2025/06/23 - 2025/06/23
7位(同エリア32件中)
さっくんさん
旅に出てしまえば一週間などあっという間。再びカブールに戻って来ました。無事戻れたと言うより、戻って来てしまったと言った感が強いです。カンダハルにヘラート。そして秘境のジャムのミナレット等々、まだまだアフガニスタンには魅力ある場所が溢れています。
それら全てを周る事は今回叶いませんが、私はカブールでやり残した重要な訪問先が残されています。心して訪れようと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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アフガニスタン最終日です。再びカイバル・ホテルの屋上に登りました。
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イチオシ
1週間なんて、あっという間です。1週間前、この屋上で、興奮しながらカブールの街を眺めていたのが、昨日の事の様です。
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胃の調子はバッチリです。まるで昨日の苦しみが嘘の様に回復出来ました。私は無茶をする方なので、毎回の様に旅の終盤に体調を崩しがちですが、自分でも不思議に感じる程、移動日だったり旅程に影響を大きく与えないところで体調を崩し、観るべき場面では、バッチリコンディションを整える事が出来ています。旅の神様、ありがとう!
あ、いえいえ神様は唯一、アル・ハムドリッラー!(お陰様で) -
いざ出発です。
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快適に出発と思いきや、恒例の渋滞に巻き込まれました。
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ロータリーの中央には何やら例の如く建物が建てられています。此処はどうやらモスクでは無い様ですが、いったいこの建物にどうやって到達するのでしょう?車通りが多過ぎて、建物に到達するのは命懸けです(笑)
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先ず訪れたのは、イード・ガー・モスクです。広大な敷地を持つモスクです。
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イチオシ
19世紀後半にアミール・アブドゥル・ラーマン・ハーン統治時代に築かれ、息子の代に完成しました。
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イード・ガー・モスクのミフラーブ。非常にシンプルなデザインです。
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奥行きは無く、左右に長い建築プランはムガル様式の特徴ですが、それにしても左右に長過ぎます。ムガル様式独特の三連の玉葱状ドームはありません。
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これだけ広大な敷地を有している事からイードの祭りは勿論、戴冠式、葬儀、パレード、国家行事の場として利用されました。
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何より第三次アフガン戦争後、アフガニスタンが独立宣言を宣言した場所と言う事で、アフガニスタン近代史として重要な場所です。但しこうした政治的にも重要な場である事から、ISによるタリバン高官を狙ったテロが発生した事もあり、祭事がある日程などは避けた方が無難かと思われます。
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イギリスとの独立戦争の決起の場所となり、独立宣言の場ともなり、ソ連侵攻時はソ連の軍事演習場、その後の内戦時には紛争地帯となる等、壮絶な近代史を生き抜いてきたモスクです。
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普通はこうした歴史は、国会議事堂とかの歴史となる筈なのですが…。モスクの歴史としては異例な経緯を持ったモスクと言って良いでしょう。
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モスク背後の山を仰ぎ見れば、世界中で良く見かける白いロゴ、なんて書いてあるのでしょう?
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続いて、カブール郊外に残るシェワキの仏塔を訪れました。想像以上の大きさに驚きました。
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西暦1世紀から3世紀のクシャーナ朝時代に建立されたと考えられており、インドからカイバル峠を登りバーミアンを目指す巡礼路の途中に位置しました。
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マザール・シャリフ一歩手前のサマンガンにも、タスティ・ルスタムと言う大規模なストゥーパが残されていましたが、私がカブールからバーミアンを経てマザール・シャリフを目指した、この街道は、仏教の伝達した街道でもあり、巡礼路でもあったのです。
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ストゥーパの入り口は内部保存の為封鎖されていました。
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難民キャンプに暮らす家族が遊びに来ていました。子供にアプリコットを頂きました。慌ててガイドさんが駆けつけて、さりげなく捨ててしまいました。昨日食べ物に当たったばっかりなので、心配しての事でしょう。
私はいたたまれない気持ちになりました。私が清潔な環境に暮らしているばっかりに、チンケな毒にさえ耐えられない体になっちまったせいで、難民キャンプの子供の良心を踏み躙る結果になってしまいました。 -
それにしても日々の生活だって厳しいだろう彼等が、旅にやって来た観光客に友情の証として果物くれるんです。資本主義の国、大勢の貧しい人々見て来たけれど、哀しそうだったり、憎々しい目線しか送って貰った事しかありません。普通自分が食べるものさえ困窮している時、人に何か与えようとする発想生まれないと思います。
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そう言えば、ウズベキスタンのブハラでは、失業中の家族に夕食を御馳走になりました。イスラームを旅していると、人として学ばされてる気がします。難民キャンプの少年君、アプリコットは食べられなかったけど、それ以上のもの教わったよ。ありがとう!
