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しにあの旅人さんへのコメント一覧全290件

しにあの旅人さんの掲示板にコメントを書く

  • 調査発掘の旅!

    しにあさん&by妻さん、こんばんは。
    今回は、特にby妻さんの琴線に触れる発見が多々あったようですね。
    加守廃寺が掃守寺と同一と分かったときの興奮は、たとえ前もってそうじゃないのかな?と思っていたとしても、この上ないものだったことでしょう!

    それにしても「四天王堂」の近くの池(@_@)
    あのどよんと濁った池の感じは、東出雲にある「黄泉比良坂」の脇の池と同じようですよ。
    あの世とこの世の境目に、濁った禍々しい感じの池がありました!
    何かいるに違いないというby妻さんと同じ感想を、私も出雲の地で持ちました。
    出雲の場合は、やっぱり大蛇が連想されますが、その池は小さかったので、せいぜい蛇くらいのレベルでしたが。
    でもよどんだ空気が辺りに立ちこめていて、最初に行った2006年(だったような?)頃は、本当に誰一人いなくて不気味でした。
    なぜかそこに私は三度も行っていますが、だんだんと整備されて観光客さえ来るようになり。。。今や普通の、神話を巡る聖地になってしまいました。

    この加守廃寺の池も、もっと分かりやすくした方がいいですね。
    こういったおどろな雰囲気が漂う所は、大津皇子事件にさらなる陰影を与えるでしょうから。

    ところで私は今まで、二上山上にあるお墓が大津皇子の墓であると信じて疑いませんでしたが、しにあさんのこの一連の古代史シリーズによって、宮内庁の言うところの天皇家のお墓はあまり信用できないのだなと思うようになりました。
    で、そういう調査系のことは、私はどうも向いてないようなので、そちらはしにあさんやby妻さんにお任せして、もっぱら妄想に走ることを専門としたいと思います(^^;)

    そうなると気になるのが、金銅製骨蔵器 です。
    昭和20年に、地下10センチメートルから発見されたとか。
    これが古代の物だと言うことは、証明されているのですよね?
    だとしたら、その中の火葬骨はいったい誰なのか?
    二上山、しかも加守廃寺の近くで発見されたというのであれば、すぐに短絡的に大津か?と思ってしまいそうです。
    古代人は、火葬というものに対して拒否感が強かったことでしょう。
    人間は元来大地と繋がった存在だから、死後は大地に戻るという発想は自然だと思います。
    しかし持統天皇でしたら、新しい考えを取り入れて、私が死んだら存在のすべてを消してしまって!未練たらしく時間をかけて大地に吸い込まれて行くよりは、焼かれて煙となって天上に昇る方がいいわと言ったかも。
    大津はどうだったでしょう?
    もし火葬という風習が一般化していれば、彼も積極的にその方向に従ったと思うのですが、火葬がいつ頃から始まったのかというのは、なかなか難しいところですね?

    という風に言い出すとキリがありませんので、この辺にしたいと思います。
    しにあ流「種々の文献や現地調査から出来事を類推し、ホントはこうだったんじゃないかという事実を導き出す手法」は、毎度感心させられっぱなしです。
    今後も多くの「こうだったんじゃないか劇場」に期待しております(^_^)v


    前日光
    2021年09月23日00時04分返信する 関連旅行記
  • スクープ⁈

    しにあさん、by 妻さん、こんばんは。(あ、by夫さんby妻さん、と言うべき?)
    もしかしたら、特大スクープになりかねない新説♪

    地図上に見つけた加守廃寺が掃守寺と見切り、現地では大津皇子の鎮魂の寺であった目に見える証拠はなかった、にもかかわらず、そこに小笠原氏著「奈良の古代仏教遺跡」という救世主が現れた⁉
    何だか出来過ぎ?な気がしないでもない、ですが、ココ、と見定め二匹目のどじょうを狙ったしにあさんの熱意が呼び寄せた、ご縁、かと存じます。

    加守廃寺で検出された長六角形基壇も、二上山に埋葬された大津皇子を弔う為に、新たに構築した可能性が少なくない。薬師寺縁起に記された掃守寺=加守寺、だった。

    ここまでは、しにあさんの推理、どんぴしゃり!

