横浜臨海公園さんのクチコミ(19ページ)全812件
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- 基本情報
-
投稿日 2013年01月16日
総合評価:4.5
ルートイン・グループで珍しく郊外では無く市街地中心地に所在するホテルです。
大浴場の前に坪庭が有り雪景色に見惚れながら楽しめました。
部屋はシングルながら申し分無いスペース。
付近に飲食店が多数存在。
但し、国道20号線甲州街道に面している為に、騒音を嫌う向きには上層階が好ましい。
PC接続環境は優の上。
セルフ式コインランドリーは洗濯機利用1回200円。乾燥機は電気式で30分100円。
ホテル ルートインコート相模湖上野原(ほてる るーといんこーと さがみこ うえのはら)
上野原市上野原3245
?: 0554−63−5711
中央本線上野原駅 富士急バス本町1丁目停留所降車 徒歩1分
http://www.route-inn.co.jp/search/hotel/index_hotel_id_39- 旅行時期
- 2013年01月
- 利用目的
- ビジネス
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 客室:
- 5.0
- 接客対応:
- 5.0
- 風呂:
- 5.0
- 大浴場前に坪庭あり
- 食事・ドリンク:
- 4.5
- バリアフリー:
- 5.0
-
投稿日 2009年04月25日
総合評価:5.0
所謂街のカレー屋さんですがメニューで種類や辛さの程度が他店とは比較にならぬ程、沢山あるのが特徴です。
昼間などは近隣のオフィス街の方々で長い行列が絶えません。
中区弥生町に支店あり。
写真は『焼卵入りスタミナカレー』
カレーとハンバーグの店 バーグ本店(かれーとはんばーぐのみせ ばーぐほんてん)
横浜市西区戸部町7−231−1エルクストーク戸部1F
?: 045−316−8989
11:00〜21:30
日祭年末年始定休
横浜市営地下鉄高島町駅 徒歩4分- 旅行時期
- 2009年04月
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 4.0
- 料理・味:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 1.5
-
投稿日 2010年03月21日
総合評価:4.0
文治元年(1185年)に当時の領主で武蔵國 枡形重成 が創建したと伝えられ都築郷田奈恩田総鎮守として知られてます。
武蔵風土記に依れば神鳥(しとと)とは神鳥の古語。
日本武尊(やまとたける)
楠姫尊(たちばなのひめのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
を祀る深淵な森と共に歴史を感じさせる神社です。
また、幕末まで武蔵國内在住の武士達が乗用馬を入手すると神鳥前川神社で御祓いを受ける風習が在り、その為か現在でも車を購入して神鳥前川神社で御祓いを希望される方が多いそうです。
尚、本神社は某知名人の実家。
神鳥前川神社(しとど まえかわ じんじゃ)
横浜市青葉区しらとり台61−12
?: 045−983−0717
横浜市営交通バス前川神社前停留所降車 徒歩1分
http://shitodomaekawa.com/- 旅行時期
- 2010年03月
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2012年07月23日
総合評価:5.0
移転前の該店は、お世辞にも綺麗とは申し兼ねる普通の焼き鳥店だったが、移転後の現在は、女性の1人旅でも入り易い内装です。
焼き鳥は押し並べて美味、アルコール類も地酒は勿論、焼酎類珍銘柄逸品を取り揃えていました。
お薦めは、特上焼き鳥丼。
該内容は投稿写真から、かくて判断されたい。
焼きとり酒房 鳥せん(やきとりしゅぼう とりせん)
諏訪市大手2−1−8 KSビル3階
? 0266−56−2370
17:00〜23:00
日曜、及び、祝月曜日、及び、年末年始定休
中央本線上諏訪駅西口 徒歩2分- 旅行時期
- 2012年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 4,000円未満
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 4.5
-
投稿日 2009年01月27日
-
投稿日 2012年12月10日
総合評価:5.0
