旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

しにあの旅人さんのトラベラーページ

しにあの旅人さんへのコメント一覧(14ページ)全577件

しにあの旅人さんの掲示板にコメントを書く

  • 今日、PCの交換が終わったら。。。

    コメントしますね。
    なにしろ、せっかく書いたコメが、確認画面のボタンを押すと「非ログイン」となってしまい、コピーもとれないのです。
    今日の午後、業者が来ますので、それから活動開始しますm(_ _)m


    前日光
    2023年01月21日09時17分返信する

    RE: 今日、PCの交換が終わったら。。。

    おはようございます!

    昨日パソコンは交換したのですが、部品が足りず、
    そのお取り寄せに時間がかかり、自分のパソコンからは返信できません。
    新しいものの扱いに慣れるまで、しばらく遊びに行けません^^;
    落ち着きましたら、ご訪問いたしますので、またよろしくお願いいたします
    ( `・∀・´)ノヨロシク


    前日光
    2023年01月22日08時51分 返信する

    RE: RE: 今日、PCの交換が終わったら。。。

    パソコン不具合は困ります。
    私のパソコンも、インターネットの画面の印刷ができなくなって、困っています。
    エプソンに電話して、サポートを受けようと思っています。

    ただこのipadでも同じことができるので、当座はしのげます。
    パソコン早く使えるようになるといいですね。コメント心待ちにしています。
    2023年01月22日14時06分 返信する
  • 信濃追分

    しにあの旅人さま、こんにちは。

    旅行記を何時も興味深く拝見させて頂いております。
    小生、信濃追分駅には今から45年前に初めて降り立った事がございます。
    中軽井沢駅は改称前は沓掛駅と称し風情豊かな名称だったものを、別荘業者の西武に阿り駅名変更したには少なからず不快感を抱いたものですが、信濃追分駅は名称も変わらず、駅周辺の雰囲気も昭和30年代そのままの風情が残り好ましく思っております。
    旅館油屋は、昔は軽井沢駅の駅弁販売も行っており、ゴルフ弁当などが知られた存在でした。
    兎に角、軽井沢の変遷には、ただただ驚かされるばかりです。



    横浜臨海公園
    2023年01月20日10時54分返信する 関連旅行記

    Re: 信濃追分

    ご無沙汰しておりました。

    45年前というと、1978年。駅の橋はもうあったと思いますが、覚えておられますか。
    成田線フサ駅は1980年でも駅構内の橋はありませんでした。昔は線路に降りて反対側のホームに渡るというのは、ザラにあったと記憶しております。

    沓掛駅が中軽井沢などという物欲しげな名前に変わったのは残念な話です。
    信濃追分も、堀辰雄没後、年代は忘れましたが、西軽井沢にしようという動きがあったと、堀多恵子の回想記にありました。
    これはある詩人が猛烈に反対し、取りやめになったそうです。詩人の名前は書いてありませんでした。
    想像ですが、多恵子自身が反対したのではないか。信濃追分は、堀辰雄以外ほとんど何もない村です。その夫人が反対となると、相当な影響力があったと思います。多恵子自身は何も書いておりません。

    信濃追分は昨年2度行きました。雪の信濃追分を見たいので、2月にまた行くつもりです。
    2023年01月20日15時40分 返信する

    拝復

    しにあの旅人さま、こんにちは。


    小生の記憶では昭和53年(1978年)に信濃追分駅に跨線橋を利用した記憶があり、当時は設置済だったと思います。
    九州などでは延岡駅の如く昭和60年(1985年)に寝台特急列車停車駅ですら跨線橋が設置されておらず、驚かされた経験があり、合理化で駅無人化や職員漸減で設置例が多い様です。
    中軽井沢駅は昭和50年前半まで、今のようなチャラチャラした雰囲気は薄く、
    脇道などは未舗装な状態で昔の中仙道宿場町のイメージを色濃く残しておりました。
    西武が軽井沢開発を推進してからというもの、夏場などは正体不明な連中の汗臭い街へとなってしまいました。



    横浜臨海公園

    2023年01月21日12時03分 返信する
  • しにあさん流selfie?

    もわ~っと写っているのはしにあさん♪
    これ、前回からの登場ですよね、新種のselfie と認識しております。ガラス越しに撮るとこういうむわ~ん、が写って心霊写真みたくなります。

    坂道、階段攻め、毎度お疲れさまでございます。いつぞやは、山登り用のステイックを購入され、階段攻略法を編み出されていたように記憶していますが、アレはどこへ?

