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しにあの旅人さんへのコメント一覧(13ページ)全577件

しにあの旅人さんの掲示板にコメントを書く

  • 多恵子が堀辰雄を「創った」!

    by妻さんのこの言葉、名言ですね!
    それにしても、帰国子女のハシリであった多恵子夫人が、酷寒の信濃追分で、鶏に餌を作ってやり、かまどでご飯を炊き、雑炊の作り方を油屋に教わりに行き、お風呂もない家に住んで(当時はそれでもマシだったのですね!)、病身の夫の世話をするなんて。
    考えるだに凄まじいと思います。
    戦後のドサクサ(もちろん戦中も)を生き抜いた人たちは強いですねぇ。

    by妻さんもおっしゃっていますが、良家の子女と思われる多恵子さんが、苦労するとわかっていながら結核持ちの辰雄と結婚するとは!
    堀辰雄という人は、それほど魅力的だったのでしょうか?
    あるいは、その才能の抜きんでているところに惹かれたのでしょうか?
    もちろん両方なのでしょうね。
    多恵子さんがいなかったら、堀の作品の大多数は生まれなかったことでしょう。
    すると、堀辰雄は堀多恵子の作品でもありますね?

    今に残るかつて二人が住んだという家の前の大きな石、しにあさんは、この石を堀夫妻も見ていたと思うのですね?
    大部分の人が注目していないようですが、世の中にはこうした無視されている事柄が多々あるに違いありません。
    私もこの石は、きっと夫妻も眺めた石と信じます。

    立原道造が、油屋火災の際に、隣で工事中の大工さんに助けられたとのこと、立原の詩が好きな私としては、この大工さんにも感謝!です!(^^)!
    それにしても、昔の人は結核で命を落とす人が多かったですね。
    この不治の病が、現在ではそうでなくなっているように、コロナも早く消滅してくれないものかと願うばかりです。


    前日光
    2023年02月24日23時59分返信する 関連旅行記

    Re: 多恵子が堀辰雄を「創った」!

    夜遅くまで連続コメ感謝です。

    多恵子という人は、母親静の影響が強かったのです。静は当時としてはビックルするくらい自由な考えを持っていた人で、結婚は本人が決めることと思っていました。このあたり次回の辰雄多恵子出会いから婚約までの年代期作成で触れます。
    一家揃ってクリスチャンの家庭に育ちました。多恵子は、何か抽象的なものに奉仕するという考えを持っていたみたい。本人がどこかで書いていました。
    夫の文学的才能を信じて、それを支えるということにキリスト教的信念を持っていたのかもしれません。
    日本的烈婦とはちょっと違うみたい。

    本当にお嬢さんで育って、新婚当時ご飯が炊けなかったようです。大根が煮てもやわらかくならないと、母親に手紙で愚痴っています。このお話もまた後日。

    結果的に多恵子の信念は当たっていたわけです。堀の死後4回も全集が発行され、今なお私たちみたいな巡礼が追分を訪れるのです。
    堀辰雄の文学的価値を本能で見抜いていたとしか言いようがありません。
    「堀辰雄は堀多恵子の作品でもあります」というのはまさに言いえて妙ですね。
    堀辰雄は、当時の加藤多恵にほぼ一目惚れだったみたい。写真がありますが、決して多恵は美人とは言えません。
    何が堀辰雄を惹きつけたのか、これもまたこの旅行記のテーマの一つです。おそらく当時の日本女性が持っていなかった、西欧的で、自由な価値観、というか、雰囲気、性格を愛したのではないかと思います。現代の日本の女では当たり前ですが。

    油やに残る池の石、私たちは堀の評論家ではなく、ただの巡礼ですので、こうした夫妻を偲ぶよすがが大事なのです。
    信濃追分にいらっしゃる機会があれば、ぜひ眺めてください。ただの石ですが。

    油屋火事での道三救援。多恵子が残した本には、こうした未知のエピソードがいっぱいあります。
    立原が、同人雑誌に載せるため、室生犀星に「詩のストックがあればください」と言って、犀星に叱り飛ばされた話、ご存知ですよね。
    多恵子はこの現場にいたのですよ。

    何やら番宣が多くなりました。例によって、期待しないでお待ちください。
    2023年02月25日07時56分 返信する
  • 芥川とはかなりの付き合いがあったのですねぇ"(-""-)"

    こんばんは、しにあさん&by妻さん
    いつまで経っても、寒さが収まらない昨今ですね。
    房総はもう温かいですか?