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イチオシ
弱肉強食の資本主義では、家を持つ者と持たざる者との間に大きな分断があります。差別を意識していなくても、条件反射的に避けてしまいます。こうした分断がアメリカ等ではホームレスの窃盗、暴行、薬物依存を促進し、更に分断の溝が深くなる悪循環が続いています。残念な事ですが、その分断は活動家やボランティアでは決して解決する事が出来ません。彼等が出来る事は対処療法に過ぎません。何故なら分断はホームレスだけでは無く、資本主義の下暮らす、全ての人々の心の中に存在するものだからです。
一方イスラームの国々では、持つ者と持たざる者の分断を感じる事は殆どありませんし、一体化さえ感じる事があります。盗まれたり、暴力を振るわれたりした事は愚か、怖いと思った事も一度もありません。
どちらが目指すべき世界観なのでしょうか?アメリカの文化は遅れて日本に伝わってくるとか言いますが、少なくとも私は日本に、リアル北斗の拳の様な、あんな世界観にはなって欲しく無いと思います。 -
巨大な仏塔が、背後の荒涼とした山々を背景に良く映えます。それにしてもこれだけ大規模なストゥーパが残されているとは驚きです。サマンガン、タスティ・ルスタムで見た巨大なストゥーパは、周囲の岩山を彫り抜いたものでしたが、此方は周囲に岩山は無いので、石材を積み上げて築いたものと思われます。
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頂点が丸い弾頭状がパキスタン~アフガニスタンのストゥーパの様式だと思います。形状的にヒンズー教のシヴァ・リンガムに似ていると感じますが、どちらかが影響を受けた、若しくは受け合ったりしたのでしょうか?
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ヒンズー教と仏教。互いの故郷インドではヒンズー教が生き残り、仏教は衰退してしまいました。一方インド外では、ヒンズー教は衰退し(インドネシアのバリは例外として)仏教は東アジアを中心に伝播しています。この違いは何処に生まれたのでしょう?
