2021/12/03 - 2021/12/03
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しにあの旅人さん
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福岡に来るたびにBy妻は「志賀島に行きたい」と言いました。
「もう行っているよ」「行っていない」の繰り返し。
地図を見ていて、はっと気づくBy夫。
松江の弓ヶ浜と間違えていた。
両方とも、両側海の砂浜だよね、似たようなもの。
「似てない!」
激怒するBy妻のご機嫌取りで行ってきました。
島を一周して、金印公園、志賀海神社、潮見公園展望台。
一書に曰く、
じゃ~ん。海の中道です。
やっと来ました。
来たかったのです。
福岡に来て、志賀島に行かないなんて!
東京に来たのに、東京タワーじゃなかったスカイツリーに、パリに行ったのにエッフェル塔に行かないのと同じではありませんか。
福岡県といえば、金印、金印と云えば志賀島。
中学校でも習います。
歴史の教科書の、ほとんど初めに書いてあります。
福岡には何回来たというのでしょう、なのになのに志賀島には来たことなかった。
金印も拝見したことがなかった。
やっと念願かないました。
By妻
「金印公園って、旧跡なの?」By妻。
昔の金印だから旧跡でいいんじゃないの。
「潮見公園は? またグループ名を変える? 寺社旧跡その他めぐり、とか」
それはあまりに無節操。なにも言わずに、しゃらーと紛れこませよう。
「どっちが無節操じゃ!」
投稿日:2022/07/18
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
一書に曰く、
いいところでした。
大当たり!
来て良かったです。
まず松林の中の一本道を、どこまでも走ります。
地球の果てまで行くようで、爽快。
白樺林も良いですが、松林もいい感じです。
ロマンティック。
やがて視界が開けると、海沿いの道。
そして、その道に沿って建物が見えます。
それが金印公園の目印のトイレです。
公園は、トイレがしょっている山です。
山が公園で、その麓にトイレです。
トイレと言っても、事務所かな、展示会館かなという建物ですからね。
わたしの「トイレ、トイレ。」に惑わされないように。
By妻金印公園、駐車場あり。 by しにあの旅人さん金印公園 公園・植物園
-
「漢委奴国王印」(かんの・わの・なの・こくおういん)と彫られた金印が出土した有名な公園です。
あまりに有名ですので詳しいお話は省略。 -
山は、段々に切り拓かれておりました。
登るには階段ですが、女坂というのか、ゆったりとした傾斜の坂もありまして、車いす、ベビーカーもOKです。 -
一番上の段に、金印のレプリカがケースに入っています。
-
レプリカにしては厳重なケース。
-
これがどういう細工か、ケースの中で浮いているように見えます。この日は直前まで雨。
一辺2.3cm、重さ108gのほぼ純金だそうです。
本物は福岡市博物館で保管中です。
純金ですから、手に持つと見かけよりずっしりと重いそうです。 -
彫られた文字を拡大すると、こうなります。
-
現場の説明板によると、使い方は、こんなふうに大切な公文書や荷物の封印に使われたそうです。
一書に曰く、
金印はケースに入って野外にありました。
もちろん本物ではないですが、博物館でも私たちには、どうせ本物は見せてもらえませんものね。
こういう展示方法って、おしゃれです。
いかにも、ここを耕していたら出てきましたって感じ。
臨場感あふれておりました。
金印は、「金印って、印鑑って言ってるじゃない!」って云われそうですが、教科書で習うと、過大にイメージしていました。
どのくらいと、詰問されたら困るのですが、
うーん
文鎮ほどにも思っていたのでしょうかね。自分としては。はっきりはしませんが。
とにかく、予想外に小さかった。
江戸時代にこれを見つけた正直なお百姓さんが代官所に届け出たのですが、ネコババしても、誰にも分からないレベルの小ささ。
手の中にすっぽり。
場合によっては、飲み込めるくらい。
全く、百聞は一見にしかずでありました。
By妻 -
発見された場所は、石碑から海に向かって右斜め前だって。
-
ということはこの辺りかな。
ぼーっと立ってんじゃないの! -
そうそう。
-
この金印、ずいぶん小さくね?
