旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

Lily-junjunさんのトラベラーページ

Lily-junjunさんのクチコミ(14ページ)全318件

条件をクリア
エリア
カテゴリ
並び順

  • ホテル
  • ショッピング
  • グルメ・レストラン
  • 交通機関
  • 観光スポット
  • 基本情報
  • 建物の広さもさることながら展示品のボリュームも半端ではなく、角館の歴史そのものを見て実感できます。

    投稿日 2023年10月19日

    青柳家 角館

    総合評価:5.0

    「角館歴史村・青柳家」は、まず、「薬医門」を潜り入村します。この「薬医門」は、「上級武士」にしか許されない重厚で格調高い造りの門で、万延元年(1860年)に藩への功績が認められ、建築するのが特別に許された門です。「薬医門」を潜ると、左手に、「青柳家」のルーツを伝える貴重な鎧、兜等の武具や江戸時代からの文献が収蔵されている「武器蔵」があります。「武器蔵」の中には、「青柳家」の家宝である「六十二間小星兜」、「五輪塔旗印」、藤原高真による「秋田郷土刀」なども収蔵されています。「武器蔵」には、そればかりでなくエキサイティングなコーナーがあります。それは、武士の魂を宿した貴重な「刀」と「片刃槍」を実際に手に取ることができるコーナーです。ワクワクしながら刀を握り、持ち上げてみましたが、やはり思いと言うのが実感でした。貴重な経験ができました。そして、正面には、「青柳家」の「母屋」が軒を構えています。「青柳家母屋」は、約200年前に建造されたものであり、重要文化財に指定されています。建物には様々な工夫が凝らされています。玄関には、厄除けの意味を込めた鬼板や懸魚などが彫られ、座敷内の板欄間にほどこされた家紋の透かし彫り、そして、雪国特有の「廻り縁」などがその最たるものです。「青柳家母屋」から左手、「武器蔵」の後ろには、「解体新書記念館」とそれに関わった「小田野直武」像があります。「解体新書」は、「杉田玄白」、「前野良沢」らが中心となり、ドイツ人医師クルムスの解剖書のオランダ語訳「ターヘル・アナトミア」を翻訳し、安永3年(1774)に出版したものです。「解体新書」の人体解剖図の挿絵を描いたのが「小田野直武」です。何故、一見「青柳家」に関係ないように思われますが、実は、「青柳家」と「小田野直武」は姻戚関係にあり、何度も互いの家の間で養子縁組みや婚姻関係を結んでいたからです。「解体新書記念館」には、「青柳家」と関係の深い「小田野直武」と「解体新書」、その画業について展示してあります。「小田野直武」像の先へ行くと、「青柳八重紅枝垂れ桜」がありました。「青柳八重紅枝垂れ桜」は、農林水産省の認定を受けた、日本に一本しかない珍しい枝垂れ桜の新種だそうで、これも「青柳家」の見どころの一つです。「青柳八重紅枝垂れ桜」の前には、「池泉回遊式庭園」が広がっています。さらに先に進むと「秋田郷土館」があります。1Fには、農村の暮らしぶりを伝える農具などを展示や「イタヤ細工」の実演コーナーもありあす。2Fでは音の世界、戦乱の時代の歴史について学べる展示コーナーがあります。「秋田郷土館」を出て左方向に進み、「池泉回遊式庭園」の小橋を渡ると、「武家道具館」があります。「武家道具館」は、土蔵を利用した展示館です。館内には、当時の武士の生活様式を伝える武家道具や「青柳家」に代々伝わる文献書籍や押絵、焼物、絵皿などが展示してあります。正門方向に向かってその隣には、特別企画展示や歴史衣装体験できる「冩眞館」があります。その先には、「時代体験庵」があります。ちょっと恥ずかしい話ですが、「兜体験」、「籠掻かごかき」などのコーナーがあります。家内と二人で籠を担いでみましたが、重くて肩が痛くなるというのが実感で、昔の駕籠屋さんは、これにお客を乗せて担ぐのだからさぞかし重いだろうなとおもいました。その先には、アンティークミュージアムである「ハイカラ館」があります。2Fがその展示室になっていて、1Fはカフェとショップになっています。そして、最後が毎年9月7日から9日に行われる祭りの「山車」が展示してあります。お祭り開催中はお囃子と踊り子を乗せた18台もの山車が出るそうです。「角館歴史村・青柳家」は、母屋や蔵などの建物、「池泉回遊式庭園」、「青柳八重紅枝垂れ桜」など目を楽しませてくれるばかりでなく、実際に、刀に触れるなど楽しさ満載の名所でした。

    旅行時期
    2023年04月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.0
    JR「角館駅」から徒歩19分と若干距離がありますが、街並みや、名所・旧跡を見て回るとあっという間に着きます。
    コストパフォーマンス:
    4.0
    入村料として大人が500円ですが、展示品は非常に多く得した気分です。
    人混みの少なさ:
    3.0
    桜の時期なので、ここは他に比べて混雑していました。

  • 秋田の歴史と文学が楽しめる文学館兼図書館、また、建物の外壁には本を開いた形のオブジェがります。これも必見の価値あり!

    投稿日 2023年10月16日

    新潮社記念文学館 角館

    総合評価:4.0

    「新潮社記念文学館」は、平成12年(2000年)4月に開館し、角館町の出身である「佐藤義亮」と彼が創設した文芸出版社「新潮社」の業績を讃えるために建てられました。「佐藤義亮」は、大正9年(1920年)に郷里の角館町に図書館が設置されたのをきっかけに、大正11年(1922年)から「新潮社」出版社の図書を「角館図書館」に寄贈され続けていたそうです。「新潮社記念文学館」の館内の展示は「新潮社」のあゆみをたどりつつ、明治以降の日本近代文学の一端を理解できるように構成されています。「新潮社記念文学館」について驚いたのは、「新潮社記念文学館」の建物の外壁には、本を開いた形のオブジェがあります。そこには「川端康成」の代表作「雪國」の「國境の長いトンネルを抜けると雪國であった」の一文が刻まれています。何故、「雪國」かというと、それは戦後出版された「新潮文庫」の第1号が「雪國」だったことにちなんだものです。また、「情報センター」の正面玄関前には、「佐藤義亮」の胸像があります。これは「新潮社」のロビーにある胸像(朝倉文夫制作)と同じで、昭和28年(1953年)に角館町の有志からなる「佐藤義亮」先生顕彰会が、「火除け地広場」に建立しました。平成12年(2000年)に、図書館機能を備えた「総合情報センター」の完成とともにここへ移設されたものです。それでは、「新潮社記念文学館」に入館します。館内の展示は「新潮社」のあゆみをたどりながら、明治以後の日本近代文学の歴史の一端に触れることができます。まず、「仙北市角館町の紹介と文学作品」、「新潮社と文人」、「義亮と秋田、角館」の順で展示してあります。また、「ミニシアター」もあり、文学に対する認識と理解をより一層深めることができます。

    旅行時期
    2023年04月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    JR「角館駅」出口から徒歩8分のところにあります。「駅前通り」を550mほど道なりに直進すると左手にあります。
    コストパフォーマンス:
    3.0
    観覧料は、大人(高校生以上)が300円、小人(小・中学生)が150円、6歳未満が無料で、お得な2館・3館共通券があります。
    人混みの少なさ:
    3.0
    桜の時期なので混雑していましたが、余裕を持って見ることができました。
    展示内容:
    4.0
    館内のレイアウトは斬新的で、アイデアが凝らしてあります。楽しく、興味を持てるような配置になっています。

  • 山門を抜けると本堂までの参道は紅葉のトンネルと赤い絨毯が続きます。日本最大級の多宝塔もあります。

    投稿日 2023年10月15日

    長壽寺本堂 甲賀

    総合評価:4.0

    「長壽寺」は、「阿星山」の北東麓にあり、地域では東寺と呼ばれる天台宗の古刹です。その歴史を遡ると「長壽寺」は奈良時代、「良弁僧正」によって建立された勅願寺です。お寺の住職の話によると、当時、「聖武天皇」には世継ぎがなかったので、「良弁僧正」が「阿星山」中の瀑布に籠って子宝の祈願を行ったところ、間もなく皇女の降誕を得ました。「聖武天皇」は、我が子の長寿を願い七堂伽藍廿四坊の寺を建立し「長壽寺」という寺号をおくり、さらに行基菩薩に子安地蔵を刻ませ本尊としました。これが長壽寺の始まりと伝えられているそうです。それと面白い話も聞けました。それは、子供が生まれてくるときに親はどうか無事生まれてくれと願うそうですが、「聖武天皇」は実は子供がいたのですが、幼くして命を落としてしまったので、「長壽寺」では、「長生きして」と願いを込めるそうです。また、私たちツアーは年齢層が高かったので、それを見て冗談交じりに、「長壽寺」はみなさんのためのお寺ですねと言っていました。思わず全員の笑いを誘いました。
    やはりここでも「常楽寺」と同じように、お寺の本堂の屋根は、「桧皮葺」になっているので、本堂の屋根の改修は、40年に一度やらなければならず、入山料だけではできないので、クラウドファンディングをやって寄付金を募っているそうです。ここでも歴史的建造物を後世まで伝えるのは大変なことと感じました。
    【見どころ】
    ⑴ 「本堂」(国宝)
    「本堂」は国宝で、尊厳と歴史の重みを感じます。「本堂」は、「内陣」と「外陣」を別棟と見立てる「双堂形式」を残しています。「内陣」と「外陣」の両方とも見学することが来ます。「内陣」には、沢山の仏像があり、見ごたえがあります。そして外観は一つの建物に見えますが、中に入れば二棟並んだ構造になっている大変珍しい「本堂」です。鎌倉時代初期に建立されました。
    ⑵ 「弁天堂」(重要文化財)
    「弁天堂」は、小さいながら本格的な構造を持っています。境内にある大きな池の上に凛々しく建っています。かなり時代を感じる外観をしています。
    ⑶ 「白山神社拝殿・社殿」
    「白山神社拝殿」は「長壽寺」に向かって左手にあります。「長壽寺」の山門をくぐり参道を歩いて行くと大きな鳥居があります。この鳥居の先を進めば「白山神社拝殿」がありますが、もちろん「長壽寺」の境内からも行くことができます。「白山神社」は「長壽寺」の鎮守社として建立されましたが、建立年月日については不明だそうです。「白山神社」は、四面に格子を備えるのは珍しい建築様式です。ちなみに、祭神は「白山比大神」です。
    ⑷ 「多宝塔」
    「多宝塔」は、「山門」を潜りそのまま進んで行くと右手にあります。「多宝塔」は、「聖武天皇」の菩提をとむらうために鎌倉時代に建立されました。残念ながら現在は「相輪」が欠けています。日本最大級の「多宝塔」で、この種の石造多宝塔の違例は極めて少なく全国に10基程度が残るのみだそうです。
    ⑸ 「地蔵曼荼羅」
    「地蔵曼荼羅」は、「六臂」の「地蔵菩薩」の周囲に約1万2千体の「地蔵菩薩」を描いた日本で唯一の「曼荼羅」です。目を凝らして見ないと何かの刺繍に見えて「地蔵菩薩」であることが認識できません。住職の話では、常設の「陶板」地蔵曼荼羅はこの曼荼羅を立体で再現し、願いを込めて触れることができるようにしたものです。私も願いを込めてこの曼荼羅に触れてみました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.0
    JR草津線「石部駅」からバスで約15分、長壽寺バス停下車
    人混みの少なさ:
    3.0
    紅葉時期だったので混んでいました。地元の人々で地産地消の屋台を出すなど地域で取り組んでいる様子がうかがえました。

