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pedaruさんのトラベラーページ

pedaruさんへのコメント一覧(23ページ)全3,472件

pedaruさんの掲示板にコメントを書く

  • こちらから失礼します。

    pedaruさん、こんにちは。

    水彩画、めっちゃお上手ですね~~~
    優しく趣があって、まもなくお芝居が始まるような雰囲気があります。

    内子町に興味を持ったのは、コロナの真っただ中で読んだこの本の影響なんです。
    https://mediapicnic.com/archives/124
    竹下景子さんが内子町まちづくり応援大使でいらっしゃることもこの時に知りました。
    歴史的建造物、街並み保存、まちづくりの拠点、未来に向けた街のあり方、町民の方々の世代間の考えかたのズレ。
    なかなか読みごたえがありました。

    pedaruさんが小田原の富貴座について記していらっしゃったので、令和になって小田原城の発掘調査が始まった旨のニュースを読んだ(ネットニュースか新聞の記事であったかは忘れました。)のを思い出しました。
    小田原は都心から箱根への通過点に過ぎず、経済的に発展していく未来の画が描けない。
    古き良きものもかなり取り壊してしまった。
    保存か取り壊しか?の議論もなく多くの遺構を壊してしまったことを惜しむ声が増え、せめて旧松本剛吉別邸や皆春荘、清閑亭 (旧・黒田長成邸)を後世に残し、町全体を囲んだ土塁に囲まれた街の全貌を明らかにするのが発掘の目的だったと思います。

    歴史ブームの影響もあるかと思いますが、最近は古きよきものを残し、それが街の集客力を持つコンテンツになって行くのは素晴らしいことだと思います。

    私も小田原は箱根の帰りに蒲鉾を買うために寄る場所でしたが、さらに魅力的な街になって行くことを望んでいます。

    2024年06月10日10時30分返信する 関連旅行記
  • 夜・・の『倉敷 散策』も また、素敵。

    お早う御座います。
    往復!の 飛行機・・は『広島』だったんですね~。

    岡山『倉敷』・・だと、どんどん『関東』に 近づいている。
    けど
    飛行場の ある『広島 空港』に、もう一度、戻らねば。
    が、ありますからね~。
    でも『広島 空港』は、「岡山県! 寄り」なので
    高速道路を 1時間半以内・・とは、ビックリ!でした。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    お嬢様、「きっと 旅行好き・・なんでしょうね」。

    今回の『瀬戸内海・・の 旅』の 内容!が どこも・・良くて、
    しみじみ「いい~! 旅だなぁ~」と 思いながら、拝見しました。

    私も『広島『竹原。鞆の浦』に 岡山『倉敷』と 瀬戸内海・沿い!に 巡りました」ので
    この コース!は「それぞれ、変化・・が あって、歴史旅!には うってつけ」って 思いますよね。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    「夜・・の 人が 居ない!『倉敷 散策』」も いいもんです。
    昼間は「子供っぽい! お土産店 & 若者が、いっぱい」で がっかり・・でした。から。

    私も「倉敷 美観地区!の 側・・に 宿泊した」ので
    夜・・の ライトアップされた & 真っ暗!な『倉敷』は、思い出・・です。

    朝・・・は、「冬」だとねぇ~。
    確か!に「明るい・・中。の『倉敷』も もっと、見たかった」も 解りますよね。
    それ!は「前日、夕方・・の 時間配分」と なりますよね~。

    旅プラン!も いろいろ・・大変です。
    お嬢様・・との「こんな・・素敵な旅」を また、出来るコト!を 待っていますね。
       これからもよろしくお願いします。
    2024年06月07日01時29分返信する 関連旅行記

    RE: 夜・・の『倉敷 散策』も また、素敵。


    白い華さん こんにちは

     手のけがはいかがでしょうか?人間て以外に弱いですよね、私の場合たった10センチの高さから足を踏み外し、小指を骨折したことがありましたが、痛いし、治るのに時間もかかりました。松葉づえというのは、思ったより不便ですね、物が持てないのが最大の弱点かと感じました。
     足でなく手の骨折で良かったのではありませんか?なんとか旅行を全うされました。4トラベラーの鑑です。
     私はギリシャに行く日の前日、自転車でどぶに落ちて(水のない浅い側溝ですが)打撲しましたが、家族には内証で出かけました。多少のケガなどなんのその、行かなかった心の傷は簡単には治りません(笑)。

