2025/06/18 - 2025/06/18
10位(同エリア66件中)
さっくんさん
今回はカブールからバーミアン迄の道程です。「街道をいく」と名付けたのですから、その工程をしっかり残しておきたかったのと、バーミアンが充実し過ぎていたので移動と分けて描きたいと思いました。今回は観光スポットなどは巡っていないので、読み飛ばすか、私の戯言にお付き合いくださいませ。
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二日目の朝となりました。お気に入りになった屋上に登り、大きくアフガニスタンの空気を吸います。続けて煙草も吸います。アフガニスタンは渇いているので、日中は暑くても、夜はぐんと涼しく、快適です。
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天気は快晴、砂色の山が青空に良く映えます。気持ちの良い朝です。
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朝食は…ちょっと品目が薄目です。
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カイバル・ホテルを出発します。1週間後に、またお世話になります。
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私はカブールの街のファースト・インプレッションを整然とした街だと感じました。多分、これは私がアフガニスタンを、お隣の国パキスタン同様に南アジアと捉えていたからかもしれません。
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しかし、滞在していると、インドやパキスタン、即ち南アジアより、ペルシャや中央アジア圏に近い文化なのではと感じています。
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インドやパキスタンに見る様な南アジアの混沌とした街の風景は此処にありません。更に決定的な違いを発見しました。カレー文化はカイバル峠を越えられなかったと言う事です。パキスタンでは日常でも、アフガニスタンでは見られない。それは、カレーを食べる習慣です。(カレー風味のスープはあった。)
我思う。カレーを食べるから混沌となるのか?混沌としているから、カレーを食べるのか?南アジアだからカレーを食べるのか?カレーを食べるから南アジアなのか? -
この地球のモニュメントのラウンドアバウト、好きだなぁ。
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さて、これ迄カブールで私が感じたありのままを書いてきましたが、この旅行記を書くにあたって、書いておくべき事を言い忘れました。私がカブールを安全だと書いたのは、私がそう感じたからです。体感治安としては、この国をボロボロにしたアメリカの昨今の大都市より、よっぽど安全に感じます。しかしそれは只、運が良かっただけなのかもしれません。私が大丈夫だったから、貴方もきっと大丈夫!そんな無責任な事は書けません。
多くの人が知っている様に、アフガニスタンは危険度レベル4、退避勧告が発令されている国です。とても推奨できる国ではありません。 -
では、アフガニスタンでは、何に気を付けなければならないのか?勘違いしやすいですが、決してタリバンではありません。アメリカ駐留時なら兎も角、今となってはタリバンは曲がりなりにも政府です。旅人がタリバンに不利になる様な行動をしない限り、旅人にとってタリバンは脅威ではありません。逆にタリバンに対抗する勢力に、タリバンの信頼を失墜する為に利用される可能性があるのです。
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実際に2024年、バーミアンでISによる観光客を狙った銃撃事件が起きています。またISはタリバンが中国と関係を結ぶのを嫌っており、それを妨害する為に中国人が集まるホテルが襲撃される事件も起こっています。現地では日本人と中国人の見分けがつかないので、対岸の火事では済みません。
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しかし、こうしたテロが頻発している訳ではありませんし、YouTubeで解説されている様な重大事件が日常茶飯事に発生している…と言うのは全くの嘘です。(だとしたら私が無事な訳が無い。)
であったとしても、アフガニスタンはタリバンは全土を完全掌握するには至らず、対向するグループが点在し、(特にIS)不測の事態が発生する可能性がある事。そして不足の事態が発生した時、日本とタリバン政府の間には、殆どパイプが無く、何も手立てを打つ事が出来ない可能性が高い。だからこそ退避勧告が出ていると言う事を、肝に銘じておく必要があります。 -
治安と一括りに論じられる事が多いですが、実際には大きく2つに分かれます。武力紛争等による情勢的治安の悪化。中東等に多くアフガニスタンも之に属します。一方民衆レベルの治安の悪化。此方は中南米やアフリカの大都市に多いケースで、旅人の体感的治安に直接影響します。
そうした部分では、アフガニスタンの社会はとても安定していると思います。その根底にあるのは彼等が敬虔なムスリムであると言う事。「盗んではいけない。」「弱い立場の人は積極的に救済する事。」と言う戒律により、紛争時、そして復興時の人心が廃れやすい時期にありながらも、ホームレスを含め街に穏やかさを感じました。やはりベースメントがしっかりしていると立ち直りが早いと言う事はイラク同様感じました。 -
また、その安定感の要因として、ムスリムの部族の自治力の強さが挙げられると思います。彼等は、時に国より部族を重んじます。彼等の自治力はモスクやバザール等街の重要機能を全て賄える程力を持ちます。