  • 趣ある桧皮葺の本堂と紅葉に囲まれた三重塔が一際目を引きました。やはり歴史の重みをつくづく感じました。

    投稿日 2023年10月15日

    常楽寺本堂 甲賀

    総合評価:4.0

    滋賀県旅行の二日目は、「湖南三山紅葉めぐり」と「教林坊」を見学します。「湖南三山」とは、「常楽寺」、「長寿寺」そして「善水寺」の三つのお寺のことです。まずは、「常楽寺」に向かいます。「常楽寺」は歴史と由緒のあるお寺です。奈良時代中期の和銅年間に「良弁」が、「元明天皇」の勅命により開いたお寺です。「常楽寺」は、「阿星山五千坊」の中心であり、平安時代初期には「長寿寺」とともに歴代天皇の尊崇が厚かったといいます。しかし、延文5年(1360年)火災で全焼しましたが、僧侶「観慶」によって再建されました。約700年もの歴史を持つ現存する「本堂」です。「山門」から続く広い境内の木立の参道の奥に、国宝指定の大きな「本堂」あります。また、「本堂」正面向かって右横の石段を登ると、「三重塔」があります。そして、「常楽寺」の寺宝である「仏涅槃図」や「源信」が描いたといわれる「浄土曼荼羅図」、良弁が愛用したと伝えられる錫杖などは、いずれも国指定の重要文化財に指定されています。御本尊「千手観音」は秘仏で、33年に一度御開帳をしているそうです。
    ツアーで行ったのがよかったのか「常楽寺」、「長寿寺」そして「善水寺」では見学する前に、住職からのお寺の歴史、由緒、見どころそしてお寺の抱えている問題を聞くことができました。それぞれのお寺には檀家はないので、観光資源に頼らざるを得ないそうです。お寺の本堂の屋根は、「桧皮葺」になっています。本堂の屋根の改修は、40年に一度やらなければならず、費用はなんと約一億五千万円もかかるそうです。入山料だけではできないので、クラウドファンディングをやって寄付金を募っているそうです。歴史的建造物を後世まで伝えるのは大変なことと感じました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    2.5
    JR草津線「石部駅」下車、コミュニティバス「石部循環線」乗車「西寺」停留所まで20分、停留所から徒歩約3分
    人混みの少なさ:
    3.5
    紅葉の季節だったので、それなりに混んでいました。
    見ごたえ:
    4.0
    本堂とその後ろにある三重塔は、国宝に指定されている威風堂々とした建築物です。その他にも三十三体の観音めぐりや二十八部衆など見どころ満載です。

  • 部屋からでもびわ湖と光のイルミネーションが満喫できるホテルでした。

    投稿日 2023年10月15日

    びわ湖大津プリンスホテル 大津

    総合評価:4.0

    「びわ湖大津プリンスホテル」に着くなり、美しい光景が目の前に広がっていました。ホテルと琵琶湖周辺がライトアップされていて感激しました。「SLOW OTSU」というイベントが開催されていて、日暮れのびわ湖を楽しむ「Slow Night」のひとつとして、「びわプリイルミネーション2022 ~湖畔を照らす光の協演~」を開催していました。ホテルに到着した時間が遅かったのも幸いし、イルミネーションの光に満ち溢れたホテルの前の庭の美しさは人工的でしたが、その神秘な光の世界は見る価値は十分あります。
    宿泊した部屋は14Fのツインルームでしたので、部屋の窓から見えるびわ湖とびわ湖を取り囲んでいる遠くに見える山並みの景観がマッチしていて、ふだん東京では味わうことのない自然が創り出す光景に感動しました。また、朝食は、37Fのレイクビューダイニング 「ビオナ」でのビュッフェ形式の料理を堪能できました。料理の種類も和洋中など非常にたくさんありました。ただし、朝食を食べることのできるレストランは三箇所ありますが、37Fのレイクビューダイニング 「ビオナ」は大人気で、6:30からなので6:20頃にレストランに行きましたが長蛇の列でした。宿泊する際には、満室の場合に宿泊客は500人くらいになるそうなので、その点だけは注意点ですね。「早起きは三文の得」のことわざがピッタリ当てはまりますね。

    旅行時期
    2022年11月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    1人1泊予算
    20,000円未満
    アクセス:
    3.0
    JR大津駅からびわ湖大津プリンスホテル間の無料シャトルバスがあります。8時から21時の間、1時間2本運行しています。
    接客対応:
    3.5
    観光バスが到着する度にロビーは人で溢れかえりますが、ホテルのスタッフは合理的で迅速な対応をしてくれました。

  • ライトアップで光の道が境内中につながっています。その先にあるのは現実とは思えない神秘的な世界です。

    投稿日 2023年10月15日

    石山寺 石山寺周辺

    総合評価:4.0

    国宝と紅葉を幻想的にライトアップする瀬田川沿いにある「石山寺」の「あらた夜もみじ」を見に向かいました。時期的にもう紅葉は終わりかと思っていましたが、今年は色づくのが例年に比べて遅く、緑、黄色そして赤のコントラストが非常に色鮮やかなコントラストで非常に印象に残りました。以前、誰だったか思い出せませんが、ある人のこんな話を聞いたことがあります。「紅葉」は、毎年違った顔をみせるので、それを見たり写真に収めたりするのを楽しみにしているという話です。昨年は、同じような日時に京都の「醍醐寺」、「圓光寺」や「東福寺」に行きましたが、紅葉の終わりごろでした。同じ時期に紅葉の進み具合もこうも違うものなんですね。
    「石山寺」に到着すると夜間の見学のコースは決まっていて、地面に置かれた行燈を頼り光の道を前に進みます。これがまた幻想的な風景を醸し出しています。「東大門」を潜り参道を進みます。「あらた夜もみじ」での紅葉の見どころは、清泉を湛える「閼伽井屋」の池に写る「さかさもみじ」、2020年から解放された「無憂園」、「硅灰石」と「多宝塔」を借景にした紅葉、映像が「本堂」近くの「蓮如堂」の障子に映し出される「デジタル縁起絵巻」などです。夜間で見ることのできるコースは限られていましたので、その他の見どころについては、下に記載してあります。ちなみに「石山寺」の歴史を紐解いてみると奈良時代後期に「聖武天皇」の発願により、「良弁」によって開かれました。広大な境内には、寺名の由来となったごつごつとした感じの天然記念物の「硅灰石」がそびえていっています。また、「紫式部」を始め、古来より多くの文学者が訪れたことから「文学の寺」や境内に四季折々の花が咲き誇ることから、「花の寺」としても知られています。

