2025/06/17 - 2025/06/17
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さっくんさん
遂にアフガニスタンへの旅が始まります。前回の旅がイラクでした。勘違いされるかもしれませんが、決して危ない地域に旅したいと思い、旅をしている訳ではありません。危ない場所に行きたいくらいなら中南米に向かいます。イスラームの国々は情勢にこそ振り回されますが、其処に暮らす人々はとても素晴らしく、ホスピタリティに満ちてます。だからそうした部分は全く心配はしていません。
ですからYouTubeで良く見る様な、おっかなびっくり的な趣向はありません。そうした趣向で来られた方は残念ながらブラウザバック(笑)
待ちに待ったアフガニスタンの旅、イスラーム好き、歴史好きの視点で、じっくり旅したいと思います。
ご存じの通りアフガニスタンでは現在全域で退避勧告が発令されています。旅行記中では私の感じた通りを書いてはいますが、決して推奨される旅先ではありませんし、推奨する意図もありません。ご理解のほどよろしくお願いいたします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
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1978年ソビエトのアフガニスタン侵攻、未だ私が記憶も覚束無いくらい幼い頃から、この国への道は閉ざされました。深夜特急を読み耽り、地団駄を踏んだ若かりし頃。
昨年イラクを訪れ、突破口を見つけました。決して危ない場所に行ってみたい、そんな生半可な想いではありません。何十年もこの時を待ちました。イスラームの旅を、そして歴史好きにとっても、埋めなくては完成しない、ジグソーパズルの失われたピースが其処にあるから。 -
遂に搭乗。しかし幾ら待てども飛行機は動く様子を見せません。子供達が我慢の限界を迎え騒ぎ出した。漸く機内アナウンス。耳を欹てます。
どうやらイスラエルがイランに向けてミサイルを発射。危険回避の為離陸出来ないらしい。本当に迷惑な話だ。アフガニスタンの入国が手間取るのは想定していたが、まさか横槍を突かれるとは思ってもいなかった。 -
翔び立てないので、停まったままの機内で機内食を頂きます。機内食迄ビリヤニ…。これから何食ビリヤニを食べる事か…。
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2時間以上待たされました。3時発の筈が、すっかり夜が明けてしまっています。でも、此処まで来てフライトキャンセルって事にならずに済んで、それだけで幸せと思います。飛んでくれてありがとう!
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さっき食べてしまったので、フライト中はお菓子のみです。
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アフガニスタンの大地が見えてきました。胸の鼓動が高まります。世界を見渡しても、これだけ大国に振り回され、紛争が絶えなかった国は数少ないです。YouTubeを見れば、必ず「世界一治安の悪い国」の筆頭に取り上げられ、怖いもの見たさで視聴率を稼ごうとアフガニスタンを旅するYouTuberの動画を苦々しくスキップしつつ、漸くこの時が訪れました。
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アフガニスタン…中央アジアとペルシャそしてインドを結ぶ生命線。嘗てこの道を幾人もの偉人達が往来しました。今回の旅はアフガニスタン、カブールから北部のマザール・シャリフを目指します。古くはアレキサンダー大王がアレキサンドリア・エスハテからインドを目指す為、玄奘三蔵が経典を手に入れる為、ムガル帝国初代バーブルが新天地を求め、この道をいきました。
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今回の旅は、そんな彼等の足跡を追う旅です。彼等の歩んだ「街道をいく」。いつも旅行記のタイトルは旅を終えて、その内容から選んでいましたが、今回は、旅する前から決まってました。司馬遼太郎先生のタイトルに肖って、カブールからマザール・シャリフ迄、街道をいきます。
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漸くアフガニスタンの大地に降り立ちました。深く溜息をつきます。なぁに遅延は演出です。それより最後の難関は入国審査です。
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とは思ったものの、審査は想像以上に簡単なものでした。ガイダンスでは、用紙に記入し写真2枚提出と言う事でしたが、パスポートを渡したらそれでオシマイ。登録カードも渡されず…。まぁ、こうした手続きは始終レギュレーションが変わるので、相手が良いと言うなら従っておきましょう。簡単な事は良い事です。