それがソ連やアメリカが泥沼に嵌った最大の要因になったとも思います。アフガニスタンは只の小国、アメリカやソ連を前にしては国などあっという間に崩壊してしまいます。しかし部族の危機に及んだ時、彼等は命を賭して闘います。こうして国を崩壊させて気が緩んだ大国の大群は峠深くに入り込み泥沼に引きずり込まれました。ソ連に至ってはアフガニスタン侵攻に戦費を使い過ぎて、ソ連崩壊の大きな一因になりました。正にアフガニスタンは帝国の墓場になったと言えるでしょう。
しかし、その部族の力が強い分、一つの国に纏まろうとする時、それさえ阻む力とさえなっていると思います。
何はともあれ、その強い自治力とイスラームの戒律に守られて、体感治安的には何ら心配する必要は無いでしょう。
現在ロシアはウクライナに侵攻、再び経済破綻寸前にあります。自ら他国に土足で踏み込み自滅を繰り返す。戦うも地獄、されど是迄軍事産業のみでGDPを維持して来たので、戦いを止めても更なる地獄が待ち受けるのみ。学べない低能な政治家の下で暮らす国民は不幸でしか無いと思います。 -
私は歴史が好きで、ずっとイスラームの旅を追い続けて、ずっとアフガニスタンに行ける日を待ち続けましたが、このままでは生涯訪問する事が叶わない事を悟り、アメリカが去り、アフガニスタンが漸く復興に軸足を向けた今が、人生最後のチャンス と感じ、自己責任の覚悟の元、現地へ向かいました。
前回のイラクでもお世話になったRJTRAVELさんは、こうした方面に強い旅行社さんで、昨年からHP等をチェックし続けていますが、定期的に情勢に合わせて各国のコースのアップデートを行っており、一般的に旅し辛い、情報が入り辛い方面の何処が危なくて、何処なら行けるのか、とても参考になりますし、信頼が出来る旅行社と感じており、今回もお世話になる事になりました。 -
郊外に出ると渇いた禿山の砂色、そして谷間にはグリーンベルト。それがアフガニスタンの郊外の典型的な色彩となります。こうした渇いた世界観は、イスラームの旅ではある意味鉄板の風景。そして私の大好きな風景。カメラを抱えて、まるで子供の様に車窓にへばりつきます。
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車窓にモスクが通り過ぎていきます。慌ててシャッターを押しますが、う~んタイミングがずれました。
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スイスロールみたいなオヤツと粒粒オレンジみたいなジュース。これがアフガニスタンのオヤツの鉄板。多分…。
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陽射しは強いもののの、渇いているから清々しい。バーミアンに向かう程標高は高くなるので一層その傾向が強まります。
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カイバル峠が分断しているのは、食文化や街の景観に留まらず、気候帯も明確に分けています。南アジア特有の蒸し暑さはアフガニスタンにはありません。だからこそカレーの辛さもお役御免なのかもしれません。
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更にアフガニスタンの地理的区分を調べて見ても、大抵の場合、アフガニスタンは西アジアに区分けされ、インドやパキスタンと分けて分類されています。その理由が現地を訪れて、明確に実感する事が出来ました。
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ムガル帝国の初代、バーブルは中央アジア、現在のウズベキスタン出身の人間です。故郷では錦を挙げられず、カブールで虎視眈々と時節を待ち、インドのアグラで漸く念願のムガル帝国(モンゴル帝国)を立ち上げました。
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しかし、バーブル自体は実はあまりインドの風土が好きにはなれなかった様です。死後彼の遺体は、彼が虎視眈々とした日々を過ごしたカブールに埋葬されました。
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バーブルはムガル帝国の皇帝だから、インド人に騙され捲ってインドが嫌になった訳では無いでしょう。中央アジアに生まれた彼にとって、インドの暑さは、さぞ堪えたのだと思います。
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現在になっても紛争が始まる迄、カブールはネパールのカトマンズと共に、バックパッカーが居着いてしまう、所謂「沈没地」として有名でした。
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二つの街には共通点も多いです。インドから適度に離れている事。そして其々高地に位置する街だと言う事です。インドの暑さとインド人に疲れ果てたバックパッカー達が、疲れを癒し、暑さを逃れる最適な地がカブールであり、カトマンズだったのでしょう。
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ムガル帝国の人々にも、現代の旅人にも、インドからの避暑地として親しまれたカブールですが、バーミアンは更に標高が高く、風光明媚な事も重なって、アフガニスタン人にとって格好の避暑地となっています。
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何やら遺跡の様なものが見えてきました。何だったのでしょう?
