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ガッサンさんのトラベラーページ

ガッサンさんのクチコミ(38ページ)全1,032件

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  • 基本情報
  • 竜宮伝説の地に建つ、龍宮神社。

    投稿日 2015年04月16日

    龍宮神社 指宿

    総合評価:4.0

     約40年前、長崎鼻に来ました。その当時の龍宮神社の記憶が全くない。やはり、たまて箱との因果関係でしょうか。
     長崎鼻へ行く途中、お土産屋街を過ぎ、長崎鼻灯台の手前に龍宮神社がある。この地は浦島太郎と乙姫様が出会った竜宮伝説発祥の地の一つとされる。付近の海岸には海ガメが産卵に上陸する砂浜もある。龍宮神社の神様は海の神で、航海関係者や漁業関係者の信仰を集めているそうだ。
     また、縁結びの御利益があることで知られており、ここで貝殻に願いを書いて亀壺の砂の中に埋めると素敵な出会いがあると言われ、多くの観光客が訪れる伝説の地だ。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    バリアフリー:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 鉄道交通の要衝の地!

    投稿日 2015年04月12日

    吉松駅 霧島温泉郷

    総合評価:3.0

     吉松駅は、鹿児島県姶良郡湧水町川西にある、JR九州の駅である。肥薩線を所属線とし、当駅を起点とする吉都線を加えた2路線が乗り入れる。かつて両線は鹿児島本線と日豊本線であり、この駅は交通の要衝の地で大幹線の分岐駅として賑わった。駅舎の規模・ホームの規模にその面影を見ることが出来る。
     観光列車「いさぶろう・しんぺい」号の始発・終着駅で、尚且つ特急「はやとの風」号の始発・終着駅である。吉松駅で「はやとの風」に乗り換え鹿児島に向かった。

    旅行時期
    2015年03月
    施設の快適度:
    3.0
    バリアフリー:
    3.0

  • 観光特急「指宿のたまて箱」の発着駅。

    投稿日 2015年04月12日

    指宿駅 指宿

    総合評価:3.0

     指宿駅はJR九州、指宿枕崎線の駅である。指宿市の代表駅であり、指宿温泉の玄関口でもあり、指宿枕崎線の主要駅である。
     単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線のホームを有する地上駅である。1番ホームから改札口へ出るとき、ホームの脇に暫定で造った通路がある。雨が降っているときなどは濡れずに改札口へ行ける。その通路を使わず、1番ホームから直接改札口にも出れる。暫定通路の意味が今一つ良くわからない。
     JR九州の直営駅で、みどりの窓口が設置されている。日本最南端のみどりの窓口設置駅で、観光特急「指宿のたまて箱」の発着駅である。また、構内には観光案内所があり、観光案内の他に手荷物なども預かってくれる。コインロッカーは数が少ないので、利用した方が良い。料金は同等である。レンタサイクルは数に限りがある為、必ず使用出来るとも限らない。

    旅行時期
    2015年03月
    施設の快適度:
    3.0
    バリアフリー:
    3.0

  • 芝生の上を走る、鹿児島市電。

    投稿日 2015年04月10日

    鹿児島市電 鹿児島市

    総合評価:4.0

     鹿児島市電は年間延べ約1千万の利用客があるという。特に谷山−天文館通間、鹿児島中央駅前−いづろ通間は利用率が高い。料金は全線均一料金で大人¥170円、小児¥80円、長崎/熊本と比較すると高い。しかし、全国の同事業の中でも数少ない健全運営を誇るという。
     鹿児島市電の停留所は「電停」と呼ばれ、JRの駅と区別される。各電停にはバスロケーションシステムの表示端末が設置されており、後方3電停以内にいる電車の位置がわかるようになっている。安心して待つことが出来る。
     鹿児島中央駅前電停と改名した際に、電停内の軌道に芝を植えた。電車から発生する熱やオイルなどの影響が軽微という事が確認され、2006年から本格的に芝植えが始まり、芝生となり緑化事業がスタートした。

    旅行時期
    2015年03月
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    バリアフリー:
    4.0
    乗り場へのアクセス:
    4.0
    車窓:
    4.0

