2015/07/10 - 2015/07/19
28位(同エリア1556件中)
ウェンディさん
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- 旅行記382冊
- クチコミ2269件
- Q&A回答130件
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その昔、悪魔に魂を売り、その代償として魔力を手に入れた大魔道師と呼ばれる一人のムーア人の王がいました。
王はベガの大地を己の居城と決め、小高い丘の上に荒野を一望できる塔を建て、その塔の外門に【手】を、内門に【鍵】を彫刻し門にまじないを施し、塔の中へと消えました。
大魔道師が人々の前から姿を消してから数百年の間、その間に幾度もベガの大地を大きな地震が襲い、人間が建てた多くの石造りの建物は崩壊し、多くの人々がその命を失いました。
しかし、大魔道師であった王が魔術を施したその門だけは呪文に守られ、度重なる大地震で傷一つ付くことはありませんでした。
人々は、大魔道師によりまじないを掛けられどんな大地震にもビクともしない石造りの門を畏怖し、大きな天災が起きる度に、門の地下深くの秘密の宮殿で今なお数百年の命を生きながらえているかもしれない大魔道師に想いを馳せました。
大魔道師がまじないをかけ、数百年もの間その姿を変えていない石造りの門。
その門は現在でも、ベガの大地にその姿を留めています。
そして、その門があるグラナダには、大魔道師に関するもう一つの伝承が残されています。
その伝承とは…、
大魔道師の掛けた呪文にも効力が切れる日がやって来る。
その運命の日、塔の外門に刻まれた【手】が伸び、内門に刻まれた【鍵】を掴む。
その瞬間、大魔道師が建てた建造物は崩れ落ち、ムーア人が隠した財宝が再びこの世に蘇る…と。
その門;魔法の門があるのはグラナダのアルハンブラ宮殿。
魔法の門は、現在ではアルハンブラの【裁きの門】と呼ばれています。
☆★☆★☆旅程 2015/7/10?2015/7/19☆★☆★☆
□7/10 成田発 夜 - EK便-
□7/11 ドバイ着 - 乗換4時間(EK便) - マドリード着 昼, コルドバ迄レンフェ移動, コルドバ観光
□7/12 コルドバ観光 グラナダ迄バス移動, グラナダ観光
■7/13 グラナダ観光
□7/14 グラナダ観光, ロンダ迄バス&レンフェ移動, ロンダ観光
□7/15 ロンダ観光, 白い村迄バス移動, 白い村(サアラ・デ・ラ・シエラ)観光
□7/16 白い村(サアラ・デ・ラ・シエラ)観光, ロンダ迄バス移動, マドリード迄レンフェ移動
□7/17 マドリードからセゴビアへレンフェで日帰り旅
□7/18 マドリード街歩き, マドリード発 午後 - EK便-
□7/19 ドバイ着 - 乗換2時間(EK便) - 成田着 夜
☆★☆★☆初・初・初の女子二人旅 旅行記☆★☆★☆
【1】灼熱のフライパンを歩く?旅の始まりは42℃の洗礼?:
http://4travel.jp/travelogue/11034201
【2】メスキータとアルカサル?コロンブスの発見は何をもたらしたのか?:
http://4travel.jp/travelogue/11037016
【3】真夏が見せた蜃気楼?礼拝堂で見たものは…?:
http://4travel.jp/travelogue/11046902
【4】時に浮かぶ幻想宮殿 Alhambra :
http://4travel.jp/travelogue/11062297
【5】魔法の門が崩れる瞬/グラナダの熱い夜:
http://4travel.jp/travelogue/11069115
【6】チュロスとホットチョコで始まるグラナダの朝:
http://4travel.jp/travelogue/11076609
【7】≪特命指令≫ シロキ マチ ヲ コウリャク セヨ:
http://4travel.jp/travelogue/11079496
【8】行ってみたい白い村 Zahara de la Sierra
http://4travel.jp/travelogue/11102653
【9】孤高の砦へダンジョン探検
http://4travel.jp/travelogue/11203550
【10】ガイドブックにはないセゴビア
http://4travel.jp/travelogue/11253212
【11】怒りと抗議の魂≪ゲルニカ≫
http://4travel.jp/travelogue/11254478
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
-
友人と旅する灼熱のスペイン旅も滞在三日目。
朝一でアルハンブラ宮殿へとやって来た私達は、アルハンブラの城塞であるアルカサバとアルハンブラの薔薇;ナスル朝宮殿を心行くまで堪能した。
ムーア人の残した繊細な彫刻や建物に心を奪われ、大満足だったのだが…。
グラナダの40℃を超える灼熱の暑さは体中の水分を奪い、汗すら出なくなってくる危険な状態、本物の干物オンナと化しそうになってしまった。
熱中症の一歩手前だった友人と私は、迷わずランチ休憩へ。
風の通るホテル(ホテル・アメリカ)の中庭で、昼間からランチ・サングリア♪
サングリアはお酒の筈なのだが、まるで水の様にぐいぐいと体に吸収されてしまう。アルハンブラ宮殿 城・宮殿
-
昼食後は、アルハンブラ宮殿の中庭を通り、太陽の丘にあるヘネラリーフェへと向かう。