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遺跡を過ぎると山肌の間隔が道路間際迄迫ります。
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遊牧民に出逢いました。
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目前にヒンズークシュ山脈が迫ります。6月も中旬を過ぎましたが、頂上には薄っすら雪が積もっています。
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カブールからバーミアンはアフガニスタンに於いて経済としても、観光としても重要な道。だからアフガニスタンでは例外的に整った道。全編快適にドライブ出来ます。
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高度が増すと、空が一段と青く映ります。新緑の緑と渇いた砂色、そして雪の純白のトッピング。最高かよ!
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まるでアルプスの少女の様な世界観。でも、今ディ◯ニーが実写化したら、ハイジが何故か黒人の設定になるんだろうなぁ。←売上爆◯確定(笑)
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でも、アフガンの少女ならウエルカム!特にバーミアンに多いハザーラ人の少女は、日本人と顔立ちがソックリで、本当に可愛らしい少女が多いです。
冗談や誇張では無く、一度アフガンの少女を見つめ続け(本来女性を凝視してはいけません!)ガイドさんに
「どうして此処に日本人の女性が?」
って聞いてしまった程です。逆に民族衣装を纏った私にハザーラ人に地元語で話しかけられ、しどろもどろになり、ガイドさんに救出される事も屡々。お互い間違えてしまう程、時に似通う顔立ちの人がいるのです。 -
ハザーラ人はアフガニスタンを構成する主要民族の一つであるにも関わらず、体型が小柄で黄色人種(モンゴロイド)系が強い顔立ちで、パシュトゥーン人、タジク人等他のイラン系主要民族と見た目的に大きく異なる事。
また主要宗教が他のグループの殆どがスンニ派であるに関わらず、ハザーラ人の大半はシーア派に属する事から、常にアフガニスタン内で迫害の対象となり、パシュトゥーン人主導のタリバン政権下では迫害の勢いも増していると言われます。 -
なんで、周り中イラン系の民族の中にモンゴロイドの血を多く含むハザーラ人が存在するのか?何故彼等はアフガニスタンでは少数派であるシーア派を信仰するのか?謎が多い民族であると思います。一体どうして彼等は此処にやって来たのでしょう?
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モンゴロイド系の民族が多く暮らす中央アジアの国と言えばキルギスが挙げられます。キルギスもまた、日本人に顔立ちが近い民族として有名です。現在キルギスに暮らす人々の殆どはスンニ派の人々です。
其処で私は推測しました。昔はキルギスの人々の中にもシーア派はいた。しかしその中でシーア派は迫害された、若しくはシーア派自体が生き辛さを感じ、結果集団で移動する必要性に迫られた。その結果落ち着いたのが、山深く、隠れ里としては最適な、現在のアフガニスタンのこの地方だったのでは無いでしょうか? -
私をナビゲートしてくれるガイドさん、そしてドライバーさんはバーミアン出身、しかも幼馴染同士。仕事仲間以上の連係プレイで私の旅を補佐してくれます。そんな彼等も間違いなくハザーラ人。(だからタリバンには否定的)遠く離れた異国の地で、似た者同士の三人組みたいに、親近感を伴い旅が続きます。
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バーミアン直前の峠道で一休みして、絶景を楽しみました。
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この道を、この街道を、嘗てアレキサンダー大王が、玄奘三蔵が、イブン・バトゥータが、バーブルが、そしてイマーム・アリーの伝承が歩んだかと思うと胸が熱くなります。
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トラックが荷物を背負い、息を切らせる様に九十九折りを登ってきます。
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勿論、この街道を行き来したのは偉人だけに留まりません。いや、それ以上にこの道は、シルクロード交易が盛んな頃から永続的に中央アジアから、ペルシャ、インドへ向かう交易路として重要な役割を果たしてきました。
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シルクロード交易が盛んだった頃ならいざ知らず、現代となっては大量に、且つコストを抑えた物流の花型は大型船による海上交易です。しかし中央アジアの国々は何処も内陸国家で海を持ちません。ウズベキスタンに至っては、世界に2カ国しか無い二重内陸国家です。
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が故に中央アジア諸国は是迄多くをロシアに依存しざる得ない状況でした。昨今は東の中国も進出していますが、交易対象としてリスクも持ち合わせます。
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そんな中、紛争も一段落し落ち着きを取り戻しつつある嘗ての街道が、再び脚光を浴びつつあります。
