のまどさんへのコメント一覧(8ページ)全140件
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ミスコルツ
のまどさん、ご無沙汰しております。
昨年ルーマニアに行った時、小さなハンガリー人村も回っていたので親近感を持って拝見しました。
一目ぼれされた森林鉄道、乗車するととても気持ち良さそう〜!
実は学生の頃に、この街の人と少しの間だけ文通していて、ずっとこの街の名前だけは憶えていました。
こういう街だったんですね。。。
行った事は無いのですが、懐かしい気持ちで拝見しました。(^^)
素敵な街ですね。
続編も楽しみにしております♪RE: ミスコルツ
captainfutureさん、こんにちは。
毎度コメントいただきありがとうございます。
> 昨年ルーマニアに行った時、小さなハンガリー人村も回っていたので親近感を持って拝見しました。
ハンガリー人、他のスラヴ系とは少し違うせいか、惹かれるものがありますよね。私もルーマニアでハンガリー系の若者と出会い、興味津々でした。
> 一目ぼれされた森林鉄道、乗車するととても気持ち良さそう〜!
良かったですよ♪
> 実は学生の頃に、この街の人と少しの間だけ文通していて、ずっとこの街の名前だけは憶えていました。
えっ!それは偶然。次に東欧を旅行されたら是非訪ねてみてはいかがですか?とても素敵な町だし、ハンガリーの田舎もきっと素晴らしいと思います。
> 続編も楽しみにしております♪
こちらこそルーマニア旅行記の続きを楽しみにしています。
captainfutureさんへの拙紹介文、一語文法的な間違えがあるので訂正させて下さい。2016年02月04日05時36分 返信する -
素敵〜♪
のまどさん、こんにちは。
お久しぶりです。
>今回ミスコルツ訪問を決めたのもこんな感じの1枚に私の心が鷲掴みされたからです。
とっても素敵な写真ですね!
のまどさんの心が鷲掴みされたのも納得な絶景です。
温泉好きなので、いつかハンガリーの温泉を巡りたいなぁとは思っていましたが、ミスコルツ、良いですね。
行ってみたくなりました。
ブダペストは、かれこれ20年くらい前に行ったことがあるのですが、その頃は、まだ社会主義国の名残りが強くて、オーストリアから列車でハンガリーに入った途端、車内に重々しい軍人さんっぽい感じの人たちが乗り込んできて、一人一人検査が始まり、列車内のシート下やカーテンの裏まで、隅々調べて、ちょっと怖かった記憶が残ってます。
あと、ブダペストの駅は英語の表記が全くないし、聞いても英語を話せる人もいなかったので一苦労でしたが、今は観光客も増えて随分と変わってきているのでしょうね。
続きを楽しみにしてます。
森の番人
RE: 素敵〜♪
森の番人さん、こんにちは。
> のまどさんの心が鷲掴みされたのも納得な絶景です。
ミスコルツ、なかなかお勧めです。外国人観光客があまりいないところがいいです。
> 温泉好きなので、いつかハンガリーの温泉を巡りたいなぁとは思っていましたが、ミスコルツ、良いですね。
ハンガリーの温泉はなかなか満足度が高いです。文化として定着しているんでしょうね。アメリカ大陸の温泉も興味深いですね。
> ブダペストは、かれこれ20年くらい前に行ったことがあるのですが、その頃は、まだ社会主義国の名残りが強くて、オーストリアから列車でハンガリーに入った途端、車内に重々しい軍人さんっぽい感じの人たちが乗り込んできて、一人一人検査が始まり、列車内のシート下やカーテンの裏まで、隅々調べて、ちょっと怖かった記憶が残ってます。
以前コメントいただいたルーマニアを兼ねての旅行だったのでしょうね。今回私が訪れた印象では社会主義時代の色はだいぶ薄れたように感じましたが、EU自体が危ういのでその中で出遅れ感の否めないハンガリーの行く末もそんなに明るくないというのが私見です。
> あと、ブダペストの駅は英語の表記が全くないし、聞いても英語を話せる人もいなかったので一苦労でしたが、今は観光客も増えて随分と変わってきているのでしょうね。
恐らく20年前と比べたら英語が通じやすくなったと思いますが、隣国のチェコ、ポーランドなどと比べると今でも通じる確率は低いですよ。
グランドサークル周遊、大自然の中でネイティヴアメリカンの文化が見えて面白そうですね。フランス語がご堪能な森の番人さんに詳細は割愛しますが、ちょうど昨今七面鳥dindeの由来を読んだので洞窟住宅について興味深く拝読しました。こちらこそ、続きを楽しみにしています。2016年01月25日02時58分 返信する -
佳いお年をお迎え下さい。
のまどさん、本年もご訪問、ご投票ありがとうございました。
ドラゴンは古希間近にして自動二輪免許を取得し、バイクを購入。長距離ツーリングや林道走破が新たな趣味に加わりました。
来年も宜しくお願いいたします。
熟年ドラゴン2015年12月31日19時13分返信する -
良いお年を!