    道端に転がる石ころ→洗濯板使用済みの石塊で語る千年の歴史♪ 洗濯板として使っていた石をひっくり返して碑文を見つけた人はだあれ?その方の思いつき、こそが偉業、異業、として讃えられるべきかも。ある日ある時、「ひっくり返したい!」との衝動に駆られた、その理由、動機が知りたい!

    書き起こし、この漢字だらけを見せられただけ、なら、きっと素通り(-。-;しただろう私でも、理解可能な解説、ありがとうございます。そういう事情、背景があったのですね。(さらに、いつにも増し増しの読み方付きの漢字、は、漢字が読めないクレーマー向けの対応でしょうか。)漢文を知らない官僚が書いているから、捏造、偽造がバレた、という話をどこか(日本書紀関係?)で読んだ事あります。これはちょっと別の話になりますね。

    本題から逸れましてm(._.)m
    世界中でお母さんは一家の太陽^o^ 私の知る限り、「おかあさんがつおい家」は明るい♪
    やっぱり、おかあさんは太陽なのですね、by妻さんに花マル、事実認証して頂き、こいつは春から縁起が良いわ~

    さて、話は変わって
    4trの人気者ももさまが復活ののろし?只今「さとふる」ならぬ「ももふる」キャンペーンをはっておられます。カキコをすれば、その人(例えばしにあさんのイメージ)のポートレートを描いて貰える、という特典に預かれるという(°_°)当初7days limitedだったらしいけど、好評につき、無期延期、絶賛続行中でございますが、その内満員御礼のお札が出るのも遠からず?

    本編、意外に短編だったので、意表をつかれましてございます(笑)
    2023年01月12日10時19分返信する 関連旅行記

    Re: しにあさん流selfie?

    バレたか。
    トレッキング・ポールは8月から使いはじめたのですが、この旅行は4月なのです。上野九宮が終わってからとかなんとか、グズグズしているうちにUPの順番が逆になってしまいました。

    散歩には毎回トレッキング・ポールは愛用しております。ところが肝心の山登りには持っていかないのが少なからず。両手がふさがるので、写真撮るのに不便というのも理由の一つ。これもなんとか解決して、次回からは活用する、つもりではあります。

    「ある日ある時、「ひっくり返したい!」との衝動に駆られた、その理由」私も知りたい。これぞ好奇心、科学の進歩の根源。ひっくり返したところ、その文字を解読できた学者が近くにいたというのが、これまた驚異。上野の文化の厚みというか。

    短かった理由、簡単。写真が少なかった。お話の進めようがなかったのです。帰ってきて調べたら、あのボワーとした心霊写真みたいなのが多くて、手の打ちようがありませんでした。

    ももであさんのブログ、今日になって新着ブログで知らせが来ました。4とらのお知らせはどうなっているのだろう。
    早速見て、びっくり。しばらくお休みの間に、すごい手法を編み出したみたいです。じっくり鑑賞します。
    2023年01月12日20時09分 返信する

    Re: しにあさん流selfie?

    追伸
    実は、これが洗濯石だったからよかったものの、もし漬物石だったら?というけしからん妄想もしていました(笑)匂いが問題になったかも?ちょっと書くのを躊躇。

    鑑賞するだけですか?ももふるキャンペーン、ぜひご参加くださいまし~、もも画伯が描く、しにあさんのポートレートを見てみたい♪
    2023年01月12日20時57分 返信する
  • 山上碑

    しにあの旅人さん
    by妻さん

    あけましておめでとうございます。
    日頃のご無沙汰のお詫びを申し上げますとともに、今年一年も
    よろしくお願いします。

    タイトルにある「元祖マザコン」の文字は確かにインパクトがありますが
    現代のおのこの弱々しいイメージのマザコン像とは少々違う姿を、私は想像しました。
    実家のお墓に追葬された母親にあたる黒売刀自さん、
    そのそばに巨大な石碑を建てた息子さんの僧・長利さんは当時はすでに法光寺の要職に
    あったのでしょうから、母親の追悼の為と、さらには自らの出自を明らかにして
    おく為の建立?だったのかも、と想像しました。
    石碑に彫られた文字は味わい深いものですね。
    自然石に彫ったとのことで、よくここまで摩耗することなく伝えられてきましたね。
    高崎市教育委員会のあっぱれなお仕事?
    代々の郷土の方々が大事にお守りしてきたのでしょうか。
    お寺の遺構の保存状態も素晴らしい様子がうかがえます。

