2024/11/23 - 2024/11/23
4位(同エリア10件中)
さっくんさん
今回の旅のメインディッシュはイラクです。退避勧告が出ている事は百も承知しています。私はルールには順守していたいと考える人間です。預言者のモスクも、入ろうと思えば入れたにも関わらず、グッと堪えて入りませんでした。それは其処に非信者は入らないと言うルールが在るからです。
しかし、それを保てた根底には、イスラームに対する私のレスペクトが在ったからこそとも言えます。お互いの信頼あってからこそのルールです。日本の外務省の発行する危険度情報に対する私の不信感もありました。しかしルールはルールです。大きな葛藤がありました。
しかし、「これを見ずして死んでも死にきれない。」と言う想いが、私をイラクに導きました。勿論諸所の事は覚悟の上でです。様々な意見はあると思います。反感を抱く方がいらしたら、どうぞブラウザバック、お願いします。
※)此処ではイラクの旅行記を挙げ、文中では、自分の素直な感想を述べたい為、絶賛していますが、一方現在イラクのバグダッド以北(決してイラク全土では無い)は未だ退避勧告が出されており、残念ながら未だとても推奨出来る旅先ではありません。
また私の帰国直後シリア情勢が急変しました。イラクは多くの部分でシリアと国境線で隣接しており、またアサド大統領やヒズボラ、イラン等が所属するシーア派の人口も多いです。
この事から今後のイラクの情勢は、今後のシリア情勢に大きな影響を受ける可能性が高いです。この様な旅行記を挙げた上、心苦しいですが、もし、もし、それでもと言う旅人さんは情勢を見極めて。ご安全に!
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- フライドバイ
-
フライドバイでドバイに到着しました。実は中東までのエディハド航空と中東内の移動は別発券で航空チケットを手配しました。この頃チェックイン時アライバルヴィザとかの場合、根掘り葉掘りされる事が多いです。
なので同じスケジュール内に、退避勧告が出されている国が含まれていると、一悶着起こりそうだったので、値段は高くなるけれど、安全を図って中東迄の往復と、中東内の移動は別発券でチケットを手配しました。 -
ドバイ空港T2はエミレーツ航空の子会社のLCCフライドバイの専用ターミナルです。LCCだけあってドバイ空港の煌びやかさはありませんが、乗り継ぎに必要なものは揃っており、また空港内も深夜にも関わらず大勢の人々でごった返しているのはドバイ空港同様です。
-
只LCCだけあって飛行機は全て沖止め。横一列に待ち合わせロビーが拡がり、逆に言えば搭乗者は全て此処で搭乗を待つしかありません。この混みあっている場所で12時間は非常に辛い。
-
私のパスポートは来年の7月17日で十年目を迎えます。多くの国が入国に際し6か月間の有効期間を有する事を条件としていますので、実質来年の1月17日で有効期限が切れるのと同様で、パスポートの更新もそれに合わせて同日から更新が可能です。
つまり今回の旅がこのパスポートを使う最後の旅となります。いつだって一人旅の私。このパスポートだけが唯一の相棒だったのでお別れは辛いです。 -
そんな訳で今回の旅は特別な旅にしようと思いました。しかし中東に足跡を残していない国はクゥエートとバーレーン。ちょっと特別な旅にはこれでは足りない…なんて思いもありました。(クゥエートとバーレーンの人々には大変失礼な事ですが…。)
-
そんな折、とある機関がアメリカで行ったアンケートを知りました。亡くなる寸前の人に対して行った「貴方が後悔している事はありますか?」と言う非常に残酷なアンケートです。その中で一位となった解答は
「もっと自由に生きるべきだった。」
と言う解答でした。日本人より遥かに自由に生きていると感じるアメリカ人でさえそう思いながら亡くなるのです。社会の一員として生きている以上、社会上の立場、家族の一員としての立場、様々な柵の中生きていくしかありません。しかし自分の死期がすぐ其処迄迫っているとしたら…? -
特別にしたいと思う旅を、「自分の死期が迫っていたら?」との問いを含めたら自然と答が出てきました。何度も書きますが私の大好きな武将平知盛の辞世の句
「見るべきものは、見た。」
私もそう言い残して旅立ちたい。そしてその国は中東にあります。今まで生涯行けないと諦めていたその国に。そう考えると急にテンションが上がって来ました。 -
勿論「いきたい!」と言う思い入れだけではすまされる場所ではありません。情報の収集は重要です。只現在イラクはアメリカの駐留するクルド人自治区のあるアルビル地方は外務省のレベルは2であり、催行しようと思えば日本の旅行社がツアーを組める危険度です。バスラやカルバラーを含む南部もレベル3迄落ちました。残念ながらバグダッド以北は現在でも退避勧告が出たままです。
-