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所々に円形の張り出しを持つ基壇は、かなり広範囲に築かれています。
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周囲はアフガニスタンには珍しい広大な平原が広がります。つまり、マザール・シャリフが北のアフガニスタンの峠の終点だとすれば、カブールが東の峠の終点にあたります。此処から更に東に進めば更なる峠、カイバル峠を経てパキスタンに至ります。今回の旅は、アフガニスタンと言う中央アジアと南アジアを結ぶ巨大な峠を越える旅だったと言えるでしょう。
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カブールの東の郊外に建つこの仏塔は、これから峠に挑む巡礼者を歓迎し、見送るかの様に聳えています。それを鑑みれば、先日訪問したマザール・シャリフ一歩手前の街サマンガンに同時代に建てられた仏塔タスティ・ルスタムも、まるで中央アジアから峠に向かう入り口に建てられていました。そしてその間には聖地バーミアンが存在します。
もしかすると峠の北と東の二つの入り口に建つ、この二つの巨大な仏塔は峠を旅する人々にとって、道祖神的役割を、そしてバーミアンを守る役割があったのではないでしょうか。 -
そして、今回の旅の最後、大トリを務めるのは、勿論此処、ムガル帝国初代皇帝の廟があるバーブル庭園です。私はこれ迄の旅でムガル帝国二代から六代皇帝の廟に参拝してきました。初代の行程の廟に参拝したいと常に思っていましたが、アフガニスタンに存在する事から、諦めかけていました。しかし、遂に訪れる事になり、この日をとても楽しみにしていました。旅程の最期で満を持してこの時が訪れました。
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ムガル帝国初代皇帝バーブルは、ウズベキスタンに産まれ、父方がティムール、母方がチンギス・ハーンの血を継ぐサラブレッドです。チンギス・ハーンは広大な領土を持つ巨大な帝国を築き上げましたが一代で崩壊、その後再び中央アジアを席巻したティムール帝国も同じく一代で崩壊しました。そんなモンゴル帝国の再興を狙いバーブルは何度も旗を挙げましたが、結局バーブルは故郷ウズベキスタンで錦の旗を挙げる事は出来ませんでした。
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彼は故郷を諦め、ウズベキスタンを出て、バルフを経由し私の辿った街道を逆に下り此処カブールで時節を待ちます。カンダハルやカイバル峠の下のペシャワール等を制圧しながら、当初はインドへは略奪を目的に攻め込む程度でしたが、インドが肥沃な大地を持つ事を知り、インドに拠点を構える決心をします。当時のインドは群雄割拠状態で、それはバーブルにとって好機になりました。
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こうしてバーブルは故郷とはかけ離れたインド・アグラで念願の自分の帝国、ムガル帝国を創建します。ムガル帝国のムガルとはペルシャ語でモンゴル。即ちムガル帝国とはインドで開かれたモンゴル帝国と言う事になります。インド人視点では外来勢力による統治。中国で言えば清朝にあたります。
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念願を果たしたバーブルでしたが、実は彼は余りインドを好きにはなれなかった様です。でも彼は皇帝なので、私の様に嘘つき過ぎるインド人に辟易したからではないでしょう。多分渇いた中央アジア出身の彼にとって、インドの気候は蒸し過ぎていたからではないでしょうか?彼はインド・アグラに没しますが、遺体をカブールに埋葬する事を願いました。
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しかし、残念ながらその願いは叶えられる事は無く二代目フマユーンは父の遺体をアグラに埋葬します。フマユーンが酷い奴だった訳では無く、バーブルの死後、彼の死は隠匿された事。まだ政情は安定していなかった事によるものでしょう。しかしその後、シェール・シャーの反乱により、ムガル帝国は一時滅んでしまいます。何故か理由は解りませんが、バーブルの遺体は彼によって念願のカブールに移され埋葬される事となるのです。彼はバーブルの下に従属していた事もあったので、彼は二代目のフマユーンには反旗を翻したものの、バーブルの意志をバーブル配下当時に耳に入れていた可能性はあるでしょう。こうした経緯で、バーブルはムガル帝国を一時は滅ぼした男によって、念願のカブールに眠る事が叶いました。
シェール・シャーとは
https://4travel.jp/travelogue/11777098 -
庭園を散策していると嬌声に包まれました。余りの嬌声に振り返るとGirls,Girls,Girls!
