2022/08/29 - 2022/08/29
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しにあの旅人さん
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諸国にある一ノ宮、その国で一番格の高い神社ということになっています。
出雲みたいに一ノ宮だけという国もある。周防、和泉は五ノ宮までありますが、だいたい二ノ宮、三ノ宮どまりです。
ところが上野国には、九ノ宮まであります。格付けがうるさかったということですかね。
全部に行ってきました。
しかも四ノ宮の「甲波宿禰(かはすくね)神社」は論社が三つあります。
この神社は10世紀成立の「延喜式神名帳」に名前がある「式内社」なのですが、現在はそれらしいのが3社あります。議論の余地がある式内社ということで、「論社」といわれます。
同名の1社もいれて、その4社にも行ってきました。
四ノ宮巡りは、波瀾万丈(?)ですので、独立させます。
合計13社。
神社は拝観料をとりません。お金はなくても、暇と時間だけはたっぷりある年寄りには、上野国神社参拝はまことにふさわしい。
さすがにいっぺんには無理です。間はあきますが、3年がかりで行ってきました。
褒めて下さい。
旅行日は一番新しい五の宮若伊香保神社の2022年8月29日といたします。
一書に曰く、
もう、何年になるのか、by夫が定年退職して暇になってから、神社巡りの旅をしております。
神社と、ひとくくりにしますが、当たり前ですが、実にひとつひとつ個性的で、一つとして同じものはありません。
其所が、興味深い。
と、上野国にやって参りました。
鹿児島県に行ったときは、神社が少ない所と思いましたが、ここは逆で、九ノ宮まであるのです。
どういうことでしょうね。
群馬県は、国定忠治等やくざで有名な地。
丁半博打は神頼みなのでしょうか。
最近テレビのクイズ番組なぞを見ておりますと、回答者が答えた後、正解かどうか待つときに、手を組んで祈るようにするのですね。
手を合わせるのでは、ないのですよ。
指を組み合わせて、顔の前まで持っていって祈るのです。
どこの神さまに祈っているのでしょうか。
指を組み合わせるのは、キリスト教っぽいけど、イエス様だって、クイズ如きで、突然頼られたって困るんじゃないかなあ。
だからかな。大抵外れてますね。
それに、当たったときには感謝しないのね。
国定忠治が、「丁!」とか言って、テレビタレントみたいに祈っている姿をイメージしてみました。
ふ~。
ねえ。そういうことですよ。みっともない。
タレントって、かっこ付けてなんぼの商売だろうに。
By妻
一ノ宮・貫前神社はこのシリーズ1で行ってきました。
二ノ宮から始めます。
投稿日 2022/12/2
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
二ノ宮・赤城神社
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By妻は完全冬装備、2017年12月、1回目の上野国神社巡りです。猛烈な寒さでしたが、雪なし。
上州名物空っ風といいます。風が冷たかった。標高1300mですから、格別です。 -
それでも大沼はまだ凍っていませんでした。遠くに見える赤い建物が社殿です。
-
2回目は2022年4月。いくら山の上だって、4月だからね~と甘く見たら、大雪。
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大沼も一面雪におおわれていました。氷が張っていて、その上に積もったんでしょう。
-
かなりの雪です。啄木鳥橋は通行止めと書いてあるけれど、四駆だから何とかなるさと行ってみる。
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神社の後ろの駐車場に行ってみましたが、ここもすごい雪。車はたぶん神職さんでしょう。
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しかたがない。啄木鳥橋のたもとにやって来ましたが。雪が通せんぼ。
-
だけではなく、老朽化により通行止めでした。
「平成31年(2019年)2月23日~当分の間」です。2022年4月は「当分の間」でした。 -
本当だ。
-
この橋を渡ると社標があって、拝殿に向かうのですが、行けないものはしょうがない。前回の写真で間に合わせました。
-
御朱印頂きました。本殿までたどり着けた2017年のものです。
一書に曰く、
赤城神社は、寒い神社です。
最初は、冬期閉鎖される直前だったような。
湖の中に浮かぶ小島の神社で、風が吹き抜けて、そりゃ冷たかったです。
けれど、その分、空気は澄んでいましたし、巫女さんは親切だったし。
緋の袴で、可愛らしかったし、まっこと、湖の女神様のお使いという感じ。
次のときは、下界ではもう春なのに、ここでは雪。
でも春の雪で、ずぶずぶのべたべた雪。
くるぶしまでかき氷の中に浸かりながら、社殿を目指すも、身動き取れず。
靴は一足だめになりました。
しっかし、こういう状況で神さまに祈ったら、叶うよね-。
「よく来た、よく来た。よしよし。」って。
と思ったのですが、神社って、お願いしてはいけないのだそうですね。
感謝しにいくところだそうですよ。
知らなかったなあ。
あ、それから、お参りするとき、住所、氏名、年齢も言わなくては、
「神さまだってわからないでしょ。」
という意見があるのですが、そうなんですか?