    信濃追分 分去れ、ですか。。。
    たぶん堀家の別荘を訪ねた時、行っているはずなのですが。
    そうそう、道が二つに分かれていました。
    堀作品は、いくつか読んだはずなのですが、印象が淡々しくて、(例えば「聖家族」とか「ルーベンスの戯画」など)印象派の絵のようにぼんやりとしていて、輪郭がはっきりしません。
    たとえば谷崎のように、くっきり、はっきり、イヤらしければ、ああ…と明瞭に思い出すのですが、堀の良さは、その淡々しい印象にあるのですよね?

    片山広子さんは、当時でも目立つ美人だったことでしょうね!
    片山母子のサロンに入り浸る芥川?
    うーーん、芥川が美人さんにボーッとしている姿は想像したくない!
    私は芥川も好きなのです。
    若いころの腺病質な感じが、若いころのさだまさしを暗くしたような感じがして。
    芥川はそばにいたら怖くて近寄りがたいですが、遠くから眺めている分には、ああいうタイプが好きなのです。
    昔、授業中に思わずそう言ったら、生徒に変な顔をされました(>_<)
    堀辰雄も、美男とは言い難いですが、細くて繊細そうで、軽井沢がよく似合いますね。

    多恵子夫人は、勝手に思い描く大和なでしこ風ではなくて、しっかりとした芯のある女性だったのですね。
    また文才もあって、辰雄よりはずっと物事を客観的に捉えられる人だったようですね。

    信濃分去れ、なんだか妙に行ってみたくなりますねぇ。


    前日光
    2023年02月24日23時08分返信する 関連旅行記

    Re: 芥川とはかなりの付き合いがあったのですねぇ"(-""-)"

    おはようございます。
    白子は寒桜でして、もうあちこちで咲いています。海ちかは満開かな。
    さすがに暖かい房総です。

    堀の作品は、要するに心象風景の描写ですから、淡い印象になるのでしょう。出来事が全部登場人物の心理として描かれるわけです。
    だから出来事がそのまま描写される随筆が面白かったりします。

    龍之介と広子の関係は首を突っ込んだらやばいので、これ以上はなし。
    龍之介、犀星、辰男のエピソードは、このあと軽井沢つるや旅館編で、たっぷりとやるつもりです。

    「若いころのさだまさし」うーん、日本一のおしゃべり歌手ですよね。
    龍之介がおしゃべりだったのか、さだまさしは若いころ無口だったのか。
    さだまさしが喋らなければパラノイヤ的で、確かに感じは似ています。
    龍之介の肉声音源は残っているのですかね。
    辰雄にはないのですが、江戸弁のかなり特徴のあるしゃべり方をしたようで、あちこちに文字の記録が残っています。これも後日やります。

    教師が龍之介の話をしながら、うっとり、ぽっと赤くなったりしたワケですね。
    うん、生徒、変な顔する。でもそれは、いい教師です。
    私たちの高校の国語の教師は、平家物語などを講じながら、自分で感激して、泣かんばかりでした。大いに影響を受けました。

    多恵子はおとなしいヤマトナデシコとは真反対です。
    この旅行記は、正確には堀多恵子紀行です。多恵子から見た堀辰雄の旅姿をたどります。

    分去れに前日光さんが行ってみたくなる、やった~~~、これでこの旅行記は成功です。
    読む人をしてそこに旅したいと思わせる。4トラのブログの目的だそうで、4トラ事務局から感謝状が出るという話は、一才ありません。
    2023年02月25日06時28分 返信する
  • 件の石⁇

    結核が不治の病だった時代、同じ病で婚約者を失い、自分も同じ病で闘病中の心持はどんなだったのでしょうか。私の母は7人兄妹だったのですが、その内3人が男で内2人は結核に倒れたと聞いています。息子を2人結核で失った祖母の心中を推し量る事も出来ない子供だった私は、当時はたくさん生まれても致死率も高かったのだなあ、くらいに思っていました。

    -15℃の世界(*_*; インクが凍る‼ そう言えば先日、朝方部屋の中でボールペンが使えない事がありました。日中は使えるようになったので、低温でインクが固まっていたのかも。堀辰雄氏のは、万年筆かインクツボのいんく
    2023年02月19日10時47分返信する 関連旅行記

    Re: 件の石⁇

    あ、間違えて送信してしまいました↑((笑)推敲していないのに…。
    仕方ないので続けます。
    堀辰雄氏のは、高級インクかもですが、うちのは百均の5本百円のボールペン、比較対象外ですねぇ。

