2016/05/25 - 2016/05/25
15位(同エリア86件中)
のまどさん
トールンから36キロ離れたところにシャファルニアという村があり、ショパンは多感な思春期の夏に友人の実家を訪ねました。都会を離れて純朴な暮らしを楽しみ、この地方の伝統音楽やジプシーなどの民族音楽に触れたことでインスピレーションを得ました。その影響が最も表れているのがマズルカOp7-4です。
ピアニストは20世紀前半を生きたシュトムフカというポーランド出身のピアニストですが、詳細はあまり知られていません。
https://www.youtube.com/watch?v=sVne9QJ8Nb0
博物館を見学した後、ゴルブ・ドブツェンに寄りました。トールン方向に6キロほど戻ったこの小さな町は恐らく外国人が行かないところだと思いますが、ドイツ騎士団が建てた城はショパンも訪れたことがあり一見の価値がありました。
英語がなかなか通じないところをポーランド人の素朴な優しさに助けられました。実現できないと思っていたので、訪問できたことを感慨深く思いました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
ホステルでの朝食。武者震いがします。入念に事前調査したつもりですが、目的地に辿り着いてミッション遂行できるか不安でした。
-
少しトールンを散歩してからバスターミナルにやって来ました。シャファルニア行きのバスは10:10発というのを観光案内所とネットで確認。だが、ホームの番号が分からない。窓口できくとターミナルに出てみなさいと。
探してもシャファルニアという表示はないので周囲の人にきいたが誰も英語を話さない。藁にもすがる思いで、ミュージシャン風の若者にきいたところきれいなアクセントで返答があり、窓口までついてきて番号をきいてくれた。ジンクエチー(ありがとう)。
ポーランドで迷ったら、ワルシャワではこじゃれた女性に、地方都市では国外脱出願望のありそうな青年にきくというのが鉄則(?)。バス (トルン) バス系
-
7番ホーム。シャファルニアに行くかという答えはタック(はい)。着いたら教えてと大げさなジェスチャーを交えて英語で言ってみるが通じないばかりか笑われる。周囲からも助け船なし。
-
動き出して、幸いにもスマホのGPSが機能することが分かって一息吐く。
古風なバスですが、途上国百戦錬磨(?)の私にはきれいに見えます。乗り心地も問題なし。 -
途中で運転手さんが気づいたのでしょう。目的地に着くとシャファルニアはここで降りて道路を渡った反対側だよ、と教えてくれました。
道路を渡ると小さな赤い乗用車が停まっていました。
「ショパン博物館に行くんだろ、乗っけてってやるよ!」
と人懐っこい笑顔のおじいちゃんの呼びかけに満面の笑顔で甘えます。 -
「シャファルニアはなんもない田舎だけど、ショパンが二夏ここで過ごしてくれたおかげで、博物館が建って毎年コンサートが行われて色んな人が来るから誇り高いもんだ」
と思われるような話を息巻いてしていました。私は笑顔でタック、タックと相槌を打ちます。ごめんよ、ポーランド語分からなくて。 -
博物館到着。
「金はいらないよ」というおじいちゃんの手にガレチョコを押し込めて下車しました。ポーランド人、優しいわ。 -
ショパンの胸像が出迎えてくれます。
ショパンは中学校4年の夏休み、寄宿舎で同じ部屋だった友人の実家があることからシャファルニアで過ごすことを決めました。 -
入場料(確か5ズロチ)を払って中に入り、最初にコンサートホールでショパンとシャファルニアというビデオを見ます。ショパンは1824年と25年の夏をここで過ごし、シャファルニアの自然に触れ、この地方の伝統音楽やジプシーの音楽に魅せられました。
-
館内にはシャファルニアとどれだけ関係があるか分かりませんが、ショパンの展示があります。ジョルジュ・サンドが描いたショパンの横顔。
-
ショパンの臨終。
-
そして、ワルシャワのショパン博物館で見られなかったデスマスクと手の複製。この写真では分かりにくいですが、本当に小さくて自分の手の大きさと大して変わりませんでした。ピアニストの手は大きいに越したことはありませんが、この小さな手でピアノの詩人と呼ばれたショパンには身体的コンプレクスを凌駕した、もしくはそれを逆手に取る天賦の才能があったことでしょう。
-
ショパンが友人と過ごした部屋を再現したのでしょうか。どうやらここは宿泊もできるようです。
-
ショパン人形。今だにショパンに絶対的な美意識を求めてしまう私には受け入れがたい。
-