わたしは、神さまは、そんなこと言わなくても、ぜーんぶ分かって下さって、願いを叶えてくださるのかと。
それだからこそ神さまかと思っておりました。
あ、お願いは叶っておりますよ。
「元気で、またお参りできますように。」
と、祈っておりますから。
有り難うございますです。
By妻 -
三ノ宮・伊香保神社
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伊香保温泉の守護神です。チャラい観光神社かと思ったら、由緒正しい式内社でした。
主祭神は大己貴命(おおなむちの・みこと)と少彦名命(すくなびこなの・みこと)。大己貴命は大国主さんの別名ですが、温泉まで担当するとは知らなかった。
一書に曰く、
伊香保神社は温泉の神社ですからね。
少彦名命がご祭神です。
少彦名命は、大国主さんの相棒です。
大国主さんがでっかくて、少彦名さんは、ちっこいのです。
そうです。あのテレビドラマみたいです。
そして、ちっこい少彦名さんが知恵の塊なんですね。
そこもドラマと同じです。
大国主さんが、国を治め始めたとき、どうしたらよいかと海に向かって悩んで居りましたら、海の彼方から、ガガイモの舟に乗ってやってきたそうです。
ガガイモというのが分からないけれど、まあ小さいのではないでしょうか。大国主さんの救いの神です。
神さまの救いの神!
フキの葉の下にいるコロボックルと同族でしょうか。
薬、酒、温泉、国治めetcの神さまだそうです。
とにかく頭を使う事は全部この神さまの管轄らしいです。
最後は、粟にはじかれて、常世の国に行ってしまいます。
知性は体力に負けるって事なのでしょうか。
By妻 -
2022年4月5日で、コロナ騒ぎの谷間でしたが、かなりの人出でした。
-
これはコロナ以前、2017年12月5日。ガラガラでした。寒かったせいでしょうね。
次は四ノ宮:川宿禰神社ですが、次回に回して特集です。 -
五ノ宮・若伊香保神社
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唯一残った神社で、まあいいや、ごめんなさいしちゃおうと思いました。しかしそうは良心がゆるさない。
8月の妙義・小諸旅行の冒頭、無理して行ってきました。
これで上野九宮完全制覇(?)です。神社に制覇はないですが、3年もかけて回ったので、気分としては「やったぞ!」という感じです。
一書に曰く、
いつものことですが、朝っぱらに到着しまして、神社下のお宅の奥さまは、今からご出勤でした。(夜中に出発したって事です。)
さて、正面に、それはそれは可愛らしいお地蔵様がありまして、その右にお寺。左に、めざす神社でございました。
サルスベリが美しく、神社の登るのも楽しみでしたが、登ったら、案外飾りっ気なく、ちょっと寂しかったです。
お寺は、美しくお手入れしてあるようでした。
神社の方もお願いできませんかね。
朝の空気は、爽やかでした。
By妻 -
泰叟寺というお寺の駐車場に車をとめます。
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この鳥居をくぐって車を駐める予定でしたが、屋根がぶつかりますね。こんな低い鳥居は珍しい。
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幸いなことに、さしては高くない階段の上にありました。
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南北朝時代、14世紀の「神道集」にでてくる由緒ある神社ですが、今はお寺に隣接した高台に、ひっそりとたたずんでおりました。
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お寺のお地蔵様とサルスベリの花。
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六の宮・榛名神社
