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amaroさんのトラベラーページ

amaroさんのクチコミ(117ページ)全3,113件

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  • 見どころは富士塚

    投稿日 2013年03月13日

    鉄砲洲稲荷神社 築地

    総合評価:3.0

    銀座からそう遠くないのに閑静な住宅街が広がる中央区の湊地区。江戸幕府の鉄砲試射地があったことから鉄砲洲と呼ばれるこの地区に鉄砲洲稲荷神社があります。こちらの見どころはなんといっても、歌川広重の絵本江戸土産にも描かれた有名な富士塚です。1790年につくられ、築造には富士山の溶岩が使われたともいわれています。かつては相当な大きさがあったみたいですが、現在は高さ5・4メートルほどで、裏手にあるマンションから見下ろされる位置になっており、ちょっと寂しそうではあります。

    旅行時期
    2012年01月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 佐賀の清酒並びます

    投稿日 2013年03月13日

    峰松酒造場 (肥前屋) 太良・鹿島

    総合評価:3.0

    美しいとは言い難いけど、江戸や明治の時代の風情のある町並みが特徴の肥前浜宿。中でも人気を集めているのが、国道207号と交差した場所にある観光酒蔵肥前屋。観光バスが到着すると、どどっと利き酒などを楽しむ観光客が入っていきます。コクがあって甘めが特徴の佐賀の日本酒を扱っており、地元の光武酒造、峰松酒造の清酒が並んでました。

    旅行時期
    2009年06月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 人気はなさそうだったけど

    投稿日 2013年03月11日

    舘山寺 舘山寺温泉

    総合評価:3.0

    舘山寺温泉って温泉町というより、レジャースポットなのねと感じたのは、地名となっている曹洞宗のお寺、舘山寺を訪れたときのこと。地域を象徴する建物なので門前町風になっているのかなと思ったら、さにあらず。町外れの北側の丘の上にひっそりと建ってました。かなりの古い建物ですが、歴史的な建造物なのか、管理の問題なのかはよく分からず。ただ、あまり人は来てないなと言うことは分かります。でも、本堂横にある縁結び地蔵尊、子授け観音といういかにもカップル向けのお堂には絵馬が鈴なり。若い(とは限りませんが)カップルが結構、来てるのねとも思いました。

    旅行時期
    2012年05月
    利用した際の同行者
    社員・団体旅行

  • この造りで常夜灯と言われてもねえ

    投稿日 2013年03月10日

    石川島灯台(人足寄場跡) 月島・勝どき

    総合評価:3.0

    高層ビルが林立する東京・佃島の隅田川沿いに灯台というか、江戸時代の常夜灯のようなデザインの建物。もちろん、一瞬で新しい建物と分かりますけどね。下の方はトイレだし。かつてこのあたりには、隅田川、品川沖を行き交う船舶のため常夜灯がありました。無宿人たちの職業訓練などを行った自立更正施設「人足寄場(にんそくよせば)」があり、彼らが労働力だったそうです。とはいえ、歴史的な施設があったことは分かるけど、もうちょっと本物らしくつくれなかったのかなあ。

    旅行時期
    2012年01月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 1964年まで渡船がありました

    投稿日 2013年03月10日

    佃島渡船の碑 月島・勝どき

    総合評価:3.0

    CMによく登場する大川端リバーシティがある東京・佃島。隅田川沿いの土手下に「佃島渡船跡」碑があります。月島駅があったり佃大橋、中央大橋があってとても島とは思えないけど、かつては佃島渡船で渡るしかありませんでした。というとお江戸の昔のように感じますが、渡船が廃止になったのは佃大橋が開通した1964年とかなり最近なのです。といっても、土手下の小さな碑で見つけるのに苦労しちゃいました。

    旅行時期
    2012年01月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 東京のビル街に戦前の住宅

    投稿日 2013年03月10日

    高瀬家住宅 月島・勝どき

    総合評価:3.0

    東京・佃島のビル街に区民有形文化財の住宅があることを知り、大都会で珍しいなと思ってウオッチングに出かけました。高瀬家住宅というそうです。シャッターが閉まっていて何の店かよく分かりませんでしたが、1931年雑貨商を営むために建てられたそうです。とはいうものの、あまり古さは感じず、ふつーの家という雰囲気でした。

    旅行時期
    2012年01月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 東京の外国人居留地の存在示す

    投稿日 2013年03月10日

    アメリカ公使館跡 築地

    総合評価:3.0

    幕末の外国人居留地といえば横浜や長崎をイメージしますが、東京の築地一帯もかなりの規模だったようです。そんな歴史を示しているのが聖路加病院の真向かいにある聖路加ガーデンに置かれている「アメリカ公使館跡」の碑です。といっても説明板があるだけなので、イメージするのは難しいかな。1859年、元麻布の善福寺に置かれた公使館は1875年、こちらに移転。さらに1890年には虎ノ門のアメリカ大使館の場所に移転しました。聖路加一帯はミッション系学校の発祥地の碑が並びますが、外国人が多い町だったんですねえ。