博物館の人に帰りのバスの時間を確認してもらってから庭園内を少し歩きます。グランドピアノを象った花壇。
-
ショパン来訪の記念碑。
-
ウォーキングコースもあるようです。バス停に向かいます。
-
ショパンがインスピレーションを受けた豊かな自然を少しでも感じてみたい。
-
絶対音感があったショパンはどんな音も楽譜に捉えることができたのでしょう。
-
バスが来なかったらヒッチハイクを覚悟していましたが、幸いにも時間通りにバスが来ました。トールンに帰るのも早すぎるので、手持ちのガイドブックに載っていたゴルブ・ドブツェンで下車します。
-
時間通りにバスが来れば問題なくトールンに戻れそうです。
-
水を買って町の中心広場へ。特別なものがないところがより魅力的♪
-
グーグルでも名称不明の教会。サッカーに興じていた少年たちの横を通った際に「チェシチ(やあ)!」と声を掛けたところみんな呆然となってボールの動きが瞬時に止まった。ここまで来ると外国人は珍しいのね。
-
この教会も町民が集う場所だと思うのですが、やはり詳細不明。ポーランドの教会の多くは造りが派手でなくてもしっかりしているという印象があります。
-
18世紀の農家だと思います。ポーランド語の説明書を翻訳するのは割愛します。
-
お腹が空いたので地元のファーストフードでケバブを調達します。ここの女将さん、表現豊かに話してくれるので、私は彼女のポーランド語にタクかニエ(いいえ)と答えてジェスチャーを交えて英語で話して会話が成り立ちました。
-
目指すは丘の上に悠然と建つあの城です。
-
パン生地に、肉の味付け、酢漬けキャベツにサザンドレッシング。どれも完全なポーランドB級グルメ。いずれにせよおいしいので歩きがてらペロっと平らげました。
-
城に辿り着き、入場料を払うと「テラス、ガイド」と言われて連れて行かれた先にはガイドが率いる集団がいました。合流したものの、説明はポーランド語のみなのでさっぱり分かりません。「分かんないから英語かドイツ語しゃべってよ」とは私がベルギー人でない限り言いません。
Zamek Golubski ホテル
-
最初に入った部屋には民族資料がいっぱい。冬は相当冷え込むでしょうな。
-
で、隣の部屋は拷問器具の展示で。
-
なぜかガイドが嬉々として満面の笑みで拷問器具の解説をする。幸なことに私には彼が何を言っているのか全く理解できません。
-
お決まりの小銭を投げ入れれば再びここに来られるよ的な井戸。水はなし。
-
石器時代のこの地方の暮らし。こういう史料が出てくるのは土壌が恵まれていた証拠なんだろうな。
-
レプリカなど西欧言語と共通な単語が出てくれば何となく察しが着く。と言っても認識できることばは全体の5パーセンントほどだが。
-
こちらが我々のガイド。一生懸命説明する様子が伝わって好感が持ていました。
左は中世の鎧の再現です。 -
騎乗ゲームに使っていたと思われる武具。右側のグリーンの半ズボンの人、なんかリアルです。
-
で、これがガチの(←こら!)試合の写真。
-
領主のコレクションと思しきクリスタルの食器。
-
もちろん城内にチャペルもあります。
-
客間、この風情好きです。
-
最後に城下町を眺めてから入場チケットをガイドがチェックして終了です。いやはや、貴重な体験でした。言葉が分からないという状況で持病の笑い上戸が発作することがなかったのが幸い。
-
正方形のゴルブ・ドブツェン城を振り返りながら眺めます。ウィキペディアでガイドが説明したと思われる内容をおさらいすると、13世紀から14世紀にかけてドイツ騎士団が建立しました。その後、15世紀にポーランド軍が破壊し、17世紀にスウェーデンの血を引くアンナ女王の下で最盛期を迎えた。
-
イチオシ
そして大洪水時代(という区分があったらしい・・・)に衰退し、ヒトラー支配下ではナチスの訓練所として使われた。そして、後で知ったのですが、ショパンもこのゴシック・ルネサンスの城を訪れたようです。
城のサイトによると30ズロチという非常に手ごろな料金で泊まれるらしい。
http://polishcastle.eu/menu.htm -
イチオシ
町を見守るこの城は破壊と再建を繰り返す波乱万丈の歴史を歩んできた。そして今は平和。
トールンまでのミニバスは満員立ち乗りで辛かったです。 -
トールン編で載せ忘れたピエルニキのお店。お土産はこれで決まり。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- kayoさん 2017/01/29 10:09:20
- 親切なポーランド人
- のまどさん、こんにちは!
