2022/04/07 - 2022/04/07
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しにあの旅人さん
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上野三碑二つ目、山上碑。
建立が681年(旧暦)10月3日と分かっています。作ったのは放光寺の僧長利、目的は亡くなった母、黒売刀自(くろめとじ)の供養のため。
ここまで詳しいいきさつがはっきりと分かっている石碑は珍しい。しかもそれが国家大事業のナンチャラかんちゃらではなく、母親への追慕、まったく個人的な事情でした。
お母さん大好き長利さん、元祖マザコンです。
しかも長利の勤め先放光寺が、ここから遠くない、直線14kmくらいに、山王廃寺跡として残っているのです。
7世紀末の、母と子のロマンのあとを訪ねてきました。
参考書は上野国寺社旧跡めぐり4に並べておきました。引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。
投稿日:2023/01/05
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
山上(やまのうえ)は地名と思っていましたが、本当に山の上だった。
近頃はよる年波、階段が苦手なのです。三碑のうち最強の階段の上にありました。 -
駐車場から歩いてきて、このへんで怪しいなとは思いました。
-
階段だ。
-
でたあ!
昔は地名から「山名村碑」とか呼ばれていたそうですが、1926年に黒板勝美という研究者が「山ノ上碑」にしました。その名にふさわしい。 -
By夫瀕死の図。
一書に曰く、
賢くなったような気がする旅、第二弾です。
いつもは野っ原を行くのですが、今回は山路。
山に登りながら考えました。遺跡というモノは、不思議に山上にあります。
空に対する憧れなのでしょうか。
重たくて邪魔な体が消えたら、魂は自由に羽ばたけるということなのでしょうか。
そして、その魂にアッピールするために、高い陵を造ったりしたのでしょうか。
デブって、歩けなくなっているby夫を振り切り、サッサと上りながら、
by妻は古代人の心に寄り添います。ヒヒ
By妻 -
なんとか上り終わると、覆屋と古墳が待っていました。
山上碑が納められている覆屋です。 -
黒売刀自が葬られた古墳。
-
もわ~とヘンな物が移っておりますが、ガラスに映った私です。
一書に曰く、
たいへん親切にガラス窓の横に、ボタンが有りまして、押すと説明が流れます。
試してみましたら、明るい女性の声でした。
内容は、博物館で知ったことでしたが、ここから上野三碑巡りを始める人もいますからね。
英語の説明もあったように記憶しております。
By妻 -
むかって右側面から。
-
碑の銘文の拓本です。表面を磨いていない自然石に彫ってあります。デコボコだから、文字を彫るとこうなります。
一書に曰く、
この字いいですよね。
好きだなあ。
長利さんの字だろうか?
素朴で純真な心が顕れた字です。
人間、中々こういう字は書けません。
体裁だとか見栄だとか、あ、同じか。
とにかく、そういう世俗の垢を身につけることが成長ですからね。
かっこつけを、かなぐり捨てることができるのは、そうとう悟った人間でしょう。
長利さんは、なかなかの人物と見ましたよ。
By妻 -
書き起こし。
高崎市教育委員会事務局文化財保護課のHP「上野三碑」より。現代語訳も同じ。
現代語訳
「辛巳年(天武天皇十年=西暦六八一年)十月三日に記す
佐野屯倉(さんのみやけ)をお定めになった健守命(たけもりの・みこと)の子孫の黒売刀自。これが、新川臣(にいかわの・おみ)の子の斯多々弥足尼(したたみの・すくね)の子孫である大児臣(おおごの・おみ)に嫁いで生まれた子である(わたくし)長利(ちょうり)僧が母(黒売刀自)の為に記し定めた文である。放光寺の僧。」
これも多胡碑と同じような、日本語の語順に漢字をだらだらと並べた古代日本文です。
「集」は「十」と音が同じで10月。分からない字と固有名詞は適当に読みます。「孫」は子孫だそうですが、似たようなもの。
現代語日本語の知識で充分読めます。
「辛己歳10月3日に記す。
佐野三家を定めた健守命の孫の黒売刀自が、新川臣の児の斯多々弥足尼の孫の大児臣と結婚して、生まれた児が長利僧。(私が)母の為記した文なり。放光寺僧。」
文章日本語の元祖です。
放光寺のえらいお坊さんである長利さんが、「私はこういう名門の生まれの母と父の子なんだぞ。その私が、愛する母の為この碑を建てたんだ」と言っております。
一書に曰く、
ところで、長利さんは、いったい何のために、この碑を建立したのでしょうか。
わが血筋の尊いことを、世間に知らしめて、
皆の者、ひれ伏せ!