    【「石山寺」の見どころ】
    《参拝のポイント》
    石山寺の観光所要時間は2時間前後が目安。境内は非常に広く、見どころもたくさんありますが、階段や坂道が多いので、運動靴で参拝するのがおすすめです。
    ⑴ 「東大門」と「仁王像」
    「石山寺」の拝観はこの「東大門」からはじまります。「東大門」は「石山寺」の正門で、重要文化財に指定されています。鎌倉時代の建立とされていますが、「淀殿」の寄進による伽藍再興の際に、大規模な修理が行われました。そして「東大門」は、なんといっても迫力とバランスのとれた美しい門構えが魅力的です。さらに「東大門」の中には「仁王像」があります。この「仁王像」は「運慶」とその長男である「湛慶」が作成しました。何と言っても「仁王像」は、その迫力と美しさの両方が調和していて、「東大門」の内外には見どころが満載です。
    ⑵ 「しじみ貝塚碑」
    「東大門」前付近にある「しじみ貝塚碑」は、縄文時代の遺跡で、「石山貝塚」を記念する碑です。「石山貝塚」からは住居跡や人骨・土器などが出土したそうです。「石山寺」は縄文時代以前の文化に触れることができる数少ないお寺の内の一つです。
    ⑶ 「閼伽井屋」
    「東大門」を潜り参道を歩くと「那須野与一の地蔵尊」の先に「閼伽井屋」はあります。「閼伽」とは水のことで、この「閼伽井屋」は、「石山寺」の井戸のことを指します。「本尊」に供える水はここから汲まれています。「三井寺」にもありますが、やはり少し小さめな建物ですが、聖域と歴史ある威厳を感じさせる雰囲気があります。
    ⑷ 「本堂」
    「本堂」へは、「閼伽井屋」の右手に階段がありそれを上ると「蓮如堂」がありその奥にあります。「本堂」は奈良時代時に建立されました。「本堂」は承暦2年(1078年)に焼失し、その後永長元年(1096年)に再建されたのが現在の「本堂」です。再建された「本堂」でさえ千年の歴史があります。当然そのような歴史的建造物ですから当然のことながら国宝に指定されています。「本堂」に入ると内陣の宮殿には、勅封秘仏の「如意輪観音世音菩薩」が安置されています。「本尊」は、安産、福徳、縁結び、厄除けの霊験あらたかな観音様として、信仰を集めています。
    ⑸ 「多宝塔」
    「多宝塔」は、「本殿」を参拝したあと、階段を下り、「硅灰石」の前を通り、「良弁の杖桜」と「御影堂」の間にある階段を上って行くとあります。「多宝塔」は、源頼朝の寄進により建立されました。「石山寺」の「多宝塔」は日本最古のものです。また、「国宝」にも認定されています。日本郵便の発行する「4円切手」のデザインにもなりました。「多宝塔」は、「硅灰石」の上に建造されたスリル満点の建築物です。
    ⑹ 「月見亭」
    「多宝塔」のさらに奥へ上がって行くと「月見亭」があります。「月見亭」は、保元年間に「後白河上皇」の行幸の際に建立されました。「月見亭」は、崖にせり出すように造られていて、スリル満点です。「瀬田川」を見下ろす絶好の眺望を見ることができ、「近江八景石山の秋月」の図に描かれています。毎年の中秋の名月の日には「秋月祭」が行われ、多くの観光客で賑わうそうです。
    ⑺ 「石山寺豊浄殿」
    「月見亭」を後にして、「芭蕉庵」の所にある道を上がっていくと「石山寺豊浄殿」があります。「石山寺豊浄殿」は、「多宝塔」の北西、「石山寺」の最も高いところにある「宝物館」です。毎年春(3/18~6/30)と秋(9/1~11/30)の年二回開催される「石山寺と紫式部」展では、「石山寺」に伝わる宝物や「紫式部」、「源氏物語」に関連した展示を行っています。
    ⑻ 「光堂」
    「石山寺豊浄殿」をさらに進むと「光堂」があります。なんと「光堂」の歴史は鎌倉時代に遡ります。「光堂」は、日本の伝統的建築技法を駆使した「懸崖造」により造られています。「光堂」の下には、牡丹園が広がり、風光明媚な景観を演出しています。残念ながら牡丹の時期ではなかったのでその素晴らしい光景は見ることはできませんでした。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    人混みの少なさ:
    4.0
    紅葉のライトアップの時期なので混雑していました。

  • まるで安土桃山城か歌舞伎座のような正面玄関の佇まいで、いまにも戦国武将が正面玄関から現れてきそうです。

    投稿日 2023年10月15日

    ベル ヴァン ブルージュ 大津

    総合評価:4.5

    今晩の夕食は、「湖国の迎賓館」として有名な「びわ湖大津館」(旧琵琶湖ホテル)です。そして、夕食を楽しんだホテルのレストランは、ベルギーの港町をイメージしたフレンチレストラン「ベル ヴァン ブルージュ」です。「びわ湖大津館」に到着して驚いたのは、まるで戦国時代の城を思わせるような造りになっていました。それもそのはず、建物の設計は、「東京歌舞伎座」や「明治生命館」等を設計したことで有名な「岡田建築事務所」によるもので、「桃山様式」と呼ばれる特徴的な和風の外観には、驚嘆するとともに感激しました。そして、「びわ湖大津館」に一歩足を踏み入れると中は、洋風のスタイルでした。「旧琵琶湖ホテル」時代には、「湖国の迎賓館」として「昭和天皇」を始め多くの皇族の方々、「ヘレン・ケラー」、「ジョン・ウエイン」、「川端康成」など多分野の著名人を向かいいれたそうです。これで何故素晴らしいのかその理由が理解でき納得しました。「ベル ヴァン ブルージュ」は、ベルギーの港町をイメージしたフレンチレストランで、「奥琵琶湖マキノグランドパークホテル」と同様に、びわ湖が一望できます。夕暮れについてので、「奥琵琶湖マキノグランドパークホテル」で見た風景とは、対岸のライトの光などまた違った景色を堪能できました。「ベル ヴァン ブルージュ」のこだわりは、無農薬ハーブにこだわった心と体に優しい自然派の創作フレンチと言うことだったので、出てくる料理が楽しみでした。琵琶湖の迎賓館だけあって料理は一流でした。料理が美味しかったので、写真を撮り忘れてしまいました。
    そして、「びわ湖大津館」でのもう一つの楽しみが、びわ湖大津館に隣接する約5,900㎡の広大な敷地には、四季折々の花々が楽しめる「イングリッシュガーデン」です。残念ながら「びわ湖大津館」に到着したのが19:30頃だったので、入園することはできませんでした。この季節は「オールドローズ」、「モダンローズ」、「ツルバラ」などのバラがきれいに美の競演をしているそうです。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    5,000円未満
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    3.0
    電車の場合はJR大津京駅、京阪・近江神宮前駅から徒歩約15分ですが、江若バス(堅田行き)を利用すると柳ヶ崎下車徒歩約3分の至近距離です。
    雰囲気:
    4.5
    琵琶湖の夜景を眺めながらのディナーは料理を一層引き立ててくれました。琵琶湖の迎賓館と言われているので、館内の調度品も素晴らしかった。
    観光客向け度:
    4.0
    大津館の周辺はライトアップしてあり、とてもロマンチックです。館内も無料で見学できる場所が沢山あります。

  • 自然に囲まれ、悠久の歴史を刻む比叡山延暦寺の西塔エリアを訪ねて

    投稿日 2023年10月14日

    比叡山延暦寺 大津

    総合評価:4.0

    今回の旅行の目的一つは、比叡山延暦寺の椿堂が聖徳太子1400年御遠忌記念で特別拝観できることでした。「比叡山延暦寺」は、「東塔」、「西塔」、「横川」の3つの広大なエリアで構成されています。比叡山延暦寺の西塔地区は、ユネスコ世界文化遺産に登録されています。時間の都合で、西塔エリアのみ立ち寄りました。そして、西塔エリアでは椿堂の他に、常行堂、法華堂、釈迦堂にも立ち寄りました。
    西塔エリアで最初に訪れた聖徳太子ゆかりの「椿堂」では、1400年の眠りから覚めた本尊「千手観世音菩薩像」と「堂宇内」を初公開されていました。ちなみに、なぜ「椿堂」と言うかと言えば、それは「聖徳太子」が比叡山に登った時に使った椿の杖が地に挿されたまま残され、やがて芽を出し大きく育ったという伝説から「椿堂」と呼ばれるようになったそうです。「椿堂」の歴史を紐解いてみると、「椿堂」は太子の命日とされる2月22日に営む法要や、僧侶が90日間、堂内に籠もって座禅に集中する修行「常坐三昧」の場として使われ、これまで非公開でした。元亀2年(1571年)に「織田信長」の「比叡山焼き打ち」で「椿堂」は焼け、現在の堂は元禄17年(1704年)に再建されたそうです。「椿堂」へは、「西塔」の拝観受付の前の坂道を下った所に小さなお堂が建っています。おそらく特別拝観がなければ、この広大な「東塔」、「西塔」、「横川」の3つのエリアからなる延暦寺境内にこんな由緒あるお堂があるなんて知る由もありませんでした。そして坂を下りると「椿堂」があり、その左手には「鐘楼」とおそらく「聖徳太子」の杖が大きく育ったと思われる「椿の木」がありました。「椿堂」自体は、小さいお堂ですが静寂の中にその荘厳さが満ち溢れていました。「椿堂」本尊の「千手観音像」の高さは約85センチです。そして「千手観音像」の胎内に聖徳太子の御本尊として納入したと伝わる胎内仏で、7世紀に制作されたとされるわずか9cmの仏像「菩薩半跏像」が入っているそうです。「菩薩半跏像」は、会期に合わせて比叡山の宝物を収蔵する「国宝殿」にて展示されています。残念ながら時間の関係で「菩薩半跏像」は見ることができませんでした。
    次の「比叡山延暦寺常行堂・法華堂」は、堂宇に向かって左側が「阿弥陀如来」を本尊とする「常行堂」そして右が「普賢菩薩」を本尊とする「法華堂」です。2つ同じ形をしたお堂が唐破風屋根の渡り廊下でつながれています。ツインタワーのような感じです。「にない堂」の呼び名はこの廊下に肩を入れて弁慶が担ったと伝えられることに由来しています。つまりは全体の形が天秤棒に似ているところから「担い堂」の呼び名が生まれたわけです。「にない堂」は、文禄4年(1595年)に建立されました。そして国の重要文化財に指定されています。ちなみに「常行堂」の「常行」とは、90日間、不眠不休で念仏を称え続けて「阿弥陀如来」の周囲を回り、ついには悟りを開くという荒行の常行三昧を行なう堂のことだそうです。比叡山に登るのでさえ苦行であるのにはるかに想像を超えた厳しい修行を行っていたのですね。
    最後が「釈迦堂」です。西塔の「本堂」にあたるのが、この「転法輪堂」です。一般には伝教大師ご自作の「釈迦如来」にちなみ、「釈迦堂」の名で知られています。「織田信長」の焼討ち後、「豊臣秀吉」が大津の「三井寺」から移築したものです。もとは「三井寺」の「園城寺」の「金堂」で、「西塔に移築されました。延暦寺山内に現存する最古の建物です。また、滋賀県下最大級の仏堂で、国の重要文化財に指定されています。比叡山の山中でその重厚感は群を抜いています。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    2.0
    レンタカーを利用するかツアーで行かないと比叡山延暦寺は広大な面積なので参拝することはできません。
    人混みの少なさ:
    4.0
    特別公開期間中だったので平日にもかかわらず、入れ代わり立ち代わり色々な観光会社のツアー来ていました。