ヘネラリーフェへの道は1本道。
迷うような道ではないのだが、この道が大変な道だった。
何が大変かというと…。
そこは、日中の時間帯は影が全く出来ない道。
40℃を超すギラギラな太陽の光が、曲がり角をとうに過ぎたお肌に容赦なく降り注ぐ道だった。グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン地区 城・宮殿
-
でも、実はこの道沿いはアルハンブラ宮殿の中では果樹園とも呼ばれる場所で、1年を通して250種ほどの草木や果実が実る木々が植えられている道でもある。
気温があまりにも暑すぎて、植物を楽しむ余裕はそんなにはなかったのだが、それでも道端の日陰に咲く可愛らしい花を見つけると足を止めたりもした。 -
そして、道沿いにあるのは果樹園や庭園ばかりではない。
城壁沿いに小さな塔がいくつかあり、アルハンブラにまつわる伝説が残る場所もある。
この写真の塔はTorre de Infantesで、その意味は王女の塔。
その昔にムーア人の王が、美しく成長した3人の王女たちを幽閉していたと塔であると云われている。
こんな飾り気のない塔に王女を幽閉…とは嘘みたいな話だが、W.アーヴィングの著書を読んでから眺めると、あながちウソとも言い切れない部分がある。
その証拠が塔の外観から分かる場所がある。
それは、窓。
塔の窓をよく見ると、窓枠に細やかなアラベスク装飾が施されているのが分かる。
ただの見張り塔ならば窓枠は飾りもなくただの四角形の筈で、こんな通り道にある様な見張り塔にわざわざ手のかかることをすることは無いだろう。
多分、塔の内側には今でも繊細で豪華なアラベスク彫刻が残されているのかもしれない。 -
塔の外壁は風雨でかなり傷んでいるため、何も知らない観光客は「塔がある…」とそのまま素通りしてしたが、少しでも時代的背景や伝承を知っていると、たった一つの窓の細工にもその意味があることが分かり、面白い。
この塔に閉じ込められていたのは3人の美しい王女たち。
ムーア人の王は、娘たちが良からぬ男たちの目に触れぬようにと彼女たちを小さな塔へと幽閉したのだが、好奇心旺盛な年頃の娘たちにとっては、それは全く逆効果。
世の親の思う方向へと娘たちが動いてくれないのは、今も昔もいつの世も同じこと。
王女たちは、塔の近くで戦争捕虜の奴隷として働かされていた貴族の子弟とふとした偶然から恋におちてしまった。
そしてアルハンブラが深い眠りに落ちた時刻に、この窓から縄梯子で塔を抜けだし、駆け落ちをしてしまったという。
ただし、駆け落ちをしたのは3人の王女の内の2人だけ。
末っ子の王女ソラアイダだけは残される年老いた父王の事を思い、縄梯子を降りることが出来なかった。
結局2人の姉だけが籠から羽ばたき新たな世界へと足を踏み入れることができ、残された王女ソラアイダはこの塔でその短い生涯を遂げた…と伝説は伝えている。
そして、ソラアイダ王女の魂はムーアの悪魔の囚われの身となり、その後何世紀もの間、この塔に縛られ続けていた…と云う。 -
炎天下の庭園を歩く事15分、ようやく太陽の丘にあるヘネラリーフェへと辿り着いた。
ヘネラリーフェ庭園はアルハンブラ宮殿の中でも一番高台にあり、王たちの夏の離宮として建てられたとされているが、それぞれの建物の建つ土地の標高差はせいぜい10mもない感じだ。
ヘネラリーフェ庭園は避暑地というよりも、政治の場であったナスル朝宮殿とは一線を画す憩いの場的な意味で作られた場所なのだろう。 -
ヘネラリーフェのゲートには葡萄の木がその枝を這わせ、涼やかな空気を演出していた。
まだ青いが、葡萄の実もなっている。
あと1か月もすれば、この辺りは葡萄の甘い香りに包まれるのだろう。 -
イチオシ
ゲートをくぐると目の前に現れるのは、ヘネラリーフェで一番有名な場所であるアセキアの中庭。
スペインの大地で花開いたイスラムの水の庭園に、軽やかな噴水の水音が響いていた。 -
小さな噴水のアーチが水のトンネルを作り出す。
このアセキアの庭園で噴水の水が奏でる音、この音があの名曲である“アルハンブラの思い出”を作り出したと云われている。
作曲家のフランシスコ・タレガがアルハンブラ宮殿を訪れ、ヘネラリーフェ庭園で噴水の水音を耳にし、曲へのインスピレーションを受けたそうだ。水音があの名曲を作った by ウェンディさんアセキアの中庭 建造物
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庭園を取り囲む回廊部分の壁にも緻密な透かし彫りの彫刻が施されていた。
離宮と云えども、壁装飾に手抜きはない。 -
窓にも細かくアラベスク模様が彫り込まれ、差し込む陽射しが小さな光のラインとなって回廊へと降り注ぐ。
この時まで、イスラム建築は窓にまで装飾を施していて、その彫刻は綺麗だけど若干やりすぎ感もあるかも…なんて思いながらこれらの窓を見上げていたのだが、もしかして…とあることに気がついた。
この窓のアラベスク模様の彫刻は装飾の意味もあるが、実はもっと実用的な目的で作られたのではないか…と思えてきたのだ。
夏のグラナダは、外気温が40℃にも達する灼熱の土地となる。
建物は窓を大きくとり、風通しを良くすることで建物内に籠る熱を少なくするのだろうが、素通しの窓では太陽光線がそのままダイレクトに入り込んできて、かえって室内部分の気温が高くなる可能性がある。
でも、窓に格子状にアラベスク模様の彫り物を施せば、風は素通しするが光は分断され、室内へと入り込む光量はかなり少なくなるだろう。
