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のまどさんへのコメント一覧(6ページ)全139件

のまどさんの掲示板にコメントを書く

  • Maurizio Polliniのマズルカ?

    ☆良く聴く導入部ですが。。。マリアジュアンの音がすき〜

    クラシックは構えずにいつの間にか聞き惚れる。。。所が良いわね。これを聴け!よりは!

    コンサートには良い時期が近づいた感じですが、ポーランドはあまり縁起が良くないので定番のチェコやオーストリーにリクエストを掛けています。(言っちゃうと駄目になるのが怖いからまだ秘密)音楽家達の育った空気を吸うだけで満足だから〜see yyou〜
    2017年07月03日15時11分返信する 関連旅行記

    RE: Maurizio Polliniのマズルカ?

    salesladyさん、こんにちは。

    毎度コメントありがとうございます。

    > ☆良く聴く導入部ですが。。。マリアジュアンの音がすき〜
    おお、ピレスがお好きですか。インタビューを聞くと丁寧に答えていて穏やかな感じがいいです。

    今回はポリーニのプレリュードを紹介しましたが、彼のショパンはマズルカが一番かな。

    > クラシックは構えずにいつの間にか聞き惚れる。。。所が良いわね。これを聴け!よりは!
    疲れた時はクラシック。癒されます。

    > コンサートには良い時期が近づいた感じですが、ポーランドはあまり縁起が良くないので定番のチェコやオーストリーにリクエストを掛けています。
    ポーランドは夢のままがいいかもしれませんね。歌曲を歌われるなら是非オーストリア!

    ではでは。
    2017年07月06日06時19分 返信する
  • マリア〜のピアノ演奏に心癒やされ。。。

    ☆又来てしまいました。6月7日早朝。。。目が覚め、眠れなく為ったとき此処へ〜
    のまどさんの選択は上品で、間違いない曲ばかりだから、色々な折に助かってます。

    『幸せな家庭は皆同じ様?不幸な家庭は様々!』とか何とか聞いたことがあるけれど、救いになる音を知っている貴女は幸せなんですね。〜謝謝〜
    2017年06月07日07時42分返信する 関連旅行記

    RE: マリア〜のピアノ演奏に心癒やされ。。。

    salsaladyさん、こんにちは。

    またまた返信遅くなってごめんなさい。仕事で一波乱あって。
    > ☆又来てしまいました。6月7日早朝。。。目が覚め、眠れなく為ったとき此処へ〜
    マリアということはフォロン旅行記ですね。毎度ありがとうございます。

    > のまどさんの選択は上品で、間違いない曲ばかりだから、色々な折に助かってます。
    いやいや、そんな。クラシック音楽は世間ではマイナーだと思いますが、拙サイトに足を運んでいただく方から素敵な感想をいただけて嬉しく思います。おっしゃる通り、心を休めるのに最高の音楽ジャンルです。

    > 『幸せな家庭は皆同じ様?不幸な家庭は様々!』とか何とか聞いたことがあるけれど、救いになる音を知っている貴女は幸せなんですね。〜謝謝〜
    育った家庭はぶっとんでいて自身に跡継ぎがないので恵まれているのか分かりませんが、ウワバミという人生の理解者に出会い、手に職ないのに異国でまっとうな仕事に就け、日々の生活の中で芸術に触れられるので幸せなのでしょうね。

    Have a good sleep!
    2017年06月10日05時05分 返信する
  • のまどさん、はじめまして!

    ジャクリーヌ デュプレは 素晴らしい女流チェリストでしたね。
    私も、彼女の演奏が大好きでした。
    あの細身の身体のどこから あんなエネルギッシュな音色が
    生まれるのだろうと、いつも感心していました。
    彼女が演奏したシューマンのチェロコンチェルトは
    私の大好きな演奏のひとつです。

    ポーランドをとても丁寧に周られたのですね。

    私も いつかのまどさんのように、ショパンの足跡を訪ねて
    ポーランドに行ってみたいです。

    これからも、音楽と旅を愛する仲間として、よろしくお願いいたします。

    yamayuri2001
    2017年05月17日17時34分返信する 関連旅行記

    RE: のまどさん、はじめまして!

    yamayuri2001さん、初めまして。

    コメントありがとうございます。お返事遅くなってごめんなさい。

    > ジャクリーヌ デュプレは 素晴らしい女流チェリストでしたね。
    > 私も、彼女の演奏が大好きでした。
    金髪の英国女性の情熱的な演奏方法は当時のチェロの世界でさぞ衝撃的だったでしょうね。

