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東京工業大学大岡山キャンパスの桜と本館 1967年4月(昭和42年)<br />(モノクロ画像データをセピア色に加工し、空はペイントで青く塗った)<br />第4回日本グランプリ(富士スピードウェイ)1967年5月3日(水)<br /><br />2020年7月初めから始めたシリーズが31編をもってひとまず完成したため、大河ドラマを真似て総集編をまとめました。各編から数枚選択して100枚を選び、表題の百選とします。年代順に編集したものではなく、テーマ番号順です。<br /> ───────────────────────────<br />はじめに(各編と同じ)<br />私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。<br />アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)<br />https://4travel.jp/travelogue/10583150<br />最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。<br />大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。<br />また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。<br />大学修士論文の審査を無事に終えて入社までの2週間に九州を一周した記録はブログを始めて間もない時期の作品です。<br />https://4travel.jp/travelogue/10492397宮崎<br />https://4travel.jp/travelogue/10507124鹿児島・熊本<br />https://4travel.jp/travelogue/10549371長崎・佐世保<br /><br />モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。<br />しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。<br />平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。<br />現代用語:終活(笑い)<br />   ───────────────────────────<br />昭和の記録公開について<br />令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。<br />1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。<br />写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)<br />公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。<br />もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。<br />ここまではシリーズ共通の前文とする。<br />───────────────────────────<br />写真は各編から数枚づつ選び100選としました。<br /><br />No.	   期間	        タイトル(内容)<br />1   1969.8	        能登・北陸<br />   https://4travel.jp/travelogue/11633550<br />2   1967.8	        神津島<br />   https://4travel.jp/travelogue/11634418<br />3   1963.3	        演奏旅行<br />   https://4travel.jp/travelogue/11635069<br />4   1962.10-1965.10	  オーケストラ合宿・演奏会 <br />   https://4travel.jp/travelogue/11634729<br />5   1964.7-1964.8	    訪日フランス学生受入れ記録<br />   https://4travel.jp/travelogue/11636754<br />6   1965.6-1966.10	   大学研究室の親睦行事 その1<br />   https://4travel.jp/travelogue/11637025<br />7   1966.12-1967.12	  大学研究室の親睦行事 その2 八ヶ岳<br />   https://4travel.jp/travelogue/11638090<br />8   1965.11-1966.11	  東京モーターショー その1<br />   https://4travel.jp/travelogue/11638720<br />9   1966.11-1970.11	  東京モーターショー その2<br />   https://4travel.jp/travelogue/11638925<br />10  	  1966.5.3       第3回日本グランプリ<br />   https://4travel.jp/travelogue/11640590<br />11	  1967.5.3	      第4回日本グランプリ<br />   https://4travel.jp/travelogue/11640967<br />12	  1968.5.3	      第5回日本グランプリ<br />   https://4travel.jp/travelogue/11641485<br />13	  1969.10.10	     第6回日本グランプリ<br />   https://4travel.jp/travelogue/11641993<br />14	  1967.4.2	      船橋サーキット クラブマン・レース<br />   https://4travel.jp/travelogue/11643050<br />15	  1966.3-1966.10	  富士スピードウェイ その1<br />   https://4travel.jp/travelogue/11643202<br />16	  1969.5.3	      富士スピードウェイ その2<br />   https://4travel.jp/travelogue/11643745<br />17	  1969.11.23	     富士スピードウェイ その3<br />   https://4travel.jp/travelogue/11643902<br />18	  1982.9	       酷暑のデスヴァレー 53℃の体験<br />   https://4travel.jp/travelogue/11644366<br />19	  1968.4-1971.8	   社内行事(運動会・合宿・本栖湖)<br />   https://4travel.jp/travelogue/11645409<br />20	  1968.7-1969.10	   伊豆半島・三宅島+おまけの海<br />   https://4travel.jp/travelogue/11646186<br />21	  1962.4-1968.3	   大学構内の四季(入学・卒業・桜・雪)<br />   https://4travel.jp/travelogue/11646543 <br />22	  1962.5-1964.3	  大学デザイン研究会<br />   https://4travel.jp/travelogue/11646876<br />23	  1969.9.6-7	    奥秩父・松原湖・松本城<br />   https://4travel.jp/travelogue/11647103<br />24	  1965.9.22	     英国博覧会<br />   https://4travel.jp/travelogue/11647983<br />25	  1970.4-1971.4	  スキー部の活動(蔵王・赤倉・志賀・万座)<br />   https://4travel.jp/travelogue/11645092<br />26	  1968.8、1969.10	  日光中禅寺湖キャンプと奥日光ドライブ<br />   https://4travel.jp/travelogue/11650722<br />27	  1967.12.9	      都電銀座線最終日<br />   https://4travel.jp/travelogue/11650906<br />28	  1967.11、1968.10	  入間基地航空祭<br />   https://4travel.jp/travelogue/11651007<br />29	  1967.4-1969.9   明治神宮初詣、アポロ11号月面着陸<br />   https://4travel.jp/travelogue/11651317<br />30	  1968.12-1969.4	  秩父、河口湖、狭山湖、平林寺<br />   https://4travel.jp/travelogue/11651342<br />31	  1962.4-1971.4	   川越の風景・実家周辺(公開停止中)<br />   https://4travel.jp/travelogue/11648658<br />シリーズ全体の掲載写真枚数 2838枚<br /><br />シリーズ昭和の記録No.32 イギリス出張<br />https://4travel.jp/travelogue/11662951<br /><br />撮影<br />PENTAX SPOTMATIC SMC takumar 50mm F1.4<br />Fujica 35SE FUJINON 45mm  F1.9<br />CANON FT FL50mm F1.4、FL28mm F3.5、FL200mm F3.5<br />NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA100、NEOPAN SSS ASA200<br />ネガフィルムをGT-F740でスキャンした画像の大きさ 約3000×2100<br /><br />編集後記<br />7月から始めた「シリーズ昭和の記録」はモノクロ写真のネガフィルムの生前整理と電子データの保存を目的にSNSに公開しました。<br />読者に関心をもっていただけるか多少の不安がありましたが、たくさんのアクセスをいただき、モノクロ写真を主体にしたシリーズ第1弾は31編と期待以上の結果となりました。<br />ネガフィルムの劣化(加水分解)は昨年スキャンする過程で空気・湿気に曝したために急激に進み、廃棄寸前のものが多数となりました。<br />あたかも玉手箱を開けてしまった感があります。<br /><br />編集作業が一段落したので総集編(昭和の記録 百選)を作りました。<br />私にとっては喜寿の記念作品となります。<br />11月1日11時11分に投稿します。<br />また1970年代以降2007年のデジカメ導入までのカラープリント写真が数千枚あるので、with corona生活の一部として「シリーズ昭和の記録」第2弾および「シリーズ平成の記録」に取り組みたいと思います。生きていればですね(笑い)<br /><br />7月初めから4ヶ月に渡り、多くの読者の皆様にご覧いただきありがとうございました。(令和2年 晩秋)   yamada423<br /><br />投稿 2020.11.1 11:11<br /><br />■シリーズ昭和の記録に掲載した写真データの利用を希望される方はサイト内のメールで連絡してください。基本的に無料で提供します。<br /> ───────────────────────────<br />編集者自己紹介(シリーズ共通)<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !<br />シニア写真愛好家のyamada423です。<br />一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。<br /><br /><略歴>  <br />大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。<br />写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。<br />月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。<br />1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。<br />自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職、現在フリー(笑)<br />4トラベル会員登録 2010年5月21日<br />ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。<br />http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