    ホカロン、というのですね、ここいらではホッカイロ、と申します。旅の最後に余ったホッカイロをホテルのスタッフさんに差し上げると、毎度たいそう喜んで頂けます。懐炉も見たことあるし、寝るときに使う湯たんぽ、他には、中に石綿が詰めてあって真ん中に炭だか練炭?を入れて、布の袋に入れてあっためるやつ、とか、電気毛布が出る前は重宝していた記憶。

    こういうのを、ガスも電気も断たれたウクライナやトルコに送ったら、喜ばれますよね。先日、ある登山家の方が、全国から集めた寝袋をトルコに送られたとか。

    油屋が火事の時、留守にしていた堀辰雄氏も、たまたまいらした大工さんに救われた立原氏も、ほんとに幸運でしたね。すべての所持品喪失は痛手ですが、命あっての物種、命には代えがたい。

    「野ばらの匂う散歩道」とは何ともロマン溢れる文学的題名でしょう、by妻さんは心惹かれ手に取られたのに、by夫の食指は動かず⁈

    クレソンで鶏を飼う多恵子さまにも驚きますが、これぞ元祖帰国子女感覚なんでしょうね。

    寒さの中の、そして疎開中の献身についてコメントすると長くなるのでこの辺で_(._.)_

    実はしにあさんの肝いりの写真10枚『件の石』、何のことやら?感情移入できず。
    -15℃どころか-6度でも、私だったら1日もたない(笑×5)
    2023年02月19日11時18分 返信する

    Re: 件の石⁇

    おじさんが二人結核で亡くなっているのですね。
    我が家も、祖母は七人子供を産んで、生き残ったのは母とその兄の二人だけ。祖父も結核、死んだ子供で成人に達したのは結核で死んでいるようです。

    ボールペンのインクって凍るのですか。
    堀辰雄は万年筆らしいですが、凍ったらどうするんだろう。手で温めて溶かすとか。
    そういえば、昔の万年筆は、スポイトみたいになっていて、インクビンからチューっと吸うやつでした。


    ホッカイロという言葉、知ってはいますが、私は使わない。
    By妻はホッカイロに馴染みがあるそうです。九州限定かも。
    なおキックボードをケリンチョまたはケリンコという件ですが、By妻は漫画「アラレちゃん」で見たそうで、現物は知らないそうです。
    相模弁かもしれない。私は10−13才くらい逗子にいたことがあるので、若干相模弁を解します。
    「かっこいい」「いかす」などというのは、もともと湘南の不良どもの相模弁だそうです。

    「野ばらの匂う散歩道」は、欲にかられて手に取りましたよ。つるやで朝6時から、By妻に両手で開いてもらって、iPhoneで180ページ写真を撮りました。
    この本、今はAmazonでも売っていないレア本でして、専門の古本屋で3万円します。
    この件、後日別ブログでネタにします。

    多恵子さん、本当に海外帰国子女的人だったみたい。それが堀辰雄にはたまらない魅力だったようです。
    要するに、我々の時代のチャンネー。今時の娘さんが昭和の初めにタイムスリップしたと思えばいい。

    件の石。これは堀辰雄研究史上の新発見ではないかと、1人自負しているものです。堀夫妻がこのやぼったい家に暮らしていた唯一の痕跡!!!
    すごいでしょう。大発見。
    「やぼったい家」というのは堀辰雄がどっかに書いていました。
    問題は、これが事実だとして、堀文学研究上全く意味がないことです。
    専門家は「ふーん、で?」というでありましょう。
    でも私みたいな、週刊誌的野次馬には、極めて大事大事。
    ということで、無理やり感情移入してください。
    2023年02月21日16時48分 返信する
  • ○十年越しの恋文(*_*;

    これって、Love letter from by夫 to by 妻さん⁈
    または、感謝状 from by 夫 to by 妻さん⁇
    「我が儘な僕に今日まで連れ添ってくれてありがとう、愛をこめて」的な・・・
    朝からお腹いっぱい(*_*; ごっつあんです、でございます(^^♪

    前日光さんがおっしゃっているように、しにあさんがものすごいロマンテイストでいらっしゃるんだ、ということにびっくりしています。そもそも男性の方がロマンティストの傾向にあると言われて久しい昨今、そういうものかな、と妙に腑に落ちる気もします。堀辰雄氏未読なので、分かりませんが、google評によれば、所謂恋愛物の系列なのでしょうか?一見恋愛物風で実は違う小説もあるので、こればかりは読んでみないと何とも言えません。

