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pedaruさんへのコメント一覧(20ページ)全3,472件

pedaruさんの掲示板にコメントを書く

  • ポケモンとコラボ

    pedaruさん、こんにちは。

    私は「丸亀」には行ったことがないのですが、
    丸亀と聞くと、懐かしい気持ちになります。
    というのも、私の祖母の出身地なのです。
    それを知ったのは、祖母も母も亡くなった後でしたが。

    母の古いアルバムを整理していたら、
    年若い祖母と幼い母が写った写真を見つけました。
    その脇に「丸亀」と書いてあったのです。
    祖母や母が元気なうちに話を聞いておきたかったなと思いました。
    せめて、どんな土地なのか。
    いつか訪ねてみたいと思っていたのですが、
    pedaruさんの旅行記で少し雰囲気を知ることができ嬉しいです。

    ”ライトアップされたお城とは全く別物のような風景”
    よくある話ですね。
    朝、見ると、がっかりする。
    夜の闇と、照明の力は本当にすごい(^^)

    ”ヤドンはポケモンの一種。うどんとヤドンをかけてPR”。
    鳥取砂丘でも似たようなものを見かけました。
    鳥取砂丘とサンド(砂)をかけてPRしようと、
    ポケモンの一種「サンド」が鳥取砂丘にいるという絵が描かれた
    顔はめが置いてありました。
    こうしたPRは中国・四国地方あちこちでやっているんですかね。
    それとも全国的に展開しているのでしょうか(^^;
    kiyo
    2024年09月21日08時06分返信する 関連旅行記

    Re: ポケモンとコラボ

    kiyoさん おはようございます。

     ポケモンのグッズが丸亀城限定であるという事で、瀬戸内海を渡ってまいりました(笑)。丸亀は以前レンタカーで行ったことがあります。

     おばあ様の出身地ということを後になってお知りになったという事ですが、若い頃ってあまりそういう事には関心がありませんね。
     子供の頃、祖母と叔父たちが、写った関西旅行の写真を見たことがありましたが、旅行に今ほど関心はありませんでしたね。それよりも日露戦争の兵士の格好をした祖父の写真には驚きました、日本史の写真みたいですね。

     ヤドンとうどんをかけてまで、宣伝に使うとは涙ぐましい努力です。
    こういう努力は見習いたいと思いますね、しかし実行はしたくないです(笑)。

     pedaru
    2024年09月24日05時45分 返信する
  • 常磐線松戸

    利根川と渡良瀬川に挟まれた城下町、というのが佐野ですね。吾妻村はいまでも痕跡を残しているみたい。「日本料理吾妻」や「吾妻地区公民館」などがある。
    このあたりで幼いPedaruさんが映画を見たり志那そばを食べていたのか、ふむふむ・・・
    バナナは我が家でも高級品でした。母は果物が嫌いな人でしたが、バナナだけは食べました。我が家にはそんなお金があったとは思えないのですが。

    障子の張ってある欄間ですが、格子欄間というはず。取り外せるようになっていませんでしたか。夏は障子を剥がして風通しをよくする。冬は障子を張って、暖かい空気が逃げないようにする。

    常磐線我孫子の近くにBy妻の両親が住んでおりました。私たちも短い間ですがこの家におりました。松戸は往復顔なじみ。
    「家にトイレが必要なように、東京には常磐線が必要だ」と言われておりました。ひどいと思いませんか。でもなんとなくそういう気がする。
    名前がよくない。濁音が二つもある。
    「はいはい、トイレに住んでいて、悪うござんした」とひねくれておりました。

    松戸はしたがって通り過ぎるだけでしたが、一度だけ行きました。ヤマトタケルをお祀りしている神社まいりです。
    高龗(たかお)神社。この神社は月曜日と水曜日は定休日でした。はっきり社務所に書いてありました。行ったら休み(無人)というのはよくありますが、定休日がある神社は初めてで、目下のところ最後です。宮司さんは女の方だったみたい。
    松戸神社にも行きました。タケルくんが東征の帰りにここで従者と待ち合わせをしました。『待つところ』が転じ、『まつさと』→『まつど』→『松戸』と称される由縁になった、そうです。
    千葉県神社庁が言っています。聞いたことありますか。
    街中の神社でしたから、水商売の飲み屋のおかみさんという感じのひとがおまいりしていました。
    2024年09月06日15時20分返信する 関連旅行記

    RE: 常磐線松戸


    しにあの旅人さん こんにちは
      
     渡良瀬川と利根川に挟まれた町といえば、大泉町、板倉町、そして館林市、太田市が思い浮かびます。佐野市は渡良瀬川の北になるでしょうか。誤解を招いて失礼しました。

     紙の貼ってあるのは格子欄間とは、この歳になって初めて聞きました。季節が変われば手間暇かけても住みやすくするという我が先祖に敬意を払いたくなります。我が家では障子の紙に爪をたてるので、貼りなおすのですが、元の木阿弥、最近では破れたままにしておりますが、ご先祖様に叱られるでしょうね。

     安孫子は自転車で何度か行きましたが、手賀沼の畔は文人が愛し、武者小路実篤や志賀直哉など白樺派のひとたちの別荘などがありますね。
     常磐と聞くと、常磐炭坑節がなぜか思い浮かぶのは、人間が古い証拠だとおもっております。松戸はなんとヤマトタケルと関係がある?やはりそう来ましたか?日本人男子に
    タケルと言う名前が多いのも、日本武尊から来ているのでしょうか?でも尊君も武尊君も
    名前には使っていませんね、やはり恐れ多いと思われているのでしょうか。

     >『待つところ』が転じ、『まつさと』→『まつど』→『松戸』と称される由縁になった、そうです。

     しにあさんがそうおっしゃるのだから信憑性がありそうですが、にわかには信じられません。神社庁が言ってましたか?では半信半疑というところです(笑)。

     pedaru
    2024年09月07日12時51分 返信する

    RE: 常磐線松戸

    >我が家では障子の紙に爪をたてるので、貼りなおすのですが、元の木阿弥、最近では破れたままにしておりますが

    爪を立てるのは猫です、主語が抜けるのは、会話でも多々あり、これだから年寄りは、と
    子どもたちからは馬鹿にされます(笑)。
    2024年09月08日06時06分 返信する
  • 『貝塚 & 古墳』を 探す! ご近居・・旅。

    お早う御座います。
    pedaruさん。『加齢なる・・ご兄弟』も、この度・・の ご逝去。
    残念・・でしたね。
    2024年09月06日04時04分返信する 関連旅行記

    「長文・・が 当たり前!の 私」が。「ごめんなさい 続き・・です」。

    続き・・を 書かせてもらいますね。
    そうそう。『加齢なる・・ご兄弟』も、寝込んだり、苦しんだり・・が 無かったそう。で、それ!は それ・・で 良かった。し、
    「そう・・なりたい」って 思いますよね。

    誰も・・の 理想『ころっ!と 死にたい』に、憧れますよね。
    ーーーーーーーーーーーーーーーー
    ペダルを 踏んで、巡った・・『貝塚 & 古墳』を 探す! ご近居・・旅。
    お疲れ様!でした。

    ご近所・・の 私。としては、
    けっこう「知った! 風景」も 登場する。のが、楽しかったです。

    小さな『貝塚 & 古墳』って、
    「公園 ? 広場 ?」って、感じ。で
    「放置されて、関心・・がない!人」が ほとんど。
    だけど
    こうして、『貝塚 & 古墳』に 照準・・を 当てて、
    ご近所!を 『一つ!の 小さな・・旅』として、巡ってみる。

    その・・センス!が「素敵」って 思う・・私。でしたよ。

    「旅!に テーマ・・が ある」と、
    「見えない・・もの。も 沢山、テーマ・・を 掘り下げるコト」で
    「見えてくる」ってありますからね~。

    『遠くへ・・。世界へ・・と 旅する!だけ。が 旅・・じゃ~ない』

    pedaruさん。の「ご近所! 旅」で 改めて・・感じるのでした。
       これからもよろしくお願いします。
    2024年09月06日04時19分 返信する

    RE: 「長文・・が 当たり前!の 私」が。「ごめんなさい 続き・・です」。


     白い華さん こんにちは

     遠くへ行くばかりが旅ではない、ご近所巡りでも旅です。なんて優しいお言葉でしょう。
    もちろん遠くへ行きたい、は永遠のテーマですが、人の目の届かない場所に、発見の喜びがある場合もありますね。
     ようやく酷暑も峠を越えた感がありますね。なんとか予定を立てて旅行をしなくちゃ、と思います。一人旅は不安だし、ツアーは経験がないのでやはり不安だし、実行力が不足しているので、誰も行かない僻地とか、夜は鬼が出る田舎などがありましたら教えてください。
    鬼は見た目が怖いので、旅行者も敬遠しそうですが、私ならお近づきになって三途の川をわたるとき親切にされたいという下心があります。
     最近のお葬式では死者は額に三角の鉢巻?などしませんね。怖いイメージから廃止になったのでしょうか?幽霊みたいですからね。
     私が葬式の話などすると、リアリティがありすぎて洒落になりません。やはりこの世で旅行など楽しく過ごすのが幸せですね。
     私を理解してくれる方が近所にいらっしゃるのは心強いです。いつまでもお付き合いをよろしくお願いいたします。

     pedaru
    2024年09月06日16時50分 返信する
  • 竹原

    竹原、私も昨年の2月に妹と行って来ました。
    娘さんとふたり旅いいですね。
    私も父とのふたり旅は、妹と三人で行く予定だった石垣島八重山諸島めぐりです。
    妹がインフルエンザになって行けなくなってのふたり旅でした。
    竹原はNIPPNIAに泊まりました。NIPPNIA目当ての旅でしたけど、竹原の街並みは素敵ですよね。
    2024年09月05日20時21分返信する 関連旅行記

    RE: 竹原


     竹原、鞆の浦は是非行きたいところでした。ある事情で、飛行機は無料で乗れるので、広島までは空旅でした。
     海外旅行など一人旅が多かったので、四六時中緊張した旅でしたが、今回は娘が一緒なので、すべての手配は娘任せ、現地ではレンタカーの助手席でのんびりしていました。
     NIPPONIAに泊まられたのですね、いつも高級ホテルに泊まっていますね。
     私など、値段を聞いてしり込みしています。
      
     娘と一緒の旅ですが、7月には妻も娘と一緒にドイツに旅行してきました。住んでいたこともあって、安心して楽しんできたようです。
     竹原とドイツ、あまりにも格差がありすぎとは思いませんか?(笑)。
    2024年09月06日06時39分 返信する
  • アイビースクエア

    私もこの間、7月の下旬頃に倉敷に行ってアイビースクエアに宿泊して来ました。
    日曜美術館で大原美術館をやっていて、前から行きたいと思っていましたけど、父も好きそうな展示をやっていましたので。
    父と一緒に行く思いで、ひとり旅で行って来ました。
    2024年09月05日20時07分返信する 関連旅行記

    RE: アイビースクエア


     アイビースクエアは娘の手配です、昔の建物をリニューアルしたと聞いていたので、期待が大きかったせいか、実際はガッカリしました。というのも暗くなりかけたころ着いて、早朝にチェックアウトしたせいかもしれません。
     倉敷に隣接しているので、便利な場所にありますね。
     兄は好奇心が旺盛で、何にでも手を広げて、経験しないことはない、と言う位多趣味なひとでした。絵を描かせても立派なものでしたよ。
    2024年09月06日06時19分 返信する
  • 加齢なる一族