  • 日本最南端の新幹線停車駅、鹿児島中央駅。

    投稿日 2015年04月10日

    鹿児島中央駅 鹿児島市

    総合評価:5.0

     今から約40年前に来た時は「西鹿児島駅(にしかごしまえき)」と言った。駅前で記念に撮った懐かしの写真がある。その時代から寝台特急、特急などの列車をはじめほとんどの列車が当駅を起終点として発着しており運行上の拠点であり、古くから鹿児島市の中心駅としての役割があった。
     現在は駅名を「西鹿児島駅」から「鹿児島中央駅」に名称を変え、今も鹿児島市の代表駅で、地元での通称は「中央駅」と呼ばれている。
     駅敷地内にはアミュプラザ鹿児島やフレスタ鹿児島などに大小250を超える店舗が密集しており、駅周辺の店舗と併せて鹿児島中央駅地区と呼ばれ商業エリアを形成し、鹿児島市の一大商業地区の一つともなっている。 
     2004年3月の九州新幹線の当駅乗入開始以後、当駅は日本最南端の新幹線停車である。また、複数の鉄道路線が接続する日本最南端の駅でもある。

    旅行時期
    2015年03月
    施設の快適度:
    5.0
    バリアフリー:
    5.0

  • JR熊本駅から市内の名勝地へ、熊本駅前駅。

    投稿日 2015年04月09日

    熊本駅前停留場 熊本市

    総合評価:3.0

     熊本市電「熊本駅前駅」はJR熊本駅白川口を出ると正面に見える。運転系統はA系統・B系統の二つがあり、熊本駅前駅はA系統に属する。
    ■A系統〈赤〉 田崎橋−熊本駅前−辛島町−水道町−水前寺公園−健軍町

     A系統・B系統それぞれ全線通しての運転が主だが、熊本駅前発着や交通局発着の便もある。A系統を赤、B系統を青で区分表記している。電車の前面に赤色A及び白抜きでAと表示されている。

     運賃は市電全線大人¥150円、子供¥80円の均一運賃である。

    旅行時期
    2015年03月

  • 40年前の面影が残る、白川口駅舎。

    投稿日 2015年04月08日

    熊本駅 熊本市

    総合評価:3.0

     熊本駅は県庁所在地である熊本市の中心駅である。九州新幹線の各列車や在来線の特急列車を含め、全列車が停車する。九州新幹線鹿児島ルートの全線開通に伴い、元々の駅舎である在来線側を「白川口」、新設された西口を「新幹線口」とした。
     今から40年前「寝台特急みずほ」で熊本県菊池市出身の友人と熊本駅で下車した。40年前、元々の駅舎前で撮った写真がある。到る所に面影があり、駅舎は変わっていない、懐かしい。
     40年振りに来て、気付いた。駅の構造が東海道新幹線三島駅に似ていた。新幹線口、在来線口があり、どちらの改札口から入っても地下通路にエスカレーターで降りる。地下通路にも起伏があるため、平面付き二段階エスカレーター・オートウォークを使用している。通路を歩きながら、三島駅を思い出した。

    旅行時期
    2015年03月
    施設の快適度:
    3.0
    バリアフリー:
    3.0

  • のどかな田園地帯にある、熊本空港。

    投稿日 2015年04月08日

    熊本空港 (阿蘇くまもと空港) 山都・熊本空港

    総合評価:4.5

     熊本空港には縁がある。大津町に熊本製作所があり、現役の頃よく出張に来ていた。今まで気が付かなかった。熊本空港はてっきり大津町にあると勘違いしていた。リムジンバスで熊本市へ向う途中、道路標識をチェックしながら来て気付いた。空港から出張先までタクシーで移動していた為、乗車時間が僅かで標識を気にしていなかった。
     熊本空港は、熊本市から北東へ約20kmの阿蘇山の山麓にある。観光シーズンには渋滞することが度々であった。空港ビルは益城町にあるが、滑走路のほとんどは菊池郡菊陽町にある。空港周辺は霧の多い場所であるため、ILSカテゴリーIIIbで運用しており、自動着陸が可能である。年間利用客数は、国内約3百万人、国際約4万5千人、福岡空港、鹿児島空港に次ぐ九州3位となっている。

    旅行時期
    2015年03月
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    施設の充実度:
    4.0