なんだろか?
なぜ?父方の血脈ではないのか?
父方はたいしたことなかったのでしょうか。
By妻 -
覆屋の隣が山上古墳。
黒売刀自はここに葬られ、その記念に石碑を建てたのでした。
長利は放光寺のえらいお坊さんでした。当時トップレベルの知識人です。
登ってくるだけでも大変な丘の上、そこに大きな石碑を運び上げました。当時でも相当なお金がかかったはずです。
長利は母を深く愛していたのです。
7世紀末、この地でどんな母と子の物語があったのか、ロマンですね。
石碑は父の大児臣に捧げられたものではない。なにか、余計なことを思いつきます。 -
古墳そのものは7世紀半ばに築造されたものです。佐野三家一族が葬られ、681年、黒売刀自が追葬されました。
「佐野三家」は黒売刀自の実家です。この時代は嫁に行っても、死後は実家の墓に戻ってくる慣わしだったそうです。
681年ごろがどんな時かというと、壬申の乱の戦後、やっと10年。
天武天皇と菟野皇女が飛鳥で統一国家建設に日夜がんばっていた時代です。
大来皇女は20歳で伊勢の斎宮、大津皇子は18才。
大分の君恵尺が古宮古墳に葬られたのは675年ごろ。
本薬師寺が建てられ始めたのが680年。
草壁皇子が束明神古墳に葬られたのが690年ごろ。
一書に曰く、
この時代、天武側か、大友皇子側か旗幟を明らかにせねばならなかった。
又は、一度は負けた側に着いてしまった。それを挽回するために、わが家系はと、表明しなくてはならなかった。
どっちか。
勝った側について記念碑って事は、絶対ない。
それだったら、そう書くはず。
いったい、何のために造営したのでしょうか。 -
黒売刀自って、なにものなのでしょう?
碑文に
健守命という名前が出てきます。
この人が、この一族の祖。
佐野三家を定めたのですよね。
そしてくださったのです。
そんなこと出来る人物って、中央の人ですよね
そこで思い出すのは。ヤマトタケル。
健だし。
もしそうなら。そりゃあ尊重される血脈だわね。
またこういう字があります。
足尼
説明文によると、すくね と読むらしい。
足尼ですくね?
読めないように思うのですが。
ここは、したたみたるのあま、と読んで、この人は、女性ということにしたらどうでしょう。
つまり、この時代の上野国では、まだ女系継承があった。
だとすると、黒売刀自は、女系家族の長、この一族の首長であった。
そして、その一族は、かのヤマトタケルにもつながる血筋である。
であるから、壬申乱のときに、大友皇子側に付いたのは、失敗であったが、わが家系ほどの家系は、この上野にはいないのだから、処罰は無しにして頂きたい。
というアッピールではなかったかと。
われながら、よくもまあ!