    気がつけば小説、物語を読まなくなって久しい自分がいます。若い頃読んで晩年に再読したのは、日本文学では漱石と志賀直哉くらい?あと、アンドレジッド、カミュ、新訳が出たカラマーゾフ、ライ麦畑、SFファウンデーションシリーズ、グレッグベア、くらいかな~、記憶に残る最後に好きだったのは、フィッツジェラルドの「夜は優し」。何だか抒情派→叙事派に転向してしまった⁈

    という事で、古代史シリーズでは「古代史の沼」に見事に引き込まれましたが、今回はちょっと無理かもしれません。「ローマ人の物語」読んでないとコメント書けない⁈しにあさんのご苦労、ご心労、共有させて頂きます_(._.)_
    2023年02月10日09時05分返信する 関連旅行記

    Re: ○十年越しの恋文(*_*;

    どこまでもついてきてくれるBy妻に感謝です。
    あーでもない、こーでもない、とじゃれあいながら旅をしております。
    と、のろける。

    堀辰雄は読んでいなくても、面白くなるように努力します。そもそも堀辰雄紀行というより、奥さんの堀多恵子紀行なのです。
    我が青春の年の差アイドルです。

    前日光さんが、堀辰雄紀行1のコメントで、半世紀前、堀辰雄旧居を訪れたと教えてくれました。花の女子大生時代です。
    これは面白いので、ぜひ読んでください。

    https://4travel.jp/travelogue/10731821

    初々しい前日光さんです。
    2023年02月11日21時36分 返信する

    Re: ○十年越しの恋文(*_*;

    18歳の前日光さんが出てくるのは、堀辰雄紀行1の前日光さんのコメントです。
    2023年02月12日07時02分 返信する
  • 写真がひどいピンボケで。。。(^_^;)

    こんにちは、しにあさん お尋ねの旅行記です。
    これは後篇の方です。
    この前篇の軽井沢編と続けて読んでいただけると(写真はブレブレですが)
    一つにまとまります。

    堀辰雄文学記念館に少しだけ触れています。
         ↓
    https://4travel.jp/travelogue/10731821

    それにしても、なんでこんなにひどい写真ばかりなんでしょうね(>_<)


    前日光
    2023年02月09日11時32分返信する 関連旅行記

    RE: 写真がひどいピンボケで。。。(^_^;)

    前編「学生時代以来の軽井沢」です

         ↓
    https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10721272/

    よろしかったら、併せてご覧ください


    前日光
    2023年02月09日11時36分 返信する
  • 風立ちぬ いざ、生きめやも

    しにあさん&by妻さん、こんばんは。

    堀辰雄!
    私の親友の卒論は「堀辰雄論」でした!
    我が大学の寮は旧軽井沢にありまして。
    なぜか国文科は一年生の夏休み、軽井沢ゼミに全員参加しないと単位がもらえませんでした。
    この話、以前にしましたっけ?
    もしもう聞いたよというのでしたら、面倒ですがもう一度聞いてください。
    まだ一年生だった夏休み、国文科全員が軽井沢の寮に集合、講義もありましたが自由時間もありました。
    それで友達が、堀夫人が住んでいるはずだから、ぜひ別荘に行きたいということで二人で出かけました。
    油屋も見たはずですが、ほとんど覚えていません。
    1970年の夏のことです。
    しにあさんの4年後に行ったことになります。
    花の女子大生二人、別荘の垣根の葉っぱをちぎって持って帰るのがせいぜいでした。
    夫人にお声をかける勇気はありませんでした。
    その葉っぱは、結構長いこと手元にありましたが、今はどこかに消えてしまいました。
    ひと夏の軽井沢の思い出です。
    まさに風立ちぬ、高原の夏は過ぎて。。。
    あーーあ、(T_T)
    それから何十年も経ってから堀辰雄記念館に行った旅行記は、写りの悪い写真ばかりですが、どこかにあるはず。
    そのときに懐古園の藤村記念館にも行ったのに、以前のPC買い換え時に、その写真が消滅!藤村記念館も懐古園もアップできませんでした。
    。。。という曰く付きの私の信州旅、でした。

    しにあさんと堀辰雄って、正直ピンとこないのです((_ _)ごめんなさい)
    もっと力強い人が好みなのかと思ってしまうのですが、開高健とか坂口安吾とか。。。
    でもいたってロマンチストなんですよね!
    資料を徹底的に調べる、ちょっと気が短い、とか、それこそサルトルとかボーボワールにハマっていたんじゃないのかと思うのですが、それがby妻さんだったという。。。
    世の中分からないものですね!
    だからおもしろいのですが(^_-)