私は、一辺10センチくらいの大きさだと思っていました。御朱印帳にどーんと押してあるでしょう、ああいうハンコ。
こんな小さいの1個エラそ~にくれて、後漢の光武帝って人は、ケチだね。
いやそんなことはない。天下の中華帝国の皇帝がそんなことするはずがない。
なくしたときのスペアもいれて、1ダースくらいジャラジャラっとくれたのだ。
公園の周りの山ン中を探せば、もう1,2個出て来るのではないか。
落とし物ですから、交番に届けましょう。歩いて15分です。
3ヵ月経って落とし主が現れなければ、拾った人のものです。
奴国王(なの・こくおう)さんが「ボクのです」と言ってくることは、多分ない。 -
志賀島を時計回りに一周しました。ほぼ一周し終わったあたりの志賀海神社です。
志賀海神社 大駐車場あり。 by しにあの旅人さん志賀海神社 寺・神社・教会
-
本殿に向かう参道です。
-
神社案内板より。
毎年1月中旬「歩射祭」というお祭りがあるそうです。矢を射るので直線の長い参道。
射手は青年男子。最近の男の子は、皆さんきれいです。そのへんの娘さん真っ青なくらい。
右の射手さんには、一瞬どっきり! -
神門の向こうに、
-
拝殿です。
神社HPより。
★志賀海神社は、伊邪那岐命の禊祓によって出現した綿津見三神を奉斎している神社です。(中略)
志賀海神社でお祀りしている綿津見三神は伊邪那岐命の禊祓の際にご出現された禊祓(みそぎはらい)の神様です。
黄泉の国より戻られた伊邪那岐命は日向橘の小さな小門の阿波岐原で禊祓をしました。
この時、海の底の方に潜った時に生まれたのが底津綿津見神(そこつ・わたつみの・かみ)、中ほどにいた時生まれたのが仲津(なかつ)綿津見神、水の表面で生まれたのが上津(うわつ)綿津見神です。★
「古来より『海神の総本社』『龍の都』と称えられ」とあります。
神主さんは代々阿曇(あづみ)氏ですから、海洋民族の神社です。
一書に曰く、
小ぶりな神社でしたが、さすが海人族を仕切る神様を祀った神社でした。
祭神は、綿津見の神さま。
ここと、宗像三女神との関係は、どうなっているのでしょう。
宗像神社は、すぐそばです。
福岡市には、大きな住吉神社もございます。
日本は、八百万の神々のくにですから、海の神様も、沢山いらっしゃいます。
綿津見の神、豊玉姫、住吉三神、宗方三女神。
綿津見の神様は、三神とありますけれど、豊玉姫のお父さんである豊玉彦が綿津見神だそうですよ。
三神のうちだれよ?
ま、いいや。
住吉三神とか、宗像三女神とか、海の神様はトリオでご活躍です。
By妻 -
本殿。
白木です。古代の宮殿や神社を朱塗りにするのは、腐食を防ぐためというのをどっかで読みました。志賀海神社のような潮風をもろに浴びる神社が白木というのでは、この説は都合が悪いですね。
一書に曰く、
ここでしばらくこの神々の続柄について、考えました。
するとね、天照大神と綿津見神、住吉さんは姉弟になるのですよ。
そして、天照大神とスサノオさんの子供である宗像三女神は、豊玉姫さんと従姉妹ということになります。
へえ。。。
それだけですが、なにか?
ということで、伯父さんと姪とがここ玄界灘を護っているわけです。
この海は、非常に重要な海だったということだけが、わたしにも理解できました。
どういう風に重要だったかは、今から考えます。
思い出しました。
博多には、住吉さんもあるじゃないですか。
筑前一宮は、筥崎宮と住吉神社です。
福岡の住吉神社は、一番古い住吉さんなのだそうですよ。
うわぉ!玄界灘には、海の神様総出演です。
大河ドラマか!