    > 彼女が演奏したシューマンのチェロコンチェルトは
    > 私の大好きな演奏のひとつです。
    私が一番好きなのは代名詞のエルガーなのですが、シューマンもいいですね。一音一音が正確に演奏されている印象を受けます。シューマンも苦悩多き作曲家だったので興味深いです。

    > ポーランドをとても丁寧に周られたのですね。
    丁寧だなんて。一週間で計画を練った付け焼き刃の旅行です。しかもお読みいただいた最終章は飲み屋巡りが主という恥ずかしい内容で。それでもポーランドに興味を持っていただけるとは嬉しい限りです。

    > これからも、音楽と旅を愛する仲間として、よろしくお願いいたします。
    こちらこそよろしくお願いします。奈良旅行記、大変感慨深く拝読しました。お母様のご冥福をお祈りします。海外に住んでいる私は母親と会える機会もそれほどないと思うので、時間を大切にしたいと思いました。

    では、また。

    のまど
    2017年05月21日08時20分 返信する
  • シャワーの発明

    のまどさん
    こんばんは。久しぶりに貴旅行記を拝見。

    ショパンを聴きながらの旅行記拝読も良いものです。
    次もあるのですか?

    さて、掲題のシャワーの発明が気になり、ほんとかいなと
    検索しましたが、諸説が出てきて、よく分かりませんでした(苦笑)。
    汚いヨーロッパがこの発明で一新したとすれば、本来は
    ノーベル賞ものかと思います。大げさかな!

    ではまた。
    jijidaruma
    2017年05月11日01時38分返信する 関連旅行記

    RE: シャワーの発明

    jijidarumaさん、こんにちは。

    せっかくコメントいただいたのでお返事が遅くなってごめんなさい。

    > ショパンを聴きながらの旅行記拝読も良いものです。
    > 次もあるのですか?
    ありがとうございます。今年の2月までにポーランド以外に2か所ショパンが滞在した土地を訪問できたので、おいおい投稿したいと思います。

    > さて、掲題のシャワーの発明が気になり、ほんとかいなと
    > 検索しましたが、諸説が出てきて、よく分かりませんでした(苦笑)。
    ざっと調べたところシャワーの起源はギリシアという説がでてきました。銅像となったプリエスニツについて調べるとショパンが生きた時代と全く重なります。一般的ではなかったと思いますが、シャワーは既に存在していたと思います。この人の業績は水治療法や自然治癒学の向上のようです。現在のチェコ出身のオーストリア人でポズナニとどんな関係があるのかは分かりません。

    > 汚いヨーロッパがこの発明で一新したとすれば、本来は
    > ノーベル賞ものかと思います。大げさかな!
    アルプス以北のヨーロッパ人は衛生観念がないんですよね。入浴などする人はまれですし。幸いなことにウワバミは日本人なみに清潔なので助かっています。

    再来週白アスパラを食べに古城街道を旅すると思うので、貴ブログを参考にしたいと思います。
    2017年05月14日04時20分 返信する
  • Pub crawl? 飲み屋巡りに行きたかったなあ〜

    ☆ポ−ランドへは行けなかったけれど。。。こちらのピアノ演奏を聴きながらポーランド巡りをしてみると、何だか見てきたかのような満足感。。。(負け惜しみかな?)

    ☆五月は演奏会ブームでアマチュアの私もいくつか参加させてもらうのですが、唄を全部唄うのでは無く、間奏に必ずピアノソロを入れてもらうので、ピアノの先生も楽しんで弾いて下さる気がする(普通は、単なる伴奏者として!)

    ☆今回はオペラや歌曲(何が違うの?)で硬い音が多かったので、私はシャンソンを取り入れてみたら、何だか気分良く唄えて満足〜

    ☆外国語で必死で覚えても、理解できる聴衆はあまり居ないのが残念(先生がチェック?)

