怖いし。
タクシーで行って、歩き回って、帰りはタクシーに迎えに来てもらうしかないかなあ、と思っています。
束明神古墳は、機会があればお勧めです。
佐田という地名も含めて、飛鳥時代とそれほど変わっていないでしょう。
佐田だけではなく真弓、森の近隣の集落にコンビニなし。郵便局なし。スーパーマーケットなどもってのほか。
冬枯れのころがいいですね。温かくなると、例の長いのがいっぱい出そうです。
Mistralさんちは、おにょろさんは平気なおうちですか。
古代、天皇がお墓参りを自分でしたという記録はあまりありません。天武天皇が母の斉明天皇の御陵にお参りしたという記録が日本書紀にあります。
持統天皇が草壁皇子の陵を訪れたという記録はないのですが、非公式にはかならず行っていると思います。
彼女の息子への思い入れからしていかないはずがない。
そんなことを思いながら佐田の里をチャリで、転びながら、回りました。
2026年03月19日15時44分 返信する -
私はつむじ曲がりなので。。。
実は天智天皇が好きだったりします。
でもそばには寄りたくない、怖いから(>_<)
こういう気持ち、分かっていただけますか?
孤高の王者っていうか、孤独な天智のイメージはかなり好きですねぇ。
後年の額田王は、天智に惹かれるところがあったのでしょうか?
君待つと 吾が恋ひをれば 吾が宿の 簾動かし 秋の風吹く
これは額田が天智の訪れを待っていたが、天智はやってこず、簾を動かして秋の風が
吹きすぎて行っただけだったというものですが。
額田の歌の中で、私が最も好きなものです。
秋の風は「飽きの風」なのでしょうかねぇ?
静かな諦観のようなものが漂っています。
天智は中大兄皇子だった頃、有間皇子を死に至らしめましたが、残虐な側面を併せ持ちながら、それ故に心の中には常に隙間風のようなものが吹き抜けていたのだろうなと。ま、それも自業自得なのですがね。
お墓まで山科にあったとは、知りませんでした。
持統にも大田皇女にも慕われていなかったのでしょうかねぇ?
持統は、実は酷薄な自分とよく似た父天智を敬愛していたのではないでしょうか?
ああ、でもよく言えば心が広い(特に女性に)天武には首ったけでしたから、やはり父ではなくて夫が大事だったのかなあ?
でも天智の所業を見ると、やはりその娘の持統はよく似てますよね。
二人ともわが子の大友や草壁には甘いですが、酷薄な人のアンビヴァレントな面が垣間見えて面白いと思います。
阿紀神社は、私も好きです。
しにあさんの旅行記を拝読して間もなく行きましたから。
神社の前の清らかな川の流れは、私も感動しました。
あそこには、ほとんど人がいなくて、それも好きです。
春先に行ったので、近くにある「又兵衛桜」も、ついでに見てきました。
歯の治療が、今度は反対側もね、なんて言われていて。
それが終了しないと落ち着かないのです。
すぐにでも、奈良に行きたいのですがねぇ(~_~メ)
前日光Re: 私はつむじ曲がりなので。。。
わたしも天智天皇陵が山科にあるのは今回初めて知りました。都が近江でしたから、奈良や飛鳥は遠すぎたのかも。
とくに飛鳥は、凄惨な思い出の都ですから、いやだったのかもしれません。
今回はここだけ北に外れていたので、日程に入れるのに苦労しました。それで奈良に着いた初日に、レンタカーで行ってしまいました。その日はこれでおしまい、そのあと一気に桜井のホテルまで行ってしまいました。
それにしても奈良は南北の車の便がよくないですね。
何年も前に工事中だった高速道路の足をまだ延々と造っていました。掘ると何か出てきて、そのたびに工事中断なのでしょうか。
秋の風→飽きの風、いい解釈です。
私は天武ファンです。とくに菟野さんに頭が上がらなかったところなど、現代的で親しみを感じます。
書紀は聖徳太子あたりから書き始めて、現代史が出来上がってからそれに合うように過去を書いていったと思います。だから持統さんは生前書紀のいわゆる現代史は読んでいるはずです。