     旅行好きの娘は度々旅行をしていて、いつも貧乏をしています。老後のことを心配するより、今のうちに旅行をしちゃえ、という思想の持主です(笑)。
    おかげで手配もプランも娘任せで安心です。ヨーロッパに住んでいたころは、安いのをいいことにたくさんの国に旅行したようです。

     このごろは海外旅行にご無沙汰です。それは経済的な理由です(笑)。
    元気なうちにまた行きたいなと、希望だけは捨てきれません。

     pedaru
    2024年06月08日14時49分 返信する
  • ご友人との交流

    pedaruさん

    こんばんは。
    冒頭の文章がずっとこころに残っておりました。

    本文となる倉敷の旅行記
    薄暗がりの中での街の記録が続きました。
    それらのお写真の中でも、ポツンと灯っている明かりだったり
    川面にうつる街灯のあかりだったりが、温かさを添えてくれていて
    あたかも心の中の拠り所となっているかのように感じられました。

    まさに冒頭のperaruさんの文章と呼応しているかのように思われました。
    若き日のpedaruさん、苦い思い出、苦しまれた日々のことを書かれ
    それでもそんなpedaruさんの支えとなって下さった友の言葉を記されて
    おられました。
    「何かを持っているんだ。」と皆の前で語ってくださった竹馬の友の言葉、
    どんなに嬉しく励みになったことでしょう、と胸が熱くなりました。
    そして国際デザインコンテストでの入賞を果たされたpedaruさん。
    その知らせを受けた友は、わざわざ上京されて御木本画廊まで見に来て
    下さったとのこと。
    そんな交流を重ねられた思い出。
    そしてある日、突然知らされた、大切な友とのお別れ。

    お別れはやってきましたが、その前に大切だったご友人に会いに行かれた
    pedaruさん。
    恐らくそのご友人は、ご自身の病状を詳しく語ることもされずに
    若かりしころの楽しかった思い出を、お二人で語り合われたんでしょうね。

    そんな状況を想像(妄想?)してしまうような
    しみじみとした素敵な旅行記でした。

    mistral



    2024年05月30日21時51分返信する 関連旅行記

    RE: ご友人との交流


    mistralさん おはようございます。

     友人とは小学校に入った時からの竹馬の友で、背の高かった二人は中学性になってからもバスケットボールの運動部に入りました。
     人望のある彼には多くの友人がおり、私とは対称的でした。疎遠になってしまってからも、ときどきは彼の噂を聞き、故郷の町のギャンブル場の設置に反対運動をしたり、日中友好協会の群馬支部長になって、中国をたびたび訪問して友好を築いていました。
     
     同窓会で会う以外は、なかなか機会がありませんでしたが、ようやく彼を訪ねることが出来ましたが、半年もしないうちに永遠の別れをするとは、世の中は残酷に出来た仕組みですね。
    死んでも魂は残り、見守っていると古来から言われ、信じている人も多そうですが、お釈迦様は原始仏教の中では、あの世だとか、魂だとかは言ってませんね。誰もそんなことは分からないし、分からないことを信じることはできないと言っています。
     私もその言葉を信じ、今を大切に生きることこそ、仏陀の教えだと思っております。・・・・とか言っても、毎日悔いなく生きているかと言うとその逆で、怠惰な一生を過ごしそうです。
     心のこもったコメントをありがとうございました。

     pedaru
      
     
    2024年06月05日06時20分 返信する

    RE: RE: ご友人との交流

    pedaruさん

    ご友人との数々の関わりをお知らせくださり、ありがとうございました。

    死んでも、向こうから見守ってくれている存在、、、
    私には、そのご友人がpedaruさんにとって、そのような存在であるかのように感じました。
    実際に見守ってくださっているかどうかはわかりませんが、
    少なくてもお二人のこれまでのご交流、あの時に語ってくださったご友人の言葉、
    あの時のご友人の笑顔などなどは
    pedaruさんの支えとなったり、励ましてくださっていたかのようです。

