2025/06/20 - 2025/06/20
16位(同エリア66件中)
さっくんさん
今回は再び移動日です。アフガニスタンの治安が安定化し、旅が一般化するにあたって先ずの障壁が、バーミアンからマザールシャリフの移動にあるのではないでしょうか?私は陸路移動が大好きなのでワクワク出来ますが、一般旅行者が4時出発で、ダートの峠越えを楽しめる体力、精神力があるとは思えません。途中の大きな拠点となる街はサマンガン程度しかないので、(サマンガン迄行ったのならマザール迄大した距離では無い)途中泊も現実的ではありません。バーミアンの空港が再開されれば、一般的には空路が理想的だと思われます。
しかしながら、山にへばりつく様な家々はイエメンの山岳集落を彷彿させ、出来る事なら下車してそれらの集落を撮影したい程美しいと思いました。また峠越え自体もジョージアのデスロードを想い起こさせ、そしてサマンガンからマザール・シャリフに入った時の世界観の唐突な豹変には驚きと感動がありました。長く厳しい道程ではあるものの、体感出来て本当に良かったと感じています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- その他
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本日の出発はなんと午前4時。夜明けが一番早い季節にありながら、夜明け前の出発です。
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未だ暗いバーミアンの岩肌を抜いバーミアンを後にします。
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朝早かろうが、過酷な、道だろうが、「街道をいく」と謳ったからには、陸路向かわにゃタイトル詐欺です。
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日が昇り始めました。漸く1日が始まります。寝坊だぞ!太陽君!
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「ごめん、ごめん、山が邪魔して顔出せなかった…。」
アフガニスタンの陽射しは強烈です。山の上から昇るので、実際は日の出から時間はある程度経っている筈だから余計強烈に感じるのでしょう。 -
只の山肌かと思いきや、山肌にへばりつく様に家々が。家はその土地の土を利用して建てられる事もあり、山と一体化してしまいます。アフガニスタンの山村の典型的風景です。
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山の休憩所で朝食を頂きます。珍しく細長い形のナンが出ました。飲み物は緑茶です。
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そして朝っぱらからケバブです。
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店は道沿いでも、家屋は小高い山の上。
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日本で言えばドライブ・イン。トラックの運転手さんの憩いの場です。
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イチオシ
嘗て偉人達が歩んだ街道は、最初こそカブールからバーミアンへの道程同様、長閑で快適な山道が続きます。
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「街道をいく」のですから当然ですが、私は陸路の移動が好きです。風景が徐々に、時に唐突に、違う文化圏、環境へと移り変わっていく。そんな瞬間、旅してるなぁと感じます。
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日本を旅すると、都会に至っては、どの街も同じ様な風景になりつつありますが、東京と全く同じコンビニに入り、全く同じ言葉を使っているのに、全く聞いた事も無い、或いはドラマでしか聞いた事の無い、イントネーションで喋られた時、旅してるなぁと感じます。
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小さな集落を通り過ぎます。
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小さな店が連なります。結構小さな集落でも活気がある様に映るのは、若い世代が多いからでしょう。昨今少子高齢化に悩む西側諸国では見られなくなってきている光景です。
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アフガニスタン版エナジー・ドリンクを買いました。本来、乗ってるだけの私より、ドライバーさんが飲むべきですが、彼に飲ましたら、今以上に無茶な追い抜きしかねませんからオアズケです(笑)
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アフガニスタンは渇いた大地とは言えども国毎峠の様な国なので、起伏に富み、風景が目まぐるしく変わるので、遠乗りも苦痛ではありません。(ダートが多いので、体はシンドい。)
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こうした山々に囲まれた風景は、旅する物にとっては癒しとなる風景に違いありませんが、其処に暮らす人々にとっては過酷な環境に間違いないでしょう。幾分山間に平野があうにも関わらず、此処に暮らす人々は山肌に家を建て、寄り添う様に暮らしている事が多いです。水害などを割ける為とも考えられますが、部族間抗争防衛の為もあったのではないでしょうか?