一方イラク側からの視点で見ると、過去はビザが降りるのは政府のレターを貰える人のみ。つまり公式には普通の旅人は旅が出来ない状態でしたが、現在は日本を含む欧米など数か国にアライバルヴィザの発給を始めました。つまり受け入れ態勢は整った事を示します。後は旅人が国禁を破る覚悟があるか?と言う問題です。
-
私も当初はレベルの下がったアルビルでイラクの旅を検討した事があります。しかしアルビルには私の見たいものは無く、そんな場所に足跡を残す為だけに訪れるのは私の主義には合いません。
しかもアルビルにはアメリカ軍が駐留している事から、昨今のイランとイスラエルの関係上、イランがアルビルのアメリカ軍基地に向かいミサイルによる攻撃の可能性が高く、現実にもう何発も落ちています。つまり現在アルビルに行くくらいなら、バグダッドの方が安全性が高いと言う私の判断もありました。 -
しかしながら短い日程で、何度も検問があるか解らない(特にサーマッラー等北部)上、その手続きをスムースに熟すのは不可能に近いので、こうした方面に強い旅行代理店であるRJTRAVELさんにガイドを頼んでの旅となります。
-
皆のいかない場所へ行こう!なんて気持ちで訪れる訳ではありません。足跡を残すだけの旅でもありません。
イスラームの旅を追い続ければ、いずれ必ず辿り着くべく運命の場所。多感な青年期、大きく心を痛めたイラク紛争。そしてあの事件…。もう生涯訪れる事が出来ないと諦めかけていた国。なんとか勇気を振り絞れば、出発二日前に痛恨のフライトキャンセル。運命はやっぱり行くな!と言うのか…。と心折れかけた。 -
でも、この機体が墜落でもしない限りもうじき夢にまで見たあの街に到着します。アッバース朝の首都があり、そして千夜一夜物語が生まれた街バグダッド。後はヴィザが降りるかどうか…。
-
友達の奨めでインスタをかじり始めたのですが、あのアプリ、実は国際ロマンス詐欺師の温床で、特に始めた当初は嫌がらせの様に詐欺師達の集中砲火を浴びます。そんな詐欺師達の自己紹介のコピペのひとつに「私はイラクに駐留する米軍兵士で、駐留が終わったら是非日本で暮らしたい…。」なんて台詞が多い様です。
それで当然詐欺師も私にもそう声をかけてきました。私は相手は詐欺師で米軍兵士な訳はない事は十分承知していたけれど、イラクに駐留する米軍と言うフレーズに私はブチ切れてしまい、相手はまさかの展開になんとか私を宥めて得意のラインに持ち込もうとしました。
「私を無実の罪で人を殺す様な連中と友達になれと言うのか?私はそれ程屑じゃない。笑わせるな!」
と私は全く相手にしなかったので以降全然詐欺師に声かけられなくなりました。きっとヤベェ奴扱いされているのでしょう(笑)
私のイラクに対する思い入れはそれ程強いものがありました。そのイラクが目前にあると思うと胸の高まりを押さえる事が出来ません。 -
日本に於けるイスラームの印象はまだまだネガティブなものが多いのが現状だと思います。昔テレビが未だ家にあった頃、イスラームを説明する場面では、必ずと言って良い程集団礼拝のシーンが写し出されました。私は、それを物凄く悪意に感じていました。
同時多発テロが起こった2001年当時、日本は未だオウム事件の衝撃から抜けきれていなかった頃合い。集団礼拝の映像がイスラームに対して未知に近い日本人に与えた印象は想像に難くはありません。
更に2004年に起きたあのイラクでの事件で決定的な悪印象を与えられてしまいました。
しかし、そんなテレビの報道を鵜呑みにする烏合の衆に嫌気を感じ、旅人の端くれなら、自分自身の目で確かめてから、答を出したい。
その想いが、当時途絶えていた海外への旅に私を復帰させる原動力になりました。
イスラームをテーマに、様々な国を旅しました。これは仕事ではありません。嫌だったらとうに違うテーマへ変えています。嫌どころか訪れる度に、イスラームの世界観に没頭します。
そんな私にとって、私の旅への原動力となったイラクへの訪問。万感の想いを籠めて、今、ランディングします。 -
遂に、遂に、バグダッドに降り立ちました。折角用意したにも関わらずポケットWi-Fiは機能せず、幸い空港のWi-Fiが機能したのでビザの発給を待つ間に、What'sup
で到着をツアー会社に連絡しました。
ビザの発給待ちには東洋人はチラホラ見かけましたが、日本人は存在せず中国人が殆ど。若かったので観光かな?と思いきやビジネスだそうです。本当中国のビジネスマンは世界中の何処にでも行きます。頭が下がります。そんなこんなしているとビザが発給。私的にはクゥエートよりずっとスムーズでした。 -
ツアーには宿泊も含まれています。ホテルは想像以上に立派なホテルを用意してくれていました。Wi-Fiも強く、熱めのお湯もバッチリです。広さも清潔さも十分。水も用意してあるし、煙草も吸えます。最高かよ!自力で訪れようとしているバグダッド旧市街迄距離があるのだけはマイナスポイントかな?