    と想いますのは、私は臨床スピリチュアルケア師として、ボランティアですが活動しています。
    欧米ですと病院などではチャプレン(元々は牧師さま、神父さま)がいますが
    最近は宗教家でないスピリチュアルケア師がおなじ役割で常駐していたりします。
    日本ではまだまだ有給での方は少ないのが現状ですが。

    そんなことから、ご友人の最期は存じ上げませんが、
    はるばる訪ねて来てくださった竹馬の友との、楽しい語らいの時を思い出されて
    ご友人は穏やかなお気持ちになられただろうと想像しておりました。

    今、この時を大切にして悔いのないように生きる。。。
    なかなかできない事です。
    それでもご友人に会いに行かれたpedaru さんのご決断は、素晴らしいことだったように
    想いました。

    mistral



    >  友人とは小学校に入った時からの竹馬の友で、背の高かった二人は中学性になってからもバスケットボールの運動部に入りました。
    >  人望のある彼には多くの友人がおり、私とは対称的でした。疎遠になってしまってからも、ときどきは彼の噂を聞き、故郷の町のギャンブル場の設置に反対運動をしたり、日中友好協会の群馬支部長になって、中国をたびたび訪問して友好を築いていました。
    >  
    >  同窓会で会う以外は、なかなか機会がありませんでしたが、ようやく彼を訪ねることが出来ましたが、半年もしないうちに永遠の別れをするとは、世の中は残酷に出来た仕組みですね。
    > 死んでも魂は残り、見守っていると古来から言われ、信じている人も多そうですが、お釈迦様は原始仏教の中では、あの世だとか、魂だとかは言ってませんね。誰もそんなことは分からないし、分からないことを信じることはできないと言っています。
    >  私もその言葉を信じ、今を大切に生きることこそ、仏陀の教えだと思っております。・・・・とか言っても、毎日悔いなく生きているかと言うとその逆で、怠惰な一生を過ごしそうです。
    >  心のこもったコメントをありがとうございました。
    >
    >  pedaru
    >   
    >  
    2024年06月05日14時04分 返信する

    RE: RE: RE: ご友人との交流

     mistralさん こんにちは

     たいへん重いお仕事をなさっているということを知り、いかなるものかは分かりませんが、迷い苦しむ人の友となって、少しでも心のケアの手助けをするお仕事のように感じました。
     臨床スピリチュアルケア師に特に関心を持ったのは、最近長兄が癌になり、高齢のため治療の手立てがないと宣告され、順番だから仕方がないよ、と明るくふるまっておりますが、
    何歳になっても、死の恐怖は克服できるものではないと私は思っております。

     兄を元気づける言葉はないか、などと思い、思いつく言葉などを選んだりしていますが、どれも空しく、かつ己の無力を痛感しております。
     幸か不幸か我々兄弟は、神とか奇跡とか証拠のないものを信じられないように育ってきましたので、彼に安らぎを与える言葉を知りません。狭く,浅い知識をもとに判断しておりますので、不遜だと思われる方も多いかと思います。

     と言う訳で今一番の関心事です。とりとめの無いことを申し上げましたがお許しください。

     pedaru
     
    2024年06月08日14時17分 返信する

    RE: RE: RE: RE: ご友人との交流から。

    pedaruさん

    何度ものコメントを失礼致します。

    その後、どうして自分のことをあれ程書いてしまったのか、書かなければ良かったなどと想いがいきつ戻りつしていました。
    いろいろなことを想ってみますと、pedaruさんとご友人との交流は、スピリチュアルケアをお互いになさっておられたかのように感じ、こころを打たれたんだと想い至りました。

    そして今回の旅行記の冒頭の文章には、もしかしたらお兄さまへの想いも繋がっておられたのかもしれない、などとも感じました。

    人には危機的状況になると動き出すスピリチュアリティの機能というものがあるようです。宗教的な支えがないとしても、誰でも自分のこころの拠り所となるものを探し求めるそうです。そんな状況下で、特別な言葉をおかけしなくても、ただおそばにおられるだけで、その方のやすらぎになれるでしょうし、ご友人と交わされたような若かりしころの思い出を話しあわれるだけでも、静かなお気持ちになれることでしょう。
    今までpedaruさんがなさってこられたままの在り方で、向き合われますことで大丈夫なのではないでしょうか。