のまどさん、お久しぶりです^^
シュパーゲルのオランデーズソース、最後に食べたのは2010年のメーアスブルクでしたが、ヨーロッパにお住まいでしたら毎年この時期のお楽しみで羨ましいです。
アスパラのシュニッツェルは珍しいですけどお味の想像はつきますが、デザートのムースとなるととても興味をそそられます。
食べ物の話題ばかりに食らいついてしまいましたけど・・・(笑)
ハイデルベルクは独身時代に両親を引き連れての訪問だったため、あまり歩き回れず対岸の哲学の道へも行けずじまいでした。
あのヒヒの銅像は、jijidarumaさんも書いていらっしゃいましたね。
Bad Wimpfen も2010年に行きましたが、なかなか可愛らしい街並みでした。紀行番組に登場された、青の塔(だったかな?)の上に住む女性にもお会いでき楽しい思い出となりました。
大好きなヨーロッパ、まだまだ行きたい町がたくさんありますが、再訪したいと思う町もたくさんあります。
不穏な情勢が、少しでも良いほうへ向かってくれることを願うばかりです。
今年も残すところあとわずかとなりました。
どうぞお元気で良いお年をお迎えくださいね。
sanabo2015年12月27日16時01分返信するRE: 良いお年を!
sanaboさん
お返事が遅くなってごめんなさい。毎度コメントありがとうございます。
> アスパラのシュニッツェルは珍しいですけどお味の想像はつきますが、デザートのムースとなるととても興味をそそられます。
私は普段あまり甘味は食べないのですが、このムースはアスパラの苦みと青臭さが濃厚なクリームと調和して甘すぎなかったので結構いけました。
> Bad Wimpfen も2010年に行きましたが、なかなか可愛らしい街並みでした。紀行番組に登場された、青の塔(だったかな?)の上に住む女性にもお会いでき楽しい思い出となりました。
ドイツの街道は日本人に人気があるようですね。ヨーロッパの国では比較的大きな国なので色々と見どころが多いと思うのですが、ヨーロッパ内の人からはよく「なんでそんなつまんない所に好きこのんで行くの?」と言われます。
> 大好きなヨーロッパ、まだまだ行きたい町がたくさんありますが、再訪したいと思う町もたくさんあります。
ノルマンディ旅行記、楽しく拝見しています。色々なことに興味を持たれているので読んでいて再発見がたくさんあります。我々はオンフルールでは30分ほど滞在して去ってしまったので、新鮮な感覚で楽しめるsanaboさんがうらやましく思います。
今年の元旦は珍しく日本で迎えることになり、現在鳴子温泉にいます。普段大雑把に生きているので日本では色々とトチって大変ですが、日本はとても興味深い国だと思います。
sanaboさんもご家族ともに良いお年をお迎え下さい。来年も素敵な旅行記を期待しています。
2015年12月29日13時38分 返信する -
驚愕
白アスパラ・シュ二ツェルも、
串亭のスタミナ豆腐も
ドイツに住んでるのに食べたことありません。驚愕です!
年末に、串亭、家族で予約してるので食べてみたいです。
それにしても串亭、ドイツ人比率6割以上、
ドイツ人が普通の和風の定食(鳥唐揚げ定食が人気)
食べてるの驚きの、この頃です。RE: 驚愕
GuteReiseさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。
ケルン在住なんですね。今年の冬は今のところ穏やかですが、南に逃亡したくなる季節が来ましたね。
モンシャウにもクリスマスマーケットが立つんですね。さすが、本場ドイツ。小生、日帰り脱ベルギー旅行で偶然訪問したことがあるので、とても貴重な情報を得られました。町の名前すら忘れていました。
> 白アスパラ・シュ二ツェルも、
> 串亭のスタミナ豆腐も
> ドイツに住んでるのに食べたことありません。驚愕です!