玄界灘は無法松ばっかりではないのです。
By妻 -
参道の初めの方に万葉歌碑がありました。
-
★ちはやぶる金の岬を過ぎれども我は忘れじ志賀の皇神(すめかみ)★ 7-1230
△浪も激しい金の岬を無事過ぎたとはいえ、私は忘れまい、志賀の神のお陰を。△
(万葉集中西) -
神社案内板によると、
★鐘の岬は現在宗像市鐘崎の織畑神社が鎮座する岬で、対峙する地島との間の瀬戸は航海の難所でした。★
それを地図に載せてみました。
そんな難所だとは知りませんでした。
宗像大社の中津宮と現在の神湊(かみみなと)の間も通ることになります。宗像大社は古事記、日本書紀に載っている日本最古の神社の一つですから、この頃はもう存在していました。
わあ、おもしろい。 -
なんと地島の写真がありました。2019年7月17日、神湊から大島に渡ったフェリーから撮りました。この島の右が鐘の岬との瀬戸です。
知らなかったなあ、もっといっぱい写真をとっておけばよかった。 -
大宰府から平城京への経路が分かりました。
「旅人@九州大宰府4」での大伴旅人の帰京は、大宰府からずっと陸路だと思っていました。海路の可能性もあったのです。
どこだか厳密には分かりませんが、博多湾の那大津を出て、志賀島を回り、この海峡を抜ける。瀬戸内海は船ですから、そのまま関門海峡を抜けることになります。
旅人さんは、はるか宗像大社中津宮を拝んだかもしれない。
それが分かっていれば、旅人児島の別れを、那大津の湊の波止場にしたのに。
銅鐸が鳴って、袖を振り合う旅人と児島、なんちゃって。
志賀海神社に来てよかった。By妻に感謝! -
潮見公園展望台にやってきました。
潮見公園展望台、駐車場完備。一人歩きは避けて下さい。 by しにあの旅人さん潮見公園 名所・史跡
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標高170m、志賀島の一番高いところにあります。
-
さらに15mくらいの展望台があるので、
-
海の中道と、その両側、博多湾と玄界灘を独り占めできます。
-
海の中道と志賀島に続く砂州。
元寇の弘安の役、志賀島を占領した元軍に、日本軍が海の中道を渡って総攻撃を加えたという記録があります。
最近の研究では日本軍は一対一の個人戦などはしておらず、騎馬武者が集団で突入したそうです。鎌倉武士は鎧を着て馬に乗り馬上弓を射ます。重装弓騎兵というそうです。ヨーロッパの騎士は重装騎兵ではありますが、弓騎兵ではありません。当時、万を超える重装弓騎兵を集団で運用する国など、他にはなかったはずです。
日頃田畑を耕し馬を肥やし、一朝事あると鎌倉にはせ参じる、御家人さん。毎日曜日「鎌倉殿」でお馴染みです。
弘安の役では、鎌倉幕府が編成した6万騎の本隊が中国地方に到達したとき、元軍は壊滅しておりました。
台風などがなくても、元軍に勝ち目はなかったというのが、最近の研究結果だそうです。
一書に曰く、
子供のころ、ゲンコウボウルイと耳で聞いて覚えておりました。
ゲンコウとは?ボウルイとは?
で、家の前の、長々と続く低い丘で遊んでおりました。
そのうち元寇とは何かが分かると、防塁?えーっこんなモノで防げるの!と思った幼き日。
そのとき、神風という言葉も覚えました。
福岡市に東公園というところがありまして、そこに大きな日蓮聖人の銅像がありました。
その台座の部分に、元寇の様子を描いたレリーフがありました。
そのなかに、元軍の兵士が、日本人の掌に穴を開けて縄を通している図がありました。捕虜として連れ帰るためです。
その晩、私は、熱を出しました。
By妻 -
福岡の町が一望のもとです。残念ながら、何が見えているのか分からない。
ジモティの皆さん、教えて下さい。
中央左の橋は、海の中道大橋じゃないかと思うのですが。 -
そのちょい右です。手前は海の中道海浜公園みたいです。
遠くの高層ビルはなんですか? -
ぐっとカメラを右に振って。
左端にドームみたいなモノが。福岡ドームでしょうか。 -
右には先のとんがった塔。
福岡タワー?