    今、この時はお大切に、どうぞお過ごしになってくださいませ。
    余計なことを書きましたがどうぞお許しください。

    mistral
    2024年06月09日15時35分 返信する
  • あの町は、夜こそ

    冒頭のお話、身に沁みました。大事な従弟を見送って以来、
    ”会いたい人に会っておく”を信条に暮らしております。
    以来12年、会っておいてよかったと思うことが多くなりました。

    思い起こせば、アイビースクエアに泊まったのも40年以上前になります。
    お部屋のクローゼットが戦前の家具のようだったのと、倉敷の夜の散策が印象に残っています。変えない町ですね。お写真を拝見して思いました。町びと尊敬します。
    数年後、泊まらずに、美術館とカフェグレコにもう一度と訪れましたが、大変な人出
    でしたから、夜こそ倉敷の神髄に触れられますね。あの静寂と水辺の柳に白壁。
    灯りも考えられていますから。貴日記でこれらが鮮明によみがえりました。感謝です。

    お嬢様との旅とは、その思い出は最高の財産と思います。
    2024年05月30日09時57分返信する 関連旅行記

    RE: あの町は、夜こそ


    momKさん おはようございます。

     「会いたい人に会っておく」これは正に私への警鐘に聞こえました。会いたい人が沢山いましたが、なかなか会えずに後悔ばかり残ります。
     商売をしているので、会いたくない人も沢山いますが、会わざるを得ません(笑)。

     アイビースクエアってそんな前からホテルになっていたのですね。クラボウと言う言葉が倉敷紡績で、その工場をリノベーションしてホテルその他の施設にしたと聞いていましたが。
     確かに混雑するところでは街の良さは味わえない気がしますから、夜の町もいいものだと思えるようになりました、しかし、明るい時の町も見たかったなぁー(笑)。

      pedaru
    2024年05月31日07時01分 返信する
  • 倉敷散歩♪

    pedaruさん、こんばんは☆彡

    お嬢さんとの旅の最後は倉敷だったのですね。アイビースクエアにお泊りで
    私も以前に宿泊はしていませんが、訪れたことはあります。赤レンガで蔦が
    印象的でした。

    夕暮れ以降は、人も少なくなり街の様子もしっとりとして風情がありますね。
    暗闇に浮かび上がった大原美術館も素敵です。
    運河になまこ壁の建物が映りこんで、とってもきれいですね。控えめな
    程よいライトアップもちょうど良くて、ゆっくり散策できますね。

    倉敷から広島空港まで行かれたのですね。遠いのでは?って思ったら
    1時間30分もかからずですか?広島空港は山の方でしたね。以前に何度か
    行きました。朝、ゆっくりできるとなお良かったですね。

    お嬢さんの後をついて行くだけの旅、良かったですね。私もしてみたいです。
    pedaruさんも青春時代、色んな思いをされていたのですね。
    ご友人に会いに行かれていて本当に良かったです。

    国際デザインコンテストに入選のことは、違う旅行記で拝見しましたが
    ミキモトで表彰式もあったのですよね。修行の数年後とは、さすがで
    ございます。その作品は今は?ちょっと気になりました。最後の倉敷の
    印象には大笑い、ありがとうございました。

    また次のシリーズも楽しみにしています。

     cheriko330
    2024年05月30日01時27分返信する 関連旅行記

    RE: 倉敷散歩♪


    cherikoさん おはようございます。
     明け方から酷い雨でしたが、今、小降りになりました。今日は小岩(川向こうの東京都)まで自転車で通勤なのでほっとしています。雨が酷ければ、娘に車で送ってもらうのですが。
     cherikoさんは何処にでも出没する妖精のような人ですが、沖縄、北海道はおろか、広島にも訪問済みで、アイビースクエアもとっくにご存じでした。
    倉敷は観光化され過ぎている先入観で、期待をしていませんでしたが、私の認識不足でした。とっても良い一流の町ですね。明るい時に行きたかったです(笑)。

