しにあの旅人さんへのコメント一覧(18ページ)全577件
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また一つ増えた(°_°)
しにあさん、by妻さん、酷暑お見舞い申し上げます。暑くて溶けそうな毎日、週一プール通いが3回に増えました。水に浸かっている間は天国です♪ 泳ぐ必要はない!?!
狛犬&唐獅子論争、ずっと前にご教授頂きました。更に改訂版、読ませてもらいました。が、しか~し、多分おそらく「シーア派とスンニ派」「パレスチナとイスラエル」と並んで、私的『何度読んでも忘れてしまう問題』の一つになりそうな予感(-。-; 両者の相違点を頭に入れたつもりでも、次回狛犬さん、または唐獅子さんを目の前に、???になってその場に立ちすくむ私、が目に浮かぶ(笑笑)
さて、話は前後しますが、前回の「志賀島金印」関連の記事、7月30日付朝日朝刊の天声人語、読まれましたか?以下、簡略化してみます↓
紀元57年倭の奴国が後漢の洛陽へ使者を送り光武帝から授かったとされる「金印」の復元に成功した。江戸後期に志賀島で見つかったが、出土状況があいまいで、偽物説もある。復元に成功した「九州鋳金研究会」会長らが、4年前から着手、蝋型など古代からの技術で試作を重ね、失敗する度地金を溶かし直し精度を高めた。「つまみ(鈕)と印面とで完成度があまりに違う」「漢委奴国王」と掘られて印面は精緻なのに、ヘビをかたどった鈕(ちゅう)は不恰好。奴国の位置を勘違いしていたため、北方向けのラクダを急きょ南国向けのヘビに変えた、という説。鈕を凝視すると、ずんぐりしたヘビは、途中までラクダだったから?ウロコ模様も慌てて打ち込んだかのよう?
「しまった!奴国って北の国じゃなかったのか?」
2千年前の超大国の凡ミスだった、というお話♪
しばらく続きそうな暑さをどう乗り切るか?以外に頭が回らず、ぼ~っとしています。Re: また一つ増えた(°_°)
ラクダとヘビとを間違えた説。
私はこういう話、大好きなのです。でも、南だからなんでヘビなんだろう?
その時の会話。
ラクダはいないって?
なんか似たようなものはないか。
ないね~
ラクダの下半身とヘビは似てね?
そうだ、それにしよう!
似てないつーの。
シーアとスンニ現象。私も数年前から同じ症状に悩んでおります。二つ並べると違いが覚えられない。廊下、じゃなかった、老化、だっけ?という感じ。
まあ、廊下現象でいいってことにします。
狛犬と獅子は、狛犬にはツノがあるということだけ覚えればいいとします。どっちみち今はほとんど、右も左も獅子なのです。あ~、間違っている、と優越感に浸りましょう。
ツノありに出会った時には、このブログを思い出してください。
酷暑、なんとかなりませんかね。
朝4時に起きて、涼しいうちに畑か散歩です。7時以降は家に閉じこもる。「朝も早よからよ~、カンテラどうしたこうした」とかいうそちらのご当地ソングがありますよね。ああいう感じです。
今日我が町白子は37度でした。食べ物がなくなったので、茂原に買い物に行ったら39度だって。2022年08月02日19時55分 返信する -
志賀島・漢委奴国王印!
こんにちは、しにあの旅人さん。 ご無沙汰しております。
タイトルの旅行記を拝見で~す!。 とても興味深いお話ですね。 と申しますのは、私は中学生の時に歴史で次のような記事を学びました。 「西暦57年、光武帝より金印を賜る・1784年?、志賀島でその金印?を発見!」。 確かこの様な内容でした、60年以上も前のことを懐かしく思い起こした次第です。
しにあの旅人さんご夫妻は、その志賀島へご旅行を。 願いが叶ってよかったですね。 投稿で、この島は金印出土に纏わる観光地となっている事が解りました。 私も是非とも行きたいです、でも無理の様。
またひとつ、素敵な旅行記に出会いました。
アリガト、しにあの旅人さん。
ryujiRe: 志賀島・漢委奴国王印!