  • 日本三大車窓の絶景を行く、観光列車。

    投稿日 2015年04月07日

    いさぶろう しんぺい号 人吉

    総合評価:5.0

     「いさぶろう」「しんぺい」号は肥薩線の人吉駅−吉松駅間で運行されている観光列車で、下り人吉駅→吉松駅が「いさぶろう」上り吉松駅→人吉駅が「しんぺい」と別々の列車名で運行されている。
     この区間は日本三大車窓の一つに数えられる矢岳越えを始めとして車窓の良さに定評があり、名所では一時停車したり徐行運転を行うなど、まさに観光列車である。
     列車名の由来は、「いさぶろう」が人吉駅−吉松駅間が建設された当時の逓信大臣山縣伊三郎、「しんぺい」が同区間開業当時の鉄道院総裁後藤新平にちなむ。
     運行概況は人吉駅−吉松駅間に「いさぶろう」として下り2本、「しんぺい」として上り2本が運行されており、2つの列車を合わせて2往復が設定されている。人吉駅では特急「九州横断特急」「くまがわ」と、吉松駅では特急「はやとの風」との接続が考慮されたダイヤを組んでいる。
     客室は温もりのある木製のインテリアが特徴。女性の客室乗務員の服装は航空会社の客室乗務員張りの服装で車内販売、車内改札・観光案内、等を行っていた。駅で一時停車、下車したときは、写真を撮ってくれたり、お客様を温かく見守っていた。

    旅行時期
    2015年03月
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    5.0
    乗り場へのアクセス:
    4.0
    車窓:
    5.0

  • 熊本県南東地域の主要駅、人吉駅。

    投稿日 2015年04月07日

    人吉駅 (JR九州) /人吉温泉駅 (くま川鉄道) 人吉

    総合評価:3.0

     人吉市は熊本県南東地域の主要都市である。人吉市の代表駅が人吉駅で全列車が停車する。JR九州の肥薩線、くま川鉄道の湯前線の2路線が乗り入れており、湯前線は当駅が起点である。
     人吉駅は肥薩線の運行上の拠点となる駅で、八代駅方面、吉松駅方面からの列車何れも全て当駅を始発・終着としている。八代市や熊本市への輸送がある八代駅方面は「九州横断特急」特急「くまがわ」など比較的本数が多いが、宮崎県・鹿児島県との県境の山間部を通る人吉駅−吉松駅間は観光列車「いさぶろう・しんぺい」号を含めて1日5往復のみの運転である。 
     人吉出身の知人がいる。人吉には球磨焼酎の蔵元が多く、酒にはめっぽう強いが口癖で太っ腹な人間だ。人吉高校卒でオリンピック時、4年に1回開く同級会が楽しみだ、といつも言っている。

    旅行時期
    2015年03月
    施設の快適度:
    3.0
    バリアフリー:
    3.0

  • 豪華絢爛、伝説の間、志の高さを感じる熊本城本丸御殿 昭君之間。

    投稿日 2015年04月07日

    熊本城 熊本市

    総合評価:5.0

     熊本城本丸御殿に「昭君の間」という、豪華絢爛な伝説の間がある。「昭君之間」は実は「将軍之間」の隠語であるという説がある。熊本城を築城した加藤清正公は太閤殿下、豊臣秀吉子飼いの武将である。その遺児である秀頼公に万が一のときは、清正公にはこの熊本城に秀頼公を迎え入れ、西国武将を率いて徳川に背く覚悟があり、そのための部屋が「昭君の間」というのだ。ありうる話だが、私は少し違う見解だ。
     太閤殿下の跡を継ぎ、天下を取ろうとしたのではないか。大義名分のため、豊臣秀頼公を立てる。熊本城の桁外れな大規模な城郭を見ていると、そんな気がしてくる。ただの城ではない、志の高さを感じる城である。



    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    5.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 熊本城天守閣の正面入口、頬当御門

    投稿日 2015年04月07日

    熊本城 熊本市

    総合評価:4.5

     櫨方門から熊本城に入り、加藤神社に参拝する為、頬当御門から熊本城を出た。天守閣へ向う正面入口が「頬当御門」と後日知った。知識がないので、逆のコースを歩いてしまった。事前に地図で確認し、歩いた方が良い。
     この門はお城を顔に見立てたとき、ちょうど顔の前に当てる甲冑(かっちゅう)の部品の頬当てに見えることから、頬当御門と呼ばれるようになったと伝えられている。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 加藤・細川の時代を伝える、二様の石垣。