    ☆好きな歌を好きなように歌えるのが趣味だと思うけれど、先生につくとどうしても型にはまりがちなのがうざいと言う本音でした。〜失敬〜
    2017年05月08日16時14分返信する 関連旅行記

    RE: Pub crawl? 飲み屋巡りに行きたかったなあ〜

    salsaladyさん、こんにちは。

    salsaladyさんが飲み屋巡り?私の行くところは大衆居酒屋ばかりなので想像つかないな〜

    > ☆ポ−ランドへは行けなかったけれど。。。こちらのピアノ演奏を聴きながらポーランド巡りをしてみると、何だか見てきたかのような満足感。。。(負け惜しみかな?)
    そう思っていただけるととても嬉しいです。私もフォローしている方々のブログを読んでそこに入り込んだかのような疑似体験ができる気がします。ポーランド、リベンジできますよ、いつか。

    > ☆五月は演奏会ブームでアマチュアの私もいくつか参加させてもらうのですが、唄を全部唄うのでは無く、間奏に必ずピアノソロを入れてもらうので、ピアノの先生も楽しんで弾いて下さる気がする(普通は、単なる伴奏者として!)
    確かに日本では5月、6月はコンサートが多いような。舞台に立つ姿をブログで拝見しました。堂々とした立ち姿に華やかな衣装がどれも似合っていますね。歌って踊れるなんて才能です。

    > ☆今回はオペラや歌曲(何が違うの?)で硬い音が多かったので、私はシャンソンを取り入れてみたら、何だか気分良く唄えて満足〜
    自由に情感込められそうなファドもリクエストしていいですか?

    ショパンゆかりの地訪問はこれから2編分けて書くので、どんな曲が出てくるとお楽しみに♪

    ではまた。
    2017年05月09日05時20分 返信する
  • はじめまして

    のまどさん、こんにちは。
    今月末にアイルランドひとり旅を予定しており、
    ドゥーリンからモハーの断崖まで歩いてみるつもりだったのですが、
    のまどさんの旅行記を見て、恐れをなしてしまいました。
    歩くのはビジターセンター周辺だけにして、
    ドゥーリンまではバスを利用するなど計画を変更したほうが良いように思えてきました。
    ありがとうございます。
    大変参考になりました。
    kiyo
    2017年05月04日20時58分返信する 関連旅行記

    RE: はじめまして

    kiyoさん、初めまして。

    コメントありがとうございます。

    > 今月末にアイルランドひとり旅を予定しており、
    > ドゥーリンからモハーの断崖まで歩いてみるつもりだったのですが、
    > のまどさんの旅行記を見て、恐れをなしてしまいました。
    私の珍体験がお役に立てて幸いです。何もなければ景色は最高なんですが、何分雨の多い国なので万事に備えた方が得策です。

    > 歩くのはビジターセンター周辺だけにして、
    > ドゥーリンまではバスを利用するなど計画を変更したほうが良いように思えてきました。
    バスの本数は少ないですが、夏場は本数があるので往復可能だと思います。
    http://www.buseireann.ie/timetables/1477574876-350.pdf

    ヒッチハイクはお勧めできませんが、宿主の厚意で送ってもらえるということもあると思います。田舎の治安はいいので、一人旅も安心してできると思います。

    楽しい旅を。
    2017年05月05日04時54分 返信する

    RE: RE: はじめまして

    のまどさん、
    バス時刻表のURLを教えていただき、ありがとうございます。
    それから、雨にそなえての装備、しっかりして行きたいと思います。
    ありがとうございました<(_ _)>。
    kiyo
    2017年05月06日11時10分 返信する
  • ツィマーマンの演奏をバックに!ワルシャワを巡る醍醐味〜

    ☆久しぶりに、こちらのポーランド編を聴き(見)ながら、6月に行く予定のワルシャワ&シャファルニアを堪能〜

    今回は、”往復2泊をA380の機内泊”?が第一目的なので滞在日数が少なくて(😢) 

    ☆おすすめのトールンまで足を伸ばせるか否か?でも『ジンクエチー&タック』を武器に出来るだけ歩いてみたいなあ(英語の通じないヨーロッパってさすがに東欧らしいわね)

    ☆ツアーの最終日は演奏会&dinnerで¥16,800-とびっくりするお値段のオプションが!