シリーズ昭和の記録 百選 総集編 Series Showa era Omnibus

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1960/01/01 - 1971/08/23

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yamada423

yamada423さん

東京工業大学大岡山キャンパスの桜と本館 1967年4月(昭和42年)
(モノクロ画像データをセピア色に加工し、空はペイントで青く塗った)
第4回日本グランプリ(富士スピードウェイ)1967年5月3日(水)

2020年7月初めから始めたシリーズが31編をもってひとまず完成したため、大河ドラマを真似て総集編をまとめました。各編から数枚選択して100枚を選び、表題の百選とします。年代順に編集したものではなく、テーマ番号順です。
 ───────────────────────────
はじめに(各編と同じ)
私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。
アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)
https://4travel.jp/travelogue/10583150
最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。
大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。
また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。
大学修士論文の審査を無事に終えて入社までの2週間に九州を一周した記録はブログを始めて間もない時期の作品です。
https://4travel.jp/travelogue/10492397宮崎
https://4travel.jp/travelogue/10507124鹿児島・熊本
https://4travel.jp/travelogue/10549371長崎・佐世保

モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。
しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。
平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。
現代用語:終活(笑い)
   ───────────────────────────
昭和の記録公開について
令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。
1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。
写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)
公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。
もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。
ここまではシリーズ共通の前文とする。
───────────────────────────
写真は各編から数枚づつ選び100選としました。

No.    期間         タイトル(内容)
1   1969.8         能登・北陸
   https://4travel.jp/travelogue/11633550
2   1967.8         神津島
   https://4travel.jp/travelogue/11634418
3   1963.3         演奏旅行
   https://4travel.jp/travelogue/11635069
4   1962.10-1965.10   オーケストラ合宿・演奏会
   https://4travel.jp/travelogue/11634729
5   1964.7-1964.8     訪日フランス学生受入れ記録
   https://4travel.jp/travelogue/11636754
6   1965.6-1966.10    大学研究室の親睦行事 その1
   https://4travel.jp/travelogue/11637025
7   1966.12-1967.12   大学研究室の親睦行事 その2 八ヶ岳
   https://4travel.jp/travelogue/11638090
8   1965.11-1966.11   東京モーターショー その1
   https://4travel.jp/travelogue/11638720
9   1966.11-1970.11   東京モーターショー その2
   https://4travel.jp/travelogue/11638925
10   1966.5.3       第3回日本グランプリ
   https://4travel.jp/travelogue/11640590
11   1967.5.3       第4回日本グランプリ
   https://4travel.jp/travelogue/11640967
12   1968.5.3       第5回日本グランプリ
   https://4travel.jp/travelogue/11641485
13   1969.10.10      第6回日本グランプリ
   https://4travel.jp/travelogue/11641993
14   1967.4.2       船橋サーキット クラブマン・レース
   https://4travel.jp/travelogue/11643050
15   1966.3-1966.10   富士スピードウェイ その1
   https://4travel.jp/travelogue/11643202
16   1969.5.3       富士スピードウェイ その2
   https://4travel.jp/travelogue/11643745
17   1969.11.23      富士スピードウェイ その3
   https://4travel.jp/travelogue/11643902
18   1982.9        酷暑のデスヴァレー 53℃の体験
   https://4travel.jp/travelogue/11644366
19   1968.4-1971.8    社内行事(運動会・合宿・本栖湖)
   https://4travel.jp/travelogue/11645409
20   1968.7-1969.10    伊豆半島・三宅島+おまけの海
   https://4travel.jp/travelogue/11646186
21   1962.4-1968.3    大学構内の四季(入学・卒業・桜・雪)
   https://4travel.jp/travelogue/11646543 
22   1962.5-1964.3   大学デザイン研究会
   https://4travel.jp/travelogue/11646876
23   1969.9.6-7     奥秩父・松原湖・松本城
   https://4travel.jp/travelogue/11647103
24   1965.9.22      英国博覧会
   https://4travel.jp/travelogue/11647983
25   1970.4-1971.4   スキー部の活動(蔵王・赤倉・志賀・万座)
   https://4travel.jp/travelogue/11645092
26   1968.8、1969.10   日光中禅寺湖キャンプと奥日光ドライブ
   https://4travel.jp/travelogue/11650722
27   1967.12.9       都電銀座線最終日
   https://4travel.jp/travelogue/11650906
28   1967.11、1968.10   入間基地航空祭
   https://4travel.jp/travelogue/11651007
29   1967.4-1969.9   明治神宮初詣、アポロ11号月面着陸
   https://4travel.jp/travelogue/11651317
30   1968.12-1969.4   秩父、河口湖、狭山湖、平林寺
   https://4travel.jp/travelogue/11651342
31   1962.4-1971.4    川越の風景・実家周辺(公開停止中)
   https://4travel.jp/travelogue/11648658
シリーズ全体の掲載写真枚数 2838枚

