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3月15日に、3月11日(火)から開幕した、国立西洋美術館の「西洋絵画、どこから見るか?―ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館」へ行ってきました。開催を楽しみにしていた展覧会で。本展は、米国のサンディエゴ美術館との共同企画により、同館と国立西洋美術館の所蔵する作品計88点を組み合わせ、それらの対話を通じてルネサンスから19世紀に至る幅広い西洋美術の魅力とその流れを紹介するというもので楽しめました。写真も全作品撮影OKとなっており、旅行記を書いたのですが、なんか全般的に写真がボケてる。暗いからでしょうか?国立西洋美術館のものは以前、常設展で撮ったものを使用したりしたのですが、サンディエゴ美術館所蔵のものはそうもいかず・・・。ということで新しく買ったSONYのα7Ⅲで、写真撮りなおして差し替えるつもりでしたが、いっそ全て旅行記作り直してしまおうということで。写真構図もコメントほとんど同じ旅行記(2)です(笑) ボケた写真の方の旅行記もそのまま残します(笑)<br />※作品解説は、おもに国立西洋美術館HP参照

2025.4 西洋絵画、どこから見るか?―ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館(2)

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2025/04/13 - 2025/04/13

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旅行記グループ 2025 美術館・博物館 展覧会

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3月15日に、3月11日(火)から開幕した、国立西洋美術館の「西洋絵画、どこから見るか?―ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館」へ行ってきました。開催を楽しみにしていた展覧会で。本展は、米国のサンディエゴ美術館との共同企画により、同館と国立西洋美術館の所蔵する作品計88点を組み合わせ、それらの対話を通じてルネサンスから19世紀に至る幅広い西洋美術の魅力とその流れを紹介するというもので楽しめました。写真も全作品撮影OKとなっており、旅行記を書いたのですが、なんか全般的に写真がボケてる。暗いからでしょうか?国立西洋美術館のものは以前、常設展で撮ったものを使用したりしたのですが、サンディエゴ美術館所蔵のものはそうもいかず・・・。ということで新しく買ったSONYのα7Ⅲで、写真撮りなおして差し替えるつもりでしたが、いっそ全て旅行記作り直してしまおうということで。写真構図もコメントほとんど同じ旅行記(2)です(笑) ボケた写真の方の旅行記もそのまま残します(笑)
※作品解説は、おもに国立西洋美術館HP参照

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
交通手段
新幹線
  • 本展は、両館の所蔵する作品をペアや小グループからなる36の小テーマに分けて展示、比較に基づく作品の対話を通じ、ルネサンスから印象派に至る西洋美術史の魅力を分かりやすく紹介されています。また、すべての作品が、写真撮影がOKとなっています。

    本展は、両館の所蔵する作品をペアや小グループからなる36の小テーマに分けて展示、比較に基づく作品の対話を通じ、ルネサンスから印象派に至る西洋美術史の魅力を分かりやすく紹介されています。また、すべての作品が、写真撮影がOKとなっています。

    国立西洋美術館 美術館・博物館

  • 入場後、サンディエゴ美術館についてみます。<br />カリフォルニア州最南端に位置するサンディエゴは、スペイン人の入植によって築かれた都市である。その歴史を背景に、サンディエゴ美術館ではスペイン美術を中心に収集を進めてきました。所蔵品はヨーロッパ、南北アメリカ、アジアと多岐にわたり、その数は約3万2000点に及びます。とくにヨーロッパ古典絵画のコレクションは、1930~40年代にパットナム姉妹ら篤志家の協力によって形成され、イタリア初期ルネサンス絵画やスペイン絵画の充実度が高いことが特徴です。

    入場後、サンディエゴ美術館についてみます。
    カリフォルニア州最南端に位置するサンディエゴは、スペイン人の入植によって築かれた都市である。その歴史を背景に、サンディエゴ美術館ではスペイン美術を中心に収集を進めてきました。所蔵品はヨーロッパ、南北アメリカ、アジアと多岐にわたり、その数は約3万2000点に及びます。とくにヨーロッパ古典絵画のコレクションは、1930~40年代にパットナム姉妹ら篤志家の協力によって形成され、イタリア初期ルネサンス絵画やスペイン絵画の充実度が高いことが特徴です。

  • 第1章 ルネサンス<br />1.ゴシックからルネサンスへ<br />まずは、ジョットです。イコンとかこの辺の作品、大好物です(笑)<br />ジョット「父なる神と天使」1328-35年頃、サンディエゴ美術館<br />ジョットが晩年に制作したバロンチェッリの祭壇画の一部。

    第1章 ルネサンス
    1.ゴシックからルネサンスへ
    まずは、ジョットです。イコンとかこの辺の作品、大好物です(笑)
    ジョット「父なる神と天使」1328-35年頃、サンディエゴ美術館
    ジョットが晩年に制作したバロンチェッリの祭壇画の一部。

  • ルカ・シニョレッリ「聖母戴冠」1508年、サンディエゴ美術館<br />ルカ・シニョレッリは、ルネサンス期のイタリアの画家。コルトーナの出身で、師はピエロ・デラ・フランチェスカであるとされますが、画風は師の理知的で静けさに満ちた作風とは異なり、ダイナミックな線描と正確な人体表現が特色です。ボッティチェリ、ペルジーノらとともに、バチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画装飾に携わっており、当代一流の画家とみなされていたことがわかります。

    ルカ・シニョレッリ「聖母戴冠」1508年、サンディエゴ美術館
    ルカ・シニョレッリは、ルネサンス期のイタリアの画家。コルトーナの出身で、師はピエロ・デラ・フランチェスカであるとされますが、画風は師の理知的で静けさに満ちた作風とは異なり、ダイナミックな線描と正確な人体表現が特色です。ボッティチェリ、ペルジーノらとともに、バチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画装飾に携わっており、当代一流の画家とみなされていたことがわかります。

  • ルカ・シニョレッリ「聖母戴冠」(部分拡大)<br />

    ルカ・シニョレッリ「聖母戴冠」(部分拡大)

  • フラ・アンジェリコ( グイド・ディ・ピエトロ)「聖母子と聖人たち」 1411-13年頃、サンディエゴ美術館

    フラ・アンジェリコ( グイド・ディ・ピエトロ)「聖母子と聖人たち」 1411-13年頃、サンディエゴ美術館

  • ベルナルディーノ・ルイーニ「マグダラのマリアの回心」 1520年頃、サンディエゴ美術館<br />新約聖書の福音書に登場し、イエス・キリストの死と復活を見届けた聖人、マグダラのマリア。西洋美術では、おなじみのモデルです。

    ベルナルディーノ・ルイーニ「マグダラのマリアの回心」 1520年頃、サンディエゴ美術館
    新約聖書の福音書に登場し、イエス・キリストの死と復活を見届けた聖人、マグダラのマリア。西洋美術では、おなじみのモデルです。

  • カルロ・クリヴェッリ「聖母子」1468年頃、サンディエゴ美術館

    カルロ・クリヴェッリ「聖母子」1468年頃、サンディエゴ美術館

  • アンドレア・デル・サルト「聖母子」1516年頃 国立西洋美術館<br />アンドレア・デル・サルトは、ミケランジェロとラファエロがローマに活躍の場を移した後、フィレンツェの盛期ルネサンスを牽引した画家です。その工房からは、次代を担う多くの画家が羽ばたきました。彼の作品は16世紀を通じ、この町の美術に絶大な影響を与えることとなります。  <br />これはサルトの成熟期の作品です。聖母と幼児キリストは身振りによってリズミカルにつながり、幅広い陰影のなかで親密さが醸し出されます。聖母のモデルはおそらく後にサルトの妻となった女性で、ほかの作品にもしばしば登場します。一方、幼児キリストのやや筋肉質な肉体は、同時代の彫刻の表現と共通します。もっとも、表情や巻き毛を描写する際は、実際の子供をモデルにしたことでしょう。