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青空にくっきり「榛名神社」と入れたいところですが、立派な社標が写っています。
榛名神社随身門手前。
これが上野国六ノ宮なんですよね。現代では、参拝者の数からいったら、だんとつトップでしょう。
2017年12月5日で、コロナ騒ぎ前ですが、随身門左の駐車場はいっぱいでした。観光神社としてライバル貫前神社、赤城神社ははるかに及ばない。 -
階段上は双龍門。
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双龍門の背後が鉾岩。
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拝殿・幣殿・本社・御姿岩。
本社が接しているのが御姿岩で、岩奥にご神体をお祀りしているそうです。 -
拝殿正面。
巨大な奇岩にめり込むような建物でした。神仏習合というのでしょう。奈良飛鳥の端正な神社に慣れているので、ちょっと不気味。というか、趣味良くない。
5世紀、6世紀に大噴火を起こした榛名山の火の神を鎮める、素朴な神社であったことは間違いない。
式内社ですから、10世紀以前に創建された古い神社です。それが神仏習合でお寺の支配下に入りました。
現在の主祭神は火の神・火産霊神と土の神・埴山姫神だそうですが、明治の廃仏毀釈のときに定められた神さまだそうです。あんまりありがたくない。
2018年から23億円をかけて修復工事がされています。これらの写真は工事直前の写真のはず。2022年は本社・幣殿・拝殿をやっています。全部終わるのは2025年だそうです。
終わったらもう一度行ってみたい。きっと金ぴかのまっかっかになるでしょう。100年くらいしたら落ち着くのではないか。 -
御朱印をいただいてきました。
一書に曰く、
深山の鬱蒼たる緑の中に、朱色、金色の建築があります。
金ぴかも真っ赤も、深い緑の中ではちょうど良いくらい。
よくぞこんな場所に、建材を運んできて、建てたものよ。
人間の知恵と努力に感心致します。
信仰心のなせる技でしょうか。
ここは有名なパワースポットらしいですよ。
が、by妻は、別に呼ばれませんでした。
やっぱり呼びたい人とそうでもない人がいるのですね。
残念!
By妻 -
七の宮・小祝神社
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「おぼり」と読みます。
群馬県高崎市石原町1247。 -
九つのお宮の中では唯一町中にありました。
上野国府があったとされる宮鍋神社まで直線9km。平安末以降城があったとされる高崎城址まで1.4kmくらいです。
神社由緒だと、歴史文献初出は三代実録元慶4年(880年)ですから、ずっとこの地に根付いて七ノ宮として崇敬されてきたのでしょう。
現在の社殿は、18世紀に高崎城主であった眞鍋詮房(まなべ・あきふさ)の造営だそうです。 -
古代からいろいろあったでしょうが、今となっては地域に溶け込んだ神社です。おとなりは幼稚園で、神社の経営みたいです。
一書に曰く、
少彦名命がご祭神です。
少彦名命は、何を隠そう北海道では、コロボックルと呼ばれておりました。
タイムスリップしまして、一寸法師と呼ばれたこともございます。
粟に飛ばされた少彦名命は、ブーンと飛んで、イギリスで、親指トムとなり、
それから、ドイツに渡り、ついでに性転換して、親指姫になりました。
世界中で大活躍。
すごいぞ!少彦名命。
今は、幼稚園で、幼児達と楽しく遊んでいると思います。
By妻 -
八の宮・火雷神社
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一書に曰く、
上州名物だそうですよ。雷が。
焼きまんじゅうだけじゃないんだ。
御由緒によると、あの、「政子様のために、、、」とか言っちゃった、鎌倉殿の大江広元も関係するらしい。
その前は、頼りにしてます。とか政子に、手を握られていませんでした?