そして冬のグラナダは、雪が積もる位の寒い場所。
やはり、素通しの窓では風が多く入り込み過ぎるし、かといって窓が無ければ暖かい日差しを室内に取り込むことも出来ない。
そんな時、格子状の窓ならば、部屋に吹き込む風量を適度に抑えつつ、太陽光の温かさを室内に取り入れることができる。
もしかしたらこれらの窓のアラベスク模様の装飾は、凄く実用性の高いデザインだったのかもしれない。 -
回廊の西側の壁には大きなアーチ型の窓が開けられているが、実はこの窓はレコンキスタ後のキリスト教徒の支配下に入ってから作られた窓だ。
-
イチオシ
窓から見えるのはグラナダ市街の白い街並みとオレンジの屋根。
遠くにはベガの沃野も見える。 -
ヘネラリーフェにある庭園はアセキアの中庭だけではない。
他にも小さな庭園がある。
この写真はスルタナ(王妃)の中庭と呼ばれる場所で、緑の植栽が庭園のあちこちに見られる。
で、この王妃の中庭のオーディオ・ガイドの説明。
この説明には友人も私もかなり驚かされた。
オーディオ・ガイドの説明なので偽りはないとは思うのだが、驚かされたのはこの中庭の利用方法だ。 -
この王妃の中庭は、宮廷の女性たちと男性たちとの憩いの場、愛の交歓場所としても利用されることが多かったそうだ。
低木の茂みが多く、噴水が水音を賑やかに奏でるこの場所は小さな物音を消してくれる密会には最適の場所だったのだろう。
そして、ヘネラリーフェ庭園は男女の睦み合い以外にも、政治的な裏取引の密会場所としても使われていた。
ヘネラリーフェの庭園はアルハンブラの思い出の名曲が生まれた場所だ…とは知っていたが、まさかそのような使い方をされていたとは…と云うのが正直な感想だ。離宮の庭園は、密約の場でありxxxな場所だった by ウェンディさんヘネラリーフェ庭園 自然・景勝地
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イチオシ
ヘネラリーフェの庭園を見学した後は、アルハンブラ宮殿の最後の見所であるパルタル庭園へと向かう。
アルハンブラ宮殿は別名、水の宮殿とも言われる場所。
パルタル庭園では、そんな名前の由来となった景色を見ることができる。
アルハンブラ宮殿内に階段状に存在する四角いイスラム様式の池。
これらの池の水は土地の高い方から低い方向へと向かうように勾配のつけられた水路で繋がれている。水を効果的に魅せる庭園 by ウェンディさんパルタル庭園 広場・公園
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高い位置にあった池の水は庭園の中の細い水路を通り、下流の池に流れ込む。
そして、夏の間は庭園内を流れ落ちる水がその気化熱で周りの空気を冷やすように工夫されている。
更に水路の周りはイスラムアーチで飾られ、流れ落ちる水を利用して育てられているグリーンが塀を覆い、涼しさを演出している。 -
池には睡蓮の花が咲いていて優雅な感じを演出していたのだが、40℃の灼熱の太陽の下で咲く睡蓮の花。
あまりに綺麗に咲いているので思わず造花疑惑を持ってしまった。
でも、花によっては褐色になっている部分もあったので、多分本物なのだろう。 -
貴婦人の塔があるパルタル庭園は現在、修繕途中でところどころに梯子が掛けられていた。
せっかくの機会なので、可能ならば壁装飾の修繕風景も見てみたかったのだが、残念ながらこの日は作業を見ることはできなかった。2015年は修復中/貴婦人の塔 by ウェンディさん貴婦人の塔 建造物
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貴婦人の塔は、アルハンブラの丘の中でも風の通り抜ける場所にあるので、その外壁も内壁もかなり痛みが激しい。
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しかし、風の当たらない船底型の天井装飾は(修復済なのかもしれないが)かなりきれいに残っている。
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星形の寄木細工や木で作られたモカラベ装飾風な天井には様々な模様があり、見ていて飽きない。
昔は貴婦人のために使われていたこの塔も現代では鳩の巣穴となっていて、側面の装飾部分には鳩がやってきては、木切れを穴に突っ込んだりと巣穴のメンテナンスを行っていた。 -
貴婦人の塔の大きな窓から向こう側を見ると、そこには先ほどまで居たヘネラリーフェ庭園の姿が見える。
もしかして、ムーア人の王はこの窓からそうっとヘネラリーフェ方向をチェックし、誰が庭園内に居るのかを絶えずチェックしていたのかもしれない。 -
アルハンブラ宮殿の散策は基本的にはパルタル庭園で終わりなのだが、実はまだ訪れるべき個所が残っている。
それは、アルハンブラ宮殿の陥落(1492年)以降に建てられた建物だ。
その建物一つがこの写真のカルロス五世宮殿で、欧州風のドーリス式、イオニア式、コリント式の混合様式の建築物だ。
(撮影はこの日の朝、アルカサバより) -
カルロス五世宮殿内へと入ると、この日に見てきたムーア人の造ったアルハンブラ宮殿との建築様式の違いが良くわかり、まるでギリシアやイタリアの建物の中に居るかのような錯覚に陥る場所だった。
カルロス五世宮殿の建物自体は美しいフォルムだと思うのだが、アルハンブラの景観の中にあると異質な建造物でしかない。