    アンドレア・デル・サルト「聖母子」1516年頃 国立西洋美術館
    アンドレア・デル・サルトは、ミケランジェロとラファエロがローマに活躍の場を移した後、フィレンツェの盛期ルネサンスを牽引した画家です。その工房からは、次代を担う多くの画家が羽ばたきました。彼の作品は16世紀を通じ、この町の美術に絶大な影響を与えることとなります。  
    これはサルトの成熟期の作品です。聖母と幼児キリストは身振りによってリズミカルにつながり、幅広い陰影のなかで親密さが醸し出されます。聖母のモデルはおそらく後にサルトの妻となった女性で、ほかの作品にもしばしば登場します。一方、幼児キリストのやや筋肉質な肉体は、同時代の彫刻の表現と共通します。もっとも、表情や巻き毛を描写する際は、実際の子供をモデルにしたことでしょう。

  • 2.ヴェネツィアの盛期ルネサンス<br />ヴィンチェンツォ・カテーナ(ヴィンチェンツォ・ディ・ビアージョ)「聖家族と聖アンナ」 1520年頃、サンディエゴ美術館

    2.ヴェネツィアの盛期ルネサンス
    ヴィンチェンツォ・カテーナ(ヴィンチェンツォ・ディ・ビアージョ)「聖家族と聖アンナ」 1520年頃、サンディエゴ美術館

  • ヴィンチェンツォ・カテーナ(ヴィンチェンツォ・ディ・ビアージョ)「聖母子と幼い洗礼者聖ヨハネ」 1512-15年頃 国立西洋美術館

    ヴィンチェンツォ・カテーナ(ヴィンチェンツォ・ディ・ビアージョ)「聖母子と幼い洗礼者聖ヨハネ」 1512-15年頃 国立西洋美術館

  • パオロ・ヴェロネーゼ「聖カタリナの神秘の結婚 」1547年頃 国立西洋美術館<br />この作品は、聖女カタリナの神秘の結婚を主題としながら描かれた結婚記念画です。高貴な家柄に生まれたカタリナはキリスト教を信仰するようになり、あるときキリストとの結婚を幻で見たという物語がこの作品の主題です。一方で作品左上の紋章は、ヴェローナの貴族デッラ・トッレ家(紋章の左半分の塔)と、ピンデモンテ家(紋章の右半分の山に松)とが組み合わされていることから、1547年に両家との間に結ばれた結婚を記念して描かれたことが分かります。ヴェロネーゼが生まれ故郷ヴェローナで活躍していた20歳頃の作例としても、またルネサンスの理想の女性像としてのカタリナを主題とした作例としても重要な意味を担っている作品です。

    パオロ・ヴェロネーゼ「聖カタリナの神秘の結婚 」1547年頃 国立西洋美術館
    この作品は、聖女カタリナの神秘の結婚を主題としながら描かれた結婚記念画です。高貴な家柄に生まれたカタリナはキリスト教を信仰するようになり、あるときキリストとの結婚を幻で見たという物語がこの作品の主題です。一方で作品左上の紋章は、ヴェローナの貴族デッラ・トッレ家(紋章の左半分の塔)と、ピンデモンテ家(紋章の右半分の山に松)とが組み合わされていることから、1547年に両家との間に結ばれた結婚を記念して描かれたことが分かります。ヴェロネーゼが生まれ故郷ヴェローナで活躍していた20歳頃の作例としても、またルネサンスの理想の女性像としてのカタリナを主題とした作例としても重要な意味を担っている作品です。

  • パオロ・ヴェロネーゼ「アポロとダフネ」 1560-65年頃 サンディエゴ美術館

    パオロ・ヴェロネーゼ「アポロとダフネ」 1560-65年頃 サンディエゴ美術館

  • ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房 「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」1560-70年頃 国立西洋美術館<br />ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1485/90年~1576年)はイタリア・ルネサンスを代表する画家のひとりです。この作品は、晩年の画家が制作したものです。主題は新約聖書に物語られる、洗礼者聖ヨハネとサロメのエピソードから採られています。ある日サロメは父ヘロデ王の宴会で踊りを披露します。それがあまりに見事だったため、ヘロデは何でも望むものを与えると約束したところ、彼女は憎んでいたヨハネの首を所望しました。絵にはこちらを見下ろしてヨハネの首を差し出すサロメが描かれています。ティツィアーノはその色彩の美しさによって賞賛されましたが、ここでもその美質はいかんなく発揮されています。とりわけサロメの衣服や真珠のネックレス、たすき掛けにされた宝石や左肩の留め金具には目を奪われます。  

    ティツィアーノ・ヴェチェッリオと工房 「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」1560-70年頃 国立西洋美術館
    ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1485/90年~1576年)はイタリア・ルネサンスを代表する画家のひとりです。この作品は、晩年の画家が制作したものです。主題は新約聖書に物語られる、洗礼者聖ヨハネとサロメのエピソードから採られています。ある日サロメは父ヘロデ王の宴会で踊りを披露します。それがあまりに見事だったため、ヘロデは何でも望むものを与えると約束したところ、彼女は憎んでいたヨハネの首を所望しました。絵にはこちらを見下ろしてヨハネの首を差し出すサロメが描かれています。ティツィアーノはその色彩の美しさによって賞賛されましたが、ここでもその美質はいかんなく発揮されています。とりわけサロメの衣服や真珠のネックレス、たすき掛けにされた宝石や左肩の留め金具には目を奪われます。  

  • ジョルジョーネ(ジョルジョ・ダ・カステルフランコ)「男性の肖像」 1506年 サンディエゴ美術館<br />ヴェネツィアにおける盛期ルネサンス絵画の創始者とされるジョルジョーネの傑作「男性の肖像」。「男性の肖像」は、同時代のほかの作品と比べると人物描写のリアリティが一目瞭然。髪の毛のふわふわした感覚まで伝わってくる正確なディテールの描写と柔らかな陰影表現が素晴らしい。本作はほぼ同時期に制作されたレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」とも比較され、「サンディエゴのモナリザ」とも呼ばれる一作です。

    ジョルジョーネ(ジョルジョ・ダ・カステルフランコ)「男性の肖像」 1506年 サンディエゴ美術館
    ヴェネツィアにおける盛期ルネサンス絵画の創始者とされるジョルジョーネの傑作「男性の肖像」。「男性の肖像」は、同時代のほかの作品と比べると人物描写のリアリティが一目瞭然。髪の毛のふわふわした感覚まで伝わってくる正確なディテールの描写と柔らかな陰影表現が素晴らしい。本作はほぼ同時期に制作されたレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」とも比較され、「サンディエゴのモナリザ」とも呼ばれる一作です。

  • ヤコポ・ティントレット「ダヴィデを装った若い男の肖像」1555-60年頃 国立西洋美術館<br />ティントレットは、ヴェネツィアを中心に活躍した画家。若者が手にする剣と背景の人物を見ると、旧約聖書「サムエル記上」に語られるダヴィデとゴリアテの物語であることが分かります。このようにダヴィデに見立てた肖像を描くことによって、剣によって示される力としての強さだけではなく、しっかりと据えられた視線に暗示される、心の強さや正義に対する意志の強さも同時に表そうとしていると考えられます。

    ヤコポ・ティントレット「ダヴィデを装った若い男の肖像」1555-60年頃 国立西洋美術館
    ティントレットは、ヴェネツィアを中心に活躍した画家。若者が手にする剣と背景の人物を見ると、旧約聖書「サムエル記上」に語られるダヴィデとゴリアテの物語であることが分かります。このようにダヴィデに見立てた肖像を描くことによって、剣によって示される力としての強さだけではなく、しっかりと据えられた視線に暗示される、心の強さや正義に対する意志の強さも同時に表そうとしていると考えられます。