なーんかおもしろそう。
そして、倭文神社の上之宮に対して、下之宮と言われていたそうです。
すぐに思い出すのは、鹿嶋神宮、香取神宮です。
埼玉県の氷川神社も氷川女体神社と二つ宮だったようです。
そして、諏訪大社が、上社に本宮、前宮。下社に、秋宮、春宮と四つもあります。
宗像大社も三社一組です。
そして、なにより伊勢神宮が、内宮、外宮です。
お宮とは、複数宮制度が本来のものだったのではないでしょうか。
そして不思議な神事。
お見かけよりは、歴史のある重要なお宮だったのではないでしょうか。
いろいろと、おもしろげ。
ワクワク。
By妻 -
群馬県佐波郡玉村町大字下之宮甲524
群馬県佐波郡玉村町といわれても、ジモティさんでないと見当がつかないでしょう。地図を貼っておきます。目印は伊勢崎駅。直線4.6kmです。
倭文(しとり)神社はこのあとの九ノ宮です。 -
式内社ですから10世紀以前創建の古いお宮ですが、今は村の鎮守さま。
-
本殿の裏に回ってみました。コテ絵がある。
-
本殿背面。
七福神みたいです。真ん中は袋を持っているから大黒さま。右は頭がでかいから福禄寿。はしごで頭に登っているのは何だろう。
左はどなた? -
本殿向かって左。
紅一点だから左は弁天さま。 -
なかなかの美人。
弁天様に見とれて、本殿向かって右は写真撮っていない。
「女だと、神さまにでも夢中になるBy夫」By妻
コテ絵の作者も、年代も製作意図も説明がありませんでした。 -
神社の右奥にあった八角形の建物はなんだろう。
境内だと思います。倉庫みたいだけど。 -
九の宮・倭文神社
▲▼▲▼▲▼▲▼
一書に曰く、
難しい読みかたです。これで、しとり と読みます。
倭文子と書いて、しずこと読む人がいました。
静神社というのもあり、やはり織物の神さまを祀ってあります。
倭文神社は、布、機織りの神さまです。
日本全国に散らばっております。
布を作るということが、いかに大変なことだったか。布がいかに貴重なものだったかがわかります。
瀬織津姫という神さまも機織りの神さまですが、どう違うのでしょう。
瀬織津姫は七夕姫のことらしいのですが、倭文神社の神さまは、天羽槌雄命だそうです。男神か女神かわかりませんが、天の岩戸事件の時は、いらっしゃったようです。
七夕姫は、川の傍らにおいでです。
この倭文神社も利根川のほとりにありました。
布つくりに、水は必要なのですね。
倭文織りというのは、魏志倭人伝にも出てきた日本の織物だそうです。最近になって復活する取り組みがあるそうですよ。
藤、葛、麻、シナ、苧麻、楮、芭蕉などで織ったらしいです。
寒そうですね。
今は、セーター等、買うのが当たり前になっております。
私の子供のころは、母の手編みのセーターを着ておりました。それが普通でした。
今は、趣味の人以外編むこともなくなりました。
面倒ですものね。
安直に何でも手に入ります。
それで、どちらのお宅でも、衣類が山のよう。
断捨離の先生が、「あなた、こんなに着ますか?体はひとつよ。」なんて言って、バシバシ捨てさせています。
現代日本人は、人類史上最高の贅沢な生活をしているのですね。
捨てても捨てても,着るものがあるのなら、パッチワークもこぎん刺しもなかったことでしょう。
乏しい布をやりくりして、丈夫に温かく、そして美しく、最後まで使い切らざるを得なかった女たちの悩みと怨みと願いが、今日の豊かさを作ったのでしょうね。
軽くて暖かできれいで、しかも安く、誰にでも手に入る。
望みは全て叶ったのではないでしょうか。
衣類の神さま、有り難うございました。
ありがたい。ありがたい。
なのに、神さまが、なぜかシラケているみたいに思えるのは、気のせいでしょうか。 -
群馬県伊勢崎市東上之宮町甲380
れっきとした式内社です。利根川を挟んで左岸の火雷神社を下之宮、右岸のこの神社を上之宮と呼んだそうです。 -
By妻の冬支度でお分かりのように、2017年12月の写真です。
-
とにかく上野国の九つのお宮にお参りすることが目的。オリンピックと同じです。
いつのオリンピックか忘れましたが、ボブスレーに常夏の国、雪が降らないジャマイカが挑戦しました。あれと同じで、挑戦することに意味がある、といたします。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- 前日光さん 2022/12/16 23:02:21
- 伊香保神社しか行ってない(^◇^;)
- こんばんは。
そうでしたか、上野国には九つも宮があるのですか?