     デザインコンテストのこと、自慢しているようにとられては嫌なので、なかなか旅行記はアップできませんでした。(自慢をしているのですが(笑))4トラベルの中には、これ以上のお仕事を達成されている方が大勢いらっしゃるのは想像に難くありませんので。
     表彰式はホテルオークラで行われました。合計3回入選しています。
    小学校写生大会で入選したことと合わせて、人生2度だけの栄光でした。(笑)。

     pedaru
    2024年05月31日06時42分 返信する
  • 辛い別れ

    pedaru様、冒頭のお話を小説のように読ませて頂きました。

    私事ですが、先日博多に行った折、知人からある方が亡くなったのを知ってる?と聞かれました。
    同じファンとしてサイトを通じて知り合った方の中のお一人でした。年上の彼女には可愛がってもらいました。メンバーも泊まるホテルで彼を出迎えた後、煙草をふかす彼女の部屋に呼ばれて深夜まで語り明かしました。
    ファンである彼が亡くなった後はライブに行かなくなった彼女とは連絡も途絶えてしまいました。
    ご主人が連絡をして回っていたそうですが、メールのやり取りが主だったため、もしかしたら知らない電話番号を着信拒否したかもしれません。
    メールのやり取り位しておけば良かったと悔やまれます。孫が生まれて喜んだ彼女、一人で出かけた博多の写真を送ってきてくれた彼女。色々と思い出されます。

    出会いと別れはつきものの人世とはいえ、pedaru様の人生のそばにいた方との別れの辛さは想像に難くありません。

    生きている者は前を向いて行くしかありませんね。
    倉敷の暗さが心情を物語っているようでした。
               じんべい
    2024年05月29日13時54分返信する 関連旅行記

    RE: 辛い別れ


     じんべいさん おはようございます。

     心のこもったコメントをありがとうございました。付き合いが楽しければ楽しいほど別れは辛いものですね。
     この世は旅行など楽しいことが沢山ありますが、かけがえのない家族や友人とも必ず別れる時が来ると思うと、なんて残酷な仕組みなんだろうと思いますが、それだけによく言われることですが、今生きている時を大切に、いつ死んでも後悔のない人生を歩みたいものです。
      
     倉敷の散策は時間の都合で、暗い所ばかりしか見ていません。私の心情をものがたっているかのよう、とは優しいお言葉でした。ありがとうございました。
     
     pedaru
    2024年05月30日06時50分 返信する
  • 会える時が会う時

    pedaruさん、こんにちは。

    冒頭のお話。とても興味深く拝読しました。
    息子が大学時代に、しょっちゅう上京しては中学時代の友達と会っていました。
    最初は二人、次は数人、最後は10人と集まる友達が増えて行きました。
    あの時が私にとっての二度目の青春かもしれません。
    息子が大学を卒業して就職してからはその旧友たちと会っていません。
    それから二人、他界しました。会える時が会う時ですね。
    一人のお葬式には行きましたが、もう一人はコロナ禍の事で行けませんでした。
    その事を思い出しました。
    pedaruさんの旅行記では、以前は旅行記の最後にご自身の作品の写真がありましたね。私はジュエリーが好きで。そんなに高級なものはナカナカ買えませんが、譲る娘もいないのに結構買ってしまいました。国際デザインコンテストで入賞ですか!素敵!
    またいつか作品の紹介を待っております。

    fuzz
    2024年05月29日11時54分返信する 関連旅行記

    RE: 会える時が会う時


    fuzzさん おはようございます。
     
     お忙しいfuzzさんからコメントいただき嬉しく思います。
    私はfuzzさんの掲示板を見ると、あまりにもたくさんのコメントに足がすくみ、手がすくみ
    緑内障と脊柱管狭窄症が再発する気がして、ついコメントの仲間に入れずにいます。

     東京に出かけては、お友達に会い、その輪が広がって、同窓会のようになってしまったとはいかにも人の中心になるfuzzさんの人柄らしいエピソードだと思いました。

     私でさえも長い人生ですから、沢山の人と出会っていますが、いつも遠慮してと言うより、気後れがして、良いチャンスを逃していました。
    自分に鞭打って(少し大げさですが)一番の友人に会っておいて良かったと思います。
    私はお迎えがいつ来ても不思議でない歳ですので、会えるときに会っておく、というのは確かに名言です。
     