美しいイスラム建築の中に欧州風の建物を作ってしまったカルロス五世とはかなり変わった人物だったのかもしれない。
帰国後に、このカルロス五世の事が気になり調べてみたら、意外なことが分かった。
カルロス五世はアルハンブラを陥落したカトリック両王(イザベルとフェルナンド)の孫にあたる人物で、コルドバの世界遺産メスキータの中に異様に豪華なカトリック大聖堂を作る許可を与えてしまったカルロス一世と同一人物(カルロス五世=カルロス一世となるのだが、彼はスペイン王のみならずドイツ王でもあったためスペインではカルロス一世、ドイツではカルロス五世の名を持つ)だったというのだ。アルハンブラ宮殿の引き立て役となってしまった建物 by ウェンディさんカルロス5世宮殿 城・宮殿
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カルロス五世は幼い頃に母と離別し外国で育てられたため、祖父母の歴史に疎い王であった。
それ故に、コルドバの美しいメスキータの柱を壊してまでカトリック大聖堂を作る許可を与え、アルハンブラの中にもこのような異質の建物を作ってしまったのだろう。
カルロス五世は馴染みの薄い祖国スペインで己の業績を残すために、ムーア人の王よりも素晴らしい建物を作り自分の名を後世に残そうと必死だったのだろう。
しかし結果的には彼が作らせたカルロス五世宮殿は、逆にその存在がアルハンブラの他のムーア建築物の美しさを引き立て役となってしまっているとは、皮肉なことだ。
(写真はカルロス五世宮殿:一階はドーリス式建築、二階部分はイオニア式建築) -
アルハンブラ宮殿を後にする前にカルロス五世宮殿内にあるミュージアムショップに立ち寄る。
お店の中には写真集やイスラムタイル模様の小物があり、オシャレな雑貨も多かったのだがそのお値段は安くはない。 -
そんな中でムーアの王たちが暮らしていた頃のアルハンブラの様子を描いたエッチング画(12ユーロ)を見つけ、自分土産にと購入した。
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イチオシ
土産も買ったし、アルハンブラ宮殿の散策もこれでおしまい…な気分な友人と私は、さっそうと出口へと向かう。
しかし、出口へと向かう途中で大事な忘れ物に気が付いた。
忘れ物とは、アルハンブラを作った大魔道師の『鍵』と『手』のある場所!
『裁きの門』をまだ見ていなかったのだ。
でも、大きな問題はない。
裁きの門があるのは私達がこれから向かう出口方向。
という事で、裁きの門へとやって来た。
裁きの門があるのはアルハンブラの城壁の南の端。
W.アーヴィングの著書であるアルハンブラ物語を読んでいなければ何も気づかずに通り過ぎてしまう門かもしれない。アルハンブラの【手】と【鍵】がある門 by ウェンディさん裁きの門 建造物
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門をよく見ると馬蹄形をした外門の上部には『手』、そして内門の上部には鍵が描かれている。
内門の上にある青く彩られた部分にあるマリア像はムーア人の建造物ではなく、レコンキスタ後にキリスト教徒によって彫り込まれた物だ。
アルハンブラに残された伝承によれば、運命の日がやってくると外門に刻まれた『手』が伸び、内門に刻まれた『鍵』を掴む。
その時、この裁きの門は崩れ落ち、ムーア人が隠した莫大な金銀財宝が再びこの世に甦る…。
スペイン政府がその伝承を信じ、この地の地下をエコー調査した…との噂は未だ聞いたことがないが、度重なる天災に疲弊した当時の民衆にとっては、そして現代に生きる私達にとっても、浪漫あふれるワクワクするような話であることには間違いない。 -
アルハンブラ宮殿からの帰り道は、のんびりと坂を下り、歩く。
その途中で見つけた銅像。
それは、アルハンブラ宮殿の探索を何倍も面白くしてくれた方:ワシントン・アーヴィングさん(アルハンブラ物語の著者)の彫像だった。
私の中の勝手なイメージでは、W.アーヴィングさんはいかつい髭を生やしたいかにも政府の役人的なおじさんだったのだが、彼がこんなに童顔だったとは少し意外だった。 -
アルハンブラの散歩道をグラナダの中心部であるヌエバ広場に向かって下る。
口コミ等ではこの坂は結構急で疲れるとの評もあったが、下る分には何の問題もなく(膝が痛くなる様な急な下りではなく)10分程度で、市街地へと通じる門へとでた。
この門は、スペインではPuerta de la Granada(グラナダ門)と呼ばれているのだが、門名のグラナダは地名ではなく柘榴(ザクロ)を意味している。
そして、この門は見るからにアラビア形式の門ではなく門の上には羽を広げた鷲がいたりと欧州形式の門だ。
造らせたのは誰かと云えば、コルドバのメスキータの改築やアルハンブラの中に場違いなカルロス五世宮殿を造らせたかの君;カトリック両王の孫であるカルロス五世君だということだ。
カルロス五世君は歴史的に見ればかなり偉大な王らしいのだが、この旅を通して形成された私の中のカルロス五世のイメージは、自己顕示欲の強い三代目のどうしようもない我儘社長みたいな感じかな。グラナダは柘榴を意味する by ウェンディさんザクロ門 史跡・遺跡
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ザクロ門からはゴメレス坂を下ってヌエバ広場へと向かう。
ゴメレス坂沿いには小さなお土産屋さんや商店が立ち並び、その店先を覗きながらの散歩。