    旅行時期
    2012年01月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 正面に小野川湖

    投稿日 2013年03月10日

    涼風峠 裏磐梯・猫魔

    総合評価:3.0

    裏磐梯3湖の一つ、小野川湖を真正面で見下ろすことができるのが、磐梯吾妻レークラインの涼風峠です。標高約870メートル。道路沿いにある広めの駐車スペースに車を停めて、湖ウオッチング。青く輝く湖面、浮かぶ大小の島々のコントラスト−なーんてパンフには書いてあったけど、残念ながら西日が当たる夕方だと、かすんでよく見えませんでした。

    旅行時期
    2011年10月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 磐梯山の仕組み、学ぶのに最適

    投稿日 2013年03月10日

    磐梯山噴火記念館 裏磐梯・猫魔

    総合評価:3.0

    優美さと荒々しさを兼ね備えた磐梯山。どんな生い立ちで、どんな歴史を辿ってきたかを知るのに格好の施設が磐梯山噴火記念館です。磐梯山は1888年の水蒸気爆発で大規模な山体崩壊が起き、死者500人近い大惨事になりました。火山って決して美しいだけではないんですよね。そんな意味からも、こうした施設で火山の仕組みをしっかり学ぶことも大事かも。

    旅行時期
    2011年10月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 消えずの霊火真向かいに弥山本堂

    投稿日 2013年03月10日

    弥山本堂 宮島・厳島神社

    総合評価:3.0

    お寺の本堂といえば、町中のお寺でない限り、仏さん近くまで寄れないもの。でも、さわれそうなぐらい近くから見られるのが宮島にそびえ立つ弥山の本堂でした。弥山というと山の名前とばかり思っていましたが、こちらのお寺も弥山というそうです。この場所で唐から帰国した弘法大師が百日間の修行を行ったという言い伝えがあります。求聞持堂ともいいます。それにしても、あまりにも仏さんが近すぎて、困っちゃいました。真向かいにあるのが消えずの霊火堂です。

    旅行時期
    2012年01月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • だんじり駆け抜けるアーケード

    投稿日 2013年03月10日

    岸和田駅前通商店街 岸和田・貝塚

    総合評価:3.0

    妙に天井の高さが気になるアーケード街が南海岸和田駅前の岸和田駅前通商店街です。当時、NHK朝ドラ「カーネーション」の舞台が岸和田だったこともあって、あちこちでポスターを見かけました。地方都市だとシャッターが閉まっている店が多いのですが、こちらはほとんど見かけず、人気を保っているんだなと安心しました。ところで天井の高さは、ご存じ岸和田名物のだんじりが駆け抜ける際、天井にぶつからないようにしてあるためだそうです。

    旅行時期
    2012年03月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 赤穂浪士が甘酒接待受けた場所

    投稿日 2013年03月10日

    赤穂義士休息の碑 木場・東陽町・清澄

    総合評価:3.0

    赤穂浪士が討ち入りを終えた後、休息の場を与え、甘酒の接待を行った店が現在も生き残っていたとは−永代橋そばのビル入り口にある赤穂義士休憩の地と書かれた石碑を見て、それを知りました。石碑を立てた株式会社ちくま味噌の前身が乳熊屋。主人の竹口作兵衛が四十七士の1人、大高源吾と俳諧の友だった縁で、そんな接待が行われたようです。このエピソードを知ると、当時の江戸庶民が赤穂浪士をどう見ていたか分かるような気もします。

    旅行時期
    2012年03月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • モデルはライン川の鉄道橋

    投稿日 2013年03月10日

    永代橋 日本橋

    総合評価:3.0

    かつて「帝都東京の門」と呼ばれたのが、隅田川に架かる永代橋です。関東大震災の後の大正15年の建設ですが、モデルになったのはドイツ・ライン川に架かるルーデンドルフ鉄道橋。満潮だったせいか、川面が橋スレスレで大丈夫かなと思ってしまいました。ところで、永代橋といえば、吉良邸に討ち入った赤穂浪士が江戸中心へと向かうために渡った橋。当時の橋は1698年に造られた初代の橋のようですが、当時の技術でこんな満々とした川にどうやって橋をかけたのか、不思議な気もします。

    旅行時期
    2012年03月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 八重の兄も訪れたのかな

