旅猫さんへのコメント一覧(13ページ)全4,139件
-
寝台特急
旅猫さん おはようございます。
九州でも飛行機は使わずに電車でお出かけですね。筋金入りのトラベラーと
お見受けしました。
寝台列車の風情は特別ですね。私は昔は妻の実家の青森までよく利用しました。
早朝、仙台駅に着くと、駅の洗面所で歯を磨いている人などがいた記憶があります。
小さな列車の窓から横になりながら、後ろに飛んでいく明かりをぼんやりみていたりして、旅の心は否が応でも盛り上がります。
黒川温泉の利用された旅館は、接客、料理とも合格ラインをクリア、しかし
街の風情がわざとらしいとは鋭い指摘です。
料理の解説も分かりやすく、下手な専門家も顔負けの評論、旅人としての立場を貫いています。私好みの紀行文を読むようでした。
pedaru -
箕田源氏
旅猫さん こんにちは
鴻巣市民は地元の歴史を教えられずに、無駄に土地が放置されもったいない、平らにして畑にしよう、物置を建てよう、などと考え、止める人もないまま古墳などは削られてしまいました。
今残っているうちに保存しなければ後悔が残ります。文化とは無縁の地だと全国から蔑まれることでしょう。市に文化課というものがあるなら、今日から柵をつくり、歴史を伝え、教育していくべきです。 鴻巣の皆さん、ごめんなさい、意識の高い人も居るはずですからね。あなた方は箕田源氏の子孫だとおだてて、遺跡を守りましょう。
古い農家の家が取り壊されるのを目撃したのですね。それは仕方ないにしても、りっぱな梅の巨木も切り倒そうとしているのですね、とても残念です。
我が家のように古い家でも保存しようとしています。意識が高いから?いえ、高いのは建築費です。新築の便利な家を建てればかみさんも機嫌がよくなりますが、貯金がないのが真相です。
pedaruRE: 箕田源氏
pedaruさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
関東平野は、高度経済成長期に、多くの史跡が消滅してしまいました。
当時は、史跡を保存しようと言う考えが希薄だったので。
奇跡的に残ったものも、最近の再開発の波に呑まれ、消えようとしています。
この国は、歴史的な遺物を大切にしようと言う考えが希薄ですよね。
ローマの地下鉄工事の特集を観ましたが、遺跡が発見されれば、まず保存のために工事を中断し、計画を変更して駅の位置を変えるなど、驚きでした。
この国では、先日の高輪での発掘でも、多くの保存の声を無視して再開発を優先してしまい、遺跡は破壊されてしまいました。
経済優先の現状に悲しくなります。。。
北鴻巣駅周辺は、かつては農村だったので、古い民家がかつてはたくさんありました。
今は田圃もすべて消え、新しい住宅街になっています。
僅かに残った民家も、取り壊しが進んでいるようです。
旅猫2025年03月13日18時47分 返信する -
歴史のかけら
旅猫さん こんばんは。
今回のぶらり旅は、歴史のかけらを探すのが難しい地域だったようですね。
幾つも古墳がある事から、古くから人々が暮らしていたようですが
都心に近いので 新しく越して来た方々も多く、
そこに流れていた時間は消えそうですね。
大江山の鬼退治伝説は福知山や宮津・舞鶴など、大江山近辺では
大切に語り継がれているので、都心から離れて土地に根ざして暮らしている人々に
守って頂きたいものです。
宝持寺の白梅が立派ですね(*^-^*)
ポテRE: 歴史のかけら
ポテさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
北鴻巣は、宿場と宿場の間にあるため、あまり歴史的なものが少ない感じです。
とは言え、由緒ある寺社も多く、坂東らしく、源氏所縁の史跡が多いです。
群馬から最短北部に掛けては、畿内に匹敵するほど古墳が多い場所なのです。
ヤマト王権の大王並みの古墳もあります。
ですが、埼玉県内は完全に都市化されているので、古墳はほとんど消滅していて、僅かに残っているものも、酷い有様です。
大江山と言えば鬼退治ですよね。
あの界隈では、色々な言い伝えが残っていることでしょう。
一度は訪れてみたいと思っています。