    前日光
    2023年02月08日22時50分返信する 関連旅行記

    Re: 風立ちぬ いざ、生きめやも

    ゼミのお話、初耳です。
    前日光さんは、堀辰雄巡礼者だったのですね。そうではないかと思っていました。
    夏なら多恵子夫人は、堀辰雄旧居にいたはずです。もう白い家はできていたはず。
    花の女子大生二人組、目に見えるようです。信濃追分で私たちがすれ違った娘さん、お二人の52年後のあとつぎが、旧中山道を歩いていたのですね。

    お友達の「堀辰雄」論は、70年代前半だと、まだ筑摩の全集が出ていなかったので、資料集めが大変だったでしょう。多恵子夫人の手記も最初の2冊くらいしか出ていません。その代わり中村真一郎や福永武彦などのリアルタイムの堀辰雄論を参照できたはず。

    葉っぱだけで、多恵子さんに会わずに帰ってきたのですね。それでよかったと思います。多恵子夫人が旧居を白い家ごと軽井沢町に寄付したのは、結局彼女一人では、旧居を訪ねてくるファンに対応しきれなくなったからだと思われます。
    それにしても、寒風をついて、夫人を訪ねてきた頬が真っ赤な少女は勇気があります。勇気を振りしぼっての決断だったようです。
    冬だったからでしょうね。冬はさすがに巡礼もいなくて、多恵子夫人も人恋しかったのではないか。

    ところで、1970年に信濃追分にいらしたときは、電車ですか。駅の跨線橋はあったか、覚えていませんか。
    横浜臨海公園さんから1978年には跨線橋はあったと教えていただきました。
    このブログ最初のコメントです。

    資料調べは私の趣味です。事実に基づいた浪漫主義とかいかぶっていただければ嬉しい。つまり限界があるということです。
    By妻のロマン主義は、ひたすら奔放な想像力をエネルギーとします。したがってどこまで広がるか、本人も知りません。

    堀辰雄記念館訪問記、4トラのブログになっていれば、場所を教えてください。
    2023年02月09日08時07分 返信する

    Re: 風立ちぬ いざ、生きめやも

    堀多恵子の「葉鶏頭」を読み直しました。
    面白いことが書いてありました。
    1968年夏のことのようです。
    信濃追分の家の芝生で、多恵子は訪ねてくる女子高校生たちと、輪になって話したことがあるそうです。こういう機会は珍しくなかったような感じです。
    ということは、1970年の前日光さんも、もうちょっと勇気があれば、多恵子と芝生で話ができたのです。
    残念でした。
    私と言えば、1966年では堀辰雄の家がどこにあるか知りませんでした。勉強不足でした。
    多恵子という人は、かなりきさくというか、ざっくばらんな人だったようです。

    同じ本に、堀辰雄が書きたい小説の話しを多恵子にしたという場面があります。信濃追分での晩年のようです。
    「僕の受胎告知図と言っていた牧歌的な小説」昭和16年の大原美術館でグレコの絵を見たことがモチーフになっていたらしい。
    モーリアックみたいな小説、伊勢物語、万葉の女性の話、キリシタンもの、など。
    内容なども話していたらしい。多恵子一人が読者の小説がかなりあったようです。

    このネタは堀辰雄シリーズのどかで使おうと思いました。
    忘れないようにここに書いておきます。
    そのときは花の女子大生前日光さんにもふたたび登場してもらおうと思っています。
    2026年01月13日16時04分 返信する
  • そうだったんだ!

    やはり上野国は、古代においてもかかあ天下だったんですね?
    名字が妻の実家のままというのも、生まれた子供が夫の姓を名乗るってことも、日本的ではないですよね。
    上野には、古くから渡来人が住んでいたのでしょうかねぇ?

    長い階段、ギョッとしますが杖が置いてあるとは親切です。
    私は出雲の韓竈(からかま)神社に行ったとき、登り口に杖があって、今よりは少し若かったので「なんじゃ、こりゃ!」と思って使わなかったのですが、登り初めてすぐに後悔しました!
    しまった!なんで持ってこなかったんだろと思ったときには、すでに半分以上登っていたので諦めたのですが。
    こういうときには若ぶらないで、好意に甘えた方がいいみたいですね(*´∀`*)

    山上碑も金井沢碑も山の上にあるのかぁ(^_^;)
    上野には「マザコン」と「かかあ天下」のルーツの碑が、しっかりと保存されているのですね!
    ここに「粉もの」の碑かなんかがあれば、上野コンプリートですね(^^)/


    前日光
    2023年02月08日12時01分返信する 関連旅行記

    Re: そうだったんだ!