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街に出て驚きました。街を走る車の綺麗な事。普通こうした国ではボロボロになった車や、良くこれ走ってるな?と思う車を整備して使っていたりするものですが、殆どの車が綺麗な車です。カローラやプリウスも結構走っています。復興が始まり、車の数が急激に増え、それにインフラが追いつかず、恒常的に渋滞が発生しているところはイラク同様です。
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ホテルに到着しました。カイバル・ホテル。門には銃を持った警備員が警護してくれています。金属探知機もありました。部屋には灰皿らしきものが無かったので煙草が吸えると言う屋上に出ました。屋上までワザワザ登って来て正解でした。カブールを見渡す事が出来ました。カブールに到着した事を実感する事が出来ました。
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イチオシ
ホテルの屋上からカブールを見渡します。カブールの周囲は枯れ山が連なり盆地状になっている街です。首都としては異例の1800mの高地に位地し、此処から東方、カイバル峠を下るとパキスタンに至ります。本当はこのカイバル峠を経由してアフガニスタンに入国したかったのですが、それは次回への宿題にしましょう。
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ソビエト侵攻前は、嘗てシルクロード交易で賑わった面影を残す情緒ある街で、世界中のバックパッカーが集まる、所謂「沈没地」として、今尚「沈没地」として有名なカトマンズと双璧をなす街だったと言います。
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今や旅人の姿は当時の賑わいが信じられない程少ないですが、此処カイバル・ホテルはカブールでも格式のあるホテルなので、数少ないチャレンジャーが集い、そんな彼等との交流も楽しい時間でした。
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本当はもう少し休憩時間はあったのですが、飛行機の遅延で遅刻した身、それ以上にカブールの街を一秒でも早く感じたくて催促して街に繰り出します。
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先ずは腹ごしらえです。鶏肉の鉄板焼の様なものを頂きました。
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街中は思った以上に整然としています。中心部は規制されているものと思われますが、トゥクトゥクの様なアジアで良く見る三輪タクシーが走っていないのも整然とした印象を与える一つの要因となっているでしょう。またバグダッドの様に街中にマシンガンを積んだ軍用車両が常駐する姿も確認できませんでした。
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小高い丘の上にやって来ました。日本の盆地なら、周囲の山は木が生い茂り緑に包まれているのが普通ですが、此処アフガニスタンでは周囲の山は全て禿山です。日本の森林限界が2500m程度、此処カブールの標高が1800m。
森林限界は環境によって変わるので、この禿山の要因が森林限界によるものかどうか明確には解りませんが、乾燥した気候、若しくは森林限界と乾燥した気候の双方が要因になっているのかもしれません。いずれにせよ私が旅したアフガニスタンの山々は全て禿山。そして山の谷間に緑が広がる。禿山の茶色と大地の緑のコントラストが非常に印象的なアフガニスタンの光景でした。 -
アフガニスタンは国土の殆どが山岳地帯であり、平野は幾つかの盆地に限られます。そんな中でカブールは首都だけあって巨大な街です。周囲の盆地の山の斜面にも折り重なる様に家が建ち並びます。
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日本で言えば、展望が良い丘の上は高級住宅になりそうなものですが、此処カブールでは丘の上に行くほど貧困層の住宅地との事です。
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確かに言われてみれば、山間部の家々に向かうまでのインフラが貧弱過ぎます。場所によっては車道すら覚束ない。これでは住民はこのきつい坂を歩いて昇り降りするしかありません。こうした山の上程地価が下がり、貧困層の住居となる様な現象は、ボリビアの街でも同様です。ボリビアの場合は高度が更に高いので、山の上に暮らすと酸素が薄くなると言うハンデもあるので、地価が安くなるのも納得です。
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ただ、こうした山肌に家屋を建てる事は、アフガニスタンでは伝統的な事なのかもしれません。地方を走ると谷間にある程度平地があるにも限らず、家屋は急峻な山肌にへばりつく様に建てられ独特な景観を造りあげていました。谷を流れる川の氾濫を避ける為か?防衛の為か?理由は解りませんが、幾つも通り過ぎた山肌にへばりつく様に建てられ、山と一体化した様な景観はとても印象的でした。