     分かりやすいように国際コンテストと書きましたが、正式にはインターナショナルパールデザインコンテストです。こんな長い名前では「朝鮮民主主義人民共和国」と同じでつい
    「北朝鮮」で済ましてしまうのと同じです(笑)。

     pedaru

     
    2024年05月30日06時25分 返信する
  • 国際デザインコンテスト

    pedaruさん

    こんにちは。
    お久しぶりです。
    私も親戚の入院などであわただしく、旅行もせず、もちろん4トラから遠ざかっています。

    しかし、国際デザインコンテストに入選とは!
    さすがpedaru師匠!
    どれほどのものかわかりませんが、日本とか国際と付くのは相当な賞に決まっています。
    その実力と栄光で現在の巨万の富を築かれたと想像します(笑)
    しかし、友のあえない最期は残念でした。
    古希を超えると次々と親戚、友人が亡くなり滅入りますーー。

    さて、倉敷アイビースクエアにお泊まりでしたか。
    ここは大浴場が少々残念ですが、宿泊や食事、散策には素晴らしいですね。
    特にリニューアルした部屋は良いですね。
    夜の倉敷美観地区も趣向が変わって良いですね。
    倉敷アイビースクエアには二度宿泊しましたが、どちらも夕食の酒で満足して夜の散策を省略したのが悔やまれます(笑)

    norisa
    2024年05月29日11時42分返信する 関連旅行記

    RE: 国際デザインコンテスト


    norisaさん おはようございます。

     必ず定期的に旅行記をアップされるのがnorisaさんの定番ですので、このごろ少し遅れているかな?と気になっておりました。それより、自分のことを心配した方が良いのですが。
      
     冒頭の小文を出すべきか、いや止めた方がいい、などと逡巡しているうち、いたずらに時間が経過して、沢山削除してやっと投稿の運びとなりました。
     コンテストのことは真珠がテーマのコンテストなので、日本が催行し海外からも沢山応募があったようです。今は景気の関係か、コンテストは行われておりません。
     
     あのころ稼いだお金はバブルのように、いや、お風呂の石鹸のように、溶けてなくなってしまいました。今では遺跡のなかの竪穴式住居に住んで、生きながらえております(笑)。

     アイビースクエアに泊まり、倉敷の街を散策したのは、偶然とはいえ深い縁を感じます。
    写真で見ると、norisaさんたちのほうが、部屋が豪華な気がします。コンテストと財力は関係がない事を痛感しました(笑)。

     pedaru
    2024年05月30日05時53分 返信する
  • ふたつの城

    pedaruさん、こんにちは。
    一回のご旅行で、福山城と丸亀城を二つ堪能なさるなんて、
    贅沢ですね。
    私にとっては、インバウンドや観光客で
    激混みの城よりも、
    こうした 小さいけれど人のあまりいないお城の方が
    ずっと価値あるものに思えます。
    ホテルからの福山城の眺めも、とても素敵ですね。
    大好きな新幹線とお城が両方見えるなんて、
    私なら一晩中寝れないかもしれません。

    丸亀のキャラクターはヤドンなんですね。
    あのヤドンのお干菓子も、私的には絶対欲しいです。
    観賞用と食べる用と、二つ買っても良いぐらいです。
    良質な和三盆でお干菓子を作っていますけれど、
    本当に美味しいですよね!

