hijunoさんのクチコミ(28ページ)全1,193件
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衣類や雑貨、おみやげ物、カフェなど迷路のような区画を歩き回りました。
投稿日 2023年07月13日
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野外の展示も素晴らしいです。テーマごとに館が分かれて見ごたえがありました。
投稿日 2023年07月16日
総合評価:5.0
広い敷地内にはテーマごとに建物が分かれて、とても見ごたえのある博物館でした。新羅時代の歴史がわかる新羅歴史館、仏教などの美術品を集めた新羅美術館、統一された後の新羅の文化や王室の歴史がわかる月池館を見学しました。月池は674年に文武王が建設した人工池で、貴族たちが池に船を浮かべて池に映る月を楽しんだといわれています。
そののちの名前「雁鴨池」は荒廃した月池に住みついた雁鴨の鳥が由来で付けられた名前です。野外には、国宝の聖徳大王神鐘の大きな鐘や、国宝の高仙寺址三層石塔や、お寺の址や宮殿址にあった石塔や石仏、石灯篭、礎石などが展示されており、とても迫力がありました。訪れた時は入場料が無料でした。日本語のパンフレットもあります。- 旅行時期
- 2023年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2023年08月01日
総合評価:4.5
芬皇寺は善徳女王の時代、634年に建立されたお寺でした。高僧が滞在していたことでも有名ですが、蒙古の侵攻や壬申倭乱などで多くの貴重な寺宝は焼失しています。
現在は新羅時代に初めて造られたといわれる三層の石塔が残っていますが、以前は9層でした。扉にある金剛力士像は新羅時代のもので美しい彫刻でした。お寺の近くにポツンと建っている2本の石柱は幢竿支柱で、お寺の行事の際に旗を掲げるためのもので、新羅が統一されたころの古いものだそうです。現在は小さなお寺のように感じますが、当時は仏教が推し進められた時期でもあり、華やかなお寺であったことが偲ばれました。また境内には新羅時代の八角形の井戸が残っており、新羅を守る三匹の龍が住んでいたという伝説が残っています。また和諍国師碑趺と呼ばれる、1101年に高僧元暁を奉った碑の台座が残っています。碑は失われています。- 旅行時期
- 2023年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.5
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世界の有名な建築や石像を楽しめます。兵馬俑館には圧倒されました。
投稿日 2023年08月02日
総合評価:5.0
孫を連れていきました。見学場所は二つに分かれています。凱旋門や兵馬俑、万里の長城、故宮、ピラミッドなどの大きな建築物が本物そっくりに造られており、またモアイ像などの世界の著名な石像をはじめとする「石のエリア」があります。さらにモノレールで山頂に登る、ノイシュバンシュタイン城を模したお城がそびえたつ「城のエリア」です。
石のエリアは広い敷地で結構歩くことが多かったので、体力のあるうちにこちらを周って正解でした。まず、凱旋門をくぐり、世界の珍しい石像、アモイ象にも圧倒されました。そして、何より、驚いたのが兵馬俑館。館内にずらりと並んだ兵馬俑たち、本物そっくりでまるで西安に来たかのように感じました。正確に発掘された様子を再現されたそうです。ノイシュバンシュタイン城を模したお城もスケールが大きいのでびっくりしました。
お昼に立ち寄ったレストランの食事も丁寧につくられていて、とても美味しかったです。
おみやげ物コーナーもあり、とても楽しめた場所でした。
石のエリアでもかなり歩き、また万里の長城では苔や湿りで下りは滑りやすくなっているので、歩きやすい運動靴などをお勧めします。- 旅行時期
- 2023年07月
- 利用した際の同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2023年08月07日
総合評価:4.5
円教寺は天台宗のお寺、966年に性空により開山、西の比叡山と呼ばれています。
ロープウェイで上がり下りができます。所要時間は4分ですが、女性スタッフによる丁寧な観光案内が上がり下りともありました。15分おきに出ています。大人は往復1000円でした。また、ロープウェイの乗り場から少し離れたところにバス乗り場があり、マイクロバスでお寺の建物群に近いところまで連れていってくれます。お寺の拝観料と合わせて往復1000円でした。バスも険しい山道を走ります。徒歩でも行けるようです。