天智さんもダンナも「まあ、こんな書き方でいいんじゃない」と言ったんじゃないかと。
阿紀神社は変わっていませんでした。この神社のいいところは周りにコンクリート製のビルなどが見えないことです。車が走る道路もほとんど見えない。創建のころとああまり変わっていないんじゃないかと思います。
ねんきん老人さんが言っていました。どんな豪邸もマッチ1本で灰になる。旅の思い出はどこまでも不変です。それで、行きたいところに行けるうちに行くことにしました。
そのねんきん老人さんがこのところ音沙汰がありません。心配しています。
5月に法隆寺に行ってきます。門前数分の和空というホテルに4泊して、法隆寺だけ行ってきます。おにぎりと水だけ持って1日中法隆寺にいるつもりです。疲れたらホテルに帰って、昼寝して出直します。
拝観料が1人2000円で再入場不可なのが不便ですが、このさいケチなことは言いません。これで法隆寺は打ち上げです。
反対側の歯も手術なさるのですね。お大事に。
私は非回転性のめまいというのに悩まされています。目が回るのではなく、なんとなくマットレスの上を歩いているようなフワフワした感じなのです。
いろいろ検査は異常なし。
「めまいで死にはしない」とお医者は言っています。薬を何度か替えましたが、改善の気配なし。
転ばないようにジムでトレーニングを始めました。
飛鳥で階段10歩で足が動かなくなったのでびっくり。階段100歩ノンストップを目標にがんばるつもりです。
佐田の草壁皇子続編2本近日中にUPします。
2026年03月05日13時23分 返信する -
奈良の旅、まずはタヌキですか!(*''▽'')
しにあさん&by妻さん、お久しぶりです。
巨大なタヌキからまず開始!というところが、さすがしにあさんご夫妻です(^_-)-☆
タヌキは、実は益子焼の店やその周辺にもたくさんいます。
焼き物の場所には多いですよね!
キツネに比べて、愛嬌があるところがつい焼き物にしてしまうということでしょうか。
群馬の茂林寺にも巨大なタヌキがいますよね?
猫の車止め、いいですね!
私も注意して駐車するかも。
駅前にいた女子中学生、いい感じですね!
こういう子が増えるといいのですが。
今の日本、みな都会に向かってしまいますからねぇ。
田舎の良さなんて、年を取ってから分かるということが多いですよね。
聖武天皇の里には、イケメンのうどん屋のお兄さんもいる様子。
こういう人が都会に出ず、田舎でカワイイしっかり者の嫁と、その良さを守ってほしいと思った次第です。
※個人的なご報告です。
2月18日から20日までの二泊三日で入院し、歯を4本抜かれました。
「根尖性歯周炎」というのが病名で、ただの虫歯除去ではなくて、歯根の尖端に炎症が起きて、歯を支える顎の骨が溶けて破壊されるという、放っておくと大変なことになる病気です。そういう状態になっている歯が4本もあり、それを今回抜きました。
歯茎を縫ったので、抜糸まで一週間も糸が残ったままで、それが昨日(25日)やっと取れました。これでバンザイ!と思ったとたんに、「今度は反対側もやらなくちゃね」と言われてしまい、三月にはまた入院かも(T_T)それが終わるまで、気は抜けません。
まぁ、こんな状態なので、4トラに対する気力も体力も失せております。
早く終わりにして、楽しい春を迎えたいものです(^-^)
以上、ご報告でした。
前日光Re: 奈良の旅、まずはタヌキですか!(*''▽'')
歯の手術、大手術だってのですね。もう一回あるのですね。
くれぐれもお大事に。
私も左の下の奥歯のブリッジ2本文をとりました。
歯医者さんの勧めで、とりあえず保険の範囲で部分入れ歯を作ってみました。入れ歯は合わない人がいるそうです。
全然ダメ。なくてもかまわないそうです。このまま歯なしでいくことにしました。
昨日免許書き換えの高齢者講習会に行ってきました。そこで、動体視力が年齢相当下限と言われました。視野も標準以下だそうです。