志賀島は機会があれば是非どうぞ。金印公園最上段、志賀海神社亀石、潮見公園展望台の三点セットがおすすめです。船に乗らずに博多湾、玄界灘を楽しめます。
万葉集のネタもいっぱいあります。
中国の歴史書に出てくる現物が1700年後に見つかるなんて、まさに事実は小説より奇なりです。
ただ、あまりにできすぎた話で、偽造説もあるそうです。金印が純金であることは間違いないし、これで儲けたということでもありません。昔のお金持ちが、冗談で作ったということになります。
金印を見つけたお百姓さんが正直だったのでよかった。ネコババ簡単ですからね。
他にも歴史上貴重なお宝が、日の目を見ずに飲み代に消えたなんてことは、あるんじゃないかと、うらやまけしからん。2022年08月01日07時09分 返信する -
志賀島へのアプローチ♪
しにあさん、by妻さん、こんばんは♪
志賀島→金印、という発想がありませんでした。金印→福岡博物館、志賀島→海の中道公園、水族館、という夏の遊び処、という認識で今日まで生きて来たわたくし(-。-;
我が家の夏休みは海の中道ホテル一泊旅行から始まり、夏場はず~っと、土日は山や海、川辺でテント暮らし♪ 独身時代はウィンドサーフィンや夜中のツーリングの場所でした(←元祖、不良⁈)。東京から戻りの飛行機から見える海の中道は、今でも帰ってきた~、という安堵の目印に。
写真の高層ビル群、福岡県民とはいえ筑後地区限定ジモテイでございます。一応高い順に、アイランドシティオーシャン&フォレストタワーレジデンスwest、同じくeast、センターマークタワー、アイタワー、照葉ザタワー、などなどあるようです。しにあさんご指摘のように、とんがってるやつは福岡タワーで近くにあるのはヒルトン福岡シーホーク、丸いドームはpaypay ドームかも?
前日光さんがおしゃっている、聖武が辿った天武天皇の足跡説、私もどこかで読んだ事ございます。せっかく藤原氏と天智天皇系の皇統として育てられたにも関わらず、ある時点で天武系の皇統だと自己主張し始めたのでは(藤原氏に操られる事への反発、反抗期の始まり?)、というのは私的なんちゃって説ですが(笑)
同じくBSプレミアムでだったか、2~3日前に奈良の仏像の番組で、法隆寺と平城宮跡、唐招提寺をピックアップしていましたが、ご覧になりましたか?あ、放送は、しにあさんは夢の中♪の時間帯でした。
太宰府で梅ヶ枝餅食べ比べ試食会のお話がまだなので、九州旅の続編、続きますよね?
ブログに無関係なカキコでm(._.)mRe: 志賀島へのアプローチ♪
ジモティ情報ありがとうございます。
それにしてもカタカナばっかりですね。
アイランドシティオーシャン。島都市海洋? 海の見える島の街? 島なら海が見えるの当たり前じゃん、とか暇なので、突っ込んでみる。
「ウィンドサーフィンや夜中のツーリング」不良娘のころの旅行記はできませんか?
海の中道は、そういえば飛行機から見えるのでした。次回はもっとしっかりとみてきます。進行方向右側の座席ですよね。
「BSプレミアムの法隆寺と平城宮跡、唐招提寺」ですが、冒頭にお笑い芸人が出てきたので、みるのやめちゃいました。私は、ああいうのは、局アナが淡々と事実をはっきりした発音で読んでほしいのです。
By妻は見ました。面白かったそうです。残念。
太宰府は続きますが、梅ヶ枝餅食べ比べは取りやめ。
九州ラーメン食べる旅、九州山崎ミニパン水滸伝、の三部作を目論んでいました。ところが、各地のラーメン屋さんが軒並み潰れていて、お話になりません。特に国分、薩摩川内がひどかった。駅前はラーメン屋どころか、シャッター街と化していました。
山崎ミニパンは九州では人気がないみたい。スーパーマーケット、コンビニ、品揃えは房総の僻地以下でした。これも成立せず。
群馬県の高崎、深谷のあたりもハズレ。不思議なミニパンの宝庫奈良は、特異現象のようです。2022年07月25日08時54分 返信する -
志賀島
しにあさん&by妻さん、こんにちは。
昨日やっと、例のエアコンの取り付け作業が終了、立派なエアコンがわが家に出現しましたが、あまり暑くないので今のところ、使う必要がありません。
二度目の梅雨明けは、いつ頃なんでしょう?