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大都市、カブールの貧困層の暮らす地域が、こうした山肌の部分だとすると、それ以上に貧しい人々が暮らす、所謂難民キャンプも郊外に存在します。街中にはガム等を売って生計を立てる子供達が車が渋滞待ちで停まると集まって来ます。イスラームは弱者を救済する事が奨励されているので、思った以上に、幾許か上乗せした値段で買ってあげる人も多いです。
何もせず金だけをねだるより、何かを売ると言う行為を加える方が子供の教育にも良いとも思えますが、どの子供達も同じ商品を売っている事から、背後に子供達を利用して金を集めている組織がいる可能性もあります。 -
こうした物乞いや、未成年の物売りはバグダッドでは見かけませんでした。此処辺りはやはりアフガニスタンの経済の困窮を表しているかもしれません。しかし、アフガニスタンに貧富の格差が広がった理由の一つに大きな闇を感じた事があります。
それは戦後にアフガニスタンに押し寄せた数多くのNPO等の慈善事業団体です。勿論彼等の多くは勿論、善意で動いていたとは思います。しかし彼等は此処が値段交渉で動いている社会にも関わらず、言い値で経費で宿泊代や移動費、食費を払ってしまいます。 -
結果、彼等と取引しているホテル、タクシー、飲食店等は慈善事業団体特需の様に大儲けし、それはインフレを起こしました。今の日本のインバウンドも同様ですが、金を渋る現地人より、慈善事業団体と取引した方が儲けがある。そんなインフレの一番悪影響を受けたのは、本来慈善事業団体が援助するべき難民達でした。アフガニスタンに慈善事業団体が大挙して訪れた事で、結果難民達が暮らしづらい環境を作り、貧富の差を広げてしまう、皮肉な結果を生み出していたのです。
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彼等自体が行っていた活動自体は、確かな援助活動だったと信じたいと思います。しかし彼等が其処で活動する事で、貧富の差を広げてしまったのは大きな問題と言わざるを得ません。只金品を与えて「ありがとう!」を聞きたいだけでは、活動家の自慰行動に過ぎません。彼等はいつか必ず撤収する時が来ます。その時に援助対象の人々が自立出来る方向性を、社会を構築する事が本来の援助に求められる事だと思います。援助とはそこら辺の公演の老人の鳩の餌やりと同等であってはならないのです。
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小高い丘から眼下に広がるカブールの街を眺めていると、ひときわ目に映る、美しいブルーに彩られたドームを持つモスクを発見しました。一体どんな建物でしょう?きっと凄い謂れがある様な建物でしょう。早速向かってみましょう。
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小高い丘からモスクの有る場所まで降りてきました。
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門までブルーに彩られています。アフガニスタンの各見所は、観光客が自由に出入りできません。係員がいてチェックを受けてからの入場となります。ガイドさんが特定の書類を提出しています。ここら辺はイラクより厳重です。
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建物の名はサヒ・シャー・エ・マルダン廟。別名ブルー・モスクです。
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ガイドさんの解説を聞きながら、モスクを一周します。
「此処は預言者ムハンマドのマントをカンダハルに届ける為、保管された場所と言われます。」
キリスト教の聖遺物伝説同様、こうした逸話は何処の宗教でもあるものです。 -
「更に此処はイマーム・アリーが訪れたと信じられています。」
「え?それって4代目正統派カリフにしてシーア派初代イマームのアビー・イブン・アビ・タリブの事ですか?」 -
預言者ムハンマド亡き後、正統派カリフがその跡を継ぐ事になります。その4代目に就任したのがアリーでしたが、ウマイヤ家のムアーウィヤが之に反発、彼自身も4代目を名乗ります。
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当然4代目を巡り紛争に突入するのですが、混乱の中、アリーは暗殺されてしまいます。之を良い事に4代目に居座り続けるムアーウィヤ。(ウマイヤ朝の創設)当然納得のいかないアリー派の人々。こうしてムアーウィヤに反発する形でシーア派が誕生しました。
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スンニ派がムハンマドの言行(ハディース)に重きを置く事に対して、シーア派はムハンマドの血筋に重きを置きます。特に悲劇的な死を遂げたアリーとフサインは絶大な信仰があります。
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しかし昨年、私はイラク、ナジャフに建つアリーの廟を訪れています。4代目を巡り、争いに明け暮れたアリーがどうしてアラビア半島から程遠い、此処アフガニスタンの地へやって来たのでしょう?