アルハンブラ宮殿の“裁きの門”から“ザクロ門”を通ってヌエバ広場までの徒歩での所要時間は約15分程度なので、アルハンブラからの帰り道はアルハンブラバスを利用するよりもこちらの徒歩ルートの方が、雰囲気も良いのでお勧めだ。歩くならアルハンブラの帰りの下り道がお勧め♪/ゴメレス坂 by ウェンディさんゴメレス通り 散歩・街歩き
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朝からのアルハンブラ宮殿の散策で汗びっしょりとなった友人と私は一旦ホテルに帰り、シャワータイム。
ホテルはグラナダの中心部であるヌエバ広場近くなので、こういった時に簡単に立ち寄れる点が便利だ。ホテル マシア プラザ ホテル
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そして、16時。
グラナダの大聖堂であるカテドラルと王室礼拝堂の見学開始時間に合わせて再び外出する。
まず、最初に向かったのが王室礼拝堂だ。
王室礼拝堂にはアルハンブラ(グラナダ)をイスラム教徒から奪い返したカトリック両王(イザベル女王とその夫であるフェルナンド王)が眠る柩があり、地下に眠る二人の姿(柩)を見ることができる。
コロンブスにアメリカ大陸発見の資金を提供したイザベル…。
グラナダを無血開城させたイザベル…。カトリック両王と狂王女ファナの墓所 by ウェンディさん王室礼拝堂 城・宮殿
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今回の旅の中で、イザベル女王は私の中では一番のキー・パーソン。
だから旅の準備の時から、どんな方なのかお目にかかりたいと思っていた。
そして、王室礼拝堂で彼女が眠る柩に近づき、その存在を感じとる。
封建的な時代の流れの中で、自分で結婚相手を選び駆け落ち同然で結婚し、スペイン王国の祖となり、カトリック両王と呼ばれた女性。
時代の流れを読み、周りの意見に惑わされず、強い意志を持ち続けた女性。
子だくさんではあったが、その子供たちが歩んだ運命は決して幸多き道ではなく、後の世に神聖ローマ皇帝でありスペイン王でもあったカルロス五世(自己顕示欲の塊の君)の祖母でもあったイザベル。
その柩の前に立ち、じっと彼女を見つめてみる。
何か感じられるかな…と僅かに期待していたのだが、目の前にある大理石の白い像は沈黙したまま。
まぁ、そんなモノだろう。
(写真:イザベル女王の柩の上部:礼拝堂内は撮影禁止の為パンフレットからの写真) -
王立礼拝堂の前の道の敷石には鷲の紋章が描かれていた。
この紋章はカトリック両王の紋章で、鷲の胴体に当たる部分には盾が描かれていて、カトリック両王が支配したカスティーリャ、レオン、アラゴン、シチリアの国章が組み合わされている。 -
カトリック両王の墓所を訪れた後は、その隣にある有名なグラナダのカテドラルへと向かう。
グラナダのカテドラル(大聖堂)はレコンキスタ後にイスラム教の寺院であるモスクを壊した場所に建てられたもので、その内部は広く豪華絢爛で、日本のキラキラ仏壇を彷彿させるかのような祭壇が並んでいる場所だった。
友人も私もここまで金銀が使われた派手な大聖堂を見るのは初めてで、かなりあっけにとられてしまった。
最初は、コレは凄いね〜と驚きと感嘆の気持ちでカテドラル内部を見て廻っていた私達だったが、聖堂内を一周する頃になると二人とも何故か無口に…。
友人も私も考えていることは全く同じだった。
(写真撮影は禁止であったため、キラキラ祭壇の写真はない)その黄金は何処からやって来たのか by ウェンディさんグラナダ大聖堂 (カテドラル) 寺院・教会
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カテドラルを出た友人と私は、どちらからともなくポツリ、ポツリ…と話し始める。
「カテドラルの装飾は荘厳で豪華で金銀いっぱいで、凄かったよね」
「でもさ、此処で使われている黄金ってものすごい量だよね」
「この黄金って、どこからやって来たのだろう…」
二人とも、その先の答えは言わなくても分かっていた。
コロンブスが発見した南北のアメリカ大陸。
コロンブスが持ち帰った黄金に目の色を変えたスペイン政府は、フランシスコ・ピサロやエルナン・コルテスを南北アメリカに送り込み、その地を征服し植民地とした。
鉄砲も、馬も、黄金色の髪を持つ白き肌の人も知らなかったインカやアステカ・マヤ文明の人々は、征服者を神と信じ征服者の言葉に従い、その文明は滅びの道を辿った。
文明の財産であった黄金は征服者たちの船で大西洋を渡り、この地でカテドラルを作るための材料に変えられた…ことは想像に難くはなかった。
スペインの王室は自分達よりも後進的な文明を侵略し、略奪した金を用いて神の為の聖堂を作ったのだ。
私は宗教には詳しくないのでよくは分からないが、略奪戦争で得たもので神を祀る祭壇を造るという行為。
もし仮に神が存在するならば、神はそのような行為をヨシとするのだろうか…。
それをヨシとする神は、本当の意味での主なのだろうか…。
(写真:カテドラル側面の壁の装飾) -
カテドラルを見学して予想もしていない程ダークな気持ちになってしまった友人と私だったが、二人の取り柄は気分転換のスイッチの切り替えが早い事。
ぶらぶらと街歩きをしだしたら、早速カテドラルの壁沿いにスパイスや紅茶(フレーバーティ)を販売する出店を発見!