  • ヤコポ・ティントレット「老人の肖像」1550年頃 サンディエゴ美術館

    ヤコポ・ティントレット「老人の肖像」1550年頃 サンディエゴ美術館

  • 3.北方ルネサンス<br />バルトロメ・ベルメホ「聖エングラティアの捕縛」 1474-77年 サンディエゴ美術館

    3.北方ルネサンス
    バルトロメ・ベルメホ「聖エングラティアの捕縛」 1474-77年 サンディエゴ美術館

  • 聖ルキア伝の画家「聖ヒエロニムス」15世紀末 国立西洋美術館<br />本作品は、龍と闘う聖ゲオルギウスの場面(左上にその一部が見えている)が切断されていることが明らかなように、当初の画面の約3分の2に当たります。

    聖ルキア伝の画家「聖ヒエロニムス」15世紀末 国立西洋美術館
    本作品は、龍と闘う聖ゲオルギウスの場面(左上にその一部が見えている)が切断されていることが明らかなように、当初の画面の約3分の2に当たります。

  • ディーリック・バウツ(派) 「悲しみの聖母 」「荊冠のキリスト」1415年頃 - 1475年 国立西洋美術館

    ディーリック・バウツ(派) 「悲しみの聖母 」「荊冠のキリスト」1415年頃 - 1475年 国立西洋美術館

  • フランクフルトの画家「アレクサンドリアの聖カタリナの神秘の結婚」 1500-10年頃 サンディエゴ美術館

    フランクフルトの画家「アレクサンドリアの聖カタリナの神秘の結婚」 1500-10年頃 サンディエゴ美術館

  • アドリアーン・イーゼンブラント「聖母子と天使」 1510-20年頃 サンディエゴ美術館

    アドリアーン・イーゼンブラント「聖母子と天使」 1510-20年頃 サンディエゴ美術館

  • アドリアーン・イーゼンブラントに帰属 「玉座の聖母子」1510年 - 1551年 国立西洋美術館

    アドリアーン・イーゼンブラントに帰属 「玉座の聖母子」1510年 - 1551年 国立西洋美術館

  • ヨース・ファン・クレーフェ 「三連祭壇画:キリスト磔刑」16世紀前半 国立西洋美術館<br />クレーフェ後期の作品と推定される三連祭壇画。<br /><br />

    ヨース・ファン・クレーフェ 「三連祭壇画:キリスト磔刑」16世紀前半 国立西洋美術館
    クレーフェ後期の作品と推定される三連祭壇画。

  • ヒエロニムス・ボス(の工房)「キリストの捕縛」1515年頃 サンディエゴ美術館<br />ボスらしい不気味な人物たちですね<br />

    ヒエロニムス・ボス(の工房)「キリストの捕縛」1515年頃 サンディエゴ美術館
    ボスらしい不気味な人物たちですね

  • 第2章 バロック<br />1. スペイン<br />フアン・サンチェス・コターン「マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物」1602年頃、サンディエゴ美術館<br />17世紀初頭、スペインでは「ボデゴン」と呼ばれる静物画のジャンルが花開きました。サンチェス・コターンはこの「ボデゴン」の始祖とされる画家ですが、早くして僧籍に入ったため、静物画は6点しか現存しません。そのなかでも最良の作とされるのが、今回来日したこの作品です。スペインの台所にあった典型的な素材を描いた作品ですが、抑制の効いた構図や、右下のきゅうりの影は伸びているのに、吊り下げられたマルメロやキャベツの影が見当たらないといった画家の意図的な演出が本作を特別なものにしています。

    第2章 バロック
    1. スペイン
    フアン・サンチェス・コターン「マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物」1602年頃、サンディエゴ美術館
    17世紀初頭、スペインでは「ボデゴン」と呼ばれる静物画のジャンルが花開きました。サンチェス・コターンはこの「ボデゴン」の始祖とされる画家ですが、早くして僧籍に入ったため、静物画は6点しか現存しません。そのなかでも最良の作とされるのが、今回来日したこの作品です。スペインの台所にあった典型的な素材を描いた作品ですが、抑制の効いた構図や、右下のきゅうりの影は伸びているのに、吊り下げられたマルメロやキャベツの影が見当たらないといった画家の意図的な演出が本作を特別なものにしています。

  • フアン・バン・デル・アメン「果物籠と猟鳥のある静物 」1621年頃 国立西洋美術館<br />17世紀スペイン静物画の隆盛に寄与した画家フアン・バン・デル・アメンの初期代表作。

    フアン・バン・デル・アメン「果物籠と猟鳥のある静物 」1621年頃 国立西洋美術館
    17世紀スペイン静物画の隆盛に寄与した画家フアン・バン・デル・アメンの初期代表作。

  • フランシスコ・デ・スルバラン「神の仔羊」1635-40年頃、サンディエゴ美術館<br />「神の仔羊」は「神聖なるボデゴン」と呼ばれる静物画の名作。光輪を冠した仔羊が祭壇のような石台に載せられ、犠牲に捧げられる時を待っています。

    イチオシ

    フランシスコ・デ・スルバラン「神の仔羊」1635-40年頃、サンディエゴ美術館
    「神の仔羊」は「神聖なるボデゴン」と呼ばれる静物画の名作。光輪を冠した仔羊が祭壇のような石台に載せられ、犠牲に捧げられる時を待っています。

  • エル・グレコ「悔悛する聖ペテロ」 1590-95年頃、サンディエゴ美術館<br />スペイン絵画の巨匠エル・グレコの作品

    イチオシ

    エル・グレコ「悔悛する聖ペテロ」 1590-95年頃、サンディエゴ美術館
    スペイン絵画の巨匠エル・グレコの作品

  • エル・グレコ「十字架のキリスト」1610-14年頃 国立西洋美術館<br />揺らめく炎のように引き伸ばされた人体、荒々しい筆致、超自然的な色彩などにエル・グレコ晩年の様式を伝える作品です。彼は後半生をスペインのトレドで過ごし制作しましたが、ギリシャのクレタ島で生まれイコン画家として活躍、その後ヴェネツィアでティツィアーノやヤコポ・バッサーノの影響下に西欧絵画の技法を習得、まず細密画家として評判を得ました。彼のヴェネツィア滞在は、ヤコポの息子レアンドロ・バッサーノがヴェネツィア近郊バッサーノの父の工房で修業を始めたであろう時期と重なります。

    エル・グレコ「十字架のキリスト」1610-14年頃 国立西洋美術館
    揺らめく炎のように引き伸ばされた人体、荒々しい筆致、超自然的な色彩などにエル・グレコ晩年の様式を伝える作品です。彼は後半生をスペインのトレドで過ごし制作しましたが、ギリシャのクレタ島で生まれイコン画家として活躍、その後ヴェネツィアでティツィアーノやヤコポ・バッサーノの影響下に西欧絵画の技法を習得、まず細密画家として評判を得ました。彼のヴェネツィア滞在は、ヤコポの息子レアンドロ・バッサーノがヴェネツィア近郊バッサーノの父の工房で修業を始めたであろう時期と重なります。

  • エル・グレコ「十字架のキリスト」(部分拡大)<br />エル・グレコのこうした晩年の境地は、一見したところイコン画ともはや何の関係もないように見えます。しかし近年の研究では、エル・グレコの非写実性は、イコン画を生んだビザンチン美術の造形に深く根ざしたものであると論じられています。事実、細長い人体や書割のような風景表現などは、15世紀後半のクレタ島で活躍したリッツォスのイコン画にも共通する要素です。

    エル・グレコ「十字架のキリスト」(部分拡大)
    エル・グレコのこうした晩年の境地は、一見したところイコン画ともはや何の関係もないように見えます。しかし近年の研究では、エル・グレコの非写実性は、イコン画を生んだビザンチン美術の造形に深く根ざしたものであると論じられています。事実、細長い人体や書割のような風景表現などは、15世紀後半のクレタ島で活躍したリッツォスのイコン画にも共通する要素です。

