pedaruさんへのコメント一覧(22ページ)全3,472件
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里帰り遺産
フランスに36年いて、イギリスには一度も行きませんでした。オランダやドイツもなし。北の方には行きたくなかったのです。食べ物もまずそうだし。
イギリスは、日本に引き揚げてから、2017年に一度だけ行きました。
食べ物がひどかったのは予想通り。でもつくづく36年無駄にしたなと思いました。
もっとも残念だったのはこの大英博物館。宝の山でした。わずか半日で駆け巡りました。
したがってほとんど何も覚えていません。ロゼッタストーンはルーブルのハンムラビ法典とごちゃごちゃになり、どっちがどっちだったけという情けなさ。
「里帰りして展覧会など開かれると大勢の人が押しかけ、里子にだした我が子が大事に育てられたことを知り、感謝さえするが、恨みには思わない。」
同感です。大事にされ、公開されていれば、人類の共有遺産でいいと思います。いつの日か、これはみんなのものなんだよという認識が、共通になる、おおらかな時代が来ると思っています
RE: 里帰り遺産
しにあの旅人さん こんにちは
36年間も抑留でしたか?さぞやご苦労されたことと思います。あ?ソ連ではない?フランスでしたね、失礼いたしました。
外国人といえばアメリカ人だけだと思っていた子供のころの癖が抜けず、国の区別が未だにつきません。
地の利を生かしてヨーロッパ各地を訪問されたと想像しますが、お気に入りのフランスに
べったり、まるで恋女房みたいな国ですね。ま、すてきな奥様と一緒なら、どの国でも幸せに暮らしていたと推察します。
ところで大英博物館は文字通り宝の山ですが、一度に見てしまおうと意気込んで写真を撮りまくり、在庫の山になり、一遍限りで後はお蔵入りにするつもりでいましたが、yunさんと言う方から激励を受け、再度続きを再開することになりました。といっても、知識があるわけでないので、写真の羅列に終わるやもしれません。
ロゼッタストーン、ラムサス2世も後は何を取り上げたら様になるか疑問です。
第2弾以降は面白くはなりませんが、どうかいいねを懇願します、(知事選挙かっ)。
pedaru
2024年07月20日13時12分 返信する -
予習しました
pedaruさま
こんにちはー
わたしも来月ポルトガルへ行くので、pedaruさんの旅行記をこの数日、ボツボツと拝見しました。
突っ込みどころ満載で面白かったです!
エヴォラという土地を知らなかったのですが、とても気になりまして、なんとか予定にねじ込みたいと思っています。
ねこいし(スリ、ストライキ、トコジラミと、皆さんの旅行記でなかなかの事態を拝見し、ややビビっています)RE: 予習しました
ねこいしさん こんにちは
こんどはポルトガルですか?うらやましいです。
ポルトガルは窶れとまでは行きませんが、かなり古い建物が仕方なく建っているかんじです。つまり新しいモダンな建物がいいけど、お金がないしなぁ、とぼやきが聞こえて来るようでした。もし当たっていなかったらごめんなさい。
ねこいし流の見方ではどんな旅行記ができるでしょう?いまから楽しみです。
ああ、それからエヴォラと言う町、エヴォラ出血熱で有名です。街のいたるところに、倒れて亡くなった人の痕跡がありました。マスクの着用をお勧めします。と思い切り捏造いたしました。
pedaru2024年07月06日15時32分 返信する -
船橋市!
pedaruさん、こんにちは。
今回の旅行記は、夫の実家の限りなく近くを訪問なさったみたいなので、
いつもよりも一層興味深く拝見しました。
それにしてもpedaruさんは、発掘の天才ですね。
千葉に貝塚が多かったなんて、全く知りませんでした。
考えてみれば、山だらけで人が住んでいなかった横浜村よりも
平地が多かった千葉の方が、
畑を作りやすいので、
はじめは千葉に人が多く住んでいたのでしょうね。
横浜がこれほど発展したのは、
ひとえに港があって、
貿易が盛んだったからだと思います。
縄文人の洋服、着心地はどんな感じなのでしょう?
一度試着したいような気がします。
貝の種類は本当にさまざまですが、
一つ一つの貝の味わいが、
縄文人には解ったのでしょうか、
それとも、食欲の方が勝って、
味よりもお腹を満たしたかったのでしょうか?
軽石の情報ですが、塩素による水垢も取れるのでしょうか?