さて志賀島ですが、2015年頃に行きました。
以下の旅行記です。
↓
https://4travel.jp/travelogue/11005518
福岡の旅最終日の飛行機に乗る前の午前中です。
レンタカーも返してしまい、フェリーと徒歩で「金印公園」に向かったのですが、金印のレプリカ、公園の一番上にあったのですか?
上まで行ったつもりなのですが、飛行機の時間が気になっていたのか、厳重な箱に入ったレプリカ、見落としました(T_T)
福岡市博物館に本物があるということは分かっていたので、ここにはない!と思い込んでいたのかも。
徒歩だったので、「志賀海神社」にも行けませんでした!
この神社、海洋民族の神社なんですよね?
神主は代々「阿曇氏」なんですね?
実はウチの相棒殿は、父親が長野の安曇野出身で、名前がなんと「安曇」というのです。
それで阿曇氏には並々ならぬ縁を感じていました。
この神社に寄らないできたのは大失敗!
再度志賀島に行くことがあったら、今度こそは行かなくちゃ!と思います。
話は全く違うのですが、この間BSTBSで、関口宏さん司会の「新しい古代史」とかいう番組があって(毎週土曜日午後0時からだったかな?)、「聖武天皇」を取り上げていました。
その中で興味深かったのは、聖武が血迷って彷徨した5年間のルートが、壬申の乱の時に天武が辿ったルートと酷似しているということを、ゲストの学者先生がおっしゃっていました。
図示されたルートは、確かにかぶっている部分が多くて、オオッと思ったものですから、ご報告させていただきました。
次の週が「大仏開眼」だったのに、録画しそびれました。
あの番組は面白そうなので、毎週録画できるようにセットしました。
もし興味がおありでしたら、ぜひご覧になってみてください(^_^)v
前日光Re: 志賀島
https://4travel.jp/travelogue/11005518を拝見しました。
表紙写真は公園最上段みたいです。金印の文面拡大の近くに、宙ぶらりんのレプリカがありました。この公園は改修工事が2019年頃あったみたいです。そのころに追加されたのではないでしょうか。
「松江の中海を走る道路」というのは米子から境港に行く両側海の道路ですよね。
あれと似ていると思うのは私だけじゃないんだ!
是非もう一度志賀島にいらしてください。やはり車でないとどうにもなりません。島全体が
福岡という大都市の近くとは思えないほどの田舎です。
やはりここが安曇、阿曇氏の総本家でしょうね。
聖武さんの彷徨いコース。伊勢、現在の三重県の方が天武さんのコースと似ているというのはどっかで読みました。全体も真似したんですか。まだまだ初々しい家持くんがついて行った旅です、確か。
なんのつもりだろう。学者先生の意見を聞きたかったです。2022年07月25日07時02分 返信する -
志賀島
しにあの旅人さん
by妻さん
こんばんは。
コメント、ご無沙汰しておりました。
酷暑ですが、お元気でお過ごしのことと存じます。
志賀島、今回の旅行記で初めて知ったことが。
島となっていますので、周囲ぐるりと海に囲まれていると思いこんでいましたが、
実は砂州?でつながっているのでしょうか。
それとも昔はれっきとした「島」だったのでしょうか?