なんでまた此処アフガニスタンで!と思いましたが、私はどうやら運が良いやら悪いやら、バングラデシュでも同様のケースに遭遇しました。女学生達のレクリエーションの様です。若い女性が似た様な格好で大集団を形成するなんて、学校行事以外在り得ないでしょう。若い女性がこれだけ集団を形成してしまうと、大規模なデモ以上に厄介な存在です。桑原、桑原…。アフガニスタンでは女性は学校行けなかったんじゃなかったでしたっけ?嗚呼桑原、桑原…。 -
ムガル帝国五代皇帝シャー・ジャハーンがバルフを征服した記念に建てたモスクがありました。建築王である彼は、ムガル帝国の三大居城である、デリーのラール・キラー。アグラ城、ラホール城共にモスクを建立しましたが、同じ様式のものです。
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シャー・ジャハーン・モスクのミフラーブです。
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一時は念願のバーブル参拝は彼女達の大群によって木っ端微塵にされるのでは無いかと恐れ戦きましたが、どうやら彼女達は全く歴史的なものには興味を示さない様で(日本の女の子だって同じですよね。)下段の花畑の方で大はしゃぎを続けている様です。どうかそのままでいてくださいませ。桑原、桑原…。
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モスク自体は、王族専用のプライベートなものなので、小柄でシンプルなものです。当然礼拝の時間を呼びかける必要も無いのでミナレットはありません。
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庭園の広大な敷地は緩やかに勾配が設けられ、水路から水が流れ落ちていきます。シャー・ジャハーン・モスクが此処にあると言う事は、核心の墓地ももうすぐ其処にある事を示します。念願の時が近づいています。
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遂に庭園を登り詰め、バーブルの墓標に到着しました。懐に花束が添えられていました。係員に鍵を開けて貰います。
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対面しました。故郷で夢破れ、街道を下り、此処カブールでカイバル峠下に広がるインドの大地に新天地を求めました。彼が野望を抱き、念願を叶える拠点となった街、カブール。彼がインド・アグラで夢を叶えたその後も、彼の思い出の地は此処カブールにあったのでしょう。私がムガル帝国の歴史、そして各皇帝の墓標を訪れる様になってから、何年の月日が過ぎ去った事でしょう。漸く初代の墓標を参拝する事が叶いました。この墓標を前に、其々の皇帝の墓標を振り返ってみましょう。
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二代目皇帝フマユーンの廟は、インド、デリーにあります。二代目は凡庸と言われる事が多いです。フマユーンも一時シェール・シャーに国を奪われムガル帝国は一時的に滅亡、息子アクバルは人質に取られ、自身はペルシャに亡命します。しかし、それはフマユーンの責任と言うより、シェール・シャーが傑物過ぎたのだと思います。しかしそんなシェール・シャーが早世してしまい、そんな一瞬の混乱を見逃さずに、政権を奪還、見事ムガル帝国を再興させたフマユーンは、只の凡庸な二代目だったとは言えないでしょう。
インド・デリー
https://4travel.jp/travelogue/11767875 -
三代目皇帝アクバルの廟は、アグラ郊外スィカンドラーにあります。二代目皇帝フマユーンから政権を奪取しシェール・シャーが急激に版図を拡大したその秘訣は、融和政策にありました。ヒンズー教が土着のインドに於いて、外部勢力であるイスラームが国を纏め上げるには、それが必要不可欠な政策であったのです。
シェール・シャーに人質に取られていたアクバルは、その時代にシェール・シャーの政治を良く学び、彼の死後、父フマユーンがムガル帝国を再興し、アクバルがフマユーンの跡を継いだ後も、シェール・シャー同様融和政策を推し進めた事で、それまで脆弱だったムガル帝国の基盤を揺るがないものとしました。
アクバルはムガル帝国随一の名君。しかし旅人はアグラを訪れるとタージ・マハルとアグラ城の見学を終えると、あっという間にアグラを去ってしまいます(涙)是非アクバル廟迄足を延ばしてくださいませ。
インド・アグラ近郊
https://4travel.jp/travelogue/11769594 -