潮見公園展望台は最高の福岡見物のスポット。福岡タワーの展望台は123m、こっちの方が高い。
タダです。
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この旅行記へのコメント (10)
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- ねんきん老人さん 2022/08/03 09:22:53
- 金印・・・本物ということで。
- しにあの旅人さん、おはようございます。
mistral さんから拙稿に書き込みをいただきまして、その中に金印公園のことをしにあの旅人さんの旅行記で知ったということが書かれていました。
古代史に造詣の深いしにあの旅人さんが金印公園のことを書かれている・・・急いで旅行記を探し、すぐに見つかりました。
いつもとちょっとトーンの違う文章を楽しませていただきながら読み進み、やはりしにあの旅人さんならではの掘り下げが随所に見られ、感服するとともに新しいことを学ばせていただきました。
あの金印が偽物だという説は私達の中・高校生時代には既に語られていて、私も多少の猜疑心は持っているのですが、だんだんその真贋には興味がなくなり、たとえ偽物だとしても、その偽物を作るもととなった史実があったのだろうと思うようになりました。
最近、朝日新聞に、後漢では倭国への関心が薄く、その地理的な位置すらよく分かっていなかったという話が載っていました。
周辺小国からの朝貢に儀礼として贈っていた金印も、倭国を西方の国だと誤って、印鑑のつまみをラクダの形で作る途中で倭国が東方にあると気づき、あわてて蛇の形に作り直したというのです。 蛇としては稚拙な彫り物も、ラクダを蛇に作り替えたとして見ると、納得のゆく形だとか。
まあ、その話もまた眉唾ではありますが、確かなのは倭国と後漢との国力の差が大きかったということで、「漢の倭」と言われて喜んでいた当時の倭国、その中の奴国の卑屈さがイメージできます。
久々に古代史の一場面に思いを馳せ、暑さに負けていた気力が蘇りました。 ありがとうございました。
ねんきん老人
- しにあの旅人さん からの返信 2022/08/05 06:13:58
- Re: 金印・・・本物ということで。
- ご無沙汰しておりました。
後漢が倭の位置を間違えていたという話は、kummingさんからも聞きました。
さもありなん。遣隋使の時代だって、倭のトンデモ情報が隋史に載っているくらいですから、この時代は推してしるべし。
ただ江戸時代の偽物というはどうも解せません。
100gちょっととはいえ純金ですから、お金はかかります。文字の部分は本物の篆刻ですから、専門家が彫っている。江戸時代の篆刻というのは、職人の仕事ではなく、神社の社標を彫るような身分の高い専門家だったようです。
純金をどうやって手に入れたのだろう。溶かして整形するのも専門家。
小判を鋳潰したとしたら、あれは銀や銅との合金ですから、分離する必要があります。これももっと高度な専門家がいる。小判の改鋳って、重罪じゃないかな。
などと頼まれてもいないのに、いろいろ考えました。
そんな腕のいい専門家を何人も動員していたら、あの時代でもバレませんかね。
そもそもこんな偽物を作ってどうするんだろう。
こういう時は、誰が得するかで考えると近道なのですが、結論。誰も得をしない。
結論、偽物ではない。
ここ2日ほど激暑がおさまっています。また暑くなるらしい。
外にも出られないので、暇つぶしにいろいろ考えました。
脳の老化防止に役に立った金印でした。
-
- ryujiさん 2022/07/30 09:05:15
- 志賀島・漢委奴国王印!
- こんにちは、しにあの旅人さん。 ご無沙汰しております。
タイトルの旅行記を拝見で~す!。 とても興味深いお話ですね。 と申しますのは、私は中学生の時に歴史で次のような記事を学びました。 「西暦57年、光武帝より金印を賜る・1784年?、志賀島でその金印?を発見!」。 確かこの様な内容でした、60年以上も前のことを懐かしく思い起こした次第です。
しにあの旅人さんご夫妻は、その志賀島へご旅行を。 願いが叶ってよかったですね。 投稿で、この島は金印出土に纏わる観光地となっている事が解りました。 私も是非とも行きたいです、でも無理の様。
またひとつ、素敵な旅行記に出会いました。
アリガト、しにあの旅人さん。
ryuji
- しにあの旅人さん からの返信 2022/08/01 07:09:40
- Re: 志賀島・漢委奴国王印!
- 志賀島は機会があれば是非どうぞ。金印公園最上段、志賀海神社亀石、潮見公園展望台の三点セットがおすすめです。船に乗らずに博多湾、玄界灘を楽しめます。
万葉集のネタもいっぱいあります。
中国の歴史書に出てくる現物が1700年後に見つかるなんて、まさに事実は小説より奇なりです。
ただ、あまりにできすぎた話で、偽造説もあるそうです。金印が純金であることは間違いないし、これで儲けたということでもありません。昔のお金持ちが、冗談で作ったということになります。
金印を見つけたお百姓さんが正直だったのでよかった。ネコババ簡単ですからね。
他にも歴史上貴重なお宝が、日の目を見ずに飲み代に消えたなんてことは、あるんじゃないかと、うらやまけしからん。
-
- kummingさん 2022/07/21 19:49:29
- 志賀島へのアプローチ♪
- しにあさん、by妻さん、こんばんは♪
志賀島→金印、という発想がありませんでした。金印→福岡博物館、志賀島→海の中道公園、水族館、という夏の遊び処、という認識で今日まで生きて来たわたくし(-。-;
我が家の夏休みは海の中道ホテル一泊旅行から始まり、夏場はず~っと、土日は山や海、川辺でテント暮らし♪ 独身時代はウィンドサーフィンや夜中のツーリングの場所でした(←元祖、不良⁈)。東京から戻りの飛行機から見える海の中道は、今でも帰ってきた~、という安堵の目印に。
写真の高層ビル群、福岡県民とはいえ筑後地区限定ジモテイでございます。一応高い順に、アイランドシティオーシャン&フォレストタワーレジデンスwest、同じくeast、センターマークタワー、アイタワー、照葉ザタワー、などなどあるようです。しにあさんご指摘のように、とんがってるやつは福岡タワーで近くにあるのはヒルトン福岡シーホーク、丸いドームはpaypay ドームかも?
