しにあの旅人さんへのコメント一覧(15ページ)全581件
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羊をめぐる冒険♪
しにあさん、by妻さんこんにちは♪
ローマ帝国に飛んでいた心、見事「日本古代史」の世界に呼び戻され、右往左往しながら解読中です。3度め読んでもまだ消化不良、ですが、時間が圧して年末の“to do list”に支障をきたすので、失礼ながらコメント試みます。
上野三碑、着眼され、碑文を読み解き→羊神社→神道集、へと探究が繋がって行く、その目の付け所?がまず驚きでした。今回は「道に転がる1個の石」ではなくて、碑文だったわけですが、一千年の歴史を解き明かす!
拓本とは、版画みたく見えますが、碑文に墨塗って紙に写した、みたいな?碑文書き起こし、解説に沿って読んでみたら、なるほど、高2の漢文レベルでも分かりました。
ここで、聞いたことある名前、穂積親王(文武天皇急逝、女帝擁立時に知太政官、但馬皇女、大伴坂上郎女との恋愛)、石上朝臣麻呂(遷都の際、留守役として置いてきぼりにされた方?実権は不比等に移っていた)、そして、出ました^o^藤原さんちの不比等さま♪
知ってるかどうか?はさておき(どうでもいい話でm(._.)m)、発案不比等、三宅麻呂が実務担当だった、説、納得の人選。
正史のウラを現場で取れた!そして、同期の人事にわくわくドキドキ、古代人の生の感情、古代の息吹を追体験、縦の旅の真髄、醍醐味ココにあり⁈
「翔んで埼玉」でしたっけ?自虐ネタで地元を盛り上げた、ってんで話題作でしたね、観ていませんが。
多胡→胡人、中国よりもっと西、モンゴル、イランの連想、ありそう。藤原氏渡来人説もありますよね。羊さんは人名、というのが定説で、その成果も研究も多大な努力の賜物なのですね。古代史を紐解く時、いつもこのような陽の当たらない地道な研究携わる方々に、首をたれるばかりです。
羊神社の狛羊♪ ほんとに羊なんだ(*_*)なんか、やけに新しい?気がするのは気のせいでしょうか。御祭神が羊大夫、藤原鎌足の後胤?銅を発見し、多胡郡を賜り、多胡碑がたてられた→元号「和銅」に繋がりますが、続日本紀によると、後年適当に結びつけた?
そこからの「神道集」への展開もお見事♪羊大夫さんにまで繋がる多胡碑の羊さんの系譜。
読み込み不足、と言いながら、長くなってしまいm(._.)m
さいごに、来年の干支「羊」へと導かれ、しにあさんby妻さんの辣腕におざぶ10ま~い!の大盤振る舞い♪
羊年生まれは「紙を食べる」→「金離れがイイ」という説、羊年生まれの娘のおかげで、ふるさと納税5万円分の「牛しゃぶ、カニ、ホタテ」が、我が家迎春のお膳を潤してくれる予定♪お恥ずかしい~
来年の干支、兎⁈
お恥ずかし~
年賀状、まだ手も付けていないの、ばればれ(笑)
でも、「旅」が単なる「移動距離」とか「どんだけお金かけたか」ではない、という事を見事に体現されたブログ♪ って事で、おざぶ10枚、はお取り置き下さいね♪2022年12月22日11時19分 返信するRe: 羊をめぐる冒険♪
狛羊、新しいですよ。最近のものです。全く苔がついていません。変わり狛、時々見かけます。日枝神社系統で、狛猿さんがいました。ここではお猿は神様のお使いなので、それほど違和感はありません。
今回はシナリオの組み立てに自信あり。多胡碑の羊さんから、羊神社まで、流れに乗って読んでいただけたようで、やったあ! という感じです。
今回いろいろ調べる前までは、古代の北関東なんて、大森林で人間より熊の方が多かったと思っていたのですが、違うみたい。
7世紀、8世紀では、多胡碑の羊さんや、次回のお坊さんとそのお母さんの物語みたいに、血の通ったお話が現代まで伝わっているので、驚きです。
7世紀には法隆寺みたいな大寺院が前橋のあたりにあったそうです。
残っていのが残念。
石碑のだらだら漢字日本語、読めるんで驚いた。
考えてみると当たり前で、当時の普通の日本人に読めなかったら書く意味がないわけで、当時の口語での読み方があったはずです。
今回も、正式な訓み下し文にしろと言われたらできないけれど、意味をとって口語にするなら難しくない。当時も同じことをやっていたはず。
この時代の日本語に興味深々です。2022年12月26日05時20分 返信する -
そこに神社があるから。。。(・∀・)
こんにちは、しにあさん&by妻さん
この旅行記は、かなりの割合でby妻さんの独壇場!