    自分で探せるものなら、もう少しリーズナブルな演奏会に出かけたいけれど〜日本人って見栄っ張りでブランドに弱いからなあ〜

    ☆取りあえず予行演習?として楽しく見せて頂きました。〜再見〜
    2017年02月22日10時23分返信する

    RE: ツィマーマンの演奏をバックに!ワルシャワを巡る醍醐味〜

    salsaladyさん、こんにちは、

    > ☆久しぶりに、こちらのポーランド編を聴き(見)ながら、6月に行く予定のワルシャワ&シャファルニアを堪能〜
    ついに東欧旅行を決行されるんですね。6月は空が抜けるように天気がいいので、写真の映りも最高だと思います。楽しみですね。
    >
    > ☆おすすめのトールンまで足を伸ばせるか否か?でも『ジンクエチー&タック』を武器に出来るだけ歩いてみたいなあ(英語の通じないヨーロッパってさすがに東欧らしいわね)
    最近、私はむしろ英語が通じない状況を楽しんでしまいます。言葉が通じなくても心が通じた瞬間というのが嬉しくて。

    > ☆ツアーの最終日は演奏会&dinnerで¥16,800-とびっくりするお値段のオプションが!
    食事込みであればリーズナブルではないでしょうか。あとは演奏家がどうかというところ。ツィマーマン並みの美男子だといいですよね。

    私は今マジョルカ島に来ています。ロマンチックな所ですが、ウワバミは留守番で私は一人。十分楽しんではいますが、旅行インフレでなかなか旅行記の投稿が進みません。

    では、また。
    2017年02月23日19時27分 返信する

    I couldn't go to ”ワルシャワ&シャファルニア”。。。

    ☆久しぶりに「のまどさんのyou tube」でショパンを聴かせて頂きました。

    その訳は、その気になってすぐ『てるみ倶楽部』のポーランド皇妃〜の旅の一括入金した2ヶ月後(3/24)全てが水の泡と化して。。。大枚はたいた¥880,000ーは戻らないと。。

    ☆何故って、4トラでエミレーツのサーヴィスが良いと書いた記事が多くて、ちょっとお高いビジネスクラスだが、この年なら威張って乗っても良いだろう?みたいな甘い考えが裏目に出たの!!

    だから、当分ヨーロッパの北の方へは行けそうもありませぬ(悲劇)

    ☆そこで、こちらのシャファルニアの景色を訪れてその気に〜泣き笑いの人生です。

    ☆もう海外へは最後のつもりだったのに〜何か悪いことしたかしら?〜amen〜
    2017年04月16日17時27分 返信する

    RE: I couldn't go to ”ワルシャワ&シャファルニア”。。。

    salsaladyさん、こんにちは。
    > その訳は、その気になってすぐ『てるみ倶楽部』のポーランド皇妃〜の旅の一括入金した2ヶ月後(3/24)全てが水の泡と化して。。。大枚はたいた¥880,000ーは戻らないと。。
    心中お察しします。私もポーランドを一押ししていたので、自分の事のように悲しく思います。私の薄給Xか月分に当たるそんな大金が水の泡になってしまうなんて。久しぶりの海外旅行を楽しみにされていたのに・・・。

    > ☆もう海外へは最後のつもりだったのに〜何か悪いことしたかしら?〜amen〜
    誰も予期せぬ破産、salsaladyさんに落ち度はありませんよ。ここの会社の被害者は4トラ内に多数いると思います。

    > ☆そこで、こちらのシャファルニアの景色を訪れてその気に〜泣き笑いの人生です。
    私は去年からある分野の勉強を始めたのですが、諸般の事情から諦めることにしました。勉強自体は楽しかったので残念で仕方ありません。でも、時間ができたのでまた4トラに戻ってポーランド旅行記最終章を近いうちに投稿できると思います。(いいかげん、終わらせないと)

    楽あり苦ありの人生。いいことがありますよ、きっと。
    Happy go lucky!
    2017年04月18日05時03分 返信する
  • 親切なポーランド人

    のまどさん、こんにちは!

    ポーランド人、親切な方が多いんですよね。
    私も数年前に旅行した時、東欧ではよくあるタクシーぼったくりにも遭わず、
    泊まる予定のアパートの建物への入り方が分からず、
    カフェのお兄ちゃんが快く電話してくれ無事アパートオーナーと接触出来たりと、
    ハプニングごとにポーランド人に助けられた思い出があります。

    ただあまり英語は他の東欧に比べて通じにくいですよね。
    ここで「地方都市では国外脱出願望のありそうな青年にきく」というの、
    他国でも通用しそうで、私もバンドやってそうな若者をよく探します。

