pedaruさんへのコメント一覧(24ページ)全3,472件
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電線がなく、側溝も美しい!
師匠、お久しぶりです<m(__)m>
また言い訳するようですが、今年に入って、1月は相棒殿からうつされたインフルエンザ、2月末のぎっくり腰、治ったと思ったら三月中頃再発、整骨院の先生曰く、再発は痛いのよねぇの言葉通り、4月中頃までひどい腰痛、布団から起き上がるのに時間がかかって痛くて大変でした!
やっと治ったかなぁと思った5月7日、停車中の(サイドブレーキもしっかり引いて、ギアはパーキングにしていた!)私の車のドアにバックしてきたオバサンの車が衝突!
車も壊れ、足に怪我、現在通院中です( `ー´)ノ
やはりお祓いをしないとダメかも。
今年に入ってからろくなことがありません。
何かに八つ当たりしたい気分です(>_<)
そんな事情で、4トラにも気持ちが向かなくて、皆様にご無沙汰中です。
竹原の、なんと表現したらよいのか分かりませんが、清楚というか静謐というのか、この町並みには心が癒されました。
何かに当たりたい気分の私の心を落ち着かせてくれました。
以前から興味のある町なのですが、どうしても中国山地の向こう側に足が向いてしまい、未踏の地となっています。
竹原の、俗塵にまみれていない感じが好きです。
良いものを見せていただきました。
ありがとうございます(*^^)v
愚痴ばかりで、申し訳ございません。
前日光RE: 電線がなく、側溝も美しい!
前日光さん おはようございます。
私のほうこそご無沙汰しておりました。たぶん本の執筆にお忙しいのだろうと、お邪魔しないでいました。いろいろとたいへんなことがあったのですね。
ところで誰でも腰痛などは経験済みですが、整形外科に行っても、貼り薬と痛み止めの薬をもらうだけで、たいした助けにはなりません。ある意味で危険な考えですが、私は自己流で治療しております。
ぎっくり腰などはひたすら安静にして自然治癒を待ちます。ぎっくり腰は癖になりますので、患部をなでて八百万の神に祈ります。おびんづる様が近くにある時は、行って撫でてきます。って縄文人とおなじレベルの治療法です。以上は全部嘘です。失礼しました。
今度は本当のことを申し上げます。腰や足が痛いときは、患部に使い捨てカイロを貼ります。低温やけどをしないように、下着の上から貼ります。私の経験では、どの貼り薬より効果があります。試しても危険はありません、やってだめなら止めればいいのです。
世間の人は自分の経験をもとに考慮するので、素直に試さないのが多いです。それで治るくらいなら医者は要らないよ、なんて言っているのでしょう。そうです、これに関しては医者は要らないのです。前日光さん、試しにやってみてください。えっ?もうやってる?
すばらしい、さすがです。でもよくならない?そうですか、では私のてにおえません(笑)
今回は腰痛についてだけ申し上げました。実はもっとマニアックな治療法があるのですが、これは私の人格を疑われそうですので、やめておきます。どうしてもというなら、お教えします。それは最後の手段です(笑)。
pedaru2024年05月15日06時52分 返信する -
行ってみたいんです。『瀬戸内! 塩飽・・の島。の 重伝建地区』。
お早う御座います。
本州の『竹原。鞆の浦・・』と 巡り、
美しい!『瀬戸大橋』を 渡って『四国・丸亀港』へ。と やって来た・・ペダル父娘(おやこ)。
そうなんですよねぇ~。広島・呉・・の 瀬戸内海『重伝建地区 御手洗(みたらい)』は、
本州から「車・・で ダイレクト!に 行くこと。が 出来る」けど
こちら!には、『瀬戸内! 塩飽・・の島。の 重伝建地区』へ 行く。には
『四国・丸亀港』から、フェリー!なんですよね~。
これ!が なんだか・・「敷居が 高い」感じ。
更に、私も・・過去に『丸亀城』には、行ってしまっている。ので
「わざわざ、『丸亀』に、行くこと(フェリー)」も 何だか・・面倒!って 感じ。で
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長年、憧れつつ。も
もう~、行くこと!は ないだろう・・『重伝建地区 塩飽諸島・・の 笠島地区』の ご紹介。
1枚1枚・・の 写真。を しっかり。じっくり・・と 拝見。
「行った・・気分」を 味わうコト!が 出来ました。(♪)
この『瀬戸内海』の 辺り!では
潮の 流れ!が 特別・・で、きつくて『海・・の 難所』だったそう。で
「塩飽!の 海賊。船大工など」の「海・・を なりわい」とする、人々。が 、活躍していたんですよね。
今は、「トイレ ?」いぇいぇ、「塩飽・・の 船大工」の 技術。を 継承すべく・・の「オブジェ的! 建物」として、残っているんですね。
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なかなか、「フェリー!で 島入り」って 億劫・・な こと。
そんな・・『塩飽』も。が、羨ましいなぁ~。
「お嬢様!の 運転する・・車」で「素敵!な 島旅」を プラスする
『父娘・・の 瀬戸内海・旅行』は、「充実・・の 旅」と お見受け!しました。
お嬢様は、国内は「パパ」と・・・。
もうすぐ『ドイツ』には「ママ」と。って「最高!」ですね。(♪)
これからもよろしくお願いします。RE: 行ってみたいんです。『瀬戸内! 塩飽・・の島。の 重伝建地区』。
白い華さん おはようございます
古い街並みを見られればどこでも良かったのですが、広島はこういう町が多い気がして選びました。関東と違って、そのまま残っている地区が多くて、現地に着いて歩き出すときの期待感、高揚感がたまりませんね。
私が一人で行くときは、調べが甘くて、見逃すところが多いのですが、娘は綿密で、こちらの希望をほぼかなえてくれます。
小学生の孫娘がいますが、(いまは新中学生)この子のせわや、塾の送りなどいろいろ夫に押し付けて親を旅行に連れて行くのはみんなの協力のおかげです。
娘婿は性格がのんびりしていておおらかなので、快く留守番をやってくれますが、その代わり、ふらっと一人で海外に出かけていきます。
先日は妻は娘の案内で、ドイツを旅行してきました。列車の窓からの景色が、故郷の野山に似ているといって、興奮して電話をかけてきました。娘もちゃっかり自分のいったことのないところを選んで回ったみたいです。復元されたドレスデンの建物には感動しておりました。
>1枚1枚・・の 写真。を しっかり。じっくり・・と 拝見。
「行った・・気分」を 味わうコト!が 出来ました。(♪)
旅行記の大作を作られてお忙しいのに、誠意をもってみていただけるなんて幸せです。
私も華さんの旅行記は特に丁寧に読みますが、長ーいし、コメントも多い、でも、いつの間にかはまってしまって、完読してしまいます。
次の旅行記は完成しているのですが、プライベートな記述が多いので、アップすべきかどうか悩んでいます。
そのうち次の旅行記を予定しています。
pedaru2024年05月13日14時02分 返信する -
鞆の浦
pedaruさん、こんにちは。
鞆の浦は良い街ですよね。
一度訪れて気に入りました。
鞆の浦で一泊しましたが、夕暮れ時がとても綺麗でした。
町並みも変に観光地化されていらず、人の住む街の匂いが濃厚でした。
かなりの観光地になので、意外でした。
とは言え、古い町家を使った宿なども出来ていて、少しずつ変わって行くかもしれませんね。
その前に、もう一度歩いてみたいものです。
旅猫RE: 鞆の浦
旅猫さん おはようございます。
車が街中に入ると、両側に古い建物に挟まれた狭い道を走ることになりますが、これら趣のある家々が、ワクワク感を生んで楽しくなります。
子供の頃スクリーンにかかった薄い布のガーテンが映像の光を受け乍ら開いていくときの高揚感に似ていますね。果たしてどんな街なのか、なにかにであえるかも・・・なんてね
確かに鞆の浦は妙に手をかけて伝統的建築群ですよ、なんて主張してなくて、自然な形で残された町ですね。ここで反省なのですが、(何時ものことですが)もすこし事前に勉強していれば、もっと楽しめたかもと、思っています。逆に言えば4トラベル旅行記を作るため、旅行後でもモノを知ることが出来て有意義なのかなとも思います。
この後半年間旅行をしていないので、後一つ旅行記をアップしたらネタ切れです。
旅猫さんのように、どこへでも猫のような気楽さで出かけるフットワークを身に着けたいと思っています。
pedaru2024年05月12日06時21分 返信する -
もはや以前に戻ることはないのかと・・・。
pedaru さん、おはようございます。 朝から、怠惰な自分を叱られたような気がします。
2012年。 あの大震災の翌年のレポート、息を呑みました。 私も震災後3回被災地に行き、その荒廃ぶりを目の当たりにしたつもりでしたが、今回pedaru さんの生々しいご報告を拝読して、自分の見た光景がなんとも「軽い」被害のあとだったことを思い知りました。
加えて、pedaru さんのお義姉様に代表される現地の方々の切ないほどの暮らしぶりをもご紹介いただき、私などの思いもよらぬ津波の残酷さを再認識しました。
今はさらに10年以上が経ち、復興も進んでいると思いますが、それは長い年月をかけて作り上げられた以前の景色とは全く違う、「人工的な」景色になってしまっているのだろうと思います。 (私が見たときも、いたる所にカマボコ型の盛り土が整然と並んだ異様な光景でした)
ご義姉様が哺乳瓶にコーヒー牛乳を入れてお仏壇に供えていらっしゃるお話。 胸に迫りました。 そうやって人をも土地をも大切にされてきた多くの方々の姿勢を今の若い人たちに伝えるすべはないものでしょうか?
pedaru さんが、数十年を隔てて同じ場所から同じ場所を描かれたスケッチにも驚きました。 言い方は変ですが、「歴史の証明」とも言えるその2枚、是非とも公の場所で大勢の人の目に供していただきたいものです。
余談になりますが、私はかれこれ40年近く各地の砂を集めており、その中の鳴き砂も昨年30か所を超えました。 それなのに、十八成浜のものはありません。
十八成浜のことは砂集めを始めた頃から聞いており、その砂を私のコレクションに加えることは大きな宿題だったのですが、今回pedaru さんのご旅行記を拝読して、それがもはや叶わぬことだと知りました。 土嚢の積まれた堤防まで海面が迫っているpedaru さんの写真に言葉もありません。
あれこれ考えさせられた、貴重なご旅行記でした。 ありがとうございました。
ねんきん老人RE: もはや以前に戻ることはないのかと・・・。
ねんきん老人さん こんにちは
お返事が遅くなりました、どんなことを書いたらいいか考えておりました、しかし考えた時間に反比例して陳腐な答えしか出てきません。
まず、一番に思うのは、理不尽という言葉しかありません。正直に生きてきて、家族を大切にしている人にも、容赦ない仕打ちをしてくれる自然界、納得がいきません。
神様なんていないのだ、などと言う人が多いのですが、私にしてみれば、今頃気づきましたか?と言う気持ちです。そもそも何もないところに人間が神を作ったにすぎないのですから。
ねんきんさんや私などは十分人間として生かしてもらいました。今はおまけで生きているようなものですね。しかし、これから生きてほしい人達が死んでしまいました。
十八成浜は美しい海岸でした、ご存じのように綺麗な海でなければ鳴り浜はできませんね。こういう浜を巡って砂を集めていた方にとって、それを惜しむ心は特別だとおもいます。
お話にのぼった義姉は90歳を超えましたが、 未だに昆布やふのり、めかぶ、そのたイチジクの甘煮、餅などをたくさん送ってくださいます。あの人は、人を喜ばすために生きているようなものです。地域柄、今でも車の運転をしているのは、驚異であり心配でもあります。
私の拙い旅行記に心をこめてコメントを下さったことに感謝します。人間の知恵としてすこしでも被害を少なくする世の中になることを願うのみです。
pedaru2024年05月11日16時33分 返信する -
名作と呼ばれる小説の書き出しを読むよう
pedaruさん、おはようございます。
冒頭の書き出しが心に残ります。少年時代の甘酸っぱい思い出を表現豊かに描かれており、場面が目に浮かびます。名作と呼ばれる小説の書き出しを読むようです。文中の「私」がpedaruさんなら、「私は小説家になること」こそ相応しい。
さて旅行記ですが、竹原、鞆の浦、そして本島町笠島と今回の旅は重伝建巡りですね。細かなところまで観察されているので、重伝建ハンターとして興味深いです。親孝行の娘さんの運転する車でゆっくり瀬戸内の旅。幸せな老人そのものですね(笑)。
万歩計RE: 名作と呼ばれる小説の書き出しを読むよう
万歩計さん おはようございます。
冒頭の書き出しを激賞されて穴があったら入りたいくらいです。豚もおだてりゃ木に上ると言うそうですが、とてもそれはありません。でもありがとうございます。
重伝建巡りは万歩計さんの専門ですから、誰に見られるより恥ずかしいですよ。
つねづね、いつかは古い街並みを見てみたいという気持ちが、達成されました。いつも万歩計さんの旅行記で憧れておりました。
いよいよ海外旅行を再開されましたね。後日ゆっくりコメントも書きたいと思います。
pedaru2024年05月04日05時46分 返信する -
なかなか渋い探訪記が続きますね。
pedaruさん、
今晩は。
なかなか渋い探訪記が続きますね。
千葉近辺にはない、瀬戸内海と塩飽(しわく)諸島の美しい景観。
ドイツの学者シーボルトは、塩飽諸島の景色などを目の当たりにして、称賛の言葉を残したと、産経新聞にありました。
塩飽諸島は28の島々を数えるようですが、其々興味深いことでしょう。
本島町・笠島の豊かな町並みを見て、最初は<海賊衆の収奪>で豊かになったと思ったものです。塩飽(しわく)の意味が分からず、検索すると、「潮が湧く」の当て字とされていました。
産経でも【一見穏やかな海だが、実際は世界有数の複雑な潮流をしている。船の難所であり、高度な操船技術が求められる。それを地の利とし、かつて塩飽諸島は塩飽水軍の拠点だった。】と書いていますが、幕末の咸臨丸の乗組員となったのも当然であったのでしょう。
それにしても職人集団だった塩飽衆の町は豊かですね。
日本の各地にこうした町がまだまだ残っているのはすごいことです。
jijidaruma
・・・・・
蛇足乍ら、塩飽衆の町並みの家の中でも、屋根が波打っている家の事を書かれていましたが、これを見て、実は<うーん>と思いましたね。
我が家は先日から、家の外装などを出入りの職人にお願いしています。
その76歳の熟練した彼が、作業の見積もり中に「御主人、地震ゃ台風で徐々に影響されたのだろう、2階建てのお宅の屋根、もう少しで崩れるよ。今、何とかしないといけない!」と言われてしまいました。
屋根の様子をデジカメで撮ってもらうと、明らかに尾根瓦が右に流れて、面戸漆喰(めんどしっくい)が減り、尾根瓦がしっかり積まれていない様子になっている。尾根に波があり、直線になっていないのだ。鬼瓦もゆるんでいるとの事だ。
彼も引退前で、いま我が家を何とか<先20年!生かそう>と種々工夫をしてくれています。建てた当時の手抜きもあったようで、それらを一つ一つ、彼は器用に補修してくれている。毎日、補修すべき場所、補修の仕方、補修後の様子を写真に撮ってくれて、それらは毎日我が家のPCに取り込んでいる。
外装以外の事も丁寧に知恵を絞ってくれる大変ありがたい職人さんだ。
昨日、一人でこの大掛かりな作業を終わらせて、外装の下準備にかかった。
目下、粉塵除けの幕の中で過ごしているが、雨天の日もあり、作業はまだまだこれからですが、何とか100歳まで生活できそうだ(笑)。
・・・・・RE: なかなか渋い探訪記が続きますね。
jijidarumaさん おはようございます。
塩飽諸島についてもお詳しいとはさすがです。
ところで家の補修の話、たいへん興味深く拝聴しました。
家のことを心から心配してくれる職人がいて、決してごまかしたりしない真面目一徹な仕事をする人がたまにはいるものですね。こういう人との巡りあわせは貴重です。
妻が重い屋根瓦は地震のときに怖いと恐れて、ガル・・・なんとかという鉄板に吹き替えました。家も古いので何十年来の知り合いの大工さんに耐震工事をしていただきました。
やはり同じような誠意ある仕事をする大工さんで、安心してやっていただきました。
しかし、彼も人間、いつのまにか歳をとってしまい、今では仕事をやってくれるかどうか分かりません。私は貧乏性でペンキ塗り、日曜大工、モルタル塗り、などなんでもやります。
先日は、庭の建仁寺垣を人口竹のものに作り直しました。植木の手入れも自分でやっていますが、今年あたりから高いところの剪定作業は危険だと思っております。
旅行記の話から離れたものとなってしまいましたが、お許しください。
pedaru
2024年05月02日07時07分 返信する -
マッチョ通り
pedaruさん、こんばんは。
本島町の笠島に、重要伝統的建造物群保存地区があるそうで
町通りがなまって「マッチョ通り」になったって、しゃれ好きには堪りませんね♪
大勢のマッチョマンが、通る道!とも思えましたが・・笑
また瀬戸大橋の様子も拝見して、穏やかに見えるけれど風の音が印象に残りました。
そして憧れのマドンナさまが、東京でシングル生活を送っておられるのは以前お聞きしたような気がします。
永遠のマドンナさんからご友人への手紙って、またミステリアスというか・・
ドラマの中の、お話みたいですね。
一緒に旅された娘さんの横顔、ボンヤリとですが初めてお目にかかりました。
センスよく、スタイルのいいお嬢様ですね(*^_^*)
ふわっくまRE: マッチョ通り
ふわっくまさん おはようございます
地味な旅行記をご覧くださってありがとうございます。
冒頭の旅行記とはかけ離れて話で、失礼いたしました。人間歳をとると昔のことを語りたがるものだと、今頃気づきました。
今でも独身でいてくれるなんて真正のマドンナだと思います。でももう顔を見たくないですねー。しかし、吉永小百合さんは今でもお綺麗ですからねー、複雑ですね。
マッチョ通りとはなんだ?私もマッチョに人気のジムでもあるのかな?くらいに思っていました。ところで息子は東京大会で入賞経験のあるボディビルダーなんです。
一緒だったらあの通りでポーズをとるところでした。
昔のネパールの旅行ではヒマラヤ山脈をバックにポーズをとっています。
https://4travel.jp/travelogue/10534838
pedaru
2024年05月02日06時41分 返信する -
これはーー
pedaruさん
こんにちは。
全く知らない島がいろいろあるものですね。
しかしーー。
冒頭のエピソード、興味深すぎてついつい脳裏から離れられません!
古びた街並みやユーチューブを見ても、そちらに頭が行ってしまいます。
冒頭のお話が面白過ぎるのも考えものだとーー(苦笑)
これと比べると私の冒頭、面白くもなんともない!
これも計算のうち!と言いたいところですが、あいにく良いエピソードがないだけでした。
その親友が亡くなられたのはご愁傷さまです。
心の友、何事にも代えがたいですね。
そして、そのマドンナと何があったのかーー。
決して解明されない謎。
だから人生は旅と同じで楽しいのですね。
norisaRE: これはーー
norisaさん おはようございます。
いつも本当にありがとうございます。
冒頭のエピソードは出そうかやめようかと迷いました。旅行記の内容と乖離しているし、
誰も個人的な思い出話なんて迷惑な構成ですからね。
最後につづくなんて書きましたが、次は更に個人の告白のようなものなので、自然主義文学じゃあるまいし、恥を晒すだけですからね。
ところでnorisaさんはどうですか?どこの学年にもマドンナはいるはずです。まさか、奥様がマドンナだった? それもnorisaさんならあり得る話です。やはりそれは秘密ですか?
今現在が奥様は真のマドンナですね。私のは 魔オンナでしょう。
pedaru2024年05月01日06時38分 返信する -
折り合い
pedaruさん、こんばんは。
本日は当方へのご来訪&いいね&コメントありがとうございました。
鞆の浦へは行ったことはありませんが、
10年以上も前だっか鞆の浦港の一部を埋め立て
バイパス橋を作る作らないで大論争になったのを思い出しました。
我々のような部外者(観光客)は折角の情緒ある景観が台無しになると
思う人が多いかと思いますが、
地元で暮らす人達はそんな単純な問題(選択)ではありませんよね。
景観が台無しになるのは第三者に言われずとも分かっていることで
それ以上に切実な問題があるから悩ましいのであって
今思えばオーバーツーリズム問題の走りだったかも知れませんね。
pedaruさんの写真を拝見してみるとバイパス橋は無いようなので
問題は棚上げになったのでしょうかね。
京都にせよ飛騨高山にせよ白川郷にせよ
観光地であるとともに生活の場ですから
どうやって折り合いをつけていくか切実な問題ですね。
j-ryu
RE: 折り合い
j-ryuさん こんにちは
折り合い、まさにそれです。古い町並みを保存するのはその土地に住む人の協力がなければ成り立ちませんね。外観をそのままに、内部の改造は自治体が補助するくらいのことをやらなければなかなか協力するきがしません。
土地の人が歴史ある町並みに誇りを持てるようなら結構ですけどね。観光客のために自分たちにはなんの利益もないのに、とそれで恩恵を受ける人以外はうれしくありませんね。
わが町でも駅前には高層ビルが立ち並び、いかにも都会になった気分になれるでしょうが、実は高層マンションに住む人以外には何の利益も、利益どころか、ビル風が激しくて、
雨の日など安物の傘など、何人の人がオチョコにされたでしょう?駄目になった傘は、街角に捨てられて、壊れた傘の山となり、ここを傘の墓場と称しています。傘を供養するため時々は坊主がお経を上げにやってまいります。
おっと、調子に乗って、事実を曲げてお伝えしました。捏造ですので、話半分に聞いてください。
pedaru2024年04月24日16時48分 返信する -
頑張っている
pedaruさん、続けてお邪魔します。
竹原は、観光と街並み保全が上手く噛み合っている感じがしますね。
道は石畳だったりしますが、古さを残して整備している感じがあります。
竹鶴政孝氏とリタ夫人の銅像なんて記憶が無いので調べてみると、朝ドラの放送は2014年で、私が訪れた時から3年後でした。
とすると、やはり朝ドラの影響で、街は変わったのでしょうかね?
娘さんと二人旅なんて、羨ましいです。
旅猫RE: 頑張っている
旅猫さん 引き続きありがとうございます。
仰るように竹原はきれいな町に仕上がっているという印象でした。大勢の観光客が押し寄せて、はでな看板や呼び込みのうるさい街もありますが、竹原はさりげなく古い街並みを保全しています。エアコンの室外機まで木の板で囲っているのを見ると、努力をしているなぁ、と思います。
耐震など難しい課題がありますが、こちらから見れば、ぜひ昔ながらの街並みをいつまでも
見せた頂きたいと願っております。
竹鶴政孝とリタ夫人の銅像は、朝ドラの放送の結果なのですね。でも街並みをみたところ露骨にマッサンの影響はなさそうでした。
pedaru2024年04月21日05時41分 返信する



