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甲斐善光寺(かい・ぜんこうじ、山梨県甲府市善光寺)は甲斐の武田信玄が越後の上杉謙信との川中島の戦の折り、信濃善光寺の焼失を恐れ永禄元年(1558)に御本尊善光寺如来をはじめとする寺宝を山梨郡板垣郷に移したことに始まる寺院です。<br />  <br />武田氏没落後は善光寺如来は織田、徳川、豊臣氏を転々としましたが慶長3年(1598)に信濃善光寺に戻されています。<br /><br />江戸時代では徳川家の庇護を受けて、本坊三院十五庵を有する大寺院と発展し、甲斐国浄土宗の触頭(ふれがしら)となった経緯があります。<br /><br />また金堂の裏手にある墓地には豊臣秀吉の朝鮮出兵に従軍するも現地で病死した甲斐国主の加藤光泰(かとう・みつやす、1537~1593)の後裔が光泰の霊を慰めるため建立した供養塔があります。<br /><br /><br />そして供養塔の傍に立てられた説明板には次の言葉が記されています。<br /><br />「 加藤光泰の墓<br /><br />加藤遠江守(とおとおみのかみ)光泰は、天正19年(1591)から文禄2年(1593)まで甲斐国の領主であった。<br /><br />文禄2年に豊臣秀吉の命を受けて朝鮮へ出兵するが、同年8月29日に病死する。<br /><br />甲斐国在任中の2年間に甲府城の築城工事を受け継いだが、完成を見ることなく死亡した。<br /><br />この五輪塔は江戸時代中頃の元文4年(1739)に、彼の子孫によって建てられたもので、光泰の死後146年経ってから建てられた、祖先崇拝の供養塔である。<br /><br />      昭和63年2月  甲府市教育委員会 」

甲斐甲府 小田原征伐後に家康関東移封に伴って甲斐国主となり朝鮮出兵中に病死した秀吉子飼いの武将加藤光泰の供養塔がある『甲斐善光寺』散歩

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2015/04/09 - 2015/04/09

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19

滝山氏照

滝山氏照さん

甲斐善光寺(かい・ぜんこうじ、山梨県甲府市善光寺)は甲斐の武田信玄が越後の上杉謙信との川中島の戦の折り、信濃善光寺の焼失を恐れ永禄元年(1558)に御本尊善光寺如来をはじめとする寺宝を山梨郡板垣郷に移したことに始まる寺院です。
  
武田氏没落後は善光寺如来は織田、徳川、豊臣氏を転々としましたが慶長3年(1598)に信濃善光寺に戻されています。

江戸時代では徳川家の庇護を受けて、本坊三院十五庵を有する大寺院と発展し、甲斐国浄土宗の触頭(ふれがしら)となった経緯があります。

また金堂の裏手にある墓地には豊臣秀吉の朝鮮出兵に従軍するも現地で病死した甲斐国主の加藤光泰(かとう・みつやす、1537~1593)の後裔が光泰の霊を慰めるため建立した供養塔があります。


そして供養塔の傍に立てられた説明板には次の言葉が記されています。

「 加藤光泰の墓

加藤遠江守(とおとおみのかみ)光泰は、天正19年(1591)から文禄2年(1593)まで甲斐国の領主であった。

文禄2年に豊臣秀吉の命を受けて朝鮮へ出兵するが、同年8月29日に病死する。

甲斐国在任中の2年間に甲府城の築城工事を受け継いだが、完成を見ることなく死亡した。

この五輪塔は江戸時代中頃の元文4年(1739)に、彼の子孫によって建てられたもので、光泰の死後146年経ってから建てられた、祖先崇拝の供養塔である。

      昭和63年2月  甲府市教育委員会 」

旅行の満足度
3.5
交通手段
JRローカル
  • 善光寺参道<br /><br />JR身延線善光寺下車、善光寺山門を正面とする約3Kmほどの直線道路を進みます。

    善光寺参道

    JR身延線善光寺下車、善光寺山門を正面とする約3Kmほどの直線道路を進みます。

  • 善光寺前参道(道路)<br /><br />山門前で今まで歩いてきた道を振り返ります。<br /><br />

    善光寺前参道(道路)

    山門前で今まで歩いてきた道を振り返ります。

  • 善光寺山門<br /><br />直線道路が善光寺境内を回避するため左にカーブします。

    善光寺山門

    直線道路が善光寺境内を回避するため左にカーブします。

  • 善光寺山門<br /><br />

    善光寺山門

  • 総門(近景)<br /><br />現在の山門は金堂と共に寛政8年(1796)再建されています。

    総門(近景)