    投稿日 2015年04月07日

    熊本城 熊本市

    総合評価:4.5

     櫨方門から入った場合、天守閣に向って歩いて行くと途中に「二様の石垣」がある。この「二様の石垣」は熊本城の見事な石垣の中、加藤と細川時代の異なった様式の石垣が見られる。手前の石垣の方が古い石積みの方法で、隅に同じ大きさの石を積み上げる「穴太積(あのうづみ)」と呼ばれている。奥の石垣は「算木積(さんぎづみ)」と呼ばれるもので、長方形の角石を左右交互に積んでおり、勾配が急なことが特徴である。
     従って、石垣の傾斜の違いが一目瞭然、隅石(すみいし)の積み方の違いを比較できる場所である。



    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    バリアフリー:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 白と黒のコントラストが格調高く美しい、熊本城長塀。

    投稿日 2015年04月07日

    熊本城 熊本市

    総合評価:5.0

     熊本市電を熊本城・市役所前電停で下車した。うまや橋から行幸橋まで坪井川沿いに歩いた。その対岸が熊本城長塀である。
     東の平御櫓(ひらおんやぐら)から西の馬具櫓(ばぐやぐら)まで約242mの塀が続いている。現存する城郭の塀の中では最長を誇る。白漆喰(しろしっくい)に黒の下見板を張り、桟瓦(さんがわら)が乗っています。内側には凝灰岩(ぎょうかいがん)の控え
    柱が立ち貫(ぬき)で固定してある。過去に何度も修理をしたという。いつの時代かの修理の際に、石落としや狭間(さま)が失われ、旧状に復することなく現在に至っている。
     熊本城長塀は整然としたデザインにより格調高い。黒と白のコントラストは見える者に美しいと感動を与える。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    5.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 見上げる大小天守と宇土櫓の眺めは絶景!

    投稿日 2015年04月06日

    加藤神社 熊本市

    総合評価:4.5

     頬当御門を出て、宇土櫓沿いに歩くと、加藤神社の鳥居が見えて来た。軽自動車が鳥居の所で停車した。中から宮司らしき着物姿の男が降りた。少しの駐車かな、と思ったがそうではない。神社の顔と言うべき鳥居に長々と駐車できるものだ。こんな光景を見たのは初めてだ。罰が当らなければよいが、と思った。
     明治4年(1871年)の神仏分離令により、本妙寺から移されて、城内の宇土櫓前に創建された神社です。主祭神は、熊本城築城を始め、熊本の基礎を築いた加藤清正公で、創建時は、錦山(にしきやま)神社と称していたが、明治42年より現名称になった。境内から見上げる大小天守と宇土櫓の眺めは絶景です。


    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 城郭に箔・格をつける櫓。

    投稿日 2015年04月06日

    熊本城 熊本市

    総合評価:5.0

     熊本城本丸内東竹の丸には、高石垣の上に西南戦争の火災にも焼け残った櫓が建ち並び、国指定の重要文化財に指定されている。
     南から田子櫓(たごやぐら)、七間櫓(しちけんやぐら)、十四間櫓(じゅうよんけんやぐら)、四間櫓(よんけんやぐら)、源乃進櫓(げんのしんやぐら)、少し間を置いて東十八間櫓(ひがしじゅうはちけんやぐら)、北十八間櫓(きたじゅうはちけんやぐら)、五間櫓(ごけんやぐら)、不開門(あかずのもん)、平櫓(ひらやぐら)と続く。
     櫓群がどの辺にあるのか。よく注意して歩かなければ、見落としてしまう恐れがある。皆が天守閣・本丸御殿・宇土櫓 等を目指して歩くからだ。その波にどうも引き込まれてしまった。あとで後悔が待っていた。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    4.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 熊本市民の自慢の憩いの広場、熊本城公園。

    投稿日 2015年04月06日

    熊本城 熊本市

    総合評価:4.5

     熊本の中心部に位置する大きな公園が、熊本城公園である。熊本城公園の敷地は国の土地であり、財務省九州財務局の管轄下にある。敷地は熊本市に無償貸与され、熊本市が管理及び整備を担っている。園内に所在する文化財のうち特別史跡熊本城跡、重要文化財熊本城諸櫓は、文化財保護法に基づき熊本市が管理団体に指定されているそうだ。
     熊本城公園は、その名の通り熊本城を中心とした公園で、天守閣からは公園内が一望できる。また、熊本城公園には大きな芝生の広場があり、休日にもなると多くの人で溢れ、様々にひとときを楽しんでいる。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    バリアフリー:
    4.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 加藤清正公のふるさとを訪ねて。