  • ホテル前のビーチから竹生島が見えます。砂浜に立つとさざ波とともに琵琶湖周航の歌が聞こえてきそうです。

    投稿日 2023年10月12日

    レストラン 竹生 マキノ

    総合評価:3.0

    「奥琵琶湖マキノグランドパークホテル」へは、「メタセコイア並木」の絶景を堪能したあとに、ランチを食べるために立ち寄りました。「メタセコイア並木」から観光バスで15分くらしかかからず着きました。ランチは、琵琶湖の雄大な湖面を眺めながら食事をすることのできる「レストラン竹生」で食べました。確かに、琵琶湖の雄大な眺めと琵琶湖に浮かぶ竹生島はとてもバランスがとれていて抜群でした。「奥琵琶湖マキノグランドパークホテル」は、ランチメニューも種類が豊富で、「近江牛煮込みハンバーグ御膳」、「冷しおうみ鴨とろろそば」、「冷しおうみ鴨とろろそば御膳」、「高島とんちゃん丼定食」、「おうみ鴨ロース丼定食」、「茄子とトマトのパスタセット」、「野菜カレーセット」など七種類から自分の好みの料理をチョイスできるのも魅力です。どれが出るか楽しみにしていたのですが、残念ながらパック旅行だったので今回はメニューにはない「和風のお弁当セット」を食べました。すでにテーブルに並べられていて、料理は冷めていて味は普通でした。本当は、このホテル自慢の「近江牛煮込みハンバーグ御膳」を食べたかったのですが。ランチを済ませホテルの外にあるプライベートビーチには極上の時が待っていました。ホテル前には、プライベートビーチがあり、遠くに「竹生島」を臨むことができ、さざ波が打ち寄せる音が心地よさを誘ってくれます。そして、マキノサニービーチから続くホテル前のプライベートビーチを含む周辺沿岸部は「重要文化的景観」に選定されたそうです。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    500円未満
    利用形態
    ランチ
    サービス:
    2.5
    少し物足りなさを感じました。配慮に欠けるという面が見られました。社員教育をもう少しすべきです。
    雰囲気:
    4.0
    琵琶湖を臨む風景は、料理が美味しくなくても美味しく感じます。
    料理・味:
    3.0
    このホテル自慢の「近江牛煮込みハンバーグ御膳」を食べたかったのですが、パック旅行なので、料理は冷めていて味は普通でした。

  • 紅葉のきれいな庭園と病気を治癒する清泉水が湧き出ていて、それを持ち帰ることができます。

    投稿日 2023年10月15日

    善水寺本堂 甲賀

    総合評価:4.0

    「善水寺」では、庭園と紅葉の美しさに魅了されました。それと桓武天皇が飲んで病気が治った「善水元水」があります。お寺への寄付として100円でペットボトルを購入し、元水を持ち帰るというシステムです。ペットボトルはハンマーで叩いて蓋の台座(雄ネジ部分)とキャップを自分で固定して作ります。結構これが難しいので改善の余地がありますね。また、元水を入れるところの紅葉も見事に赤く染まりきれいでした。そして「善水寺」には、大きくありませんが庭園があります。池泉式に庭園で、庭園にある紅葉と池が調和し美を奏でていました。
    ちなみに「善水寺」の歴史を紐解いてみると奈良時代和銅年間(708年~715年)に「元明天皇」の勅命により鎮護国家の道場として建立されました。当初は、「和銅寺」という名前でしたが、「桓武天皇」が病気になり、お寺の霊水を「桓武天皇」に献上されたところ、御悩忽ち平癒された。この縁に依って「岩根山善水寺」の寺号を賜わったということです。
    【見どころ】
    ⑴ 「本堂」
    「本堂」は、南北朝時代の貞治五年(1366年)に再建されたものです。「常楽寺」、「長寿寺」と同様に「本堂」の屋根は「木造入母屋造桧皮葺」です。社殿の屋根の中央が前方に張り出した部分である向拝を持たないため美しい「木造入母屋造桧皮葺」の曲線を醸し出しそれがとてもきれいです。本尊「薬師如来」など三十余体の仏像を安置されていて、昭和29年(1954年)に国宝に指定されています。
    ⑵ 「元三大師堂」
    「元三大師堂」は、江戸時代の正徳三年(1713年)に再建されたものです。本尊「元三慈恵大師良源大僧正」の等身の像があります。
    ⑶ 「観音堂」
    「観音堂」は、元禄9年(1696年)に「乗蓮比丘」の勧進により岩蔵坊旧跡に建立されたもので、「聖観世音菩薩」が安置されています。
    ⑷ 「行者堂」
    「行者堂」は、明治9年(1876年)に寺岩本院の行者堂を移築したものです。
    ⑸ 「六所権現社」
    「六所権現社」は、「伊勢」、「春日」、「八幡」、「賀茂」、「熱田」、「鹿島」の六所の神々を一所に御利益のある境内社です。ちょっと欲張りな「権現社」ですね。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    2.0
    草津線甲西駅で下車し、湖南市巡回バス下田行きに乗車します。「岩根」バス停で下車徒歩10分くらいかかります。
    人混みの少なさ:
    2.5
    やはり紅葉の時期なので混んでいました。
    見ごたえ:
    4.0
    本堂、元三大師堂、観音堂、行者堂、六所権現社が見どころですが、紅葉も結構きれいでした。

  • 小堀遠州作のモスグリーンの名勝庭園とそこに真っ赤に色づく紅葉のハーモニーに感動しました。

    投稿日 2023年10月15日

    教林坊 近江八幡・安土

    総合評価:5.0

    滋賀旅行の最後の景勝地である「教林坊」へ行きました。「教林坊」へ向かうバスの中でバスガイドさんから注意点のアナウンスがありました。まず、駐車場から「教林坊」へ行く途中には民家があるので、歩きながらの会話は差し控えること、それと「教林坊」は一方通行なので写真撮影で他人の迷惑にならないように極力立ち止まらないことなどでした。やっかいななお寺に来たものだと思っていましたが、最後に信じられないようなドラマが待っていました。目の前に広がる鮮やかな紅葉の風景です。周りにいる人も「こんなきれいな紅葉は見たことがない。」と異口同音に口にしていました。まだ、「教林坊」の拝観入口の手前です。そして、拝観入口が中に入るとさらに美しい光景が目の前に広がってきました。中は人であふれてなかなか先に進めませんでしたが、紅葉の美しさが雑踏を打ち消してくれます。そして坂の頂上付近に達したときの「書院」、「庭園」そして紅葉の眺めも素晴らしかったとしか言いようがありません。「書院」手前には、「教林坊」を創設した聖徳太子の「太子の説法岩」がありました。寺名の教林とは太子が林の中で教えを説かれたことに由来しているそうです。さらに先に進むと「水琴窟」あり、実際に竹筒に耳をあてて聞いてみると、今まで他のお寺などと違った、透き通ったそして張りつめた音色が聞こえてきました。そして最後に「書院」です。「書院」の目の前には、「小堀遠州作」のモスグリーンの名勝庭園が広がっていました。また、「書院」の障子戸の間から見える庭園を切り取った風景の美しさには感動すること間違いなしです。夜間の紅葉ライトアップに来ればさらに幻想的な世界を見ることができるでしょう。
    「教林坊」の見どころ】
    ⑴ 「書院」と「小堀遠州」作の名勝庭園
    「書院」江戸時代前期の茅葺き書院は里坊建築の古様式を伝える貴重な指定文化財です。「書院」の障子戸の間から見える庭園を切り取った風景の美しさには感動すること間違いなしです。また「書院」の西側の名勝庭園は「小堀遠州作」と伝えられ枯れ滝・鶴島・亀島など巨石を用いて豪快に表現された桃山時代を象徴する池泉回遊式庭園です。苔むした庭園のモスグリーンと紅葉の深紅が美しさを一層醸し出しています。「書院」南側にも室町時代と考えられる庭園があり小さいながら良くまとまった枯庭となっています。
    ⑵ 「かくれ里」の舞台となった
    「白洲正子」は、「芸術新潮」に連載した「かくれ里」で「教林坊」を舞台にした小説を執筆しています。昭和46年(1971年)に出版された「かくれ里」は、「教林坊」の今なお色あせることなく日本の自然と歴史、伝承の美しさを名文で伝えています。実際に、「かくれ里」を後から読むと「教林坊」の素晴らしさが、理解できます。
    ⑶ 「水琴窟」
    「水琴窟」は、「茶室」入り口の蹲踞や「書院」縁先手水鉢の鉢前に造られた高度な造園手法の一つで、江戸時代初期に「教林坊」の庭園を作庭した「小堀遠州」が考案したと伝えられます。地中に甕を埋め、上の水鉢から水滴が落ちると甕中で反響して透明感のある涼やかな琴のような音色がでる仕組みです。「教林坊」の「水琴窟」は、工夫が凝らしてあり五ヵ所以上から水滴が落ちるようなっているそうです。実際に竹筒に耳をあてて聞いてみると、今まで他のお寺などと違った、透き通ったそして張りつめた音色が聞こえてきました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    2.0
    JR安土駅から徒歩60分の非常に不便な場所にあります。
    人混みの少なさ:
    5.0
    紅葉の時期で、今回訪れたお寺の中で一番混雑していました。
    見ごたえ:
    5.0
    紅葉の折なず鮮やかな真紅と庭園の緑には、心が躍るほど感動しました。