    あとは、寺の向きと、大津皇子のお墓とみなされる方向が、合致しない、という事ですか?
    金銅製骨蔵器、(今の骨壺みたいなもの?)復元されたものを見る限り、相当高貴な方のものではないか、と見受けられますが。

    問題は、持統天皇が日本初の火葬だった、という説をひっくり返せる新たな証拠、どこかに眠っているかもしれません⁉

    私の理解力不足ですが、六角形の建物基壇場に建っていた六角形の平面形を持つ建物のその平面形が、當麻曼荼羅を納めた厨子の形を想起させる、ってどういう事⁇

    ドローン撮も堂に入って、BGMも素敵ですねぇ(^^♪
    2021年09月21日22時33分返信する 関連旅行記

    Re: スクープ⁈

    火葬の起源について、本文骨蔵器の写真の後に、解説を入れました。この件、一応調べてああったのですが、煩雑になるので省いておりました。しかし持統天皇の火葬は有名な話ですから、元に戻しました。

    當麻寺の當麻曼荼羅を納めた厨子と長六角堂が似ている件ですが、この話をここですべきか、このずーと後の大和国寺社参り當麻寺でやるべきか迷ったのですが、當麻寺でやります。當麻寺はあんまり書くことないし。どっちかがどっちかに影響を受けた、のではないかという筋書き。

    今回は2匹目のドジョウを逃して残念。夏目廃寺みたいなのがあると思ったのです。その代わり骨壷が出てきたので、まあいいか、という感じです。
    本来はこのブログ、骨壷の話はなかったのです。さア、これでアップしようかと思って、なんとなく葛城歴史博物館のカタログを見ていたら、見つけちゃったのです。で、全文書き直し。
    飛鳥の次は葛木もありかな、と思って、博物館で資料を買い漁ってきました。先の話なので、読んでいなかったのです。
    最近、関連する博物館には必ず行くようにしています。損したことない。いつもびっくりするような掘り出し物がいっぱいです。
    2021年09月22日10時57分 返信する
  • 新説草壁皇子?

    酷暑の中の古墳巡り、お疲れさまでした。
    いつものように、ご自分の脚と車で測っての実地検分、そうやって“たぶんここだったんじゃないか”と推定されるスゴ技は、研究者かはたまに学者さん?とみまがうほど。
    文武天皇陵は、宮内庁知定の“ひのくまのあこのおかのえのみささぎ”、ではなくて、中尾山古墳、なのですね。学問的に裏付けられた真墓、宮内庁の管轄下に入って近寄れなくなるくらいなら、現状維持に賛成♪

    邪魔者を全て排除し、愛息子の為に用意した皇位も、肝心の草壁くんが病弱で、天武崩御の僅か3年後にいなくなってしまうとは、何というめぐりあわせ(TT)持統天皇は、母親としてはやはり、息子かわいいの一心だったのでは?出来の悪い子ほど可愛い、とも言います。皇位を担う能力がない、と分かっていても、血を分けた息子に継がせたい。古今東西、トップの後継問題は一大事で、特に自分の血、血統の継続にこだわる程に、結果は芳しくないような気がします。息子がダメなら、孫、それも叶わないならひ孫、と望みを託した持統さんもすごいですが、初代ローマ皇帝アウグストスの自分の血の継承へのこだわりに比べたら、かわいいもんで♪

    称徳天皇にひいおじいちゃんのお墓詣でを進言したのが道鏡なので?孝謙天皇(称徳天皇)と道鏡、というと、どうしてもただらなぬ関係、心酔していた、なんてやわな表現では納得出来ないものを連想してしまう、下賤な私…。(←高校生の時に刷り込まれ)ですが、ひ孫に表敬されるという光栄を得た草壁皇子は、やはり徳のある方だったのでしょう。

    私的草壁くん評♪
    2代目にありがちな野心はないけど育ちが良く、人並み以上でも以下でもない能力で側近には慕われ、両親の庇護の元素直で純なまま大人になって、ただ1人の妻と3人の子宝に恵まれ、幸せな一生を送りましたとさ。

    3分割できそな時代的スパンとオールスターキャスティング、のブログ、消化不良のコメントになりましたm(_ _)m
    2021年09月13日20時50分返信する 関連旅行記

    Re: 新説草壁皇子?