思いつくもんだ。
でもね、文章にすると、真実のような気がしてくるのです。
おそろしいです。
By妻 -
山王廃寺跡
▲▼▲▼▲ -
山上碑と山王廃寺の位置関係。目印は高崎駅。現代の徒歩コースで約17kmです。
-
7世紀後半に建てられた東日本最古の大寺院でした。
大正時代初めに発見され、現在までに80m四方の回廊に囲まれた遺跡が確認されています。 -
塔の心礎が発掘されました。
-
こういう巨大な柱でした。(「山王廃寺跡」より)
-
鴟尾を収める覆屋です。
-
金堂や講堂の屋根には、巨大な石の鴟尾がのっておりました。火災の時には口から水を吐き出すとされた空想の動物だそうです。
鴟尾は通常瓦なのですが、ここでは石でした。非常に珍しいそうです。 -
北に講堂、南に金堂と塔が並ぶ、奈良斑鳩の法起寺式伽藍配置です。(「山王廃寺跡」より。以下資料からの引用は同じ。)
-
復元図です。
建造者はヤマト中央との密接な関係のある上野の有力豪族、上毛野君(かみつけのきみ)と考えられています。 -
「放光寺」とヘラ書きされた瓦。
1981年(昭和56年)の発掘調査で、「放光寺」「放光」と書かれた瓦が発見されました。
山上碑を立てた僧長利は、放光寺に勤めておりました。山王廃寺は放光寺であると考えられています。 -
「放光」とスタンプされた瓦。
-
現在の宮鍋神社。
-
宮鍋神社現地案内より。
上野国府政庁推定復元図です。「山王廃寺跡」より。 -
総社古墳郡といわれる5世紀後半から7世紀末にいたる古墳がいっぱい築造され、国府から放光寺にかけて7世紀後半の上野国の中心がありました。
長利の母方佐野三家も、父方大児臣もこのあたりに屋敷を構えていたのではないか。
長利はこの辺りで生まれ、育てられ、優秀であったので放光寺、または都に留学して学問を学んだのではないか。
それ以上のことを想像する材料は何もありません。長利と母黒売刀自の強い結びつきのロマンが、このあたりであったと想像すると、上野の古代史が楽しくなります。
黒売刀自さん、いい息子を持ちました。優秀な息子です、息子をネコかわいがりしたのであります。そりゃ、お母さん大好きになります。
山上碑は、我が国最古のマザコンの記録であります。
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この旅行記へのコメント (12)
-
- 前日光さん 2023/02/06 23:41:55
- 元祖マザコン!
- こんばんは、しにあさん&by妻さん
そうでしたか。。上野の国には7世紀末、優秀な僧がいたのですね?
たぶんこの僧のマザコンというのは、大まじめに母親を愛していたという、息子が母を愛して何が悪いのか?と、邪心のない、母への思いやりに満ちた息子さんだったのでしょう。
母親の愛情をたっぷりと受けた、何事にもまじめな息子、きっと草花とか小動物とか、この世に存在するものをあまねく愛するという希有な心の持ち主だったのかも。
なんだか清らかな気持ちになるようなお話ですね。
石の鴟尾っていうのも、初めて聞きました。
屋根に載せたら重かったでしょうね(O_O)
建物は安定するのかな?
階段の途中でひぃはぁ言っているしにあさんを尻目にスイスイと追い越し、得意顔で上から目線のby妻さんが思い浮かび、フフフと思わず笑ってしまいました(^0^;)
とは言え、我が家はこの反対になります。
私がひぃはぁと追いかけることに、いつもなります。
寺社に階段はつきもの!四国の金比羅さんに行くことは、おそらくないでしょう。
でも奈良の音羽山観音寺には、なんとかして行ってみたいと思う今日この頃です。
七世紀末の元祖マザコン男子、おもしろく拝見させていただきました(≧∀≦)
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2023/02/08 16:39:16
- Re: 元祖マザコン!