岩山の中腹に建つ「摩尼殿」は懸け造の建物で1933年の落慶。ここから、さらに参道が続き、大講堂、食堂、常行堂があります。食堂の1階では催しものを、2階では宝物館としてお寺の仏像などが展示されていました。食堂は室町時代に建てられたものだそうです。境内には樹齢700年といわれる杉の樹をはじめ、自然が豊かな山の風景が広がっています。- 旅行時期
- 2023年07月
- 利用した際の同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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日本陽明学の祖といわれる中江藤樹に関しての資料が豊富でした。
投稿日 2023年08月13日
総合評価:4.5
江戸時代初期の儒学者 中江藤樹の資料を集めた記念館です。中江藤樹は日本陽明学の祖といわれ、多くの人々に影響を与えた人物です。近江の国高島出身で、近江聖人といわれるように地元の人々にも敬愛された人物です。藤樹書院を開き、庶民や武士に「良知心学」を教えました。門人の一人に熊沢蕃山もいます。
記念館には中江藤樹自筆の書や遺品などが展示され、漢籍などの専門書も1万冊を収蔵しているそうです。
近くに、中江藤樹を敬愛する東郷平八郎や渋沢栄一などの協力によって建てられた藤樹神社があります。庭園の陽明園は王陽明の生地の中国浙江省余姚市と旧安曇川町の友好交流のシンボルとして造られたそうです。
また、近隣には中江藤樹の墓所、藤樹書院の跡・居宅の跡もあります。近隣ですので、時間があれば、散策するのも良いとおもいます。- 旅行時期
- 2023年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2023年08月15日
総合評価:5.0
西暦42年に建国され、562年に新羅により滅ぼされた伽倻国、その時代に造られた大成洞古墳からの出土品が豊富に展示されており、当時の文化を知ることができる博物館でした。当時の墳墓を造る工程も詳しくわかりやすかったです。鉄の産出国として、諸外国との交流がうかがえます。当時の兵士の再現もとてもリアルでした。
日本語のパンフレットや表示もあり、わかりやすいです。博物館周辺の散歩道も整備され、遺跡公園もあります。野外の展示館もあるそうです。- 旅行時期
- 2023年06月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2023年08月18日
総合評価:5.0
平成18年に丹波市で発見された恐竜の化石から本格的な化石の発掘調査が始まり、平成31年の調査では卵殻化石も発見され、世界有数の卵化石の産地であることがわかったそうです。また、丹波竜のほかにもティラノサウルス類の歯やカエルなどの化石も発見され、現在までに18000点ほどの化石が確認されているそうです。(パンフレットより)丹波竜やその他の篠山層から発見された恐竜の全身骨格の展示があります。また、恐竜の骨のパズルなど子供が触って楽しめるコーナーもあって、孫が夢中になっていました。館内のショップでは恐竜のおもちゃやお土産もあります。
また近隣には巨大な恐竜の模型のある丹波竜の里公園や丹波竜や沢山の古生物の化石が発見された化石現場を一望できる場所もあり、併せて見学しました。- 旅行時期
- 2023年08月
- 利用した際の同行者
- 乳幼児連れ家族旅行
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2023年08月19日
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日本最古の模擬天守あたりからの眺望がすばらしいです。珍しい登り石垣が残っています。
投稿日 2023年09月10日
総合評価:4.5
お城の歴史はめまぐるしく、1526年に安宅氏によって築城され、その後1585年からは脇坂氏によって改修、1609年には廃城、1630年以降は蜂須賀氏によって石垣や堀が造られています。脇坂氏の時代には「登り石垣」という珍しい石垣も造られ、山腹の両方からの敵の侵入を防いでいます。
石垣が堅固に造られている様子がとてもよくわかります。石垣の補修工事も行われていました。険しい山の上に広がる石垣も大きな石を運ぶのも大変な作業だったと思いました。