シュニッツェルは微妙ですが、スタミナ納豆はなかなかお勧めです。年に4回デュッセルに通い、串亭は必ず予約を入れているので太鼓判を押せます。楽しい旅になりますように♪
良いお年をお迎えください。
>2015年12月23日04時15分 返信する -
アルト・ハイデルベルク!
のまど様 こんにちわ
シュパーゲルはないけど、1週間ほど前に妻を伴って鉄道移動によるクリスマスマーケットと古城を巡るドイツ旅行から帰ってきました。
ローテンブルクに泊まり翌日はシュツットガルト泊…
シュツットガルトを通りすぎて、ハイデルベルクで午後過ごしてからシュツットガルトのクリスマスマーケットに行く予定でした。
が、急遽ハイデルベルクはやめて、ローテンブルクからニュルンベルクに行ってしまいました…
のまどさんの写真を見て愕然…
ニュルンベルクのカイザーブルクからの街の眺めよりはるかにいいです、ハイデルベルクの街、そしてネッカー川。
やっぱり初心貫徹すべきだったかなと反省してます。
12月ですが天気は良かったのですが、日が短くて…
やはり5月、6月がいいですね、ヨーロッパは
アルデバランRE: アルト・ハイデルベルク!
アルデバラン様 こんにちは
> シュパーゲルはないけど、1週間ほど前に妻を伴って鉄道移動によるクリスマスマーケットと古城を巡るドイツ旅行から帰ってきました。
> ローテンブルクに泊まり翌日はシュツットガルト泊…
そうでしたね。ということは2年連続のドイツ旅行。バッハを巡る旅、楽しく拝読しています。バッハとヘンデルの比較など、なるほどと思います。特別な関心がある旅行記というのはなかなか読み応えがあります。続きを楽しみにしています。
> が、急遽ハイデルベルクはやめて、ローテンブルクからニュルンベルクに行ってしまいました…
ふむふむ、何があったのか旅行記に書かれるのを心待ちにしています。
> 12月ですが天気は良かったのですが、日が短くて…
> やはり5月、6月がいいですね、ヨーロッパは
更新をサボっていて季節がすっかり変わってしまいました。確かに太陽光があるかないかで景色が全く違います。この冬は今のところそんなに寒くありませんが、今年はテロ騒動をはじめ色々とありました。
来週1週間ほど日本に滞在する予定です。ブログのネタがあるといいのですが・・・。
少し早いですがご家族揃って良い年を迎えられますように。
来年もよろしくお願いします。2015年12月20日06時01分 返信する -
アスパラシュニッツェルとアルテ橋
のまどさん
こんにちは。季節も良く、古城街道の旅は楽しまれたようですね。ハイデルベルクの“キスのチョコレート”の事、ご紹介ありがとうございました。
今年はシュパーゲル(白アスパラ)料理の季節を外して、食べられませんでした。今年の出来は良かったのでしょうね!
<衝撃的だったのはたとえるならトンカツの衣で白アスパラを揚げたアスパラシュニッツェル。>
ドイツの春の旬、シュパーゲル(白アスパラ)料理は大好きで数え切れないほどに食べています。・・・が、ハイルブロンの写真にある揚げたアスパラシュニッツェルには私もたいへん驚きました。
このようなものがあるとは、レストランのメニューでも見たことが無く、全く知りませんでしたが、味はどうなのでしょうね。
フレッシュなシュパーゲルを揚げてしまうとは不思議です。
<ネッカー川を眺めます。この橋ができたのは18世紀末ですが、その前1000年以上にわたってハイデルベルクには橋がなかったようです。ということは渡し船で生活していた?>
これについては2012年の旅で書いたものがありますので、一部抜粋して下記します。ご参考にしてください。
「Alte Brueckeアルテ橋:現在の石橋は1788年完工、1947年に再建。
1248 年の記録にあるアルテ・ブリュッケはハイデルベルクでももっとも古い部類に属する。全長およそ 220 m、古くは木造で屋根もあったが、その後の戦争や洪水で壊れ、18世紀後半、プファルツ選帝候Karl-Theodorカール・テオドールが石橋に建て替えた。
従って、正式名称はカール・テオドール橋だ。第二次世界大戦でも撤退するドイツ軍自身によって破壊されたが、1947年に再建された。
現在のものは 8番目にあたると云う。」
それでは良いお年を!