  • 右を見ても、左を見ても黄金色に彩られたメタセコイア並木がどこまでも続く散歩道がありました。

    投稿日 2023年10月12日

    メタセコイア並木道 マキノ

    総合評価:4.0

    東京から新幹線に乗り米原駅で下車して、最初に向かったのは、農業公園マキノピックランドの「メタセコイア並木」です。ちょうど紅葉の時期に行ったので、どこもかしこも人ばかりで、トイレに入るのも行列、レストランやカフェに入るのも行列でした。しかし、それだけのことのある自然が織りなす素晴らしい眺めでした。それでは、「メタセコイア並木」について、レポートしたいと思います。
    滋賀県高島市の「農業公園マキノピックランド」を縦貫する県道287号線小荒路牧野沢線には、なんと約2.4kmにわたり「メタセコイア」が約500本植えられています。遠くに見える「野坂山地」の山々がさらに、黄金色に染まる「メタセコイア並木」の紅葉に素晴らしい景観を演出しています。「メタセコイア並木」に似た感の「明治神宮外苑」の「いちょう並木」も確かに素晴らしいですが、2.4km、500本もの黄金色のプロムナードは、今までにこんな壮観な景色は見たことありませんでした。
    ちなみに「メタセコイア」は、中国原産のスギ科メタセコイア属の落葉高木で、和名は「アケボノスギ」というそうです。そして、この「メタセコイア並木」は、1981年(昭和56年)に学童農園「マキノ土に学ぶ里」整備事業の一環としてマキノ町果樹生産組合が植えたのが始まりですが、組合関係者をはじめとする地域の人々の手により慈しまれ、育まれて、その後さらに県道も協調して植栽され、延長が伸ばされたことから、現在のこの雄大な姿となったものです。「弘前城」の桜もそうですが、やはり地域の人々の献身的な身を惜しまない労力なしにはこのような自然は創造できませんよね。また、「メタセコイア並木」は、読売新聞社が選定する「新・日本街路樹百景」や主婦の友社選「日本の紅葉名所100選」にも選ばれた絶景スポットです。
    そして、この「メタセコイア並木」沿いにある「マキノ農業公園マキノピックランド」は、旬の果物狩りを楽しめる農業公園です。聞いたところによるとサクランボ、ブルーベリー、ぶどう、くり、さつまいも、りんごと旬などの果物の収穫体験ができるそうです。「マキノ農業公園マキノピックランド」は、「果樹園ゾーン」、「沿道修景ゾーン」と「パークゾーン」の3つのゾーンから構成されている広大な農園公園です。道の駅のように野菜直売所や手作りジェラートもありました。特に、手作りジェラートは、新鮮な季節の果物を使っているせいかとてもまろやかで美味しかったです。また、地元マキノ産のお茶を使った「マキノ茶」のジェラートもありました。ちょうど紅葉の時期に行ったので、どこもかしこも人ばかりで、トイレに入るのも行列、レストランやカフェに入るのも行列でした。しかし、それだけのことのある自然が織りなす素晴らしい眺めでした。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.0
    JR米原駅から観光バスで55分。琵琶湖を周回する形で行きました。
    景観:
    4.0
    「新・日本の街路樹百景」に選定され、春の芽吹き・新緑、夏の深緑、秋の紅葉、冬の裸樹・雪花と四季折々楽しめるスポットです。
    人混みの少なさ:
    2.0
    ちょうど紅葉の時期に行ったので、どこもかしこも人ばかりで、トイレに入るのも行列、レストランやカフェに入るのも行列でした。

  • 歴史的建造物の白亜の殿堂でコーヒーブレイクして冷え切った体も心もリラックスできました。

    投稿日 2023年09月06日

    スターバックス コーヒー (鹿児島仙巌園店) 鹿児島市

    総合評価:4.0

    「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」は、「仙巌園」、「尚古集成館」そして薩摩切子の製造工程を見学できる「磯工芸館」を見た後に訪れました。当日は、気温も低く、時折り横殴りの雪が降った最悪の気象状況でした。神戸や弘前では「スターバックス コーヒー」の前を素通りしただけだったので、今回は「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」に立ち寄ってみました。体中が冷え切ってしまったのでちょうど温かい飲み物を飲みたいところでした。ここでのポイントは何といっても建物の外装と中の装飾です。もちろんコーヒーが美味しいというのは言うまでもありません。まず、「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」へのアクセスと次に「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」について説明したいとおもいます。
    鹿児島市の磯エリアにある「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」へのアクセスは、「鹿児島中央駅東口」の「東4のりば」から「カゴシマシティビュー」バスに乗り、「仙巌園(磯庭園)前」で下車します。「鹿児島中央駅東口」から「仙巌園(磯庭園)前」までの所要時間は、約50分です。「カゴシマシティビュー」は、鹿児島市内の主な観光スポットを周回しています。どの停留所からも乗車でき、好きな停留所で下車できますので、ご自分のペースで観光ができます。運行本数も多く、1日19便、8時台から17時台に約30分間隔で運行しています。私は、お得な切符である当日限りの「一日乗車券(大人600円、小児300円)」を購入しました。また、利用開始時刻から24時間乗車できる「24時間乗車券(大人800円、小児400円)」というのもあります。「仙巌園(磯庭園)前」バス停から「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」までは、徒歩2分190mです。
    「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」は、「仙巌園」に隣接しています。「仙巌園」を見学した後のブレイクタイムを、歴史的建造物の中でゆったりと至福の時間を味わえる場所です。しかも、「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」は、日本にあるスターバックス コーヒーでは神戸北野異人館店、青森の弘前公園店に続く3店舗目の有形文化財への出店です。「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」は、有形文化財の「旧芹ケ野島津家金山鉱業事業所」をリノベーションして2017年にオープンしました。この建物「旧芹ケ野島津家金山鉱業事業所」は1904年に県北西部のいちき串木野市の芹ケ野金山に、島津家の金鉱山事務所として建造されたものです。1986年にこの磯エリアに移設されました。そして眼前には桜島というすばらしい立地です。考えてみれば私は去年から今日までに神戸、弘前そして今回の鹿児島をたまたま旅行したわけですが、そこで日本で3ケ所しかないこのような有形文化財の歴史的建造物を目にすることがきました。ただし、実際に入店したのは、「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」だけですが、どのスターバックコーヒーも威厳のある素晴らしい建物でした。
    まず、建物の前にある駐車場から全体の外観を眺めていました。外観はバルコニー付きの白い洋館で、屋根の瓦には、島津家の家紋である円の中に十字が書かれたマークが施されていました。中に入ると1Fと2Fに席がありあります。ここで注目すべきは、カウンターでコーヒーを受け取るカウンターのパネルの部分です。細かなギザギザの薩摩切子のデザインが施されていました。その他、1Fの天井や2Fの照明なども薩摩切子をイメージして造られたそうです。目も心も舌も満足したので次の目的地に向かいます。

    【「スターバックス コーヒー 鹿児島仙巌園店」一口メモ】
    ⑴ 所在地…〒892-0871 鹿児島県 鹿児島市 吉野町9688-1 電話:099-248-6551
    ⑵ 営業時間…8:00~21:00
    ⑶ 定休日…不定休

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    1,000円未満
    利用形態
    その他
    アクセス:
    3.0
    鹿児島中央駅東口の東4のりばからカゴシマシティビューバスに乗り、仙巌園(磯庭園)前までの所要時間は約50分。停留所から徒歩2分180m。
    コストパフォーマンス:
    3.0
    チェーン店なので、他のスターバックスコーヒー店と値段は変わりませんでした。
    雰囲気:
    4.5
    昔の洋館だけあって豪華な雰囲気の中でコーヒーを味わうことができました。
    料理・味:
    4.0
    コーヒーには、コクがあり身も心も温まりました。
    観光客向け度:
    4.5
    このような素晴らしい環境の中で、貴族気分を味わえます。

  • ネーミングで何となくお店に入りたいという衝動にかられました。さすがにザボンは入っていませんでしたが7種類もの具材の盛り沢山のラーメンでした。

    投稿日 2023年09月07日

    味の六白 鹿児島市

    総合評価:3.5

    7種類もの具材の盛り沢山のラーメンでした。"
    鹿児島の旅行もあとは残すところ数時間余りとなりました。鹿児島空港への空港バスの待ち時間が若干あり「ざほんラーメン」という聞いたことのない名前のラーメンの看板があったので、少し小腹も空いたし、興味津々で、家内と相談し、どんなものなのか食べてみようということでお店に入りました。「ざほんラーメン」は、鹿児島県内に7店舗を展開している地元でも人気のある老舗のラーメン店だそうです。その歴史をたどってみると、当初は、「西鹿児島駅構内食堂」として営業していたそうです。店に入店した時にカウンターの左上に「西鹿児島駅構内食堂」という文字が書かれていました。これってラーメン専門店でなく定食屋かと思いました。しかし、ルーツをたどると「西鹿児島駅構内食堂」と書かれている意味が理解できました。
    「ざほんラーメン」は、フルーツの「ざほん」が入っているのではなく、あっさり風味のとんこつスープに、チャーシューやキャベツ、もやしなど7種類もの具材が盛られたボリューム満点のラーメンでした。私は、「ざほんラーメン」を頼みました。女性にはうれしいハーフサイズがあったので、家内はハーフサイズの「ざほんラーメン」とそれから鹿児島黒豚を使ったシンプルな味わいの手づくり餃子を1枚注文し、家内とシェアすることにしました。注文をしたら、オーダーを取りに来た女性が「ざほんラーメンと餃子」のセットにした方が安いと言われたのでそうすることにしました。何と親切な店員さんでしょうか。
    最初に、大根の酢漬けの漬物が小皿で出てきました。これもあっさりとして大根の味そのものが活かされていました。もしかしたら桜島大根ですかね。また、この漬物は途中の箸休めとして大活躍です。そうこうするうちに「ざほんラーメン」が到着しました。運んできた店員さんが、「ざほんラーメン」の美味しい食べ方を説明してくれました。その美味しい食べ方は、どんぶりのそこに旨みを濃縮した特製のタレがあるので、豚骨スープとよくかき混ぜて食べるのがコツだそうです。でもここの豚骨スープがどんな味か試してみたかったので一口目はかき混ぜずにスープを飲んでみました。豚骨特有のこってり感ではなく、あっさり風味の喉をスーッと通るとんこつスープでした。のど越しがいいと言ったら変な感じですが、まさにその感覚です。
    それからかき混ぜて飲むと全く別物のスープの味になりました。東京ではラーメンにキャベツは入っているということはほとんど聞きませんが、「ざほんラーメン」には入っていてちゃんぽんのような感じもしました。いずれにせよ昔の支那蕎麦のような感じで、懐かしく美味しくいただきました。それと餃子は豚肉感が多めで、ジューシーでした。

    01_【の一口メモ】
    ⑴ 住所…〒890-0053 鹿児島県鹿児島市中央町1丁目1-1 グルメ横丁 電話:099-255-9395
    ⑵ 営業時間…10:00~20:50
    ⑶ 休業日…年中無休