    先日オフリドの旅行記を発見!以前からバルカン半島には興味があり、
    オフリドからアルバニアのべラットへ抜ける構想を練っていた所でした。
    あの辺りも移動が大変そうに思いますが、実際に行かれた感じではどうでしたか?
    英語はまず通じそうになさそうですが。

    kayo
    2017年01月29日10時09分返信する 関連旅行記

    RE: 親切なポーランド人

    kayoさん、こんにちは。

    相棒さんとともに元気を取り戻して旅行している様子を見て、とても嬉しく思います。温泉、いいですね。ここ最近こちらは氷点下だったので恋しくなりました。

    > ポーランド人、親切な方が多いんですよね。
    > ハプニングごとにポーランド人に助けられた思い出があります。
    押しつけがましくない、素朴な優しさがポーランド人の美点ですよね。言葉が通じなくても親身になって助けてくれるところにとても好感が持て、どこでも居心地が良かったです。

    > ただあまり英語は他の東欧に比べて通じにくいですよね。
    > ここで「地方都市では国外脱出願望のありそうな青年にきく」というの、
    > 他国でも通用しそうで、私もバンドやってそうな若者をよく探します。
    シャファルニアはよほどのマニアしか行かない所なので英語が通じなくても仕方がないと思いましたが、ポーランド全体では通用度が高いというのが私の印象です。政府が観光に力を入れていて、若者はUKなどの国外に出たがっている。私にとって東欧で一番英語が通じない国は言語体系が他と違うハンガリーです。
    >
    > 先日オフリドの旅行記を発見!以前からバルカン半島には興味があり、
    > オフリドからアルバニアのべラットへ抜ける構想を練っていた所でした。
    > あの辺りも移動が大変そうに思いますが、実際に行かれた感じではどうでしたか?
    > 英語はまず通じそうになさそうですが。
    マケドニアはブルガリアと比べるとハイテンションで英語をしゃべる人が多かった記憶があります。ただこの二国はキリル文字の表記でバスの行き先がローマアルファベットがないのが難点です。

    ざっと調べたところオフリド−ベラットはスヴェティ・ナウムから徒歩で越境してエルバサン経由でというアドバイスが出てきました。
    https://www.tripadvisor.com/ShowTopic-g294445-i4583-k6127588-Getting_to_Berat_from_Ohrid-Albania.html

    それから旅行中マケドニア国内のバスについては下のサイトで調べました。
    https://www.balkanviator.com/en/bus-timetables/ohrid-mkd/skopje-mkd/31.01.2017

    ご参考までに。
    バルカン、私も5月にセルビアに行きます!
    2017年01月30日01時16分 返信する
  • 偶然ですね、ピアノ協奏曲

    のまど様 こんにちわ

    ショパンを巡るポーランドの旅
    「ご無沙汰だなぁ」と思っていたら『その2』随分前にアップされてたんですね…
    あちこち出かけていたので気がつきませんでした
    失礼しました

    バックパックが左右に揺れながら懸命に走る、のまどさんの後ろ姿が目に浮かびます
    笑っちゃあいかんですね…

    その3ではクリスティアン・ツィマーマンのピアノ協奏曲1番ですか
    偶然ですね
    最近4tra更新時にいつも1番をイヤフォンでバックに聞きながらアップしてます
    ルービンシュタインかワイセンベルクですけど(笑
    やっぱピアニストも実力+ビジュアル系なんですね…
    ショパンの手のレプリカ、ほんとうに残念!
    一体どんな感じなんだろう
    きっとすらりと指が長くて、女性的なんでしょうね

    武骨で短い我が指をじっとを眺める…

    2016年12月20日11時51分返信する 関連旅行記

    RE: 偶然ですね、ピアノ協奏曲

    アルデバラン様、こんにちは。

    > あちこち出かけていたので気がつきませんでした
    > 失礼しました
    いえいえ、お忙しいところいつもお立ち寄りいただき、ありがとうございます。頻繁に国内外に出かけつつ旅行記をアップするバイタリティ、天晴です。

    > バックパックが左右に揺れながら懸命に走る、のまどさんの後ろ姿が目に浮かびます
    > 笑っちゃあいかんですね…
    笑ってやって下さい。本人が博物館の開館時間を事前に調べずに切符を買ったのがいけないので。近年あんなに必死な思いで走ったことはありません。電車に飛び乗って行き先表示を確認した時、自分で自分を褒めてしまいました。
    >
    > その3ではクリスティアン・ツィマーマンのピアノ協奏曲1番ですか
    > 偶然ですね
    > 最近4tra更新時にいつも1番をイヤフォンでバックに聞きながらアップしてます
    あ〜らまあ、兼ねてから思っていた通り感性が合いますね。この協奏曲は私が人生で初めて自分で切符を買って行ったN響のコンサートの演目だったので思い入れが深いんです。