    石碑はかなりの数の階段、400段ぐらいありそう?を登ったところに位置している。
    それはやはり少しでもお空に近い地に建立したくなりそうですね。
    亡くなった人々の魂と交信?するには、できるだけ高みを目指したくなりますね。
    しにあさんの苦手な階段の上り、途中で息を切らせてひと休みされているお姿が
    激写されていますので、お気の毒なことでした。

    kummingさんからのコメント中、普段使わないような読めないような漢字の入力に、
    私はIMEパッドという機能をつかいます。
    下のタスクバーにある「あ」または「A」を右クリックするとIMEパッドというのが
    ありますから、それをクリックすると文字を書くための枠があり、そこに読めなくても
    へん、かんむり、などから順番に書いていくと、たいがいはおんなじ漢字が出てきます
    ので、それをクリックすると文中に入れることができます。あ、カーソルは
    入力しようとする場所においておきます。
    中には、そうやっても最後のところで画面には入力出来なかった、ということも。
    お試しくださいませ。

    余計なことまで書きました。
    既にご存知でしたら、お目をつぶって下さい。

    それでは今年一年も、ワクワクできる旅を致しましょう。

    mistral
    2023年01月07日19時52分返信する 関連旅行記

    Re: 山上碑

    しにあさんご本人のお返事に先んじてしまい、ごめんなさい。mistralさんのお教え通りに実践してみて、well done ^o^
    鴟尾(しび)と読むのですね。ついでに囊胞(のうほう)も解読♪こっちは伊語のsacellumの訳で出て来て、わけワカメ(°_°)
    今後はIME パッド、重宝しそうです。ありがとうございました♪
    この場を借りて、本年もよろしくお願いいたします。
    2023年01月07日21時12分 返信する

    Re: 山上碑

    kummingさん

    早速、試されたとのこと。
    でも良く考えてみたらIMEパッドは、古い漢字などで
    変換しようとしても出てこないような漢字を使いたい時の
    ツールなので、
    「鴟尾」の読み方を知りたいときには、ちょっと厄介そうですね。
    それでも大丈夫でしたら良いのですが。

    私も、この場をお借りして、今年も
    よろしくお願いします。

         mistral
    2023年01月07日22時49分 返信する

    Re: 山上碑

    本日以来朝我番号稗申請
    疲労困憊
    諸姉乞翌朝我返事
    2023年01月08日18時27分 返信する

    Re: 山上碑

    おはようございます。
    今年もよろしくお願いします。
    コメのやり取りでもり上がりましょう。

    きのうは終日マイナポイントの手続きで奮闘しておりました。
    ダラダラインチキ漢文、どこまで通じたでしょうか。
    「我番号稗」はマイナンバーカードのつもり。マイナポイントだと「我番号得点」とか。
    「乞翌朝我返事」は意味が逆になりますね。「乞待翌朝我返事」だと翌朝まで返事を待ってください、という雰囲気になるかも。
    いずれにしても、日本語の語順でダラダラと漢字を並べる文章は、漢文文法完全無視なら、それほど難しくない。
    当時でも漢字がある程度書ける人は、私たちの電話以前のハガキみたいに、こんなふうに気安く竹ヘラとか木っ端に書いていたのではないですかね。米おくれとか、明日行くよ、とか。
    いずれにしても些細な用事で、もらったらすぐ捨てちゃうから後には残らない。

    IMEパッドという手があったか。かったるそうで使っていませんでした。
    難しい漢字を当たっていたら、JIS第4水準というのがありました。第2まであるのは知っていましたが、4まであるんだ。どこまであるんだろう。

    ずっと↓のpedaruさんのコメにあるように、母親思いとマザコンは紙一重、というか同じ。現代では娘がいつまでも母親ベッタリは普通です。この時代マザコンがあるので、娘のベッタリも同じ。黒売刀自さんには娘もいたでしょう。幸せな一生を送ったのでありましょう。
    次回の金井沢碑で出てきますが、この時代は女中心の家族で、父親は影が薄かったみたい。あっ、現代も同じか。
    7世紀末の上野でも、現代と同じような親子関係があって、それが石碑に残っているなんて、何やら感動的です。
    2023年01月09日07時12分 返信する
  • 絶好調♪