    3分割する手はありました。でも今回どころか、昨年11月のやつでまだ未完成がありまして、賞味期限を心配しております。
    3分割するとまたまたそれぞれに時間がかかるし、生産能力月産3−4本ですから、急いでおります。ネタ箱の中でネタの色が変わってきたような感じが・・・

    「初代ローマ皇帝アウグストスの自分の血の継承へのこだわり」っていうのは、塩野本にありますか。「ローマ人の物語」かな、書名自信なし、ものすごく長いのがありますよね。あのどの辺りでしょう。

    称徳天皇の道鏡のお話はずーと後の方でやります。これもネタの色が変わり始めている。
    この2人へのkummingさんのうら若き乙女時代の想像、多分あっていると思います。続日本紀の作者は、そう思わせるように書いている。この行幸だって、どう読んでも2人はただならないですよね。
    でもその作者には、悪意がある。わざとそう思わせるように書いている感じがします。
    この話は、後日また。

    草壁くんのイメージは、このシリーズをはじめて、ずいぶん変わりました。大津くんと違って、本人は何も言っていないし、有名なお姉さんもいなかった。でも周りから、いい人だ、いい人だ、って言われてる。
    東大寺要録が書かれるのは家持のずっと後ですが、似たような話が、家持の時代語り継がれていたのかも、などと、妄想をたくましくする、今日この頃。
    2021年09月14日06時31分 返信する

    Re: 新説草壁皇子?

    ローマ人の物語VI パスクロマーナp260~あたり、執筆活動の傍ら、気が向かれたらご覧下さい。塩野さんは、執念を超え妄執と述べておられる。
    今後、大木に巻き付きその本体を超える繁栄を極めた藤、についてのお話もありますか?フツー過ぎてネタとしてつまらない?
    はて、賞味期限切れる、とは?時間経過で新たなネタ、情報が加わり、しにあさん構想の展開が変わりかねない、って事でしょうか。
    週1ペースのプログ、楽しみにしております♪
    2021年09月14日10時18分 返信する

    Re: 新説草壁皇子?

    「ローマ人の物語」了解しました。塩野本は電子書籍ですから、置き場所の心配なし。

    賞味期限が切れるとは、こっちの興味が薄れるということです。なんでここ行ったんだっけ・・と、その時の現場の興奮を忘れちゃうケースがあります。冒頭だけでも書いて、忘れないようにはしているのですが。

    不比等という人物は、この時代では珍しく男中心にものを考えなかったのではないかと思います。女心がわかっていた。糟糠の妻はまさこ、天平の猛女三千代が後妻で、怒らせたら怖い持統天皇の懐刀とくれば、当然といえば当然。
    天平ブンシュンの記者になったつもりで、続日本紀を根性悪読みして、発言小町風、週刊誌的ネタをやってみようかと思っています。菟野さんと阿部皇女(草壁の嫁さん、元明天皇)の、日本最初の嫁姑問題、などというの。そこに巻き込まれて右往左往する不比等さん、などというのはいかがですか。
    続日本紀も読み方によってはこうなります。
    問題は、写真をどうするか。
    興味ワクワクですから、賞味期限の問題なし。
    2021年09月14日12時17分 返信する
  • 持統の執念(^^;)

    こんばんは、しにあさん&by妻さん
    事実と妄想が、凄まじい勢いで混ざり合い、ついに道鏡にまで至りましたね(~_~;)

    持統さんは、辛うじて文武の誕生を知ってから崩御されたのでしたね。
    大宝2年(702)の10月から11月の一ヶ月以上にも及ぶ諸国視察を成し遂げ、さて。。という12月に病を得、その下旬には崩御という猛スピードで人生に終止符を打つ。
    何事にも性急で、決断力に満ちた女性、持統さんらしいですね。
    夫天武の死後自ら即位し、息子の草壁に皇位を継承するべく巡らした策略の数々、息子亡き後は、孫の文武が成長するまでの間を草壁妃の阿倍を元明天皇として即位させた。
    そして孫の文武が即位、考えてみればこのあたりまで、持統さんの執念は続いていたのか。。。
    氷高皇女は聖武天皇即位までの中継ぎ天皇の色合いが濃いですね。
    この人はどんな女性だったのだろう?
    気になる人です。「氷」という文字のせいか、透き通った美しい人というイメージがあります。しかし女性としてはあまり幸せではなかったような?
    この人と高市の皇子との間にロマンスがあったりしたら、ドラマ的には面白いですね。
    あ、でも高市はこの時、生存していたのかな?
    吉備内親王は長屋王に嫁いだが為に、悲惨な目に遭ってしまいましたね。
    草壁皇子の3人の皇子、皇女たちも数奇な運命を辿りましたねぇ。

    それにしても、こういった皇子や皇女たちが巻き込まれていく歴史の流れというものの中に、持統さんの執念のようなものを感じてしまいます。
    死してなお、私は大和国を支配し続けるわよ。
    息子だって孫だって、私の目の届く範囲に葬ることができたし、私の思いはずっとこの国を支配しているのだから、その支配下にある国民は、私の意志からは逃れられない。
    それは1300年経っても、家持が「万葉集」の中に残してくれてるのよ(爆)
    そう、○○○の旅人とか○日光なんかが、妄想してくれるので、とても面白いお話になってるようだわ。