木の箱にはアラブの香りのするスパイスに様々なフレーバーティが沢山♪ -
実は、カテドラルの周りはミニ・アラブ街でアルカイセリアと呼ばれる小さなアラブの路地マーケットがひらかれる場所でもある。
アルカイセリアの路地に一歩足を踏み入れると、そこは革製品や香辛料、水煙草の匂いが漂うアラビアン・ワールドな場所。雰囲気はモロッコのスークだが、価格は欧州価格。 by ウェンディさんアルカイセリア 市場
-
アルカイセリアはモロッコのスークやメディナを思い起こさせるような場所だった。
でも、その価格帯はというとモロッコの様にお安い感はあまりなく欧州の観光地価格。
お買い物…と云うよりはアラブの薫りのする地域を愉しむ…くらいに考えておく方がよい場所かもしれない。
(写真:アルカイセリアのランプ屋さん) -
アルカイセリアを抜けて街の中を散歩する。
この辺りはグラナダの街の一等地なのだが空き家も目立ち、空き家にはAlquila(貸家)の看板が出ている。
経済が低迷し、失業率も高い(スペイン語の先生によれば本当に仕事が存在しないそうだ)スペイン。
明るく朗らかに見えるスペインの人々だが、経済に対する不安感は少なくはないのだろう。
(写真は、建物のベランダの裏面の床装飾があまりに可愛かったので…撮影) -
18時。夕食の時間だ。
今晩の夕食はタパスを食べようと決めていた。
夕方のグラナダ散歩の時に候補のお店を何軒か目星をつけておき、もう一度そのお店に立ち寄り、混み具合をチェック。
カマレロの雰囲気や客層を見て、此処のお店に決めた。
お店は、ビブランブラ広場にオープンテラスを広げるCafeteria Restaurante Alhambra。
レストランの様な肩ひじを張って食事をするところではなく、あくまでもタパスを食べることのできる店を探していて、選んだ決め手は生ビール+タパスで1.8ユーロ(約250円)という価格。
前夜はアルハンブラ宮殿を見下ろすテラス・レストランで最高の贅沢をしているので、この日は簡単な夕食でもよい…という事に。
この日のお店のタパスはビネガーのタップリと効いたポテトサラダ。
さらに、追加オーダーで酸味の効いたサルモレッホ(毎食の様に食べてはいるが、店により味は異なり、全く飽きない)にスペイン風オムレツのトルティージャ。
この日はこの後に洞窟タブラオに行くのであんまり飲み過ぎてはいけないと…生ビールは2杯までにしておいた(二杯飲めば十分だ…という声も聞こえてきそうだが…)
お会計は生ビール4杯+トルティージャ+サルモレッホ+パンのお替りで17ユーロ(約2400円/二人)。
これでお腹いっぱいになってしまう私達は、安上がりなのかもしれない。ただタパがついてくる♪/Cafeteria Restaurante Alhambra by ウェンディさんカフェ アルハンブラ カフェ
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夕食後は一旦ホテルに戻り休憩タイムとし、21時少し前に再びホテルを出る。
向かった先は街角の保険屋さんの前。
どうしてグラナダで保険屋に行く必要があるのかって…?