    しにあさん、by妻さん、明けましておめでとうございます♪

    年の初めから絶好調のby妻さん新説。なるほどなるほど、たぶん、おそらく、きっと、絶対そうにちがいない、と読むほどに確信は固まるばかり、書かれたご本人が信じておられるからこその効果では?大友皇子側についた失敗を、ヤマトタケルに繋がる由緒ある家柄をたてに、生存の道を模索した!そんな高貴な血筋の母に愛されて育った長利さん、あの文字が顕すように素朴で純粋、世俗の垢を身につける必要もない、純粋培養でいらしたのでしょう。

    碑銘文の拓本のくだりで、思い出したのは、子どもが高校に親のサインを持っていかなきゃ、って事があって、「ちゃんと親にサインしてもらいなさい!」と偽造(子が自分でサインしたと)を疑われ、お持ち帰り、という事がございました。決して達筆とはいえないわたくしの手書き文字、仕事柄人様に手書き文を書く機会も多かった(-。-;

    美しい文字、きれいな文字を書く事より、何を書くか、内容こそ命!と子に豪語して今日に至る。そんな私の手書き文字、きっとby妻さんの評価は高いのではないか?(←と希望的観測)

    ところで、しにあさんのブログでは、時々読めない漢字に遭遇します。読めないと入力出来ないので、カキコにその単語を使えない。辺やつくりで漢字辞典調べれば良いものを、大体の読み方の見当をつけて、色々入力してみます。この手法、うまく行くことも、行かない事もございます。

    息子さんの自慢だった母君の黒売刀自分さん、さぞや天国で鼻高々でございましょう♪

    命懸けの階段上りも、旅先ではアドレナリンが助けてくれるのでは?
    本年もよろしくお願い申し上げます♪
    2023年01月06日20時17分返信する 関連旅行記

    Re: 絶好調♪

    学校の親のサイン偽造、フランスの息子の学校ではよくある話だったそうです。
    疑われたということは、達筆だったということですね。
    私は、元々悪筆ですが、1985年ごろ、つまりワープロ黎明期からのワープロ派で、以降文字を手で書くことはありません。それに書痙が加わって、字は忘れるボケも加算され、今はどうにもなりません。

    古代ものでは漢字はどうしても難しくなります。グーグルさんで、「木編 ナントカ」とか打ち込むと出てくることがあります。出てこない時はBy妻。彼女は漢字詳しい。
    最近は旧仮名を扱うことが多いのですが、「思い」とやって「い」を「ひ」に変えます。メンドー。旧仮名で変換してくれるソフトないものか。

    By妻のトンデモ説は、時々、稀に、いいアイデアであることもある。そこで大いにやれと言っております。少し短くして欲しいのですが、いうことを聞きません。

    今年も一粒で四度おいしい旅行をどんどんしたいものです。
    準備して楽しく、行って楽しく、旅行記を書いて楽しく、コメントのやり取りが一番楽しい。
    2023年01月07日07時58分 返信する

    Re: 絶好調♪

    いえいえ、親の字が子どもの字とみなされた→子どもっぽい字→by妻さんの評価は高い?
    誤解なきよう、よろしく~
    2023年01月07日21時14分 返信する
  • 山の上の碑

    しにあの旅人さん&by妻さん
    明けましておめでとうございます。
    本年もよろしくお願いいたします。

    山の上の碑にたどり着くには、あの石段を上るのですね、ガーンっ私も同じ心境です。
    でも、普段ぜったいに登らない階段でも、好奇心がまさるのですねー。
    手すりに摑まる格好の写真は公開禁止ですぞ!by妻さん。

    石碑の拓本の文字がすばらしいと評していますが、これなら私の字じゃありませんか。
    この寺で褒められるとは、長利も喜んでいることでしょう。

    この碑は保存状態がいいですね。発掘されたものでしょうか?
    江戸時代の石碑でも割れたり、欠けたり、文字判読不能な碑が多いですが、それは
    材質の差か、自然環境によるものか、この碑が自然石のままで表面を加工してないせいか、とにかく古代のものにしてはきれいですね。
    もっともギリシャや古代ローマ、トルコの遺跡などの石碑ははっきりと文字が読めますが、その違いが知りたいところです。

    あらかじめ説明を読ませていただいたので、碑の意味はおぼろげながら私でも判読できました。マザコンと言っては身もふたもない、母を思う気持ちが強いだけです、って
    同じことかっ。

    真面目に読めば、ほんとうにおもしろいお話です。しにあさんの旅行記はおもしろさ
    抜群です。お二人で組めば、最強ですね。毛利元就の2本の矢と同じです。あれは
    3本か!!