ならば早速、アマゾンで買ってしまおうと思っています。
それから黒曜石を手に入れるために、
縄文人が遠くまで出かけたのなら、
帰り道はどうやって覚えていたのかなと、
気になりました。
見所満載の船橋の旅行記、とても楽しく拝見しました。
yamayuri2001RE: 船橋市!
yamayuriさん おはようございます。
いつも書き込みありがとうございます。
船橋がご主人のご実家の近くで、見覚えのあるところをpedaruは出没したのかなと、
ご縁を感じました。隣の町なのにあまり訪れたことが無く、行ってみればどこにも興味を惹くところが沢山ありますね。
ロンドンに旅行した時、二階建てのバスの運転手が、遠くから呼び寄せて話しかけられました。彼は船橋に昔住んでいました、とフレンドリーに日本を懐かしんでいました。
上海の駅でも、青年が日本大好き、船橋に住んでいましたと、言っていました。
軽石は信じられないほどの効果があって、タイルやガラスまでがピカピカになります。
試しに端っこのほうでこすってみてください、場所に応じて軽石の形は選んでください。
ぴかぴか効果はありますが、お顔に使用しない方が安全です(笑)。
昨日あたりから猛暑の気配がありますね、熱中症にならないためにも、旅行は控えめに、
いえ、旅行だけは別物ですか?元気でお出かけしましょう♪
pedaru2024年07月05日06時34分 返信する -
マンホール蓋
pedaruさん、こんばんは。
先日 実は東京と千葉へ、マンホールカードを収集しに行ってきまして
市川市は都心に近く=都会過ぎて、行きそびれてしまいました(^^;)
梨と自然豊かな谷津が、デザインされているのですね。
市川市へ いつの日か機会を見つけて、行ってみたいと思っています。
そしてレンタカーでギリギリ終盤、船橋市へ訪れました(^_^)
市の花サザンカと五大力船が描かれたカードは、ファイルしております♪
ところで千葉県には、約700ヶ所もの貝塚があるのですね。
大阪府に貝塚市がありますが、何か関連があるのでしょうか
「日本一小さい東照宮」も、ちょっと気になっています。
ふわっくま
RE: マンホール蓋
おはようございます。 ふわっくまさん
えーっ 東京、千葉へお出でになったのですね。千葉県は多少山がありますが熊は出没しないはずでしたが、かわいいくまさんなら大歓迎です。
いまやマンホールカード収集家として名を上げてきつつあるふわっくまさんですから、当にご存じだと思いますが、東京都のマンホールは一種類でがっかりの土地です。しかし近年区によってはマンホールの文化的価値を認め(笑)新たにデザインされたものがデビューしたりしていますね。
東京都下の市では独自のマンホールがありますね。
暇に任せて最近貝塚を巡っております。大半は草原のみです。地形などをながめて、遥か縄文の昔を想像したりしています。地味な趣味ですねー( ´艸`)。
いつかは市川にもお出で下さい。私の店は市役所の近くにあります。次にふわっくまさんが市川においでのころは、店はつぶれているかも知れませんが(笑)。
全国のマンホールカードが集まったら、どうしよう?期待で胸が熱くなります。って他人事なのにこんな気持ちになるのは不思議ですね。
pedaru
2024年06月26日06時52分 返信する -
行ってみたい場所のひとつです
pedaruさん、こんにちは。
幼い頃のきんちゃんとの思い出。
せつなくて、でも、ほのぼのとしていて。
ぜひpedaruさんに絵本にしていただいて、読んでみたいなと感じました。
鞆の浦に行かれたとは、羨ましいです。
私も今年、鞆の浦に行こうかと思っていたところです。
生活のにおいと、ノスタルジックなムード。
いいですね。
特別な名所史跡ではなく、
昔から脈々と流れる人々の生活を感じられる場所。
そうした場所は減ってきているので、
無性に行ってみたくなりました。
kiyoRE: 行ってみたい場所のひとつです
kiyoさん おはようございます。
何十年と思い出すことのなかった話ですが、新美南吉の作品を読んで蘇りました。
一生の間に沢山の経験をして、沢山の人と出会い、いろんなことを教えられ、感化されてきました。なぜか年上の人と付き合うことが多くて、お世話になるだけで、先にあの世に旅立たれています。
旅行した土地を良い思い出として大切な心の宝物にしていますが、人から受けた大切なものは、その何倍の価値を持っていますね。あの人はなぜこんな自分たちを気に入ってくださったのかしら、などと損得無しの付き合いを思い出させてくれます。
旅行にもいろんなパターンがあって、私は静かに昔ながらの町を歩くのが好きです。
できればもっと時間を取って、鞆の浦もじっくり見たかったと思っております。
歳を重ねるごとに、嗜好が変わったりして、若いころより物を味わい深く感じるようになりました。毎日が大切に思われて来ます。あと何年元気で街歩きできるかが問題です。
私の気持ちに寄り添ったようなお便り、ありがとうございました。
pedaru2024年06月26日06時31分 返信する -
日本の貝塚のーーー
pedaruさん
こんにちは。
お近くにも多々見どころがありますね。
それにしても日本の貝塚の4分の1が千葉にあったとは知りませんでした。
なるほど、今とは海岸線がかなり違っていたわけですね。
縄文時代の方々にとって貝は嬉しい食べ物ですね!
何しろ逃げないし殻をむくのも容易。
その割にカロリーも高いし貴重なたんぱく質が一杯ですからねーー。
さて、船橋市飛ノ台史跡公園博物館はとても良い施設ですね。
小中学生の教育にはもってこいでしょうが、大人も十分楽しめそうです。
縄文時代の方々の生活を知るのは温故知新の見本でもあります。
軽石は今の若い主婦は絶対知らないでしょうね。
確か重宝しますがこの知識もいずれ古墳のように埋もれてしまうのかしらーー(苦笑)
norisa
Re: 日本の貝塚のーーー
norisaさん こんにちは
全国の4分の1の貝塚が千葉県に・・・はたして喜んでいいのか、悪いのか。ゴミの集積所が多いという事は人口も多かったということにつながります。古墳好きの人は良く聞きますが、貝塚好きはあまりいません、なぜなら発掘作業を見るならともかく何にもないくさ原だからです。
竪穴住居を何軒か作って、縄文時代の体験宿泊などと言って、子供たちを誘い、勉強になるからと親御さんをだまして、高額な会費をとるという
ことを計画しましたが、一軒目を建てる際、柱が倒れて、腰を打ち、それいらい計画は頓挫しております。やはり日曜大工程度ではウサギ小屋が限度だと認識しました。嘘のような本当の話、本当のような嘘の話です。norisaさんなら見分けがつきますよね。
軽石は本当の話です。奥様にお知らせください。
pedaru2024年06月22日15時16分 返信する -
三猿
pedaruさん こんにちは
「言いなりにはならざる、無理難題には従わざる、不正は許さざる」
お座布団20枚でございます!
そうありたいです。
縄文の時代
手先が器用でないと生き辛い時代に思えます。
不器用な私は、その時代ではさぞかし苦労した事だろう…と推測(笑)
模様の細かなマンホール蓋を見て梨が食べたくなりました。
が、果物は年々高価になり手が出なくなる。
苺くらいなら私でも作れますが、梨は無理だ~(涙)
yun
Re: 三猿
yunさん こんにちは
今日はお天気も晴れ間が見えて、トラベラーとしてはどこかお出かけしたいところですが、我が家の松の木も枝が延びてしまい、バブルの頃の経済ならともかく、我が家は冬の時代故、植木屋さんに頼むお金を惜しんで、午前中は私が高い梯子に乗って手入れをしていましたが、暑さに堪りかねて涼しい部屋で休んでいます。
などと旅行記の掲示板らしからぬコメントで失礼いたしました。
アメリカ一人旅のようなタイトルだけで人を集めそうな旅行記と比べて、自転車で巡る貝塚は、私のようなもの好きを覗いては注目されませんが、コメントいただいて嬉しく思います。
不器用だから縄文時代は不向きだそうですが、歩くのが苦手なpedaruも江戸時代には住めません。せめてこっそり電動自転車を利用できるなら江戸時代でも我慢が出来るかも、いや、そのまえに怪しい奴、ということで、伝馬町の牢屋に押し込まれることでしょう。
pedaru
2024年06月22日14時39分 返信する -
倉敷・・・
pedaruさん、こんにちは。
pedaruさんは、二つの大きな才能に恵まれていらっしゃるのですね。
国際デザインコンテストで入賞するような芸術の才能と、
人をしみじみ考え込ませる文学の才能とを、
併せ持っていらっしゃるんですね。
素晴らしいと思います。
倉敷は数年前に訪問しました。
高校時代に感動した大原美術館に、
もう一度行ってみたいと思ったのです。
年を重ねてから行くと、
一層大原美術館の魅力を感じました。
倉敷美観地区は、私も秋に訪問したのですけれど、
やはり夕暮れ近くなると、
コロナ禍だったせいか 誰もいなくなり、
寂しい風情が漂っていました。
私は親友を3人失いました。
1人目は大学を卒業し、子育てをしている時。
彼女は、3人目の子供を産んで癌で亡くなったのです。
どんなにか心残りだっただろうと思います。
彼女とは、大学時代、双子のように一緒に行動していました。
2人目は高校時代の親友です。