そうそう、宝持寺の白梅は、見上げるほどの大木でした。
梅であそこまで大きいものは滅多にないと思います。
旅猫2025年03月10日00時50分 返信する -
お茶の水界隈
旅猫さま
おはようございます。
昨日は雪も降って、寒い1日でしたね。
お茶の水は、そう頻繁ではありませんでしたが、洋書を買いに、
またスポーツ用品(スキー用品)を買いに、たびたび行ったことがあります。
懐かしい街です。
駿河台! その地名、気にして歩いているわけでもなかったのですが、
確かに駿河衆の屋敷があったところですね。
それに数々の石碑、歩いていても気が付きませんでした。
ぼ~っと歩いていてはいけませんね。チコちゃに叱られる。(笑)
学士会館の中は知りませんでしたが、レトロで、優雅なステンドグラスが
歴史の重みを感じますね。
>本と言うのはやはり良い。
そう思います。紙の本がいいのですよ。
1ページ、1ページ、ページをめくって読み進むのがいいのです。
もっとも、先を読みたくて急いで読むときは別ですが。
旅に持っていく時も、旅情を感じていいのです。
hot chocoRE: お茶の水界隈
hot chocoさん、こんにちは。
書き込みありがとうございます。
昨日は、冷たい雨と雪の中、外で仕事をしていました。
ずぶ濡れで、寒かったです。。。
御茶ノ水は、やはり本とスポーツ用品ですね。
楽器は、ほとんど縁がありませんでした。
駿河台と言えば、家康直属の駿河衆。
現代にその名が受け継がれているのは、嬉しいことです。
あの界隈は、色々と歴史が隠れていて、石碑などの史跡も残っています。
学士会館は、再開発が発表されたので、急遽観に行きました。
素晴らしい建物で、細かい意匠が施され、見事でした。
本の頁をめくるというのは良いですよね。
神保町の古本屋街は、宝の山です。
旅では、必ず文庫本を一冊持っていき、移動中や待ち時間、宿などで読んでいます。
旅に本は必需品ですし、旅情も増します。
旅猫2025年03月04日07時00分 返信する -
高崎線沿線
旅猫さん こんばんは。
高崎線沿線という文字を見て、群馬の高崎だと思いながら拝見し
『鴻巣市』を見て やっと埼玉だと理解しました(^-^;
鴻巣は、『こうのす花まつり』を旅行記で拝見して
見渡す限りのポピーの花を観に行ってみたいと思った所です。
板碑は見た事が無いのか、見ても目にとめなかったのか
記憶にありません。
板碑に使われる石が、関東で多く産出されたからでしょうか。
玉敷神社は この辺りの氏神様らしく、立派な社殿ですね。
茅葺屋根の神楽殿も素晴らしいです。
きっと地元の方々が守っておられる神楽殿なのでしょうね。
お天気も良く、美味しいお酒にも出会われた良いぶらり旅でしたね(*^-^*)
ポテRE: 高崎線沿線
ポテさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
高崎線と言えば、やはり群馬県を思い起こしますよね。
そこへ至る途中、埼玉県を通過しているのです。
『こうのす花まつり』と言うのは知りませんでした。
見渡す限りのポピーと聞いて、知らない訳だと(笑)
板碑は、全国で観ることが出来ますが、一番多いのは関東です。
鎌倉武士の信仰に関りがあるので、その所領にのみ分布しています。
関東に多いのは、そのためです。
関東の板碑は、秩父産の緑色片岩を使っているため、緑色をしているのが特徴です。
玉敷神社は 埼玉郡の総鎮守で、式内社です。
境内に大藤があり、花の季節には賑わいます。
https://4travel.jp/travelogue/11485134
今回は、美味しい麦酒に出会えたのが一番でした(笑)
旅猫2025年03月03日21時16分 返信する -
懐かしい風景の数々!
旅猫さん こんばんは
今から60年近く前のこと、お茶の水は僕の母校、中央大学の最寄り駅でした。
学生闘争真っ只中の時代、授業はほとんど行われず、駅界隈の喫茶店などで学友たちと口角泡を飛ばして議論したのを懐かしく思い出します。
卒業してからは2回ほどお茶の水界隈を歩いたことがありますが、今でも昔の面影を残しているところがあるんですね!