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ガイドさんは続けます。
「それだけではありません。我々が最後に目指すマザール・シャリフ。其処にはアリーが眠っています。少なくとも我々は、そう信じています。」 -
間違いなく、それは伝承の一つでしょう。驚く事は、そのアリーの伝承が、カブール、バーミアンそしてマザール・シャリフと私の今回訪れる街全てに残されていると言う事です。どの様な経緯で、この街道に沿ってアリー伝承が伝わったのでしょうか?
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この旅行記の冒頭で、この街道に纏わる人物を挙げましたが、此処でもう一人加わる事になりました。シーア派初代イマーム・アリーの伝承もまた、この街道を歩んでいたのです。
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アフガニスタンのモスク内は基本的には入場不可です。マザール・シャリフのブルー・モスクは厳格なので、此処で見せてあげたいとの好意で参拝させて頂いてます。
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青と緑を基調とした、ペルシャの香り佇む内装。
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ムカルナスが施されたドーム。
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角度を変えて。
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イチオシ
再び正面に出てモスクを眺めます。イスラーム建築の肝はシンメトリー。建築家の美意識はシンメトリーに凝縮されます。だから正面から眺めるが王道だと思います。
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イチオシ
敢て斜めから眺めてカラフルに飾られた紙飾りと一緒に。
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真正面に添えられた時計には、ちょっと笑ってしまいましたが、紛争があって時計を持てない人もいたでしょうから、礼拝の時間を確かめる為にも必要だったのでしょう。
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アフガニスタンに到着早々、のっけから大物に纏わる見所でテンション爆挙げの私です。それにしても、サウジアラビアのマディナ。イラクのナジャフに続いて此処と、意識した訳でも無いのに、まるで導かれたかの様にイマーム・アリー所縁の地が続きます。なんか、アリーに縁を感じてしまいました。
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二つの剣を持つ王の名を持つ、シャー・ドゥ・シャムシラ・モスク。トルコ、イスタンブールのオルタキョイ・モスクをモデルに建てられ、イスラーム建築のバロック様式と表現されている、珍しい様式のモスクです。
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柱頭やミフラーブ周辺の装飾にギリシャ様式が取り入れられているのも特徴的です。
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此方がトルコ、イスタンブールのオルタキョイに建つ、オリジナルのオルタキョイ・モスクです。ボスフォラス海峡沿いに建つ美しいモスクです。
イスタンブールの旅
https://4travel.jp/travelogue/11784887 -
バザールにやってきました。言われ無ければ、此処が永く紛争に苦しめられた国だとは思えない程盛況です。
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イラクの時も同様でしたが、日本に居ながら想像したイラク、そしてアフガニスタンは紛争、テロリズム、貧困、女性の権利問題…ネガティブな情報が溢れており、それが当たり前な知識と化し、毒されてきました。しかしいざ入国すれば、そんな嘘っぱちは一瞬にして剥がれ去ります。山積みにされたフルーツ、品定めする人々。その賑やかさは、勢いの消えた日本のショッピングモールの方がよっぽど心配になる程です。
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アフガニスタンで良く問題として取り上げられる事に、女性の人権問題があります。報道からは恰も「アフガニスタンの全ての女性は一切学業を受ける事が出来ない。」と受け止められる表現を使っていた筈です。原文は忘れてしまいましたが、結果視聴者がそう感じる様に報道されていた筈です。少なくとも私はそう感じました。勿論それに対し、私もそれはイスラームの戒律を極端に捉え過ぎた政策に感じました。