    pedaru
    2023年01月06日06時47分返信する 関連旅行記

    Re: 山の上の碑

    おめでとうございます。
    こちらこそよろしくお願いします。
    今年こそ自由に旅行できるようになると思います。

    イタリア旅行、3年あきました。もう予定めちゃくちゃです。
    もうしばらく国内旅行に特化します。なんたって、資料調べが簡単なので、やはりやすきに流れるようです。

    階段はダメですね。私の住んでいる九十九里平野は真っ平、自然の坂、階段がありません。町役場の階段くらいなもの。
    神社、古墳というと階段がつきものですが、毎回半死半生です。

    石碑の保存がいいのは、ほとんど動かされていないからでしょう。
    元々この場所にあり、かなり早くから覆屋に入れられていたみたい。前回の多胡碑と同じで、昔のジモティさんたちが大事に守ってきたようです。
    なんたって建立年が書いてありますし、地元のちょっとインテリが読めば、古いもので、しかもいわくいきさつがわかります。漢文読むのは彼らは完璧。
    江戸時代くらいまでは、「佐野屯倉」といえば、ああ、あのことね、と逆に今より詳しい事情の伝承があったのではないかと思います。
    現代の我々は、古文書は特別に勉強しないと読めませんが、昔ははるかに自由に読めたわけで、現代より深い知識を持っていたはずです。
    要するに、生半可に古いものより、ずーと古いものの方が、その時代の知識人に評価されて、保護されたということでしょう。

    私みたいな初歩の初歩の漢文知識でもナントカ見当がつくくらいで、7世紀以降は、このくらいのだらだら和風漢文はかなり使われたのではないかと思います。北関東の知的レベル侮るべからず、です。ましてや、ヤマトの中心部では。残念ながら残っていない。みんなが石碑建ててはくれません。

    元祖マザコンのお話し、受けた。夫婦で喜んでおります。
    次回は本舗かかあ天下をぶち上げます。
    2023年01月06日10時02分 返信する
  • 羊をめぐる冒険♪

    しにあさん、by妻さんこんにちは♪
    ローマ帝国に飛んでいた心、見事「日本古代史」の世界に呼び戻され、右往左往しながら解読中です。3度め読んでもまだ消化不良、ですが、時間が圧して年末の“to do list”に支障をきたすので、失礼ながらコメント試みます。

    上野三碑、着眼され、碑文を読み解き→羊神社→神道集、へと探究が繋がって行く、その目の付け所?がまず驚きでした。今回は「道に転がる1個の石」ではなくて、碑文だったわけですが、一千年の歴史を解き明かす!

    拓本とは、版画みたく見えますが、碑文に墨塗って紙に写した、みたいな?碑文書き起こし、解説に沿って読んでみたら、なるほど、高2の漢文レベルでも分かりました。
    ここで、聞いたことある名前、穂積親王(文武天皇急逝、女帝擁立時に知太政官、但馬皇女、大伴坂上郎女との恋愛)、石上朝臣麻呂(遷都の際、留守役として置いてきぼりにされた方?実権は不比等に移っていた)、そして、出ました^o^藤原さんちの不比等さま♪

    知ってるかどうか?はさておき(どうでもいい話でm(._.)m)、発案不比等、三宅麻呂が実務担当だった、説、納得の人選。
    正史のウラを現場で取れた!そして、同期の人事にわくわくドキドキ、古代人の生の感情、古代の息吹を追体験、縦の旅の真髄、醍醐味ココにあり⁈

    「翔んで埼玉」でしたっけ?自虐ネタで地元を盛り上げた、ってんで話題作でしたね、観ていませんが。

    多胡→胡人、中国よりもっと西、モンゴル、イランの連想、ありそう。藤原氏渡来人説もありますよね。羊さんは人名、というのが定説で、その成果も研究も多大な努力の賜物なのですね。古代史を紐解く時、いつもこのような陽の当たらない地道な研究携わる方々に、首をたれるばかりです。

    羊神社の狛羊♪ ほんとに羊なんだ(*_*)なんか、やけに新しい?気がするのは気のせいでしょうか。御祭神が羊大夫、藤原鎌足の後胤?銅を発見し、多胡郡を賜り、多胡碑がたてられた→元号「和銅」に繋がりますが、続日本紀によると、後年適当に結びつけた?