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過酷な道程とは言え、この街道は中央アジアとペルシャ、インディアを結ぶ生命線である事は、現代に於いても、その重要性が変わる事はありません。
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峠を越せば、其処はもうバーミアンの領域です。
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カブールの標高は1800m、バーミアンは2500m超。日本で言えば軽井沢的立ち位置でしょう
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夏は快適でしょうが、これだけ渇いた気候であるからして、冬はさぞかし厳寒な事でしょう。カブールに近い道は積雪により閉鎖されてしまうので、遠回りが必要となり、時間が倍必要になると言います。
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しかし、その一方スキーも出来ると言う情報もあり、夏の避暑地として、歴史的文化財が多く残る歴史遺産がある街として、冬場はスキー・リゾートとして、化ける可能性を秘めた地域とも言えます。
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一方、バーミアンの冷涼な気候を活用して、ジャガイモの生産が盛んで、品質が高い事で有名で、バーミアン・ポテトとして、そのブランド名は国境を越えてパキスタンやイランでも有名なのだそうです。
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スキーが出来て、ジャガイモが特産と言えば北海道を思い起こします。
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私なら…バーミアンにスキー・リゾートを築く一方、ポテト・チップス工場を作り周辺国に大体的に宣伝する。バーミアン・ポテトに付加価値を加え、工場労働と言う雇用も確保出来る。…なぁんて浅はかな妄想に耽ってしまいますが、このノンビリとした世界観は壊したく無いなぁ。
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まるでバーミアンの検問であるかの様な岩肌迫る道を潜り抜け車は走ります。
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勿論、実際に要所要所でタリバンの検問が待ち受けます。カメラを構えて車窓を眺めていても、先に数人路上に屯している姿を発見した時は、検問の恐れあり、すかさずカメラを伏せます。
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岩肌迫るポイントを過ぎれば、其処はもうバーミアン渓谷の核心部に入ったと言う事。それ以前の風景とは全く違う赤味を帯びた岩山を始め、その奥には黄色がかった山脈も見えます。
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赤い岩山の向こうには黄色味を帯びた山脈が見渡せます。木々の緑、空の青、バーミアンはカラフルな街です。
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そんなバーミアンも、ソ連が、そしてアメリカが土足で踏み荒らし、またアフガニスタン内部の民族紛争の地ともなりました。昨年にはISによる観光客を狙うテロも発生しています。
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遥か昔もこの地にジンギス・ハーンの大軍が来襲し、壊滅的な被害を蒙りました。バーミアンは遥か昔から現在に至る迄、アフガニスタンの交通の要衝として繁栄し、それが故に争奪戦の舞台となったのです。
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同じ様な例にシリアのパリュミラがあります。シリア内戦時に破壊されてしまいました。何も世界遺産を破壊する事も無かろうに!私は憤ったものです。
調べて見ると、パリュミラの立地はシリアの交通の要衝であり、その争奪戦故遺跡が紛争に巻き込まれてしまったとの事。当時この地を支配した女王ゼノビアは、当然交通の要衝だからこそ、此処に都市を開発したのでしょう。
人が奪い合う場所は、時代が変われど、変わらぬものなのかもしれません。
パリュミラの旅行記
https://4travel.jp/travelogue/11763506 -
とは言え、私の目が黒い内には間に合わないかもしれませんが、バーミアンの持つ観光資源としてのポテンシャルは、アフガニスタンに平和が訪れ、しっかりと開発が行われれば、世界的なリゾート・エリアに成長出来る実力があると感じました。
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バーミアンは荒涼とした山に挟まれたバーミアン渓谷に沿って発展しています。
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両側には奇岩群。
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見上げればヒンズークシュ山脈。