どんなものにも、それなりの(しかもなるほど!と納得できる)理屈を考え出す。
コンピューターよりも、よっぽど説得力がありますね!(^^)!
やはり、しにあさんとは迷コンビです!
4つもあった「甲波宿禰神社」、その二つ目だったかな?
そう、渋川市祖母島にある社です。
神社のことではなくて、「祖母島」という地名の読み方です。
「祖母」を「うば」と読むのは、実は私の通った中学校が「祖母井中学校」と言いました。
今はなくなって「芳賀中学校」となりました。
この中学校ですが「うばがい」中学校と読みます。
芳賀町祖母井という地名は、現存しています。
それだけではなくて、愛媛県大洲市に行ったときのこと、道の駅で何気に生産者の名前を見たら「祖母井某」と書いてあったので、レジのお姉さんに「もしや、この名前は『うばがい』と読むのですか?」と尋ねたところ、「はい、そうですよ」、それが何か?というニュアンスで問い返され、栃木県に祖母井(うばがい)という場所がある云々の話をしたら、あまり驚く様子もなく「ああ、そうなんですか」で終わってしまいました。
愛媛県と大分県には、栃木県には存在しない(少なくても私は会ったことがない!)宇都宮さんという人が多々いらっしゃるようですし。
ほんに日本は狭いと思ってみたりしています。
祖母井のルーツは、とりあえず上州なのか?と、またしても共通項を見いだしました。
神社の話じゃなくて済みません!
地名、人名にも大いに興味がありまして(^^;)
前日光Re: そこに神社があるから。。。(・∀・)
「祖母」を「うば」と読むのは、あちこちにあるのですか。島なら「祖母島」井戸なら「祖母井」
かわすくね神社の方は、吾妻川の氾濫域にあったので、島は間違いない。あちこちにあるということは、氏族名でしょうね。
前日光さんの中学校の方は鬼怒川の近くみたい。吾妻川も鬼怒川も利根川で繋がっていますから、どちらかが移動したんでしょうね。川の水運氏族かな。
愛知県の祖母井さんは、レジのお姉さんの反応だと、地元ではありふれた名前で、これも古いジモティネームみたい。
近くに大きな川があったら、これはもう決まりですね。
かわすくね神社は祖母塚古墳の上に乗っているくらいですから、この地名は古そう。
珍しい読み方ですから、関係はありそうです。
地図で見たら、前日光さんの中学校は、五行川の反対側、祖母井という地名は、昔は五行川を挟んでもっと広い地域だったみたいですね。
青木繁のロマンの碑まで遠くありません。
地名は変わりません。
うちの町にも「南白亀川」と書いて「なばき」と読ませる地名があります。房総には難読地名が多いのですが、これもその一つ。「なばき」という地名があって、どっかのへそ曲りがこんな漢字を当てたのでしょう。
「なばき」そのものがヤマト言葉ぽくなくて、エゾか何かの名残ではないかと思っています。2022年12月22日06時30分 返信するRe: そこに神社があるから。。。(・∀・)
追伸
今回はBy妻におんぶに抱っこでした。
最後の、吾妻川の両岸に並ぶ神社をひとくくりにできるアイデアはいただきです。これで「ヤマトタケル空白の旅路」のブログが一つ書けます。2022年12月22日06時36分 返信するRE: Re: そこに神社があるから。。。(・∀・)
こんばんは。
24日に奈良から戻ったのですが、慣れない早起きと猛烈な寒さのために、珍しくも「鬼の霍乱」とやらに見舞われました。
明日から娘たちがくるというので、しっかりしなくてはなりません(~_~;)
> 愛知県の祖母井さんは、レジのお姉さんの反応だと、地元ではありふれた名前で、これも古いジモティネームみたい。
→この「愛知県の祖母井さん」ですが、「愛媛県」ですよ。
愛媛と大分には、なぜか「宇都宮さん」もいたりして、栃木と共通点があるのです。
そこの所だけを、訂正させていただきました(^^;)
さて、今年もいろいろとコメントさせていただきまして、とても楽しかったです!