数が多いのにも驚きますが、その全部を訪れたしにあさんご夫妻に驚くやら呆れるやら。。。
3年もかけて巡ったとは、執念ですね!
by夫さんに、「始まると極めなければ気が済まない」という傾向はありますよね?
唯一私が訪れた伊香保神社は、確か万葉歌碑があったような?
歌は忘れましたが。
その近くに高山彦九郎が腰掛けたという石もあったような?
由緒ある神社だったのですね!
私も訪れた時寒かったので、そそくさとお参りし、少し階段を下りた所にある温泉饅頭を買うことばかりに気を取られておりました(~_~;)
倭文神社というのがあるそうですが、高校時代の友人に「倭文さん」という人がいました。益子辺りの人でしたが、先祖は上州人かもしれませんね。
個人的にインパクトが強いのは「榛名神社」です。
岩の窪みに社があるのは、鵜戸神宮と同じですね。
出雲の韓竈(からかま)神社もこんな感じです。
「榛名神社」が、パワースポットなんていわれているウチは混雑しそうですね。
お隣県ですが、茨城に行くよりは決断しないと行けないのが群馬です。
せめてしにあさんの三分の一ぐらいでもいいので、行ってみたいです(^-^)
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2022/12/19 06:45:08
- Re: 伊香保神社しか行ってない(^◇^;)
- 執念です。行ったところでふつうのお宮サンですから、書くこと探すのが大変。
とにかく行ってきた、です。
伊香保神社はそれでも人気はあるし、マシな方でした。2度も行っています。
最近竹久夢二にも凝っているので、また伊香保に行ってみたいなと思っていまっす。
次回は、温泉饅頭、やってみます。
伊香保って、竹久夢二や徳富蘆花の記念館があったりして、草津以上、軽井沢未満を狙っているような感じでした。しかしやはり堀辰雄の雰囲気には及ばない。
万葉歌碑、あったような。高山彦九郎、なんであんな所に行ったんだろう。
倭文神社はたしか奈良にもあった。二上山の加守廃寺のすぐ近くもありました。いずれにしても古い名乗りのようです。このへんほじくり出したら、一シリーズになりそうですが、退屈そう。
榛名神社などの岩山の神社は、修験道でしょうね。むしろそれ以前の山岳信仰。
出雲の韓竈神社は、非常に古い山岳信仰の名残じゃないかと思うのですが。
-
- kummingさん 2022/12/05 19:46:21
- 祝♪ 悲願達成^o^
- 上野国9つのお宮のお参り、達成おめでとうございます♪
合計13社詣でられたのですね! by妻さんが完全防備対策でいらっしゃるお写真は2017年、5年前との事ですが、あしかけ5年かけての目的成就? それともしにあさんが引退なさってから~、年月をかけて晴れてこの日を迎えられたのでしょうか?いずれにせよ、あっぱれ&めでたい哉♪ 一つ事を追い続けられた後の達成感がひしひしと伝わってまいりました。
一宮~三の宮、と言われましても、どういう格付けシステムなのか? とんと理解していない私みたいなのが、ここでコメントしても良いものか(-。-;
by妻さんの防寒姿を見て、めちゃくちゃ寒そう~、さらに4月なのに雪が積もる中、靴一足ダメにするほどの道のりをお参りしようと試みられた、いや、寒いの苦手なので、見ただけで怖気付いています。
六の宮の拝殿、幣殿、本社、御姿岩、奇岩に接した建物なのか、奇岩をくり抜いて建てられいるのか? こういう立地を選んだのには何か理由があるのでしょうか?確かに、侘び寂びとかの境地から離れた、派手な造りのよう。
コロボックルって何ですか?
