amaroさんのクチコミ(119ページ)全3,113件
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投稿日 2013年02月22日
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投稿日 2013年02月22日
総合評価:3.0
人により好きずきではありますが、中央を貫く川沿いに温泉旅館が並ぶという、昔ながらの温泉風景って、なんだかとっても癒やされる気がしませんか?杖立温泉はまさに典型的なそんな温泉スタイル。旅館街もかなり古ぼけた建物で、いっそうひなびた感を増しています。かつて九州の奥座敷として毎夜、宴会が開かれていた時代もあったようですが、個人客が主流となった今では、経営がちょっと大変なようです。さて、こちらの温泉の特徴といえば噴出する温泉が温度。なんと98度もあり、ほとんど沸騰しています。そんな高温を利用してのサウナならぬ「蒸し湯」があちこちの旅館に備えられていました。もっともお風呂と蒸し湯双方を立て続けに入るとフラフラになっちゃいましたけどね。今はちょっと寂しい雰囲気だけど、もうひと工夫すれば、ブームがやってきそうな予感もしています。
- 旅行時期
- 2009年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2013年02月22日
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投稿日 2013年02月22日
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投稿日 2013年02月22日
総合評価:3.0
近代的なビルが並ぶ大阪・御堂筋ですが、もう1本東寄りに南北を貫く堺筋との間を歩くと、なかなか味のあるモダンなビルをウオッチできます。高麗橋野村ビルもそんな建物の一つで堺筋沿いに、美しい意匠を見せてくれます。1927年築で設計は昭和モダニズム建築を代表する安井武雄。かつては古いステーキ屋さんが入っていたような記憶もあるのですが、現在はサンマルクカフェ。時代は流れていますよね。この一帯は大阪大空襲でもあまり被害を受けなかったようで、そのおかげで戦前の建物が残りました。
- 旅行時期
- 2013年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2013年02月22日
総合評価:3.0
大阪・梅田のうめだ花月西側の、飲食店が軒を接する路地を南下していくと、お初天神(露天神社)にぶつかります。近松門左衛門の曽根崎心中の舞台として、あまりにも有名な神社ですが、かつて大阪に在勤当時には1度も訪ねたことがなく、出張の機会に歩いてみました。大阪の繁華街のど真ん中にあり、周囲はビル。遊女お初と醤油屋の手代徳兵衛は境内の天神の森で情死したそうですが、さすがに今の敷地ではそんな余裕はない感じ。境内西側の曽根崎心中コーナーにはお約束、ゆかりの地という碑と、お初徳兵衛が寄り添う像が置かれていました。そちらばかりが目立つ神社ですが創建1300年という古い神社でもあります。
- 旅行時期
- 2013年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2013年02月17日
総合評価:3.0
久々に大阪・梅田の新阪急ホテルに泊まりました。外観を見るとそう大きく感じませんでしたけど、でっかいです。こんなにでっかかったかな、と思うほど、でっかいです。7階の部屋に泊まったのですが、エレベーターを降りて自室までの距離が遠いこと、遠いこと。たまたまエレベーターで一緒になったホテルマンに聞くと、900室を超える客室があるそうです。高層ホテルでない分、ワンフロアがばかでかいってことなのですね。ただし、大きいのは規模だけ。客室はごくフツーのビジネス。バスルームもほどほど。客室デスクもほどほど。ロケーションはとっても良いのですが、料金は客室の感じからはちょっと高めかな、という気もします。
- 旅行時期
- 2013年02月
- 利用目的
- ビジネス
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- アクセス:
- 5.0
- 客室:
- 3.0
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投稿日 2013年02月17日
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投稿日 2013年02月17日
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投稿日 2013年02月17日
総合評価:3.0
本能寺の変で生涯を終えた織田信長の墓がどこにあるのか、気にもしていなかったのですが、京都市内を散策中に織田信長公本廟という石碑を見て、どんな非業の死を遂げようと墓はちゃんとあるのね、と実感しました。それが浄土宗のお寺の阿弥陀寺でした。東西の本願寺や東寺など巨大な寺院が多い京都市内の中では境内の大きさも中くらいで、それほど目立つ存在ではありません。信長の本廟もどこかにあるようなのですが、本堂裏の墓地のどこかは分からないままでした。ところで、なぜまたこの寺かといえば、この寺の清玉上人は信長と親しく、本能寺の変の際、異変を察知し、本能寺に向かったのですが、間に合わず信長の遺骸を持ち帰りました。さらには明智光秀に談判し、信長の息子、信忠らの遺骸を収容、供養し墓を立てたというのです。当時は巨大な寺院だったようですが、それにしても、日本の歴史上の最大のスターとも言える信長の墓がこんな目立たない寺にあったとはびっくりです。