  • ペドロ・デ・オレンテ「聖母被昇天」1620-1625年頃 国立西洋美術館<br />地上での生涯を終えた聖母マリアが霊魂と肉体とともに天国に上げられる場面を描きます。空の墓の周りには驚きを隠せない12使徒が配されます。作者のオレンテは、17世紀初頭にヴェネツィアでレアンドロ・バッサーノに学んだスペイン人画家で、その後トレドに戻りこれを描きました。色彩にはやはりヴェネツィアで学んだエル・グレコの影響が明らかですが、マリアの肉体の量感や、粗野で武骨な使徒たちの風貌に、当時勃興しつつあった新たな自然主義絵画に対する強い関心が表れています。

    ペドロ・デ・オレンテ「聖母被昇天」1620-1625年頃 国立西洋美術館
    地上での生涯を終えた聖母マリアが霊魂と肉体とともに天国に上げられる場面を描きます。空の墓の周りには驚きを隠せない12使徒が配されます。作者のオレンテは、17世紀初頭にヴェネツィアでレアンドロ・バッサーノに学んだスペイン人画家で、その後トレドに戻りこれを描きました。色彩にはやはりヴェネツィアで学んだエル・グレコの影響が明らかですが、マリアの肉体の量感や、粗野で武骨な使徒たちの風貌に、当時勃興しつつあった新たな自然主義絵画に対する強い関心が表れています。

  • フアン・サンチェス・コターン「聖セバスティアヌス」1603年頃、サンディエゴ美術館

    フアン・サンチェス・コターン「聖セバスティアヌス」1603年頃、サンディエゴ美術館

  • フアン・デ・メサ「幼児キリストの勝利」1620年頃、サンディエゴ美術館<br />勝利のVサイン?<br />

    フアン・デ・メサ「幼児キリストの勝利」1620年頃、サンディエゴ美術館
    勝利のVサイン?

  • フアン・デ・メサ「幼児キリストの勝利」(後方から)<br />

    フアン・デ・メサ「幼児キリストの勝利」(後方から)

  • ペドロ・デ・メナ「アルカラの聖ディエゴ」 1665-70年、サンディエゴ美術館

    ペドロ・デ・メナ「アルカラの聖ディエゴ」 1665-70年、サンディエゴ美術館

  • ペドロ・デ・メナ「アルカラの聖ディエゴ」(横から)<br />

    ペドロ・デ・メナ「アルカラの聖ディエゴ」(横から)

  • フランシスコ・デ・スルバラン「聖ドミニクス」1626-27年 国立西洋美術館<br />ドミニコ会修道院の創設者で13世紀初めの聖人ドミニクスの肖像です。脇の犬は松明を咥えており、その端に火が灯っていることは、聖人の背後に仄かな光の広がることから確認できます。本作は、17世紀スペイン絵画を代表する画家のひとりであるスルバランが27歳の頃、セビーリャのサン・パブロ・エル・レアル修道院のために描いたと考えられます。画面の左右と下辺には後代の手によりカンヴァスが追加されていますが、漆黒の背景から静かに人物が浮かび上がる、瞑想性に満ちた雰囲気は、「修道僧の画家」とも呼ばれるこの画家の真骨頂を示しています。

    フランシスコ・デ・スルバラン「聖ドミニクス」1626-27年 国立西洋美術館
    ドミニコ会修道院の創設者で13世紀初めの聖人ドミニクスの肖像です。脇の犬は松明を咥えており、その端に火が灯っていることは、聖人の背後に仄かな光の広がることから確認できます。本作は、17世紀スペイン絵画を代表する画家のひとりであるスルバランが27歳の頃、セビーリャのサン・パブロ・エル・レアル修道院のために描いたと考えられます。画面の左右と下辺には後代の手によりカンヴァスが追加されていますが、漆黒の背景から静かに人物が浮かび上がる、瞑想性に満ちた雰囲気は、「修道僧の画家」とも呼ばれるこの画家の真骨頂を示しています。

  • フランシスコ・デ・スルバラン「聖ヒエロニムス」 1640-45年頃、サンディエゴ美術館<br />フランシスコ・デ・スルバランの作品が続きます。

    フランシスコ・デ・スルバラン「聖ヒエロニムス」 1640-45年頃、サンディエゴ美術館
    フランシスコ・デ・スルバランの作品が続きます。

  • フランシスコ・デ・スルバラン「洞窟で祈る聖フランチェスコ」 1658年頃、サンディエゴ美術館

    フランシスコ・デ・スルバラン「洞窟で祈る聖フランチェスコ」 1658年頃、サンディエゴ美術館

  • フランシスコ・デ・スルバラン「聖母子と聖ヨハネ」 1658年、サンディエゴ美術館<br />晩年の代表作である《聖母子と聖ヨハネ》には、それまでの徹底的なリアリズムが消え、甘美な情緒があふれている。じゃれあう子供たちを見守る聖母マリアの穏やかな表情が印象的です。

    フランシスコ・デ・スルバラン「聖母子と聖ヨハネ」 1658年、サンディエゴ美術館
    晩年の代表作である《聖母子と聖ヨハネ》には、それまでの徹底的なリアリズムが消え、甘美な情緒があふれている。じゃれあう子供たちを見守る聖母マリアの穏やかな表情が印象的です。

  • バルトロメ・エステバン・ムリーリョ「悔悛するマグダラのマリア」1660-65年頃、サンディエゴ美術館

    バルトロメ・エステバン・ムリーリョ「悔悛するマグダラのマリア」1660-65年頃、サンディエゴ美術館

  • バルトロメ・エステバン・ムリーリョ「聖フスタと聖ルフィーナ」1665-66年頃 国立西洋美術館<br />1665-66年頃ムリーリョは、セビーリャのカプチン修道会の聖堂のために祭壇画「ポルティウンクラの全贖宥」(ケルン、ヴァルラフ・リヒアルツ美術館)をはじめとする一連の大作を描いていますが、この小品はその中の「聖フスタと聖ルフィーナ」(セビーリャ美術館)のための油彩スケッチ。

    バルトロメ・エステバン・ムリーリョ「聖フスタと聖ルフィーナ」1665-66年頃 国立西洋美術館
    1665-66年頃ムリーリョは、セビーリャのカプチン修道会の聖堂のために祭壇画「ポルティウンクラの全贖宥」(ケルン、ヴァルラフ・リヒアルツ美術館)をはじめとする一連の大作を描いていますが、この小品はその中の「聖フスタと聖ルフィーナ」(セビーリャ美術館)のための油彩スケッチ。

  • 2.イタリア、フランス<br />バルトロメオ・マンフレーディ 「キリスト捕縛」1613-15年頃 国立西洋美術館<br />キリストを裏切ったユダが、兵士たちを伴い、誰がキリストなのかを示すため彼に接吻しようとする場面が描かれています。

    2.イタリア、フランス
    バルトロメオ・マンフレーディ 「キリスト捕縛」1613-15年頃 国立西洋美術館
    キリストを裏切ったユダが、兵士たちを伴い、誰がキリストなのかを示すため彼に接吻しようとする場面が描かれています。

  • ジュゼペ・デ・リベーラ「スザンナと長老たち」 1615年頃、サンディエゴ美術館<br />バロック美術を代表するカラヴァッジョ没後の1610年代から1630年頃にかけて、劇的な明暗法のもと、対象を写実主義的に描き出そうとするその画風を模倣することが、ローマをはじめナポリ、ユトレヒトなどで流行しました。

    ジュゼペ・デ・リベーラ「スザンナと長老たち」 1615年頃、サンディエゴ美術館
    バロック美術を代表するカラヴァッジョ没後の1610年代から1630年頃にかけて、劇的な明暗法のもと、対象を写実主義的に描き出そうとするその画風を模倣することが、ローマをはじめナポリ、ユトレヒトなどで流行しました。

  • ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ「悔悛するマグダラのマリア」 1620年頃、サンディエゴ美術館

    ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ「悔悛するマグダラのマリア」 1620年頃、サンディエゴ美術館

  • シモン・ヴーエに帰属「アレクサンドリアの聖カタリナ」1627年以前 国立西洋美術館<br />伝承によると、聖女カタリナは地中海に浮かぶキプロス島の王の娘で夢の中でキリストと婚約。ローマ皇帝に捕まり拷問の末に殺されています。