    米軍と日本軍、どちらが残忍だったかという話は、
    私には解りませんけれど、
    とにかくあんな大国アメリカに戦いを挑んだ、
    ちっぽけな我が国は、
    勇気があり過ぎるというか、単なるもの知らずだったのか?
    一部の人のせいで、全国民が大きな犠牲を払うことになってしまいました。
    そう考えると、ネタニヤフさんやプーチンさんは、
    今すぐに戦闘中止すべきだと、教えてあげたいです。
    yamayuri2001
    2024年05月27日16時47分返信する 関連旅行記

    RE: ふたつの城


    yamayuri2001さん おはようございます。

     旅行記のネタ切れで、停滞しております(笑)。
     広島旅行最後の倉敷の旅行記はとっくにできているのですが、
    冒頭のコメントに例によって、プライバシーにかかわることを書いてしまったので、
    某方面から批判もあるかと危惧してなかなかアップできずにいます。

     ドラマなどでも戦争中のことや戦後の混乱のことをときどき放映されますが、
    なんといっても、哀れなのは戦争孤児の存在です。当時は浮浪児とかいって、
    盗みはする,喧嘩はするで、嫌われたり、軽蔑されたりしましたが、誰のせいで
    こんな目に合うのだ、すべて大人の引き起こしたことではないか!
    ガード下に寝泊まりして、飢えをしのいで、あるいは餓死をしてしまう子供も
    いました。これを想うと、可哀そうでなりません。

     北海道や沖縄などに気軽にお出かけの人の多い中、ネタ切れのネタを探して
    近隣を自転車で回ってみました。こんなことでも日常が貴重なものに見えて
    来るのは不思議ですね。
     
     pedaru












    2024年05月28日06時00分 返信する
  • 湊の風情

    pedaruさん、こんにちは。

    鞆港の佇まいは、静かで風情がありますよね。
    大きな船は無いし、立派な競り場もない。
    常夜燈が立ち、夕暮れ時は美しい。
    あそこは、お気に入りの場所です。

    坂本龍馬。
    ある意味、幕末を駆け抜けた英傑の一人かもしれませんが、個人的には、実はあまり好きではありません。
    薩長の狡猾さを見抜けなかった。
    おかげで、せっかくの無血政権交代が台無しに。
    明治から昭和までの軍事政権の基礎を築いてしまった罪は重い。
    すべては、薩長同盟。
    歴史好きとしては、幕末に暗躍した人たちをどうしても好きになれないのです。

    それにしても、鞆の浦の街は良いですよね。
    一大観光地なのに、あの佇まいが残っているのが嬉しい。
    あの街を訪れて、ひとつつ気になったのは、自動車の運転が荒すぎる。
    散策中、何度怖い思いをしたことか。
    それでも、もう一度、泊りがけで訪れてみたい街のひとつです。

    旅猫
    2024年05月21日08時37分返信する 関連旅行記

    RE: 湊の風情


     旅猫さん おはようございます。

     鞆の浦がやはりお気に入りでしたか?旅猫さんにお墨付きをいただいて、鞆の市長?町長も悦んでいると思います。
     旅猫さんもそう思われたのですね、前もって調べたわけでもありませんが、私もそう思いました。まず静かで、清潔、お金儲けとは縁のないような土地柄と見受けました。
     お金儲けと縁がない点だけは私と同じです(笑)。商売人としては失格なんですが。

     いまでこそ古い物を大切にする風潮がありますが、高度成長期には競って、街を作り変えました。今、古い家並が残っている町は、経済的に恵まれなかった事情もある気がします。
     今になって行政は何々跡などという石碑を立てたりしていますが、遅いですね。 
     私の故郷でも、今になって、ここが柳沢吉保屋敷跡だなんて立て札を立てたりしていますが、いままで城の堀を埋め立てて、不動産屋に売って住宅にしたり、江戸時代の火の見やぐらを老朽化を口実に取り壊したりしました。
     行政を責めるより、住民の意識が低いのがおおきな要因だとはおもいますが。

     坂本龍馬の人気は凄くて、高知の空港も坂本龍馬空港などと名前を付けていますね。
    人気にあやかって、安易に名前を変えるのも考え物だと思いました。

     そうそう、不満のついでですが、市川市でも、お金さえ出せば、通りの名前を企業などの名前を付けてくれるようですよ、例えばスポーツクラブのアーデルというのがありますが、
    地図ではアーデル通りとなっています。地域の歴史など無視した拝金主義のネーミングには
    違和感を覚えますね。

     鞆の浦に話は戻りますが、車の運転が荒いとは街を褒めた跡では、苦笑せざるを得ません。他人の命は大切に、肝に銘じてもらいたいものです。

     pedaru
    2024年05月22日06時40分 返信する

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