彼女はオーストラリアのメルボルンに行ってしまい、
なかなか会えなくなりました。
20年以上前に、彼女が交通事故で大学生だった長男を失い
彼女もメンタルを病みました。
3人目は、就職したての頃からの40年来の親友です。
40年間ずっと共に、
飲んだり食べたりしながら
事あるごとに、職場の愚痴を聞いて貰っていましたけれど、
彼女の娘さんの結婚式の1週間前に、
癌で亡くなりました。
私は親友を失う運命にあるのだろうかと、
一年半前には、うつ病になりそうでした。
けれど、旅が私を救ってくれました。
時々、3人のことを思い出します。
今でも一緒に交流できたらと思いますけれど、
それが叶わないこともあるんですね。
そんなことを重ね合わせながら、
冒頭の作品を読ませていただきました。
yamayuri2001RE: 倉敷・・・
yamayuri2001さん こんにちは
最近4トラベラーで旅行記の一部を削除するよう事務局から求められた方がいらっしゃいました。規約に反している場合削除する場合もある、ということで、私も初めて規約を読んでみました。そしたら公序良俗に反するものはもちろんですが、旅行に関係ない写真や文章は認められない、ともありました。
えーっ 私の駄文はそれに該当するではありませんか?でもまだなんとも言ってこないのでこの程度ならいいのかな?と思っております。文中に無理に旅行の文字を入れようかなとも思っております。
yamayuriさんの親友が他界されてさぞや気持ちが落ち込んだことは想像に難くありません。小さなお子さんを残して他界する人や惜しい人が亡くなるケースもあります。
残された者として、大切に真摯に生きることこそ、彼らにたいする礼儀でもあるとおもいます。
この度の小文は投稿すべきかどうか、大分悩みました。自分のためだけにの感はありますが、友への鎮魂の意味もありました。自分をさらけ出すことに誰でも抵抗はありますが、はたして私はこれで良かったのか?という迷いはあります。
しかし、知られてまずいことはそんなにありません、昔はドロボーだったことくらいしか・・・いえ、これは捏造です(笑)。
pedaru2024年06月15日15時16分 返信する -
倉敷に行ったことが無い^^;暗い町?
prdaruさん、こんばんは
本日(11日)の暑さは真夏並みでした。
2軒先で大きな建物を壊して整地作業をしているので、毎日地震の様な揺れと、埃と騒音で、窓も開けずにおりましたので、クラクラしました。
本日で終わったようですが///^^
何時も終わり掛けのコメントで失礼致します。
前回の旅行記と今回の旅行記の小文が文学的で、pedaruさんは芸術家だと再確認致しました。
国際デザインコンテストに入選。。以前の旅行記の作品が懐かしいです^^
たゆまぬ努力だけでは勝ちとれないものだと思いますので、ジュエリーへの想いと技を極めていかれたんですね。。当時のpedaruさんの葛藤は計り知れないですが、現在の立場は揺るぎないものになって、青春時代のご自分の決断を褒めてあげたくないですか?
素晴らしかったって・・・私の青春時代はプーちゃんだったので、凄いと思いました。
竹馬の友・・友人は多くは要らないと思う私ですが、少ない友人が居なくなった寂しさは計り知れないと思っています。
遠くにいて会えなくても、長い間会えなくても、話し始めたら延々と話が弾み、心に何とも言えない暖かさが広がって行きます。
お互いに支えになっているんですよね・・
倉敷行ったことが無いのです^^;小樽の雰囲気に似ていますね。
日本の暗い夜道は嫌いなので、どうしましょう(笑)田舎暮らしで怖いと思いながら、祖父母の家に走って行った事を思い出してしまうのです・・
田舎道、真っ暗なんですもの。
おばばになっても怖い物があるんですよ(爆)何時も駄文ですみません。
お元気になってくださいね。
rinnmama
RE: 倉敷に行ったことが無い^^;暗い町?