    なんだか持統さんのオンステージになってきたようですので、本日の妄想はこの辺にて(^_^;)


    前日光
    2021年09月13日00時23分返信する 関連旅行記

    Re: 持統の執念(^^;)

    おはようございます。朝方ですので、起きてきました。

    氷高内親王は生年680年、高市皇子は654年ー696年です。42歳のおっさんが16歳に恋した。飛鳥の熱血不良おっさん高市皇子ですからね。考えてもいいかも。あるいはその逆、あり得なくはないですが、こっちは氷高さんの趣味が若干不気味。ウラヤマけしからん。
    「私の孫に何すんのよ!」と菟野さんが激怒したこと間違いなし。

    氷高さんは国史がはっきり美人「艶麗」と書いている唯一の女帝です。推古さんはやや遠回しに「端麗」そのほかは容姿無視。

    持統さんは、書紀続紀を通して、すごい人ですね。ただ、容姿に関しては、By妻の推察が多分正しい。怖い顔していたでしょうね。白粉を愛好していたとわざわざ書紀に書いてある。気をつけてはいたらしいけれど、そんな怖い顔で白粉塗ったら、もっと怖くなるんじゃないかな。

    でもこの辺りを、後世「○○○の旅人とか○日光なんか」が読み取ってくれると期待していたか、どうか、むにゃむにゃ。大いに読み取ってあげましょう。
    そういえば、もうすぐお彼岸ですね。1300年越しにお線香をあげましょう。そもそもあの頃そういう習慣があったのかな。「何、この、煙いの」とかいったりして。

    飛鳥旅は一応卒業のつもりなのですが、島の宮から束明神古墳まで、電動自転車で、のんびり行ってみたいな、とまた思うようになりました。絶対電動ですよ、googlさんは、徒歩道ほぼ平坦なんて書いているけど、嘘ですからね。
    2021年09月14日05時42分 返信する
  • コロナ禍の奈良

    しにあの旅人さま

    初めまして。
    奈良の現況報告、ありがとうございました。

    この1年半、自粛自粛の生活でしたが、ワクチンも2回接種し、少しは安心して旅に出られると、秋に奈良・京都の旅を計画しています。
    (奈良は2度キャンセルをしています。)
    奈良は感染者数も少ないし、外国人観光客も来ないので、旅行に行くなら今がチャンスですね。
    でも、まさかこんなに人がいないとは・・・
    鹿さんも、鹿せんべいをもらえずにひもじくなりますね。
    私も千葉県に住んでおります、これからもよろしくお願いします。

    hot chocolate
    2021年09月06日08時39分返信する 関連旅行記

    Re: コロナ禍の奈良

    フォローありがとうございます。
    奈良は今がチャンスです。十分にお楽しみください。3回定点観測でご報告しましたが、本当に人がいません。静かに、じっくりと観光できます。
    ワクチンは済ませましたが、それでも私たちは人混みを避け、マスク、手先の消毒は徹底的にやりました。このご時世ですから、念には念を入れてください。
    ホテルもコロナ対策に絞ってクチコミをUPしております。ご参考になればと思います。

    今回は、京都は平等院以外行っておりません。修学旅行以外、観光客は少なめでしたが、奈良よりは多かった印象です。

    修学旅行の団体にはご注意ください。20年11月の2回目の奈良、法隆寺で修学旅行と土産物屋で一緒になりました。大騒ぎ、傍若無人、全く無警戒でした。引率の教師も注意する気ない。
    駐車場の関係で、この時はこの店に入らざるを得なかったのですが、選択の余地があれば、彼らとの同一行動は避けたいと思いました。

    今回は1回も外食しませんでした。過去2回は何回か食べに出ましたが、予想外に警戒が緩かったと思います。

    引っ込んでばかりだとコロナ鬱です。ワクチンを済ませたら、警戒に警戒を重ねた上で、打って出ようではありませんか。
    2021年09月06日09時24分 返信する
  • 家持、草壁に成り代わって(?_?)