-
正味三日間の短い日程で頼んでしまったので、自由に動ける時間は限られています。到着初日は貴重な時間。ホテルに荷物を置いたら夕暮れも迫る中、早速旧市街を目指します。折角高い金払って用意したポケットWi-Fiが機能しないのでホテルにタクシーを手配して貰って出発です。
本来、土地勘も無い、初訪問の地に、日没後に出かける事は自殺行為に等しいと思っています。アメリカは勿論、ヨーロッパでさえ私はそんな事しません。でも、敬虔なイスラームの国々だけは例外です。 -
イチオシ
旧市街に向かう途中、とあるポイントで写真ストップして貰いました。バグダッドと言えば「千夜一夜物語」。シャヘラザード像が建つポイントです。私が到着すると夕陽がチグリス川に沈んでいきました。さて、私の千夜一夜物語が訪れます。
-
ムタナビ通りに到着しました。写真はムタナビ通りの入り口があるアル・サライ通りで、ムタナビ通りが書店街であるのに対して、昔は製紙市場だった通りです。
-
ムタナビ通りの入り口を探していると、突然「写真撮ろうぜ!」ってな展開に。「お前も一緒に!」と言う事で無理やり3ショットとなりました。イラクの人々も写真大好きです。そんな私が喉が渇いているのかと思ったのか、水のパックを差し入れしてくれるご老人。
到着したばっかりなのに他の敬虔なイスラームの国同様のホスピタリティに感動。紛争で人心が荒んでいたら先ずこうはなりません。アメリカとか何かだったら絶対あり得ない。F@$kとは言われてもWelcomeは絶対無い。水貰えたとしても、それは危なくて飲めません。
職場でも良く話題になりますが、第一印象はとても重要です。一瞬で心を鷲掴みにされました。 -
Haydar Khana Mosque。シーア派のモスクでしょうか?美しいモスクです。
-
初めて降り立ったバグダッドの街、生涯訪れられないと思っていたバグダッドの街、アッバース朝の首都、バグダッド…心臓がバクバクします。
-
イチオシ
静かに夜が更けていきます。ゆっくりとバグダッドにいる事を実感します。
-
ムタナビ通りの入り口の門を潜ります。イスラーム界にはこんな諺が残ります。
本はカイロで書かれ、ベイルートで出版され、バグダッドで読まれる。
アッバース朝の首都であったバグダッドは真に世界の中心。勿論学問も世界の中心でもありました。そんな本好きが集まるバグダッドだからこそ、この街で千夜一夜物語が編纂されたのでしょう。そしてそんな本好きが集まる場所こそこのムタナビ通りだったのです。 -
この旅で唯一の失敗は曜日の選択でした。金曜日はイスラームの休日なのでイラク滞在を金曜日から外してしまったのですが、どうやらこの通りは金曜日に盛り上がる様で土曜日のこの時間では、閉店しているお店が殆どでした。
-
しかし、この通りは今日ではイラクの人々も集まる観光地となっている様で、本屋は勿論の事、食べ物やさん等の出店も出店しており、金曜日程では無いにしろ賑やかな通りです。
-
私はこの旅で、探し物がありました。本場の中の本場であるこの通りで「千夜一夜物語」を手に入れる事です。残念ながら書店は閉まっている店が多いので、露店に置かれている本を物色しました。中には見た事がある絵柄が…。そしたら日本のマンガのアラビア語の書籍も結構並べられていました。しかし「千夜一夜物語」は見当たりません。
-
イチオシ
ムタナビ通りはそれ程長い通りではありません。やがてチグリス川に辿り着き通りは終わります。そこにはこの通りの名前の由来となった詩人ムタナビ氏の銅像が建っています。この広場には地元の老若男女が集まり憩いのひと時を過ごしていました。
-
メソポタミア文明を産んだチグリス川が目前を流れています。これで黄河、インダス、エジプトに続き四大文明の地に全て足跡を残せました。
-
ムタナビ像前を流れるチグリス川で寛いでいると、通りのライトアップが始まりました。
-
想像以上に美しくライトアップされたムタナビ通り。バグダッドでこんなロマンチックな光景に出逢えるとは思いませんでした。
-