緑内障ですからね、そのせいかもしれません。
毎日の点滴で、症状は止まっているそうです。よくはなりません。
5月の免許更新には問題ありませんが、もう限界かなと思っています。
今回の奈良飛鳥は現地でレンタカーでしたが、それもやめたほうがいいみたい。
旅行は滞在型になりそうです。
タヌキです。簡単なところから始めました。ご愛嬌ということで。
女子中学生が可愛かった。By妻と車で駅の駐車場をでたとき「あっ、あのおばさんだ(あばあさん、だったかも)」と言って、車を追いかけてきてサヨナラを言ってくれました。
信楽に残ると言った子です。
この日は紫香楽宮発掘遺跡群調査事務所という長い名前のちいさな展示室が目的でした。元祖4トラ聖武天皇を書きなおそうと思っているので、資料集めでした。
土師馬手を読んでいただいたようです。
阿紀神社が素晴らしかった。思い出して楽しんでいただけたら嬉しい。
2026年02月26日20時44分 返信する -
構え獅子
しにあの旅人さん、おはようございます。
お尻の上がった狛犬は、唐獅子なのですね。
出雲地方に多いと言うことでしょうか。
以前、東照宮の陽明門で、似たようなものを観たことがあります。
『飛越えの獅子』と呼ばれるもので、やはり唐獅子でした。
石垣の支えの役割もしている変わったものだったので、よく覚えています。
旅猫Re: 構え獅子
旅猫さま
奈良から帰りは高速バスでしたが、後ろの女性にイビキがうるさいと言われ、寝られませんでした。一種の喉の病気なんで、治しようがないんです。やっと体調が戻りました。
もう二度と高速バスには乗りません。
構え獅子は出雲発祥ということになっています。江戸中期以降の北前船で日本海沿岸に伝わったと言われております。岡山の中山神社にもいますが、日露戦争戦勝記念だそうで、20世紀のもので、伝搬の歴史には関係ないみたいです。
岡山、広島の他の神社にもいるみたいですが、未確認です。このあたりは北前船の寄港地で、納得はできます。
ところが日光の『飛越えの獅子』は北前船では説明できないので、なんでかなあ?と思っているところです。
この獅子は前日光さんからも教えてもらったことがあります。
江戸時代の初めの頃に岡山の石工が来て作ったものらしい。
場合によるとこっちの方が古いかもしれません。
仮説としては、岡山つまり備前の山中の石工が構え獅子のオリジナルを思いついて、出雲に伝わった。山ひとつ越えれば出雲です。備前の石工が日光で『飛越えの獅子』を作ったけれど、その後本家備前では流派が衰えた、というのはいかがでしょう。
どなたか専門家が検証してくれるとありがたい。私はトシで、もうダメです。
たかが神社の獅子ですが、いろいろほじくってみると面白いものです。
旅の醍醐味ですな。
奈良、飛鳥、葛城では興味ワクワクのネタをいっぱい仕入れてきました。写真By妻と二人で1700枚、やっと分類が終わりました。
ブログにまとめようと四苦八苦しているところです。おもしろすぎて話がまとまりません。
期待しないでお待ちください。2026年02月20日12時41分 返信する -
明日、奈良に出発ですね?
こんばんは、しにあさん&by妻さん
もうご就寝かなあ?
楽しい奈良旅をされてください。
国立国会図書館は、近くまで行っても、自分は一生行くこともないだろうという所です。
興味はありますが、もう少し腰の状態が良くなったらと思います。
この近辺、国会議事堂もそうですが、案外距離があって、真面目に歩くと一万歩なんてすぐになりそうですね。
さて私事ですが、例の歯の件で、本日やっと予定が立ちました。
2月18日から20日の2泊3日の入院。
右上の奥歯周辺(前歯も一部)を、3本か4本抜くと言われました。
顎骨壊死の疑いがあったので、その検査もしました。
(骨シンチグラフィーという機械を使っての検査をした結果、辛うじて患部が骨までは及んでいないと判明しました!)