- 旅行時期
- 2013年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2013年02月17日
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投稿日 2013年02月17日
総合評価:3.0
国技館の最寄り駅、JR両国駅の南側住宅街に忠臣蔵の一方の当事者、吉良上野介が住んでいた吉良邸がありました。かつて8400平方メートルという大邸宅だったようですが、現在は100平方メートルほどの小さな敷地で、本物かどうかは定かではありませんが、ナマコ壁と黒塗りの門に囲まれてました。中には自由に出入りでき、中央に吉良上野介の座像、討ち入った赤穂浪士が切った吉良の首を洗ったという「みしるし洗い井戸」がありました。ところで、格式の高い吉良のような人物がなぜ江戸城から離れた両国のような場所に住んでいたのかなあと不思議に思いました。パンフを読むと、松の廊下の刃傷沙汰の時は江戸城に近い鍛冶橋に住んでいたのに、赤穂浪士が討ち入りにはいるという噂で周囲の大名から苦情が寄せられ、両国に移されたのだそうです。このことで、さらに討ち入りしやすくなったというのが世間の見方のようでした。
- 旅行時期
- 2013年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2013年02月17日
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投稿日 2013年02月17日
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投稿日 2013年02月16日
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投稿日 2013年02月16日
総合評価:3.0
日本のあちこちの海岸で見かける夫婦岩。大きな岩と小さな岩が並び立つ光景は、さほど珍しいものでもないような気もしますが、伊勢市にある二見興玉神社の夫婦岩はちょっと特別なようです。2つの岩に渡されたしめ縄は「結界の縄」という名前が付けられ、縄の向こう側は聖なる場所、手前は俗界なのだそうです。しめ縄の長さも35メートルに決まっていて、岩への巻き方も決まっているとか。どこでも見かける夫婦岩とは別物ってことなのですね。だけど、あの地形って、浸食でむき出しになった地層の真ん中に穴があき、そのうち背の部分が崩れてできただけのような気もするんですけどねえ。
- 旅行時期
- 2009年07月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
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投稿日 2013年02月16日
総合評価:3.0
観光で各地の古い町並みは結構、訪れていますが「ここまでやればすごい」と思ったのが伊勢のおはらい町通りです。伊勢神宮内宮の宇治橋へと続く800メートルの通りは、ここはお江戸の時代か映画のセットかと思わせるほど古い家々が延々と続くのです。もちろん、どの家も建っているだけではなく、土産物屋に団子屋、喫茶店、真珠屋さん。あの赤福の本店などもあり、歩くだけで楽しくなってしまいます。伊勢神宮の門前町として成長し、一時期は寂れたこともあったようなのですが、電線の地中化や石畳敷設など観光スポットとしての開発を進めた結果、かつてのような賑わいを取り戻したとか。途中、交差するように「おかげ横丁」も登場してきます。
- 旅行時期
- 2009年07月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
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投稿日 2013年02月16日
総合評価:3.0
黄門さまこと徳川光圀と幕末に活躍した徳川斉昭って水戸の人々にとっては格別の存在だったのでしょうね。そんな風に思ったのが、偕楽園近くにある常磐神社を訪ねた時のこと。徳川御三家の一つ、水戸藩の神社なら代々の藩主を祀るのがふつーだと思いましたが、この神社が祀っているのは、光圀と斉昭だけなのです。何でまた2人だけと思って神社の看板を見ていると、実は藩の神社というわけでなく、明治に入って2人を慕う水戸藩士によって建立された神社なのでした。とはいっても、全国区の2人だけを祀るなんて、ちょっとミーハーすぎですよねえ。
- 旅行時期
- 2009年09月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
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投稿日 2013年02月16日
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投稿日 2013年02月16日
総合評価:3.0
「待ちぼうけ」など、ある一定以上の年齢の人なら誰でも口ずさめる童謡や唱歌を数多くつくった柳川市出身の詩人、北原白秋の生家が公開されてました。元々は裕福な造り酒屋の家で、当時の商家の暮らしぶりを示す数々の品々が展示されてました。そんな中でも見どころは白秋のデスマスクでしょう。1942年11月2日、東京の阿佐谷の自宅で死んだ際に取られたものでした。口ひげまできれいにうつし取られており、写真の顔そのものだけど、リアルな分、ちょっと怖い感じもしました。
- 旅行時期
- 2009年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅























