ポポポさんのクチコミ(19ページ)全684件
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投稿日 2016年06月06日
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投稿日 2016年06月06日
総合評価:4.0
ここはサビエンツァ宮殿に囲まれた中庭で、教会は中庭の奥にあります。かつてはローマ大学が「ラ・サビエンツァ」と呼ばれていた頃、この教会は大学の礼拝堂として建てられました。
バロック様式の教会で、窪んだ壁とねじれた尖塔が特徴です。この建物は教皇ウルバヌス8世の依頼により、ボッロミーニが建てた教会です。
訪問した時は修復中で足場が組まれ、中には入れませんでした。後で調べたところ毎週日曜日の午前中しか中には入れないそうです。- 旅行時期
- 2016年02月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2016年06月06日
総合評価:5.0
まず建物の巨大さに驚きます。建物は一部の壁しか残っていませんが全体の大きさを想像すると驚愕してしまいます。
こんな大きな公会堂が古代ローマにはあったんですね。コロッセオ、パンテオン、そしてこのバジリカと巨大な建造物を造りあげた古代ローマの建築水準の高さには舌を巻きます。
このバジリカはマクセンティウス帝が建て始め、コンスタンティヌス帝によって完成されました。
当初入り口は東側でしたが、4世紀末の改築により北側の一部増築と南側の入り口が設けられ、庁舎と元老院議員の裁判所になりました。
建物は南側と西側が激しく傷み、北側の一部と東側が残っていました。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2016年06月06日
総合評価:4.5
アントニヌスピウス帝が皇后ファウスティーナの没後に建てた神殿です。後には皇帝自らもここに祀られました。
コリント式の柱の高さは17メートルもあり、基壇はほぼ完全な形で残っています。11世紀にはこの神殿の中に教会が建てられたため、神殿の列柱は現在まで残りました。
教会が建てられた時は神殿の基壇は土砂の中に埋まっていました。その状態で神殿の中に教会を造ったため、発掘が進んだ現在では他の建物に比べ異常に高い場所が教会の入り口になってしまいました。
階段が無いと中に入ることができません。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2016年06月06日
総合評価:4.5
フォロ・ロマーノの市庁舎寄りにある凱旋門です。門の前は何か発掘中なのかフェンスが張られ、鉄板のおおきな覆いが設けられていて近寄れませんでした。
皇帝セウェルスと彼の息子カラカラとゲタの第6次パルティア戦争の勝利を記念して紀元203年に建てられました。
セウェルス帝の死後カラカラとゲタは共同皇帝として即位しましたが、212年にカラカラがゲタを暗殺しました。
このためこの凱旋門からはゲタに関する物は削り撮られてしまいました。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2016年06月06日
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投稿日 2016年06月06日
総合評価:4.5
ヴェスタの巫子はほぼ10歳未満の貴族の娘から選ばれ髪を肩で切り揃え、白いヴェールとヘアバンドを着け大神祇官の下で30年間に渡り国家の祭事全般に携わりました。
多大な権威を持っていましたが純潔を旨とし、掟に背けばクィリナーレ丘の地下牢で生き埋めの刑にされる定めでした。
巫子の家はヴェスタの神殿の隣にあります。現在の遺構はセウェルス朝時代に再建されたものです。
玄関の右には白い大理石とレンガで造られた礼拝所があり、中に祭壇が置かれていました。玄関から入るとすぐ中庭があり、そこには二つの四角い池がありました。池の周囲には沢山のバラが植えてあったので開花期の5~6月は沢山のバラで美しく飾られていることでしょう。
中庭の奥の突き当たりにある6部屋が巫子の居室で、南側には台所や浴室があり、柱廊で囲まれた中庭の北側には歴代の巫子長の彫像が並んでいました。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2016年06月06日
総合評価:4.5
フォロ・ロマーノにある「かまどの女神ヴェスタ」に捧げられた神殿です。フォロ・ロマーノの中ほどにある円形の神殿で、ヴェスタの巫子の家の隣にあります。
4人(後に6人)の巫子が「聖なる火」を守っていた神殿で、聖室には国家の繁栄を守る「聖なる火」とアイネイアスがトロイアからもたらしたというローマの世界制覇を叶えるパラス・アテナ像が安置されていました。