    ええーー!(゜Д゜)
    この妄想、すごい!凄すぎる!
    でも、そう思いたい!
    我ら(って、誰?「私の」でしょ!)の家持(>_<)

    万葉集の編集は、家持の生涯をかけたものだったし。。。
    草壁の鬱屈した精神を自分ほど理解できる者はいないと、自負していたかも。
    しにあさんの妄想、私もかなりその意見に傾きそうです。

    だいたいにおいて、光り輝く存在よりも、はかない影の薄いものが好きだった家持です
    「春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも」とか
    「わが宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも」
    なんて詠んでますからね。

    橘諸兄なんかが元気だった頃、父旅人が存命だった頃、華やいだ時はほんの一瞬で、藤原氏が台頭してきた。
    昔は良かった!なんてベタなことは言わないけれど、時代は大きく変化し、天皇よりも藤原氏が暗躍する時代になってきた。
    あの不比等の、藤の蔓のようにしぶとい天下取りの手法、己の娘をして天皇家との繋がりを強化せしめ、結局天下を欲しいままにしてしまった。
    大伴のような古い家は、黙って去りゆくのみなのだ。
    さすれば後世に、気弱さ故に自らは何者も残さぬ草壁のような人物を、彼の周囲の者の歌を残すことで、取り上げてみよう。
    舎人どもの歌にはちと未熟なものもあるので、それはさり気なく手を加えてしまおう。
    人麻呂様の歌に関しては、何の問題もない。
    何千年の後でも、誰かがこの良心的な改竄に気づいてくれるやもしれぬ。
    武人としては大したことはできなかったが、自分はこの歌集に自分の生きた痕跡を残すのだ!

    なーんて、家持に成り代わって(おこがましい^^;)、しにあ説に賛同してみました。
    家持は、あの唯一残っている署名の文字から、しにあさんがおっしゃっているように、けっこう一筋縄では行かないシニカルな所がありますからね。
    生涯をかけた歌集に密かに暗号のように、不運だった人々の怨念を残したのではないでしょうか?

    草壁が、屋敷の西に門を造らずに、少しでも母から遠ざかろうとした説、草壁らしいささやかな反抗で憎めないですね。
    一人島に渡って寝転び、空を眺めていたって。。。
    「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心」を連想しました。

    確かに万葉集には、草壁皇子を偲ぶ舎人たちの歌が数多く残されています。
    私も初めて万葉集を読んだとき、あれ?草壁くんって意外にみんなに慕われていたのねと思ったことを思い出しました。
    配役は、やっぱり綾野剛ということで。(^_-)
    持統ちゃんは尾野真千子ちゃんで(シツコイ!)


    前日光
    2021年09月05日23時31分返信する 関連旅行記

    Re: 家持、草壁に成り代わって(?_?)

    「誰」はすぐに見当つきました。「なぜ」はどうしたものかと思っておりました。
    家持の「いぶせき心」を前提にすると、スッキリ理解できますね。

    「光り輝く存在よりも、はかない影の薄いものが好きだった家持です」その通り。
    「草壁の鬱屈した精神を自分ほど理解できる者はいないと、自負していたかも。」言える。
    となると。
    「さすれば後世に、気弱さ故に自らは何者も残さぬ草壁のような人物を、彼の周囲の者の歌を残すことで、取り上げてみよう。」
    ドンピシャリ。
    達筆ながら、どこかグレた筆跡の家持にふさわしい。
    「家持に成り代わって」いますね。
    越中で家持巡礼をなさった時のインスピレーションでしょうか。
    越中、行ってみたくなりました。奈良飛鳥はこの7月の旅でしこたま材料を仕込んできたので、一区切り、次は九州なのですが、その次の旅は家持詣りかなと思い始めました。

    書紀の吉野脱出行に出てくる「菟田の安騎」「大野」という地名、万葉集の「安騎野」と「大野」、合わせると確実に草壁さんの少年時代が浮かび上がるようになっている。これ、どうみても偶然ではないですよね。
    「何千年の後でも、誰かがこの良心的な改竄に気づいてくれるやもしれぬ。」
    ひょっとして、前日光さんと私たちは、気づいちゃったのでしょうか、嬉しいな、

    「一人島に渡って寝転び、空を眺めていたって。。。『不来方のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心』を連想しました。」
    啄木かあ、草壁さんはもうちょっと影が深かったような。
    2021年09月06日11時10分 返信する
  • 母は強し

    しにあの旅人さん

    こんにちわ。

    草壁皇子って影が薄いな~と思っていましたが、しにあの旅人さんの記事を拝見して、母が強過ぎたのかなと思いました。
    母が強いと色々口出ししちゃうだろうし。
    いつの世も親が偉大でも子供も同じとは限らない。
    芸能界もスポーツ界も2世で生き残っている人って滅多にいないですもんね。
    凄い両親を持ったせいで周りの期待とかも尋常じゃなかっただろうし、そういう精神的なものも若くして亡くなった要因にもなってしまったかも??

