2024/11/25 - 2024/11/25
21位(同エリア34件中)
さっくんさん
あけましておめでとうございます。
皆様の良い旅をお祈り申し上げます。
今年の初記事はナジャフです。前回訪れたカルバラーで亡くなったフサインの父に当る4代目カリフであり、シーア派の初代イマームでもあるアリー・ビン・アビ・タリブが埋葬されている聖地です。其処で私は不思議な光景に出くわしました。
※)此処ではイラクの旅行記を挙げ、文中では、自分の素直な感想を述べたい為、絶賛していますが、一方現在イラクのバグダッド以北は未だ退避勧告が出されており、残念ながら未だとても推奨出来る旅先ではありません。
また私の帰国直後シリア情勢が急変しました。イラクは多くの部分でシリアと国境線で隣接しており、またアサド大統領やヒズボラ、イラン等が所属するシーア派の人口も多いです。
この事から今後のイラクの情勢は、今後のシリア情勢に大きな影響を受ける可能性が高いです。この様な旅行記を挙げた上、心苦しいですが、もし、もし、それでもと言う旅人さんは情勢を見極めて。ご安全に!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
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カルバラーにて朝食です。
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ホテルを出て伸びをしました。良く寝れましたが昨日の出来事が未だ自分を興奮させています。
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今日はナジャフを目指します。カルバラーより更に南下します。
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其処には四代目カリフにして、シーア派の初代イマーム。ムハンマドと同じハーシム家出身且つムハンマドの娘ファティマの夫。即ちアリー・イブン・アビー・タリブが眠っています。
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ナジャフに到着すると先ず小高い丘の立体駐車場の最上階に車を止めました。
最上階からは小高い丘の上との事もあって、ナジャフの素晴らしい街並みの展望が広がっていました。 -
私がため息をつきながら一通り写真を撮り終えると、ガイドさんがこう言いました
「これ全部、お墓なんです。」
「え?」
私は息を飲みました。 -
イチオシ
その名はワディ・アル・サラーム訳して平和の谷です。世界一の規模を誇る墓地なのだそうです。イスラームは土葬なので火葬に比べ広大な墓地が必要ですが、それにしてもこんな規模の墓地を私は見た事がありません。
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此処にはイスラーム以前の遺体の埋葬跡も確認されており、かなり以前から埋葬地であった様です。しかし急激に墓地が広がりだしたのは前回話した出来事が絡んできます。つまりカルバラーの悲劇とシーア派の確立です。
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イチオシ
ナジャフにはシーア派の初代イマームアリー・イブン・アビ・タリブが埋葬されています。だからシーア派は亡くなると、棺をアリーの霊廟に運び、アリーとの接見を果たしてからこの地に眠る。さすれば天国に行けると信じていると言います。
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こうしてナジャフの街だけではなく近郊は愚か海外のシーア派すら遠路遥々遺体を運んでワディ・サラームに埋葬するのだと言います。
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現在ワディ・サラームには500万以上の墓があり、その数はナジャフに暮らす生きた人の人口より多いと言います。つまりナジャフは死者の街でもあるのです。
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さて、それではイマーム・アリー霊廟に向かいます。
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前回カルバラーを紹介する際、シーア派の結成からカルバラーの悲劇迄の歴史を簡単に述べたので、此処では簡単に記しますが、アリーはイスラーム創世記の悲劇のカリフと呼んでも良いのでは無いでしょうか?