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谷間のグリーンベルト沿いを走ってラスト・ラン。
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最後の検問を抜けてバーミアン市街部に漸く到着しました。
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バーミアン市街部に入りました。両側にアーケードを持つバザールが並んでいます。
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街の規模に対して、バザールの規模が非常に大きく、賑やかに感じました。
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あっちにキョロキョロ、こっちにキョロキョロ、大抵バザールは見てるだけの私ですが、今回はしっかり探しているものがあるのです。先ずはそれより腹ごしらえです。
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ランチタイムです。相手としてはセオリーなのでしょうが、テーブル席を案内されます。不満顔の私。
「日本でも仕事中の昼食は靴を履いて食事せにゃならん事も多くなりましたが家に帰れば必ず靴を抜いて食事を摂ります。日本には家に土足で上がる様な野蛮な風習はありません。私はアフガニスタンの人々と同じスタイルで食事がしたいです!」
以来一同は二度とテーブル席に着く事無く、アラブ風に食事を楽しみました。 -
アラブでは、日本の様なちゃぶ台は無く、シートをひいてピクニック風に地べたで食べます。食後に大切なのは、抱き枕を半分にしたくらいのクッション。それにもたれて寛ぎます。日本では大変お行儀が悪く映る所作ですが、此方では、之がデフォルトです。
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アラブ風の食事に慣れてしまうと、テーブルに椅子の食事が窮屈でたまりません。
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食後に先ず向かったのは、なんと衣料品店。ガイドさん押し売りではありません。私のリクエストです。私は、どうしてもアフガンの民族衣装が欲しかったのです。パキスタンでは店舗に出品されていたものを購入しましたが、今回は一枚の布地から仕立てて頂きます。仕立てて頂くなんて何十年ぶりでしょう!
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それは私がまだまだ幼い頃、多分ソビエト侵攻時、幼いとは言え、超大国に弱小国が蹂躙されるニュースに、当時から判官贔屓の私は胸が張り裂けそうな想いでテレビに嚙り付いていました。アフガンらしい岩山に迫りくるソビエトの鉄の塊の様な戦闘ヘリ。其処に立ちはだかる軍服では無い民族衣装を纏うアフガン人。
やられる!と思った瞬間、その男が放ったRPG7が戦闘ヘリを粉砕しました。その姿に幼い心が震えた、熱くなった!どんな巨大な敵にも怯まない、鉄の塊に体一つで立ち向かったムジャヒディーンの姿に正直惚れた。そんな幼い心に映った記憶の中の勇姿を再現したく洋品店に向かう私でした。 -
アフガニスタンの着こなしを紹介します。基本はパキスタンのパンジャピーや他のイスラーム服と同様に裾の長いシャツにダボっとしたズボンの組み合わせですが、パキスタンが深緑や茶色の様な暖色系が多いのに対し、アフガニスタンはダークな色合いが多い印象を受けます。また多くの場合ベストを羽織る(決してボタンは嵌めない。)人が多いです。色合いは服の同系色の濃い色を重ねるケースが多く、結果地味な印象を受けます。
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上下は1枚の布から仕立てましたが、ベストと帽子は、其々別のお店で品定めです。
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最後に帽子ですが、大半はダーバンを巻いた人が多いですが、アラブの様にきちんと巻く人は少数派で、頬かむりに近いルーズな人さえ結構います。帽子に対しては服装より、民族性が出るアイテムなので注意が必要です。例えば間違った使い方をすると、日本で言えば甲子園のホームスタンドにジャイアンツの帽子を被って応援する様な事になりかねない事に留意してください。
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でも、アフガニスタンを代表する民族帽と言えば、此方のパコール帽が有名でしょう。私の記憶の戦士もこのパコール帽を被っていました。聞けばアフガニスタン北部に多く被る民族がいると言います。これから向かうはアフガン北部。丁度良かった!
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これは、この先、マザール・シャリフでの一コマですが、実際着るとこんな風。私は服の内部にカメラとか巻いているので、ちょっと腹辺りがモサっとしている筈(決して食べ過ぎでは無い。)念願のアフガニスタンのムジャヒディーンの衣装を手に入れました。寝巻としても秀逸ですが、勝ち目の無いだろう巨大な敵に立ち向かわなければならなくなった時、私は迷わずこの民族衣装の袖を通そうと思います。
かれこれ、昼飯も食べて、民族衣装もこしらえて、いざバーミアンを観光します。
最期迄ご覧になって下さり、ありがとうございます。
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