シリーズ昭和の記録No.32 イギリス出張
https://4travel.jp/travelogue/11662951

撮影
PENTAX SPOTMATIC SMC takumar 50mm F1.4
Fujica 35SE FUJINON 45mm F1.9
CANON FT FL50mm F1.4、FL28mm F3.5、FL200mm F3.5
NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA100、NEOPAN SSS ASA200
ネガフィルムをGT-F740でスキャンした画像の大きさ 約3000×2100

編集後記
7月から始めた「シリーズ昭和の記録」はモノクロ写真のネガフィルムの生前整理と電子データの保存を目的にSNSに公開しました。
読者に関心をもっていただけるか多少の不安がありましたが、たくさんのアクセスをいただき、モノクロ写真を主体にしたシリーズ第1弾は31編と期待以上の結果となりました。
ネガフィルムの劣化(加水分解)は昨年スキャンする過程で空気・湿気に曝したために急激に進み、廃棄寸前のものが多数となりました。
あたかも玉手箱を開けてしまった感があります。

編集作業が一段落したので総集編(昭和の記録 百選)を作りました。
私にとっては喜寿の記念作品となります。
11月1日11時11分に投稿します。
また1970年代以降2007年のデジカメ導入までのカラープリント写真が数千枚あるので、with corona生活の一部として「シリーズ昭和の記録」第2弾および「シリーズ平成の記録」に取り組みたいと思います。生きていればですね(笑い)

7月初めから4ヶ月に渡り、多くの読者の皆様にご覧いただきありがとうございました。(令和2年 晩秋)   yamada423

投稿 2020.11.1 11:11

■シリーズ昭和の記録に掲載した写真データの利用を希望される方はサイト内のメールで連絡してください。基本的に無料で提供します。
 ───────────────────────────
編集者自己紹介(シリーズ共通)
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !
シニア写真愛好家のyamada423です。
一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。

<略歴>  
大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。
月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。
1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。
自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職、現在フリー(笑)
4トラベル会員登録 2010年5月21日
ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

  • シリーズ昭和の記録一覧(百選外)<br />タイトル数31  掲載写真枚数2838枚

    シリーズ昭和の記録一覧(百選外)
    タイトル数31  掲載写真枚数2838枚

  • シリーズ昭和の記録 No.1 能登・北陸  1969.8.6-8.10<br />https://4travel.jp/travelogue/11633550<br /><br />禄剛崎灯台  石川県珠洲市狼煙町

    シリーズ昭和の記録 No.1 能登・北陸  1969.8.6-8.10
    https://4travel.jp/travelogue/11633550

    禄剛崎灯台  石川県珠洲市狼煙町

  • 能登半島国定公園 見附島<br /><br />石川県珠洲市宝立町鵜飼

    能登半島国定公園 見附島

    石川県珠洲市宝立町鵜飼

  • 東尋坊 <br /><br />福井県坂井市三国町安島に位置する崖。越前加賀海岸国定公園の特別保護地区に指定されている

    東尋坊 

    福井県坂井市三国町安島に位置する崖。越前加賀海岸国定公園の特別保護地区に指定されている

  • シリーズ昭和の記録 No.2 神津島   1967.8.5-8.9<br />https://4travel.jp/travelogue/11634418<br /><br />民宿の夫婦を囲む宿泊客 表紙写真<br />左が編集者yamada423

    シリーズ昭和の記録 No.2 神津島   1967.8.5-8.9
    https://4travel.jp/travelogue/11634418

    民宿の夫婦を囲む宿泊客 表紙写真
    左が編集者yamada423

  • 多幸湾の砂浜

    多幸湾の砂浜

  • 沢尻湾

    沢尻湾

  • シリーズ昭和の記録 No.3 演奏旅行  1963.3.10-3.23<br />https://4travel.jp/travelogue/11635069<br /><br />1963年3月14日(木)<br />東京工業大学管弦楽団・岡山大学交響楽団合同演奏会 

    シリーズ昭和の記録 No.3 演奏旅行  1963.3.10-3.23
    https://4travel.jp/travelogue/11635069

    1963年3月14日(木)
    東京工業大学管弦楽団・岡山大学交響楽団合同演奏会 

  • 呉市民会館での演奏会 1963.3.16

    呉市民会館での演奏会 1963.3.16

  • シリーズ昭和の記録 No.4 オーケストラ合宿・演奏会<br />https://4travel.jp/travelogue/11634729<br /><br />1962年10月<br />大学の前期試験が終了した10月初旬から中旬の秋季休暇を利用したオーケストラの合宿を群馬県の榛名湖畔の榛名高原ユースホステルで実施した。

    シリーズ昭和の記録 No.4 オーケストラ合宿・演奏会
    https://4travel.jp/travelogue/11634729

    1962年10月
    大学の前期試験が終了した10月初旬から中旬の秋季休暇を利用したオーケストラの合宿を群馬県の榛名湖畔の榛名高原ユースホステルで実施した。

  • 1966年6月4日<br />第61回定期演奏会<br />指揮 尾原 勝吉<br />場所東京工業大学70周年記念講堂<br />曲目<br />ベートーヴェン 交響曲第2番<br />ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:谷口明子)<br />シューベルト 交響曲第8番「未完成」<br />