    冒頭のお話、涙なしには読めませんでした。
    私も、息子が自立して家を出てから、月2回のペースで父と一緒にラーメン食べに行っていました。
    加齢なる一族シリーズ、ゆっくり読ませていただきます。
    2024年09月05日20時00分返信する 関連旅行記

    RE: 加齢なる一族

    noaguriさん おはようございます。

     加齢と言う言葉は冗談に使っているうちはいいのですが、現実みを帯びてくると洒落にはなりません。
     旅行記「加齢なる一族」のurlをお知らせしようとしましたが、いつのまにか旅行記の数が多くなって、自分でも探せませんでした。自分でも満足できるものと、あとで恥ずかしい旅行記があるのは仕方ありません。

     月2回のラーメン、ペースが速すぎではありませんか?(笑)。年2回くらいの私には驚きの回数です。人それぞれですから当然ですが、私など、納豆は年に365回食べています(笑)。

     pedaru
    2024年09月06日06時07分 返信する
  • 私達は、どこに向かっているのでしょう

    pedaruさん、序文圧巻。その気持ちのまま、本日記拝見。この夏の三つの異なる内実の旅からもたげてきた思いと合致。
    知らなくてもよいニュースを垂れ流し、知らなくてはいけない現実を報道しない。
    なんだか、分断と利己主義と拝金主義にコントロールされているような。

    私達は、幸せに向かっているのでしょうか。人類の進化?社会の進歩?退化でしょう。社会の堕落でしょう。縄文人の豊かさからは、ほど遠い。

    子供の頃、約束なんか必要ない。道に出れば、遊び相手がいた。大人の世界と子供の世界ははっきり分かれていた。親が子供の遊び相手などしてくれなかったし、おこづかいは、お祭りの日だけ。こどもにお金は必要じゃなかった。町の三軒の本屋さんは、いつでも一人で行くことができた。それで十分満たされていた。祖母の采配、季節ごとの行事が子供の私たちの”お祭り”だった。これこそ”豊かさ”。

    西岡常一氏が、「大工の技術の頂点は、飛鳥」と言い切っておられたような。

    私自身も縄文人より、心までも退化していると最近思っています。Pedaruさん、どうあらがっていきましょうか。残り少ない人生なんですが。
    バナナの1本売りの思い出に共感。風邪引きの時の優しい母。
    2024年09月04日07時13分返信する 関連旅行記

    RE: 私達は、どこに向かっているのでしょう



    mom Kさん おはようございます。

     仰るようにマスコミは為政者のいうなり、市民の方向を向いていません、と感じるこのごろです。今のような状態では、さぁ、悪の枢軸とは戦わねばならぬ、youtubeやテレビは連日闘いの正当性を耳にたこができるほど言い続けるようになるでしょう。
     若者はおだてられ、命よりも大企業のための経済のためなら命を喜んで捧げる覚悟をして、親までがその気になっている時代がまた来る気がします。
     国民なんてどうにでも操縦できる、と高をくくっている政治家、それを支持するマスコミ、ほんとにそんな気がします。

     私は戦後まもなく小学生になりました。世の中は自由で平等だと教わりましたが、今更逆ではないかと思うことが多くて戸惑うばかりです。縄文人になり、食うだけを毎日求めて早死にしたい、とは思いませんけど(笑)。もちろんKさんの言われる豊かさはそういう事ではありません。

     pedaru
    2024年09月05日06時29分 返信する

    嬉しく思います

    心強く思います。pedaruさん、来月、10月の風に会いに座喜味です。城からエールを送ります。
    2024年09月05日08時08分 返信する
  • 素晴らしき友とお兄様に

    pedaruさん、こんにちは。

    なんて素晴らしいご友人がいらしたのでしょう。
    自分のことをわかってくれる人がいる。
    それは、とてつもない力になりますね。

    私も、自分の描く絵に自信が持てませんでした。
    けれど、ある友人が私の絵が好きだと言って、
    とある大きなイベントで使う絵本の製作を依頼してきたのです。