    渡来人の移住がはっきりわかるのは埼玉県の高麗神社あたりですが、上野にも古くから来ていたでしょうね。驚くのは、彼らが驚くほど早く、完全に先住民と同化してしまったことです。斉明、天武の朝鮮出兵の失敗で、敗走する日本軍と共に、数千人、多分1万人くらいの百済人が、日本に亡命したはずです。この百済人というのが、ひょっとして日本語に近い言葉を話していたのではないか。すると同化も早いはずです。
    13世紀以前の古代朝鮮語については、ほとんど何もわかっていないそうです。

    「ヤマトタケルの空白の旅路」ではこのあたりをやりたいのですが、なかなか辿り着けません。

    杖は大事。上らぬ先の杖と申します。杖があれば遠慮なく使わせていただくことにしています。

    「粉もの碑」いいですね。
    それにしてもあの「焼きまんじゅう」のルーツはなんなのでしょう。何かを入れればいいと思うのですが、群馬県人はどうして何も入れないのか。
    碓氷峠を越えて軽井沢にも焼きまんじゅうは進出していました。なにか軽井沢的に洗練したのかなと思いましたが、試してみませんでした。
    最初に食べた時の、あの空虚感がトラウマになっております。
    2023年02月09日07時12分 返信する
  • 元祖マザコン!

    こんばんは、しにあさん&by妻さん

    そうでしたか。。上野の国には7世紀末、優秀な僧がいたのですね?
    たぶんこの僧のマザコンというのは、大まじめに母親を愛していたという、息子が母を愛して何が悪いのか?と、邪心のない、母への思いやりに満ちた息子さんだったのでしょう。
    母親の愛情をたっぷりと受けた、何事にもまじめな息子、きっと草花とか小動物とか、この世に存在するものをあまねく愛するという希有な心の持ち主だったのかも。
    なんだか清らかな気持ちになるようなお話ですね。

    石の鴟尾っていうのも、初めて聞きました。
    屋根に載せたら重かったでしょうね(O_O)
    建物は安定するのかな?

    階段の途中でひぃはぁ言っているしにあさんを尻目にスイスイと追い越し、得意顔で上から目線のby妻さんが思い浮かび、フフフと思わず笑ってしまいました(^0^;)
    とは言え、我が家はこの反対になります。
    私がひぃはぁと追いかけることに、いつもなります。
    寺社に階段はつきもの!四国の金比羅さんに行くことは、おそらくないでしょう。
    でも奈良の音羽山観音寺には、なんとかして行ってみたいと思う今日この頃です。

    七世紀末の元祖マザコン男子、おもしろく拝見させていただきました(≧∀≦)


    前日光
    2023年02月06日23時41分返信する 関連旅行記

    Re: 元祖マザコン!

    石のシビというのは私も初めて。瓦なら中は空洞ですが、石だとムクです。中をくり抜いてあるとは聞いていません。
    どうやって持ち上げたのだろう。
    火事の時に水を吐く動物とは知りませんでした。スプリンクラーのようなものですね。あったらいいな~と思った古代人の気持ち、わかります。

    階段はきつい。なんとか鍛えねばと思っているのですが。一番効果的なのは10キロ減量。でも私はお腹が減ると機嫌が悪くなるので、By妻が迷惑します。
    By妻は元気なものです。50年前、多分60年前と体重が変わらないはずで、これが坂道に強い原因でしょう。

    マザコン長利さんの石碑、どうみても個人的な理由で作られています。そういう石碑が7世紀だというのがびっくりです。上野の古代人というのは、もっと現代人に近い心の動きをしていたのではないかと思います。
    なにか心が和みます。
    2023年02月08日16時39分 返信する
  • 神がかり⁈

    しにあさん、by妻さん、おはようございます。
    この冬最大の寒波、寒さに凍えんばかりの毎日、年寄りの常で、朝方自然の欲求にあらがえず。二度寝の為にお布団に潜り込むまではいつものことですが、その時ふと、「最近ブログアップされていないよね⁈」と神様のお告げがありまして、、見つけました。20日⁈ 一週間前にアップされていた(*_*; 前置きはこの辺にしておきます。

    甘じょっぱい青春の物語、はじまりはじまり~、今回イントロですねぇ。1966年と言えば、私10歳の小学生。大学生の姉が、我が家に東京のかほりを持ち込み、漠然と東京に憧れ出した頃です。私も赤毛のアンに始まり→シャーロックホームズ、怪盗ルパン→アガサクリスティー等々、シリーズものにはまっていました。