どうやら車でずっと志賀島まで渡れるようですね。
それでしたら、福岡までやってきて島に行かれてないなんて、
私も不満をぶちまけそうです。
あの金印の見つかった現場に行ってみたい、と思いますもの。
by妻さん、長い間の願いが叶えられて本当に良かったですね~
厳重に管理(?)されたケースに入れられた金印のレプリカ、
なにやら不思議な佇まい。
本当に浮遊しているかのように見えますね。
博物館内だったらわかりますが、屋外でのこういう展示の仕方が斬新です。
なんとなく金印の存在した時にダイレクトにつながっているかのようなイメージ。
金印をさわるとタイムスリップしそうですね。
潮見公園展望台からの福岡方面の眺め
今も昔も変わらない山並み、そこにニョキニョキと聳える高層ビルの眺め
古代人がこの光景をみたらば、どんなにか驚くことかと想像して
何回かお写真を見直しました。
mistralRe: 志賀島
志賀島、砂洲でわずかにつながっています。一部鉄板が敷いてあるという話でしたが、そんなことはなくて立派な道路でした。でも台風だと通れなくなるそうです。
元寇の頃はもちろん、古代も砂洲はあったようです。
あんな砂の道、台風一つでなくなりそうですが、そうでもないみたい。
どういうわけか、弓ヶ浜と間違えていました。弓ヶ浜の方がはるかに立派です。
金印公園、志賀海神社、展望台と、高いところツアーをやってきました。煙となんとやらは高い方に登るといわれますが、高いところ大好きなのです。
煙じゃなくても志賀島高い所巡りはおすすめです。
車じゃないと無理みたいです。
金印公園の上の方からもいい眺めです。能古島や糸島半島の方向は、こちらの方がよく見えます。
九州、また行きたいけれど、イタリア旅行で貯めたマイレージを使い切りました。
次のヨーロッパ行きはまだ目処もつきません。
LCCか、なんとかパッケージの安いやつを探します。2022年07月21日10時30分 返信する -
なぜか江戸弁の児島郎女(>_<)
こんにちは、しにあさん&by妻さん!
まずこの文章は、しにあさんだけが書かれたのでしょうか?
全編by妻さんですか?
それともお二人の共作なのでしょうか?
by妻さん色が濃いようにも感じられて。
ま、最後のオチは、しにあさん作で、by妻さんが隣で「チッ」と舌打ちされているような気が。。。(~_~;)
そう、この時には少年家持も書持もいっしょだったのですよねぇ。
家持にとって、九州というところはどんな影響を受けたのでしょうかねぇ?
児島郎女にも会っているはずですよね?
そこに坂上郎女の登場、少年たちにとっては見知らぬ土地での、よく見知った叔母との再会にホッとしたのではないでしょうか?
魅力的な児島さんに、少年たちはときめいていたかもしれませんね。
旅人の「ますらをと思へる我や。。。」の歌、何とも言えず好きです。
弱みとも思える部分をさらけ出して詠う旅人が素敵です。
その時の憶良の対応、よく捏造しますねぇ。
しかもそうだったかもしれないと思わせる偽装工作、したたかですねぇ。
旅人が去った後の児島のセリフ「ばかお言いでないよ。。云々」は、時代劇を見ている気分になります。
このセリフは、児島が江戸の女か!と思わせる空気がプンプン、しにあさん、やりますねぇ。オヌシも悪よのう(>_<)
冒頭の「♪てけてんてんてん♪ 出囃子のつもり、」と、うまく結びつけていますね!
はい、お後がよろしいようで。
で、次はどんなお話で?
前日光Re: なぜか江戸弁の児島郎女(>_<)
今回はBy夫の独演です。By妻は水城のところで「書きたい!」と叫びましたが、しっとりした人情噺が、漫才になる恐れあり、取りやめ。
最後のオチのところは、ほぼご推察の通り。
博多弁でやるてもあったのですが、By妻の博多弁能力では翻訳無理だそうです。
kummingさんに翻訳してもらえばよかったかも。
憶良のセリフ捏造、受けた!
非常に満足です。
とりあえず万葉集シリーズはかたがつきました。どんなふうに遊んでも遊びがいがある、すごいですね、万葉集は。いずれ、家持さんと万葉集に本格的に戻ってきたいと思っていますが、いつになることか。
「おばちゃーん」と叫んで郎女さんに飛びついてきた家持さん、当たらずとも遠からずと思っています。
おあとは本来「天武チルドレン・恵尺」なのですが、追加の調べ物が出てきて延期です。筑紫寺社旧跡巡りで、しばらく軽る~~~く参ります。期待しないでお待ちください。2022年07月13日19時51分 返信する -
新種のアプローチ♪
人情噺、というのですね、こういう様式?