円形の神殿はコリント式の20本の円柱で囲まれていましたが、現在完全な形の円柱は3本しか残っていません。
なおクチコミ投稿のなかに、真実の口広場に面した円形のヘラクレス神殿を誤ってヴェスタの神殿として投稿されているのが見受けられますが、明らかな間違いですのでここで指摘しておきます。
これは某ガイドブックに、ヘラクレス神殿をヴェスタの神殿と誤って標記している事に起因しているのではないかと思われます。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2016年06月06日
総合評価:4.0
フォロ・ロマーノの中央辺りにあります。ローマを勝利に導いた双子神の神殿で現在残っているのは3本柱の神殿の一部のみです。
昔レギンス河畔の戦いでタルクイニの軍に勝利を収めた独裁官アウルス・ポストゥミウスは、戦闘でローマ軍を助けフォロのユートゥルナの泉で彼らの馬に水を飲ませ、ローマに勝利をもたらした双子神にこの神殿を捧げました。
現在の遺構は第2代皇帝ティベリウスが建てた神殿の一部ですが、土台は紀元前117年、ダルマチア人に勝利した事を記念してメテッルスが拡張修理しており、その時代のものです。
残された白亜の3本柱の神殿の一部からは、この神殿が壮麗なものであったであろうことが容易に想像できます。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2016年06月06日
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投稿日 2016年06月05日
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投稿日 2016年06月05日
総合評価:4.5
クーリアはフォロ・ロマーノにある古代ローマの元老院議事堂です。
元老院議員のスッラが建てた物を紀元前44年にカエサルが改築し、アウグストゥスの時代(紀元前29年)に完成しました。
その後火災にあい、ディオクレティアヌス帝により改築したものが現在残る建物です。
クーリアは現在まで残る古代ローマの建物ですが、これは7世紀にサン・アドリアノ・アル・フォロ教会に転用され補修が続けられてきたからです。
屋根や側壁、後壁は近年造り替えられたものです。中央広場の隣にあるレンガ色の建物は大きく存在感がありました。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2016年06月05日
総合評価:4.0
港の守護神ポルトゥヌスに捧げられた神殿です。神殿の近くの川岸は共和政中期までは荷揚げ港があり倉庫が立ち並んでいました。その一角に立っています。
近くに港があったため海の守護神が祀られたそうです。
イオニア式の建物で、かつて誤ってフォルトゥーナ・ヴィリーレ神殿と命名されたため、その名で呼ばれる事も多いそうです。
この神殿の特徴は横の柱5本と裏面の4本の柱が壁に埋め込められている点です。このような形式を「擬周翼式」と呼ぶそうです。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2016年06月05日
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投稿日 2016年06月05日
総合評価:5.0
フォロ・ロマーノにあります。
紀元前44年3月15日カエサルはトッレ・アルジェンティーナ広場にあるポンペイウスのクーリアでブルータス他の元老院議員らにより刺殺されました。そして彼の亡骸が火葬され、アントニウスが有名な追悼演説をした場所に紀元前29年にアウグストゥスが建てたのが「カエサルの神殿」です。
丸い祭壇とそれを囲む部分に屋根が掛けられた石の基壇程度しか残っていませんが、祭壇には花束が捧げられていました。
カエサルは古代ローマの英雄です。今でもローマ市民により献花が絶えないそうです。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2016年06月05日
総合評価:5.0
フォロ・ロマーノは古代ローマ時代の公共広場で市民の集会や裁判、商取引や政治討論の場として使用されました。
ここには数々の神殿が残っています。中でも神君カエサル神殿にはカエサルが火葬された祭壇が残っていました。そこには市民が手向けた花束が手向けてありました。
現在でもカエサルを偲んで献花が絶えないそうです。
中央広場沿いに長く伸びる大通りは聖なる道と呼ばれ、幾人もの将軍達が凱旋パレードで通った道っです。この道を凱旋したカエサルが行進し、クレオパトラも通ったのでしょうか?