四代目皇帝ジャハーン・ギールの廟は、パキスタンのラホールに残ります。ジャハーン・ギールは珍しく一人っ子として育った為か、おっとりとしており、皇帝にありながら、軍事や政治より詩や絵画等芸術に才があった人物の様です。
パキスタン・ラホール
https://4travel.jp/travelogue/11776528 -
ジャハーン・ギールの妻、ヌール・ジャハーンの廟。同じくラホールに残ります。夫がおっとりしていた為か、夫に代わって政務を取っていた事もある女性だった様です。二人は多くの子を設けましたが、彼女が跡継ぎに推した子供を打倒し、シャー・ジャハーンが五代目に就任しました。
シャー・ジャハーンと言えばムガル帝国の建築王。タージ・マハルを造った人物です。それにしては彼の父母の廟はシンプル過ぎます。自分を後継に推してくれなかったが故の手抜きデザインなのでしょうか? -
此方は皇帝の廟ではありませんがヌール・ジャハーンの兄弟であり、タージ・マハルに眠るムムターズ・マハルの父でもあるアシフ・カーンの廟です。此方もラホールに残ります。
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そして五代目皇帝シャー・ジャハーンが眠るタージ・マハルです。本来シャー・ジャハーンが最愛の妻ムムターズ・マハルの為に、国家財政が傾く程の資金を投じ建てられた、愛妻の為の霊廟であり、自身はもう一つ、漆黒のタージ・マハルを築き、其処に眠る予定でした。
しかし因果応報と言うものでしょうか?彼自身、親の推した跡継ぎ(兄弟)を殺し、皇帝の座に就きましたが、シャー・ジャハーンの推した跡継ぎも、その兄弟であるアウラングゼーブに押しのけられたばかりか、国費を霊廟に使い過ぎた咎を責められ、アウラングゼーブにアグラ城に幽閉され、其処で失意のまま生涯を終えました。
結局彼の霊廟は築かれる事無く、愛妻が眠るタージ・マハルに妻に寄り添う様に眠っています。
「もしバーブルが地元で帝国を開けたのなら、タージ・マハルはウズベキスタンに建てられた筈なのになぁ。」
なぁんて、ウズベキスタンのガイドさんが嘆いていました。確かにそうかもしれませんね(笑)
インド・アグラ
https://4travel.jp/travelogue/11769594 -
親であるシャー・ジャハーンを幽閉し、親の廟も築く事無かった六代目皇帝アウラングゼーブは、ガチなムスリムでした。実力はあり、彼の代で帝国の領土は最大のものとなりますが、ガチなムスリムであった彼は三代目アクバルから続いた融和路線を破り、ムスリム路線をひた走ります。そんな彼はガチなムスリムであっただけに、華美な霊廟を良しとせず、彼の名を冠したアウランガーバード郊外のグルダーバードに残る聖廟の傍らに、廟も無く、青空の下眠っています。
インド・アウランガーバード
https://4travel.jp/travelogue/11772978 -
アウラングゼーブが融和路線をやめてしまった事により、ヒンズー勢力の反発が激化し、アウラングゼーブの死後、ムガル帝国は坂道を転がる様に弱体化します。
そんな中、アウラングゼーブの息子アーザム・シャーは、せめて母ディルラース・バーヌー・ベーグムの廟は建ててあげたいと思ったのでしょう。しかし最早ムガル帝国の資金は乏しく、タージ・マハルの様にはいきません。彼の失敗は、だと言うのにタージ・マハルのデザインを追ってしまった事でしょう。
規模も小さく、大理石は手が出ないので、漆喰で表現された白。デザインが同じ為、否応にも本家タージ・マハルと比べられてしまいます。貧乏人のタージ・マハルなんて口さがない人は、ビビー・カ・マクバラーをそう呼びます。ビビー・カ・マクバラーはエローラ石窟やアジャンター石窟への基点となる街アウランガーバードに建っています。是非訪れてあげてください。 -
その後弱体化したムガル帝国はやがて東インド会社の侵略を受け、インドはイギリスに植民地化されました。ムガル帝国はセポイの反乱を起こしますが、鎮圧され、ムガル帝国は滅亡しました。写真はセポイの反乱の舞台の一つとなったバングラデシュ・ダッカのラール・バゲル・キラー(ラール・バーグ・フォート)です。
バングラデシュ・ダッカ
https://4travel.jp/travelogue/11809892 -
漸く貴方の墓に参拝する事が叶いました。これ迄貴方の子孫の歴史を学んできました。そして今日、漸く念願のカブールを訪れ、念願が叶いました。今、長きに渡った紛争も一段落し、外敵も去り、街も賑やかになって来ました。安らかにお過ごしください。私の大好きな歌の一節を贈りたいと思います。
My ,but we learn so slow
And heroes, they come and they go
And leave us behind as if
We're supposed to know why
Why do we give up our hearts to the past?