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ムハンマドがアッラーの言葉を預かって以来妻のハーディージャがムスリマとなり、それに次いでムスリムになった二人目のムスリムがアリーです。然しながらムハンマドが亡くなった時、若過ぎると言う理由からカリフの座はアブー・バクルとなりました。
アブー・バクルが亡くなった後も、カリフの座は何故かアリーではなく、ウマルが選ばれ、続く3代もウマイヤ家出身のウスマンが選ばれました。
順当に考えれば、ムハンマドとの血縁も濃いアリーが選出されてもおかしくない立場にいたにも関わらず、まるで避けられてきたかの様にカリフに選出される事はありませんでした。 -
三代目ウスマンが暗殺に倒れた後、漸くアリーは四代目カリフに選出されましたが、選出された途端に三代目ウスマン暗殺の嫌疑をかけられ、駱駝の戦いが発生しましたがアリーは何とかこれを撃退しました。
が、続いてウスマンと同族であるウマイヤ家出身のムアーウイアが、シリアにて自らも4代目カリフを自称し、アリーと対峙する事となります。 -
最初こそ優勢に戦を進めていたアリーでしたが、、途中講和せざる得なくなってしまいます。そんな中アリーの支持者の中でも好戦的な一派が講和に猛反対し分派してしまいます。(ハワリージュ派)
講和はしたものの、今度はアリーはハワリージュ派の鎮圧に向かわなければならなかったのですが、あろう事か、逆にアリーはハワリージュ派により暗殺されてしまいます。 -
この事は、アリーを支えてきた信者達にとっては、とても受け入れ難い出来事でした。彼等はムハンマドの血統を最重要視し、ムハンマドと血が濃く繋がったアリーこそ正当とみなし、アリーを差し置きカリフに就いた三人のカリフの存在をも認める事無く、故アリーを初代イマームと称します。この時シーア派が生まれたと言って過言では無いでしょう。
余談になりますが、シーアとは「派」を示す言葉です。なので敵対していたウマイヤ家もある意味シーア・ウマイヤとなります。なのでシーア派を訳すと「派派」と言う変な事が起きてしまいます。ナイル川が川川になってしまうのと同じ現象です。 -
こうして、アリーは(彼が望んだ事ではありませんが)シーア派にとって初代イマーム。つまり開祖的な立場に祀り上げらる結果となりました。
によって彼が眠る此処ナジャフはシーア派にとって、マッカ、アル・マディーナを除けば最上級の聖地と言って過言では無いでしょう。ホメイニ氏を筆頭に数多くのイランの著名な人々も此処ナジャフで学んで育った経緯があります。 -
さて、イマームと言う言葉が出てきましたが、スンニ派とシーア派の間では意味合いが大きく変わってきます。スンニ派では優れた宗教的指導者を指します。ですからカリフは当然イマームですし、優れており尊敬を集める宗教的指導者なら誰しもイマームになれる可能性があります。
これに対しシーア派ではイマームはあくまでアリーの血統を継ぐ存在を指す役職であり、特にシーア派最大派閥である12イマーム派はアリーから数えて12人の血統しかイマームとして認めていません。 -
さて、見返して見ると残念ながらモスク内部の写真が一枚もありません。(霊廟内は厳禁ですが周囲の部屋はスマホなら写しても大丈夫。)アリーの余りの神々しさに圧倒されたのかもしれませんが、これには更に私を圧倒した事があったからです。
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イチオシ
次から次へと棺が運ばれてくるのです。
「ラー・イッラーハ・イッ・アッラー!」
(神は唯一にして絶対なり!)
と言う信仰告白でもアッザーンでも唱えられる、ムスリムにとって最重要な言葉をまるで掛け声の様に掛け合いながら、数人の男達がまるで神輿の様に棺を担ぎ、かなり速いペースで、霊廟内に棺を持ち込み、そして出ていきます。 -
どの棺も似た様なものなので、霊廟内にどれだけ滞在していたかは解りませんがそれ程長いものではないでしょう。驚く事はその数です。次から次へと…。紛争中や大災害の後なら兎も角、現状此処近辺でいっぺんに多数の死者が出た情報はありません。
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其処で、墓地でのガイドさんの説明を思い出しました。そうです。イラク中から、いや海外からもアリーの傍で眠れば天国に行けると信じるシーア派達が、死後此処に運ばれてくるのです。頭では解っていても、これだけ数が多いと圧倒されます。
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幾らおバカな私でも、棺に向けてカメラを構える程の屑ではありません。いや、カメラを構える気も起きず、目の前に起きている出来事にただただ飲み込まれてしまったと言って良いでしょう。
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それはとても不思議な光景でした。例えばキリスト教なら、パイプオルガンが流れていて、厳かに…ってイメージがあると思います。が、そんな感傷的なものは何一つ無く、棺を担ぐ際も、まるで掛け声の様に、そして淡々と…。我々のイメージする葬儀とは余りにも大きくかけ離れていて…。(アリーに接見してから埋葬と言う流れでしょうから正確には葬儀ではありませんが。)
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イチオシ
イスラーム好きとして数多くのイスラームの国々を旅してきましたが、こうしたシーンは殆ど見た事が無かったので、ある意味衝撃でした。インドで川っぺりで遺体を焼くシーンを眺めた時も死生観を揺さぶられるものがありましたが、なんかグッとくるものがありました。変に厳かにして綺麗なものにしない分、生々しく伝わってくると言うか、妙に淡々としている事も…。(←なんか語彙力失っています。すみません。)