久しぶりに懐かしい風景を見させてもらいました。ありがとうございました。
ユキゴロー -
埼玉はサイクリングで何度も訪れています。
旅猫さん おはようございます。
思わず、「いいなぁ」と言う言葉というか、間投詞が出てしまいました。
最近ではこういう気ままな旅が珍しく、名所旧跡だけが旅だと思われておりますね。時間のロスもあり、効率も悪い、しかし、それ以上の喜びもハプニングとして
待ち受けています。
公共交通機関を利用して、歩きをメインとしていますね。誰も訪れない神社、しかしそこには、歴史が詰まっている。戦時中ここに国旗を掲揚して若者を戦地に送ったと思われる自然石でできた掲揚台、そんなことまで想像させてくれる村の神社。
思わぬ出会いのビール工房、歴史の証言者の供養塔、大仰な名前の小さな溝のような川に、一人で突っ込みをいれる。笑えます。
文字通りぶらり旅ですね。私も真似して、と思いますが、近ごろ歩くのが苦手になりました。歩くのは旅の基本なのに。
pedaruRE: 埼玉はサイクリングで何度も訪れています。
pedaruさん、おはようございます。
地味な旅行記を読んでいただき、ありがとうございます。
最近は、有名な観光地や作り物の観光施設、SNSなどで話題となった場所ばかりに人が溢れ、他の場所は忘れられたようになっていますね。
飲食店などもそうですが。
車を使わないので、基本的に旅は公共交通機関と歩きです。
あとは、現地での貸自転車。
有名な観光地以外も立ち寄るので、なかなか公共交通機関だけでは回り切れず、ひたすら歩くことになり、かなり時間が掛かりますけど、色々な発見があり楽しいです。
今回は、思わぬところで素敵な麦酒工房に出会え、それが一番楽しかったです。
歴史的事件の敗者の供養塔や、何気の無い景色などを観るのも面白い。
外国人観光客の姿も皆無ですし(笑)
個人的には、こんな旅が楽しくて止められません。
歩けるうちに、歩いておきたいと思います。
旅猫2025年03月01日07時31分 返信する -
街道をゆく
旅猫さん こんばんは。
司馬遼太郎の『街道をゆく』は、あまりにも大作で
読む前から怯みました(^-^;
ですが、この大作があるおかげで 昔の日本を残す事が出来ますね。
海外では、モーツアルトが生まれた家とか 場所によってはもっと昔の建物が
今も現役で残っているし、ローマのように 地図が当時と大きく変わらない
国もありますね。
石造りの建築と違い、日本は木材建築なので 戦の度に燃えて灰になったり
天災で焼けてしまう事も。
地震国という辛さもあります。
石造りの建築ではないので、古い建築物を残すのは難しいですが
司馬遼太郎さんの様に、日本の歴史や文化に愛情を持って
書物として残して下さった事で、完全に忘れ去られる事は無いでしょうね。
街の面影が年々薄れて行くのは残念ですが、100年後も 第二・第三の
旅猫さんのような方が『街道をゆく』の本を持ちながら
当時の街の面影を辿って下さればいいですね(*^-^*)
ポテRE: 街道をゆく
ポテさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。
『街道をゆく』は、40巻以上ありますからね。
興味のある地域だけで読むと言う手もあります。
私も、海外の部分は読んでいません。
ヨーロッパは、石の文化なので中世の街並みや遺跡が多く残り、歴史が日常に溶け込んでいますよね。
日本は、木と紙の文化なので、燃えやすい。。。
残っていた古い町並みも、空襲と建て替えで失われてしまいました。
観光地となっている場所は何とか残りますが、他はどんどん消え去っています。
司馬遼太郎氏や白洲正子氏のように、古代から歴史を見つめ、その痕跡を辿り、文章として残してくれることで、後世の人にも少しは繋がっていきますね。
ただ、お二人が訪れた場所も、すでに失われた風景が多いのが残念です。
白洲正子氏の名著『近江山河抄』は、50年前の書ですが、当時、すでに開発により失われていく風景や町並みを憂いています。