ムタナビ通り周辺は、アッバース朝の香りを薄っすら残すバグダッドの旧市街になっています。モンゴル帝国が完膚無き迄この街を破壊した事。それが無かったとしても手入れを怠れば簡単に崩壊してしまう日干し煉瓦製の街だった事。同じ場所に現在のバグダッドが築かれた事。そしてアメリカのイラク侵攻。この街に遺されたアッバース朝の残り香は貴重なものです。
-
ムタナビ通りの脇では徐々に復興が進んでいる様です。大抵の場合、戦後の復興は先ず国民の最低限の日常を回復する事から始められ、文化遺産の保護や観光資源の復興は後回しになるのが通常です。つまりこうした景観保護に力を入れ出したと言う事が、バグダッドの復興が如何に進んでいるかを表していると思います。
-
イチオシ
いやぁ…本当ロマンチック過ぎます。子供連れの家族が家族写真を撮りながら散策しています。此処本当に退避勧告が出ている国ですか?
-
美しいモスクが闇夜にライトアップされています。King Gasi mosque
-
真に千夜一夜物語を体感出来る様な通りです。
-
浮かれた様な面持ちで通りを歩きます。魔法の絨毯に乗っているかの様に…。
-
イチオシ
何の建物でしょう?扉を開けたらシャヘラザードに出逢えそうな…。
-
それにしても不思議に思う事があります。あれは南アフリカ、ヨハネスブルグを訪れた時、ホテルのエレベータで同乗した格好良い黒人女性に何処へ行くのか尋ねられました。
散歩だと答えると、アジャコングばりに首を掻っ切るポーズと共に「やめときな!殺されるよ!」と忠告されました。それでも恐る恐るフロントで地図を請求すると「お客さん何するつもりですか?徒歩で散歩?おやめください!自殺行為です!」 -
「私はこの街に缶詰めにされる為に訪れた訳では無い!」と我儘を申して、結局フロントのお兄さんの知り合いにガイドになって貰いヨハネスブルグを観光した思い出があります。中南米では年間殺人率が毎年の様にランク入りしている国も沢山あります。でもヨハネスブルグを始めそれらの国々の危険度情報は殆どが低いものなのです。
-
そんな中どうしてこの国に退避勧告が出たままなのでしょう?イスラーム国が掃討されたとは言え、未だ残党が残り、いつ不測の事態が起きるかの危険性がある事は承知しています。しかし日々外出すれば強盗に遭う確率が高く、「殺されるよ!」等と言われる国より危険度が高く設定されている事は不思議でなりません。
そもそもイラクは街中にスリや強盗、ギャングや薬物中毒がいる様な民度の低い国ではありません。百歩譲っても、少なくともホテルを出るな!なんて状況にはありません。民度ではそれらの国より圧倒的に高いのです。 -
イスラームの国々は情勢さえ間違えなければ常時は、危ないどころか欧米以上に安全な旅先だと私は確信しています。特に「盗み」に関して言えば欧米に比べて、いや日本以上に安全な国と言えます。(敬虔なイスラームの国での事であり、世俗してしまった国には注意が必要。)それはイスラームが商人から生まれた宗教であり、盗みに関して重罪意識が非常に高いからです。
-
そんな訳で私の盗みに対する治安意識は非常に緩い体制、いやズボラ過ぎになっていました。そんな緩い体制で通りを歩いていると少女が私に向かって叫んでいます。アラビア語は解りませんが、彼女の身振りで気づきました。鞄のチャックが開けっ放しです。テヘペロって照れて体制を変えようとしたら、鞄の中からポロリと中身が落ちました。これに対し多分彼女は
「言わんこっちゃない!」
と言ったに違いありません。幼い少女なのに「しょうもない子ね!」って表情してました(笑)
更にテヘペロと照れ笑いしながら
「シュクラン!」
と感謝感激。イスラームの世界は優しい世界です。 -
本当に訪れて良かったと思います。これまでの体験だけでも十分お腹いっぱい。来た価値があったと思います。もし世間体に委ねてこの地を訪れなかったら、私は人生で大切なものを失っていた事になったと思います。いや、まだまだ此処イラクで「見るべきもの」を見切れていませんから。旅は始まったばかりです。