前日光さんがおしゃっている、聖武が辿った天武天皇の足跡説、私もどこかで読んだ事ございます。せっかく藤原氏と天智天皇系の皇統として育てられたにも関わらず、ある時点で天武系の皇統だと自己主張し始めたのでは(藤原氏に操られる事への反発、反抗期の始まり?)、というのは私的なんちゃって説ですが(笑)
同じくBSプレミアムでだったか、2~3日前に奈良の仏像の番組で、法隆寺と平城宮跡、唐招提寺をピックアップしていましたが、ご覧になりましたか?あ、放送は、しにあさんは夢の中♪の時間帯でした。
太宰府で梅ヶ枝餅食べ比べ試食会のお話がまだなので、九州旅の続編、続きますよね?
ブログに無関係なカキコでm(._.)m
- しにあの旅人さん からの返信 2022/07/25 08:54:09
- Re: 志賀島へのアプローチ♪
- ジモティ情報ありがとうございます。
それにしてもカタカナばっかりですね。
アイランドシティオーシャン。島都市海洋? 海の見える島の街? 島なら海が見えるの当たり前じゃん、とか暇なので、突っ込んでみる。
「ウィンドサーフィンや夜中のツーリング」不良娘のころの旅行記はできませんか?
海の中道は、そういえば飛行機から見えるのでした。次回はもっとしっかりとみてきます。進行方向右側の座席ですよね。
「BSプレミアムの法隆寺と平城宮跡、唐招提寺」ですが、冒頭にお笑い芸人が出てきたので、みるのやめちゃいました。私は、ああいうのは、局アナが淡々と事実をはっきりした発音で読んでほしいのです。
By妻は見ました。面白かったそうです。残念。
太宰府は続きますが、梅ヶ枝餅食べ比べは取りやめ。
九州ラーメン食べる旅、九州山崎ミニパン水滸伝、の三部作を目論んでいました。ところが、各地のラーメン屋さんが軒並み潰れていて、お話になりません。特に国分、薩摩川内がひどかった。駅前はラーメン屋どころか、シャッター街と化していました。
山崎ミニパンは九州では人気がないみたい。スーパーマーケット、コンビニ、品揃えは房総の僻地以下でした。これも成立せず。
群馬県の高崎、深谷のあたりもハズレ。不思議なミニパンの宝庫奈良は、特異現象のようです。
-
- 前日光さん 2022/07/21 16:51:30
- 志賀島
- しにあさん&by妻さん、こんにちは。
昨日やっと、例のエアコンの取り付け作業が終了、立派なエアコンがわが家に出現しましたが、あまり暑くないので今のところ、使う必要がありません。
二度目の梅雨明けは、いつ頃なんでしょう?
さて志賀島ですが、2015年頃に行きました。
以下の旅行記です。
↓
https://4travel.jp/travelogue/11005518
福岡の旅最終日の飛行機に乗る前の午前中です。
レンタカーも返してしまい、フェリーと徒歩で「金印公園」に向かったのですが、金印のレプリカ、公園の一番上にあったのですか?
上まで行ったつもりなのですが、飛行機の時間が気になっていたのか、厳重な箱に入ったレプリカ、見落としました(T_T)
福岡市博物館に本物があるということは分かっていたので、ここにはない!と思い込んでいたのかも。
徒歩だったので、「志賀海神社」にも行けませんでした!
この神社、海洋民族の神社なんですよね?
神主は代々「阿曇氏」なんですね?
実はウチの相棒殿は、父親が長野の安曇野出身で、名前がなんと「安曇」というのです。
それで阿曇氏には並々ならぬ縁を感じていました。
この神社に寄らないできたのは大失敗!