    そこからの「神道集」への展開もお見事♪羊大夫さんにまで繋がる多胡碑の羊さんの系譜。

    読み込み不足、と言いながら、長くなってしまいm(._.)m
    さいごに、来年の干支「羊」へと導かれ、しにあさんby妻さんの辣腕におざぶ10ま~い!の大盤振る舞い♪
    羊年生まれは「紙を食べる」→「金離れがイイ」という説、羊年生まれの娘のおかげで、ふるさと納税5万円分の「牛しゃぶ、カニ、ホタテ」が、我が家迎春のお膳を潤してくれる予定♪
    2022年12月22日10時55分返信する 関連旅行記

    お恥ずかしい~

    来年の干支、兎⁈
    お恥ずかし~
    年賀状、まだ手も付けていないの、ばればれ(笑)
    でも、「旅」が単なる「移動距離」とか「どんだけお金かけたか」ではない、という事を見事に体現されたブログ♪ って事で、おざぶ10枚、はお取り置き下さいね♪
    2022年12月22日11時19分 返信する

    Re: 羊をめぐる冒険♪

    狛羊、新しいですよ。最近のものです。全く苔がついていません。変わり狛、時々見かけます。日枝神社系統で、狛猿さんがいました。ここではお猿は神様のお使いなので、それほど違和感はありません。

    今回はシナリオの組み立てに自信あり。多胡碑の羊さんから、羊神社まで、流れに乗って読んでいただけたようで、やったあ! という感じです。

    今回いろいろ調べる前までは、古代の北関東なんて、大森林で人間より熊の方が多かったと思っていたのですが、違うみたい。
    7世紀、8世紀では、多胡碑の羊さんや、次回のお坊さんとそのお母さんの物語みたいに、血の通ったお話が現代まで伝わっているので、驚きです。

    7世紀には法隆寺みたいな大寺院が前橋のあたりにあったそうです。
    残っていのが残念。

    石碑のだらだら漢字日本語、読めるんで驚いた。
    考えてみると当たり前で、当時の普通の日本人に読めなかったら書く意味がないわけで、当時の口語での読み方があったはずです。
    今回も、正式な訓み下し文にしろと言われたらできないけれど、意味をとって口語にするなら難しくない。当時も同じことをやっていたはず。
    この時代の日本語に興味深々です。
    2022年12月26日05時20分 返信する
  • そこに神社があるから。。。(・∀・)

    こんにちは、しにあさん&by妻さん
    この旅行記は、かなりの割合でby妻さんの独壇場!
    どんなものにも、それなりの(しかもなるほど!と納得できる)理屈を考え出す。
    コンピューターよりも、よっぽど説得力がありますね!(^^)!
    やはり、しにあさんとは迷コンビです!
    4つもあった「甲波宿禰神社」、その二つ目だったかな?
    そう、渋川市祖母島にある社です。
    神社のことではなくて、「祖母島」という地名の読み方です。
    「祖母」を「うば」と読むのは、実は私の通った中学校が「祖母井中学校」と言いました。
    今はなくなって「芳賀中学校」となりました。
    この中学校ですが「うばがい」中学校と読みます。
    芳賀町祖母井という地名は、現存しています。
    それだけではなくて、愛媛県大洲市に行ったときのこと、道の駅で何気に生産者の名前を見たら「祖母井某」と書いてあったので、レジのお姉さんに「もしや、この名前は『うばがい』と読むのですか?」と尋ねたところ、「はい、そうですよ」、それが何か?というニュアンスで問い返され、栃木県に祖母井(うばがい)という場所がある云々の話をしたら、あまり驚く様子もなく「ああ、そうなんですか」で終わってしまいました。
    愛媛県と大分県には、栃木県には存在しない(少なくても私は会ったことがない!)宇都宮さんという人が多々いらっしゃるようですし。
    ほんに日本は狭いと思ってみたりしています。
    祖母井のルーツは、とりあえず上州なのか?と、またしても共通項を見いだしました。
    神社の話じゃなくて済みません!
    地名、人名にも大いに興味がありまして(^^;)


    前日光
    2022年12月21日16時05分返信する 関連旅行記

    Re: そこに神社があるから。。。(・∀・)

    「祖母」を「うば」と読むのは、あちこちにあるのですか。島なら「祖母島」井戸なら「祖母井」
    かわすくね神社の方は、吾妻川の氾濫域にあったので、島は間違いない。あちこちにあるということは、氏族名でしょうね。
    前日光さんの中学校の方は鬼怒川の近くみたい。吾妻川も鬼怒川も利根川で繋がっていますから、どちらかが移動したんでしょうね。川の水運氏族かな。
    愛知県の祖母井さんは、レジのお姉さんの反応だと、地元ではありふれた名前で、これも古いジモティネームみたい。
    近くに大きな川があったら、これはもう決まりですね。
    かわすくね神社は祖母塚古墳の上に乗っているくらいですから、この地名は古そう。
    珍しい読み方ですから、関係はありそうです。