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今度は駐車場の1階からワディ・アル・サラームを見渡します。説明を受けただけの往きと、あんな光景を見た後では、見渡す光景が違った様に見えます。
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イマーム廟で接見を果たしたそれぞれの棺も今頃はこの墓地の何処かで、次々と埋葬されていくのでしょう。
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イチオシ
人間が生きていく限り、この墓地は日に日に拡がっていくのでしょう。イラク紛争時は急激に拡大したと聞きます。願わくばこの墓地の拡大を止められなくとも、緩慢なものであって欲しいと願います。
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イスラーム・シーア派筆頭の聖地を訪問しました。初代イマームの霊廟を訪問しました。そしてその霊廟に次々と世界中から運ばれてくるシーア派の棺と出逢いました。
そしてその棺が次々と、目前に見渡す限り拡がるワディ・アル・サラームに埋葬される姿を眺めています。なんか物凄いものを見てしまいました。何とも言えない感情が胸の中で広がっています。
余談になりますが、参拝を振り返り、昨日訪れたカルバラーの霊廟の衝撃が凄すぎたのか、初代の霊廟にしては地味に感じました。
例えば、日本の江戸時代の初代将軍、徳川家康は東照宮、即ち神社に神として祀られているのに対し三代家光は、日光山輪王寺にあくまで人として埋葬されています。初代は崇められるべく特別な存在の筈です。
確かにアリーはシーア派初代イマームとして格式があり、4代目カリフとしての知名度も上です。しかしイマーム三代目のフサインは、カルバラーの悲劇の主人公となった事で、アーシュラム祭の起源ともなっており、結果、よりシーア派信者の信仰を集める事となったのだと思います。日本に例えるなら、フサインは真田幸村の様な存在と言えるかもしれません。 -
ナジャフを離れる前に、ナジャフ名物料理を頂きました。なんか放心した後は妙にお腹が空くものです。残念ながら放心していて料理の名前を忘れてしまいましたがナジャフ名物だとガイドさんが言っていました。カレーを筆頭に納豆でもウナギでも何でもご飯にかけて食べるのが大好きな私。とっても美味しく頂けました。
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カルバラー、ナジャフと南下を続けたので帰路は長い陸路の旅です。イラクは目下道路を修復中で、至る所で道路工事が行われていました。
道路工事自体はそれ程運転に影響を与える様なものではありませんでしたが、それ以上に行く手を阻んだのはバグダッドの恒常的な渋滞です。 -
折角調子良く走っていたのに後ちょっとの所で中々進みません。平和になって車の台数が急増した事。圧倒的に信号が少ない事が原因でしょう。な訳でガイドさんの奨めでバグダッド郊外のお菓子の専門店を見学しました。
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多分それはガイドさんの趣味も多分に含まれていると思います。ナジャフでもナジャフ自慢のお菓子をお土産に買っていました。でもガイドさんに連れて貰えなかったら自分ではこうしたお店に入る事は無いでしょうから、ある意味興味津々です。
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アラブのお菓子は日本人には非常に甘ったるく感じます。甘味は国によって大きく異なるので、和菓子の甘みも外国人には違和感を持つでしょうからそんなものです。でも薬も地場のものが一番効くとか聞きますが、甘みも同様、この甘ったるさが観光を終え、疲れた体に染み入ります。
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お店はお菓子屋さんのデパートの様なもので、様々なお菓子が出店しています。一回りしている内に目立つ外国人の私は例の如く試食責めに合い、こういう時だけはチャッカリNOと言えない日本人を演じた結果。お腹いっぱい、血糖値爆上がりで、無事私は天に召されましたとさ。
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冗談は兎も角、お菓子のレベルも非常に高く、よくよく試食して見れば、甘ったるいだけじゃありません。これがとても紛争国の作る菓子だとは思えません。勿論私達が想像する以上にイラクが復興を遂げているのは間違いないとして、この国がメソポタミア文明、そしてアッバース朝の首都として、長く伝統を守り続けてきた文化的歴史背景と言う地盤があったからだと考えています。
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つまり、薄っぺらい国は一旦破壊されてしまうと何もかも失ってしまい、取り戻すには長い長い年月が必要です。
しかし知識と伝統と言う財産がある国は、一旦破壊されたとしても生き残りがいれば知識は保たれるので、材料さえ取り戻せばあっという間に取り戻せるのです。人類初の文明が生まれ、二時ならず三度も世界の中心となった歴史のある街が、簡単に終わる訳は無いのです。
(どこぞの歴史の無い国とは訳が違うぜ!) -
ナジャフでも見かけましたが、イラクではこうした平たく薄い大きな丸皿でお菓子が焼かれそのまま陳列するスタイルを多く見かけました。そして店員さんが手品の様に上手く切り分け、秤に乗せるとあら不思議、どれも殆どピッタリなのです。流石プロ!
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そして何より、こんな専門的なお菓子屋さんが大繁盛し、郊外にお客さんが態々押し寄せる。そんなイラクの平和を示す一幕を見れた事が本当に嬉しかったです。街が危険で満ちていたなら、とてもお菓子を買いに郊外に買い物行こうとはなりませんよね?