ポーランド人、親切な方が多いんですよね。
私も数年前に旅行した時、東欧ではよくあるタクシーぼったくりにも遭わず、
泊まる予定のアパートの建物への入り方が分からず、
カフェのお兄ちゃんが快く電話してくれ無事アパートオーナーと接触出来たりと、
ハプニングごとにポーランド人に助けられた思い出があります。
ただあまり英語は他の東欧に比べて通じにくいですよね。
ここで「地方都市では国外脱出願望のありそうな青年にきく」というの、
他国でも通用しそうで、私もバンドやってそうな若者をよく探します。
先日オフリドの旅行記を発見!以前からバルカン半島には興味があり、
オフリドからアルバニアのべラットへ抜ける構想を練っていた所でした。
あの辺りも移動が大変そうに思いますが、実際に行かれた感じではどうでしたか?
英語はまず通じそうになさそうですが。
kayo
- のまどさん からの返信 2017/01/30 01:16:51
- RE: 親切なポーランド人
- kayoさん、こんにちは。
相棒さんとともに元気を取り戻して旅行している様子を見て、とても嬉しく思います。温泉、いいですね。ここ最近こちらは氷点下だったので恋しくなりました。
> ポーランド人、親切な方が多いんですよね。
> ハプニングごとにポーランド人に助けられた思い出があります。
押しつけがましくない、素朴な優しさがポーランド人の美点ですよね。言葉が通じなくても親身になって助けてくれるところにとても好感が持て、どこでも居心地が良かったです。
> ただあまり英語は他の東欧に比べて通じにくいですよね。
> ここで「地方都市では国外脱出願望のありそうな青年にきく」というの、
> 他国でも通用しそうで、私もバンドやってそうな若者をよく探します。
シャファルニアはよほどのマニアしか行かない所なので英語が通じなくても仕方がないと思いましたが、ポーランド全体では通用度が高いというのが私の印象です。政府が観光に力を入れていて、若者はUKなどの国外に出たがっている。私にとって東欧で一番英語が通じない国は言語体系が他と違うハンガリーです。
>
> 先日オフリドの旅行記を発見!以前からバルカン半島には興味があり、
> オフリドからアルバニアのべラットへ抜ける構想を練っていた所でした。
> あの辺りも移動が大変そうに思いますが、実際に行かれた感じではどうでしたか?
> 英語はまず通じそうになさそうですが。
マケドニアはブルガリアと比べるとハイテンションで英語をしゃべる人が多かった記憶があります。ただこの二国はキリル文字の表記でバスの行き先がローマアルファベットがないのが難点です。
ざっと調べたところオフリド−ベラットはスヴェティ・ナウムから徒歩で越境してエルバサン経由でというアドバイスが出てきました。
https://www.tripadvisor.com/ShowTopic-g294445-i4583-k6127588-Getting_to_Berat_from_Ohrid-Albania.html
それから旅行中マケドニア国内のバスについては下のサイトで調べました。
https://www.balkanviator.com/en/bus-timetables/ohrid-mkd/skopje-mkd/31.01.2017
ご参考までに。
バルカン、私も5月にセルビアに行きます!
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
Zamek Golubski
3.15
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
トルン(ポーランド) の人気ホテル
ポーランドで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ポーランド最安
487円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
2
46