    それにしてもこの時代のタラレバを想像したとき、未来の歴史がどうなっていたかを考えるのも面白いです。
    もし大田皇女が長生きしていたら?
    大津皇子が皇太子になっていたら?
    草壁皇子が天皇になっていたら?
    文武天皇が長命であったら?
    藤原氏の台頭を防ぐことができたのでしょうか・・・
    偉大な両親を持つ草壁皇子の真陵とされる古墳がああいう状況であることを見て、運命とは本当に皮肉だな、と考えさせられました。

    大河ドラマは無理でしょうが、古代をドラマ化して欲しいですね!
    天武・持統・天智は誰が演じるのが良いかな~(*^。^*)
    2021年09月05日12時08分返信する 関連旅行記

    Re: 母は強し

    古代を訪ねる旅にハマっております。旅には縦横がありまして、横の旅は普通の旅、縦は歴史を訪ねる旅です。
    縦の旅は古代が比較的やりやすい、古事記、日本書紀、万葉集の古代御三家を読めばなんとかなります。御三家と考古学上の発掘結果に矛盾しなければ、何をどう書こうとこっちの勝手です。
    草壁さんは一見すると材料が少ないのですが、書紀、万葉集を読みくらべるとそうでもない。その隙を突くと面白い旅ができました。

    持統さんという方は面白い人物です。すごい政治家ですが、こと我が子が絡むと判断を間違えました。By妻が言うように、適性ゼロなのに天皇をやれと草壁さんに言ったのは、無理ですよね。言われた方も迷惑だったに違いない。
    天皇には向いていないとあちこちに遠回しに書いてある。当時の人々もそう思っていたのですね。

    六国史の旅・大来大津シリーズをやっていた時、コメント欄で、映画化のキャスティングの話で盛り上がりました。私の大来皇女=若い頃の和田アキ子は総スカンを食いました。
    夢いっぱいの古代の旅です。
    お付き合いください。
    2021年09月06日11時46分 返信する
  • 超、力作♪

    いつにも増して、しにあさんby妻さんの熱量がず~んと胸に伝わってきました。
    古代史にも万葉集にも疎い私、の前にどなたかコメントしてくださ~い!と願いながらのカキコですm(_ _)m

    膨大な史料を読み込み、その狭間に感じた違和感、疑義を突き詰め、歴史の隙間に分け行って、この人!と見定めた、権力の陰でやむに止まれず涙をのんで散った命、その無念の想いを掬い上げ、彷徨う魂に息吹きを吹き込み、そうして私たちの前に、見事に血の通ったひととして立ち上がって来る、大津往来、ふみのねまろ、厩戸皇子、村国男依、に続く草壁皇子。

    引用されている万葉集個々の歌についてのコメントは差し控えさせて頂くとして(前日光さん、mistral さんにお任せします)、万葉集に記紀に書けない事をしのばせた、って事ですか?

    生まれた場所、立場故に親子の情愛に恵まれなかったかもしれない、薄幸の皇子も、人麻呂や舎人ら数人の側近に慕われていた、とは救われるお話ですね。
    もしかしたら、”母親に従順“に見せかけつつ、遠回りの東門作ってたみたいに、意外とこそっと我が道を行く♪タイプだったりしませんか? 例えば父親として、夫としての草壁くんは、息子に慕われ、妻に愛された、しあわせな家庭人だったとか…。

    パタパタと走り回る夫を横目に心の内とは裏腹なれどの優しいお言葉、いつか何処かで見たような(笑)R&Rを諦めて“苦しくったって~悲しくったって~♪(←アタッNo1)”丈夫な二本脚でてくてく上って撮られた写真、しかと拝見^ ^

    動画でせっかくGoogle navi ばりの道案内して頂いたのに、しにあさんや前日光さん、mistral さん方の様に、この近辺を裏庭みたくマニアックに散策される方々と違ってシロウトの私、には豚に真珠、猫に小判かもしれません(;o;)

    ん~、なんとも大作にそぐわない、物足りないコメントでm(._.)m
    2021年09月04日01時35分返信する 関連旅行記

    Re: 超、力作♪

    正史では数行の人物に縦横から光を当てて、生き返らせる、私たちの意図を汲み取っていただいて、嬉しくて感激です。これからもりきを入れてやります。

    家庭人としての草壁さんは、誠実だったみたい。この時代の皇族としては珍しく正妃以外の子供がいないようです。正妃と言ってものちの元明天皇ですが。
    ずーっと先ですが、ひ孫の孝謙天皇がいやにひいおじいさんである草壁皇子にこだわっています。この話は次回やるつもり。「いい人だったんだよ」とか、誰かから何か聞いていたのかな。