再度志賀島に行くことがあったら、今度こそは行かなくちゃ!と思います。
話は全く違うのですが、この間BSTBSで、関口宏さん司会の「新しい古代史」とかいう番組があって(毎週土曜日午後0時からだったかな?)、「聖武天皇」を取り上げていました。
その中で興味深かったのは、聖武が血迷って彷徨した5年間のルートが、壬申の乱の時に天武が辿ったルートと酷似しているということを、ゲストの学者先生がおっしゃっていました。
図示されたルートは、確かにかぶっている部分が多くて、オオッと思ったものですから、ご報告させていただきました。
次の週が「大仏開眼」だったのに、録画しそびれました。
あの番組は面白そうなので、毎週録画できるようにセットしました。
もし興味がおありでしたら、ぜひご覧になってみてください(^_^)v
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2022/07/25 07:02:37
- Re: 志賀島
- https://4travel.jp/travelogue/11005518を拝見しました。
表紙写真は公園最上段みたいです。金印の文面拡大の近くに、宙ぶらりんのレプリカがありました。この公園は改修工事が2019年頃あったみたいです。そのころに追加されたのではないでしょうか。
「松江の中海を走る道路」というのは米子から境港に行く両側海の道路ですよね。
あれと似ていると思うのは私だけじゃないんだ!
是非もう一度志賀島にいらしてください。やはり車でないとどうにもなりません。島全体が
福岡という大都市の近くとは思えないほどの田舎です。
やはりここが安曇、阿曇氏の総本家でしょうね。
聖武さんの彷徨いコース。伊勢、現在の三重県の方が天武さんのコースと似ているというのはどっかで読みました。全体も真似したんですか。まだまだ初々しい家持くんがついて行った旅です、確か。
なんのつもりだろう。学者先生の意見を聞きたかったです。
-
- mistralさん 2022/07/20 22:47:07
- 志賀島
- しにあの旅人さん
by妻さん
こんばんは。
コメント、ご無沙汰しておりました。
酷暑ですが、お元気でお過ごしのことと存じます。
志賀島、今回の旅行記で初めて知ったことが。
島となっていますので、周囲ぐるりと海に囲まれていると思いこんでいましたが、
実は砂州?でつながっているのでしょうか。
それとも昔はれっきとした「島」だったのでしょうか?
どうやら車でずっと志賀島まで渡れるようですね。
それでしたら、福岡までやってきて島に行かれてないなんて、
私も不満をぶちまけそうです。
あの金印の見つかった現場に行ってみたい、と思いますもの。
by妻さん、長い間の願いが叶えられて本当に良かったですね~
厳重に管理(?)されたケースに入れられた金印のレプリカ、
なにやら不思議な佇まい。
本当に浮遊しているかのように見えますね。
博物館内だったらわかりますが、屋外でのこういう展示の仕方が斬新です。
なんとなく金印の存在した時にダイレクトにつながっているかのようなイメージ。
金印をさわるとタイムスリップしそうですね。
潮見公園展望台からの福岡方面の眺め
今も昔も変わらない山並み、そこにニョキニョキと聳える高層ビルの眺め
古代人がこの光景をみたらば、どんなにか驚くことかと想像して
何回かお写真を見直しました。
mistral
- しにあの旅人さん からの返信 2022/07/21 10:30:38
- Re: 志賀島
- 志賀島、砂洲でわずかにつながっています。一部鉄板が敷いてあるという話でしたが、そんなことはなくて立派な道路でした。でも台風だと通れなくなるそうです。
元寇の頃はもちろん、古代も砂洲はあったようです。
あんな砂の道、台風一つでなくなりそうですが、そうでもないみたい。
どういうわけか、弓ヶ浜と間違えていました。弓ヶ浜の方がはるかに立派です。
金印公園、志賀海神社、展望台と、高いところツアーをやってきました。煙となんとやらは高い方に登るといわれますが、高いところ大好きなのです。
煙じゃなくても志賀島高い所巡りはおすすめです。
車じゃないと無理みたいです。
金印公園の上の方からもいい眺めです。能古島や糸島半島の方向は、こちらの方がよく見えます。
九州、また行きたいけれど、イタリア旅行で貯めたマイレージを使い切りました。
次のヨーロッパ行きはまだ目処もつきません。
LCCか、なんとかパッケージの安いやつを探します。
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