    現在の山門は金堂と共に寛政8年(1796)再建されています。

  • 甲斐善光寺・寺標<br /><br />山門前には「甲州 善光寺」と刻された石柱が立っています。

    甲斐善光寺・寺標

    山門前には「甲州 善光寺」と刻された石柱が立っています。

  • 甲斐善光寺山門・天井<br /><br />数々の棟札が貼られています。

    甲斐善光寺山門・天井

    数々の棟札が貼られています。

  • 「善光寺山門付棟札」説明板

    「善光寺山門付棟札」説明板

  • 金堂<br /><br />甲斐善光寺は正式には「定額山浄智院善光寺」という浄土宗に寺院です。開山は信濃善光寺大本願三十七世鏡空誉上人で、永禄11年(1568)に金堂他七堂伽藍が完成、宝暦4年(1754)失火により焼失、現在の金堂は山門と共に寛政8年(1796)に再建されたものです。

    イチオシ

    金堂

    甲斐善光寺は正式には「定額山浄智院善光寺」という浄土宗に寺院です。開山は信濃善光寺大本願三十七世鏡空誉上人で、永禄11年(1568)に金堂他七堂伽藍が完成、宝暦4年(1754)失火により焼失、現在の金堂は山門と共に寛政8年(1796)に再建されたものです。

  • 鐘楼堂

    鐘楼堂

  • 「善光寺銅鐘」説明板<br /><br />

    「善光寺銅鐘」説明板

  • 収蔵庫

    収蔵庫

  • 「木造阿弥陀如来及び両脇侍像(左右)」説明板

    「木造阿弥陀如来及び両脇侍像(左右)」説明板

  • 加藤光泰廟

    加藤光泰廟

  • 加藤光泰・墓石

    加藤光泰・墓石

  • 加藤光泰・墓石(近景)

    イチオシ

    加藤光泰・墓石(近景)

  • 「加藤光泰の墓」説明板<br /><br />「 甲府市指定 史跡<br />           加 藤 光 泰 の 墓<br /><br />             指定年月日 昭和62年3月31日<br />             所 在 地 甲府市善光寺3丁目36番1号<br />             所 有 者 善光寺<br /><br />加藤遠江守光泰は、天正19(1591)年から文禄2(1593)年まで甲斐国の領主であった。文禄2年に豊臣秀吉の命を受け朝鮮へと出兵するが、同年8月29日に病死する。甲斐国在任中の2年間に甲府城の築城工事を受け継いだが、完成を見ることなく死亡した。<br /><br />この五輪塔は江戸時代中頃の元文4(1739)年に、彼の子孫によって建てられたもので、光泰の死後146年経ってから建てられた、祖先崇拝の供養塔である。<br /><br />   昭和63年2月<br />                     甲府市教育委員会 」<br />

    「加藤光泰の墓」説明板

    「 甲府市指定 史跡
               加 藤 光 泰 の 墓

                 指定年月日 昭和62年3月31日
                 所 在 地 甲府市善光寺3丁目36番1号
                 所 有 者 善光寺

    加藤遠江守光泰は、天正19(1591)年から文禄2(1593)年まで甲斐国の領主であった。文禄2年に豊臣秀吉の命を受け朝鮮へと出兵するが、同年8月29日に病死する。甲斐国在任中の2年間に甲府城の築城工事を受け継いだが、完成を見ることなく死亡した。

    この五輪塔は江戸時代中頃の元文4(1739)年に、彼の子孫によって建てられたもので、光泰の死後146年経ってから建てられた、祖先崇拝の供養塔である。

       昭和63年2月
                         甲府市教育委員会 」

  • 金堂

    金堂

  • 善光寺境内風景

    善光寺境内風景

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 吉備津彦さん 2015/05/13 21:01:15
    甲斐善光寺には私も参拝しました。
    しかし情報不足で加藤光泰供養塔を見落としました。

    残念です。

    滝山氏照

    滝山氏照さん からの返信 2015/05/14 21:24:38
    大國魂神社
    吉備津彦さん、こんばんは


    いつも訪問記にお立ちより頂いてありがとうございます。


    実は小生も甲斐善光寺に加藤光泰の供養塔があることは事前に知らず、たまたま境内案内図に記載されていたのを発見した次第です。

    そのかわり目論んでいた小山田信茂−甲斐国東部地区・郡内の支配者−が織田信忠に斬首されたという首塚は見つけることができませんでした。

    ところで府中の大國魂神社に行かれた由、くらやみ祭りも丁度5月の連休中に開催されますが家内が府中の出身ということもあって何度か行ったことがあります。

    御存じの通り府中は武蔵国の国衙だったので歴史的遺構が多く隣の国分寺と共に十分楽しめるエリアですから今後も訪問されたらいいと思います。

    滝山氏照

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