    無理無理、そんなの(@@
    私は断りました。
    でも、友人に背中を押され、初めて絵本を描き上げました。
    そして、会場で配った絵本を手にした人の中には
    「すごく良かったです。サインしてください」
    と言ってくれる人まで現れたたのです。
    もう友人には「感謝」しかありません。

    pedaruさんは、そんな大事なお友達を亡くされた。
    それに、お兄さまも癌で逝かれたとは…。
    とてつもない悲しみを抱えていらっしゃることと思います。

    長い年月が経たないと、薄らいでいかないものではありますが、
    お兄さまの話を聞きたいとおっしゃる、
    お兄さまの娘さんにたくさんエピソードを聴かせてあげてください。

    私も父が亡くなった時、父の話を聴きたかったと後悔しました。
    それが不思議な縁で、
    父の若い頃からの会社の同僚で山仲間の方と、
    今、手紙のやり取りをしています。
    知らなかった父の姿を知ることができて、嬉しいです。

    亡くなった方を思い出すたび、
    あの世で、亡くなった方のまわりに
    花びらが舞い落ちてくると聞きました。
    pedaruさんも、どうぞご友人やお兄様のことを
    思い出したり、話したりして、
    あの世にたくさんの花を贈ってあげてくださいませ。
    kiyo
    2024年08月31日08時46分返信する 関連旅行記

    RE: 素晴らしき友とお兄様に


     kiyoさん おはようございます。

     旅行記と乖離した内容の文章を読んでくださってありがとうございます。
    私は昔から社交的ではないので、友人は少ないのですが、彼とは一種の尊敬をもってせっしておりました。
     最後までコンプレックスをもっていた私は彼とは同等に付き合えないきがして、遠ざかっておりました。しかし思い切って訪ねたときは、別れの始りだったのです。
    しかし、会えてよかった、こんなに早くなくなるとは思いもしなかっただけに・・・

     kiyoさんは絵をお描きになるのですね。こういうものは誰でも自信がなくて、でもいつも一生懸命にやっていれば、いつのまにか実力がついていて、それを認めてくれる人がいるものですね。すばらしい出来事が訪れて、一層の精進なさることでしょう。
    機会があったら、旅行記のおまけとして、写真をみせていただけませんか?
    期待しております。

     自分がなくなって何人の人が思い出してくれるでしょう?思い出してくれる人が一人もいなくなった時、初めてその人は死ぬということだと思っております。
     亡くなった人のまわりに沢山の花ビラが舞い降りて来る、とは美しく象徴的な話ですね。日ごろ私が思っていることとぴったり一致しました。

     こころの籠ったお便りをありがとうございました。

     pedaru
    2024年09月01日05時54分 返信する
  • 貝塚巡り

    pedaruさん、こんばんは

    お兄様がご逝去されお寂しくなりましたね。
    心よりお悔やみ申し上げます。
    旅行記のタイトルを拝見し、pedaru師匠の貝塚旅行記が面白くないはずはなく
    今回はどのような面白ネタやギャグを忍ばせていらっしゃるのだろうかと
    期待に胸を膨らませてお邪魔したところ、冒頭の記述を拝読し
    胸がいっぱいになりました。
    お兄様やお母様にたくさんの愛情を注がれ可愛がられたpedaru少年は
    ご家族の幸せの象徴のような存在だったのでしょうね。
    大切な思い出を慈しまれるpedaruさんのお優しいお気持ちは
    子供さんたちにも受け継がれていることと思います。

    ところで、千葉県には700もの貝塚があるそうですね。
    子供のころ、九十九里浜に潮干狩りに行ったことがありますが
    縄文時代の先人たちも潮干狩りをしていたのですね(´艸`*)

