g60_kibiyamaさんのクチコミ(52ページ)全6,029件
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.0
(東京)日本橋本石町の本店はこれが日銀か!という大迫力の建物ですが、全国の基幹支店のすべてがそうかと言うなら、そんなことはないようです。1894年(明治27年)に出張所として開設されて、その後支店に昇格しているのでその歴史は相当古いようですが、2020年12月に立ち寄ったときに改修中だったため、念のため再訪してみたら特に個性を感じない近代建築でした。もちろん三条高倉にある「旧」日本銀行京都支店のほうは素敵な煉瓦造りの建物ですが。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.5
吉田山の南側に位置する天台宗の寺院です。紅葉の名所として有名な場所とのことですが、5月に訪れたのでちょっと残念。創建は10世紀末ですが、何度か場所を変わり、現地に移ったのは16世紀末です。このときはレンタサイクルで哲学の道から岡崎方面へ移動していましたが、お寺の規模感がつかめず、朱塗りの総門の前まで行ったのですが、予定の時間が押していたので中へ入らず、南隣の金戒光明寺へと進みました。再建された本堂は国の重要文化財なのですね。次回はぜひ。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:4.5
指定範囲は8ヘクタールを超え、重要伝統的建造物群保存地区としてはけっこう南北に広い範囲が指定されています。町並みの起源は清水寺,法観寺,祇園社などの門前町としてですが、産寧坂に続く二年坂や石塀小路だけでなく、ねねの道も含まれていて、京都でも人気の散策路として整備されています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- バリアフリー:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.5
同志社の創立者、新島襄の自邸として1878年(明治11年)に竣工しています。入り口は格子戸で純和風な感じですが、建物の外観はコロニアルスタイルの洋風で京都らしくない感じがします。団体での見学は申し込めば可能なようですが、一個人でふらっと見学するのはNGみたいですね。残念。京都市指定有形文化財です。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.5
さまざまな時代の歴史の側面を見せてくれる魅力ある京都の町ですが、そのなかでもこの方広寺がたどった歴史は個人的にとても奇妙に感じます。そもそもは豊臣秀吉が発願した大仏(盧舎那仏)を安置するための寺として1595年(文禄4年)に創建された天台宗の寺院です。秀吉はこの寺院のために五条通を付け替えたほどの大規模な区割りをしています。17世紀に入ると「方広寺鐘銘事件」で豊臣氏滅亡の大坂の陣へとつながります。さらにその後も秀吉自慢の京の大仏は倒壊・再建を繰り返し、三度目の再建は1843年(天保14年)。ただ130年後に失火により三度めの焼失。いまではすっかり忘れ去られてしまいました。方広寺イコール豊臣家滅亡のきっかけプラス悲しき京の大仏物語で、本来もっと知られてもいい場所のように思いました。
…というわけで…? 自分も豊国神社の唐門と鐘楼だけ確認して満足してきました(笑)。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.5
宗教法人としての名称は百萬遍知恩寺と呼ぶそうです。正確な年代は伝わっていないようですが平安時代前期に円仁が創建したとあります。この地に移ったのは17世紀半ばで1664年(寛文4年)再建の釈迦堂が重要文化財に指定されています。明治期の神仏分離までは賀茂御祖神社(下鴨神社)の神宮寺でもありました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.0
内堀通り、千鳥ヶ淵交差点からすぐ。第二TGビルの7階に大使館があります。1階エントランスに国旗が掲げられているので「もしかして大使館?」ぐらいの印象でした。大正時代には日本から南米への移民がいたことから1919年には国交が樹立されていますが、第二次世界大戦時には日独伊の同盟に対して、一時国交は断絶。サンフランシスコ講和条約後に国交は再樹立されています。とはいえ、日本の総理大臣が初めてパラグアイを訪問したのは2018年とのことのなので、日本人にとっては地球の裏側の遠い国かもしれません。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:4.0
もとは1894年(明治27年)に建設された明治期の洋風オフィスビルで、明治政府の建築顧問であったジョサイア・コンドルの設計による煉瓦造の建築でした。丸の内が「一丁ロンドン」と呼ばれていた時代を彷彿とさせる外観。現存する建物はに1968年(昭和43年)に解体されて、あらためて2009年(平成21年)に復元されたもので、現在は美術館として利用されています。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.0
本郷通り、上富士前交差点からすぐの文京区立昭和小学校前の植え込みに石碑がありました。1921年(大正10年)に 道路材料試験のため, 「道路材料試験所」(内務省土木局の分室)が 設置された場所がここだそうです。戦後になって「建設省土木研究所」と改称, のちに筑波研究学園都市に移転しました。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2023年05月01日
総合評価:3.0
目印は千代田国際中高の校舎です。与謝野鉄幹・晶子夫妻が1911年(明治44年)から4年間、この場所で暮らしたと説明がありました。この時点で二人とも名の知れた歌人でしたが、1912年(明治45年)は晶子が鉄幹を追ってパリへ渡った時期でもあり、決して生活が安定していたとは言えないように思います。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
