建部大社(たけべ たいしゃ)は、滋賀県西部に所在する神社庁別表神社である。
該社、御祭祀は、
日本武尊(やまとたけるのみこと)
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
大己貴命(おおなむちのみこと)
の3御柱である。
該社、筆頭御祭祀たる日本武尊(やまとたけるのみこと)(景行11年(72年)〜景行43年(113年))は、父君たる景行帝(けいこう てんのう)(垂仁17年(前13)〜景行60年(130年)12月25日)の命を受け東夷平定の帰路、淡海國伊吹山麓に於いて大白猪に遭遇したが、日本武尊は該獣をして単なる山神の使臣と黙殺した処、実は該猪こそ山神の仮姿で、激怒した山神は該山中に大氷雨を降らせ、此れが原因で日本武尊は病に臥し、遂に、伊勢國能褒野(現 三重県亀山市)に於いて薨去するに至った。
景行帝は帰還叶わぬ日本武尊の死を嘆き悼み、景行46年(116年)に、妃 布多遅比売命(ふだじひめ)、及び、遺児 稲依別王(いなよりわけのみこ)に対し、勅命を以って、淡海國神埼郡建部郷千草獄(現 東近江市五個荘)の地に社殿を造営させ、日本武尊を建部大神(たけべのおおがみ)として奉祀したのが該社創建とされる。
源 頼朝(みなもとの よりとも)(久安3年(1147年)5月9日〜建久10年(1199年)2月9日)は、平治ノ乱(へいじのらん)(平治元年(1160年)1月19日〜同年4月19日)に於いて反乱側加担者として本来は死罪打首が妥当とされたが、若年でもあり死一等を免じ伊豆國流罪が決定し、都を永歴元年(1160年)3月11日に出発したが、同年同月20日に該社に参篭し、前途安泰を祈願した旨が平治物語(へいじ ものがたり)に記載されている。
後に、壇ノ浦の合戦(だんのうらのかっせん)(元歴2年(1185年)4月25日)に拠り平家一族が滅亡した事を受け、後白河法皇(ごしらかわ ほうおう)(大治2年(1127年)10月18日〜建久3年(1197年)4月28日)の招致に拠り、建久元年(1190年)11月に征夷大将軍宣下の為に右大将として上洛途上、報賽の為に該社を再訪し多数の神宝、及び、瀬田郷在300封戸を寄進した。
第82代 後鳥羽天皇(ごとば てんのう)(治承4年(1180年)8月6日〜延應元年(1239年)3月28日)は、建久6年(1196年)1月11日に皇位を長子 土御門天皇(つちみかど てんのう)(建久6年(1196年)1月3日〜寛喜3年(1231年)11月6日)に譲位後は上皇として院政を行使したが、当時の鎌倉幕府への鬱積不満から京都朝廷側への権力奪還を策し、承久3年(1221年)5月に承久ノ変(じょうきゅうのへん)を勃発させた。
然し、畿内の武士だけの朝廷側は、大軍の鎌倉側に対し朝廷軍は多勢に無勢の状態であり、東海道を行軍上洛した北條時房(ほうじょう ときふさ)(安元元年(1175年)〜延應2年(1240年)2月18日)は、上洛途上、瀬田川の合戦(せたがわのかっせん)を目前に該社朝廷側拠点となる事を恐れ、同年6月5日に該社を焼討させ全焼に至らしめた。
現在地に奉遷された際に、翌朝、社頭に杉3株が生えていた事から、瑞兆を奇禍として、爾来、3本杉をして該社御神木、且つ、神紋とした。
世間から忘れられていた該社が息を吹き返すのは、幕末になり全国に尊皇攘夷論が展開し、勤皇思想が勃興した事から、再生への道がはじまる。
該社は、明治32年(1899年)12月8日附で内務省より官幣大社に列せられ国家最高社格が付与された。
此れは、当時の明治政府に拠る歴史修史事業進行と共に皇室に於ける南北朝正統論展開に対する世論台頭の懸念から、日本武尊を筆頭祭祀とする該社を重視させたもので、官幣大社としては武蔵國氷川神社より指定拝命は遅いが、信濃國諏訪神社(現 諏訪大社)、宗像神社(現 宗像大社)等々より遥かに早く、当時の政府が該問題を如何に重要視していたかが、おぼろげながら該論に於ける対抗策が理解される。
皇太子嘉仁(よしひと)親王は、明治天皇(めいじ てんのう)(嘉永5年(1852年)11月3日〜明治45年(1912年)7月30日)崩御を受け、直ちに践祚され第123代天皇となったが、大正4年(1915年)11月10日に京都に於いて即位式を敢行される事になり、宮内省から該社造更営が聴許され実施され、殆どの境内社が面目を一新し現在に至る。
建部大社(たけべ たいしゃ)
大津市神領1−15−1
?: 077−545−0038
京阪電気鉄道石山坂本線唐橋前駅 徒歩12分
http://takebetaisha.jp/top/
http://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=112- 旅行時期
- 2012年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年12月07日
総合評価:5.0
諏訪大社(すわ たいしゃ)上社本宮は信濃國に於ける壱之宮神社である。
上社本宮に於ける御祭神は、
建御名方神(たけみなかたのかみ)
八坂刀売神(やさかとめのかみ)
の2柱である。
該社は、諏訪湖を挟み上社2社、及び、下社2社が存在し、計4社が鎮座する全国諏訪社1万有余社の総代である。
御鎮座、及び、起源に就いては不詳とされるが、我が国に於ける最古たる神社たると数えられ、延長5年(927年)に編纂された延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に於いて、南方刀美神社(みなみかた とみの じんじゃ)なる記述が存在する。
皇室とは、持統女帝(じとう てんのう)(大化元年(645年)〜大宝2年(703年)1月13日)より勅使賜拝を初め、歴代天皇の崇敬篤く拝戴され、更に、神功皇后(じんぐう こうごう)(成務40年(170年)〜神功69年(269年)6月3日)に依る三韓出兵、及び、坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)(延長5年(927年)〜天平宝字2年(758年)〜弘仁2年(811年)6月17日)に依る東夷平定に神助を得たとされ、此れが基に、軍神武勇の守護神と崇められるに至った。
該社に於ける社格変遷は、
建御名方神
承和9年(842年)無位→従五位下
嘉祥3年(850年)従五位下→従五位上
仁寿元年(853年)従五位上→従三位
貞観元年(859年)正三位→従二位→正二位
貞観9年(867年)正二位→従一位
天慶3年(940年)正一位
八坂刀売命
嘉祥3年(850年)従五位上
仁寿元年(853年)従三位
貞観元年(859年)従三位→正三位→従二位
貞観9年(867年)従二位→正二位
天慶3年(940年)従一位
武田家庇護下に在った事から甲州征伐(こうしゅう せいばつ)天正9年(1581年)3月11日に織田信長嫡男信忠(おだ のぶただ)(弘治3年(1557年)〜天正10年(1582年)6月21日)に討入られ、退避した神興群を除き境内造営物悉く焼討され烏有に帰した。
造営の特徴として、上野國一之宮 貫前神社に於ける貫前造と並び、該社に於ける造営を諏訪造と称するが、貫前神社のは造営を称するのに対し該社は社配置を以って称する。
該社は4ヶ所の神社の総称であり、諏訪湖を挟み約10キロ四方に存在し、上社2社に対し、上社は前宮、及び、本宮、下社は春宮、及び、秋宮から成立する。
然るに、該社には、本来であれば神社に於ける本殿たる建物が存在せず、御神木を神と崇めるのは古代宗教を継続した存在と言える。
諏訪大社上社本宮(すわたいしゃ かみしゃほんぐう)
諏訪市中洲宮山1
?: 0266−52−1919
中央本線茅野駅東口 アルピコ交通バス上社停留所降車 徒歩3分
http://suwataisha.or.jp/- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年12月07日
総合評価:5.0
諏訪大社(すわ たいしゃ)上宮前宮は信濃國に於ける壱之宮神社である。
上社前宮に於ける御祭神は、
建御名方神(たけみなかたのかみ)
八坂刀売神(やさかとめのかみ)
の2柱である。
該社は、諏訪湖を挟み上社2社、及び、下社2社が存在し、計4社が鎮座する全国諏訪社1万有余社の総代社である。
御鎮座、及び、起源に就いては不詳とされるが、我が国に於ける最古たる神社たると例えられ、延長5年(927年)に編纂された延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に於いて、南方刀美神社(みなみかた とみの じんじゃ)なる記述が存在する。
皇室との関係は、持統女帝(じとう てんのう)(大化元年(645年)〜大宝2年(703年)1月13日)より勅使賜拝を初め、歴代天皇の崇敬篤く拝戴され、更に、神功皇后(じんぐう こうごう)(成務40年(170年)〜神功69年(269年)6月3日)に依る三韓出兵、及び、坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)(延長5年(927年)〜天平宝字2年(758年)〜弘仁2年(811年)6月17日)に依る東夷平定に神助を得たとされ、此れが基に、軍神武勇の守護神と崇められるに至った。
武田家庇護下に在った事から甲州征伐(こうしゅう せいばつ)天正9年(1581年)3月11日に織田信長嫡男信忠(おだ のぶただ)(弘治3年(1557年)〜天正10年(1582年)6月21日)に討入られ、退避した神興群を除き境内造営物悉く焼討され烏有に帰した。
造営の特徴として、上野國一之宮 貫前神社に於ける貫前造と並び、該社に於ける造営を諏訪造と称するが、貫前神社のは造営を称するのに対し該社は社配置を以って称する。
該社は4ヶ所の神社の総称であり、諏訪湖を挟み約10キロ四方に存在し、上社2社に対し、上社は前宮、及び、本宮、下社は春宮、及び、秋宮から成立する。
然るに、該社には、本来であれば神社に於ける本殿たる建物が存在せず、御神木を神と崇めるのは古代宗教を継続した存在と言える。
明治維新に拠り、新政府は王政復古の制から祭政一致に基き、奈良期以来、混沌としていた神仏混淆を禁じ神道を以って国教とする方針を強行した為に、全国に廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ該社も例外では無かった。
該社境内には神宮寺をはじめ境内寺院が存在したが、元より存在が認められる筈も無く、該社から除仏が強行させられ仏教堂塔は一部移築した物以外は全部破却させられた。
明治政府の新政策に依り、旧士族階級は次々と特権を喪失するに至ったが、該最大のものが、明治4年(1871年)8月29日に実施された廃藩置県で、此れに拠り旧士族階級は新政府に対し失望から怨嗟へと移行した。
更に、政府は同年7月1日に社格制度を施行し、全国所在の神社は、國幣社、官幣社、縣社、郷社、村社、無格社に分類されたが、同時に、政府に反感を抱く旧士族階級が各地所在の大社を拠点に反政府運動展開を懸念し、皇室に代わる勢力出現を恐れ神職世襲が禁止された。
現実には神職など誰でもなれる職種では無く、政府も直ぐに該矛盾に気付き神職世襲禁止は有名無実と化し解除されたが、該社は該令を忠実遵守した為に、上社では神職270名が離職を余儀無くされ、神代以来、該社宮司専門家だった守矢家も宮司職を辞し上京し別途職に従事した。
明治4年(1871年)7月1日附 國幣中社
明治29年(1896年)7月8日附 官幣中社
大正5年(1916年)12月12日附 官幣大社
諏訪大社上社前宮(すわたいしゃ かみしゃ まえみや)
茅野市宮川2030
?: 0266−52−1919
9:00〜16:30
中央本線茅野駅東口 アルピコ交通バス前宮前停留所降車 徒歩1分
http://suwataisha.or.jp/- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年11月29日
-
投稿日 2012年11月27日
総合評価:4.5
該社は、第30代敏達帝(びたつ てんのう)(宣化3年(538年)?〜敏達14年(584年)9月14日)御在位中たる、敏達2年(573年)8月創建と伝承される神社である。
その後、第56代清和帝(せいわ てんのう)(嘉祥3年(850年)5月10日〜元慶4年(881年)1月7日)御在位中たる貞観元年(859年)に、我が国に於ける總社選定時に、当時の武蔵國八幡宮總社に選定され史実が 三代實録(さんだいじつろく)に記述が見られる。
神宝に鈴石(すずいし)が現存する。
神功皇后(じんぐう こうごう)(成務40年(170年)〜神功69年(269年)6月3日)に依る三韓征伐時に、長門國豊浦郷に於いて得た石とされ、該石をして該社附近を鈴ヶ森(すずがもり)と称するに至る。
磐井の井戸は境内に存在したが、旧東海道が第1京浜国道として幹線道路として拡張の都度、境内が削られ、現在は該国道歩道隅に所在する。
該社は、大東亜戦争末期たる昭和20年(1945年)4月15日未明の東京城南大空襲で全焼したが、戦後、昭和29年(1954年)9月に大部分が復旧し今日に至る。
東京都大田区大森北2−20−8
?: 03−3761−2931
京急電鉄本線大森海岸駅 徒歩1分
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/11_ota/11030.html- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2012年11月25日
-
投稿日 2012年11月25日
総合評価:5.0
該店は、瀬田の唐橋端の中之島に於いて200年以上続く高級割烹料亭です。
全部個室で他と顔を合わせる可能性も無く、ゆっくり落ち着けます。
料理は純関西風の味付けで、薄口の風味を楽しめます。