    1966年6月4日
    第61回定期演奏会
    指揮 尾原 勝吉
    場所東京工業大学70周年記念講堂
    曲目
    ベートーヴェン 交響曲第2番
    ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:谷口明子)
    シューベルト 交響曲第8番「未完成」

  • 私にとっては数少ない写真です。<br /><br />オーケストラで演奏するクラシックの曲はクラリネットが2本で、当時5人いたので出演機会は少なかったです。<br /><br />パーカッション(打楽器)の一部を担当したこともあります。<br />ドヴォルザークの新世界にはトライアングル、シンバルがあり、第4楽章の1回だけのシンバルを打ち鳴らすときはタイミングをずらさないように緊張しました。

    私にとっては数少ない写真です。

    オーケストラで演奏するクラシックの曲はクラリネットが2本で、当時5人いたので出演機会は少なかったです。

    パーカッション(打楽器)の一部を担当したこともあります。
    ドヴォルザークの新世界にはトライアングル、シンバルがあり、第4楽章の1回だけのシンバルを打ち鳴らすときはタイミングをずらさないように緊張しました。

  • 日時1967年6月3日<br />第63回定期演奏会<br />指揮 尾原 勝吉<br />場所 東京工業大学70周年記念講堂<br />曲目 <br />ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」<br />ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:稲留尚子)<br />ベートーヴェン 「エグモント」序曲<br /><br />

    日時1967年6月3日
    第63回定期演奏会
    指揮 尾原 勝吉
    場所 東京工業大学70周年記念講堂
    曲目 
    ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」
    ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:稲留尚子)
    ベートーヴェン 「エグモント」序曲

  • 1968年1月14日(日)<br />東京文化会館大ホールでの定期演奏会<br />曲目:<br />チャイコフスキー: 交響曲第5番<br />J・シュトラウス: ワルツ「酒、女、歌」<br />グリーク: ピアノ協奏曲<br />  ピアノ独奏: 片山敬子<br />ブラームス: 悲劇的序曲<br />指揮: 尾原 勝吉<br /><br />当時の東京文化会館大ホールはクラシック音楽の殿堂といわれた優れたホールで、ここでの定期演奏会は憧れであった。<br /><br />

    1968年1月14日(日)
    東京文化会館大ホールでの定期演奏会
    曲目:
    チャイコフスキー: 交響曲第5番
    J・シュトラウス: ワルツ「酒、女、歌」
    グリーク: ピアノ協奏曲
      ピアノ独奏: 片山敬子
    ブラームス: 悲劇的序曲
    指揮: 尾原 勝吉

    当時の東京文化会館大ホールはクラシック音楽の殿堂といわれた優れたホールで、ここでの定期演奏会は憧れであった。

  • シリーズ昭和の記録No.5 訪日フランス学生受入れ記録  1964.7.29-8.18(昭和39年)<br />https://4travel.jp/travelogue/11636754<br /><br />東工大におけるオリエンテーションに集まったメンバーの一部

    シリーズ昭和の記録No.5 訪日フランス学生受入れ記録  1964.7.29-8.18(昭和39年)
    https://4travel.jp/travelogue/11636754

    東工大におけるオリエンテーションに集まったメンバーの一部

  • 1964.7.30<br /><br />都内の日仏工業技術会A会長宅でのレセプションで挨拶に臨むA長<br /><br />中央はK理事

    1964.7.30

    都内の日仏工業技術会A会長宅でのレセプションで挨拶に臨むA長

    中央はK理事

  • レセプションのホスト役のA夫妻とフランス学生<br /><br />令夫人は皇太子妃の妹御Eさん

    レセプションのホスト役のA夫妻とフランス学生

    令夫人は皇太子妃の妹御Eさん

  • 8月4日(火)<br />神戸製鋼所高砂工場見学  

    8月4日(火)
    神戸製鋼所高砂工場見学  

  • No.6 大学研究室の親睦行事 その1<br />https://4travel.jp/travelogue/11637025<br /><br />1965年10月22日 奥利根(上の原高原、湯の小屋)

    No.6 大学研究室の親睦行事 その1
    https://4travel.jp/travelogue/11637025

    1965年10月22日 奥利根(上の原高原、湯の小屋)

  • 1966年5月26日-27日 富士五湖(山中湖、本栖湖)、紅葉台、白糸の滝<br /><br />紅葉台展望台 

    1966年5月26日-27日 富士五湖(山中湖、本栖湖)、紅葉台、白糸の滝

    紅葉台展望台 

  • シリーズ昭和の記録No.7 大学研究室の親睦行事 その2八ヶ岳<br />https://4travel.jp/travelogue/11638090<br /><br />赤岳(2899m)   1967.10.22(昭和42年)<br />CANON FT FL50mm F1.4 UVfilter NEOPAN SS(ISO100)

    シリーズ昭和の記録No.7 大学研究室の親睦行事 その2八ヶ岳
    https://4travel.jp/travelogue/11638090

    赤岳(2899m) 1967.10.22(昭和42年)
    CANON FT FL50mm F1.4 UVfilter NEOPAN SS(ISO100)

  • 富士山<br />CANON FT FL50mm F1.4<br />O1filter(オレンジ) NEOPAN SS(ASA100) 

    富士山
    CANON FT FL50mm F1.4
    O1filter(オレンジ) NEOPAN SS(ASA100) 

  • 八ヶ岳登山口<br />美濃戸  標高1800米<br /><br />美濃戸と書かれているので赤岳から西側に下山したことになります。

    八ヶ岳登山口
    美濃戸  標高1800米

    美濃戸と書かれているので赤岳から西側に下山したことになります。

  • シリーズ昭和の記録No.8 東京モーターショー その1<br />https://4travel.jp/travelogue/11638720<br /><br />第13回東京モーターショー会場(晴海)1966.11.2(昭和41年)