    投稿日 2013年03月10日

    佐久間象山塾跡 銀座・有楽町・日比谷

    総合評価:3.0

    NHK大河ドラマ「八重の桜」を見ていてヒロインの兄が江戸にある佐久間象山の砲術塾を訪れるシーンがありましたが「ここだったのかな」と思われる場所が永代橋近くにありました。歩道横の空き地に佐久間象山砲術塾跡という顔写真付きの看板が立っています。象山がいた松代藩の下屋敷がこの辺りにあり、ここで砲術を教えていたそうです。門下生は八重の兄だけでなく、勝海舟、吉田松陰らもいました。今はビルだらけの都会ですが、当時のことを想像すると、面白いですよね。

    旅行時期
    2012年03月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • かつては豪商の敷地に

    投稿日 2013年03月10日

    冬木弁天堂 木場・東陽町・清澄

    総合評価:3.0

    弁天さまというと、個人の物ではなく地域のものという感じがしますが、その昔はお金持ち達が結構、自分の敷地などに造っていたようです。東京の下町、門前仲町と深川の境目のある冬木弁天堂もそんな弁天さま。木場の材木豪商、冬木弥平次が18世紀初め広大な敷地の中につくったのが始まりで、明治の初めから一般にも公開されるようになったとのこと。関東大震災で焼失後、1953年に再建されました。そんなこともあって、特段の御利益はないみたいでした。

    旅行時期
    2012年03月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • かつて岩崎家の庭園

    投稿日 2013年03月10日

    清澄庭園 木場・東陽町・清澄

    総合評価:3.0

    東京の下町・深川を散策していて東西に清澄庭園と清澄公園が並んでいることに気づきました。有料の庭園に入らず、無料の公園をぶらぶらしましたが、なぜこんなことになったのかな、と思ったら、その全体が三菱の岩崎家が造った庭園だったんですねえ。関東大震災で西側は壊滅的な打撃を受け、被害が軽かった東側が東京市(当時)に寄付された上で庭園として公開。西側はそれからずっと後の1978年、東京都が購入して公園として整備したそうです。2つ合わせるととんでもない広さ。やっぱ岩崎家ってすごいかったんだあ。

    旅行時期
    2012年03月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • ポツンとマンション横に間宮林蔵の墓

    投稿日 2013年03月10日

    間宮林蔵の墓 木場・東陽町・清澄

    総合評価:3.0

    東京・深川のマンション横にポツンと間宮林蔵の墓があります。それなりの敷地があるので、どこか偉い人というのは想像できますが、かなりの唐突感でした。樺太を探検し、ベーリング海峡(間宮海峡)の存在を初めて明らかにした歴史上の人物ですが、肩書は幕府の役人。自宅のこの辺りにあったそうです。東京大空襲で焼失後、戦後すぐに再建されたとのことです。

    旅行時期
    2012年02月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 鎌倉の海岸線一望

    投稿日 2013年03月10日

    鎌倉海浜公園由比ガ浜地区 鎌倉

    総合評価:3.0

    鎌倉から江の島に向かって海沿いに歩いていくと、由比ケ浜から材木座、逗子方面の海岸線がきれいに見える三角形の公園がありました。入り口には鎌倉海浜公園の看板がありました。三角のスペース全体には芝生が敷かれ、海を見ながらのんびりできるようになってました。もっとも訪れた日は寒風の吹く冬の1日。かなり寒かったけど。

    旅行時期
    2012年02月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 真正面に房総半島

    投稿日 2013年03月10日

    観音埼灯台 横須賀

    総合評価:3.0

    東京湾の入り口ってこんなに狭かったのかと実感させてくれるのが、三浦半島の東端に立つ観音埼灯台です。らせん階段を登り、てっぺんに着くと正面に見えるのが、房総半島の富津岬。わずか7キロしかないそうで、市街地がかなりはっきり見えました。間を通る浦賀水道は、東京や横浜へと向かう船舶がひっきりなしに通っていきます。なかなか気持ち良い眺望でした。

    旅行時期
    2009年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦

  • 一大イベントの割には少ない展示

    投稿日 2013年03月10日

    ペリー記念館 横須賀

    総合評価:3.0

    ペリーの黒船襲来といえば、明治維新につながる歴史上の一大イベントですが、それにしては寂しいなと感じたのがペリー記念館でした。ベリー上陸を示す記念碑があるペリー公園の片隅にある2階建ての小さな建物で、米国艦隊の日程や、浦賀沖に停泊中の艦隊の様子などのジオラマが展示されていました。テレビドラマで見るような大騒ぎがホントだとしたら、もっと充実させた方がいいのかなと思いました。もっとも、幕府は長崎を通じた情報で、米国艦隊の襲来などほとんど予測していたとも言われていますから、案外、冷静な行動で展示するようなものは少なかったのかもしれません。何せ、幕末以降の歴史は薩長によってつくられたようなものですからねえ。

    旅行時期
    2009年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦

amaroさん

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37都道府県訪問

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