来年も、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
よいお年をお迎え下さい。
by妻さんも、よいお年を(^^)/~~~
前日光2022年12月29日23時30分 返信する -
伊香保神社しか行ってない(^◇^;)
こんばんは。
そうでしたか、上野国には九つも宮があるのですか?
数が多いのにも驚きますが、その全部を訪れたしにあさんご夫妻に驚くやら呆れるやら。。。
3年もかけて巡ったとは、執念ですね!
by夫さんに、「始まると極めなければ気が済まない」という傾向はありますよね?
唯一私が訪れた伊香保神社は、確か万葉歌碑があったような?
歌は忘れましたが。
その近くに高山彦九郎が腰掛けたという石もあったような?
由緒ある神社だったのですね!
私も訪れた時寒かったので、そそくさとお参りし、少し階段を下りた所にある温泉饅頭を買うことばかりに気を取られておりました(~_~;)
倭文神社というのがあるそうですが、高校時代の友人に「倭文さん」という人がいました。益子辺りの人でしたが、先祖は上州人かもしれませんね。
個人的にインパクトが強いのは「榛名神社」です。
岩の窪みに社があるのは、鵜戸神宮と同じですね。
出雲の韓竈(からかま)神社もこんな感じです。
「榛名神社」が、パワースポットなんていわれているウチは混雑しそうですね。
お隣県ですが、茨城に行くよりは決断しないと行けないのが群馬です。
せめてしにあさんの三分の一ぐらいでもいいので、行ってみたいです(^-^)
前日光Re: 伊香保神社しか行ってない(^◇^;)
執念です。行ったところでふつうのお宮サンですから、書くこと探すのが大変。
とにかく行ってきた、です。
伊香保神社はそれでも人気はあるし、マシな方でした。2度も行っています。
最近竹久夢二にも凝っているので、また伊香保に行ってみたいなと思っていまっす。
次回は、温泉饅頭、やってみます。
伊香保って、竹久夢二や徳富蘆花の記念館があったりして、草津以上、軽井沢未満を狙っているような感じでした。しかしやはり堀辰雄の雰囲気には及ばない。
万葉歌碑、あったような。高山彦九郎、なんであんな所に行ったんだろう。
倭文神社はたしか奈良にもあった。二上山の加守廃寺のすぐ近くもありました。いずれにしても古い名乗りのようです。このへんほじくり出したら、一シリーズになりそうですが、退屈そう。
榛名神社などの岩山の神社は、修験道でしょうね。むしろそれ以前の山岳信仰。
出雲の韓竈神社は、非常に古い山岳信仰の名残じゃないかと思うのですが。2022年12月19日06時45分 返信する -
鵜戸神宮も確かに下っていますね
しにあさん&by妻さん、下りの宮って、興味津々です。
上りが苦手な私は、はじめは「下ってる」なんて楽ちんと思ったのですが。。。
帰りはその下ったところを上らにゃならぬと気づき。。。
上りも下りも、結局いずれ上らにゃならぬことに変わりはないと悟ったのでありました!
するとやっぱり出雲大社は素晴らしい!
だって上りも下りもないのですよ。
そりゃあ少しは階段がありますが、ほんの少しですからね。
あそこはゆるーい松の下り坂を歩いて行けば、拝殿や本殿に行き着きます。
老人に優しい神社ですよね!
さて、私はこの日本三大下り社のどこにも行っていません(>_<)
草部吉見神社は、ずーーっと前に、確か大分のトラベラーTさんの旅行記で拝見したことがあります。
なんとなくジメッとした不気味な感じの神社ですが、そういうのが好物の私は大いに興味を持ちました。
そのTさんの旅行記に、関東の群馬には「貫前神社」という下りの社があると記載されていました。
ここなら私も行けるなと思ったのですが、その後忙しくしているウチにコロナ禍となり、未だに行けてないという次第です。
しにあさんに先を越されてしまいました!
なにやらどんぶりの底みたいな所に社殿があるという、by妻さんによれば、「心が広い神様」のおはす社ということですね!
修復工事中の神社に、女性の宮大工?
しかも彼女の愛車がミニクーパー!