    シリーズ昭和の記録No.8 東京モーターショー その1
    https://4travel.jp/travelogue/11638720

    第13回東京モーターショー会場(晴海)1966.11.2(昭和41年)

  • ホンダF1 メキシコGP優勝車 リッチー・ギンサー<br /><br />1965年メキシコグランプリ (1965 Mexican Grand Prix) は、1965年のF1世界選手権第10戦として、1965年10月24日にマグダレナ・ミクスカで開催された。<br />

    ホンダF1 メキシコGP優勝車 リッチー・ギンサー

    1965年メキシコグランプリ (1965 Mexican Grand Prix) は、1965年のF1世界選手権第10戦として、1965年10月24日にマグダレナ・ミクスカで開催された。

  • ジム・レッドマンのレーサー

    ジム・レッドマンのレーサー

  • TOYOTA 2000GT  ¥2,380,000<br /><br />

    TOYOTA 2000GT ¥2,380,000

  • シリーズ昭和の記録No.9 東京モーターショー その2 <br />https://4travel.jp/travelogue/11638925<br /><br />第15回 東京モーターショー 1968<br />昭和43年10月26日~11月11日(晴海)<br /><br />1968年第5回日本グランプリ(5月3日決勝) 出場車<br />No.15 GP-I  吉田隆郎  ダイハツ・P-5  ダイハツ・クラブ 70周 10位

    シリーズ昭和の記録No.9 東京モーターショー その2
    https://4travel.jp/travelogue/11638925

    第15回 東京モーターショー 1968
    昭和43年10月26日~11月11日(晴海)

    1968年第5回日本グランプリ(5月3日決勝) 出場車
    No.15 GP-I  吉田隆郎  ダイハツ・P-5  ダイハツ・クラブ 70周 10位

  • 1966.11.14  第8回外車ショー<br /><br />MORGAN

    1966.11.14 第8回外車ショー

    MORGAN

  • ISUZU 117 クーペ

    ISUZU 117 クーペ

  • ホンダRA-302は、1968年度F-1世界選手権用に開発した世界初の空冷エンジン搭載のマシン。<br /><br />前回と今回は1966年(昭和41年)の第14回から1970年(昭和45年)の第17回までの東京モーターショーの記録です。(2回に分けて掲載)<br />今回は1966年11月14日の第8回外車ショー、1969年2月22日の東京レーシングカーショーを含む。<br />1967年、修士2年の6月には就職先の自動車会社が内定していた。<br />実は学生国際交流プログラムでフランスへの工業視察旅行から帰国した4月末には大手企業への大学推薦枠は決まっており、H社が残っていたということ。<br />したがって就職活動の経験はなく、八重洲の本社で面接を受けただけで事実上の内定状態だったが、就職協定により10月には就職試験を受けた。<br />試験後の面接で言われたのは「君は文学青年か? 理系にしては試験の回答の文章がしっかりしている」と。否定はしたが、内心うれしかった。<br />このことは53年間心に秘めていたが、残りの寿命が少ないのでここに書いておく。日本語の大切さを実践的に教えてくれた友に感謝する。<br />通信手段が多様化し手紙を書く機会が減った現在では生まれ替わっても不可能であろう。<br /><br />H社は二輪車(オートバイ)メーカーとしてはマン島のTTレースでの華々しい活躍で有名であったが、4輪車は軽スポーツカーS800、軽自動車などを始めて間もない会社で、1968年(昭和43年)の大卒(高専・修士含む)入社は34名(このうち17名が研究所配属)という規模だった。子会社である研究所の技術部門は、会社が小さかったため個人の担当領域はないに等しく広く、大変ではあったが今思えば好きなことが思う存分できてよかった。

    ホンダRA-302は、1968年度F-1世界選手権用に開発した世界初の空冷エンジン搭載のマシン。

    前回と今回は1966年(昭和41年)の第14回から1970年(昭和45年)の第17回までの東京モーターショーの記録です。(2回に分けて掲載)
    今回は1966年11月14日の第8回外車ショー、1969年2月22日の東京レーシングカーショーを含む。
    1967年、修士2年の6月には就職先の自動車会社が内定していた。
    実は学生国際交流プログラムでフランスへの工業視察旅行から帰国した4月末には大手企業への大学推薦枠は決まっており、H社が残っていたということ。
    したがって就職活動の経験はなく、八重洲の本社で面接を受けただけで事実上の内定状態だったが、就職協定により10月には就職試験を受けた。
    試験後の面接で言われたのは「君は文学青年か? 理系にしては試験の回答の文章がしっかりしている」と。否定はしたが、内心うれしかった。
    このことは53年間心に秘めていたが、残りの寿命が少ないのでここに書いておく。日本語の大切さを実践的に教えてくれた友に感謝する。
    通信手段が多様化し手紙を書く機会が減った現在では生まれ替わっても不可能であろう。

    H社は二輪車(オートバイ)メーカーとしてはマン島のTTレースでの華々しい活躍で有名であったが、4輪車は軽スポーツカーS800、軽自動車などを始めて間もない会社で、1968年(昭和43年)の大卒(高専・修士含む)入社は34名(このうち17名が研究所配属)という規模だった。子会社である研究所の技術部門は、会社が小さかったため個人の担当領域はないに等しく広く、大変ではあったが今思えば好きなことが思う存分できてよかった。

  • NISSAN R382 No.21<br /><br />1969.10.10第6回日本グランプリ(富士スピードウェイ)で黒澤元治・砂子義一組で優勝した車

    NISSAN R382 No.21

    1969.10.10第6回日本グランプリ(富士スピードウェイ)で黒澤元治・砂子義一組で優勝した車

  • シリーズ昭和の記録No.10 第3回日本グランプリ 1966.5.3<br />https://4travel.jp/travelogue/11640590<br /><br />富士スピードウェイ