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しかし、此処カブールで私は女学生の一団に遭遇しました。バーミアンでも、マザール・シャリフでも…。最終日に再びカブールに戻った見学先では、日が悪かったのか?女学生さん達の祭事とぶつかってしまった様です。ハイティーンからローティーンの様々な学年の女学生さんに囲まれ、自由にカメラを起動出来ない程でした。
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これで、報道は真っ赤な嘘を垂らしていた事になります。勿論女性にカメラを向ける訳にはいかないので、証拠写真はありませんが、私は確かにこの目で見ました。少なくとも、「全ての女性が全く学業を受けられない。」の「全て」と「全く」の部分は正真正銘の「嘘」となります。
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では、いったいどうしてこの様な「嘘」情報が流れたのでしょう。タリバンはアフガニスタン全域を掌握した訳では無く、反対勢力も幾つかあります。そんな中にはアメリカや他国に亡命しているリーダーもいます。そうした勢力は身を保証して貰う代わりに、タリバンの情報を流す筈ですが、当然敵対しているので尾ひれやはひれがつきます。反タリバンでは一致する欧米にとっては過剰な程の内容の方が都合が良いのです。
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対して、タリバンがアフガニスタンを掌握しきれていないと書きましたが、つまり掌握している地域に関しても地域毎に様々な解釈に大きな差異が生じています。私は今回滞在していませんが、タリバンの総本山であるカンダハルでは、厳格にタリバンの政治が行われていて、女学生が存在しないのかもしれません。その他の地域ではそこまで強権が行き届かず、私が訪れた首都のカブールを含む地域では、女学生も存在し得る体制なのかもしれません。
しかし、そうなると、タリバン政権を叩きたい欧米にとっては「不都合な真実」となってしまいます。最悪な状況にあるカンダハルを、あたかもアフガニスタン全域の様に見せかけ、報道しているのかもしれません。
「カンダハルでは」と表現するのが正確であったとしても、カンダハルがアフガニスタンにある以上、「アフガニスタンでは」と表現したとしても、正確では無いが、嘘では無い。報道のトリックです。
少なくとも女性の教育の権利が奪われている事が全域では無い事は、私のこの目が証明しました。 -
イスラームのバザールやスークの特徴は、同業種が固まって営業している事です。表通りの野菜やフルーツの屋台が並ぶ路地裏を入ると、絨毯や布地を扱うスークに突入しました。おっといけない此処はアフガニスタンだからバザールです。ドバイはアラブだからスークです。同じ意味です(笑)
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考えて見れば、日本のモールだって、百貨店だって、〇階は紳士服、〇階は日用品とか業種毎に分かれていますよね。買い物する身になれば、自然と業種毎にバザールやスークが構成される様に発展していったのでしょう。
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布地のスークを抜けると、何やら騒がしいスークに入りました。彼方此方からピーチク!パーチク!カブールの伝統的な市場だと言われる鳥市場に突入したのです。
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昔は闘鶏等も売っていた時もあったそうですが、現在では禁止されているとの事。インドネシアのジョグジャカルタでも鳥市場がありました。ペットとして鳥を飼ったり、鳴き声比べたり、需要があるのでしょう。
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文鳥さんでしょうか?
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パキスタンのラホールの様に、もっと混沌としたアジアの風情を残しているかと思いきや、想像以上に整然とした印象を受けたカブールの街ですが、路地裏に広がる鳥市場界隈は、一世代時代を遡ってしまったかの様なアジアらしさが残る界隈。
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狭い道に張り出すかの様に吊り下げられた鳥籠の中で鳴く、鳥の鳴き声に耳を傾けながら歩みを進めます。
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沢木耕太郎氏も、こんな風景を歩いたのでしょうか?