- 石のシビというのは私も初めて。瓦なら中は空洞ですが、石だとムクです。中をくり抜いてあるとは聞いていません。
どうやって持ち上げたのだろう。
火事の時に水を吐く動物とは知りませんでした。スプリンクラーのようなものですね。あったらいいな~と思った古代人の気持ち、わかります。
階段はきつい。なんとか鍛えねばと思っているのですが。一番効果的なのは10キロ減量。でも私はお腹が減ると機嫌が悪くなるので、By妻が迷惑します。
By妻は元気なものです。50年前、多分60年前と体重が変わらないはずで、これが坂道に強い原因でしょう。
マザコン長利さんの石碑、どうみても個人的な理由で作られています。そういう石碑が7世紀だというのがびっくりです。上野の古代人というのは、もっと現代人に近い心の動きをしていたのではないかと思います。
なにか心が和みます。
-
- mistralさん 2023/01/07 19:52:03
- 山上碑
- しにあの旅人さん
by妻さん
あけましておめでとうございます。
日頃のご無沙汰のお詫びを申し上げますとともに、今年一年も
よろしくお願いします。
タイトルにある「元祖マザコン」の文字は確かにインパクトがありますが
現代のおのこの弱々しいイメージのマザコン像とは少々違う姿を、私は想像しました。
実家のお墓に追葬された母親にあたる黒売刀自さん、
そのそばに巨大な石碑を建てた息子さんの僧・長利さんは当時はすでに法光寺の要職に
あったのでしょうから、母親の追悼の為と、さらには自らの出自を明らかにして
おく為の建立?だったのかも、と想像しました。
石碑に彫られた文字は味わい深いものですね。
自然石に彫ったとのことで、よくここまで摩耗することなく伝えられてきましたね。
高崎市教育委員会のあっぱれなお仕事?
代々の郷土の方々が大事にお守りしてきたのでしょうか。
お寺の遺構の保存状態も素晴らしい様子がうかがえます。
石碑はかなりの数の階段、400段ぐらいありそう?を登ったところに位置している。
それはやはり少しでもお空に近い地に建立したくなりそうですね。
亡くなった人々の魂と交信?するには、できるだけ高みを目指したくなりますね。
しにあさんの苦手な階段の上り、途中で息を切らせてひと休みされているお姿が
激写されていますので、お気の毒なことでした。
kummingさんからのコメント中、普段使わないような読めないような漢字の入力に、
私はIMEパッドという機能をつかいます。
下のタスクバーにある「あ」または「A」を右クリックするとIMEパッドというのが
ありますから、それをクリックすると文字を書くための枠があり、そこに読めなくても
へん、かんむり、などから順番に書いていくと、たいがいはおんなじ漢字が出てきます
ので、それをクリックすると文中に入れることができます。あ、カーソルは
入力しようとする場所においておきます。
中には、そうやっても最後のところで画面には入力出来なかった、ということも。
お試しくださいませ。
余計なことまで書きました。
既にご存知でしたら、お目をつぶって下さい。
それでは今年一年も、ワクワクできる旅を致しましょう。
mistral
- kummingさん からの返信 2023/01/07 21:12:07
- Re: 山上碑
- しにあさんご本人のお返事に先んじてしまい、ごめんなさい。mistralさんのお教え通りに実践してみて、well done ^o^
鴟尾(しび)と読むのですね。ついでに囊胞(のうほう)も解読♪こっちは伊語のsacellumの訳で出て来て、わけワカメ(°_°)
今後はIME パッド、重宝しそうです。ありがとうございました♪
この場を借りて、本年もよろしくお願いいたします。
- mistralさん からの返信 2023/01/07 22:49:31
- Re: 山上碑
- kummingさん
早速、試されたとのこと。
でも良く考えてみたらIMEパッドは、古い漢字などで
変換しようとしても出てこないような漢字を使いたい時の
ツールなので、
「鴟尾」の読み方を知りたいときには、ちょっと厄介そうですね。
それでも大丈夫でしたら良いのですが。
私も、この場をお借りして、今年も
よろしくお願いします。
mistral
- しにあの旅人さん からの返信 2023/01/08 18:27:00
- Re: 山上碑
- 本日以来朝我番号稗申請
疲労困憊
諸姉乞翌朝我返事
- しにあの旅人さん からの返信 2023/01/09 07:12:06
- Re: 山上碑
- おはようございます。
今年もよろしくお願いします。
コメのやり取りでもり上がりましょう。