    あの緑のポスト、現役ではないのでしょうか?
    今度sanabo宛に投函してみて下さい。

    sanabo
    2024年08月26日00時52分返信する 関連旅行記

    RE: 貝塚巡り


     sanaboさん おはようございます。

     娘が字を書き始めたころ、「おとうさんは、おもしろいから、すきだよ」と言う手紙をもらいました。うれしかったのは言うまでもないのですが、このときから自分の人生は人を面白がらせることに特化しようと決心しましたが、人に嗤われるだけになってしまいました。
     私の思い出話で胸がいっぱいになった、なんて光栄です。こんどは読んだらお財布がいっぱいになる話を考えます。

     縄文人もレジャーをたのしむことはあったと思います。お父さん「今日は潮干狩りに行こう、どうだたのしいだろう、そのあとは木の実をとりに行こう、」子供たち「なんだ、普段の仕事じゃないか」ジャンジャン!

     > 今度sanabo宛に投函してみて下さい。

     あのポストに投函すると手紙の中を見られちゃいます。「なんだこいつ、年甲斐もなく
    sanaboと言う外人にラブレターをかいてるよ!!」ジャンジャン!!

     pedaru
    2024年08月27日06時36分 返信する
  • 貝塚巡りと旧斎藤邸

    pedaruさま こんばんは。

    千葉に加曽利貝塚は知っていましたが、他にもたくさんあるのですね。
    松戸辺りを巡られて。
    おもしろくないなんて全然思いませんよ。「pedaruさんのある日~」

    お兄様残念でしたね。
    加齢なる一族、お一人欠けても再開なればいいですね。

    幼少期の記憶、私も最近よく甦ります。

    旧斎藤家邸、ググったら
    旧斎藤家別邸が出てきて
    ん?と思ったら新潟でした(苦笑)
    よく管理なされていますね。

    土曜の市川花火大会
    市川在住の後輩から花火に一緒に行くつもりだった友人が体調不良でキャンセルになったから 「私に来ないか?」
    と前日連絡があり、なにを血迷ったか「行く」と返事したんです。
    JR駅を降りたとこから後悔。
    改札すら出るのに一苦労。
    ひと!ひと!ひと!
    そのまま下りで帰りたかった(涙)
    えらい目にあい、老婆の行くところではないなと再確認しました。
    帰り、駅構内入場制限されていたので時間調整して深夜になりましたとさの報告です。
    トイレに並んでいて若い子と話しができてオモロかったのも付け足します。

    フィーコ
    2024年08月26日00時45分返信する 関連旅行記

    RE: 貝塚巡りと旧斎藤邸


     フィーコさん おはようございます。

     昔はよく江戸川の花火大会に行きました。東京側では江戸川花火大会、市川では市川・・同じ花火なんですがねぇ。煙が市川側にくるのは 不利かなぁ(笑)。
    自転車で行って、土手に停めて、十分楽しんだものです。フィーコさん、土手に上って転びませんでしたか?これだけが心配です。

     加曾利貝塚をご存じだなんて、勉強家なんですね。サソリ貝塚じゃなくてよかったです、サソリでは人が寄り付きません。

     加齢なる一族の最初の旅行はよく覚えています。草津温泉の旅館で、大音量でカラオケをやったのは、今思えば楽しかったと同時に恥ずかしかったですね。自家用車で出かけましたが、今では運転できるのは弟一人になりました。彼の運転ではちょっと心配です。ここだけの話です。

     pedaru
    2024年08月27日06時14分 返信する

pedaruさん

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pedaruさんにとって旅行とは

知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい 愛する人と めぐり会いたい  ところがですねぇ 最近巡り合うのはスリかドロボーばっかりなんです。

自分を客観的にみた第一印象

ひとに言われたことがある、「最初はベートーヴェンのような顔をして、近寄りがたかったけど、話してみればとってもお面白い人なのね」と。

大好きな場所

観光地化されてない古い街

大好きな理由

懐かしい。 骨董をひとがいつくしむように

行ってみたい場所

もう、何処でもいい、行けさえすれば・・・だんだん理想が堕ちてきました。

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