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山肌にへばりつく様に建ち並び、まるで山と一体化した様な家並みはイエメンの旅を思い出します。イエメンもまた山に囲まれた地形に暮らし、其々の街が部族間抗争の防衛の為、様々な工夫を暮らし生活をしていました。そしてアフガニスタン同様、混迷の期間が長く続く国でもあります。
イエメンの旅
https://4travel.jp/travelogue/11761666 -
山は時に文化を遮断する障壁となります。昔は通信手段は限られていましたから尚更ですが、今も尚、山と言う物理的な障壁は人々の動線を遮っています。
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山梨に「ほうとう」と言う郷土料理があります。甲斐の国は冷涼で、山に囲まれ耕作地が乏しいので穀物が余り採れませんでした。だから甲斐を治めた武田信玄は野戦食に米を使えず、ウドンを代用にしました。それでも小麦さえ貴重だったので、豊富に採れる野菜を加え、「ほうとう」を開発したと言います。今となっては、野菜タップリでヘルシーですね。
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そんな甲斐から一山越した秩父にも、「おっきりこみ」と呼ばれるウドン料理があります。「ほうとう」と同じタイプのウドン料理なのですが、「ほうとう」が味噌ベースであるのに対し「おっきりこみ」は醤油ベース。加える野菜も変わっています。山を越せば味付けが変わるのです。
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日本なら、山を越しても、其処に暮らすは同じ日本人ですから、食べ物の味付けが変わるだけで平和なものですが、此処アフガニスタンでは、そうならない場合も屡々です。民族が変わったり、宗派が変わったり…。深い山に隔てられ、其処で独自の文化を育む中、強固な自治性を持つ部族社会が形成されていきました。
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こうした山による分断は、大国による支配を困難なものにしました。大国による統一的支配が、山により分断され、独自性の強い、其々の部族に行き渡らせる事など、不可能に近かったのだと思います。
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イチオシ
それは現代に於いても同様です。超大国ソ連の侵攻にアフガニスタンは、国としてはひとたまりもありませんでしたが、部族の強靭な反撃を交わす事が出来ず、撤退せざる得ませんでした。それに続いたアメリカも泥沼に足を突っ込んだだけに終わりました。やがて人々はアフガニスタンを帝国の墓場と呼ぶ様になりました。
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そしてこうして外敵の侵入を阻んできたアフガニスタンの深い山々は、アフガニスタンの統一さえも阻むかの様に聳えています。山に遮られ、山に守られ独自性を持つ多民族国家アフガニスタンが、これからどうひとつになっていくのか?その道程は、この峠道の様にLong & winding roadかもしれないけれど、その歩みを止めないで欲しい。
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車は標高を上げていくと、やがて山肌に人家は失せ、山肌は更に荒々しさを剥き出しにします。路面はダートに変わり、渇き切った砂利が細かい砂埃を舞いあげ、峠が霧に包まれたかの様になります。
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マザール・シャリフを目指す上で、最難関の峠越えです。列を為してゼーゼーと息を切らして隊列を組んで苦しそうに登って行く大型トラックは、まるで放牧の牛の様、そんな隊列を無茶な追い越しを繰り返し進んでいきます。
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ダートだし、峠だし、体は壊れて制御が効かなくなったマッサージ器の上にいる様です。バンディ・アミールよりずっとこっちの方が4WDが必要だったと思うコンディションです。そんな悪路を中央アジアから荷を運ぶ大型トラックが往来します。内陸国の中央アジア諸国にとって、この街道は貿易を行う為の超重要な街道なのです。
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時に路肩に大型のタンクローリーが横転していました。ご愁傷様です。爆発しないでね!
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渇き切った、荒々しい光景が続きます。散水車が時折水を撒いていきますが、そんなものは渇き切ったこの大地には、一瞬の気休めにしかなりません。砂埃がまるで霧の様に舞い視界を奪います。私はこうした環境が、其処に暮らす人々の文化、思想、政治、そして宗教に大きな影響を与えると思います。
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現在でもイスラームは砂漠や乾燥帯等を中心に広く分布しています。また放牧民等も多く信仰しています。そうした人々に親和性が高かったからこそ、イスラーム教は広く信仰されたのだと思います。
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では何故こうした環境の人々はイスラームを信仰したのでしょう?それはイスラームと言う考え方、つまり一神教の成り立ちを考えて見ると解り易いかと思います。イスラームの母胎となったユダヤ教。そのユダヤ教はエジプトを出て約束の地を目指します。其処は周囲が全て砂漠の過酷な大地。そんな過酷な環境下で、合議している余裕など彼等にはありませんでした。過酷な環境下で人間が集団で生きていくには、一人の強いリーダーの下、強固なルールに従い生きてゆくより他に手段が無かったのです。