きのうは終日マイナポイントの手続きで奮闘しておりました。
ダラダラインチキ漢文、どこまで通じたでしょうか。
「我番号稗」はマイナンバーカードのつもり。マイナポイントだと「我番号得点」とか。
「乞翌朝我返事」は意味が逆になりますね。「乞待翌朝我返事」だと翌朝まで返事を待ってください、という雰囲気になるかも。
いずれにしても、日本語の語順でダラダラと漢字を並べる文章は、漢文文法完全無視なら、それほど難しくない。
当時でも漢字がある程度書ける人は、私たちの電話以前のハガキみたいに、こんなふうに気安く竹ヘラとか木っ端に書いていたのではないですかね。米おくれとか、明日行くよ、とか。
いずれにしても些細な用事で、もらったらすぐ捨てちゃうから後には残らない。
IMEパッドという手があったか。かったるそうで使っていませんでした。
難しい漢字を当たっていたら、JIS第4水準というのがありました。第2まであるのは知っていましたが、4まであるんだ。どこまであるんだろう。
ずっと↓のpedaruさんのコメにあるように、母親思いとマザコンは紙一重、というか同じ。現代では娘がいつまでも母親ベッタリは普通です。この時代マザコンがあるので、娘のベッタリも同じ。黒売刀自さんには娘もいたでしょう。幸せな一生を送ったのでありましょう。
次回の金井沢碑で出てきますが、この時代は女中心の家族で、父親は影が薄かったみたい。あっ、現代も同じか。
7世紀末の上野でも、現代と同じような親子関係があって、それが石碑に残っているなんて、何やら感動的です。
-
- kummingさん 2023/01/06 20:17:17
- 絶好調♪
- しにあさん、by妻さん、明けましておめでとうございます♪
年の初めから絶好調のby妻さん新説。なるほどなるほど、たぶん、おそらく、きっと、絶対そうにちがいない、と読むほどに確信は固まるばかり、書かれたご本人が信じておられるからこその効果では?大友皇子側についた失敗を、ヤマトタケルに繋がる由緒ある家柄をたてに、生存の道を模索した!そんな高貴な血筋の母に愛されて育った長利さん、あの文字が顕すように素朴で純粋、世俗の垢を身につける必要もない、純粋培養でいらしたのでしょう。
碑銘文の拓本のくだりで、思い出したのは、子どもが高校に親のサインを持っていかなきゃ、って事があって、「ちゃんと親にサインしてもらいなさい!」と偽造(子が自分でサインしたと)を疑われ、お持ち帰り、という事がございました。決して達筆とはいえないわたくしの手書き文字、仕事柄人様に手書き文を書く機会も多かった(-。-;
美しい文字、きれいな文字を書く事より、何を書くか、内容こそ命!と子に豪語して今日に至る。そんな私の手書き文字、きっとby妻さんの評価は高いのではないか?(←と希望的観測)
ところで、しにあさんのブログでは、時々読めない漢字に遭遇します。読めないと入力出来ないので、カキコにその単語を使えない。辺やつくりで漢字辞典調べれば良いものを、大体の読み方の見当をつけて、色々入力してみます。この手法、うまく行くことも、行かない事もございます。
息子さんの自慢だった母君の黒売刀自分さん、さぞや天国で鼻高々でございましょう♪
命懸けの階段上りも、旅先ではアドレナリンが助けてくれるのでは?
本年もよろしくお願い申し上げます♪
- しにあの旅人さん からの返信 2023/01/07 07:58:09
- Re: 絶好調♪
- 学校の親のサイン偽造、フランスの息子の学校ではよくある話だったそうです。
疑われたということは、達筆だったということですね。
私は、元々悪筆ですが、1985年ごろ、つまりワープロ黎明期からのワープロ派で、以降文字を手で書くことはありません。それに書痙が加わって、字は忘れるボケも加算され、今はどうにもなりません。
古代ものでは漢字はどうしても難しくなります。グーグルさんで、「木編 ナントカ」とか打ち込むと出てくることがあります。出てこない時はBy妻。彼女は漢字詳しい。
最近は旧仮名を扱うことが多いのですが、「思い」とやって「い」を「ひ」に変えます。メンドー。旧仮名で変換してくれるソフトないものか。
By妻のトンデモ説は、時々、稀に、いいアイデアであることもある。そこで大いにやれと言っております。少し短くして欲しいのですが、いうことを聞きません。
今年も一粒で四度おいしい旅行をどんどんしたいものです。
準備して楽しく、行って楽しく、旅行記を書いて楽しく、コメントのやり取りが一番楽しい。
- kummingさん からの返信 2023/01/07 21:14:42
- Re: 絶好調♪
- いえいえ、親の字が子どもの字とみなされた→子どもっぽい字→by妻さんの評価は高い?