こんな平和な光景に、おなかもいっぱいですが心もいっぱいになりました。やっぱり、アラブのお菓子は私にとってtoo sweetです。訪れて良かった!ありがとう(←決してタダ食いしてお腹が膨れてるからでは無い。あ、いや、ちょっとは…。) -
やっとこさ渋滞を切り抜けてバグダッドに帰って来ました。お菓子屋さんでたらふく試食を頂いたので、夕食を美味しく頂く為にも夜道を歩いて血糖値を下げましょう。
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バグダッドの夜道の一人歩きは恐いと思った事は一度もありません。アメリカで初訪問の大都市の夜道を適当に歩く事は自殺行為だと思いますが、バグダッドには其処にいる様な薬物中毒はいませんし、盗人もいなければ、勿論アル中さえ見かけません。
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自分は酒を嗜まないので、日本でさえ夜の歓楽街には近寄ろうとはしませんが、海外の夜の歓楽街等恐ろしくて歩く気になれません。酔っ払いさえ怖いのですから、街の通りにホームレスが屯して、更に薬物中毒なんておぞまし過ぎて嫌悪感しかありません。。
そんな私にとって、飲酒の習慣が無いイスラームの夜は安全地帯です。 -
治安以上に怖いと感じるのは交通事故です。先に述べた様に車の量が多いですし、信号は全く無し、そして車社会なので大通りの交差点は「これどうやって渡れば良いんだ?」となる事も多いです。でもこれはある意味中東共通です。
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そして歩道を歩いていての危険情報です。これも第三か国あるあるですが、道路の工事中もカラーコーンなんて気の利いたもの置いてはいないので、スマホのながら歩きは厳禁です。
私もMapsme見つつ歩いて、体が宙に浮いた時は死を覚悟しました。実際普通に深い穴も開いているからです。幸運な事に膝下まで片足嵌っただけだったので、ズボンを汚し擦りむいただけで、周りにはテヘペロで済みました。 -
イスラームのスークの特徴に同業種が固まって営業している性格があるから見つからないと、見つからないなぁ…。まあ飲食街は何処の国でも固まってるものです。この地域は紳士服ばかりです。
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いやぁロレックスなぞお呼びじゃないのですが…。って嫌な予感がします。
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レストラン見つけました!でも、でも、あれは…私の入るべきでは無い様な高級そうなレストランです。やっぱり悪い予感的中です。ここら辺はお金持ちの地域でしょう。いち早く離脱しましょう。
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こんな時に限ってトイレに行きたくなります。この季節になるとイラクも寒くなってきます。悪い事に天気は下り坂の様、さらに冷え込んできました。
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あった!ありました!トイレが!じゃなかった。あれは間違いなく飲食店です。食べられます。トイレにも行けます!
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オーダーを通して早速トイレに行って席に戻ってくるとテーブルが大変な事になっていました。
「どうしたんですか?此処でパーティーでも始まるんですか?」 -
イチオシ
そして本日の主役登場!ってか脇役は頼んじゃないんだけど!ってか確かにハーフって頼みはしましたが、この鳥でか過ぎでしょ?それにビリヤニとても一人分ちゃうやろ?どうやって食べろって言うんだい?
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誰かぁ?一緒にシェアしませんかぁ?
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って…オジサン同じメニュー涼しい顔で食べてる!驚き顔で見ていたら、お決まりのポーズで
「写真を撮って!」
イラク人の腹事情…正直言います。バグってます。 -
腕は食べました。足も食べました。ビリヤニは大苦戦です。これから本体を解体しないといけません。小皿もいっぱい残ってます。これ絶対一人分じゃない。ギャル曽根さん用ですよこれ。
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こんな大食いの民族の下生まれた事が鳥さんの不幸の始まりです。え?残されるよりはマシ!ええ反論の余地もありません。
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ご安心ください。鳥さんの食べられなかった分はきちんとテイクアウトさせて頂いて、丸二日間かけて完食致しました。
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いやぁ、お腹いっぱいになりました。食べきれなかった分をテイクアウトして帰路につきます。お肉屋さん直営のレストランの様で、雰囲気も良いし、周りの人々とのお喋りも楽しいお店でした。
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お腹いっぱいで身動きが緩慢になっているので道路を渡るのは慎重に!
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ホテルは初日泊まったのと同じ四つ星ホテルですが、部屋が変わって何故か二つも部屋がある部屋になりました。常時ワンルームで暮らしている私にとって何だか落ち着きません(笑)本日も歴史に甘味に大きな鳥で、身も心も満腹の一日となりました。
最後迄ご覧くださり、ありがとうございました。
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