司馬遼太郎氏も、『街道をゆく』の中で、無秩序な開発による歴史的遺産の破壊を嘆いています。
同じく50年近く前の書ですが、今の日本の風景を見れば、さぞかし落胆されることでしょう。
私も、歴史を見つめ直すには、少々遅きに失した感があります。
二十年前であれば、もっと日本らしい町並みや景色に出会えたことでしょう。
今や、どこへ行っても街は同じ装いで、店はチェーン店ばかり。
つまらない世の中になったものです。
旅猫2025年02月23日10時33分 返信する -
千人同心の絵
旅猫さん、
今晩は。珍しく三多摩の八王子の記述なので、面白く拝見しました。
高校の大先輩である「医師肥沼信次氏」が献身された事は、かつて4Traに投稿したこともあります。
昭和30年代半ば、高校時代の同期生には八王子出身者は多かったですね。今も同期会の幹事を彼等が仕切っていることが多い。当時の町の力を感じます。
私にとって父方のご先祖様は武田家の滅亡で、西多摩郡日の出町に土着したそうで、森田将監という方が一族のお寺を建立し、今もその寺は残っています。
その流れの第14代に幕末期に狩野派画家として門弟数百人を擁したという森田五水(ごすい)がおり、私が70代の頃、その事績を調べたことがありました。
森田五水筆塚碑などわざわざ見に行き、日の出町史・文化財編、八王子市文化財の冊子を参考に纏めたことがありました。
興味深かったのは、あきるの市指定有形文化財(建造物)の大悲願寺楼門(仁王門)の五水作の天井画(天女)を見学したり、八王子市文化財の冊子を求め、五水作の*天然理心流師範増田蔵六肖像画、千人同心組頭三木家十一代愛之助栄攄肖像画(九代幸光、妻津弥、十代茂尭、妻屋與、十一代栄攄の三代5名)の作品を見たものです。
*天然理心流は新選組の近藤勇がよく知られています。
増田蔵六は戸吹村 (現・八王子市戸吹町)の千人同心坂本家に生まれ、千人町の組頭増田家の養子となった。天然理心流二代目近藤三助方昌に入門し、三助の亡き後、初代近藤内蔵之助の高弟小幡万兵衛から三術(剣術、柔術、棒術)の指南免許を受け、多くの門弟を指南した。天然理心流の実質的な継承者である。八王子千人同心窪田組の組頭でもあった。
それではまた。
jijidaruma
-
2つの旅を1つに
旅猫さま
おはようございます。
すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした。
未読の旅行記もありますが、美味しそうなかつ丼の表紙の旅行記から・・・
年末年始はインフルエンザで、散々でしたね。
今年はインフルエンザが猛威を振るっていたので、少し前、夫が鼻炎で
耳鼻咽喉科に行った時、午後1時に行って予約し、予約時間が午後6時なのに、
さらに2時間待って、終わったのが午後8時過ぎでした。
私も、5月に全く方向の違う旅先を1つにして出かける予定です。
最近は東北に出かけることも少なく、ましてや二本松は未踏の地です。
会津鶴ヶ城の白虎隊は有名ですが、二本松城でも、少年兵が西軍と闘い、
その多くが戦死したというのは知りませんでした。
雪の角館・・・
写真で見るには風情があっていいのですが、寒いのは苦手です。
寒い冬は温泉につかって、温かい鍋でも戴きたいものです。
hot chocoRE: 2つの旅を1つに
hot chocoさん、こんばんは。
書き込みありがとうございます。
今回の旅では、昼食がすべて卵とじの丼物でした。
インフルエンザに初めて罹りました。。。
それでも軽い方だったので、酷いことにはなりませんでした。
でも、年越し蕎麦も初詣もお雑煮も無い年末年始でした。
二本松は、かなり地味な場所ですよね。
それでも、歴史があり、二本松少年隊は結構有名です。
白虎隊に比べれば、かなり知名度は低いですけど。
雪の積もった武家屋敷街を歩きたかったのですけど、雪はほとんど無く。。。
寒い中、やはりお隣の国方々がかなり来ていました。
冬は、温泉とお鍋ですね。
旅猫2025年02月13日18時59分 返信する