    シモン・ヴーエに帰属「アレクサンドリアの聖カタリナ」1627年以前 国立西洋美術館
    伝承によると、聖女カタリナは地中海に浮かぶキプロス島の王の娘で夢の中でキリストと婚約。ローマ皇帝に捕まり拷問の末に殺されています。

  • シモン・ヴーエ「トロイアから逃れるアエネアスとその父」 1635年頃、サンディエゴ美術館<br />画面手前の浅い空間に、正面を向いた人物の半身像を写実的に描く手法は、ヴーエがローマで学んだカラヴァッジョの画風を彷彿とさせます。

    シモン・ヴーエ「トロイアから逃れるアエネアスとその父」 1635年頃、サンディエゴ美術館
    画面手前の浅い空間に、正面を向いた人物の半身像を写実的に描く手法は、ヴーエがローマで学んだカラヴァッジョの画風を彷彿とさせます。

  • ジュゼペ・デ・リベーラ「聖バルトロマイ」 1632年頃、サンディエゴ美術館

    ジュゼペ・デ・リベーラ「聖バルトロマイ」 1632年頃、サンディエゴ美術館

  • ジュゼペ・デ・リベーラ「哲学者クラテース」1636年 国立西洋美術館<br />リベーラはスペイン人ながらイタリアのナポリで活躍した画家で、カトリック聖人の劇的な殉教図や、「乞食哲学者」と称される一連の古代哲学者像に歴史上重要な功績を残しています。

    ジュゼペ・デ・リベーラ「哲学者クラテース」1636年 国立西洋美術館
    リベーラはスペイン人ながらイタリアのナポリで活躍した画家で、カトリック聖人の劇的な殉教図や、「乞食哲学者」と称される一連の古代哲学者像に歴史上重要な功績を残しています。

  • アントニオ・デ・ベリス「ゴリアテの首を持つダヴィデ」 1642-43年頃、サンディエゴ美術館

    アントニオ・デ・ベリス「ゴリアテの首を持つダヴィデ」 1642-43年頃、サンディエゴ美術館

  • グエルチーノ「ゴリアテの首を持つダヴィデ」1650年頃 国立西洋美術館<br />2015年、ここ国立西洋美術館で「グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家」が開催されました。<br />イタリア・バロック美術を代表する画家の日本が(アジアでも)所有する唯一の作品で彼の傑作。

    グエルチーノ「ゴリアテの首を持つダヴィデ」1650年頃 国立西洋美術館
    2015年、ここ国立西洋美術館で「グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家」が開催されました。
    イタリア・バロック美術を代表する画家の日本が(アジアでも)所有する唯一の作品で彼の傑作。

  • 3. フランドル、オランダ<br />ペーテル・パウル・ルーベンス「眠る二人の子ども」1612-13年頃、国立西洋美術館<br />あどけない寝顔を見せるこの子供たちは、ルーベンスの兄の子、クララ(右)とフィリップ(左)と考えられます。

    3. フランドル、オランダ
    ペーテル・パウル・ルーベンス「眠る二人の子ども」1612-13年頃、国立西洋美術館
    あどけない寝顔を見せるこの子供たちは、ルーベンスの兄の子、クララ(右)とフィリップ(左)と考えられます。

  • ペーテル・パウル・ルーベンス「永遠(教皇権の継承)の寓意」1622-25年、サンディエゴ美術館<br />ルーベンスの絵が続きます<br />

    ペーテル・パウル・ルーベンス「永遠(教皇権の継承)の寓意」1622-25年、サンディエゴ美術館
    ルーベンスの絵が続きます

  • ペーテル・パウル・ルーベンス「豊穣 」1630年頃 国立西洋美術館<br />日本ではアニメ「フランダースの犬」最終回で有名なルーベンスの作品も<br />国立西洋美術館では2点収蔵されています。

    ペーテル・パウル・ルーベンス「豊穣 」1630年頃 国立西洋美術館
    日本ではアニメ「フランダースの犬」最終回で有名なルーベンスの作品も
    国立西洋美術館では2点収蔵されています。

  • ヤーコプ・ヨルダーンスに帰属「ソドムを去るロトとその家族(ルーベンスの構図に基づく)」1593年 - 1678年 国立西洋美術館<br />本作は現在のところ、衣服などの色調から、ルーベンスと並んで17世紀前半のアントウェルペンを代表する画家であったヤーコプ・ヨルダーンスが、ルーベンスの原画をもとに描いたものと推定されています。

    ヤーコプ・ヨルダーンスに帰属「ソドムを去るロトとその家族(ルーベンスの構図に基づく)」1593年 - 1678年 国立西洋美術館
    本作は現在のところ、衣服などの色調から、ルーベンスと並んで17世紀前半のアントウェルペンを代表する画家であったヤーコプ・ヨルダーンスが、ルーベンスの原画をもとに描いたものと推定されています。

  • ペーテル・パウル・ルーベンスと工房「聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者ヨハネ」 1625年頃、サンディエゴ美術館

    ペーテル・パウル・ルーベンスと工房「聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者ヨハネ」 1625年頃、サンディエゴ美術館

  • ダニエル・セーヘルス(17世紀前半)「花環の中の聖母子 」 1620?25年頃 国立西洋美術館<br />本作品は、花をダニエル・セーへルスが、聖母子をコルネリス・スフートが描いたものです。

    ダニエル・セーヘルス(17世紀前半)「花環の中の聖母子 」 1620?25年頃 国立西洋美術館
    本作品は、花をダニエル・セーへルスが、聖母子をコルネリス・スフートが描いたものです。

  • ダニエル・セーヘルス、エラスムス・クエリヌス「花環の中の聖家族」 1625-27年、サンディエゴ美術館<br />特に、花を主題とした作品が数多く制作されたネーデルラント、とりわけカトリックの影響が強かったフランドル地方では、聖人や聖書の場面などを描いた絵画を、色とりどりの花々で装飾的に囲んだ「花環図」が人気を博しました。

    ダニエル・セーヘルス、エラスムス・クエリヌス「花環の中の聖家族」 1625-27年、サンディエゴ美術館
    特に、花を主題とした作品が数多く制作されたネーデルラント、とりわけカトリックの影響が強かったフランドル地方では、聖人や聖書の場面などを描いた絵画を、色とりどりの花々で装飾的に囲んだ「花環図」が人気を博しました。

  • ヘーラルト・ダウ「シャボン玉を吹く少年と静物」1635-36年頃 国立西洋美術館<br />画面に描かれたシャボン玉、髑髏、砂時計、羽飾り付きの帽子、瓢箪などから、本作品はいわゆる「ヴァニタス」画です。ただし、通常の「ヴァニタス」画とはやや異なって、シャボン玉を吹く少年は翼を具えた天使として描かれており、ここには何らかの宗教的意味合いも重ねられているように思われます。

    ヘーラルト・ダウ「シャボン玉を吹く少年と静物」1635-36年頃 国立西洋美術館
    画面に描かれたシャボン玉、髑髏、砂時計、羽飾り付きの帽子、瓢箪などから、本作品はいわゆる「ヴァニタス」画です。ただし、通常の「ヴァニタス」画とはやや異なって、シャボン玉を吹く少年は翼を具えた天使として描かれており、ここには何らかの宗教的意味合いも重ねられているように思われます。

  • コルネリス・デ・ヘーム「果物籠のある静物」1654年頃 国立西洋美術館<br />コルネリス・ド・へームは17世紀ネーデルラントを代表する高名な静物画家ヤン・ダフィッツゾーン・ド・へームの息子。

    コルネリス・デ・ヘーム「果物籠のある静物」1654年頃 国立西洋美術館
    コルネリス・ド・へームは17世紀ネーデルラントを代表する高名な静物画家ヤン・ダフィッツゾーン・ド・へームの息子。