    56年前の記憶をたどり、呼び起こすという!! 3か月前の記憶さえ消滅時効に迫られている身にとっては、想像を絶する壮大な試みです。

    信濃追分駅って、確かに「堀辰雄ってだあれ?」な私にとってはただの田舎の駅、とも言えますねぇ。線路を渡る前に下りる階段、列車が来るとすき間を覆う鉄板がかぶせられるシステムですよね?列車が発車したら、その鉄板が上げられて、階段通路に戻るやつ、以前久大線のJR駅にありました。
    4tr史上最上最高のイチオシ写真、思い入れの強さ、と、客観的事実、評価⁈ との乖離があるかもしれません(笑)

    バナナといえば、昔はおともだちの誕生会のテーブルに、必ず大きな人一房が、で~ンと鎮座しておりました、あの時代は高級果物だったのかも。今や安価で栄養価高い優等生の位置付け。
    作家さんのお宅を訪ねた事はありませんが、偶然にも遭ってしまったことはあります(何度もブログにアップしたので今さらですが)。20代で、大好きなギタリストのロンドンのお宅を訪ねましたが、もちろん会えませんでした。

    工事中の道路をずんずん歩くマイペースなしにあさんと、周りを気づかいつつ~歩を進めるby妻さん、その思いが旗振りのおねいさんにも伝わったのでは?

    ボーボワール、サルトル、カミュ、ハマっていた青春の想い出、流行ったのは私の少し前の世代でしたが、実存主義、響きからかっこいい。本質が理解できていたとは思えない、のはもちろんのこと。

    残念ながら、読んだことがない「堀辰雄」氏についてはコメントできませんシクシク…
    というわけで、「堀辰雄」氏をめぐる冒険シリーズ、生温かく見守ってまいりたいと思います(^^♪
    2023年01月27日08時55分返信する 関連旅行記

    Re: 神がかり⁈

    こちらも寒かったですよ~ マイナス5度。そういう温度は想定されいない土地ですから、水道管が凍らないように夜通しチロチロと水を流しました。水道代が怖い。

    このシリーズは、堀辰雄のお話というより、多恵子夫人が主人公。多恵子の随筆を読んだ人は少ないので、直接引用を入れて、わかりやすくします。同じく堀辰雄も作品より、出した手紙、来た手紙がネタですので、引用入れます。
    引用が多いと読みにくいのですが、ものがモノだけに仕方がありません。
    10回くらいの予定です。増えるかも知れません。

    文学論などやる気なし。堀辰雄と多恵子の出会いから婚約までのいきさつとか、本邦初公開、週刊誌的ネタも出てきます。
    堀辰雄は、向島の自宅では、銭湯に行く時、「あたい、銭湯に行くわね」と江戸弁で言ったんですよ。こういう話満載でやります。

    鉄板を上げ下げする階段の踏切、見たことありません。ホームから階段を降りて踏切を渡って向こう側のホームに上がるやつは、普通にありました。
    久大線、いい響き。写真見たらディーゼルみたい。複線ですか?
    九州は毎回レンタカーですから、福岡周辺以外電車は乗ったことがありません。
    そのうち車の運転をやめたら列車で旅するブログをやります。その時はやってみたい「久大線の旅」

    作家に偶然会ってしまったというブログはどれですか?
    2023年01月27日11時25分 返信する

    Re: 神がかり⁈

    こちらも寒かったですよ~ マイナス5度。そういう温度は想定されいない土地ですから、水道管が凍らないように夜通しチロチロと水を流しました。水道代が怖い。

    このシリーズは、堀辰雄のお話というより、多恵子夫人が主人公。多恵子の随筆を読んだ人は少ないので、直接引用を入れて、わかりやすくします。同じく堀辰雄も作品より、出した手紙、来た手紙がネタですので、引用入れます。
    引用が多いと読みにくいのですが、ものがモノだけに仕方がありません。
    10回くらいの予定です。増えるかも知れません。

    文学論などやる気なし。堀辰雄と多恵子の出会いから婚約までのいきさつとか、本邦初公開、週刊誌的ネタも出てきます。
    堀辰雄は、向島の自宅では、銭湯に行く時、「あたい、銭湯に行くわね」と江戸弁で言ったんですよ。こういう話満載でやります。

    鉄板を上げ下げする階段の踏切、見たことありません。ホームから階段を降りて踏切を渡って向こう側のホームに上がるやつは、普通にありました。
    久大線、いい響き。写真見たらディーゼルみたい。複線ですか?
    九州は毎回レンタカーですから、福岡周辺以外電車は乗ったことがありません。
    そのうち車の運転をやめたら列車で旅するブログをやります。その時はやってみたい「久大線の旅」