晩秋から初春の季節は鴨鍋なども味わえます。
完全予約制。
料亭 あみ定(りょうてい あみさだ)
大津市唐橋町23−1
?: 077−537−1780
11:00〜22:30
不定休
京阪電気鉄道石山坂本線唐橋前駅 徒歩5分
http://www.amisada.jp/- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 5.0
-
投稿日 2012年11月25日
総合評価:5.0
該店は、明治17年(1884年)創業の老舗和菓子店で、たにし飴の製造販売で知られていますが、和菓子の方も、なかなかの物です。
ニッキを使った、ニッキ餅、及び、季節柄の栗羊羹は立寄って購入する価値が高い和菓子です。
辻末製菓舗(つじすえ せいかほ)
大津市神領1−12−11
?: 077−545−0021
9:00〜18:00
月曜(日祝時は火曜)定休
京阪電気鉄道石山坂本線唐橋前駅 徒歩9分- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 500円未満
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- サービス:
- 4.5
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 4.5
-
投稿日 2012年07月23日
総合評価:5.0
該ホテルはホテルルートイングループでありながら、上諏訪駅、及び、諏訪湖至近の地に在り、大浴場は天然温泉でかけ流し。
部屋は古さが感じられるがリニューアルされていて落ち着けます。
場所柄、付近は美術館や温泉入浴施設が存在する静謐地。
繁忙期は別途特別料金。
PC接続環境は優の上。
セルフ式ランドリーは1回200円。乾燥機は電気式で30分100円。
ホテル ルートイン 上諏訪(ほてる るーといん かみすわ)
諏訪市湖岸通り4−9−25
?: 0266−53−0500
中央本線上諏訪駅西口 徒歩5分
http://www.route-inn.co.jp/search/hotel/index_hotel_id_25- 旅行時期
- 2012年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 客室:
- 4.5
- 接客対応:
- 5.0
- 風呂:
- 5.0
- 食事・ドリンク:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
-
投稿日 2012年11月23日
総合評価:3.0
上諏訪駅至近と云う事で訪れました。
地元利用者は少なく、観光客を扱い慣れているせいか、雰囲気も料理の味も事前の予想通りの店でした。
時間が有れば別の店をお奨めします。
いずみ屋(いずみや)
諏訪市諏訪1−2−4
?: 0266−52−3267
11:30〜14:00 17:00〜21:30
年中無休
中央本線上諏訪駅 徒歩1分
http://www.tamatebako.ne.jp/izumiya/- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 3.5
- 雰囲気:
- 4.0
- 料理・味:
- 4.5
- バリアフリー:
- 1.0
- 観光客向け度:
- 5.0
-
投稿日 2012年11月23日
総合評価:4.5
茅野市の老舗割烹旅館が経営するビジネスホテルです。
茅野駅から遠い所にあり不便さは免れませんが、宿泊者専用のサウナ附大浴場も併設されており便利。
施設全体は古さを感じさせるも、リフォームがされており不快感は感じられませんでした。
PC接続環境は良。
セルフ式コインランドリーは1回300円。乾燥機は電気式で30部100円。
ちのスカイビューホテル(ちの すかいびゅー ほてる)
茅野市塚原2−3796−1
?: 0266−71−1010
中央本線茅野駅西口 徒歩11分
http://www.chino-skyview-hotel.jp/- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用目的
- ビジネス
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 5,000円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 客室:
- 5.0
- 接客対応:
- 5.0
- 風呂:
- 5.0