    シリーズ昭和の記録No.10 第3回日本グランプリ 1966.5.3
    https://4travel.jp/travelogue/11640590

    富士スピードウェイ

  • 第3回日本グランプリ<br /><br />1位(優勝) No.11 PRINCE R380 砂子義一(すなこ よしかず)60周<br />

    第3回日本グランプリ

    1位(優勝) No.11 PRINCE R380 砂子義一(すなこ よしかず)60周

  • シリーズ昭和の記録No.11 第4回日本グランプリ  1967.5.3<br />https://4travel.jp/travelogue/11640967<br /><br />ヘアピンカーブ付近で競う3台のポルシェ・カレラ6<br />No.8 生沢徹(1位)、No.6 滝進太郎(5位)、No.7 酒井正(8位)

    シリーズ昭和の記録No.11 第4回日本グランプリ  1967.5.3
    https://4travel.jp/travelogue/11640967

    ヘアピンカーブ付近で競う3台のポルシェ・カレラ6
    No.8 生沢徹(1位)、No.6 滝進太郎(5位)、No.7 酒井正(8位)

  • 1位 No.8  生沢徹ポルシェ・カレラ6

    1位 No.8  生沢徹ポルシェ・カレラ6

  • 2位 No.10 大石秀夫 PRINCE R380

    2位 No.10 大石秀夫 PRINCE R380

  • シリーズ昭和の記録No.12 第5回日本グランプリ 1968.5.3<br />https://4travel.jp/travelogue/11641485<br /><br />競いあう2台のニッサン・R380とトヨタ7<br />No.21 黒澤元治(3位)、No.22 横山達(4位)、No.2 福沢幸雄(14位)

    シリーズ昭和の記録No.12 第5回日本グランプリ 1968.5.3
    https://4travel.jp/travelogue/11641485

    競いあう2台のニッサン・R380とトヨタ7
    No.21 黒澤元治(3位)、No.22 横山達(4位)、No.2 福沢幸雄(14位)

  • 優勝したNo.20北野元 ニッサン・R381

    優勝したNo.20北野元 ニッサン・R381

  • 2位 No.28生沢徹 ポルシェ・カレラ10 

    2位 No.28生沢徹 ポルシェ・カレラ10 

  • シリーズ昭和の記録No.13 第6回日本グランプリ 1969.10.10<br />https://4travel.jp/travelogue/11641993<br /><br />優勝したNo.21 日産R382と6位No.14 ジョー・シフェール/デヴィッド・パイパー ポルシェ917<br />

    シリーズ昭和の記録No.13 第6回日本グランプリ 1969.10.10
    https://4travel.jp/travelogue/11641993

    優勝したNo.21 日産R382と6位No.14 ジョー・シフェール/デヴィッド・パイパー ポルシェ917

  • 優勝したNo.21  黒澤元治/砂子義一 日産・R382  120周  3:42&#39;21.47 2

    優勝したNo.21 黒澤元治/砂子義一 日産・R382 120周  3:42'21.47 2

  • 2位 No.20 北野元/横山達   日産・R382  120周  3:42&#39;22.94 1

    2位 No.20 北野元/横山達   日産・R382  120周  3:42'22.94 1

  • No.14 ジョー・シフェール/デヴィッド・パイパー ポルシェ917

    No.14 ジョー・シフェール/デヴィッド・パイパー ポルシェ917

  • シリーズ昭和の記録No.14 船橋サーキット クラブマン・レース 1967.4.2<br />https://4travel.jp/travelogue/11643050<br /><br />船橋サーキット コントロールタワー<br />

    シリーズ昭和の記録No.14 船橋サーキット クラブマン・レース 1967.4.2
    https://4travel.jp/travelogue/11643050

    船橋サーキット コントロールタワー

  • 日産フェアレディ

    日産フェアレディ

  • トヨペット・コロナ、(いすゞ)ベレット1600GT

    トヨペット・コロナ、(いすゞ)ベレット1600GT

  • シリーズ昭和の記録No.15 富士スピードウェイ その1 19693.27、1969.10.9<br />https://4travel.jp/travelogue/11643202<br /><br />1966年3月27日に「第4回クラブマンレース富士大会」が年初にオープンしたばかりの富士スピードウェイで開催されることをCARグラで知り、買ったばかりのCANON FTを持って初めての自動車レースを見に行った。

    シリーズ昭和の記録No.15 富士スピードウェイ その1 19693.27、1969.10.9
    https://4travel.jp/travelogue/11643202

    1966年3月27日に「第4回クラブマンレース富士大会」が年初にオープンしたばかりの富士スピードウェイで開催されることをCARグラで知り、買ったばかりのCANON FTを持って初めての自動車レースを見に行った。

  • 1966年10月9日(昭和41年)<br />「日本インディ200マイルレース」優勝したジャッキー・スチュアート Jackie Stewart<br />No.43 Lola / Ford

    1966年10月9日(昭和41年)
    「日本インディ200マイルレース」優勝したジャッキー・スチュアート Jackie Stewart
    No.43 Lola / Ford

  • 5位 No.24 グラハム・ヒル Graham Hill

    5位 No.24 グラハム・ヒル Graham Hill

  • シリーズ昭和の記録No.16 富士スピードウェイ その2  1969.5.3<br />https://4travel.jp/travelogue/11643745<br /><br />1969年5月3日(昭和44年)<br />JAFグランプリ フォーミュラカーレース<br />No.24 三菱コルトF2‐C

    シリーズ昭和の記録No.16 富士スピードウェイ その2  1969.5.3
    https://4travel.jp/travelogue/11643745