jijidarumaRE: アスパラシュニッツェルとアルテ橋
jijidarumaさん、
こんにちは、書き込みありがとうございます。
> こんにちは。季節も良く、古城街道の旅は楽しまれたようですね。
jijidarumaさんのブログを読んで事前準備していたはずなのですが、恥ずかしながら内容の薄い旅になってしまいました。でも、古城街道の素晴らしさは分かりました。
> ドイツの春の旬、シュパーゲル(白アスパラ)料理は大好きで数え切れないほどに食べています。・・・が、ハイルブロンの写真にある揚げたアスパラシュニッツェルには私もたいへん驚きました。
やはりこの料理法、他ではありませんか。 この店オリジナルなのかもしれませんね。白アスパラの天ぷらは堪能できるのですが、シュニッツェルは普通のシュニッツェルやコロッケなどが頭をよぎって味わうことができませんでした。
> これについては2012年の旅で書いたものがありますので、一部抜粋して下記します。ご参考にしてください。
情報いただき、ありがとうございます。川の両岸を渡す橋は何度も再建されたんですね。歩行者専用で歩きやすい橋でした。
ブログ、もう一度読ませていただきます。新規に投稿された旅行記も併せて読みたいのでまた近いうちにお邪魔します。
2015年12月19日22時24分 返信する -
明るい南仏はいつみてもホッとします。
☆のまどさんのお洒落な旅行記が気に入って、時々覗いています『いいね』を押してもプッシュ済み?!
そこで、30数年前に訪れたアルル〜アヴィニヨンの記憶を頼りに思い出を綴らせていただこうかな・と〜
個人旅行の寄せ集め旅で、初めて同室になった方とアヴィニヨンでのサイクリングを目的に行ったのですが。。。
石畳で足首を捻挫して自転車屋さんを探すうちに午後の休憩時間【一般的にはシエスタと云うのかな】結局法王庁へも入れず、すぐ前にあった鄙びたオープンカフェで一時間ほどギャルソンをからかい、途切れた橋を遠目から見るだけで【橋の上で踊りたいなと思いつつ】
次のお菓子屋さんへ入ると天井のインテリアが素晴らしくて写真に撮りたいとお願いしたのですが「スネパポシーブル!』と拒否!
☆散々だけど、二度とない記念になりました。お粗末〜RE: 明るい南仏はいつみてもホッとします。
salsaladyさん、こんにちは。
お返事が遅くなってごめんなさい。
> ☆のまどさんのお洒落な旅行記が気に入って、時々覗いています『いいね』を押してもプッシュ済み?!
いつもおご覧いただき、コメントありがとうございます。そのように思っていただけて恥ずかしながらも光栄です。
> そこで、30数年前に訪れたアルル〜アヴィニヨンの記憶を頼りに思い出を綴らせていただこうかな・と〜
南仏はやはり特別ですね。どこかセレブな感じがして。懐かしく思っていただければ幸いですが、捻挫したうえに目玉の法王庁に入れなかったとは残念ですね。再訪してリベンジが果たせるといいですね。
クルーズ旅行、楽しく拝見しました。私にとっては未知の領域なので船内の様子がとても興味深いです。salsaladyさんの文章には考えさせられる内容が多いので読み応えがあります。
時折拝見するご自身のお写真、どれも美しいですね。さすがサルサの達人であって姿勢が良いですね。まだまだ世界中の美男子たちを虜にできますよ。
今後の更新を楽しみにしています。近いうちにまたお邪魔しま〜す。2015年12月05日22時42分 返信する -
纏めてのご投票ありがとうございました。
のまどさん
纏めてのご投票ありがとうございました。
フランスのテロに驚いています。そちらは如何でしょうか?