rinnmamaさん こんにちは
今日も暑いですね、8月頃の猛暑とは異なりますが・・・
我が家の飼い猫の姿が見えないので探したら、洗濯機の中で眠っておりました。
気持ちよさそうなのですが、さすがに暑いかと思い、洗濯機に扇風機の風を当てております。
昔倉敷に家族で行ったことがありましたが、観光化が目立ってあまり興味が持てませんでしたが、感じるものは年齢によって異なりますね。
計画が杜撰だったため、暗い美観地区しか見られませんでした。
女一人英国に留学する勇気があるのに、暗い夜道は怖いのですね。rinnmamaさんのアキレス腱を発見したおもいです(笑)。
私は人づきあいが下手なので、友達は少ないのですが、その少ない友達の2人を既に亡くしております。子供の頃の予防接種の順番を待つような気分で、自分の番が来るのが怖かった思いと同じですね。
若いころから何故か年長者とのおつきあいが多く、いつの間にかお世話になりっぱなしで
先立たれております。
最近ではrinnmamaさんの植物情報が楽しみになっております。畑の収穫物と庭の花情報など気に入っております。ぜひ続けてくださいね。
pedaru2024年06月15日14時10分 返信する -
栄華の跡?
pedaru さん、こんにちは。 2012年のご旅行ということで、震災からまだ1年半しか経っていない真壁町に行かれたのですね。
どうりで、というか、家々の傷み方は生々しくて胸に迫ります。 伝統的重要建物群保存地区というのはあちこちにありますが、私が見た所はどこも映画のセットのように整っていて、中には土産物屋とかカフェとかが競い合っていて興ざめという所もありました。
ですが、真壁町は、たとえ震災がなかったとしても廃屋群のようで、観光資源として利用されていない感じがしました。 できれば表紙だけではなくpedaru さんのスケッチを多用していただけたらと思いました。
旅館でのチップ・・・思わず「あるある!」と笑ってしまいました。 先方もチップ馴れしていなかったようで、好感が持てました。
pedaru さんのご実家は名主さんだったのですか? 黒光りした一枚板の戸、私も見覚えがありますが、残念ながら私の実家ではなく、遠縁の親戚で、先祖は名主でした。
私の住む町にもありますが、「旧〇〇家」などと紹介されて文化財になっています。
いくら時代が違うとはいえ、どの家もが大きかったわけではなく、やはりそれなりの財力を持った家だったのでしょうね。 pedaru さんのご実家の隆盛ぶりが想像できます。
密弘寺のけやき。 まったく知りませんでしたが、すごいものですね。 当然近所の子供たちがよじ登ったりしていたのでしょうが、今はロープが張られているようですし、子供たちの遊びも変わりましたから、良いのか悪いのか?
行ったことのない真壁町がにわかに「死ぬまでに行きたい所」になりました。
いつもpedaru さんのご旅行記には刺激されます。 ありがとうございました。
ねんきん老人RE: 栄華の跡?
ねんきん老人さん おはようございます。
えー?2012年の旅行でしたか?と他人事ですが、月日の経つのは本当に速いものです。
あのころは自家用車でどこへも意気揚々と出かけておりましたが、近年はいつもの道角でさえ、ブロック塀にこすったり、見えていながら電柱にぶつかったり、バックして立体駐車場の扉にぶつけたりしたものですから、家族の意見に従い、免許証は失効させました。
これでも高齢者講習では上手な方ですから、人の衰えは恐ろしいですね。
それに引き換え、運転慣れしている方は、優れていて、尊敬します。ねんきんさんは、今でも遠くまでお出かけで、若さがみなぎっております。
私の実家は街中にありながら、家を建てるに材料がなく、裏の方が杉の林になっていたのを幸い、それを伐採して建築したという貧しい暮らしをしていた家です。
ほんとかうそか、普通の二階建てだと税金がかかるから、中二階にしたということをききました。背を丸めて歩かなければならない部屋でした。窓の外の壁には 鍾馗様(しょうきさま)の絵がはってありました。家人は貧乏除けのお札だと勘違いしていたに違いないと思います。なぜなら貧乏神はいつも出入りしていましたから。
というくらいですから、実家は富裕ではありませんでした。押入れの扉が、恐らく最初はきれいな色だったのでしょうが、家の中で火を焚くような原始的な生活でしたから、自然と黒くなり、やることが無くて祖母が布でこすったりしているうちに黒光りしてきたのでしょうね。確かに一枚板で、良質なベニヤ板などありませんでしたから。
旅行記と関係ない話で失礼しました。真壁町のあの旅館は今でも話題に上るほどの旅籠で、泊り代は安いのですが、それに比例して部屋もすごかったです。
高級旅館と言われるところより、印象に残るのは不思議です。真壁は陸の孤島のようなところですから自動車がなくては訪れるのも困難です。ねんきんさんも今のうちに訪れることをお勧めします。
pedaru2024年06月11日06時48分 返信する