And why must we grow up so fast?
(中略)
Things to remember, places to go
Pretty maids all in a row
ああ、でも学ぶのって時間がかかる
英雄は現れては去っていく
まるで私たちを置いていくかのように
なぜなのかは分かっているはずなのに
なぜ私たちは過去に心を囚われてしまうのでしょう?
そしてなぜ私たちはこんなに早く大人にならなければならないのでしょうか?
(中略)
思い出に残るもの、訪れた場所
まるで走馬燈の様に…。
Pretty Maids All In A Row/Eagles
この曲の題名を直訳してしまうと、ウハウハな曲と勘違いしてしまいますが、実はマザーグース出典の構文であり、「連続した~」となります。この曲の場合、「走馬燈の様に」と訳すと一番歌詞にしっくりきます。
https://youtu.be/NAAH7XIqh7k?si=GnlYCie6tUExqLL9 -
霊廟の傍にはハーレムが残されていました。此方は過剰に修復が行わっれてしまっており、現代建築の様な有様です。内部には入れませんでした。
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ハーレムからは広大な庭園とその先に丘の上にぎっしりと肩を寄せ合う家並みを眺める事が出来ます。
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バーブルは大勢の女性を囲っていたと言われます。また詩人としても才があり、文化人としての才覚もあった様です。結構風流な人物だったのかもしれません。
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私がハーレムでバーブルへの想いを馳せていると、何やら大勢の女性達の嬌声が聞こえてきます。まさか?と驚けば、どうやらハーレムからでは無く、庭園方面から聞こえてきます。でも此処に来るまで出くわした女学生の声色ととは少々違う様です。
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ハーレムを出て、庭園を下ります。嬌声の犯人が判明しました。往きに出くわしたのはハイティーンの女学生達でしたが、今度はローティーンの女学生達が大はしゃぎをしています。
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アフガニスタンにもエスカレーター式の女学校があるのでしょうか?仕組みは解りませんが、状況から察するに時間帯をずらしながら学年毎に全校でレクリエーションらしきものが行われている様です。低学年なので、往きの高学年の女子よりずっと制御が効きません。大騒ぎしながら我々の脇を通り過ぎていきました。女学生は学業に就けないと言う事前情報に毒されてきたので、この光景はとても嬉しかったし、微笑ましい光景でした。そして報道が更に信用できなくなりました。報道しない自由と、メディアは都合の良い偉そうな事を宣いますが、それによって失う信用の大きさを彼等は自覚出来ていないのでしょうか?
アメリカは率先してアフガニスタンにおける女性の教育問題を取り上げますが、自国はどうなのでしょう?