これでやっと落ち着いて行動できます。
先が見えなかったので、いろいろと気ばかり焦っていまして。。。
少し寒さが緩んできましたが、週末にはまた復活するとか。
くれぐれも風邪など召しませぬよう、免疫力に留意されながら奈良を満喫してきてください。
ではでは(^.^)/~~~
前日光無事帰りました。
手術はうまくいったと確信しております。
くれぐれもおだいじに。
14日に予定通り帰りました。
今回の旅は大収穫がありました。
By妻と2人で1700枚の写真を撮ってきました。
とりあえず簡単なところから、聖武天皇のタヌキ街道の
続きをUPしました。
つぎに久しぶりに天武チルドレン土師馬手をUPする予定です。
8日の飛鳥は年に何度もない大雪で、すばらしい写真がとれました。「雪の飛鳥」と題して、3本くらい書くつもり。
西安寺の孝徳天皇の真墓については、専門の学者も驚くレベルの情報を、
偶然ですが、仕入れました。徐々にブログにまとめます。
本命の葛城は、段ボール1箱分の資料をいろんな博物館で買い込みました。これにたどり着くのは大変そうです。「葛城の女傑たち」というのをやるつもり。吾田媛、いわの媛の大妃、飯豊皇女など、古代葛城は女たちが大活躍していたのでした。
2026年02月22日14時50分 返信する -
サリーに身を包む黒光さん!
しにあさん&by妻さん、こんにちは。
なかなかコメントできずに失礼しております。
実は、来月初めに奥歯の上の歯を合計5本ばかり抜歯せねばならず(昨年から言われていて)、それが気がかりで4トラに身が入りません。
これに決着がつかないと、何とも落ち着かないのです。
さて新宿中村屋ですが、大学入学のため初めて上京した折、当時川崎に住んでいた義姉が、連れて行ってくれたのが新宿中村屋でした。
「カリーライス」って言うのよ、お肉は鶏肉でおいしいのよと言われて食べたカリーライスは、東京のカレーってこんなにおいしいんだ!と、田舎娘が感動した味でした。
その時にも、サリー姿の黒光さんと娘の俊子さんの写真はあったのでしょうかねぇ。
臼井吉見の「安曇野」を読んだのは、そのずっと後だったので、あの相馬愛三氏と黒光さんの「中村屋」で食事をしていることに、その時は気づきませんでした。
黒光さんはオルガンともう一つなんだったかを持って、愛三氏に嫁いだんですよね。
井口喜元治記念館で、そのオルガンを見た時には感動したものでした。
それにしても、写真の黒光さんは神秘的で不思議な美しさに満ちていますね!
「安曇野」は大昔に読んだので忘れていますが、インド人のボースさん、確かにでてきました。
萩原碌山と常念岳の描写が、心に残っています。
本屋さんは、紀伊国屋よりも池袋パルコの「三省堂書店」が、私の活動範囲でした。
前日光Re: サリーに身を包む黒光さん!