  • ラーヘル・ライス「花卉」1689年、サンディエゴ美術館<br />17世紀、北部ネーデルラント(オランダ)では、静物画が隆盛を極めました。<br />これは、貿易で財を成したプロテスタントの新興市民階級が、彼らの嗜好に合致する世俗的な画題を求めたためです。

    ラーヘル・ライス「花卉」1689年、サンディエゴ美術館
    17世紀、北部ネーデルラント(オランダ)では、静物画が隆盛を極めました。
    これは、貿易で財を成したプロテスタントの新興市民階級が、彼らの嗜好に合致する世俗的な画題を求めたためです。

  • 混んではいますが、ゆっくり見れないほどではありません。写真を撮る余裕もあります。

    混んではいますが、ゆっくり見れないほどではありません。写真を撮る余裕もあります。

  • フランス・ハルス「イサーク・アブラハムスゾーン・マッサの肖像」1635年頃、サンディエゴ美術館

    フランス・ハルス「イサーク・アブラハムスゾーン・マッサの肖像」1635年頃、サンディエゴ美術館

  • ニコラース・マース「少女の肖像」 1664年頃、サンディエゴ美術館<br />17世紀のオランダは、新興の富裕な商人層が主導権を握る自治共和国として栄えました。この都市商人たちが芸術のパトロンとなり、自身を華やかに描いた肖像画や、市民の日常を描いた風俗画が数多く制作されました。

    イチオシ

    ニコラース・マース「少女の肖像」 1664年頃、サンディエゴ美術館
    17世紀のオランダは、新興の富裕な商人層が主導権を握る自治共和国として栄えました。この都市商人たちが芸術のパトロンとなり、自身を華やかに描いた肖像画や、市民の日常を描いた風俗画が数多く制作されました。

  • ヤーコプ・ファン・ロイスダール「滝のある森の風景」 1660年頃、サンディエゴ美術館<br />ヤーコプ・ファン・ロイスダールは17世紀のオランダが生んだ最も優れた風景画家の一人であり、その初期作品においては好んで故郷のハールレム近郊の砂地の森を採り上げています。

    ヤーコプ・ファン・ロイスダール「滝のある森の風景」 1660年頃、サンディエゴ美術館
    ヤーコプ・ファン・ロイスダールは17世紀のオランダが生んだ最も優れた風景画家の一人であり、その初期作品においては好んで故郷のハールレム近郊の砂地の森を採り上げています。

  • ヤーコプ・ファン・ロイスダール「樫の森の道」国立西洋美術館

    ヤーコプ・ファン・ロイスダール「樫の森の道」国立西洋美術館

  • 第3章 18世紀<br />ベルナルド・ベロット「ヴェネツィア、サン・マルコ湾から望むモーロ岸壁」 1740年頃、サンディエゴ美術館

    第3章 18世紀
    ベルナルド・ベロット「ヴェネツィア、サン・マルコ湾から望むモーロ岸壁」 1740年頃、サンディエゴ美術館

  • フランチェスコ・グアルディ「南側から望むカナル・グランデとリアルト橋」 1775年頃、サンディエゴ美術館

    フランチェスコ・グアルディ「南側から望むカナル・グランデとリアルト橋」 1775年頃、サンディエゴ美術館

  • ジョヴァンニ・パオロ・パニーニ 「古代建築と彫刻のカプリッチョ」1745-50年頃 国立西洋美術館<br />パニーニは1691年にピアチェンツァで生まれ、20歳でローマに移り、1718年頃からローマの画家アカデミーで幾何学遠近法の教鞭をとりました。彼の作品は、派手な遠近法を駆使しながら、そこに優美な人物像を配置したローマの都市景観図や古代遺跡の景観を取り入れたカプリッチョ(現実と空想が融合した風景画)、さらには祝祭記念画などを特徴として、フランス王室やスペイン王室をはじめとして、ヨーロッパ各国で人気を博しました。またパニーニは1754年にローマの画家アカデミーの第58代総裁に推挙され、その翌年にはローマのフランス・アカデミーの総裁にも推挙された、18世紀半ばのローマで極めて重 要な役割を果たした画家です。ピラネージとも親交の深かったパニーニは、17世紀以来の古代遺跡や文物をモチーフとした景観画のジャンルを最も成熟させた画家で、ユベール・ロベールもローマ滞在の折に彼の薫陶を受けた画家のひとりです。 この作品は、北ウェールズの初代ペンライン男爵のコレクションに1860年頃に入った後、ペンライン男爵、ダグラス=ペナント家が代々所蔵していた由緒ある作品です。作品そのものはパニーニが最も精力的に活動をしていた1745年から50年頃にかけて制作されたものと考えられ、いわゆるカプリッチョながら非常に独創的な構図と内容となっています。画面中央には「ファルネーゼのヘラクレス」として知られるヘラクレス像、その奥には現在ルーヴル美術館に所蔵される《通称キンキンナートゥス像》、画面中央奥には《聖コンスタンツァの石棺》、画面右奥には《ヤヌス・クワドリフロンス門》などの古代遺跡や彫像が描かれています。一方でヘラクレス像に向かって何かを話しかけている中央の白いトガを着た人物は哲学者ディオゲネスで、ヘラクレス像相手に物乞いをして、周囲の兵士に冷やかされている場面を表わしています。

    ジョヴァンニ・パオロ・パニーニ 「古代建築と彫刻のカプリッチョ」1745-50年頃 国立西洋美術館
    パニーニは1691年にピアチェンツァで生まれ、20歳でローマに移り、1718年頃からローマの画家アカデミーで幾何学遠近法の教鞭をとりました。彼の作品は、派手な遠近法を駆使しながら、そこに優美な人物像を配置したローマの都市景観図や古代遺跡の景観を取り入れたカプリッチョ(現実と空想が融合した風景画)、さらには祝祭記念画などを特徴として、フランス王室やスペイン王室をはじめとして、ヨーロッパ各国で人気を博しました。またパニーニは1754年にローマの画家アカデミーの第58代総裁に推挙され、その翌年にはローマのフランス・アカデミーの総裁にも推挙された、18世紀半ばのローマで極めて重 要な役割を果たした画家です。ピラネージとも親交の深かったパニーニは、17世紀以来の古代遺跡や文物をモチーフとした景観画のジャンルを最も成熟させた画家で、ユベール・ロベールもローマ滞在の折に彼の薫陶を受けた画家のひとりです。 この作品は、北ウェールズの初代ペンライン男爵のコレクションに1860年頃に入った後、ペンライン男爵、ダグラス=ペナント家が代々所蔵していた由緒ある作品です。作品そのものはパニーニが最も精力的に活動をしていた1745年から50年頃にかけて制作されたものと考えられ、いわゆるカプリッチョながら非常に独創的な構図と内容となっています。画面中央には「ファルネーゼのヘラクレス」として知られるヘラクレス像、その奥には現在ルーヴル美術館に所蔵される《通称キンキンナートゥス像》、画面中央奥には《聖コンスタンツァの石棺》、画面右奥には《ヤヌス・クワドリフロンス門》などの古代遺跡や彫像が描かれています。一方でヘラクレス像に向かって何かを話しかけている中央の白いトガを着た人物は哲学者ディオゲネスで、ヘラクレス像相手に物乞いをして、周囲の兵士に冷やかされている場面を表わしています。

  • イギリスの上流階級の若者がイタリアを訪れ、ヨーロッパ文明の源流体験をする教育的な周遊旅行グランド・ツアー(大旅行)は、美術制作に大きな影響を与えました。

    イギリスの上流階級の若者がイタリアを訪れ、ヨーロッパ文明の源流体験をする教育的な周遊旅行グランド・ツアー(大旅行)は、美術制作に大きな影響を与えました。

  • ユベール・ロベール「モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観」1786年 国立西洋美術館<br />この一対をなす作品は、イタリアから帰国後、ロベールの筆致が最も円熟した時期に制作されたものです。彼の数多くの風景画に見られるように、この《ローマのファンタジー》においても、例えば、カンピドリオ広場にあるマルクス・アウレリウス帝騎馬像やトラヤヌス帝記念柱など、実際には別々の場所にある古代の有名な作品が、一画面上に複合構成されています。 ロベールは1782年および91年にロシアの女帝エカテリーナから招きを受けるほど、当時のロシアでも高く評価されていましたが、ロシアには赴かず、その代わりに数多くの作品を同地に送りました。