模擬天守は安全面から、登る事ができないそうですが、1928年に造られた模擬天守としては日本で一番古いそうです。そのまわりからの眺望も素晴らしく、洲本の街並みや海の美しい景色が一望できます。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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屋敷跡は公園になっています。公園内に記念館は閉館になっていました。
投稿日 2023年09月13日
総合評価:3.5
高田屋嘉兵衛は今の淡路島洲本市五色町都志で生まれ、廻船業者として、また国後と択捉島間の航路の開拓をするなど、北方の事業も展開した商人ですが、1812年にロシアに拿捕され、翌年1813年には帰国できますが、抑留中にはロシアの要人とも接触し、ゴローニン事件も解決に導いています。
晩年の1824年には淡路島に戻り、故郷でも灌漑事業や港の整備発展にも貢献しています。
波乱万丈な一生の高田屋嘉兵衛の屋敷跡ですが、もともとは小さな屋敷だったようで、その後大きな規模になったようです。屋敷跡は公園になっていて、記念碑と石像、井戸が残っていて説明もあります。記念碑の奥には高田屋稲荷がありました。
公園内の高田屋嘉兵衛記念館は閉館になっていました。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年09月17日
総合評価:4.0
公園の中にある資料館で、高田屋嘉兵衛に関しての資料が豊富にありました。またゴローニン事件に関しても詳しく説明があり、わかりやすかったです。ビデオの鑑賞もあります。エトロフの航路の開発や北方の漁場経営など函館でも多くの事業を進め、晩年も故郷の発展に尽くした高田屋嘉兵衛の波乱万丈の人生がよく理解できました。
館内は写真撮影はできますが、SNSにあげることはできないと説明を受けました。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2023年09月20日
総合評価:4.5
神社の縁起によると、創建は990年にもさかのぼり、江戸時代には近くの洲本城の藩主蜂須賀氏や家老洲本城代稲田氏も祈願をを行い、洲本城の鎮守として守られてきた歴史がある由緒ある神社です。人々を苦しみから救い、進むべき道を示す神、開運開きの神として崇敬を集めてきました。(神社H.Pより)境内は広く、洲本城の建物の一部、玄関や書院が移築されています。外からの見学のみでしたが、上品な建物でした。また、柴右衛門大明神社があり、人気、商売、芸能の神として藤原寛美さんらの役者の信仰を集め、大阪の中座が閉館してからは境内にお祀りされているそうです。柴右衛門は人に化けた狸だったという伝説があり、芸事の神様として信仰を集めています。
- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2023年09月20日
総合評価:4.0
蜂須賀氏の御殿のあった洲本城跡にあります。三階まで展示があり、淡路の自然や歴史、民俗、美術と幅広い展示がありました。三階には洲本で幼年期を過ごした画家の直原玉青の記念美術館もあります。自然のコーナーでは淡路で発見されたヤマトサウルス・イザナギイの復元された頭部や復元模型、アンモナイトなどの化石もありました。民族では人形浄瑠璃やだんじりが展示され、原始古代から近代までの歴史の紹介、展示もあり、明治3年に起こった庚午事変についても説明がありました。二階には淡路にゆかりのある美術品や民俗の展示があります。
小説やドラマで有名な「お登勢」は庚午事変と、そこに影響を受け、幕末から明治にかけて波乱の人生を送った女性のストーリーですが、お登勢さんの石像が史料館の前にありました。
館内の写真撮影はブログなどSNSなどにあげることは禁止でした。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 展示内容:
- 4.0
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緑と白のコントラストが美しい洋館です。100年以上の歴史があります。
投稿日 2023年09月22日
総合評価:5.0
この地域には洋館が数多く建っていたようですが、今では数少ない洋館が残っています。
この旧グッゲンハイム邸も数少ない洋館の一つで、大切に保存され、また月に一度だけ公開見学があります。緑と白のコントラストの木造りの温かさを感じる建物で、1909年に建てられたそうで、100年以上の歴史があります。最初はドイツ人の貿易商のグッゲンハイム氏が住み、その後数人の方が住み変わり、二階の和室なども造られています。
欄間のような模様にも洋や和のテーストがあり綺麗でした。階段の装飾もデザインも凝っていました。二階のバルコニーからは海も見渡せる景色が広がっています。