    > やっぱピアニストも実力+ビジュアル系なんですね…
    当時のツィマーマン、狙っていた気がしてなりません。ショパンコンクールで優勝したのもこのビジュアルが功を奏したのかも。

    > ショパンの手のレプリカ、ほんとうに残念!
    > 一体どんな感じなんだろう
    > きっとすらりと指が長くて、女性的なんでしょうね
    レプリカのコピーを目にする機会があったので、旅行記5でお目にかけますね。ショパンは手や虚弱な体質などかなりの身体的コンプレクスを持っていたようです。

    師走ですね。ではまた。
    2016年12月21日06時42分 返信する
  • ポーランド孤児救済について

    のまどさん、
    こんばんは。少々遅いコメントとなりました。ご容赦ください。

    学校で習ったショパンをドイツに駐在した当初ショピンと呼んだ、音楽については門外漢の私ですが、歴史好きもあって、旅行記の中で「ポーランド孤児救済について」書かれたこと、更に元ポーランド大使の文章をリファーされていたので。そちらも読んでみました。

    これに関して、手元にある「聖女の道標 萩原 タケ・・・夢酔 藤山 」の本から一部抜粋して、書き込みました。長くなりますが、是非ご参考にしてください。

    ・・・・・・・・・・

    大正七年(一九一八)九月、ウラジオストック在住のポーランド人たちによって設立された、ひとつの組織がある。ポーランド救済委員会。
    この会は、極東に逃れている十数万人のポーランド人のうち、せめて孤児たちだけでも人道的支援を世界に願う、自主運営組織である。
    すべてはロシア革命の結果だった。

    かつてポーランドは、帝政ロシアの支配下にあった。そして、第一次大戦とロシア革命の末に、独立を果たしたのである。しかしこの当時、シベリアにはロシア統治下時代に独立運動を続けていた幾多のポーランド人政治犯とその家族、政治的混乱を逃れて東へ避難した難民など、十数万人に及ぶポーランド人が生活していたのである。
    極東における彼らの生活は、飢餓と疫病の蔓延のため、悲惨な境遇にあった。そのなかでも、親を失った子供たちの生活に至っては、言語を絶する有様である。

    大正九年(一九二〇)、ロシアのあとに樹立したソビエト連邦共和国とポーランドとの間で戦争が始まり、戦火が広がっていた。
    極東の身寄りのない幼い子供たちを、このような戦時下にある祖国に帰したところで、満足な保護を受けられる筈などない。そこでポーランド救済委員会は、アメリカ在住のポーランド系移民社会に保護を求めるとともに欧米諸国へ輸送の援助を強く要請したのである。

    しかし、欧米諸国はこれを黙殺した。

    大正九年年六月、ポーランド救済委員会会長・ビエルキエヴィッチ女史は日本を訪れ、必死の想いで、外務省にその援助を懇請したのである。そして日本政府もまた、人道的観点を重視し、これに応じる姿勢を示した。

    日本赤十字社では萩原タケにより、極東戦地での現状報告が為されていた。そのための検討も為されている。外務省通達の一七日後、日赤はポーランド孤児の救済を決定した。
    この迅速な対応は、まさに奇蹟であった。
    日赤の救済活動が決すると、シベリアに駐留する帝国陸軍もまた、これを支援するため国内受容れの活動を開始した。七月下旬、陸軍の迅速な措置により、決定僅か二週間後、五六名のポーランド孤児第一陣がウラジオストックを発った。船は敦賀へ入港し、彼らは東京渋谷の孤児養育を事業とする慈善団体の宿舎に収容された。
    以後、翌年七月まで全五回にわたり、総員三七五名のポーランド孤児が日本に運ばれてきた。

    萩原タケはこれら救済活動の陣頭指揮を執り、日赤も全力を挙げてこれに取り組んだ。
    日本についた直後のポーランド孤児たちは、誰も顔面蒼白で痩せ衰え、目だけが怯えたようにギラギラしていた。言葉も人種も異なる極東の島国への、例えようもない不安で、彼らは胸が張り裂けそうになっていたことだろう。
    また、ロシア革命のあおりで極東へ逃げ込んできたのは、孤児たちだけではない。セミヨーノフ、チェコスロバキアの兵たちも、皆が国を追われて、ここまで逃げていた。
    これらの人々を、日赤はウラジオストックの病院に収容していた。