    大来大津の追っかけをやっていた頃は、ただのマザコンと思っていた草壁さんですが、どうもそう単純な人ではなかったようです。
    読み流すと書紀では影の薄い皇子さんですが、万葉集や続日本紀と合わせ読むと、少年期、青年期、没後と、個人的な動静が見事に浮かび上がってきます。
    これは偶然か、意図的なのか。
    どうしても万葉集の編者の作為を感じるのですよね。「誰が」は見当付いても、「なぜ」がわからない。

    パタパタと走り回りました。2度手間が多くて、三歩下がって二歩歩む(進んでいない)という感じでした。
    2021年09月04日09時56分 返信する
  • 立派すぎる親を持つのも。。。

    こんばんは、しにあさん
    夕方コメントを書いたのですが、送信の直前で消えました(>_<)
    今回はコピーをする時間もなくて。
    同じことは二度と書けませんが、今から努力してみます。

    草壁くんの悲劇は、立派すぎる親を持ったが故のものですね。
    特に母親が強すぎると、グレて反抗するか、逆らえないひ弱な人間になるか、どちらかのような気がします。
    この辺の考察については、by妻さんが的確に分析されておりまして、まさにその通り!と拍手いたしました。
    「ええ、まあ」で受け答えしてしまう男になってしまったのですね。

    綾野剛くんですが、実は彼は高校の頃陸上部で鍛えていて、見かけよりずっと逞しいのです。
    しかしながらあの細身なので、弱っちい腺病質にも見えて、その辺りが草壁くんのイメージとかぶるような気が。。。
    大河「八重の桜」で彼が演じた松平容保公はジャストフィット!
    これ以上の適役はいないと、今でも思っております。
    勝手に心の中で、草壁皇子=綾野剛ができあがってしまいました!(^^)!

    それにしても、しにあさんの旅行記は、読むほどに行きたい所が増えてしまうので、コロナ禍&感染大爆発の今、とても困ったものだと思います。
    束明神古墳が草壁くんの陵らしいとのこと、菟野皇后の心理を考えますと、確かに山に隠れて見えない宮内庁比定の「真弓丘陵」よりも、束明神古墳の方が現実的に感じられますね!
    奥へ奥へと入り込んで行くような感覚の束明神古墳、思えばそれは草壁くんの「父母の懐への回帰」のような感覚だというby妻さん、私も一票!

    一見こんな恵まれた生い立ちの人間はいないだろうと思われる草壁くんは、いつも居場所がなかったのでしょう。
    従兄弟の大津はキラキラと輝いて眩しく、大来からは「じれったいわね、まったく」なんて言われながら、オロオロと過ごす日々。
    ママが自分を愛してくれているのは分かるけれど、いつも追い立てられてる気分だった。パパは誰にも優しいけれど、いつも忙しい。親のために役に立ちたいのに、すこし頑張るとすぐに体調が悪くなる、
    ママの強い精神力とパパの逞しい行動力が、どうして自分にはないのだろう?
    草壁くんの一生って、こういう葛藤の繰り返しだったのかも。
    資料がほとんど残されていない草壁くんの旅行記、この後も続くとか、どうつないでゆくのでしょうか?


    前日光
    2021年08月23日23時52分返信する 関連旅行記

    Re: 立派すぎる親を持つのも。。。

    草壁くんの資料がないと思っていたのですが、実は大量にあったのです。万葉集の挽歌。あれを資料として読み解くのが、次回の目的です。佐田の里に実際に行ってみないと、挽歌の解釈はできません。ここでまた番宣。

    綾野剛が陸上部、実は草壁くんも弓が好きだったのです。ひょろっとしたおぼっちゃまではない。もっと複雑な人間像に辿り着きました。
    やはり母親のパワーと、菟野さんの男の子だけが大事という偏った価値観、というか思いこみが問題みたい。菟野のパワー過剰の被害者は、草壁だけではなく、孫の軽皇子のちの文武、多分ひ孫の首皇子のちの聖武まで及んでいるとの結論に達しました。これは次の次のテーマです。
    草壁くんの長女の氷高内親王も別な被害者かな。

    佐田の里はおすすめです。谷の奥に集落があるだけ。古墳以外何にもありませんが、多分この景色は飛鳥の昔と変わっていない。ディープ飛鳥です。
    バス停はありましたが、本数があるとは思えない。自転車という手もありますが、絶対電動。谷全体が、ゆるーいとはいえ全部上りなのです。ふるさと館に車を止めさせてもらって歩くのがいい。紅葉の頃なら最高でしょう。