各部屋の暖炉もお洒落でした。洋館の保存維持は大変難しいと聞いたことがありますが、
こちらの洋館では定期なコンサートや催しものがあり、多くの人が集まり、利用できる場所としても活用されており、保存維持に努められている様子がよくわかりました。
設計はイギリスの有名なハンセル氏といわれており、神戸の異人館の洋館の設計も行っています。見学の際には、スタッフの方が説明も丁寧にしてくださり、とてもオープンな雰囲気で見学ができました。
私が見学したときは第三木曜日の12時から17時のみの見学日程でした。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
防災の意識が変わります。土砂災害防止の設備に驚きました。わかりやすい展示です。
投稿日 2023年09月27日
総合評価:5.0
1995年の阪神・淡路大震災の際に大規模な地すべりが起こり、建物倒壊や34名の人々が亡くなるという悲劇が起こりました。その後、開館したこちらの資料館では当時の被害や対策、観測データ、土砂災害の仕組みについての啓発を行い、リニューアルも行いわれ、防災の大切さを啓蒙しています。
災害のビデオがあり、地すべりや土砂崩れ、土石流など、日本は危険な個所が沢山あることを認識しました。阪神・淡路大震災の被害の記憶も蘇ります。
また模型も使い、この土地にその後、最新の機材を使って、対策がされていることもわかりやすく説明されていました。
かつて、大きな地すべりがあったとは想像できないくらい、こちらの場所では、現在は対策の工事が行われ、ボランティアの方々の協力もあって、植物が植えられ、美しく整備されていました。川には螢もいるそうです。災害は忘れないように、防災の意識を持ち続けることが大切だと認識しました。
海外からも見学に来られるそうで、英語のパンフレットもありました。子供たちの防災の学習にもとても良い場所だと思いました。
1階では大きなスクリーンでビデオも観ることができるそうです。駐車場がないので、
阪急の仁川駅から徒歩で行きました。入場料もフリーです。
館内のスタッフの方が、質問にも、詳しく説明もしてくださいました。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2023年09月27日
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投稿日 2023年09月29日
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投稿日 2023年10月04日
総合評価:4.5
旧玉置家の住宅として知られていますが、もとは1826年に切手会所(いまの銀行)として建てられた建物でした。その後1875年に玉置家の住まいとなっています。
渡り廊下や離れの部屋は玉置家の住居になってから増築されたものだそうです。
蔵はギャラリーになっていて、昔の道具や襖から見つかった下張り文書や伝勝海舟の書などが展示されていました。また、建物の一部で、着物リメイクなどの催しもされていました。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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古代から近現代までの三木の歴史がわかります。三木合戦軍図(複製)も見ごたえがありました。
投稿日 2023年10月04日
総合評価:4.5
1階と2階に展示室があります。見学時には2階はお休みになっていました。
特に印象に残ったのは、複製ですが、三木合戦の様子がわかる絵図です。法界寺というお寺に伝わる絵図ですが、別所長治の法要の際にはこの絵図を使って説明をされるそうです。また、三木合戦を説明したビデオもあります。
近現代では三木で活躍した政治家、実業家の活躍の説明も興味深いです。
場所は三木城址や、金物神社、金物博物館の近くにあり、徒歩圏内で、併せて見学ができます。- 旅行時期
- 2023年09月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.5



































































































































































