じ、実は私も宮大工ではないのですが、グリーンに白のミニクーパーに乗っております。
ただイギリスが好きという理由だけで購入した、本来はイギリス生まれの車(今はドイツに乗っ取られ、BMW傘下となっていますが)です。
せめて、貫前神社だけでも行ってみるべきですね(^_^)v
前日光Re: 鵜戸神宮も確かに下っていますね
ミニクーパは、By妻がフランスで乗っておりました。古い小さいミニクーパでした。まだイギリス製、おそらく前日光さんのミニクーパの先代です。
クッションが固くて、音がうるさい。
そこで一句。
「ミニクーパ 脳に染み入る 石畳」
でも粋な車でした。
洒落たマダムが降りてくると絵になります。前日光さんも絵になるかと。
貫前神社はおすすめです。来年の4月あたりいかがですか。桜に囲まれておりました。
他の二つはいささか遠いようで。
鵜戸神社は、多分以前のようにお隣2カ国の観光客が殺到しているでありましょう。
奈良、京都も観光客さんが爆増しているらしい。私が行くところはどっちみちほとんど人が来ないところなので、あまり関係ないと思いますが、コロナの静寂もこれで終わりですかね。2022年12月16日20時38分 返信する -
大和屋紙店
しにあさん&by妻さん
久しぶりのコメントです。
藤村の原稿用紙、なんと悠長なことに、「和紙で、注文があると型紙に載せて、いちいち刷った」のですか?
現代とは時間の流れが違いますねぇ。
藤村先生は、その原稿用紙で、あの数々の名文をものしたのですねぇ(^-^)
私は神楽坂の「山田紙店」で、恐れ多くも漱石先生が使われていたという原稿用紙を100枚ほど購入してきました。
ほとんどが、生徒の読書感想文を清書してコンクールに応募するときに使用してしまいました!
漱石先生にあやかって名文が書けるかもと、生徒を叱咤激励しながら指導していた昔を思い出しました。
「大和屋紙店」、小諸に行く機会があったら訪れてみたいものです。
by妻さんが勢いで買ってしまった漆器は、今どんなことになっていますか?
こういう文豪の痕跡が残る店に行ったら、ついつい何らかのものを購入してしまうのは人情というものです。
私だって、きっとそうしてしまうに違いありません。
文弱、脆弱、文豪。。。という響きに弱い人間です。
藤村の詩は、いいですよねぇ。
最近の高校の現代文では、文語定型詩というものをほとんど扱わなくなってしまいました。
どうして日本語の美しいリズムを、授業の時ぐらい若者たちに鑑賞させないのかと残念でなりません。
古い!というひと言で、文語文は彼方に追いやられてしまいます。
藤村や佐藤春夫や三好達治や白秋や。。。目で見ても漢字の美しい配列に感じ入る(ダジャレではありません!大まじめにこう思っています)生徒が一人でもいれば、今の日本語は滅びないと思うのですが。
話が逸れていますね。
藤村の文章が大好きなところは、by妻さんとも共感できるのではないかと(^^;)
前日光Re: 大和屋紙店
藤村の原稿用紙はまとめて刷ったんだろうとは思いますが、考えてみると小諸時代は詩作と、千曲川のスケッチ、小品、破戒の初稿くらいですから、そんなに用紙はいらなかったのではないでしょうか。などといらぬお節介。
版木はこれ以外にもなん種類かありました。
小諸の文人は、お好みの原稿用紙を持っていたのでしょうか。贅沢であります。
漱石の原稿用紙って、用紙の中央に漱石用とか書いてあるやつですか。売れっ子作家だと、専用の原稿用紙を用意してくれたみたい。
コンクールの審査員さん、応募原稿用紙を見てびっくりしたでしょうね。
By妻衝動買いの漆器は使っています。何回か出てきたことあります。旅籠膳はどこに行ったか、見ていないなあ。
大和屋紙店に行く時は、買い物、くれぐれもご注意を!