誤解なきよう、よろしく~
-
- pedaruさん 2023/01/06 06:47:51
- 山の上の碑
- しにあの旅人さん&by妻さん
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
山の上の碑にたどり着くには、あの石段を上るのですね、ガーンっ私も同じ心境です。
でも、普段ぜったいに登らない階段でも、好奇心がまさるのですねー。
手すりに摑まる格好の写真は公開禁止ですぞ!by妻さん。
石碑の拓本の文字がすばらしいと評していますが、これなら私の字じゃありませんか。
この寺で褒められるとは、長利も喜んでいることでしょう。
この碑は保存状態がいいですね。発掘されたものでしょうか?
江戸時代の石碑でも割れたり、欠けたり、文字判読不能な碑が多いですが、それは
材質の差か、自然環境によるものか、この碑が自然石のままで表面を加工してないせいか、とにかく古代のものにしてはきれいですね。
もっともギリシャや古代ローマ、トルコの遺跡などの石碑ははっきりと文字が読めますが、その違いが知りたいところです。
あらかじめ説明を読ませていただいたので、碑の意味はおぼろげながら私でも判読できました。マザコンと言っては身もふたもない、母を思う気持ちが強いだけです、って
同じことかっ。
真面目に読めば、ほんとうにおもしろいお話です。しにあさんの旅行記はおもしろさ
抜群です。お二人で組めば、最強ですね。毛利元就の2本の矢と同じです。あれは
3本か!!
pedaru
- しにあの旅人さん からの返信 2023/01/06 10:02:59
- Re: 山の上の碑
- おめでとうございます。
こちらこそよろしくお願いします。
今年こそ自由に旅行できるようになると思います。
イタリア旅行、3年あきました。もう予定めちゃくちゃです。
もうしばらく国内旅行に特化します。なんたって、資料調べが簡単なので、やはりやすきに流れるようです。
階段はダメですね。私の住んでいる九十九里平野は真っ平、自然の坂、階段がありません。町役場の階段くらいなもの。
神社、古墳というと階段がつきものですが、毎回半死半生です。
石碑の保存がいいのは、ほとんど動かされていないからでしょう。
元々この場所にあり、かなり早くから覆屋に入れられていたみたい。前回の多胡碑と同じで、昔のジモティさんたちが大事に守ってきたようです。
なんたって建立年が書いてありますし、地元のちょっとインテリが読めば、古いもので、しかもいわくいきさつがわかります。漢文読むのは彼らは完璧。
江戸時代くらいまでは、「佐野屯倉」といえば、ああ、あのことね、と逆に今より詳しい事情の伝承があったのではないかと思います。
現代の我々は、古文書は特別に勉強しないと読めませんが、昔ははるかに自由に読めたわけで、現代より深い知識を持っていたはずです。
要するに、生半可に古いものより、ずーと古いものの方が、その時代の知識人に評価されて、保護されたということでしょう。
私みたいな初歩の初歩の漢文知識でもナントカ見当がつくくらいで、7世紀以降は、このくらいのだらだら和風漢文はかなり使われたのではないかと思います。北関東の知的レベル侮るべからず、です。ましてや、ヤマトの中心部では。残念ながら残っていない。みんなが石碑建ててはくれません。
元祖マザコンのお話し、受けた。夫婦で喜んでおります。
次回は本舗かかあ天下をぶち上げます。
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