    せっかくの文書が送信で消えるというのは、突然パスワードを入れろという画面になって、それが入らない。行ったり来たりしている間に消えちゃうというケースに、私も何回も遭遇しています。
    私はコメントはiPadで書きます。まずメモで下書きをして、コピペすることにしています。
    2021年08月26日06時39分 返信する

    コメントが消えた(TT)

    横レス、失礼致しますm(_ _)m
    あなたのブログに◯◯さんがコメントしました!と知らせてくれる親切メール、そこから自分のブログにとんで、頂いたコメントに返信すると、消える!?!?
    改めて自分の処からそのブログに行って、コメントに返信すると、大丈夫みたいな?
    あの事務局が親切で送ってくれるメールから入ると、ログインしていない扱いになるのかな~
    と、思っていますが…、違ってたらごめんなさ~い。つい最近まで、私も何度も消えて、しにあさん伝授のコピペ、採用していました♪
    2021年08月28日21時31分 返信する

    Re: 立派すぎる親を持つのも。。。

    ころばぬ先のコピペ、と申します。
    2021年08月28日21時46分 返信する
  • 草壁皇子

    しにあの旅人さん
    by妻さん

    おはようございます。
    ブログのパワーアップ化がどんどん進化していってますね。
    ドローンによる撮影、これによって古墳の全体像が把握できて
    古代史研究家にとっては最強兵器が加わったかのようです。

    さて、まさかの草壁さんの登場。
    天武ファミリーの中では目立たない存在だったかもしれないけれど
    それ故に自ら政争の中に飛び込むような事もなく人生が終わったのは
    優しい人柄だった (母親にとっては物足りないにつながりますが)
    ことが想像されます。
    兄弟間のパワーバランスもそれ故にうまく運んでいったのでしょう。

    そんな草壁さんを、しにあさんの旅行記で取り上げられたのは
    しにあさんの優しさにつながると思いました。

    とし坊さんのブログ、拝見してきました。
    束明神古墳のことが詳細に書かれていて興味深かったですね。
    日本人の優しさ故?草壁さんにも後に天皇名を送り、天皇陵を定めた。
    天皇にならなかった皇子に対しての事例は他にもあるのでしょうか?
    或いは天皇につけるように母親が仕組んできた謀に応えるため?
    天武系統にこだわっていたのに、やがては天智系統に戻っていく
    時のうねりなどなど、様々な事を想いました。

    古墳が包み込むような形で、そばに神社がある様子は
    房総中央部の白山神社と大友皇子のものとされる古墳のあり様と
    良く似ているように思いました。

    mistral

    2021年08月22日11時32分返信する 関連旅行記

    Re: 草壁皇子

    「まさかの草壁さん」みなさん、そうおっしゃいます。
    大来大津を調べていたときは、ただのマザコンとバカにしていたのです。でも万葉集や続日本紀をよく読むと、マザコンではありますが、そう単純なものではないと気が付きました。
    おっしゃるように、本当に優しい人柄だったようです。
    全く政治には向かないタイプだったみたい。
    グランド・マザーに押しつぶされた息子というイメージは、おそらく合っていると思います。

    ブログのパワーアップといいますか、新しいおもちゃを手に入れて楽しんでいます。音楽を入れるときなど、映画監督になった気分。
    ドローンは、俯瞰写真が撮れる以外、あんまり面白くない。グーンと上って行って、ぐるっと回って、動画を撮って、降りてくるワンパターンです。画質は悪いし。

    束明神古墳は、飛鳥旅の穴場ですよ。なんたって、佐田という地名が、草壁さんの時代と同じなんです。多分ここには草壁さんの離宮があったはず。根拠は次回。
    なんと発音していたか、「さた」か「さだ」か、今はさだのようです。
    秋、紅葉の頃、森、佐田、真弓あたりを歩いたら、素敵だと思います。古墳以外何にもありません。
    2021年08月26日05時50分 返信する

しにあの旅人さん

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しにあの旅人さんにとって旅行とは

うーん、何か気の利いたこと言わなければと、思うのですがね。

自分を客観的にみた第一印象

トラベラー名、「たびと」と読んでください。

大好きな場所

ヨーロッパ、カナダ、オリエント

大好きな理由

日本人が嫌われていない、入国にビザを取れとかうるさくない

行ってみたい場所

南イタリア、スコットランドの北ハイランドのそのまた北のほう、イベリア半島、ギリシャのエーゲ海クルーズ、トルコ、エジプトのナイル河クルーズ、カナダのプリンスエドワード島、白夜とオーロラ、フランスのアビニオン演劇祭、多分その辺りでこっちの寿命がタイムアウト。

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