それは洞窟タブラオへの送迎バスを待つため。
実はこの日の朝、アルハンブラに行く前に私は一仕事を終わらせていた。
この日の朝に朝起きた私がまず最初にやった事…ソレはフラメンコの予約。
まだ半分寝ぼけている友人を部屋に残して、朝の7時頃にホテルのフロントへと行き、受付のお兄さんに洞窟タブラオの予約をお願いしておいた。
お兄さんはいくつかのタブラオを紹介してくれ、彼の一押しのタブラオがサクロモンテの丘の中腹にあるZambra Maria la Canastera。
ここならば、往復の送迎付きで更に行きにサン・クリストバル展望台へも寄ってくれて10分間の夕景の鑑賞タイムもあるという。
フラメンコが終わる23時位に外を出歩くのはさすがに怖かったので、送迎付きというのはありがたい。
またホテル予約の場合には特典があり、少し安くしてもらって一人28ユーロ(約3900円)だった。
送迎バスのピックアップ場所はグラナダ市内には何か所かあり、ヌエバ広場近くのホテルの場合にはGran via de Colon(コロン通り)沿いの保険屋さんの前。
St.Luciaと書かれた看板がある保険屋さんの前が集合場所だ。 -
ピックアップバスに乗った私達が連れて行かれた場所。
そこはグラナダの町並みと沃野ベガが一望できるサン・クリストバル展望台。
オレンジ色に照らし出された町の様子を見ようと大勢の観光客が展望台へと来ていた。赤く染まるグラナダの街とベガの沃野を見られる展望台/サン・クリストバル展望台 by ウェンディさんサン クリストバル展望台 散歩・街歩き
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イチオシ
ゆっくりと沈む太陽に照らされる白い町並み。
古いグラナダの城壁も夕焼け色に染まっていた。
日没までここでのんびりと景色を見ていたかったが、残念ながら時間は10分間だけ。 -
でも、急いだお蔭でサン・ニコラス展望台でのアルハンブラ・タイム。
車から降りることが出来なかったが、窓越しに黄昏時のアルハンブラ宮殿の姿を見ることが出来た。サン ニコラス広場 広場・公園
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そして21時半。
洞窟タブラオのあるサクロモンテ地区へと到着した。
ここ、サクロモンテ地区はロマ族のジプシーたちが住みつき、山肌に横穴を掘りそこで生活を始めたのが始まりの場所で、現在では昔ながらの洞窟住居はないもののロマ族が情熱的なフラメンコを上演する洞窟タブラオが点在する場所として、またロマの文化資料館がある場所として観光名所となっている場所でもある。 -
イチオシ
洞窟タブラオの中へ入ると、そこは何故か銅製の磨き上げられた鍋が天井からぶら下がる不思議な空間。
白く塗られた洞窟の壁に銅色の鍋が映えるのは分かるが、でもなぜに鍋???
洞窟タブラオのホームページを少しだけ覗いてみたが、鍋に関する記述は見つけることが出来なかった。
どなたか知っている方がいらしたら、何故フラメンコのタブラオに鍋なのか教えて欲しい。 -
お客さんが着席すると直ぐにカンタオールと呼ばれる歌い手が静かに歌い始めた。
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歌い始めは静かな物悲しい感じなのだが、徐々にパルマと呼ばれる手拍子が加わり、情熱的な曲調へと変わっていく。
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歌が情熱的になると、踊り手であるバイラオーラが中央へと出てきて舞い始める。
客席の椅子との距離は50cmもなく、バイラオーラのスカートが膝先をかする様な位置でフラメンコを見る。 -
イチオシ
踊り手である女性の動きは時に早く、時にゆっくりで、そのまなざしは力強い。
グラナダの洞窟フラメンコ♪ジプシーの魂が息づく空間/Zambra Maria la Canastera(ホテルのフロントでの予約可能) by ウェンディさんZambra Maria la Canastera 劇場・ホール・ショー
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しかし、ふとした瞬間に女性を感じさせる艶めかしい視線。
うん…、これは男性でなくともこの魅力にとりこまれそうだ。 -
目の前で踊るバイラオーラ。
体を流れる汗の筋が感じとれる距離感。
耳元で感じる踊り手の息遣い。
情熱の紅のサングリアを飲みながら見る初めてのフラメンコ。
こんなに目の前でフラメンコを見られるなんて思ってもいなかったので、心臓がドキドキしてしまう。 -
洞窟タブラオでの踊り手は総勢4名。
フラメンコの踊り手には痩せている方は少なく、皆さん魅力的な体の方ばかり。
その迫力に圧倒される。 -
バイラオーラ二人の息がピタリと合う舞踊。
優雅と云うよりも情熱的、扇情的な舞いが繰り広げられる。 -
踊り手には男性のバイラオールもいる。
男性の踊りは女性の踊りとは異なるきびきびとした感じで、その元は闘牛士の動きを真似ているという。 -
男性の踊り手はちょっと強面のバイラオールだが、踊りの合間に見せるニコっと笑う笑顔がとっても素敵なSenorだった。
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フラメンコのショーの時間は約1時間。
最後はタブラオのマダムも踊りに加わり、賑やかな曲で締められた。
フラメンコの曲の節回しは難しく、少しくらいスペイン語の勉強をしている程度では単語を聞き取ることは難しい。
謳われる曲の意味が分かったならば、フラメンコの動きの意味一つ一つがより面白く感じられるのかもしれない。
でも、曲の意味が分からなくたって、美しい動きとその情熱は感じ取ることはできる。
それまで、フラメンコを目の前で見たことのなかった友人と私。
グラナダでのフラメンコはそんな友人と私を虜にした。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- マリアンヌさん 2015/11/08 02:12:45
- タブラオ♪
- ウェンディさん、こんばんわ。
グラナダいいですねぇ。
それも女子二人旅なんて自由で。
25年以上前にツアーでいったきりなのですが、懐かしく拝見しました。
サクロモンテの丘のタブラオ、行きました。(ガイドに頼んで)
銅鍋やフライパンたくさん下がってるんですよね。
ロマ族(ヒターノ)が鍋等を作って生業とし、それを誇りに思って飾ってると聞いたような気がします。
当時ちょっと素敵なバレッタをしていたら、ダンサーの少女に鍋と交換してと聞かれました。勿論ことわりましたけど(笑)
マリアンヌ
- ウェンディさん からの返信 2015/11/08 15:10:00
- RE: タブラオ♪
- マリアンヌさん こんにちは。
サクロモンテの洞窟タブラオの鍋情報をありがとうございます。
ロマ族の方たちのお仕事が鍋等の銅製品造りだったとは知りませんでした。
だから、どこの洞窟に行ってもピカピカに磨かれた銅鍋がぶら下がっていたのですね。
銅鍋は彼らにとってはシンボル的なモノなのかもしれません。
今回のスペイン旅は、実は私にとっても初めての試みだったのです。
何が初めてかというと、友人との長期間の旅。
今まで近場のアジアへは2泊3日位で友人と遊びに行っていましたが、9日間も友人と寝食を共にするのは初めての事。
まして、私の旅はどうやらハードらしく(日程自体は余裕があるのですが現地ではとにかく歩きます)、友人が私のペースについてこれるのか心配でした。
海外も初、飛行機も初、長距離バスも初…という三重初の友人との旅。
どうなることかと思っていましたが、友人の適応力が高く心配なんてほとんどしなくていい状態で、食事もお酒も観光も全て目いっぱい楽しむことができました。
一人旅や家族旅も良いですが、女子旅の楽しさにも目覚めてしまいました。
-
- きなこさん 2015/10/26 21:12:40
- エッチング画
- こんにちは〜
素晴らし〜〜本当に素晴らしい〜です
ウェンディさんの旅行記を拝見してから行って見たかったです
あのお土産に購入されたエッチング画!