-
再びムタナビ通りに戻って来ました。左に写っているのはShabandar cafe。アッバース朝からチャイハネだったかは不明ですが、通りでも特に貫禄のある由緒ありそうな店舗です。後で入ってみる事にしましょう。
-
ライトアップが始まると、人通りが一層賑やかなものになります。軽食を売る出店も増えました。イラクは紛争に明け暮れた危ない場所…そろそろ我々の妄想をアップデートしなければいけません。
-
出口が見えてきました。でも未だこの通りで私は探さなければならない事が残っています。
-
さてライトアップされロマンチックになった通りの散策が終わったら、本題に戻りましょう。開いている本屋さんや道端の露店で「千夜一夜物語」を探します。1セット見つけましたが、本能的に「もっと探してみたい。」と思ったので探索を続けます。
-
「千夜一夜物語」を探しておきながら、おバカな私はアラビア語の原題をド忘れしてしまいました。仕方なく「アラビアンナイトはありませんか?」と尋ねるも全く通じません。良く考えれば当然です。その呼び名は白人共が勝手に訳した名前なのですから。
シャヘラザードが出てきて~とか、アラジンとかアリババとか説明していると、若い英語が喋れる露店の店主さんが
「嗚呼Thousand naightsだね!」
と言いました。なる程原題「アルフ・ライラ・ワ・ライラ」を英語に直訳すればそうなります。なる程!店主さんは1分待ってと言うと、わざわざ閉めていた自分の本屋に連れて行ってくれました。そこで私は遂に見つけました。お気に入りの逸品を。 -
アッバース朝時代に編纂された千夜一夜物語を、アッバース朝から続く書店街ムタナビ通りで購入する。私の夢がひとつ叶いました。向かいに建つ、これまた由緒がありそうなチャイハネ、Shabandar cafeで買ったばかりの千夜一夜物語を愛おしそうに眺めつつチャイを楽しみました。
-
問題はドでかい事。幸い荷物は軽めにしたので、なんとかバックパックを半分は占領してしまいそうですが、なんとか持って帰れそうです。いや、何が何でも持って帰ります。
-
帰国して封を開けてまたビックリ。全4冊の各表紙には艶っぽい挿絵が美しく描かれています。題名のカリグラフィも美しいです。でも…中を開くと…全く…読めません。早く…早く…アラビア語を学ばないと!(当たり前ですがページの数字もアラビア語です。先ずは数字から覚えないと…。)
-
全4巻を並べると、こう一枚の絵になります。最初は持参した日本語の千夜一夜物語の様に、拾遺の本で良いかなと思っていましたが、これを見せられたら買わない訳いかないよなぁ…。でも、本当に買って良かったと思います。
-
Shabandar cafeを出ようと出口の会計場迄行くと、千夜一夜物語をマジマジと眺めていた私を眺めていたのでしょうか?会計の店主さんと語らっていた常連さんらしきオジサンが
「会計は私持ちだ!」
って…。たかがチャイとは言え、この心遣いが心に沁みます。敬虔なイスラームの国の心遣いには毎度感心します。 -
千夜一夜物語を抱えながら浮かれながらムタナビ通りを歩いていると、妙に乗りの好いお兄さんに声をかけられました。ノリにはノリで応えないと!ビリヤニを頂きましたが、ジュースやら何やら試食もさせて頂きました。
-
乗りの好いお兄さんの屋台のビリヤニを頬張りながら、なんだか泣き出したくなりました。勿論哀しい訳ではありません。本当に嬉しかったからです。いやロマンチック過ぎるムタナビ通りに感動してではありません。千夜一夜物語をゲットできたからでもありません。
-
紛争後、さぞ人心が荒んでいるのではないか?と恐る恐る訪れたイラクで、たったこれだけ歩いただけで、お水をくれた御老人、写真撮ろうよ!と賑やかな青年達。チャイをご馳走してくれた常連さん。開きかけの鞄を注意してくれた少女、そして乗りの好い露店のお兄さん。沢山の親切を頂きました。