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イチオシ
時が止まってしまったかの様な、何処か懐かしさを感じる様な、不思議な感覚に陥る路地裏です。
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こ、これはいけません。カラーひよこ。私は日本の現物を知ってる最後の世代かもしれません。色を塗られたひよこは殆ど長生き出来ないのですよね。子供だったから欲しくて親にねだったけど、真実を知って悲しくて泣いた。一世代前の風景とは言え、これはいけません(´;ω;`)
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ワジル・アクバル・ハーンの丘に登りました。カブール全体を眺める事が出来ます。昔は各国の領事館が集まる、東京で言えば六本木界隈の様な立地に聳える丘です。空港からも近いです。
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カンダハルからきた観光客と出逢いました。どうやら富裕層だとは思いますが、アフガニスタン人の間に国内旅行を楽しむ余裕が出てきた様です。私がカンダハルを訪れる予定が無い事を知って、叱られてしまいました。次回の宿題です。
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何処かで見た様な建物が建っています。此処は神殿の丘ですか?明らかにアル・クドゥス(エルサレム)に建つドーム・オブ・ロックを意識したものでしょう。
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丘の上では一切女性を見かけませんでした。やはりタリバンによって規制されている事は間違い無いでしょう。只、私は他国が之に対しああだこうだ言う事では無いと思います。特に自分の国の国民さえ幸せにする事が出来ず、大都市に薬物中毒のホームレスが溢れている様な国に、人の国の政治に口出す資格はありません。
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私は嘗てウイグル自治区や、ヒンズー教徒主体のインドで暮らすムスリマの服装を見て気づいた事があります。ウイグル族は中国政府による迫害を受けています。インドで暮らすムスリマはマイノリティとして暮らしています。
こうした、何某かの危機感を抱いて生活しているムスリマの服装は、一般的な地域に暮らすムスリマに対して、より厳格な、つまり保守的な服装を身に纏う傾向があるのです。 -
日本の幕末、黒船来襲、開国を迫られると言う国難に、それを追い払わんとする過激な攘夷運動が盛んになりました。
人や組織は外圧が加わると、より一層保守的になるのです。 -
アフガニスタンは、是迄余りにも長い間外圧を浴び続けてきました。それを鑑みれば、イスラーム法を、過激な解釈で捉える団体が生まれるのも不思議な事では無いのです。言い換えれば、過激な外圧をかけ続けてしまった結果でもあると言えます。
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長きに渡る外国による干渉の時代が漸く終わり、自らの足で歩み始めたアフガニスタン。それを更に外圧をかける事は下策中の下策。症状を拗らせ悪化させるだけです。
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此処は一歩下がって暖かく見守る事こそ最良の策です。危機的な状況が過ぎ去ったなら、タリバンもアフガニスタンの人々の声を聞き入れる余裕が出来る筈です。私がこの目で見てきた通り、タリバン統治下でも地域によって統治手法には隔たりがあり、幾らでも生まれ変わる余地は残されているのです。
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イチオシ
見上げれば、タリバンの国旗が大きくはためいていました。
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夕食は近場のドネル・ケバブで済ませました。日没後の街歩きも全く危険を感じる事はありませんでした。再びホテルの屋上に登ってみれば、山肌の家屋の灯りがキラキラと輝いてカブールの夜景を彩っていました。
注)日本ではケバブと言うと、トルコ生まれのファーストフードであるドネル・ケバブを指す言葉になってしまっていますが、イスラーム圏で単にケバブと言うと串焼きになります。日本で言うケバブは、ドネル・ケバブと言う必要があります。 -
日本にいながら、アフガニスタンを想像すれば、長きに渡った紛争により、街も人心も荒み切っているのでは?情報だけ頼りにすれば、テロや強盗、あらゆる犯罪が日常茶飯事に…なんて地獄絵図が繰り広げられている筈でしたが、実際に訪れた私の目の前に飛び込んできた光景は、復興に向けて生き生きと生きるカブールの人々の姿でした。遠い昔に生き別れた、重病を患った親友が、元気になって再会が叶った、そんな気分になれたカブールの夜。
最期迄ご覧になってくださり、ありがとうございました。
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