    さて、日本へかくまったポーランド孤児たちに対し、萩原タケは細心の気配りでこれに臨むよう、看護婦たちに指示した。
    外国人に慣れていない島国ということもあるが、青い瞳の白い子供たちを、好奇で笑う日本人は決して少なくない。タケはまず、そんな輩の目に届かぬよう、孤児たちの環境に細心の注意を払った。
    猜疑と恐怖に縛られていた子供たちは、容易に日本人へ心を開こうとはしない。
    無理もない話である。
    小さいその目で、父や母や兄弟や縁者が殺されていく様を見つめてきた子供の心は、頑なで強情なものだ。

    しかし、日赤看護婦たちは、献身的に辛抱強く、孤児たちを励まし続けた。言葉の壁を考慮して日赤上層部は、子供一〇人に一人の割合でポーランドの成人も招いた。そうすることで看護婦たちの献身が、ようやく言葉となって、子供たちの心に届くようになったのである。
    腸チフスに感染していた子供を必死に看病した末に、自ら感染し、殉職した看護婦もいた。しかし、こうした献身的な救援活動のおかげで、ポーランド孤児たちも、次第に笑顔を取り戻していったのである。

    タケは子供たち一人一人に心を配った。
    (彼らは異国にあって、頼れる者は私たちしかいないのだ。心細い想いだけは、決してさせてはならない……!)
    いつしか子供たちは、目の前で走り回る看護婦が、故国の看護婦たちから
    「スモール・ハギワラ」と慕われていることを知った。

    みにくいアヒルの子というアンデルセン童話がある。日本語でそれを読んであげると、子供たちは言語を理解していない筈なのに、熱心にそれへと耳を傾けるのだ。その童話を読みながら、五日市(東京都西多摩郡)の山奥で育った自分が世界の人々と親しんでいられる不思議を、しみじみとタケは感じていた。
    みにくいアヒルは、まるでタケそのものだった。
    山奥で育った平民出の娘が、何の自覚もないまま無鉄砲に羽ばたいて、今に至る……そんなちぐはぐな心境さえ、このときタケは覚えていた。
    子供たちの無垢な瞳は、タケに遠い昔のことを、つい思い出させてしまった。
    五日市は、もはや遠い故郷である。

    第一次世界大戦、とりわけシベリア出兵については、日本の酷評が広く流布されている。
    これは日本がシベリアに勢力を伸ばすのではないかと、アメリカが疑念を抱き、かつ、強く警戒したためである。
    日本陸軍はウラジオストックより先に進軍しないという規約を無視し、このとき北樺太・沿海州・満州を鉄道沿いに占領していた。各国よりも数倍多い兵士を派遣し、各国が撤退した後もシベリア駐留を続けた。そのため日本はロシアばかりでなく、イギリスやアメリカ、フランスなどの連合国からも、領土的野心を疑われる結果となった。
    史上初の国際平和機構である〈国際連盟〉の設立などによる国際協調の流れのなか、日本政府は連合国からもシベリア政策を批判された。
    それを払拭する宣伝として利用されたこの救援活動は、しかし、予想以上に諸外国で賞賛されたのである。

    ポーランド孤児の救済活動中、赤十字中央委員会から、日赤に一通の内示が届いた。
    新たに設けた〈フローレンス・ナイチンゲール記章〉の受賞者内示である。
    これは、ナイチンゲール生誕一〇〇年を記念して設けられたもので、世界各国の功績顕著な看護婦に贈与されるものである。その第一回授与者のなかに日本人三名が選ばれたのだ。

     日本赤十字病院婦長・山本ヤヲ。
     奉天日赤病院監督・湯浅うめ。
     そして、日本赤十字病院看護婦監督・萩原タケである。

    (中略)

    萩原タケは昭和一一年五月二七日、享年六三歳で死去した。
    これまで萩原タケが育てたのは二七〇〇余に及ぶ優秀な看護婦たちである。

    日本赤十字社では名監督の死を悼み、看護婦としては異例の病院葬を執り行い、萩原タケの霊を野辺に送ることが決定した。
    日赤病院での看護婦病院葬は、これが初めてのことである。