    1969年5月3日(昭和44年)
    JAFグランプリ フォーミュラカーレース
    No.24 三菱コルトF2‐C

  • クラブマン・レース(特殊ツーリングカーの部)決勝結果<br />[順位] No.   車名       ドライバー  タイム    (周回数)<br />[1位]No.39スカイライン2000GT-R(PGC10)篠原 孝道1:08&#39;56&quot;33 (30)<br />[2位]No.36スカイライン2000GT-R(PGC10)萩原 裕  1:09&#39;15&quot;54 (30)<br />[3位]No.26トヨタ1600GT(RT55)  高橋 晴邦 1:08&#39;55&quot;14 (30-1)

    クラブマン・レース(特殊ツーリングカーの部)決勝結果
    [順位] No.   車名       ドライバー  タイム    (周回数)
    [1位]No.39スカイライン2000GT-R(PGC10)篠原 孝道1:08'56"33 (30)
    [2位]No.36スカイライン2000GT-R(PGC10)萩原 裕  1:09'15"54 (30)
    [3位]No.26トヨタ1600GT(RT55)  高橋 晴邦 1:08'55"14 (30-1)

  • [3位]No.26トヨタ1600GT(RT55)  高橋 晴邦 1:08&#39;55&quot;14 (30-1)

    [3位]No.26トヨタ1600GT(RT55)  高橋 晴邦 1:08'55"14 (30-1)

  • シリーズ昭和の記録No.17 富士スピードウェイ その3 1969.11.23<br />https://4travel.jp/travelogue/11643902<br /><br />No.8 優勝  川合 稔  トヨタ7

    シリーズ昭和の記録No.17 富士スピードウェイ その3 1969.11.23
    https://4travel.jp/travelogue/11643902

    No.8 優勝  川合 稔  トヨタ7

  • No.45 2位 J.キャノン  フォードG7A (右)<br />No.11 3位 L.モッチェンバッハー  マクラーレンM12(左)<br />No.10 13位  C.パーソンズ シモナイズSPローラT163(中)

    No.45 2位 J.キャノン  フォードG7A (右)
    No.11 3位 L.モッチェンバッハー  マクラーレンM12(左)
    No.10 13位  C.パーソンズ シモナイズSPローラT163(中)

  • No.19 G.ウィルソン  ローラT163<br /><br />No.12 大石 秀夫  デッキプレイトSPマクラーレンM12

    No.19 G.ウィルソン  ローラT163

    No.12 大石 秀夫  デッキプレイトSPマクラーレンM12

  • シリーズ昭和の記録No.18酷暑のデスヴァレー 53℃の体験 1982.9.1-12<br />https://4travel.jp/travelogue/11644366<br /><br />デスヴァレーは砂地に生えた背丈の低い草が枯れた、このような景色がずーっと続きます。<br />風で飛ばされた草が道路に散乱していることがしばしばです。

    シリーズ昭和の記録No.18酷暑のデスヴァレー 53℃の体験 1982.9.1-12
    https://4travel.jp/travelogue/11644366

    デスヴァレーは砂地に生えた背丈の低い草が枯れた、このような景色がずーっと続きます。
    風で飛ばされた草が道路に散乱していることがしばしばです。

  • デスヴァレーで最も標高が低いバッドウォーター<br />海抜ー85m(-280フィート)<br /><br />バッドウォーターの標識   表紙写真<br />BADWATER<br />280 FEET BELOW SEA LEVEL<br />85 METERS

    デスヴァレーで最も標高が低いバッドウォーター
    海抜ー85m(-280フィート)

    バッドウォーターの標識 表紙写真
    BADWATER
    280 FEET BELOW SEA LEVEL
    85 METERS

  • デスヴァレーの砂漠

    デスヴァレーの砂漠

  • シリーズ昭和の記録No.19 社内行事<br />https://4travel.jp/travelogue/11645409<br /><br /> 運動会(和光研究所)   昭和43年10月27日(1968年)<br />ゴーカートレース<br /><br />ゴーカートに乗った本田宗一郎社長<br />https://ssl.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/67/25/58/lrg_67255823.jpg?20200919094002<br />本田技研工業(株)の社長であり、研究所の社長でもある本田宗一郎も飛び入り参加です。<br />若いときに自動車レースに熱中した腕前はここでは発揮できませんね。

    シリーズ昭和の記録No.19 社内行事
    https://4travel.jp/travelogue/11645409

    運動会(和光研究所)   昭和43年10月27日(1968年)
    ゴーカートレース

    ゴーカートに乗った本田宗一郎社長
    https://ssl.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/67/25/58/lrg_67255823.jpg?20200919094002
    本田技研工業(株)の社長であり、研究所の社長でもある本田宗一郎も飛び入り参加です。
    若いときに自動車レースに熱中した腕前はここでは発揮できませんね。

  • 労働組合メーデー(狭山湖にて)昭和44年5月1日(1969年)<br /><br />本田技研労組東京地区合同メーデー<br />スローガン<br />職場から災害を追放し交通事故の無い明るい家庭を築こう<br />オールホンダの団結と労働条件の向上を目指して前進しよう<br />家と車と夢のある生活を実現させよう!!<br />東京地区合同メーデー  万才!!

    労働組合メーデー(狭山湖にて)昭和44年5月1日(1969年)

    本田技研労組東京地区合同メーデー
    スローガン
    職場から災害を追放し交通事故の無い明るい家庭を築こう
    オールホンダの団結と労働条件の向上を目指して前進しよう
    家と車と夢のある生活を実現させよう!!
    東京地区合同メーデー  万才!!