こうした環境下で、ユダヤ教と言う一神教が生まれました。こうした経緯から似た様な環境下にいるグループが暮らしていく為に、一神教は親和性が高く、マッチしていたと考えられます。 -
そんな強固なトップダウン制の下、長年文化を育んできた人々なので、そもそも始まりから合議制=民主主義とは反りが合う訳がありません。アメリカが民主主義を押し付けようとイラクやアフガニスタンのトップを殺害し、民主主義を持ち込んだとしても上手くいく訳が無いのです。それはまるで酸性の土地に、酸性に弱い植物を植え、育てる様なものなのです。
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宗教、文化、そして政治も其処に暮らす人々の環境下に大きく影響を受け、それに適応し変化します。2011年、中東を震撼させた所謂中東の春。そんな騒動からいち早く復帰できた国も、古くからの制度を守っていた王制の国が殆どでした。やはり、その地域の環境下で育まれたやり方が一番その土地に暮らす人々にとって相応しい手段であるのです。
先日アメリカ某大統領が日本がアメ車を買わないのは不平等だとトンチンカンな事を申していました。ハンドルの向き、燃費、車幅そしてハンドリング。明らかにマーケティングの努力不足。アメリカは、他国を破壊する事にかけては超一流ですが、それ以外は三流以下の様です。政治も車も、押し付けばかりでは人の心は動かせません。
自分の国の国民すらまともに幸せに出来ない政治が他国に物申す等百年早い。勉強して出直した方が良いでしょう
それでも、このアフガニスタンの荒野に民主主義を芽生えさせようとするのなら、この荒野に適した種子を植え、育み、そして実を実らせる様に、この土地を学び、育てる長い年月と根気が必要となるでしょう。
それでも、日本でアメ車がバカ売れする事は…未来永劫無いだろうなぁ(笑) -
しかしながら、此処で一つ疑問が生まれます。ユダヤ教、イスラームと同じ神を信仰する一神教の筈のキリスト教は、何故ヨーロッパや南北アメリカ等湿潤地帯で多く信仰されているのでしょうか?
私はイエスが活動の拠点としたナザレに、その答を見出しました。ナザレは中東にありながら、まるでヨーロッパの様な自然に恵まれ、モーゼやムハンマドの暮らした世界観とは真逆なものでした。
同じ神の言葉を預かったとしても、環境が変われば、人々の求めるものも変わると同様、その解釈も変わります。
キリスト教はヨーロッパ到達時に大きな改変を受けましたが、 もとよりイエスが暮らしたナザレの環境により、湿潤地帯に親和性の高い神の言葉の解釈がなされていたのではないかと私は思っています。
ガリラヤ湖
https://4travel.jp/travelogue/11784282 -
峠道も核心に近づきつつあります。道は曲がりくねり、落石避けの覆道の長さは長くなり、その間隔は狭まります。
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だとしても、この街道は曲がりなりにも中央アジアからの輸入品を載せた大型コンボイが列を成して走る列記とした大街道。悪路とは言えジョージアのデスロードよりずっとマシです。ジョージアでは雨により訪問先への唯一のデスロードが寸断。3日間村に缶詰めにされたのは、今となっては良い思い出です。
ジョージア・シャティリの旅
https://4travel.jp/travelogue/11267278 -
人里から遠く離れた最難関の峠の頂上で、重機が道のコンディションを整え、街道の安全の為尽力してくれてます。ありがとう!頑張って!
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イチオシ
私が想像するに、この峠の最高峰。
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険しく、荒々しい山並みが続きます。どうやら此処が峠の頂点、即ち峠を越しました。峠を越すと言う単語に、本当実感が沸きました。
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深い谷間には小川が流れます。アフガニスタンは渇いた大地ですが、冬季には降雪量も多く、雪解けが多くの水を生み出しますので、中東や中央アジア諸国よりは水資源には恵まれます。
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イチオシ
峠を越し、小川のせせらぎで顔を洗いました。スゲー冷たい!生き返る!
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峠を越したところには休憩所があり、長距離トラックや長距離を移動するアフガニスタンの人々の憩いの場となっています。峠を越してホッとしたのか運転手のお父さんは車内でノックダウン。車内で持て余していた母娘はここぞとばかりに川のせせらぎと戯れに向かいます。報道では絶対伝えられる事の無い、アフガニスタンの平和な側面を此処でも見れて、此方も幸せのお裾分けを頂きました。
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漸く最難関の峠を抜けると、地形は緩やかとなり、目指すマザール・シャリフ手前の街、サマンガンに到着しました。
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先ずは、遅めの昼食です。サマンガンは結構規模の大きな街。結構立派なレストランがありました。
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お!ナンが明らかに変わりました!厚みがあります。これは中央アジア、サマルカンド風ですね!食も中央アジアに近づいてきている事を示しています!
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オカズは安定のケバブです。中央アジアに近づいたので、シシャリクと呼んだ方が宜しいでしょうか?