難民問題とイスラムがらみのテロ、ヨーロッパは大変ですね。
何か久しぶりのお立ち寄りの感がありましたが、当方も小中の同窓会を10月30日に催し、その残務処理(クラス集合写真とスナップ写真500枚の個人別分別・配布、それらを編集した写真集:12頁などの75名分の送付・・・出席したくても来られなかった方々にも当日の雰囲気を味わっていただくために送ったので実際に出席者数より多くなっていますが)が終わって、今は聊か脱力しています。
72歳で72名の出席と語呂合わせも良いと思っていたら、日が近づくにつれ、本人の体調不良、配偶者の介護などの事由で欠席が出始め、当日もドタキャンが4名となり、最終的には57名の同窓会になりました。
何とか収支はプラスになっていますが、私共が難しい年齢にある事を感じさせるものがありました。
幸い、80代半ばの恩師2人のご出席と、先生方のパフォーマンスが好評で、和やかに楽しく終わりました。
仲間や、思ってもいなかった方々、そして恩師からのお礼の電話や手紙が連日続いてくると、達成感も充実感も出てきました。
さて次回はもう地元の仲間に任せたいのですが・・・。
それではまた。
jijidaruma2015年11月14日15時34分返信するRE: 纏めてのご投票ありがとうございました。
jijidarumaさん、こんにちは。
> フランスのテロに驚いています。そちらは如何でしょうか?
> 難民問題とイスラムがらみのテロ、ヨーロッパは大変ですね。
お気遣いありがとうございます。ひどい事件ですよね。憤りを覚えます。シャルリ・エブド以来、パリは警戒すべき街になってしまいました。
> 何か久しぶりのお立ち寄りの感がありましたが、当方も小中の同窓会を10月30日に催し、その残務処理(クラス集合写真とスナップ写真500枚の個人別分別・配布、それらを編集した写真集:12頁などの75名分の送付・・・出席したくても来られなかった方々にも当日の雰囲気を味わっていただくために送ったので実際に出席者数より多くなっていますが)が終わって、今は聊か脱力しています。
お疲れさまでした。大変な作業ですね。ゆっくりとお休み下さい。きっと皆さん喜んでいると思いますよ。年齢的に難しくても同窓会が末永く続きますように。
私の方は秋から職場が変わり、このサイトへのアクセスができなくなってしまいました。(←以前は会社でブログの更新をしていた)帰宅も連日夜10時すぎなので、週末にまとめて皆さんの旅行記を拝見しています。
更新が非常に遅くなりますが、何とか続けていこうと思うので、今後もよろしくお願いします。2015年11月14日22時29分 返信する -
ナンシーのアール・ヌーヴォー建築物とポーランド王スタニスワフ1世
のまどさん
こんにちは。
久しぶりにアール・ヌーヴォー建築物を拝見しました。
アルザス・ロレーヌとは独仏の歴史で学んだ地域ですが、ロレーヌのナンシーはかつての旅で通過した記憶だけが残りますが、これほどの建築物があるとは知りませんでした。名の知れた銀行が所有者というのも納得です。
さて、ここではロレーヌ公の地位にあったポーランド王スタニスワフ1世(スタニスラス)が自分の旅行記を思い出せました。
偶々、先日の?悲しい恋の伝説“王冠をいただく人魚姫”の話が残る古城ホテル ネッカービショフスハイム城のオーナーシェフの事を書いたばかりですが、
このシェフが以前グルメレストランのシェフをしていたのが、スタニスワフ1世ゆかりのRomantik Hotel Landschloss Fasanerieロマンティック ホテル ランドシュロス ファザネリ ・古城ホテル;4星S・50室。
D-66482 Zweibruecken 、Fasanerie 1
Tel:+49 (0)6332 9730 、Fax:+49 (0)6332 973 111
http://www.landschloss-fasanerie.de/
でした。
≪Das historische Gartendenkmal Tschifflick;歴史的記念碑たる庭園Tschifflick(Romantik Hotel Landschloss Fasanerie)≫
Ehrbrunnen 名誉の泉そばの最初の庭園は1589年、自然を愛したプリンセス・マグダレーナ(ユーリヒ・クレーフェ家・Prinzessin Magdalena von Juelich-Kleve)が建設した。
30年戦争(1618~48年)の以降、庭園は全く構われないまま過ぎ、部分的に破壊された。
その後はできる限り、園芸家エスキル・ヨハン・サンダールEskil Johan Sundahlのデザインの要素は今も踏襲されている。館前の池とテラス台地は以前のままになっている。
ファザネリ(雉の飼育場)では、バロック様式の庭園芸術の宝物を維持するために、必要な手入れは怠ってはいない。