資料に基づく綿密な検証+ある事ない事→たぶんこうだったんじゃ? も中々面白いですが、たまに「実況中継」とか、今回の「人情噺」、のようなアプローチも新鮮ですね♪
児島さんという遊女的な存在、前々回の「梅の宴」で初めて知りました。知的かつ芸にも秀でた遊び女?同じかどうか分かりませんが、ルネッサンス期のイタリアにも所謂知的な高級娼婦がいたようです。
私勝手に、愛妻家、女房想い、妻一筋の堅物かと思っていた旅人さま、いやいや、やってくれるじゃあ、ありませんか! やはり歌などに長けた風流人の事、ま、大いにありえますね。
そして大伴坂上郎女さま、かなり恋多き、自由奔放な女人だったとか? しかも歌人としても優秀で、家持さんはこの「おばちゃん」の影響もあって、恋多きおのこ、かつ歌人としても秀でていらした(←例の、前日光さんオシのコミックに、そ~いうお話あり)。
水城復元図と現在の写真、興味深いです。ちょ、暑さが緩んだら、行けない距離ではありません♪ 古代官道も、ぜひ、歩いてみたいです^o^Re: 新種のアプローチ♪
「水城、行ってきました」マル
では面白くないので、なんか変わった切り口はないものか、ない知恵を絞って思いついた人情噺。
落語の人情噺は、夫婦のしんみりしたお話にサゲをつけたり、つけなかったり。私としては「芝浜」が頭にありました。
今回はサゲがまことにみっともない。
憶良さんが格好良かったでしょう?
難波宮みたいな実況中継は、これからも使えそうな手口です。人情噺はどうかな。孝徳天皇と道鏡の時に、無理すればできるかも。
なんとか面白い旅行記がつくれないもんか、それを考えるのも、いとをかし。別名老化防止。
旅人さんを妻一筋の愛妻家、本人が聞いたらなんというか。
坂上郎女さん、色々説はあるそうですが、古代史上きっての恋多き女とした方が、私は面白い。多分本人も「いいわよ」じゃないかと。
水城は暑いですよ。日陰なし。
ヤマモモの並木、作って欲しい。2022年07月11日19時41分 返信する -
垂綸石(^^;)
こんばんは、しにあさん&by妻さん
狂気のような猛暑も、一時治まったようですね。
次は台風もやって来るようですが。。
玉島神社は道路を隔てて玉島川に沿っているのですね。
道路のすぐ側の階段が急で、これは、松江の多賀神社に似ています。
多賀神社は松江市朝酌町近くにありますが、やはり松江市内から流れてくる大橋川が途中で3つに分かれ、それがまた一つの川に集束する辺りにあります。
同じように道路に沿って鳥居が在り、急な階段が本殿に向かっています。
それにしても、玉島神社の獅子さんは、なんと言う格好をしているのでしょう!
私は、こんな自由な格好の獅子さんは初めて見ました。
九州の神社は、どこかユーモラスな感じがありますよね?
旅人さんは遊び心があるのに、憶良さんは相変わらずカタブツですねぇ(^^;)
もう少しゆったりのんびりしていれば、楽しい人生が送れたのに。
垂綸石での妄想には笑えました!
九州は神功皇后に纏わる碑や痕跡が多いですが、この垂綸石も神功皇后の痕跡ですか。
「神功皇后は斉明天皇の神話的表現だという説」があるのですね!
すると確かに、しにあさんの妄想も成立しますね(爆)
でも斉明さんを太った女性に見立て、息子二人が母斉明をこの石の上に乗せてあげる図というのは、考えただけでもコメディです!
だってあの酷薄なイメージの強い天智が、どんな顔をして母の手を取り手助けしたかと思うと、笑えますねぇ。
ここでお尻を押すのは、やっぱり天武の方でしょうね( ・∀・)
斉明天皇の役は、現在の松坂慶子さんでどうでしょう!