    地図で見たら、前日光さんの中学校は、五行川の反対側、祖母井という地名は、昔は五行川を挟んでもっと広い地域だったみたいですね。
    青木繁のロマンの碑まで遠くありません。

    地名は変わりません。
    うちの町にも「南白亀川」と書いて「なばき」と読ませる地名があります。房総には難読地名が多いのですが、これもその一つ。「なばき」という地名があって、どっかのへそ曲りがこんな漢字を当てたのでしょう。
    「なばき」そのものがヤマト言葉ぽくなくて、エゾか何かの名残ではないかと思っています。
    2022年12月22日06時30分 返信する

    Re: そこに神社があるから。。。(・∀・)

    追伸
    今回はBy妻におんぶに抱っこでした。
    最後の、吾妻川の両岸に並ぶ神社をひとくくりにできるアイデアはいただきです。これで「ヤマトタケル空白の旅路」のブログが一つ書けます。
    2022年12月22日06時36分 返信する

    RE: Re: そこに神社があるから。。。(・∀・)

    こんばんは。

    24日に奈良から戻ったのですが、慣れない早起きと猛烈な寒さのために、珍しくも「鬼の霍乱」とやらに見舞われました。
    明日から娘たちがくるというので、しっかりしなくてはなりません(~_~;)

    > 愛知県の祖母井さんは、レジのお姉さんの反応だと、地元ではありふれた名前で、これも古いジモティネームみたい。

    →この「愛知県の祖母井さん」ですが、「愛媛県」ですよ。
    愛媛と大分には、なぜか「宇都宮さん」もいたりして、栃木と共通点があるのです。

    そこの所だけを、訂正させていただきました(^^;)

    さて、今年もいろいろとコメントさせていただきまして、とても楽しかったです!
    来年も、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
    よいお年をお迎え下さい。
    by妻さんも、よいお年を(^^)/~~~


    前日光
    2022年12月29日23時30分 返信する

    Re: そこに神社があるから。。。(・∀・)

    そうでした愛媛でした。何故か愛知と思い込みました。
    今年も今日でお終い、コメントのやり取り、楽しかったです。旅行して楽しく、旅行記を書いて楽しく、コメントをやり取りして楽しく。
    来年もまた楽しくやりましょう。
    2022年12月31日06時50分 返信する
  • 伊香保神社しか行ってない(^◇^;)

    こんばんは。
    そうでしたか、上野国には九つも宮があるのですか?
    数が多いのにも驚きますが、その全部を訪れたしにあさんご夫妻に驚くやら呆れるやら。。。
    3年もかけて巡ったとは、執念ですね!
    by夫さんに、「始まると極めなければ気が済まない」という傾向はありますよね?
    唯一私が訪れた伊香保神社は、確か万葉歌碑があったような?
    歌は忘れましたが。
    その近くに高山彦九郎が腰掛けたという石もあったような?
    由緒ある神社だったのですね!
    私も訪れた時寒かったので、そそくさとお参りし、少し階段を下りた所にある温泉饅頭を買うことばかりに気を取られておりました(~_~;)

    倭文神社というのがあるそうですが、高校時代の友人に「倭文さん」という人がいました。益子辺りの人でしたが、先祖は上州人かもしれませんね。

    個人的にインパクトが強いのは「榛名神社」です。
    岩の窪みに社があるのは、鵜戸神宮と同じですね。
    出雲の韓竈(からかま)神社もこんな感じです。
    「榛名神社」が、パワースポットなんていわれているウチは混雑しそうですね。
    お隣県ですが、茨城に行くよりは決断しないと行けないのが群馬です。
    せめてしにあさんの三分の一ぐらいでもいいので、行ってみたいです(^-^)


    前日光
    2022年12月16日23時02分返信する 関連旅行記

    Re: 伊香保神社しか行ってない(^◇^;)

    執念です。行ったところでふつうのお宮サンですから、書くこと探すのが大変。
    とにかく行ってきた、です。

    伊香保神社はそれでも人気はあるし、マシな方でした。2度も行っています。
    最近竹久夢二にも凝っているので、また伊香保に行ってみたいなと思っていまっす。
    次回は、温泉饅頭、やってみます。
    伊香保って、竹久夢二や徳富蘆花の記念館があったりして、草津以上、軽井沢未満を狙っているような感じでした。しかしやはり堀辰雄の雰囲気には及ばない。