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    1,000円未満
    利用形態
    ランチ
    アクセス:
    5.0
    駅改札から西口方面へ向かって右手にあり徒歩30秒程度
    コストパフォーマンス:
    3.0
    値段は良心的です。
    サービス:
    3.0
    食べ方の丁寧な説明がありましたが少々ぶっきらぼうです。
    雰囲気:
    3.0
    西鹿児島駅構内食堂いう看板が掛かっていてレトロな感があります。
    料理・味:
    3.5
    豚骨スープとどんぶりのそこに旨みを濃縮した特製のタレがあり、二種類のスープを楽しむことができます。
    観光客向け度:
    3.0
    地元の客、観光客の区別はありません。

  • 目の前には雄大な桜島と太陽の光を水面に反射する錦江湾の絶景と歴史と芸術の宝庫

    投稿日 2023年09月05日

    仙巌園(磯庭園) 鹿児島市

    総合評価:5.0

    「仙巌園」へのアクセスは、「鹿児島中央駅東口」の「東4のりば」から「カゴシマシティビュー」バスに乗り、「仙巌園(磯庭園)前」で下車します。「鹿児島中央駅東口」から「仙巌園(磯庭園)前」までの所要時間は、約50分です。「カゴシマシティビュー」は、鹿児島市内の主な観光スポットを周回しています。どの停留所からも乗車でき、好きな停留所で下車できますので、自分のペースで観光ができます。運行本数も多く、1日19便、8時台から17時台に約30分間隔で運行しています。私は、お得な切符である当日限りの「一日乗車券(大人600円、小児300円)」を購入しました。また、利用開始時刻から24時間乗車できる「24時間乗車券(大人800円、小児400円)」というのもあります。バスは、「仙巌園」入口のすぐ前に停車します。入口には、右側がチケットの自動販売機、左側が有人のチケット売り場になっています。入口のところには、係員がいて親切にチケットの購入方法等を教えてくれます。それと「カゴシマシティビュー」の「一日乗車券」を購入したので、その特典としてポストカードをもらいました。ラッキーです。
    「仙巌園」は、万治元年(1658年)に島津家19代「島津光久」によって築かれた島津家の別邸です。「庭園」は、桜島を築山、錦江湾を池に見立てたスケールの大きなものとなっています。「仙巌園」は、見どころも沢山あります。例えば、なんといっても素晴らしいのは「御殿」、そして、「ガス灯」の実験に使用され、鶴が羽を伸ばした姿に見える「鶴灯籠」、全国でも珍しい猫を祭った「猫神社」、江戸時代の正門である「錫門」、日本最古の石造洋式機械工場で「旧集成館機械工場」であった「尚古集成館」そして「島津斉彬」によって生みだされ、いったんは途絶えてしまった幻のガラス「薩摩切子」を復活させた「薩摩切子工場」などです。とにかく歴史的、芸術的、魅力的な史跡が盛りだくさんあります。効率的に「仙巌園」を見るための巡路とポイントを自分なりに考え作成して見学に臨みました。それは、下記のようになりますので、参考にしていただければ幸いです。

    01_【「仙巌園」のお薦め見学巡路】
    ①鹿児島世界文化遺産オリエンテーションセンター⇒②反射炉(山階宮大妃えい歯髪碑→反射炉→山神・水神)⇒③石垣と薩摩焼の窯跡⇒④正門⇒⑤名勝仙巌園標柱⇒
    ⑥錫門⇒⑦御殿(獅子乗大石燈籠→鶴灯籠→桜島展望ポイント→望嶽楼→高枡→祥福橋→就成所跡→秀成荘→桜島展望ポイント→水力発電用ダム跡→曲水の庭→江南竹林の碑→江南竹林→御庭神社→水道橋→猫神社)⇒⑧鶴嶺神社⇒⑨尚古集成館本館⇒⑩尚古集成館別館⇒⑪島津薩摩切子ギャラリーショップ磯民芸館
    ⇒⑫薩摩切子工場
    この他にも施設内には、見るところが沢山ありますが、短時間で効率的に回ることができると思います。これだけでも2時間30分を要してしまいました。また、「仙巌園」が位置する磯エリア一帯は、平成27年(2015年)に「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録されました。

    02_【「仙厳園」見どころ】
    ⑴ 「世界文化遺産オリエンテーションセンター」
    「世界文化遺産オリエンテーションセンター」は、受付入口を入ったすぐのところにあります。令和元年(2019年)11月に新たに誕生しました。まずは、ここで世界文化遺産の理解を深め見学をスタートしましょう。「島津斉彬」が、反射炉の建築に至った経緯、反射炉の構造、仕組み、そして、中央には反射炉の復元模型(1/10サイズ)が展示してあります。また、反射炉の仕組みをCGで解説した映像展示もあり、内容も興味深いものになっていて大変勉強になります。
    ⑵ 「反射炉跡」
    「仙巌園」の受付を済ませて園内に入ると目に入ってくるのが高台になった「反射炉跡」です。「反射炉跡」は、大砲を鋳造するために、高温で鉄を溶かした炉の跡です28代「島津斉彬」を中心に行われた「集成館事業」の一部ですが、実物を見たことのない「島津斉彬」らは、オランダの文献を参考にしながら建設したそうです。ちなみに「集成館事業」とは、幕末、欧米列強のアジア進出に危機感を抱いた薩摩藩が、欧米列強に対抗するために、大砲などの製造を幅広く試みた事業のことで、日本の近代化の先駆けになった事業とも言われています。そして「反射炉跡」は、平成27年(2015年)に「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界遺産登録されています。
    ⑶ 「御殿」
    朱色の「錫門」を抜けたところにあるのは、立派な日本家屋の「御殿」です。
    ① 「御殿」
    「仙巌園」の「御殿」は、歴代の島津家当主が別邸として使用し、一時は本邸として使っていましたが、国内外の要人をもてなす「迎賓館」としての役割もありました。幕末には「篤姫」や幕臣の「勝海舟」、維新後もロシア皇帝「ニコライ2世」、英国国王「エドワード8世」が皇太子時代に訪れているそうです。
    ② 「薩摩焼」
    「御殿」内には、きらびやかな装飾が施された「薩摩焼」が展示されています。「薩摩焼」は、16世紀末に朝鮮から渡来した陶工によって始められた鹿児島を代表する工芸品です。豪華絢爛な「近代薩摩焼」は、「島津斉彬」の代に誕生しました。そして、ここに展示してある「薩摩焼」は、最後の藩主である「島津忠義」からロシアの皇帝に贈られたものを、「薩摩焼」の窯元である「沈壽官」窯で復元させたものです。
    ③ 「謁見の間」
    「謁見の間」は、来客への応接に使用された部屋です。二間続きで、廊下も畳敷きであることから、一度にたくさんの人と会うことができました。そして、ナイフ、フォークそしてスプーンなどが並んだテーブルセッティングに薩摩切子がアクセントになっていて花を添えています。
    ④ 「御居間」
    「御居間」は、「島津忠義」が一日の大半を過ごした部屋で、公務や昼食を食べていたそうです。御殿内でも一番見晴らしのいい、「桜島」と「庭の松」を一望できる位置にあります。
    ⑤ 「御寝所」(寝室)
    「島津忠義」の寝室です。この部屋の床下には、もみ殻が敷き詰められた層が設けられており、それが断熱材の効果を果たしていました。この当時から断熱材を使用していたとは驚きですね。
    ⑥ 「御湯殿」(お風呂)
    歴代のお殿様の専用の浴室です。当時は、別な場所でお湯を沸かし、それを運んできたそうです。家来の方は毎日大変な思いをしたことでしょうね。これなら藩主の日々の疲れも取れるでしょうね。
    ⑦ 「中庭」
    池をのぞむ中庭は手入れも行き届いています。池の中には「八角形」のくぼみがあります。ここにも、中国文化の影響を受けた風水があります。
    ⑧ 「釘隠」
    「御殿」内には、細部までこだわって造られたものが沢山あります。特に、「釘隠」は、読んで字の如く、柱に打たれた釘の頭を隠すための化粧金具の飾りです。「御殿」内には、「釘隠」が11種類あり、「薩摩焼」で鹿児島県の特産である「桜島大根」がデザインされたものや、幸福の使者と考えられた「コウモリ」の姿のものもあります。「コウモリ」の「釘隠」には、驚くなかれ、ちゃんと「コウモリ」の目と鼻が付いています。
    ⑨ 「島津忠重」の部屋
    30代「島津忠重」が12歳まで過ごした部屋です。「島津忠重」は父・「島津忠義」の死にともない家督を継いで公爵となりました。後に海軍に進み、海軍大学校教官、英国大使館付武官を勤めました。
    ⑷ 「庭園」
    ① 「借景」
    「仙巌園」は万治元年(1658年)、島津家19代「光久」によって築かれた別邸です。「仙巌園」は他の「大名庭園」と比べ一番の違いは、大きな池や築山がありません。それは「錦江湾」と「桜島」がすぐ目の前にあるためです。桜島が最も美しく見えるといわれるこの景観は、島津家歴代に愛されました。また、琉球を通じて中国貿易を行っていたため、中国文化の影響がみられることも特徴です。
    ② 「錫門」
    赤い色が印象的な「錫門」は、江戸時代の「正門」です。薩摩には近代化を支えたと言われる錫鉱山があり、屋根は瓦ではなく特産である錫で葺かれています。屋根を瓦ではなくスズで葺いていることからその名が付いています。高い身分の象徴であるこの朱塗りの門を通れるのは、江戸時代は藩主と世継ぎだけでした。そして、見た目には感じませんが、屋根の重さは1トンもあるそうです。
    ③ 「正門」
    「正門」は、明治になって開通した道路に合わせて、29代「島津忠義」が明治28年(1895年)に造らせました。裏山の楠を使い、上部には「丸十紋」と「桐紋」が彫られ、随所に散りばめられています。
    ④ 「ひさご池」
    「ひさご池」は、曲水の流れを落とす滝と池です。この石組と石橋は、英公使パークスが明治19年(1866年)に仙巌園を訪問した際にヨーロッパに紹介された風景そのまま今にとどめています。
    ⑤ 「獅子乗大石灯篭」
    「獅子乗大石灯篭」は、庭園の中で最も大きな灯籠で、石灯籠の上に獅子が載っていることからこう名付けられています。「獅子乗大石灯篭」の笠石の大きさは8畳分もあります。上に乗る獅子は空から飛び降りてきて、頭から突っ込んだ姿でしっぽと後ろ足が空の方を向いています。そして、着地後に桜島の方を振り返った姿だそうです。やはり、獅子も錦江湾と桜島の景観に見とれた訳ですね。
    ⑥ 「江南竹林」
    「江南竹林」は、美味しい筍がとれる孟宗竹発祥の地です。近くの石碑には、21代「島津吉貴」が中国の江南竹(孟宗竹)2株を琉球から取り寄せて、この地に植えたと彫られています。碑文は「五代秀堯」の書によるものです。また、庭園内の「江南竹林」も中国の影響です。
    ⑦ 「千尋巌」
    「千尋巌」は、「タテ」が11メートルある巨岩に、「千尋巌」の3文字が刻まれています。この「千尋巌」の3文字は約3,900人もの人が3ヶ月間かけて刻んだものです。景勝地の岩に文字を彫るのは中国ではよく見受けられますが、日本の大名庭園ではここだけしか見ることができません。
    ⑧ 「猫神」
    「猫神」は、戦国時代、17代「島津義弘」は戦場において猫の瞳で時刻をはかり、戦に役立てました。「猫神」は生きて帰った2匹をお祀りした祠で、愛猫の長寿を願う方々がお参りに訪れるスポットになっています。また、ここにある絵馬にも2匹の猫が描かれています。
    ⑩ 「鶴灯篭」
    「鶴灯篭」は、庭の中央に位置し、鶴が羽を伸ばした姿に見えることから、「鶴灯籠」と呼ばれています。28代斉彬がガス灯の実験を行ったと伝わる「鶴灯篭」で、安政4年(1857年)にガスの管を繋ぎ照明としてガスを燃焼させた場所です。
    ⑪ 「望嶽楼」
    「望嶽楼」は、仙巌園が出来た頃に琉球国王から贈られた異国情緒あふれる東屋で、藩主が琉球使節と面談する際に使用されました。長崎海軍操練所にいた「勝海舟」を迎えた28代「島津斉彬」は、ここで「勝海舟」と会談をしました。
    ⑫ 「曲水の庭」
    江戸時代に造られた貴重な「曲水の庭」です。実はこの庭は、長い間火山灰などで埋まっていたのですが、昭和34年(1959年)に発掘され、毎年4月にはここでは、川の流れに杯を浮かべ、雅やかな正装で和歌を詠む「曲水の宴」が催されます。ちなみに、「曲水の庭」とは、平安時代に始まったとされる宴を行う庭で、上流から流した酒盃が前を通り過ぎないうちに和歌を作り、盃を取り上げて酒を飲むというお遊びです。
    ⑬ 「御庭神社」
    「御庭神社」は、鶴丸城内や仙巌園内外にあった13の神社を大正7年(1918年)に合祀した神社で、パワースポットとして注目されている神社です。せっかく、鹿児島に来たので私も記念にお参りしました。
    ⑸ 「尚古集成館」本館と別館
    「仙巌園」の隣には、島津家の歴史や南九州の文化を紹介する「尚古集成館」の本館と別館があります。「仙巌園」のチケットで入場できますが、残念ながら「尚古集成館本館」は、耐震・リニューアル工事のため、2022年5月9日(月)から2024年10月末まで休館ということでした。また、本館と別館の内部は写真撮影禁止です。「尚古集成館」は慶応元年(1865年)に造られた日本最古の石造洋式機械工場である「旧集成館機械工場」です。こちらも「反射炉跡」と同じく、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産に登録されています。館内に入ると薩摩切子の光で照らされた反射炉模型があります。海によってはぐくまれた島津家の歴史・文化をものがたり、近代化へのストーリーへと展開しています。大砲、琉球船模型、薩摩切子など、多彩な展示物が島津家の歴史を伝えます。
    ⑷ 島津薩摩切子工場
    「薩摩切子」の工場の奥までは入れませんが、その製造工程である吹きガラスからカット、磨きまで匠の技を間違で見ることができます。西南戦争の頃に一度は途絶え、「幻のガラス」となった「薩摩切子」が復活したのは昭和60年(1985年)で、まさしくこの「島津薩摩切子工場」です。クリスタルガラスならではの輝き、カット技術によって作りだされる「ぼかし」の美しさ。すべては職人たちによる、鍛えぬかれた技のたまものです。「薩摩切子」は、幕末の名君「島津斉彬」によって生みだされ、西南戦争後、間もなく途絶えてしまった幻のガラス細工です。「島津薩摩切子工場」は、「吹き場」と、グラインダーを使って模様を彫り込んでいく「カット場」、そして最後の仕上げとなる「磨き」の3つのエリアで構成されています。休憩時間以外、予約なしで見学することができます。
    ① 見学時間…9:00~16:30
    ② 休憩時間…ア 10:00~10:15 イ 15:00~15:15 ウ 12:00~13:00
    ③ 定休日…毎週月曜日、第3日曜日(祝日の場合は翌日、翌日曜)