昔の彼女の美しさを知っている私としましては、昔の彼女に松浦佐用姫の役をやらせたいです。
あるいは「狭野弟上娘子」なんかもいいと思うのですが。
あくまでも、昔の彼女にですよ(~_~;)
話が逸れてしまい申し訳ございません<(_ _)>
猛暑故、なにとぞご容赦を(^^;)
前日光Re: 垂綸石(^^;)
台風の雨を期待していたのですが、ヘタレ雨でした。
今年は雨が少なくて、菜園の野菜が硬くておいしくないのです。
房総では、道路工事で丘のテッペンに残った小さな神社をよく見かけます。稲妻のような階段でかろうじて下界とつながっています。玉島神社は、そういう状態はなんとか免れたみたい。
逆立ち獅子は変わっていました。大分にもいました。この後天武チルドレンのブログで写真を出しますね。
どういうわけか、金沢に多いそうです。見かけましたか。
憶良さんって、やっぱり堅物ですよね。そこが社会派万葉歌人のいいところ。
万葉集って、作者の個人的な性格が浮かび上がるように編集されている。家持って、どういう人なんだろう。歌を並べただけではなく、全体が彼の作品なのですね。
晩年、自分の歌がなくなるのは、万葉集の製作に全力を注いでいたのか、などと納得。
斉明天皇=現在の松坂慶子、賛成。近頃はしっかり肥えられたようです。
若い頃、「配達されない三通の手紙」や「蒲田行進曲」の彼女なら、佐用姫いいかも。でも歯を剥くのはやめた方がいい。
狭野弟上娘子、適役。こういう女に惚れられた男は怖いでしょうね。慶子さんピッタリ。頭にロウソク立てて、お百度参りが似合いそう。そういう映画あったかもしれない。2022年07月06日05時17分 返信する -
古代版ロールプレイイングゲーム♪
時代が下ると、途端について行けなくなります(;_;) さらに、万葉集は未踏の世界、なので苦し紛れのコメントになる覚悟で、臨みます。
宣化天皇、欽明天皇は、さっき涼みに行ってた図書館で読んでた本に載っていた!継体天皇亡き後の皇位継承は謎で、安閑、宣化、欽明天皇、がどういう順だったのか、なかったのか? 継体天皇って、雄略、武烈の跡血脈が絶えて、他所から迎えられた方ですね。古事記の時代になると、架空の話もおり混じってたりで、よくわかりません。神功皇后はよく出てくる、勇猛な方。
鮎って、お米で釣れるのですか? 筑後川は鮎がとれるのです。幼少時、早朝に釣れたての鮎を売りに来て、母がよく大人買いしていました。でかいのは父、その次はご近所にお配り、私ら子供たちもおこぼれにあずかっていました。子どもながら、香ばしくて美味しかった♪ この30年ほど、遠ざかっておりますが。
旅人さまは、文化的に時代の先を行くお方だったようで、現代のロールプレイゲームを先取りしておられたのですね♪ 先に脚本書いて役どころを振り分けて楽しむなんて、オサレ~
神功皇后=斉明天皇説、確かにイメージ的にはかぶります。古事記の読み方がどうもわからなくて、解説本でも頭に入って来ません。上田正昭著「私の日本古代史 下」を、貸し出し期間何度も延長して私物化していますが、進まない現状(笑)同時並行で、「ヴェネツィアミステリーガイド」「キリスト教の歴史」を読んだり、あと、最近ハマっているのはコミック版「チェザーレ 破壊の創造者」←コレ、他図書館から借りてくれるのですが、全13巻の内、今日9~11巻に到達しました♪
話が完全に逸れていますm(._.)m
世界遺産登録を目指す、「彦根城」VS「飛鳥・藤原の宮都」、ご存じですか?