夜遅くまで通りで寛ぐ家族連れの姿を沢山見れたのも嬉しかったです。もしこの街が危険な状態なら、先ずこんな親切は頂けません。こんな光景は眺められません。いや、欧米や日本でもこんなケースは稀な事でしょう。 -
さて、明日からツアーが始まります。そろそろホテルに戻らなければなりません。バグダッドではカリームが使えるのですが、生憎ポケットWi-Fiが機能しないのでカリームが使えません。なんと持参してきたホテルのカードには住所が書かれていません。タクシーは捕まるのですが、ホテルを知っている運転手が捕まりません。嗚呼万事休す。
-
そんな時、また助けてくれたのが通りすがりのムスリムのお兄さん達。何とかホテルを知っているタクシーを見つけてくれて、値段もアレンジしてくれました。本当敬虔なムスリムはこれだから…。
欧米でも日本でも、困っていたとしても声さえかけて貰えないでしょう。もし此処がインドだったら、ボラれるだけボラれるでしょう。アメリカなら命が無かったかもしれません。でも、ムスリムは、私が困っている表情を察して、さりげなく助けてくれるんです。
本当、いつもいつも、ムスリムに感謝です。貴方達のお陰で今私は無事に此処にいます。いつか、いつか、千夜一夜物語を解読します。
最期までご覧になってくださりありがとうございました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
西アジアの旅
-
トルコ・カッパドキア
2006/11/19~
カッパドキア
-
トルコ・イスタンブール
2006/11/20~
イスタンブール
-
イランへの小さな旅 シーラーズ&ペルセポリス
2008/06/20~
シラーズ
-
イランへの小さな旅2 イスファハン
2008/06/22~
イスファハン
-
トランジットでイスタンブール
2011/06/01~
イスタンブール
-
チュニジア縦横断の旅イスタンブールでトランジット
2013/06/08~
イスタンブール
-
モーリタニアでサハラ砂漠を満喫!1イスタンブールでトランジット編
2018/12/23~
イスタンブール
-
千夜一夜物語 序幕
2024/11/21~
クウェート
-
千夜一夜物語 第一幕 クゥエート
2024/11/22~
クウェート
-
千夜一夜物語 第二幕 バグダッド
2024/11/23~
バグダッド
-
千夜一夜物語 第三幕 バビロンからカルバラー
2024/11/24~
その他の都市
-
千夜一夜物語 第四幕 ナジャフ~バグダッド
2024/11/25~
その他の都市
-
千夜一夜物語 第五幕 サーマッラー~バグダッド
2024/11/26~
その他の都市
-
千夜一夜物語 第六幕 バーレーン・ムバラク
2024/11/27~
マナーマ
-
千夜一夜物語 第七幕 マナーマ
2024/11/29~
マナーマ
-
千夜一夜物語 終幕 マナーマ~帰国
2024/11/30~
マナーマ
-
街道をいく 序章ドバイその1
2025/06/15~
ドバイ
-
街道をいく 序章ドバイその2
2025/06/16~
ドバイ
-
街道をいく アフガニスタン・カブール
2025/06/17~
カブール
-
街道をいく アフガニスタン・カブールからバーミアン
2025/06/18~
その他の都市
-
街道をいく アフガニスタン・バーミアン
2025/06/18~
その他の都市
-
街道を行く アフガニスタン・バンディ・アミール
2025/06/19~
その他の都市
-
街道をいく アフガニスタン・バーミアンからマザーリシャリフ
2025/06/20~
その他の都市
-
街道をいく アフガニスタン・マザールシャリフ
2025/06/21~
その他の都市
-
街道をいく アフガニスタン・カブールから帰国
2025/06/23~
カブール
-
マグレブを旅する Final Destination 不本意ながらイスタンブール
2025/10/24~
イスタンブール
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 西アジアの旅
0
60