- 食事・ドリンク:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
-
投稿日 2012年11月23日
総合評価:5.0
諏訪大社宮司は平安初期から明治維新まで、守矢家が祭祀を奉っていたが、明治維新の際に、地方に於ける大手神社神職は、天皇家に対抗勢力として危惧視され、世襲を禁止令が出された。
実際には、殆どの神社が世代世襲され、氷川女躰神社と該大社は他社から宮司が赴任した。
該資料館所在地は、守矢家の宮司家が存在した跡地で、現在は守矢家が保存していた諏訪大社に関係する資料を展示公開しています。
因みに、該資料館建築は地元茅野市宮川出身で東京大学名誉教授 藤森照信(ふじもり てるのぶ)氏。
茅野市神長官守矢資料館(ちのし じんちょうかん もりや しりょうかん)
茅野市宮川389−1
?: 0266−73−7567
9:00〜16:30
月曜、及び、年末年始定休
中央本線茅野駅東口 アルピコ交通バス高部停留所降車 徒歩1分
http://www.city.chino.lg.jp/ctg/07190000/07190000.html- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
- バリアフリー:
- 5.0
-
投稿日 2012年11月23日
総合評価:5.0
茅野市中心地に所在する老舗割烹郷土料理店です。
鍋物や陶板焼等々がメイン。
海産物を除き、全て地元食材を使用し、中には季節物と氏て、イノシシや鹿なども提供されます。
店内は古く階段しか無いので足が不自由な方はお奨め致しかねます。
完全予約制。
割烹 新来料理店(かっぽう しんらい りょうりてん)
茅野市仲町7−23
?: 0266−72−2404
11:00〜14:00 17:00〜22:00
不定休
中央本線茅野駅西口 徒歩3分- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 観光客向け度:
- 4.5
-
投稿日 2008年08月13日
総合評価:5.0
大分市内で宮崎地鶏もも焼を食べさせる店として県内外の人に知られています。
小生が初めて此の店に入ったのは今から20年前に宿泊先の大分ワシントンホテルプラザを一歩出た途端、数メートル先を歩く人の姿がかき消されるほど、強烈な鶏を焼く香ばしい煙色に惹かれて入ったのが最初です。
一心不乱にもも肉を焼くご主人と店を手伝う家族の姿が印象的でした。
当時店を手伝っていた中学生だった長女も現在では1児の母になりましたが今でも店を切り盛りしています。
やはりメインは宮崎地鶏のモモ焼です。
御主人は宮崎県西都市のご出身で食材も現地直送なので味も確か。
数年前に店舗がワシントンホテルプラザ前から横に移転しましたが味も雰囲気も変わりません。
まんとく
大分市都町2−16−2
?: 097−538−1698
日祭日定休
日豊本線大分駅北口 徒歩8分
http://gourmet.yahoo.co.jp/0006334685/0009143439/- 旅行時期
- 2008年08月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 2,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 5.0
-
投稿日 2012年11月29日
総合評価:3.0
氷川神社参道に於いて37年間営業する焼団子で知られた甘味処です。
然し、味の方はと言えば、餅が軟らか過ぎ団子の感触がイマイチでした。
醤油の方も少し砂糖を入れ過ぎているのではと疑問を抱く味。
それから、団子1本の値段も他に比較して決して安くはない様です。
地元の方の姿は少なく、イチゲン観光客向き。
氷川だんご屋(ひかわだんごや)
さいたま市大宮区高鼻町2−130
?: 048−644−3782
9:00〜18:30
月曜定休、但し、祭日、及び、年末年始営業
東北本線大宮駅東口 徒歩10分- 旅行時期
- 2012年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 500円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 2.5
- バリアフリー:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 5.0














































