近頃の高校は文語定型詩をやらないのですか。
藤村や、蘆花の「相模灘の落日」みたいな和漢混淆文を朗々と読み上げると、日本語文の良さがわかるのですが。
上野シリーズはこのあと上野三碑なのです。石碑の内容が、なんとかわかるのです。高校時代の漢文と文語文が役に立っています。
フランス人の教養レベルは、若い頃ラテン語かギリシャ語をやるかやらないかで決まるらしい。
日本語も同じで、ある程度の古文や漢文の知識がないと、人間が薄っペらくなります。
むかーしですが、四文字熟語を書けと言われたら「鬼平犯科」というのを出した高校生をテレビで見ました。「帳」が抜けてるじゃん!漢字を四つ並べればいいと思っていたみたい。2022年12月15日06時07分 返信する -
そこに神社がある♪
2017年、5年前の記憶ですか(°_°)
2カ月前の記憶さえ風前の灯、大半は忘却の彼方、写真だけは膨大にあるのでそれをなぞる事で、どうにか記憶を繋ぎ止める、息も絶え絶えの作業(;o;) こんなに長期にわたって(たぶん3ヵ月はかかりそう)1個の旅ブログを書いた事もなく、四苦八苦しています。
なぜ行くのか?そこに神社があるから、意地と根性の神社めぐり、あっぱれです♪
一見なんの変哲もない(失礼!)をどう読み応えある旅行記に仕立てるか、腕の見せどころ⁈ という事で、どうやらby妻さんの健闘光る作品となりました^o^
一の宮~四の宮が四つあっても分からないのに、四の宮だけが4つとは、ますますわけワカメ(*_*) 確かにクラスに同姓の子がいると、下の名前で呼んでいました、先生も「古賀大(大輔)」「古賀ふと(太)」、もう1人いた古賀君の名前が思い出せない…、と呼んで区別していました。その地域にお特有の多い同姓って、確かにありますね。
それにしても、自宅を出て350km走った後も余裕とは、しにあさんの底力、ここに見たり~!うちは夫婦揃って、運転嫌い、子供がいなくなって以来、ほぼドライブはやらない(-。-; 最近は4trブログで九州の景観を楽しませてもらっています♪
ねんきん老人さんのおっしゃる「神社でお願いは禁忌」説、ほんとうですか?さっそく来春の初詣では「◯◯叶えて頂き、ありがとうございました♪」という先取りお礼、先物取引き、やってみよ~っと。(◯◯に願い事を入れる!)
角があるのが正統派狛犬さんで、ないのが獅子でしたっけ? 何度教えて貰っても違いが覚えられないm(._.)m あるのが狛犬、あるのがこまいぬ、あるのがこま(←呪文にしてみた)
なくなりかけた、買ったばかりの高級サングラス、見つかって良かったです、霊験あらたか!(今のいままで、あらかた、と思ってた笑)または、脅しが効いたのか⁈
算額に描かれた二等辺三角形の底辺を求める和算、見たかったです~写真ないんですね?
GHQに廃止された「村社」という社格、一の宮、みたいな意味合いですか?
では、意地と根性の神社詣で→「ヤマトタケル空白の旅路」乞うご期待、ですね^o^Re: そこに神社がある♪
九つのお宮のブログをやると決めたので、途中でやめるわけにはいかない。とにかく今回は全部フツーの神社ですから、本来なら旅行記の対象になんかなりません。そこをなんとかするわけで、ヒジョーに苦労しました。
「なんとかして」とBy妻にいうものの、「覚えてないなあ」
By妻の奔放な文章に依存しました。
神社にお願い事をしてはいけない、ねんきん老人さんがいうのだから、間違いない。彼はおそらく4トラベラー最年長でしょう。
「算額に描かれた二等辺三角形の底辺を求める和算」面白いと思ったのはこの部分を書いた時。時すでに遅し。アップで写真を撮っておけば、受けたのにと後悔しきりです。
こういう妙ちきりんな神社に行くときは、とにかくなんでもいっぱい写真を撮っておく、必須です。
先物取引のお願いをするというのは、私の独創です。知られたら、ねんきん老人さんに怒られるかも。
北関東に行こうと思ったのは、そもそも「空白の旅路」シリーズをやってみようと思ったのですが、事前のシナリオがまるっきり成立しません。古墳だの博物館だの、資料だけはいっぱい仕入れてきました。それを元手になんとかならないかと思案しているところです。いずれにしても地味です。2022年12月11日16時38分 返信する -
祝♪ 悲願達成^o^
上野国9つのお宮のお参り、達成おめでとうございます♪
合計13社詣でられたのですね! by妻さんが完全防備対策でいらっしゃるお写真は2017年、5年前との事ですが、あしかけ5年かけての目的成就? それともしにあさんが引退なさってから~、年月をかけて晴れてこの日を迎えられたのでしょうか?いずれにせよ、あっぱれ&めでたい哉♪ 一つ事を追い続けられた後の達成感がひしひしと伝わってまいりました。
一宮~三の宮、と言われましても、どういう格付けシステムなのか? とんと理解していない私みたいなのが、ここでコメントしても良いものか(-。-;
by妻さんの防寒姿を見て、めちゃくちゃ寒そう~、さらに4月なのに雪が積もる中、靴一足ダメにするほどの道のりをお参りしようと試みられた、いや、寒いの苦手なので、見ただけで怖気付いています。
六の宮の拝殿、幣殿、本社、御姿岩、奇岩に接した建物なのか、奇岩をくり抜いて建てられいるのか? こういう立地を選んだのには何か理由があるのでしょうか?確かに、侘び寂びとかの境地から離れた、派手な造りのよう。
コロボックルって何ですか?
