滝山氏照さんへのコメント一覧(2ページ)全113件
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投票ありがとうございます!
滝山氏照様
初めまして
『沖縄旅行ー4(帰宅編)』に
投票頂きましてありがとうございます!
合戦には、いずれも悲しい・残酷な話もありますが
武蔵谷中 石橋山合戦も歴史を刻む話しですね〜!
また、ゆっくりと旅行記を拝見させて頂きます
私のは、拙い旅の記録ですが、よろしくお願いいたします
蔦之丞 -
戦国時代の歴史探訪は、面白いですね!
滝山氏照さん
おはようございます。
はじめまして、戦国時代の史跡巡りは興味があり旅行記で拝見させて
いただきました。史実については、随分と研究されている様子がうか
がえました。
当地は、家康公が今川家の人質として「駿府」に居住していたため、
縁が深く今年は「家康公400年顕彰記念行事」が開催されています。
JR静岡駅の広場には、以前から家康公の幼名・「竹千代像」が設置さ
れており、駿府城公園〜久能山東照宮〜江浄寺(家康公の嫡子・信康
の菩提所)また、山岡鉄舟に関わる「鉄舟寺」には源義経が五条の橋
の上で奏したとされる「薄墨(うすずみ)の笛」が保管されており、
日本史にかかわる史跡の多いところです。
さらに武田家ゆかりの「一乗寺」、文福茶釜伝説の「柴屋寺」などは
すべて旅行記で紹介しました。
また元勤務先の先輩方は、「田沼意次に関する本」「徳川家治の政治
に学べ」「幕末の徳川家臣団の消息」などを出版しました。
小生は、県内の知られざる寺社仏閣、史跡などを巡り日本史の史実を
研究しています。
またの訪問と情報交換を!
風 魔静岡県城郭めぐり
風魔さん、こんにちは
この度は小生の旅行記にお立ち寄りいただきありがとうございます。
静岡県の城郭訪問については頻度少なく、浜松城・二俣城・掛川城・諏訪原城・駿府城・興国寺城・韮山城の訪問実績ですが、訪問きっかけは小田原北条氏や武田氏の動向から得た情報が多いようです。
過日「古城の風景」NO1-5(宮城谷昌光著)を読んで東三河の城跡訪問して久しぶりの充実感を得たところですが、ご存じのように東三河は時代の前後はありますが西進する今川氏・東進する松平(徳川)氏・南進する武田氏の勢力が交互に衝突する紛争地域でこれらに影響を受けた現地の中小国人領主の進退は過酷だったと思います。
最終的には西三河を再統一し東三河を臣従させ東進して遠江から駿河を経て関東進出を果たした家康のパワ−のすごさを改めて感じた次第です。
機会があれば家康が上述のル−トで東海道を駆け抜けた足跡の一部でも訪ねてみたいと思っているところです。
滝山氏照
追伸:風魔さんの掲示板書き込みをチェックを怠ってお返事が遅れましたことお詫びします。
2015年06月09日09時32分 返信する -
甲斐善光寺には私も参拝しました。
しかし情報不足で加藤光泰供養塔を見落としました。
残念です。大國魂神社
吉備津彦さん、こんばんは
いつも訪問記にお立ちより頂いてありがとうございます。
実は小生も甲斐善光寺に加藤光泰の供養塔があることは事前に知らず、たまたま境内案内図に記載されていたのを発見した次第です。
そのかわり目論んでいた小山田信茂−甲斐国東部地区・郡内の支配者−が織田信忠に斬首されたという首塚は見つけることができませんでした。
ところで府中の大國魂神社に行かれた由、くらやみ祭りも丁度5月の連休中に開催されますが家内が府中の出身ということもあって何度か行ったことがあります。
御存じの通り府中は武蔵国の国衙だったので歴史的遺構が多く隣の国分寺と共に十分楽しめるエリアですから今後も訪問されたらいいと思います。
滝山氏照
2015年05月14日21時24分 返信する -
この度も有難うございます。
滝山氏照様
おはようございます。
いつも、ご投稿拝見させて戴きまして有難うございます。
この度も、いつもながらの私の拙い投稿をご覧下さり恐縮です。
更にご投票賜り有難うございます。
また、先日より沢山の投票を頂戴致しながらお礼もせず申し訳ございません。
セブパシフィック航空のプロモで\1000円の格安セールを知り衝動予約してしまいました。
今回のセブパシフィックの破格運賃もメールマガジン等で告知されますので、
ご興味が有りましたら、メール会員になられますと便利かと思います。
私は、FBの「友達作って、みんなで安くマニラへ行こう!!」
https://www.facebook.com/groups/gomanila/?pnref=lhc
に登録しておりまして情報を知りました。
今後共宜しくお願い申し上げます。
今後のご投稿も楽しみにしております。
それでは失礼致します。
jmb_sr
2015年05月04日08時17分返信する -
美しいお城ですよね。
滝山氏照さんへ
こんばんは、姫路城が化粧直しがすんで美しい姿を見せてくれましたね。
最近よくテレビの旅番組で見かける事が多くなりました。
私も高校の修学旅行以来なので、記憶も薄れていますが滝山氏照さんの旅行記を見ながら、部分的に思い出しました。
「お菊井戸
播州皿屋敷のお菊が責め殺されてこの井戸に投げ込まれたと言われる井戸です。」
これは興味が有ったので、私も井戸の中をじっくり見ました。
とても大きなお城でとても綺麗だな〜と覚えています。
時代劇で姫路城がバックに映ると、懐かさも覚えました。
いつかまた訪ねてみたいです。
ごま -
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鎌倉時代当時は・・・
滝山氏照様
いつも旅行記、拝見しております。
今回の旅行記を拝見して、ふと鎌倉時代当時の“坂東武者”の日常を考えてしまいました。
まだまだ人影もまばらだった関東平野で、岡部忠澄氏。普段は農作業に従事されていたのだと思うのですが、いざ!平家追討、で西国まで出陣したのでしょうが、さながら“宇宙旅行”のような体験だったのではないでしょうか・・・。(想像するよりは、人の往来はあったのでしょうが)一所懸命の人々
ごろごろ56さん、おはようございます。
平忠度の記事についてお便りくださりありがとうございます。
確かに一族を率いて未知の西国まで(しかも自弁で)戦いに行くことは日常では考えられないことで種々不安があったことでしょう。
しかし自分や家族を含めた一族の生活基盤である土地を護ることは、自らの生存を問われることに直結していたので「一所懸命」の意味をよく示していると思います。
岡部忠澄は現在の埼玉県深谷市あたりに本拠を定めた猪俣党(いのまたとう、武蔵七党の一つ)と呼ばれる小規模武士集団の庶流ですが、頼朝から本領安堵された御家人ですから、郷里のことを想いながら義経指揮のもと文字通り命を懸けて平氏討伐に転戦したことでしょう。
滝山氏照
2015年02月11日10時58分 返信する