奥歯5本って。
大手術じゃないですか。
かならずご希望の結果がでます。決着がついたら、またコメントください。
相馬黒光という女性はなかなかの人物です。当時は日英同盟がまだ生きていた時期で、英国政府からボースの逮捕要請がでていました。それを振り切ってボースをかばいきったのです。
By妻が中村屋で食事をしたときは、この写真が飾ってあったか、おぼえていないそうです。ただし、義母はボースと相馬一家のことを知っていたので、ひろく知られていたようです。
5日から10日間の奈良明日香旅です。もっか資料の読み込みです。
葛城の日程が増えそうです。葛城はあきらかに飛鳥以前のヤマトという感じです、日本書紀は卒業して、続紀、後紀に入り浸るどころか、崇神仁徳に戻りそうです。
草壁皇子の佐田の里も電チャリで走ってきます。面白い資料を見つけました。妄想爆発でいこうと、By妻と張り切っています。
2026年01月25日21時07分 返信する -
国会図書館
しにあの旅人さま、おはようございます。
先々月に国会図書館を訪れられた由。
15日でしたら小生も来館しておりました。
当該図書館は国家公務員が担当しておりますが、今でこそ若干は愛想も良くなりましたが、昔むかしは愛想など皆無で、この公僕ふぜいがとカチンと来たものでした。
50年前は、一般個人利用者での国会図書館利用者は、大学の推薦状と担当教授助教授の照会状を必要とし、今と変わらぬ新館1階受付を訪れ、訪問理由と請求資料を事細かく記述させられ、訪問者の中には記載事項がアイマイだと高圧的に書き直しをさせられた方も散見、記載書類と共に推薦状と紹介状を提出し審査を待つこと2時間弱、ここで申請者6割方が利用理由薄弱を理由に入館不許可となり、残った入館許可者は、必要書籍請求も請求してから到着まで概ね2時間以上、当時は現在の如く5冊では無く3冊で、当該資料が内容に適したものでは無ければ労力も無駄になり当日はソレでおしまい。
本当に大変な時代でした。
今の如く、誰でも利用可能になったのは旧民主党鳩山総理時代に、館長を外部から招聘した結果です。
本年も亦宜敷くお願い申します。
横浜臨海公園Re: 国会図書館
15日に行っておりました。
どこかですれ違っていたかも。バタバタと走りまわっていた爺さんがいたら、私です。
初めてなもんで、昔は知りませんが、スタッフの皆さん、親切でした。
マイクロリーダーの使い方がアナログとデジタルの繰り返しで、はなはだくたびれました。慣れればもうちょっと効率よく資料をあたれるでしょう。
漫画雑誌をカートに山のようにつんで頻繁に行ったり来たりする人がいました。漫画オタクか、漫画の研究者か、便利なご時世になったものです。
昔の利用者は大変だったのですね。郵便局、国鉄などと同様、我々下々に親切になったのです。
これからも使いたいとおもいます。
2026年01月03日15時36分 返信する -
学生時代♪
しにあの旅人さん おはようございます。
いつも拝読しておりますが、コメントをなかなか書けなくて申し訳ありません。
尾張名古屋は城でもつ、などと今では耳慣れない言葉ですが、写真の印象は消えても、文章の面白さはいつまでも残ります。しにあさんの旅行記は文でもつ、というところでしょうか。
しにあさんの旅行記の魅力を高めているのは奥様の類まれなるユーモアあふれる文章力ですね。旅行記はby妻さんでもつと言ってもいいんじゃないかな。
お二人が同級生だった、似合いのカップルとして学校でも評判だった、とは有名な話です。お二人が交わした愛の手紙は、抱腹絶倒、学校の文集に出すには問題があると職員会議の議題になったとか、ならないとか。
私も同級生と一緒になりたかった、思い出も、話題も共通、しかも初恋、しにあさんが羨ましいですよ。私なんか、美人だというだけで結婚したわけですから。(これは嘘です。)
紀伊国屋とは関係ない話で失礼しました。学生時代の懐かしい話を楽しませていただきました。
pedaru
Re: 学生時代♪
文章で勝負しようというコンタン、読み取っていただいて嬉しいかぎりです。
まずざっと私が書きあげて、印刷してBy妻に渡します。これをBy妻がクソミソにこき下ろして、私が逆らって、いつも離婚寸前になります。
それからいちゃいちゃと仲直りして、出来上がるのが私たちのブログ。
By妻のユーモア(妄想力)は相当なもので、いつも抑えるのに大変です。前日光さんなど、ファンは私より多い。
同級生と結婚すると便利です。一年中同窓会ですから、同窓会の通知を出さないですみます。
話題が途絶えるといつのまにか、共通の友達を俎上に挙げてこきおろしています。
今年もあとわずか、いっぱい楽しませていただきました。来年もよろしくお願いします。
2025年12月24日09時22分 返信する