コテ絵の弁天さまに見とれて、本殿向かって右側を撮り忘れたそうで、「女だと神さまにも夢中(甘く?)にもなるby夫」by妻 ウケました♪
さて、ボロが出る前に閑話休題(笑)「生誕140周年二つの旅青木繁×坂本繁二郎展」、関連イベント、行って参りました。『二人の「繁」が作り出した美術の世界』とのお題目でしたが、美術家森村泰昌氏、自ら仰る様に、かなり氏の妄想入りの自説を展開、何でも、ゴッホとゴーギャンの関係と、青木、坂本の関係を相似形となぞらえ、青木の最後の作品が未来を見据えた明るい作品であるに比して、坂本の遺作は影がある、ところなどから、短距離走の青木の後を長距離走の坂本が受け継ぎ、故に二つの旅、ではなく二人で綴った一つの旅である、との説。う~ん? 法事の食事会の後で満腹で寝落ちしながらの曖昧な記憶ですがm(._.)m
- しにあの旅人さん からの返信 2022/12/06 15:31:59
- Re: 祝♪ 悲願達成^o^
- オリンピックの精神で行ってきましたが、さすがに村の鎮守様レベルだと、困りました。
なんで九つまで格付けしたんだろう、と古代群馬県人に文句たらたら。
前日光さんによると、群馬県人は、人気最下位を争う北関東3県栃木茨城埼玉と一緒にされるのを好まず、長野と組になりたがるそうです。
このところ北関東に凝っていますが、本当においしい名物料理がない。群馬なんて、コンニャクと焼きまんじゅうです。
焼きまんじゅう、食べたことありますか。うどん粉でおまんじゅうを作って、醤油を塗って焼いただけ。中には何もなし。
前日光さんも、これだけは勘弁してほしいと書いていました。
おきりこみという煮込みうどんが名物なのですが、やっている食べ物屋さんが一軒もなし。ジモティも食べないのですかね。
そういうところで、村の鎮守様を駆け巡りました。
上野九宮を回りブログを書くという使命感?がないと無理な旅でした。
多分やる人は他にいないでしょう。
一宮、二宮という格付けはよくわかりません。昔はこれで神社同士が争ったので、大事だったのでしょう。榛名神社なんて、六の宮なのに、今は群馬最大手です。結局神社の神主の経営能力の違いと割り切ればいいみたい。榛名神社は昔はボンクラ神主だったけれど、江戸時代くらいから辣腕神主が続いた、と思ってそう違わないのではないかと。
岩をくり抜いた変な作りは、これは修験道の影響でしょうね。妙義神社や中ノ嶽神社も同じ。これはいつか突っ込みたいと思っていますが、今のところ手が出ません。
森村泰昌氏のいう「青木の最後の作品が未来を見据えた明るい作品である」というのはなんのことかな。「朝日」という油絵が絶筆ということになっていますが、あれが未来を見据えているんですかね。今回の展覧会にも出ていると思います。
海から上がってくる太陽ですが、佐賀かどっかで描いた絵です。北九州からは普通海から上がってくる朝日は見えないはずなんで、昔の房総の海を想像で描いたんじゃないかと言われています。森村さん、なんか言っていましたか。
もっか次のシリーズの堀辰雄を突っ込んでいるところです。堀は多恵子という妻に恵まれ、神西清など友人に恵まれ、室生犀星や川端康成などの師に恵まれ、晩年はみんなが寄ってたかって助けてくれました。その真逆が青木繁です。
坂本繁二郎は、青木繁の生前は、もう見放していたみたいです。
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旅行記グループ 諸国寺社旧跡めぐり 上野国
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