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.5
    カゴシマシティビューバスに乗り、仙巌園(磯庭園前で下車。鹿児島中央駅東口から仙巌園(磯庭園)前までの所要時間は、約50分です。
    人混みの少なさ:
    3.0
    着いた時間が遅かったので、あまり混んでいませんでした。逆に言えば14:00以降がお薦めです。
    見ごたえ:
    5.0
    仙巌園は、島津家19代島津光久によって築かれた島津家の別邸です。庭園は、桜島を築山、錦江湾を池に見立てた造りとなっていて見どころ満載です。

  • 日本初の「洋式紡績工場」を作った際に招聘したイギリス人技師の宿舎でした。

    投稿日 2023年09月06日

    旧鹿児島紡績所技師館(異人館) 鹿児島市

    総合評価:3.5

    「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」を訪れた当日が土曜日で、運よくボランティアの方がいて詳しく説明してくれました。あまり詳しく説明してくれるので、申し訳ないくらいでした。ちなみに、ボランティアの方がいるのは毎週土・日曜日だけということでした。「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」の海側には、広い庭がひろがり、そこから外観を眺めると建物の素晴らしさがまた違った意味で再確認できます。訪れた際には、是非、前庭から建物の全体像を把握してください。では、まず、鹿児島中央駅からのアクセスとボランティアの方の説明を要約した旅の感想をご紹介します。
    「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」へのアクセスは、「鹿児島中央駅東口」の「東4のりば」から「カゴシマシティビュー」バスに乗り、「異人館(磯海水浴場)前」で下車します。「鹿児島中央駅東口」から「異人館(磯海水浴場)前」までの所要時間は、約51分です。「カゴシマシティビュー」は、鹿児島市内の主な観光スポットを周回しています。どの停留所からも乗車でき、好きな停留所で下車できますので、自分のペースで観光ができます。運行本数も多く、1日19便、8時台から17時台に約30分間隔で運行しています。私は、お得な切符である当日限りの「一日乗車券(大人600円、小児300円)」を購入しました。また、利用開始時刻から24時間乗車できる「24時間乗車券(大人800円、小児400円)」というのもあります。「異人館(磯海水浴場)前」バス停から「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」までは、徒歩1分50m、すぐ目の前です。
    「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」は、島津家第29代当主「島津忠義」が日本初の「洋式紡績工場」を作った際に、技術指導を受けるために招いたイギリス人技師7名の宿舎です。通称「異人館」と呼ばれていました。コロニアル様式のベランダや日本の寸法による設計など和洋折衷の建築様式で、幕末における洋風化建築の進展を示す貴重な遺産として保存されています。当時の日本には無い多面形のポーチは八角形の半分が表に出され、4面にはバルコニー、窓は全て透明のガラスが張られています。周囲は回廊となっており、内装も豪華で天井や内壁にもクロスが張られ、お洒落な照明器具が設置されています。外壁には白いペンキが塗られ、開口部はアーチ型が採用されていますが、屋根の小屋組は全て尺貫法の寸法が用いられ、洋風ながらもどことなく和のたたずまいを感じさせてくれます。建物は国の重要文化財、敷地は国の史跡に指定されています。平成27年(2015年)7月には「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとして、世界文化遺産に登録されました。館内には当時を物語る写真や資料も数多く展示されています。「仙巌園」からも徒歩で5分350mなので、「仙巌園」を見学したあとに「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」を訪れるのをお薦めします。

    【「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」の一口メモ】
    ⑴ 住所…〒鹿児島市吉野町9685-15 電話:099-247-3401
    ⑵ アクセス
    JR鹿児島中央駅からかごしまシティビューで約51分、「異人館(磯海水浴場)前」下車徒歩2分 
    ⑶ 開業時間…8:30~17:30
    ⑷ 休業日…年中無休(年末・年始も通常どおり営業)
    ⑸ 利用料金
    ① 一般200円 ② 小中学生100円

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.0
    JR鹿児島中央駅からかごしまシティビューで約51分、「異人館(磯海水浴場)前」下車徒歩2分 
    人混みの少なさ:
    3.0
    近くに仙厳園や両棒餅の有名店があるせいか、そんなに混雑するほどではありませんが、チラホラ観光客が来ます。
    見ごたえ:
    3.5
    コロニアル様式のベランダや日本の寸法による設計など和洋折衷の建築様式が見事にマッチしています。

  • 錦江湾と桜島の美しい景観を独り占め、その風景を眺めなら食事ができます。

    投稿日 2023年09月04日

    桜華亭 鹿児島市

    総合評価:4.0

    桜花亭の営業時間は、11:00から16:00までで、オーダーストップは15:30です。昼食前後の時間帯は混むので、その時間帯をはずして行くのがベストです。そうすれば、錦江湾と桜島を望めるテーブルに座ることができ、料理に舌鼓を打ちながら、景色も堪能できます。他にも色々なメニューがありましたが、やはり鹿児島に来たからには黒豚料理を食べるのが一番のお薦めです。