私にとっては、別に世界遺産にならなくっても? ですが、現地として発掘調査費用とか、予算がたくさんついて欲しいでしょうね~
酷暑、早くも始まりました(;o;)炎天下の芝刈りには、ご用心くださいm(._.)mRe: 古代版ロールプレイイングゲーム♪
大きな鮎はお父さん、ってどっかで聞いたことがある。鯉のぼりの歌みたいとBy妻が言いました。
佐賀から二日市に上がってくる時、筑後川を見てきました。あそこで鮎がとれるのですね。
古代は太宰府の近くまで船で上って来れたとどっかで読みました。
「彦根城」VS「飛鳥・藤原の宮都」、知りませんでした。飛鳥・藤原京跡、まとめるわけですね。確かにほとんどつながっています。そのうち飛鳥から奈良まで奈良盆地全部が世界遺産になっちゃうかも。
世界遺産になると、どっと観光客が来て、地元の観光業はいいかもしれません。でもコロナ前みたいな感じが何倍にもなるのでしょうか。
ももであさんから聞いた話では、ベネティアはそれで困っているとか。本島内の不動産が値上がりして、ジモティのベネティア人が島内に住めなくなっているそうです。
大きなクルーズ船が港にやってきて、観光客がどっとくるのはいいのですが、島内を団体で駆け巡るだけ。夜は船で食べて、寝るのも船、ベネティアにお金は落ちない。
そういえば、私たちの時も、お隣2ヶ国の団体さんが多かった。
飛鳥・藤原がそうなるのは、勘弁してほしいなあ。
「チェザーレ 破壊の創造者」どこかで一部だけ読みました。ものすごく詳しくて、塩野七生をコミックにしたみたいと、思いました。
着々とヨーロッパ旅の準備をしているのですね。
古代旅で鍛えた方法論で、再開後の旅行記は重厚になる予感。
出遅れてはならじとやや焦ります。ここは動かざること文鎮の如し。以前は庭石でしたが、文鎮になった模様。2022年07月03日15時28分 返信する -
二日市でもやらかした猪突猛進ぶり(・∀・)
今の時代でも、少し行かないでいると、地形の変化にあれぇ~?ってことがありますよね。
まして1300年も経っていれば、それは当然考えなくちゃならないことでしょう。
こんばんは、しにあさん&by妻さん
二日市という町は、私にはあまりお馴染みではないところです。
でもお二方の旅の宿としては、最適の場所に位置していたようですね。
駐車場近くには旅人の歌碑もあったようですし。
満誓の歌には、確かにドキッとしますね!
知らないで見たら、絶対に恋の歌ですよ。
まぁ、中西先生の説に従うことにしますが。
でも一縷の疑問は残りますね(^^;)
しにあさんの解釈「満誓は、歌で遊んだりして、おもしろいヤツだった。イキだったね。憶良はすごい人物だが、ちょっと生真面目すぎて、冗談が通じなかったりする。いづれにしてもいい友達だった。」というのには頷けますが。
私は勝手に、旅人こそ「空し」という語を初めて使用したのではないかと思っております。
旅人以前に「空し」という語を用いた人はいるのでしょうか?
横着して調べておりませんが、何にしても旅人の「世の中は空しきものと知る時しいよよますますかなしかりけり」と言う歌は、傑作だと思っています。
「無駄である、無益だ」という意味での使用は、「竹取物語」などにも出て来ますが、「はかない、無常である、頼りない」という意味の旅人のこの歌は、近代的な意識にも通じるのではないかと。そしてその意識こそが、息子の家持に「いぶせし」と言わしめたものの正体ではないのかと。
旅人・家持父子は、やはり私にとって万葉集を考える上での大きな指標と言えます。
さてここでも、しにあさんの猪突猛進ぶりが発揮されたようですね!
歌碑が目に入らず、何にそんなに心奪われていたのでしょうか?
by妻さんの駆け引き?が面白い旅行記でした(・∀・)
前日光Re: 二日市でもやらかした猪突猛進ぶり(・∀・)
おはようございます。
旅人さんの「空しい」は同感です。
この歌は、近代的というより現代的で、今朝の新聞の歌壇に投稿されてもおかしくない。
長年連れ添った妻を失った年寄りの気持ちです。歳とって配偶者に死なれた男の余命平均は半年だと、どこかで読みました。
そういうポッカリと体に穴の空いた状態なのです。
人間の感情は1300年前も今も、結局は変わらないという見本です。
万葉集というのは、つくづくすごいと思いました。
家持は、旅人あっての家持だと、全く同感です。
道造、中也などでは、仮に結婚して妻が死んでも、こういう歌はできないでしょうね。
啄木などもってのほか。
女は、年取った夫が死んでもダメージは少ないらしい。田辺聖子は「カモカのおっちゃん」が亡くなった時の心境を「野獣が野に放たれた」と言いました。
「え!?」
我が家では、葬式など事務仕事が苦手なBy妻のために、私が生き残ることなっていますが。散歩中に隕石が落ちてくるとかで、同時というのはないものか。息子が大変かもしれないけれど、知ったこっちゃない。
旅人さんがこのポッカリ状態の時に現れたのが、児島郎女という前提で、次の次をやります。
憶良さんにちょっといい役を割り振っています。乞うご期待。2022年06月25日05時52分 返信する