アメリカの識字率は79%つまり5人に1人、人口にして1600万人の人々が読み書きに不自由があると言います。この識字率の多さがホームレス増加に直結しています。
貧しい国ならまだしも、ハーバードを始め、世界一の教育機関を持つ国の人々が、是迄の数、まともな教育を受けられ無い状況は人権侵害にあたると思います。
アフガニスタンの女性の人権問題は大きく取り上げられるので、将来是正される可能性がありますが、アメリカのこの問題は、アメリカが強いからか、問題視される事はありません。ある意味アメリカの貧困層は世界一見放された存在かもしれません。 -
バラ園です。丁度シーズンと重なって咲き誇っています。もっとじっくり楽しみたかったですが、これ以上奥に入ると、バラでは無くアフガニスタンの少女の嬌声が咲き誇っている状態でしたので、遠慮しておきました。
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旅の最期に、念願のムガル帝国初代の墓の参拝を叶える事が出来ました。
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最後の晩餐ならぬ最後の昼食はカブールでも最高級クラスのレストラン・ブハラです。ウズベキスタンのブハラの名を冠したレストランです。
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前菜のスープはとろみのある上品な味でした。
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サラダの盛り付けもお洒落です。
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メインは勿論、ケバブです。
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遂にアフガニスタンのツアーが終わり、ドライバーさんとガイドさんともお別れの時です。ずっと一緒にいたので別れは寂しいです。チップを渡して、ズボンのポケットにある程度纏まった未使用の現地の紙幣があったのを思い出したので、「これも、もう私が使えないお金だから受け取って欲しい。」と差し出しました。
すると彼…
「ありがとうございます。貧しい人達の為に使わせて頂きます。」
と言うのです。世界中でガイドさんにお世話になって来ましたが、こんなフレーズ初めて耳にしたかもしれません。ムスリムの神髄を見せて頂いた気がします。自問自答します。私ならそう言えるでしょうか?頭の片隅に存在してはいたとしても、サラリとは出てこない。いや、格好つけるんじゃない、頭の片隅にも無い癖に…「ゴッツァンです!」と返すのが精々でしょうか?人として…完敗です。 -
あれはパキスタンのレストランでの事。店内に入ってきた物乞いの女性。差別している訳ではありません。でも資本主義の下生まれた私は一瞬フリーズして、躊躇してしまいました。咄嗟に断るガイドさん。
物乞いの女性は次のテーブルへ、店員を呼ぶ客の男性。このシチュエーションを見て私は100%物乞いの女性は追い払われると思いました。資本主義のレストランなら100%そうなるでしょう。
しかし店員は、まるでいつもの事の様に男性の客の皿を持ちバックヤードに戻ると、綺麗にテイクアウト用に包むと、物乞いの女性に渡すではありませんか。その時私は完敗した事を悟りました。爽快な程の完敗感。
イスラームの旅で、いつも私は学ばされている様な気になります。今回のガイドさん、様々な現地の歴史を教えて頂きましたが、人としても学ばせて頂きました。本当にありがとうございます。 -
私のアフガニスタン滞在のリミットが記載されています。もうカウントダウンです。
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いつも旅先は、旅立つ前の想定を遥かに越して私をその魅力的な世界観で圧倒してくれますが、此処アフガニスタンは、事前にネガティブな情報にどっぶり漬けられていたせいあり、あらゆる意味で圧倒してくれました。其処に暮らす人々も然り、歴史も然り、そして大自然の美しさ、取り分けバーミアンの美しさは忘れられないものになりました。
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「街道をいく」と名付けて始まったこの旅も、その街道を行き来した偉人を挙げてから始めたものの、実際現地を訪れれば、私の想像を遥かに超えて、様々な偉人が、伝承が、文化がこの街道を行き来していた事が解りました。
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私が歩いたこの「街道」は、私が此処まで旅して学んできた偉人達オールスターズが漏れなく歩んだ「街道」でもありました。イスラーム圏の地図を広げ、私の訪れた国を塗り潰していくと、西アジアにぽっかりと白く残された国、アフガニスタン。
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そんな彼等の足跡の、物語の、そして、塗り潰されずに取り残された空白、それら失われた欠片を埋める様な旅でもありました。
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一人一人の物語を振り返ると、これ迄訪れた旅の記憶が甦って来ます。ある意味、これ迄の旅の総集編的旅でもありました。
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アフガニスタンに来れて本当に良かった。もし訪れていなかったら、私の旅のこれ迄が、宙ぶらりんになったまま、私は異世界に旅立つ事になっていた事になったと思います。今、旅立ちます。アフガニスタンに、ありがとう!