あの部屋の事を思い出されます とってもリアルに
だってあの天井の仕切りは不思議な感じがして長い間眺めていましたから
時空を超えてまるで一緒の時間を共有してる錯覚に陥りました
ゾクッとしましたよ〜
ザクロ門ですが
もしかしてホテルからヌエバ広場に行く時に通った様な気がします(ホテルはアルハンブラ宮殿の間近でした)
あの時も迷子になってたんですよね私
真っ暗な道をひたすら歩いて、もしかしてここは現実の世界じゃないのかも、時空の迷子に?って怖い思いをしました
実は私も「手」と「鍵」を探していたんですが、これも見つける事が出来ずじまいでした
でもでもヌエバ広場の夜は満喫しました〜〜〜(笑)
きなこ
- ウェンディさん からの返信 2015/10/27 23:11:36
- RE: エッチング画
- きなこさん こんばんは。
やっとアルハンブラ編の旅行記の後篇を書きました。
アルハンブラは見所があって、旅行記では全部は紹介できないし…で、何をピックアップするかが難しいですね〜。
あのエッチング画はミュージアムショップで一目見た時に、私を呼んでいるのを感じてしまった絵でした。
何処に惹かれたのかは上手く説明できないのですが、一目惚れですね。
そして、きなこさんもあの光景に魅入られた…。
同じモノを見て感動を共有できる方が居るのは、とても嬉しいです。
きなこさんたちがグラナダで宿泊したホテル・グアダルーペ。
地図で確認したらアルハンブラのチケット販売ゲートの直ぐ近くなのですね。
ホテルからだったら、鍵と手が彫刻された裁きの門(Puerta de la Justica)までは歩いて1kmも無かったのに…。(ホテルからザクロ門へ行くゴメレス坂から1本入ったところにあるのです)
もう少し道に迷ってみれば、辿り着けていたかもしれない場所だけに残念でしたね。
でも、そんな時は楽天的に考えて、また行けばいいさ♪ですよね。
また、10年後、20年後に訪れたら、今回とは異なる感動があると思います。
グラナダのバルはただTAPASがあるし、ワインもビールも美味しいし、私もまた行きたいです。
次回、10年後くらいに一緒にもう一度、行っちゃいましょうか…。
ウェンディ
-
- churros さん 2015/10/26 14:35:39
- はじめまして
- !Hola!ウェンディさん。
サンブラ・デ・マリア・ラ・カナステラとは通ですね〜、
私は今まで見たフラメンコで一番記憶に残っています、本物って
迫力ありますね、ロマの踊り歌声は一味ちがいますよね。
因みにサンブラ・デ・マリア・ラ・カナステラのCDが日本でも
発売されています、10数年前に行ってその後行ってないのですが
旅行記を拝見させて頂き懐かしかったです。
churros
- ウェンディさん からの返信 2015/10/27 22:46:08
- RE: はじめまして
- Buenas Tardes! churrosさん
旅行記を読んでいただいてありがとうございます。
初スペインで初グラナダでの初フラメンコ。
全てがPrimera Vezの旅でしたが、私達が訪れたサンブラ・デ・マリア・ラ・カナステラは有名な場所だったのですね。
ホテルのスタッフのお勧めの場所という事でしたが、とっても素敵な場所でした。
教えていただいたCD、探してみますね。
マチュピチュに行きたいが為に始めたスペイン語でしたが、今回の旅でスペインの魅力、歴史・地域・食事を知り、そしていろんな方とお話が出来て、スペイン語を勉強していてほんとに良かった〜と実感しています。
スペインの方はみなさん優しくって、そして、こちらがスペイン語が少し分かると知ると更にフレンドリーになっておしゃべりが止まらなくなり、ほんとに楽しかったです。
旅行記はこの後、ロンダ、サアラ・デ・ラ・シエラ、セゴビアへと続きます。
また遊びにいらしてくださいね。
ウェンディ
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