    作家に偶然会ってしまったというブログはどれですか?
    2023年01月27日11時25分 返信する

    Re: 神がかり⁈

    例によってイミフの4トラ警告が出て、パスワード入れて送りなおしたら、同じのが2回出ました。どうなっているのか、4トラ事務局。
    2023年01月27日11時28分 返信する

    Re: 神がかり⁈

    九大線は単線?処により複線、とかってあり得ますか?天気予報じゃああるまいし(-。-;
    作家に遭遇したのはブログじゃなくて一枚の写真を何度か使い回しています。フィウミチーノがレオナルドダヴィンチ空港だった時代、例によってうちのバッカスくんが空港内のカフェでビール飲もうと立ち寄ったお店に座っていらした、村上春樹氏とバッカスくんの、貴重なTwo Shot 撮影by 私♪
    このシリーズ、長編になりそうですね? 期待してます^o^
    2023年01月27日15時19分 返信する
  • やっとPCが新しくなりましたが。。。

    未だに「申し訳ありません。この画面に到達できません」というメッセージが出てきます。モデムがくたびれているのかもしれません。
    この問題が解決しないので、まだ完璧ではありませんが、とりあえずコメントしますね。

    「多胡碑文」と「続日本紀」の記述が対応しているとの発見、すばらしいですね!
    「多胡」、すなわち「胡人が多い」との解釈、by妻さんならではの縦横無尽な発想が楽しいです。
    そして「羊氏」、謎の存在ですね。
    上野国は「銅」という資源があるので、「和銅」という元号が生まれ、秩父の銅を発見したのは「羊太夫」という具合につながり、未年には参拝客も増える「羊神社」等々、楽しく拝見させていただきました。
    もっと長くコメントしたいのですが、いつ「申し訳ありません。。。」のコメントが現れるか分かりませんので、今回はこの辺にさせていただきます。

    猛烈な寒波で、千葉県でさえ雪が降ったとか(O_O)
    いかがお過ごしですか?
    風邪には要注意!ですね。
    では(^_^)/~


    前日光
    2023年01月25日16時44分返信する 関連旅行記

    Re: やっとPCが新しくなりましたが。。。

    PCを換えても治らないのであれば、インターネット環境の問題でしょうね。モデムか、屋内が無線RANならばルーターか。両方とも再起動されているとは思いますが、私も以前ルーターがおかしくなって、再起動一発で、なんとなく治ったことがあります。
    私の方のプリンターの問題も、特に何もしませんでしたが、なんとなく治りました。自動でPCのソフトの更新があったせいかな。よくわかりません。

    高崎、前橋あたりまで来ました。だいぶ前日光さんの縄張りに近づいてきました。北関東古代史は実に奥が深い。食べ物がもうちょっとおいしいといいのですが。こんにゃくと焼きまんじゅうではね~

    武蔵、上野を回るヤマトタケルの空白の旅路を追うつもりが、本題に辿り着く前に迷走しております。
    このあと堀辰雄に行っちゃいますので、当分お休みです。青木繁の残りもあるし、竹久夢二もやってみたいし、目移りして困ります。

    堀辰雄は前日光さんごひいきでしたよね。2月に雪の軽井沢と信濃追分を見てきます。マイナス10度だそうです。

    普通房総特に九十九里あたりは寒さは大したことないのですが、今回はマイナス5度です。朝7:50ですが、外はまだマイナス4度。水道管が凍らないように一晩中チョロチョロと水を流しています。水道代が大変そう。
    雪は降らなくて、毎日絶快晴です。
    そちらは前がついても日光ですから、さぞかし寒いのでしょうね。
    2023年01月26日07時55分 返信する

しにあの旅人さん

しにあの旅人さん 写真

8国・地域渡航

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しにあの旅人さんにとって旅行とは

うーん、何か気の利いたこと言わなければと、思うのですがね。

自分を客観的にみた第一印象

トラベラー名、「たびと」と読んでください。

大好きな場所

ヨーロッパ、カナダ、オリエント

大好きな理由

日本人が嫌われていない、入国にビザを取れとかうるさくない

行ってみたい場所

南イタリア、スコットランドの北ハイランドのそのまた北のほう、イベリア半島、ギリシャのエーゲ海クルーズ、トルコ、エジプトのナイル河クルーズ、カナダのプリンスエドワード島、白夜とオーロラ、フランスのアビニオン演劇祭、多分その辺りでこっちの寿命がタイムアウト。

現在8の国と地域に訪問しています

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