    ユベール・ロベール「モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観」1786年 国立西洋美術館
    この一対をなす作品は、イタリアから帰国後、ロベールの筆致が最も円熟した時期に制作されたものです。彼の数多くの風景画に見られるように、この《ローマのファンタジー》においても、例えば、カンピドリオ広場にあるマルクス・アウレリウス帝騎馬像やトラヤヌス帝記念柱など、実際には別々の場所にある古代の有名な作品が、一画面上に複合構成されています。 ロベールは1782年および91年にロシアの女帝エカテリーナから招きを受けるほど、当時のロシアでも高く評価されていましたが、ロシアには赴かず、その代わりに数多くの作品を同地に送りました。

  • ユベール・ロベール「マルクス・アウレリウス騎馬像、トラヤヌス記念柱、神殿の見える空想のローマ景観 」1786年 国立西洋美術館<br />「廃墟のロベール」と呼ばれたこのフランス人画家は、イタリアの古代遺跡や名勝をモチーフとした数々の奇想の風景によって歴史に名を残しています。ここに見る二点の作品[もう1点は《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》(P.1977-0002)を指す]は、イタリアから帰国後、ロベールの活動が最も充実した時期に制作された対作で、右の作品[本作品]の水盤の縁に署名と1786年の年記が認められます。彼の数多くの風景画と同様、ローマ市内に実在するモニュメントを自由に選択して複合構成した、空想の眺めとなっています。例えば、右の作品[本作品]にはマルクス・アウレリウス帝騎馬像やトラヤヌス帝記念柱が、左の作品[《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》]にはカンピドリオ広場とコンセルヴァトーリ宮が描かれています。

    ユベール・ロベール「マルクス・アウレリウス騎馬像、トラヤヌス記念柱、神殿の見える空想のローマ景観 」1786年 国立西洋美術館
    「廃墟のロベール」と呼ばれたこのフランス人画家は、イタリアの古代遺跡や名勝をモチーフとした数々の奇想の風景によって歴史に名を残しています。ここに見る二点の作品[もう1点は《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》(P.1977-0002)を指す]は、イタリアから帰国後、ロベールの活動が最も充実した時期に制作された対作で、右の作品[本作品]の水盤の縁に署名と1786年の年記が認められます。彼の数多くの風景画と同様、ローマ市内に実在するモニュメントを自由に選択して複合構成した、空想の眺めとなっています。例えば、右の作品[本作品]にはマルクス・アウレリウス帝騎馬像やトラヤヌス帝記念柱が、左の作品[《モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観》]にはカンピドリオ広場とコンセルヴァトーリ宮が描かれています。

  • ニコラ・ランクレ「眠る羊飼女」1730年頃 国立西洋美術館<br />ランクレは、同時代人ヴァトーと同じく、雅宴画や田園の中での人物の描写を得意としました。この作品は、ルイXV世治下の財務長官兼公安長官であったジャン・ブーロンニュによって、パリのヴァンドーム広場に面していた彼の館のサロンの装飾として、やはりランクレの手になる他の8点の作品(現在、パリの装飾美術館など各地に分蔵される)と共に注文されたものです。サロンの中で、この作品は、中央の暖炉および鏡の上を飾っていたことが知られます。主題的に見ると、そのサロンを飾っていた9点の作品のうち、この作品をも含めた4点の作品はいずれも、田園風景の中で戯れる一組の男女の姿を描き出しています。この作品の主題は、ランクレの他の作品にもしばしば見られるものですが、人物の姿、服装は理想化、貴族化されています。

    ニコラ・ランクレ「眠る羊飼女」1730年頃 国立西洋美術館
    ランクレは、同時代人ヴァトーと同じく、雅宴画や田園の中での人物の描写を得意としました。この作品は、ルイXV世治下の財務長官兼公安長官であったジャン・ブーロンニュによって、パリのヴァンドーム広場に面していた彼の館のサロンの装飾として、やはりランクレの手になる他の8点の作品(現在、パリの装飾美術館など各地に分蔵される)と共に注文されたものです。サロンの中で、この作品は、中央の暖炉および鏡の上を飾っていたことが知られます。主題的に見ると、そのサロンを飾っていた9点の作品のうち、この作品をも含めた4点の作品はいずれも、田園風景の中で戯れる一組の男女の姿を描き出しています。この作品の主題は、ランクレの他の作品にもしばしば見られるものですが、人物の姿、服装は理想化、貴族化されています。

  • ジャン=バティスト・パテル「野営(兵士の休息)」 国立西洋美術館<br />ロココ美術の花開いた18世紀フランスでは、貴族や市民の日常生活を題材にした、優美で理想化された風俗画が流行しました。

    ジャン=バティスト・パテル「野営(兵士の休息)」 国立西洋美術館
    ロココ美術の花開いた18世紀フランスでは、貴族や市民の日常生活を題材にした、優美で理想化された風俗画が流行しました。

  • ピエトロ・ロンギ「不謹慎な殿方」1740年頃 国立西洋美術館<br />ピエトロ・ロンギは、ヴェネツィアの18世紀という、あまり刺激的ではない世界での生活の一場面を主に描いた画家です。

    ピエトロ・ロンギ「不謹慎な殿方」1740年頃 国立西洋美術館
    ピエトロ・ロンギは、ヴェネツィアの18世紀という、あまり刺激的ではない世界での生活の一場面を主に描いた画家です。

  • ジュゼッペ・デ・ゴッビス「賭博場」 1760年頃、サンディエゴ美術館

    ジュゼッペ・デ・ゴッビス「賭博場」 1760年頃、サンディエゴ美術館

  • ポンペオ・ジローラモ・バトーニ「ポティエ・ド・ジェヴル枢機卿エティエンヌ=ルネ」1758年、サンディエゴ美術館<br />18世紀後半から19世紀初頭のローマでは、肖像画においても新古典主義の影響が見られるようになりました。

    ポンペオ・ジローラモ・バトーニ「ポティエ・ド・ジェヴル枢機卿エティエンヌ=ルネ」1758年、サンディエゴ美術館
    18世紀後半から19世紀初頭のローマでは、肖像画においても新古典主義の影響が見られるようになりました。

  • アントン・ラファエル・メングス「スペイン王太子ルイス・デ・ボルボンの肖像」1768年、サンディエゴ美術館<br /><br />

    アントン・ラファエル・メングス「スペイン王太子ルイス・デ・ボルボンの肖像」1768年、サンディエゴ美術館

  • アントニオ・カノーヴァと工房「踊り子の頭部」1820年、サンディエゴ美術館

    アントニオ・カノーヴァと工房「踊り子の頭部」1820年、サンディエゴ美術館

  • アントニオ・カノーヴァと工房「踊り子の頭部」(後ろから)<br />

    アントニオ・カノーヴァと工房「踊り子の頭部」(後ろから)

  • マリー=ガブリエル・カペ「自画像」1783年頃 国立西洋美術館<br />18世紀のフランスは、女性たちが社会のさまざまな場所で活躍し始めており、カペは、こうした当時の新進女性作家のひとり。

    マリー=ガブリエル・カペ「自画像」1783年頃 国立西洋美術館
    18世紀のフランスは、女性たちが社会のさまざまな場所で活躍し始めており、カペは、こうした当時の新進女性作家のひとり。

  • マリー=ギユミーヌ・ブノワ「婦人の肖像」 1799年頃、サンディエゴ美術館<br />18世紀末には女性芸術家たちも活躍するようになり、本展では2人の女性画家マリー=ガブリエル・カペとマリー=ギユミーヌ・ブノワの作品が比較展示。比較展示されているブノワの《婦人の肖像》は、カペの《自画像》より16年後に描かれており、新古典主義への志向がより顕著です。