    投稿日 2015年04月05日

    加藤清正公像 熊本市

    総合評価:4.5

     加藤清正公像は坪井川に架かる行幸橋の袂にある。加藤清正公とは何かの縁を感じる。清正公の生誕地は太閤殿下(豊臣秀吉)の生誕地、豊国神社に隣接する妙行寺だ。知人が豊国神社境内で売店を営んでいた。知人を訪ねるたび妙行寺に詣でた。
     永禄5年(1562年)6月24日、刀鍛冶の加藤清忠の子として尾張国愛知郡中村(現在の名古屋市中村区)に生まれる。母は鍛冶屋清兵衛の娘・伊都。父が清正の幼いときに死亡した為、母と共に津島に移る。
     その津島に私は3年間単身赴任した。永禄の頃、尾張国の商業都市・港町として大いに栄えていたという。織田信長も津島からの税収で潤っていた。華麗な津島天王祭を見れば往時の繁栄振りが想像できる。信長公も度々訪れたという。加藤清正公も見たであろう。また、津島神社の朱色の鳥居の寄贈者は豊臣秀頼公である。その秋祭は飛騨高山並みの山車が出て賑っていた。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 平成の世に甦った、大名文化の粋を集めた創建時の世界。

    投稿日 2015年04月05日

    熊本城 熊本市

    総合評価:4.5

     加藤清正公によって創建され、行政の場、生活空間として利用された「熊本城本丸御殿」は、明治10年の西南戦争で消失。
     平成15年の秋から始まった「本丸御殿大広間」の建築工事は、江戸時代から残る絵図や文献、古写真、発掘調査を基に進められてきた。大広間(対面所)、数寄屋(茶室)、大台所等、平成20年春に落成を迎え、創建時の様相を取り戻し、当時話題になった。総事業費は約54億円という。
     本丸御殿は落成しての年が浅い為、ふんだんに使用した木材は新しく香って来るようだ。特に対面所に使用された大広間は広々とし迫力を感じる。こんなに広い大広間を見たのは初めてだ。この大広間で第67期名人戦第2局が行われたという。名人戦初となる「お城対局」及び公開対局が実現したという。

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    4.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 天下の名城、熊本城。

    投稿日 2015年04月05日

    熊本城 熊本市

    総合評価:5.0

     熊本城の城構えは広い、江戸城に次ぐ広さと現地ガイドさんは言う。日本三名城の一つと言われる由縁である。加藤清正公一代で築いた訳ではない。15世紀後半の記録に出田山城守秀信公により千葉城が築かれた。その地は現在の千葉城町である。次の代官、鹿子木氏が任官すると、千葉城から古城に移す。ここは、薩摩街道・豊後街道・肥前街道などが交差する交通の要衝に近い。これが隈本城または古城と呼ばれる城である。その後、菊池氏と大友氏の攻防が繰り返された。豊臣秀吉の九州平定により城を明け渡すまで城氏三代の統治が続いた。佐々成政公が統治を任されるが、検地をめぐって国衆一揆が発生し、一揆の責任を問われ切腹。その後は、肥後の国の北半分を加藤清正公、南半分を小西行長公に与えられた。
     加藤清正公が天正16年(1588年)に入部、優れた土木・築城技術を発揮してほぼ現在の形を完成させた。城郭周囲は5.3kmにおよび、面積98万?。象徴の連立式大天守閣、小天守閣ほか、多数の櫓、櫓門、城門を備えた堂々たる城です。1607年に大規模な城が完成すると、城名を「熊本城」にし、町の名前も「隈本」から「熊本」に改名した。
     加藤家の改易後、細川家が入封して約240年に渡って存続したが、西南戦争(明治10年)の際に天守閣等が消失。宇土櫓ほかの往時の櫓も残り、昭和35年(1960年)に天守閣が復元され、平成20年(2008年)に本丸御殿が落成され、今に至っている。 

    旅行時期
    2015年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    バリアフリー:
    4.0
    見ごたえ:
    5.0

ガッサンさん

ガッサンさん 写真

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41都道府県訪問

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ガッサンさんにとって旅行とは

 私にとって旅行とは、美しい景観/感動した景観に出会うことである。雑誌を見て,写真を見て,テレビを見て,美しいと感じ、感動したその景観を確認に行く。実際の景観と出会い、奥の深さを知り感動を新たにする。また、旅には出会いがつきもの一期一会の出会いを大切にして行きたい。

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