目の前に浮かぶ風景が色々な想像を掻き立てます。ここは古代ローマの政治の中心地、数々の遺跡に感動です。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2016年06月05日
総合評価:5.0
今は亡きエチオピアの英雄アベベ選手がローマオリンピックマラソン競技に裸足で出場し、1位で駆け抜け見事金メダルを獲得したのがこの凱旋門です。
アベベ選手は4年後の東京オリンピックでもマラソン競技で優勝して連続優勝を果たしました。
当時は東京オリンピックでも裸足で走るのかどうかが随分話題になっていました。
私も30数年前にツアーでここを訪れた時は、マラソンの英雄アベベ選手が走り抜けた場所として特別な思いでこの凱旋門を見上げたものですが、今は周囲をフェンスで囲まれてしまい通り抜け出来なくなっていました。
当時のローマオリンピックマラソン競技を知る者としては、この凱旋門を潜ってアベベ選手に思いを馳せたいものだとしみじみ思いました。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2016年06月02日
総合評価:4.5
アレア・サクラとは聖域という意味です。
トッレ・アルジェンティーナ広場には発掘された共和政時代の四神殿があります。
この神殿がアレア・サクラと呼ばれている場所です。
四つの神殿はそれぞれ建てられた時代が異なっているため、北側から順にABCD神殿と呼ばれています。現在見る事ができるのはABCの3つの神殿です。D神殿はその大部分が地中に埋もれていました。
C神殿が最も古く紀元前四世紀から紀元前3世紀に建てられました。
真ん中にあるB神殿は円形で、この神殿の左後ろにポンペイウスのクーリアがありました(現在は壁が残っています)。実はこのクーリアこそ紀元前44年3月15日にカエサルがブルータス他の元老院議員らによって暗殺された場所なのです。
古代ローマ史にとってかくも重要な歴史的場所の前に立つと小さな感動が湧きおこります。- 旅行時期
- 2016年02月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 無料で見れます
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2016年06月02日
総合評価:4.5
ここはカンポ・マルツィオ(軍神マルスの原)と呼ばれ練兵場等に利用された軍神マルスの神殿があったところです。
ポンペイウスが劇場と回廊を建設するなどして建物が増え、古代ローマの新都心敵性格の場所となりました。
この広場はその中心地でアレア・サクラ(聖域)と呼ばれた共和政時代の四神殿がある場所です。またここはカエサルがブルータス他の元老院議員らによって暗殺された場所でもあります。
この周囲にはポンペイウスの劇場、アグリッパの浴場、ポンペイウスのクーリアなどがあったそうですが、現在は発掘された神殿のみ見る事ができます。
アレア・サクラの周囲は柵で囲まれ中に入る事はできませんでしたが、周囲の道路からは見る事ができます。四神殿のうち一番南側の神殿は未発掘の状況でした。- 旅行時期
- 2016年02月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2016年06月01日
ローマ歴史地区、教皇領とサン パオロ フオーリ レ ムーラ大聖堂(イタリア) ローマ
総合評価:5.0
イタリアのローマ市とローマ市の中にあるバチカン市国の飛び地領の世界遺産です。
この世界遺産でバチカン市国というのはローマにあるバチカン市国の教会を指していて、サンピエトロ大聖堂やバチカン博物館などは含まれません。
バチカン市国にあるサンピエトロ大聖堂やバチカン博物館などは、バチカン市国ごとまるまる一国が別の世界遺産に登録されているからです。
1980年ローマ歴史地区としてフォロ・ロマーノ、コロッセオ、コンスタンティヌスの凱旋門、カラカラ浴場が、そしてローマ市内にあるバチカン市国の飛び地であるサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、それと教皇領にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂が世界遺産登録されました。
1990年にはその範囲が拡大されパンテオン、サンタンジェロ城、アウグストゥス霊廟、ハドリアヌス帝霊廟などが追加登録されました。
イタリア国内(ローマ市)にあるバチカン市国の世界遺産(3つの大聖堂)は時間の関係で観光できませんでしたが、ローマ歴史地区の世界遺産、コロッセオやパンテオンは1900年の時を経ても今なお当時の姿を留めていました。特に巨大なパンテオンには感動しました。ローマン・コンクリートで造られた建物は今なお健在です。古代ローマのセメント工法の粋を集めて造られたのでしょうが、古代ローマの建築技術の凄さには驚嘆します。
他の古代建造物もすばらしく、フォロ・ロマーノではローマの歴史の1ページにあたかも自分が居るかのような錯覚を起こさせます。
まさにローマは一日にしてならずを実感しました。- 旅行時期
- 2016年01月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 5.0







