    マリー=ギユミーヌ・ブノワ「婦人の肖像」 1799年頃、サンディエゴ美術館
    18世紀末には女性芸術家たちも活躍するようになり、本展では2人の女性画家マリー=ガブリエル・カペとマリー=ギユミーヌ・ブノワの作品が比較展示。比較展示されているブノワの《婦人の肖像》は、カペの《自画像》より16年後に描かれており、新古典主義への志向がより顕著です。

  • ジャン=マルク・ナティエ「マリー=アンリエット・ベルトロ・ド・プレヌフ夫人の肖像」 1739年 国立西洋美術館<br />ナティエはニコラ・ド・ラルジリエールの影響を受けて、宮廷の貴婦人たちを神話の中の人物の姿を借りて描くというフォンテーヌブロー派の伝統を復活させています。

    ジャン=マルク・ナティエ「マリー=アンリエット・ベルトロ・ド・プレヌフ夫人の肖像」 1739年 国立西洋美術館
    ナティエはニコラ・ド・ラルジリエールの影響を受けて、宮廷の貴婦人たちを神話の中の人物の姿を借りて描くというフォンテーヌブロー派の伝統を復活させています。

  • 第4章 19世紀<br />オノレ・ドーミエ「観劇」 1856-60年頃 国立西洋美術館<br />風刺画家として名を馳せたフランスの写実主義を代表する画家オノレ・ドーミエ。<br />社会や政治を鋭く批判する作品で知られる彼が、油彩画においてもその透徹した視線を向けたのは、近代化が進むパリの都市生活でした。<br /><br />

    第4章 19世紀
    オノレ・ドーミエ「観劇」 1856-60年頃 国立西洋美術館
    風刺画家として名を馳せたフランスの写実主義を代表する画家オノレ・ドーミエ。
    社会や政治を鋭く批判する作品で知られる彼が、油彩画においてもその透徹した視線を向けたのは、近代化が進むパリの都市生活でした。

  • オノレ・ドーミエ「劇場を後にして」1865年頃、サンディエゴ美術館

    オノレ・ドーミエ「劇場を後にして」1865年頃、サンディエゴ美術館

  • ウィリアム・アドルフ・ブグロー「小川のほとり」1875年 国立西洋美術館<br />この画では、少女とも女性とも言えないような、子供らしさと大人らしさが複雑に混じり合った、若い女性を中心に置いて描かれています。

    ウィリアム・アドルフ・ブグロー「小川のほとり」1875年 国立西洋美術館
    この画では、少女とも女性とも言えないような、子供らしさと大人らしさが複雑に混じり合った、若い女性を中心に置いて描かれています。

  • ウィリアム・アドルフ・ブグロー「羊飼いの少女」 1885年、サンディエゴ美術館<br />19世紀後半のフランス画壇における保守的陣営を代表する画家ウィリアム・アドルフ・ブーグローは、歴史画の大作をサロンに発表し続け、アカデミーで揺るぎない地位を確立。同時に、戸外を舞台に愛らしい子供や、清らかさと官能性を併せ持つ少女を描いた作品で、フランス内外のコレクターから広く支持を集めました。

    ウィリアム・アドルフ・ブグロー「羊飼いの少女」 1885年、サンディエゴ美術館
    19世紀後半のフランス画壇における保守的陣営を代表する画家ウィリアム・アドルフ・ブーグローは、歴史画の大作をサロンに発表し続け、アカデミーで揺るぎない地位を確立。同時に、戸外を舞台に愛らしい子供や、清らかさと官能性を併せ持つ少女を描いた作品で、フランス内外のコレクターから広く支持を集めました。

  • カミーユ・ピサロ「立ち話」1881年頃 国立西洋美術館<br />全8回の印象派展にすべて参加した唯一のメンバーであり、印象派の画家のなかで最年長だったピサロの作品。

    カミーユ・ピサロ「立ち話」1881年頃 国立西洋美術館
    全8回の印象派展にすべて参加した唯一のメンバーであり、印象派の画家のなかで最年長だったピサロの作品。

  • セオドア・ロビンソン「闖入者」1891年、サンディエゴ美術館<br />画面右手の“垣根”の隙間から侵入してきた幼い子どもが、さくらんぼを食べようとして手を止めた一瞬の情景が描かれています。背後に高く伸びる“垣根”は後退の余地を与えず、鑑賞者と少年との距離を限りなく接近させることで、緊張感のある対峙を巧みに演出。

    セオドア・ロビンソン「闖入者」1891年、サンディエゴ美術館
    画面右手の“垣根”の隙間から侵入してきた幼い子どもが、さくらんぼを食べようとして手を止めた一瞬の情景が描かれています。背後に高く伸びる“垣根”は後退の余地を与えず、鑑賞者と少年との距離を限りなく接近させることで、緊張感のある対峙を巧みに演出。

  • エドガー・ドガ「背中を拭く女」1888-92年頃 国立西洋美術館

    エドガー・ドガ「背中を拭く女」1888-92年頃 国立西洋美術館

  • アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「うずくまる赤毛の裸婦」1897年、サンディエゴ美術館

    アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「うずくまる赤毛の裸婦」1897年、サンディエゴ美術館

  • ホアキン・ソローリャ「水飲み壺」1904年 国立西洋美術館<br />スペインの写実画家ホアキン・ソローリャは、地中海の光彩あふれる風景や人々を素早い筆致で描き出した戸外制作で知られています。

    ホアキン・ソローリャ「水飲み壺」1904年 国立西洋美術館
    スペインの写実画家ホアキン・ソローリャは、地中海の光彩あふれる風景や人々を素早い筆致で描き出した戸外制作で知られています。

  • ホアキン・ソローリャ「ラ・グランハのマリア」1907年、サンディエゴ美術館

    ホアキン・ソローリャ「ラ・グランハのマリア」1907年、サンディエゴ美術館

  • ホアキン・ソローリャ「バレンシアの海辺」 1908年、サンディエゴ美術館<br />幼少期に両親を失った経験から、特に子供たちに深い共感を示し、愛情豊かに描き続けました。

    ホアキン・ソローリャ「バレンシアの海辺」 1908年、サンディエゴ美術館
    幼少期に両親を失った経験から、特に子供たちに深い共感を示し、愛情豊かに描き続けました。

  • 本展開催中、サンディエゴ美術館所蔵作品よりさらに5点の絵画を西洋美術館常設展で展示しています。<br />ジョヴァンニ・ボンシ「バーリの聖ニコラウス」1365-70年頃、サンディエゴ美術館

    本展開催中、サンディエゴ美術館所蔵作品よりさらに5点の絵画を西洋美術館常設展で展示しています。
    ジョヴァンニ・ボンシ「バーリの聖ニコラウス」1365-70年頃、サンディエゴ美術館

  • コズメ・トゥーラ「聖ゲオルギウス」1475-76年頃、サンディエゴ美術館<br /><br />

    コズメ・トゥーラ「聖ゲオルギウス」1475-76年頃、サンディエゴ美術館

  • ソフォニスバ・アングィッソーラ「スペイン王子の肖像」 1573年頃、サンディエゴ美術館

    ソフォニスバ・アングィッソーラ「スペイン王子の肖像」 1573年頃、サンディエゴ美術館

  • フランシスコ・デ・ゴヤ「ラ・ロカ公爵ビセンテ・マリア・デ・ベラ・デ・アラゴン」1795年頃、サンディエゴ美術館<br /><br />

    フランシスコ・デ・ゴヤ「ラ・ロカ公爵ビセンテ・マリア・デ・ベラ・デ・アラゴン」1795年頃、サンディエゴ美術館

  • ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル「フェイディアスの習作」 1827年(1866年に拡大)、サンディエゴ美術館

    ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル「フェイディアスの習作」 1827年(1866年に拡大)、サンディエゴ美術館

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