<元ポーランド王・リトアニア大公スタニスワフ・レシチニスキ>
(1677〜1766年;王位1704~09、1733年。およびロレーヌ公在位;1737~66年)
我々は元ポーランド王スタニスワフ・レシチニスキが素晴らしい歴史的庭園を造ったことに感謝せねばならない。
彼の友人であり、支援者であったスウェーデン王カール12世Koenig Karl von Schweden(=プファルツ・ツヴァイブリュッケン公)が、王に彼のヴィッテルスバッハ公国ツヴァイブリュッケンZweibrueckenへの亡命を認め、スタニスワフ自身が 旧ルーマニア・ベッサラビアBesarabienでの幸せな時代を思い、ここに夏の離宮を建て、それにトルコ名Tschifflikチフリック?(トルコ語!は農場・ファームの意味)を与えたと云う。
(かつてのオスマントルコ帝国・現在はモルドバ共和国の領地であったBesarabienベッサラビアやBenderベンデルにスタニスワフ王が滞在し、良き思い出があったとか。)
スタニスワフ王、彼の妻キャサリン、2人の娘アンナとメアリーの絵画がグルメレストランTschifflikの壁を飾っているのも、ポーランド王への感謝の表れである。
王の長女アンナは若くして亡くなり、修道院Graefintalに埋葬されている。
次女メアリーは1725年にストラスブールで、後のフランス国王ルイ15世と結婚している。
1718年12月11日、スウェーデン王カール12世がノルウェー攻略の要となるフレデリクスハルド要塞を攻囲中、流れ弾に当たって落命した。
この為、ツヴァイブリュッケン公国はプファルツ伯グスタフ・サミュエル・レオポルドGustav Samuel Leopoldの支配に戻った。
それで元ポーランド王スタニスワフは亡命先であったツヴァイブリュッケンを去り、仏・アルザスのヴィッセンブールWissembourg(ドイツ語でWeissenburg)に新たな住居を求めた。
王の女婿であったルイ15世は王の亡命を認め、1735年には、公国ロレーヌLothringenをロレーヌ公に任じた(〜1766年)。
王の家族はナンシーに移住した。
スウェーデンの建築家サンダールの計画図:
1715年、バロック庭園の主要部分はスウェーデンの建築家サンダールにより作られ、18世紀半ばに有名な庭師ヨハン・ピーターJohann Petriよって眺望の良い庭園が建設された。
現在もなお使われているファザネリFasanerie(雉の飼育場)の名はクリスチャン4世公に由来する。
スタニスワフスはナンシーに移住した後、この地の木造建築物を壊しているが、1740年、ツヴァイブリュッケン家のクリスチャン4世公はファザネリ(雉の飼育場)をもった大庭園を造っている。
1801年 にナポレオン皇帝によって贈られた庭園をツヴァイブリュッケン市は獲得し、1897年1月1日、市はファザネリに州立馬飼育場を建てた。同時に住民用の近接したレクリエーションエリアも作ったのである。
現在、この地は40haの広さをもち、Romantik Hotel Landschloss Fasanerieの庭園は周囲を壁で囲まれている。
バラ園、池と歴史的なバロックの庭園、12世紀初期のフランケン王朝・Ehrwoogburgの城址跡、散策路も備えた眺望の良い庭園になっている。
(2010.09.05.;翻訳・編集)
少々長い引用になりましたが、歴史のご参考までに。
jijidarumaRE: ナンシーのアール・ヌーヴォー建築物とポーランド王スタニスワフ1世
jijidarumaさん、こんにちは。
歴史解説、ありがとうございます。
> アルザス・ロレーヌとは独仏の歴史で学んだ地域ですが、ロレーヌのナンシーはかつての旅で通過した記憶だけが残りますが、これほどの建築物があるとは知りませんでした。名の知れた銀行が所有者というのも納得です。
ナンシーはかつてはパリと競っていたほど高い文化を持った街だそうです。アール・ヌーヴォーは元々ナンシーにいた芸術家とドイツから移住してきた職人の技術の融合だと思います。旅行記を書いてみたものの、まだまだ未消化なので今後時間のある時に資料を読んだりしてみたいと思います。
>
> さて、ここではロレーヌ公の地位にあったポーランド王スタニスワフ1世(スタニスラス)が自分の旅行記を思い出せました。
スタニスラスはjijidarumaさんが指摘した通り庭園を造ったり、フランスでは学術向上に関わったりとかなり文化的に貢献したようです。ナンシーの象徴とも言える広場がその名を冠し、大きな銅像が建っているのは外国人であるのにその功績が認められている証拠だと思います。
いただいたコメントはもう一度ゆっくり読み返したいと思います。
取り急ぎ、お返事まで。2015年09月13日22時27分 返信する