    萩原タケの遺骨は、故郷・五日市の広徳寺に埋葬された。
    墓石の建立は昭和一二年五月、そこには〈慈萩院一誠妙恵大姉〉とだけ刻まれている。

    萩原タケの葬儀のときは、果たしてどれほど偉い人が、遠路五日市まで参じたものか。
    それほどの厳粛さと、緊張感に、山の懐に抱かれた広徳寺は包まれていた。
    当時小学生だった石川清子は、タケの母・ちよ の実家筋の人間で、この日のことを忘れもしないという。病床のタケを一度だけ見舞い、この日を迎えたのだ。
    これまで見たこともないほど、大勢の看護婦が参列したと、彼女は語ってくれた。

    ・・・・・・・・・・

    (あきる野市デジタルアーカイブ;あきる野市ゆかりの人々より抜粋)

    萩原タケ(ハギワラタケ) (明治6年・1873〜昭和11年・1936;享年63歳)

    明治26年4月満20歳の春、日本赤十字社の看護婦生徒募集に応じ、第7回生として入学。
    同36年30歳でタケは日赤看護婦副取締(副監督)となり、全看護婦を統括するとともに生徒の教育養成に当たる。昭和11年5月27 日、享年63歳で死去。
    日本赤十字社は盛大な病院葬をもって永年の功績に報いた。

    タケは、明治43年(1910年)の日本赤十字病院看護婦監督就任から、昭和11年(1936) 日赤病院にて死去するまで、あしかけ28年間を監督として2700人あまりの看護婦の養成・指導にあたった。

    あきる野市役所五日市出張所玄関前には「萩原タケ女史 人道のために国家のために」と題した胸像が建てられている。

    XXX

    元ポーランド大使が、文中に曰く「私がこの話を知ったのは、ポーランド大使としてワルシャワに住むようになってからのことです。」と、外務省のポーランド大使でもこの程度だという事にガッカリしますが、第二次大戦後の世情からみればこんなものなのでしょう。

    何しろ"理想の看護婦”と称えられた萩原タケ女史のことすら、戦後の地元町長も知らなかったという話で、赤十字関係者と懇談した際に恥をかいたそうですから。

    実は萩原タケ女史については、その葬儀の印象を当時小学生だった前述したように石川清子が語っていますが、彼女は私の母の一番下の妹にあたり、母の祖母(母はこの祖母の養女になった)がタケ女史の母ちよ の妹という関係で、母の母(祖母の長女なので)はタケ女史の従姉妹、母は養女となった為、戸籍上の従姉妹と言う関係になります。

    退職後、叔父の葬儀で初めて聞くぐらい、私もタケ女史については知らず、『献身』萩原タケの生涯 森禮子 平成7年 白水社等も読み、今になっていろいろと知ったほどです。(母が39歳、私が4歳の時に亡くなった所為もある)

    長くなりました。
    「ベルギー帰国後にポーランド語のサイトを見つけて印刷して知人に配りましたが、よく考えると恩着せがましいですね。」・・・そんなことはありませんよ。
    『海難1890』(トルコのエルトゥールル号遭難事件と和歌山県串本町)や、日本の外交官・杉原 千畝といった良き例もあります。

    良い事・関係は忘れられがちです。

    jijidaruma
    2016年11月13日03時28分返信する 関連旅行記

    RE: ポーランド孤児救済について

    jijidarumaさん

    ご丁寧にコメントいただき、ありがとうございます。
    ポーランド孤児の話は本当に美談だと思います。日本人であれば知っておくべきだと思います。

    > 「ベルギー帰国後にポーランド語のサイトを見つけて印刷して知人に配りましたが、よく考えると恩着せがましいですね。」・・・そんなことはありませんよ。
    紙を渡したポーランド人の知人というのは日本という国の存在もよく分かっていないので、この話を紹介したところでどれだけ理解してくれたのか分かりません。

    ある程度の学歴のある人について日本に対して比較的良いイメージを持っているのは確かですが、日本のネットで騒がれているほどポーランドは「親日」であるとは言えないと思います。

    > 『海難1890』(トルコのエルトゥールル号遭難事件と和歌山県串本町)や、日本の外交官・杉原 千畝といった良き例もあります。
    一方、トルコではエルトゥールについて学校で習い、かなりの割合の人が日本に好感を持っていることは確かです。先人たちの献身を多くの人に知ってもらいたいですが、一方で私は無宗教ですが、見返りを求めずに人に施すというカトリックの精神も見習いたいと思います。ちなみに杉原千畝もカトリックだったようです。

    インドから今朝帰ってきたばかりなので、手短なお返事ご容赦下さい。
    疲れが取れたら旅行記を読ませていきただきます。
    2016年11月15日04時47分 返信する

のまどさん

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