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食後、タスティ・ルスタムと呼ばれる遺跡に立ち寄りました。如何にも年季を感じさせる遺跡です。
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岩山に石窟の入り口がありました。入ってみましょう。
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外側から見ると、こんな感じ、左右は採光の為の窓でしょう。
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内側から見ると、こんな感じ。上部にもう一つ採光窓がありました。
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様式的に恐らく寺院であり、写真で現地の人が屯している窪みには座像が鎮座していたのでしょう。
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寺院のとなりにも石窟の入り口がありました。
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此方はなんとバザールだったとか。なるほど、言われて見れば通路の横に小さな店舗が入れるくらいのスペースが軒を連ねています。
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どんなお店が入っていたのでしょう?現在のバザールでも、是迄小さい店舗が、肩を寄せ合いながら営業しています。
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寺院の隣にバザールがあるのも今昔同様。聖と俗はいつも背中合わせです。
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もう一度外に出て、もう一つの寺院跡に入りました。
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此方にも仏像が安置されていただろう窪みがありました。
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此方は前の写真の対面側。仏像が安置されていただろう窪みと、対面の高い位置の採光窓を照らし合わせて推察すれば、採光窓から差し込んだ光が、仏様の尊顔を照らす構造だったと思われます。
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外部から見ると、どの入り口が寺院で、どの入り口がバザールか解りません。
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更に一際高い丘があります。頂上には何かありそうです。登ってみましょう。
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頂上からは展望もバッチリ。峠も一段落しサマンガンは広大な敷地を有する街だと言う事が解ります。
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巨大なストゥーパがありました。3~4世紀、即ちバーミアンの大仏が造られる100~200年前に築かれたストゥーパと言います。クサーノ・ササン朝と呼ばれるバクトリアに興った王朝により建造されたそうです。
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イチオシ
地形から推察するに、エローラの石窟の様に、拾遺の岩を掘りぬいて造られたと思います。
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日本人的には、ふとすると仏教はインドから東に広がっていったかの様に考えがちですが、初期には寧ろ西方に向かって広がっていきました。最盛期にはこれより北西、現在のウズベキスタンのブハラも仏教都市だったと言われます。しかし、この時代西方はペルシャを中心にゾロアスター教が盛んに信仰されており、仏教の西進は其処で止まります。そしてやがてイスラームがこの地を席巻すると、仏教は忘れ去られていきました。
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イチオシ
サマンガンのパノラマを満喫していると、けたたましい嬌声が響き渡りました。その正体は学校のプールの授業でした。日本では廃止される方向の様ですが、アフガニスタンではプールの授業がある様です。子供達の楽しそうな声が聞こえて嬉しくなりました。
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先に見た、岩窟寺院とバザールが入った岩山を見下ろしました。
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さて、目的地マザール・シャリフ迄あと一山を越すだけです。ラスト・スパートです。
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マザール・シャリフとサマンガンを隔てる障壁が見えてきました。
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後、一山超えなければならないのか…。先程走って来たダートの峠道を思い出すと辟易してしまいます。
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超大型トラックがすれ違っていきます。泣き言は言っていられません。
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奇跡が起こりました。モーゼが道を切り開いたのでしょうか?巨大な岩山を切り裂く様に切通しとなっていました。
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物凄い高さの切通しの下にバザールが開かれていました。
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車はすぐ傍に迫ったゴールに向かい快適に走り続けます。
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イチオシ
それにしても、余りに深い切通しです。人力で切り通したとは思えませんし、自然の力にしても都合が良過ぎます。やっぱりモーゼの力でしょうか?
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この深い深い切通は、カブールからマザール・シャリフを目指す旅人にとって、マザール・シャリフへ到達した事を示すゲートであり、逆にカブールを目指す旅人にとっては、これから始まる長い長い峠道の入り口を示す巨大なゲートと言えるでしょう。
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そして深い深い切通を抜けると、何と言う事でしょう!これ迄ずっと両側にあった山が消え、地平線さえ見えるフラットな大平原!そうです。アフガニスタンの峠を抜けたのです。此処は未だアフガニスタン領ですが、地政学上は中央アジアに到達したのです。これ程明確に世界観が豹変するとは思いませんでした。これだから陸路の旅は面白い!ウズベキスタンとの国境も1時間以内の場所にあたります。遥々やってきました!もう此処は昨年の今時訪れた中央アジアなのです。
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そして、遂に、遂に、マザール・シャリフの街に入りました。後はホテルへ向かうだけです。
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おっと、夕食を忘れていました。何故か前菜のサラダしか写真が残っていません。疲れていたのでしょうか?それとも空腹過ぎたのでしょうか?どちらにせよ、ド安定のケバブを食べたに違いありませんから、いつ時の食事とあまり変わり映えは無いでしょう。
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