TTukomiさんのクチコミ(101ページ)全2,295件
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投稿日 2017年04月30日
総合評価:2.0
JRで来ました。湯谷温泉駅を出、飯田線を飯田方面に道なりに向い宇連川にかかる橋を渡った場所にあった。駅より徒歩10分かからない距離。
館内にプールとジムが併用された温泉。利用状況により料金が変わり、温泉のみは610円であった。
内湯と露天風呂があり、両浴槽とも湯は温泉だったが、内湯は茶色、露天風呂は無色。内湯は湯の花による色だとの表示あり。
しかし、両浴槽共に源泉掛け流しではなく、塩素臭がし、上がると身体に塩素臭が染み付く様であった。ただ、温泉施設としては広々としておりその点は良かった。
プールとジムがある為か、地元の人が多く見受けられた。- 旅行時期
- 2017年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 1.0
- 泉質:
- 1.0
- 雰囲気:
- 3.0
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投稿日 2017年04月29日
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投稿日 2017年04月23日
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投稿日 2017年04月23日
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投稿日 2017年04月23日
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投稿日 2017年04月23日
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投稿日 2017年04月23日
総合評価:2.0
徳川家康最後陣跡は、石田三成の陣跡の笹尾山まで直線距離にしたら目の前のような位置にあった。
ここまで前進して来て、勝敗を決着させようとする意気込みを感じた。
現在の陣跡は、土塁に囲まれ整備されている。ただ単に石碑が建っているだけだが。- 旅行時期
- 2017年03月
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投稿日 2017年04月22日
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投稿日 2017年04月22日
総合評価:2.5
岡山狼煙場は、黒田長政・竹中重門の陣跡でもあった。
ここからの眺めは、今は長閑な山間の風景、関ヶ原一帯を見渡せた。さぞかし東軍・西軍のぶつかり合いをつぶさに検証できた事であろうと思われる場所だ。
登り下り口には熊注意の看板があり、こんなところにも出没するのかと疑心暗鬼の中、ビビリながら登る。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 1.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 1.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2017年04月21日
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投稿日 2017年04月21日
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投稿日 2017年04月16日
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投稿日 2017年04月16日
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投稿日 2017年04月16日
総合評価:2.5
大谷吉継の墓は、大谷吉継の陣跡からすぐ側、徒歩1~2分程の鬱蒼とした山中にひっそりと建っていた。傍らには、湯淺五助の墓が並んでいた。
この武将の墓は、唯一、この地でいくさがあった事を実感させてくれた遺物であった。
大河ドラマ真田丸を思い出し、手を合わせ拝む
。- 旅行時期
- 2017年03月
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投稿日 2017年04月16日
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投稿日 2017年04月16日
総合評価:1.0
宇喜多秀家の陣跡の碑は、南天満山の麓の鬱蒼とした天満神社の境内にひっそりと建っていた。
この静かな場所で、当時激戦があったとは想像しがたかった。
何故だか、宇喜多秀家の陣跡の碑の苗字だけが、八丈島へ配流された時に改名した"浮田"になっていた。- 旅行時期
- 2017年03月
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投稿日 2017年04月16日
総合評価:1.0
開戦地の碑は、小西行長の陣跡の前方、島津義弘の陣跡から徒歩5分もかからない距離にあった。
東軍は前進、西軍は迎え撃つ、と思われる形で開戦されたのだなぁと思った。
時の声が上がっている傍らの島津義弘は動かず中央突破で薩摩に帰ったのかと、現地を歩いて凄さを感じた。- 旅行時期
- 2017年03月
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投稿日 2017年04月16日
総合評価:1.0
北天満山の麓の平坦部、梨の木川沿いに小西行長の陣跡の碑はあり、陣跡のすぐ側には開戦地跡の碑が建っていました。
今は静かな平坦部な場所であるがゆえに、当時その場にいた人々の緊迫感との違和感を強く感じました。- 旅行時期
- 2017年03月
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投稿日 2017年04月16日
総合評価:2.0
笹尾山の石田三成陣跡と小西行長陣跡に挟まれた静かな林の中に陣跡の碑はあった。
石田三成陣跡の前は決戦地跡。小西行長陣跡付近は開戦地跡。
陣から動かず、最後にはこの狭い関ヶ原から中央突破で薩摩に帰兵した場面を思うと、その壮絶さは想像出来ない。
小説の世界では文章には出来ない程の場所に陣取っていた事が実感された。- 旅行時期
- 2017年03月
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投稿日 2017年04月02日



























