コテ絵の弁天さまに見とれて、本殿向かって右側を撮り忘れたそうで、「女だと神さまにも夢中(甘く?)にもなるby夫」by妻 ウケました♪
さて、ボロが出る前に閑話休題(笑)「生誕140周年二つの旅青木繁×坂本繁二郎展」、関連イベント、行って参りました。『二人の「繁」が作り出した美術の世界』とのお題目でしたが、美術家森村泰昌氏、自ら仰る様に、かなり氏の妄想入りの自説を展開、何でも、ゴッホとゴーギャンの関係と、青木、坂本の関係を相似形となぞらえ、青木の最後の作品が未来を見据えた明るい作品であるに比して、坂本の遺作は影がある、ところなどから、短距離走の青木の後を長距離走の坂本が受け継ぎ、故に二つの旅、ではなく二人で綴った一つの旅である、との説。う~ん? 法事の食事会の後で満腹で寝落ちしながらの曖昧な記憶ですがm(._.)mRe: 祝♪ 悲願達成^o^
オリンピックの精神で行ってきましたが、さすがに村の鎮守様レベルだと、困りました。
なんで九つまで格付けしたんだろう、と古代群馬県人に文句たらたら。
前日光さんによると、群馬県人は、人気最下位を争う北関東3県栃木茨城埼玉と一緒にされるのを好まず、長野と組になりたがるそうです。
このところ北関東に凝っていますが、本当においしい名物料理がない。群馬なんて、コンニャクと焼きまんじゅうです。
焼きまんじゅう、食べたことありますか。うどん粉でおまんじゅうを作って、醤油を塗って焼いただけ。中には何もなし。
前日光さんも、これだけは勘弁してほしいと書いていました。
おきりこみという煮込みうどんが名物なのですが、やっている食べ物屋さんが一軒もなし。ジモティも食べないのですかね。
そういうところで、村の鎮守様を駆け巡りました。
上野九宮を回りブログを書くという使命感?がないと無理な旅でした。
多分やる人は他にいないでしょう。
一宮、二宮という格付けはよくわかりません。昔はこれで神社同士が争ったので、大事だったのでしょう。榛名神社なんて、六の宮なのに、今は群馬最大手です。結局神社の神主の経営能力の違いと割り切ればいいみたい。榛名神社は昔はボンクラ神主だったけれど、江戸時代くらいから辣腕神主が続いた、と思ってそう違わないのではないかと。
岩をくり抜いた変な作りは、これは修験道の影響でしょうね。妙義神社や中ノ嶽神社も同じ。これはいつか突っ込みたいと思っていますが、今のところ手が出ません。
森村泰昌氏のいう「青木の最後の作品が未来を見据えた明るい作品である」というのはなんのことかな。「朝日」という油絵が絶筆ということになっていますが、あれが未来を見据えているんですかね。今回の展覧会にも出ていると思います。
海から上がってくる太陽ですが、佐賀かどっかで描いた絵です。北九州からは普通海から上がってくる朝日は見えないはずなんで、昔の房総の海を想像で描いたんじゃないかと言われています。森村さん、なんか言っていましたか。
もっか次のシリーズの堀辰雄を突っ込んでいるところです。堀は多恵子という妻に恵まれ、神西清など友人に恵まれ、室生犀星や川端康成などの師に恵まれ、晩年はみんなが寄ってたかって助けてくれました。その真逆が青木繁です。
坂本繁二郎は、青木繁の生前は、もう見放していたみたいです。2022年12月06日15時31分 返信する -
下り宮を制覇?!