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    3,000円未満 
    利用形態
    ランチ
    アクセス:
    4.0
    「カゴシマシティビュー」バスに乗り、「鹿児島中央駅東口」から「仙巌園(磯庭園)前」までの所要時間は、約50分です。
    コストパフォーマンス:
    3.5
    黒豚重ねカツ御膳には、黒豚重ねカツ、サラダ、小鉢、ご飯、漬物、薩摩汁、果物がついて2,200円です。
    サービス:
    3.0
    ランチを過ぎた時間に行きましたが快く応対してもらいました。
    雰囲気:
    5.0
    錦江湾と桜島そして仙厳園の磯庭園を眺望でき、申し分のないロケーションです。
    料理・味:
    3.5
    薩摩黒豚を使ったミルフィーユのトンカツが斬新的な味でした。
    観光客向け度:
    4.0
    眺めよし、味よし、思い出に残るポイントにあるはずです。

  • それぞれが熱い思いを胸に抱き、日本の未来を見つめている若き薩摩藩士の像です。

    投稿日 2023年09月15日

    若き薩摩の群像 鹿児島市

    総合評価:3.5

    鹿児島空港から空港バスに乗り、交通の要である鹿児島中央駅へ向かいました。空港バスが到着したのは、鹿児島中央駅の東口から道路一つ隔てた鹿児島中央ターミナルビルです。若き薩摩の群像は、鹿児島中央駅の東口の駅前広場に高々とそびえ立っています。鹿児島中央ターミナルビルから鹿児島中央駅東口へ通じる地下通路を使い向かいます。
    若き薩摩の群像は、昭和57年(1982年)に50万人都市達成を記念して建立されたもので、高さが12.1m(台座9.49m)もあり下から見上げるといった感じです。制作者は大久保利通像も造った彫刻家で日本芸術院会員の中村晋也です。像の下に説明のプレートがあるので、どの像が誰かすぐに分かりました。若き薩摩の群像は、薩摩藩がイギリスへ派遣した留学生一行の像で、薩英戦争でヨーロッパの力を知った薩摩藩は、慶応元年(1865年)に、幕府の鎖国令を破って藩の優秀な青少年15名と使節団4名、計19名の薩摩藩遣英使節団をイギリスに派遣しました。このうち、学生として現地で学んだ15名は薩摩藩第一次英国留学生または薩摩スチューデントとも呼ばれています。留学生一行は、約2ヵ月もの船旅をし、イギリスに到着しました。ロンドン大学で学び彼らは、帰国後、外交、文教、産業等の分野で活躍し、日本の歴史を大きく転換させ、新生日本を建設する原動力となりました。使節団のメンバーについては、説明板を参考に下記に取りまとめました。彼らの試練を乗り越えた船旅や努力なしには今の日本はなかったかもしれませんね。

    01_【「若き薩摩の群像」の一口メモ】
     住所…〒893-0053 鹿児島県鹿児島市中央町JR鹿児島中央駅前東口広場

    02_【使節団19名】
    ① 使節団・監督:新納久脩(34)家老・司法官 ② 使節団:寺島宗則(34)外務卿 
    ③ 使節団五代友厚(31)大阪商工会義所初代会頭 ④ 学頭・町田久成(28)わが国初の博物館局長、元老院議官
    ⑤ 村橋久成(23)戊辰の役の砲隊長、サッポロビール創始者 
    ⑥ 畠山義成(23)東京開成学校(現在の東大)初代校長
    ⑦ 名越時成(21)語学教師  ⑧ 鮫島尚信(21)フランス特命全権公使、外務大輔次官
    ⑨ 田中盛明(23)生野鉱山局長 ⑩ 中村博愛(25)オランダ公使 ⑪ 森有礼(19)初代文部大臣
    ⑫ 吉田清成(21)農商務大輔次官、枢密院顧問官
    ⑬ 市来和彦(松村淳蔵)(24)海軍中将 ⑭ 東郷愛之進(23)戊辰の役で戦死 ⑮ 町田実積(19)不明
    ⑯ 町田清次郎(15)不明 ⑰ 長沢鼎(14)アメリカのぶどう王
    ⑱ 高見弥一(31)中等学校教員(土佐人) ⑲ 通訳掘孝之(22)一行の通訳(長崎人)

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    5.0
    鹿児島中央駅の東口の駅前広場にあり、改札を出て階段を下りれば、ほぼ正面に見えます。改札口から2~3分の距離です。
    人混みの少なさ:
    3.0
    やはり、鹿児島の中心地だけあって、観光地に比べると人がたくさんいる印象です。
    見ごたえ:
    3.5
    約20近い薩摩藩士の像があり、説明のプレートもついているので、見ごたえはあります。

  • 今も昔も変わらずみんなに愛さ続けている西郷さんが、西南の役で最後に立てこもった洞窟です。

    投稿日 2023年09月16日

    西郷洞窟 鹿児島市

    総合評価:2.5

    旅行をしているときに、鹿児島市に住んでいる友人から聞いた話ですが、鹿児島で一番愛されている人物は、大久保利通など明治政府で活躍した人ではなく西郷隆盛だそうです。ほとんでどの学校の校長室には、西郷隆盛の肖像画が飾られているそうです。
    「西郷隆盛」は、征韓論での政治的対立から郷里の鹿児島へ戻り私学校を設立しました。その当時は、明治政府による士族階級への待遇悪化に不満を持つ士族の反乱が頻発する中で、「西南戦争」は、明治10年(1877年)に起こった政府軍と薩摩藩旧士族との日本で最後の内戦です。薩軍の首領である「西郷隆盛」は慎重でしたが、私学校幹部の決起を止めることが出来ず、2月15日に蜂起し「西南戦争」へ発展しました。明治10年(1877年) 2月、鹿児島城下を出発した薩軍ですが、九州各地で転戦したのち、8月に西郷軍は和田越の決戦に敗れ、長井村(現・延岡市北川町)で官軍に包囲され、西郷はここで軍を解散しました。その後「西郷隆盛」の一行は九州の険しい山間地を越えて鹿児島を目指しました。9月1日、再び城下に戻り、いったんは市民の協力のもと態勢を立て直そうとしたが、膨大な政府軍兵力の攻勢に対抗するすべもなく、城山に立て籠もりました。城山に立てこもった350名が政府軍40,000に包囲されるという絶望的な状況になりました。「西郷隆盛」が最後の五日間を過ごしたのがこの洞窟と伝えられています。「桐野利秋」をはじめ私学校の幹部たちとともに、銃弾に倒れるまでの最期の5日間を過ごしたのがこの洞窟と言われています。「西郷隆盛」が最後まで薩軍の指揮をとっていた場所として重要な史跡です。周遊バス「カゴシマシティービュー」の停留所にもなっています。

    【「西郷隆盛洞窟」の一口メモ】
    ⑴ 住所…〒892-0853 鹿児島県鹿児島市城山町19
    ⑵ アクセス
    「鹿児島中央駅」から「カゴシマシティビュー」で約18分、「西郷洞窟前」下車すぐ

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    鹿児島中央駅からカゴシマシティビューで約18分、西郷洞窟前停留所で下車したら目の前が西郷洞窟です。
    人混みの少なさ:
    3.0
    訪れた当日は、15人くらいの観光客がいました。歩いて訪れる人やバスを利用する人など様々です。
    見ごたえ:
    3.0
    洞窟の中に入ることができませんが、大勢の官軍を相手に、負けるとは分かっていながらここに立てこもり応戦した光景が目に浮かんできます。

  • 軍服姿の西郷さんはとても迫力十分です。

    投稿日 2023年09月17日

    西郷隆盛銅像 鹿児島市

    総合評価:3.5

    「西郷隆盛」は鹿児島城下下加治屋町で生まれました。江戸城無血開城や明治新政府樹立など、明治維新に最大の功績をのこしました。しかし、「征韓論」で「大久保利通」らとの意見のくいちがいにより、突然職を辞めて鹿児島に帰郷し私塾を開きました。その後、明治10年(1877年)の「西南戦争」により、鹿児島の城山岩崎谷で銃弾を受け,「別府晋介」に介錯させて自刃しました。「西郷隆盛銅像 」は、「没後50年祭記念」として鹿児島市出身の彫刻家で渋谷「忠犬ハチ公」の制作者「安藤照」が8年をかけ製作し、昭和12年(1937年)に完成したものです。わが国初の陸軍大将の制服姿で、城山を背景に仁王立ちする高さ8mの堂々たるモニュメントです。道路を挟んで「撮影スポット」が設けられており、愛犬の「ツン」「像も一緒に写真撮影を行うことができます。
    東京上野公園にもやはり「西郷隆盛銅像」があります。こちらの像は、高さ370.1cm、胸囲256.7 cm、足のサイズ55.1 cmです。本家本元の鹿児島にある「西郷隆盛銅像」よりはちいさいものです。やはり、こちらの像も愛犬である薩摩犬の「ツン」を連れた格好になっています。これから犬の散歩に出かけるのと思いきや実はウサギ狩りに出る姿を描いたものだそうです。言われてみれば、ふつう銅像にもなる偉人は正装ですよね。「西郷隆盛像」は浴衣姿で愛犬を連れた庶民的な姿で親しみが湧きますよね。それと「西郷隆盛銅像」は、日本各地に像を建立されています。「上野恩賜公園」、鹿児島県鹿児島市の「鹿児島市立美術館」近くのもの、霧島市「西郷公園」にあるものの3体です。

    【「西郷隆盛銅像 」の一口メモ】
    ⑴ 住所…〒892-0853 鹿児島県鹿児島市城山町4-36
    ⑵ アクセス
     ① カゴシマシティビュー「西郷銅像前」下車 ② 市電「朝日通」から徒歩約8分

    旅行時期
    2023年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    カゴシマシティビュー「西郷銅像前」下車して90m
    人混みの少なさ:
    3.0
    私が訪れた当日は、平日ということもありそんなに混んではいませんでした。
    見ごたえ:
    4.0
    上野公園の銅像と違い、自然を借景とした西郷隆盛像はやはり迫力がありました。

Lily-junjunさん

Lily-junjunさん 写真

0国・地域渡航

12都道府県訪問

写真 | QA掲示板 | 行ってきます | 掲示版 クリップ

Lily-junjunさんにとって旅行とは

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

大好きな理由

行ってみたい場所

現在0の国と地域に訪問しています

拡大ボタンを押すと地図が
動かせます。

現在12都道府県に訪問しています