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ビリヤニもこれを最期にいつ食べれるか解らなくなるでしょう。心して食べましょう。
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ドバイに到着しました。ドバイを発つのは夜が明けてから。長い長いトランジットが待っています。でも心配はいらないでしょう。今回の旅は私の旅にとって総集編の意味合いがあります。旅行記の中、アレキサンダー大王も、玄奘三蔵も、勿論本題のイスラームの旅も出て来ます。こんな多種多様な内容をどうやって纏めれば良いのでしょう?試行錯誤を練ろうとすれば、あっという間に違いありません。それより、解り易く、私の伝えたかった事が伝わったか?しっかり伝えられたかの方が心配です。
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漸く長いトランジットの時間が終わり、私を祖国に護送する為、機内に荷物をせっせと詰め込んでいます。でも私のアフガンの思い出は制限重量を遥かに超えている事でしょう。
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エミレーツが飛び立ちました。円安になってから機内の乗客は大きく変わりました。今迄なら日本便の乗客が殆ど日本人でしたが、日本人の海外旅行客の減少と相まって、半数近くが得体の知れない人々です。溜息をつきます。関わらない事にしましょう。でも、私もそう思われている様です。
「すみません、其処のアフガニー!」
おっといけない、民族衣装を着たままでした。まぁ、アフガニーって事で通しましょう(笑) -
帰国便はバッチリ・エンターティメントを楽しめました。流石エミレーツ。いっぱい映画が入っています。入っていたら良いな!と思っていたゴジラ-1があって大興奮!最早邦画はハリウッドを軽く超えました。まさかゴジラで泣くとは思いませんでした。感動しました。でも、あのテーマは機内で聞いてはいけません。暴れたくなります(笑)
他にも「あの花が咲く丘で、君とまた出逢えたら。」とか嵐の二宮さんが演じていたソ連に拘留された日本人の映画とか、涙しまくりの帰国便となりました。
どれも大戦関連の映画に偏ってしまいましたが、人類の歴史は哀しい事に争いの歴史とも言えます。 私は、この3月能登演劇堂にて「まつとおね」を観劇しました。その劇中、吉岡里帆さん演じる前田まつの
「争いあってはならぬのです!」
と言う台詞に胸を打たれました。観劇後、近藤由紀子プロデューサーが見送りの最中、言葉をかけてくださり、父が特攻隊だった経緯もあり、昨今の世界情勢もあり、反戦の想いを劇中に投影したかった想いもあっての台詞だと知りました。
私も、是迄多くの紛争地を訪れ、そして次回アフガニスタンを訪れる事を話すと、激励の言葉を頂きました。
そして今、その念願を叶えて、再びこの台詞を振り返ります。現在、アフガニスタンから外敵は去りました。さりとて、アフガニスタンに完全に平和が訪れた訳ではありません。いや、寧ろスタート地点に立ったばかりと言えるでしょう。
アフガニスタンは多民族国家で、とても一枚岩とは言えません。寧ろ問題ばかりです。でも決して「争いあってはならぬのです。」争えば、アメリカ、中国…外敵達に付け入る口実を作り、蹂躙されてしまうでしょう。私が触れてきた、アフガニスタンの美しい風景、人々の心、重厚な歴史。この美しいものを守る為にも
「争いあってはならぬのです。」
吉岡里帆さんの台詞、近藤プロデューサーの激励の言葉、そして能登演劇堂。今回の旅に、大きな気づきと勇気を頂きました。この場を借りて感謝します。
ありがとうございました。
まつとおね観劇
https://4travel.jp/travelogue/11967470 -
目前に現実が見えてきてしまいました。アフガニスタン…歴史も、自然も、申し分無い、想像を遥かに超えた素晴らしい旅でしたが、何と言っても、これだけネガティブに叩かれ、危ない、ヤバいと言われてきたこの国が、まるで逆転満塁ホームランかっ飛ばしたくらい、平和で、優しい世界観を見せてくれた事が一番感動しました。嬉しかった。
どうぞどうぞ、報道も、YouTuberさんも、この街のヤバさを過激に報道してください。出川の様に、ヤバいヨ!ヤバいヨ!って(笑)
この美しい国を、心優しい人々を、心無い観光客から守る為。
もう一度言います。アフガニスタン、最高でした!
最期迄ご覧になってくださり、ありがとうございました。
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