☆軽いタッチで日本の三大下り神社を網羅されて。。。面白い感想に「You did it !」
☆貴前神社は上野国、鵜戸神宮は日向の国、そして草部吉見神社が肥後の国?(高千穂は宮崎県でしたね)~
☆九月末に熊本~高千穂~日向を巡った身としては「草部吉見」を拝見する機会を逃したことが残念でたまりません。かなり粗末に扱われているのか、名前すら耳にしませんでしたもの。
☆by妻の独り言❓が斜に構えた女性の感想として興味ありました。~see you~Re: 下り宮を制覇?!
コメントありがとうございます。
珍しく軽いタッチでやりました。いつもはもっとしつこいのですが、諸国寺社巡りシリーズはだいたいこんなものです。これからしばらく上野国まわりです。お付き合いいただけたら、嬉しいな。
実証主義のBy夫と、浪漫主義のBy妻ということになっております。By妻の方が人気があるようです。くどくしつこいBy夫と、なんでもありのBy妻という説もあり。
三大下り宮では、草部吉見さんがひときわ地味でした。私たちも偶然通りかかっただけ。
きれいに手入れされ、粗末に扱われてはいませんでしたが、小さいし、全く観光神社ではありません。
それだけに、落ち着いて、静かにお参りできました。
池に住む蛇をどうのこうのというお話もありますし、機会があればおすすめです。2022年11月30日08時43分 返信する -
そりゃあ、ヘソも曲がりますよ(^^;)
お久しぶりです!
しにあさん&by妻さん
毎日妙に暖かい日が続いて、変な気分です。
27日から出雲旅に出かけますが、向こうも27,28日はまぁまぁの天気みたい。
29日は雨のようですが、この日帰ってくるので雨が降ってもいいかなんて思っています。
自動給餌機があるとはいえ、梵ちゃんを残して行くのは気がかりなので、出発日は遅め、帰りは早めに帰る予定です。
今回はここに行く!という目的に重心をおかず、ただ出雲の空気を吸いに行く旅になりそうです。
奥出雲で、津山から駆けつけてくれるpoemyさんと合流、三人で気の向くままに遊ぶ予定です。
さて、藤村に呼ばれた繁と、繁らのために金策に走り回っていた藤村に呼ばれなかった繁二郎!
なんてこった( ̄△ ̄)
繁二郎とて、当時の藤村と話したかったことは間違いなし!
それなのに、なぜ繁だけがイイ思いをするのだ(`_´)
いったいに自分は、いつも損な役回りをさせられているような気がする。。。
僻んで言う訳ではないが(いや、大いに僻んでいる!)繁はいつも誰かに助けられる役回りだ。しかもそれがあたかも最初から決まっているかのような、当然といったあの態度はどうだ!
ああ、天才とは、ああいうものなのか!
だから天才なのか!いや、天才だから、ああいう結果になるのか。。。
大いにジレンマに襲われる繁二郎。
実際に彼は繁に対して、そういう思いやイライラを表に出していたのだろうか?
いざ繁と対面すると、つい愛想笑いをしてしまったのだろうか?
そんな自分にホトホト嫌気がさしながら。。
天才タイプが、周囲を引っかき回すというのは、あるあるですが、引っかき回される周囲の者はたまりません。
でも、神様は天才を愛しているなぁと思いますね。
天才は、それなりに苦しいのでしょうかねぇ?
好き勝手やってるようにしかみえないのですが。。。
だんだん終わらなくなってきそうなので、この辺でやめときますが、繁が「若菜集」一冊かかえて上京したっていうのは、天才あるある、カッコ良すぎです!