    万葉歌碑、あったような。高山彦九郎、なんであんな所に行ったんだろう。

    倭文神社はたしか奈良にもあった。二上山の加守廃寺のすぐ近くもありました。いずれにしても古い名乗りのようです。このへんほじくり出したら、一シリーズになりそうですが、退屈そう。

    榛名神社などの岩山の神社は、修験道でしょうね。むしろそれ以前の山岳信仰。
    出雲の韓竈神社は、非常に古い山岳信仰の名残じゃないかと思うのですが。
    2022年12月19日06時45分 返信する
  • 鵜戸神宮も確かに下っていますね

    しにあさん&by妻さん、下りの宮って、興味津々です。
    上りが苦手な私は、はじめは「下ってる」なんて楽ちんと思ったのですが。。。
    帰りはその下ったところを上らにゃならぬと気づき。。。
    上りも下りも、結局いずれ上らにゃならぬことに変わりはないと悟ったのでありました!
    するとやっぱり出雲大社は素晴らしい!
    だって上りも下りもないのですよ。
    そりゃあ少しは階段がありますが、ほんの少しですからね。
    あそこはゆるーい松の下り坂を歩いて行けば、拝殿や本殿に行き着きます。
    老人に優しい神社ですよね!

    さて、私はこの日本三大下り社のどこにも行っていません(>_<)
    草部吉見神社は、ずーーっと前に、確か大分のトラベラーTさんの旅行記で拝見したことがあります。
    なんとなくジメッとした不気味な感じの神社ですが、そういうのが好物の私は大いに興味を持ちました。
    そのTさんの旅行記に、関東の群馬には「貫前神社」という下りの社があると記載されていました。
    ここなら私も行けるなと思ったのですが、その後忙しくしているウチにコロナ禍となり、未だに行けてないという次第です。
    しにあさんに先を越されてしまいました!
    なにやらどんぶりの底みたいな所に社殿があるという、by妻さんによれば、「心が広い神様」のおはす社ということですね!
    修復工事中の神社に、女性の宮大工?
    しかも彼女の愛車がミニクーパー!
    じ、実は私も宮大工ではないのですが、グリーンに白のミニクーパーに乗っております。
    ただイギリスが好きという理由だけで購入した、本来はイギリス生まれの車(今はドイツに乗っ取られ、BMW傘下となっていますが)です。
    せめて、貫前神社だけでも行ってみるべきですね(^_^)v


    前日光
    2022年12月16日16時33分返信する 関連旅行記

    Re: 鵜戸神宮も確かに下っていますね

    ミニクーパは、By妻がフランスで乗っておりました。古い小さいミニクーパでした。まだイギリス製、おそらく前日光さんのミニクーパの先代です。
    クッションが固くて、音がうるさい。
    そこで一句。
    「ミニクーパ 脳に染み入る 石畳」
    でも粋な車でした。
    洒落たマダムが降りてくると絵になります。前日光さんも絵になるかと。

    貫前神社はおすすめです。来年の4月あたりいかがですか。桜に囲まれておりました。
    他の二つはいささか遠いようで。
    鵜戸神社は、多分以前のようにお隣2カ国の観光客が殺到しているでありましょう。
    奈良、京都も観光客さんが爆増しているらしい。私が行くところはどっちみちほとんど人が来ないところなので、あまり関係ないと思いますが、コロナの静寂もこれで終わりですかね。
    2022年12月16日20時38分 返信する

しにあの旅人さん

しにあの旅人さん 写真

8国・地域渡航

25都道府県訪問

写真 | QA掲示板 | 行ってきます | 掲示板 クリップ

しにあの旅人さんにとって旅行とは

うーん、何か気の利いたこと言わなければと、思うのですがね。

自分を客観的にみた第一印象

トラベラー名、「たびと」と読んでください。

大好きな場所

ヨーロッパ、カナダ、オリエント

大好きな理由

日本人が嫌われていない、入国にビザを取れとかうるさくない

行ってみたい場所

南イタリア、スコットランドの北ハイランドのそのまた北のほう、イベリア半島、ギリシャのエーゲ海クルーズ、トルコ、エジプトのナイル河クルーズ、カナダのプリンスエドワード島、白夜とオーロラ、フランスのアビニオン演劇祭、多分その辺りでこっちの寿命がタイムアウト。

現在8の国と地域に訪問しています

拡大ボタンを押すと地図が
動かせます。

現在25都道府県に訪問しています