藤村でなくても、読んで話して見たくなりますね(^-^)
前日光Re: そりゃあ、ヘソも曲がりますよ(^^;)
出雲2泊3日ですね。旅行記お待ちします。
我が家ではもっか野良猫家猫化作戦を実施中です。2匹のうち女の子は成功、男の子は家にいつきません。やっと夜に帰ってくる状態。
「千曲川のスケッチ」奥書の件は、今まで河北倫明や清張などの専門家も気がつかなかったらしい。繁二郎の繁へのコンプレックスを説明できる重要なファクターじゃないかと思っています。
前日光さんの繁二郎の心理描写、間違いないと思います。
青木繁シリーズはとりあえずここでお休み。この後は出産間近の福田たねとの2度目の房総旅行、その後の横須賀旅行をフォローしてみようと思っています。
専門の研究者にも手付かずの時代みたいです。芳賀につながります。
このあたりから、繁二郎のサポートもなくなり、青木繁の破綻が始まリます。青春の早すぎた破綻ということですね。結局青木繁って、繁二郎のサポートがなくなると、グダグダになるみたいです。
最近、公開されている資料を組み合わせて読むと、意外な事実が浮かび上がってくるケースに出会っています。それを現地旅行で裏付けて、旅行記に仕上げようというコンタンです。
丸山晩霞への金策みたいに、現地に行ってみて初めて見つけた事実もあります。やはり旅行は楽しい。行ってみる、やはり旅ですね。
出雲27日っていうと、明日じゃないですか。鬼か蛇か、スサノウ、八岐大蛇か、何がおみやげのブログか、楽しみです。
お気をつけていってらっしゃい。2022年11月26日06時16分 返信する -
三大下り宮
三大下り宮、しにあさんとby妻さんの造語(発見)かと思っておりましたが、公認の呼称なのですね。
貫前神社、以前ブログでご紹介頂いた下り宮は、ココでしたっけ?県道198から一旦丘の上まで上り→総門→100段の階段下って桜門→拝殿の後ろは下り斜面(°_°) 強風を避けての立地、との事ですが、幹線道路からぐるっとまわって反対側から上り参道で神社を建てる、という発想ではダメなのでしょうか?この上って下りて、という行程を知ったら、参拝するのを躊躇う人もいるのでは?(←私みたいに、帰り道の事を懸念して)
鵜戸神社の写真は4trでもよく目にしますが、いわれの解説はさすがしにあさんby妻さん♪ 海に向かって下りて行く参道なので、殊更に下り宮と意識されないのかもしれません。「見ないでね」と言われたから「見ちゃった」のか、深読みして、ほんとは見て欲しかったから、「見ないでね」と言ったのか? こういう話、ギリシア神話でも黄泉の国から娘を連れ帰ろうとする母親、とか妻を連れ帰ろうとする夫、とか、日本神話にもありますね。で、そういう説話の含蓄は、「見るな」と言われたのに約束破ったからこうなった!という警鐘なのか、見て欲しくないから「見るな」というのは逆効果、と戒めているのか? してはいけない、禁止されると掟破りたくなるのは、人の世の常(笑)約束破った夫にキレて実家に戻った妻と、育ての親と結婚しちゃった息子さん、夫婦円満のお願いも縁結びの祈りも、叶えてくれるのか?疑問の余地あり(笑)
草部吉見神社へは、高千穂→阿蘇へ向かう道すがら、「神さまに呼ばれて」おいでになった。こんなお導きも、日頃からのお二人の心もち故の僥倖♪ 神武天皇東征の折、蛇住めり、吉の池の蛇を誅して宮を定め給う、草を束ねて壁とされて草部。下り宮にはワニやら蛇やら絡む傾向がある?
ワニは胎生か?爬虫網ワニ目(ワニもく)、その形態ゆえに全ての時代を通して、淡水域生態系の生態ピラミッドにおける最高次消費者?の地位を占めてきた動物群、だそう。繁殖は、卵→孵化、らしいです♪Re: 三大下り宮
いえいえ、私たちの捏造ではありません。神社界公認の三大下り宮です。どういうわけか、二つが九州にあります。
貫前さんは、たしかに反対側から回って階段を上がるという手もある。するとですね、神社入り口が北向きになってしまう。しょうがないなあ、下り階段を作って、強引に南面させるか、ということになったのじゃないかと。
するとそこまでしてここにこだわった理由がイミフ。
他にいっぱい土地はあると思うのですが。
本殿の地下には、金塊がザックザック、とか。
鵜戸神社は、もう観光客がいっぱいなのでしょうか。
先日孫姫の七五三でひっさしぶりに都心に行きました。東京駅など、旗を立てた団体観光客がいっぱい。これがコーカソイド。国籍不明。
おててを仲良くつないだ欧州系のカップルもいっぱい。コロナ前には見なかったタイプです。
北九州はどうですか?
下り宮にはワニやらヘビが絡む傾向、おっしゃる通り。するとkummingさん苦手?
鵜戸神社は定番ですが、草部吉見は穴場、ついでの時におすすめです。
「ふーん、階段下っているね」でおしまいですが。知らない人にウンチクを講釈するには向いています。
神様に呼ばれるのは、あの人の特技なのです。大体カンが鋭いのですが、この面では特に感度がいいみたい。2022年11月26日07時00分 返信する