  • スポーツイベント(本栖湖青少年スポーツセンター)昭和45年6月(1970年)<br /><br />青少年スポーツセンター(後方)のグラウンドでのキャンプファイヤ

    スポーツイベント(本栖湖青少年スポーツセンター)昭和45年6月(1970年)

    青少年スポーツセンター(後方)のグラウンドでのキャンプファイヤ

  • シリーズ昭和の記録No.20 伊豆半島・三宅島+おまけの海 <br />https://4travel.jp/travelogue/11646186<br /><br />西伊豆 中木  1968.7.12-7.14(昭和43年)<br />同期の仲間と海水浴<br />海水浴と言っても、泳ぐよりも潜って魚や貝などを見るほうが楽しかったです。

    シリーズ昭和の記録No.20 伊豆半島・三宅島+おまけの海
    https://4travel.jp/travelogue/11646186

    西伊豆 中木  1968.7.12-7.14(昭和43年)
    同期の仲間と海水浴
    海水浴と言っても、泳ぐよりも潜って魚や貝などを見るほうが楽しかったです。

  • 三宅島 伊豆崎灯台

    三宅島 伊豆崎灯台

  • 三宅島     1968.8(昭和43年)<br />往くときの船の名前はわかりませんが、帰りは椿丸でした。<br /><br />三宅島埠頭に接岸した椿丸<br /><br />椿丸の正面画像<br />https://ssl.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/67/29/59/lrg_67295968.jpg?20200922105425<br /><br />

    三宅島     1968.8(昭和43年)
    往くときの船の名前はわかりませんが、帰りは椿丸でした。

    三宅島埠頭に接岸した椿丸

    椿丸の正面画像
    https://ssl.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/67/29/59/lrg_67295968.jpg?20200922105425

  • シリーズ昭和の記録No.21 大学構内の四季 <br />https://4travel.jp/travelogue/11646543<br /><br />1962年4月(昭和37年)<br />入学式の日のキャンパス<br />創立70周年記念講堂横のスロープからの本館の正面の風景は東工大のシンボルです。

    シリーズ昭和の記録No.21 大学構内の四季 
    https://4travel.jp/travelogue/11646543

    1962年4月(昭和37年)
    入学式の日のキャンパス
    創立70周年記念講堂横のスロープからの本館の正面の風景は東工大のシンボルです。

  • 大雪に見舞われた大学構内 1967年2月13日(月)(昭和42年)<br /><br />初めての建国記念の日2月11日(土)は大雪だった。<br />

    大雪に見舞われた大学構内 1967年2月13日(月)(昭和42年)

    初めての建国記念の日2月11日(土)は大雪だった。

  • 構内の桜  1967年4月(昭和42年)<br /><br />表紙の写真の加工前のモノクロ写真<br /><br />2013大岡山の満開の桜と東工大学園散歩<br />http://4travel.jp/traveler/810766/album/10759961/<br />大岡山の桜 東京工業大学卒業式の思い出2013/2006/1968/1966<br />https://4travel.jp/travelogue/10653136

    構内の桜  1967年4月(昭和42年)

    表紙の写真の加工前のモノクロ写真

    2013大岡山の満開の桜と東工大学園散歩
    http://4travel.jp/traveler/810766/album/10759961/
    大岡山の桜 東京工業大学卒業式の思い出2013/2006/1968/1966
    https://4travel.jp/travelogue/10653136

  • シリーズ昭和の記録No.22 大学デザイン研究会 1962/05/10 - 1964/03/31<br />https://4travel.jp/travelogue/11646876<br /><br />デザイン研究会のメンバー<br /><br />ピントが合わずにぼけてしまいました。<br />現在のオートフォーカスでも設定を間違える(M:マニュアル)とこうなることもあります。

    シリーズ昭和の記録No.22 大学デザイン研究会 1962/05/10 - 1964/03/31
    https://4travel.jp/travelogue/11646876

    デザイン研究会のメンバー

    ピントが合わずにぼけてしまいました。
    現在のオートフォーカスでも設定を間違える(M:マニュアル)とこうなることもあります。

  • カーデザインのレンダリング<br /><br />長方形のラジエターグリルは2020年9月に公表されたフェアレディZに似ています。

    カーデザインのレンダリング

    長方形のラジエターグリルは2020年9月に公表されたフェアレディZに似ています。

  • 1966年(昭和41年)3月26日 <br />生産機械工学科石井研究室の学部卒業生<br />山田 田中 行正 山口 増田

    1966年(昭和41年)3月26日 
    生産機械工学科石井研究室の学部卒業生
    山田 田中 行正 山口 増田

  • シリーズ昭和の記録No.23 奥秩父・松原湖・松本城 1969/09/06 - 1969/09/07<br />https://4travel.jp/travelogue/11647103<br /><br />三国峠   1969.9.6<br /><br />三国峠(みくにとうげ)とは、埼玉県秩父市中津川と長野県南佐久郡川上村大字梓山を結ぶ峠。<br />すぐ北にある三国山(標高1818メートル)が、信濃国(長野県、信州)・上野国(群馬県、上州)・武蔵国(埼玉県、武州)三国の境点。<br />Wikipedia

    シリーズ昭和の記録No.23 奥秩父・松原湖・松本城 1969/09/06 - 1969/09/07
    https://4travel.jp/travelogue/11647103

    三国峠   1969.9.6

    三国峠(みくにとうげ)とは、埼玉県秩父市中津川と長野県南佐久郡川上村大字梓山を結ぶ峠。
    すぐ北にある三国山(標高1818メートル)が、信濃国(長野県、信州)・上野国(群馬県、上州)・武蔵国(埼玉県、武州)三国の境点。
    Wikipedia

  • 松原湖<br />夏の観光シーズンを過ぎ、ひっそりとした感じでした。<br /><br />

    松原湖
    夏の観光シーズンを過ぎ、ひっそりとした感じでした。

  • 松本城  1969.9.7<br /><br />天守閣がもっとも大きく見えるアングル<br />姫路城のような派手さはないが、均整のとれた格調の高い城と思います。<br /><br />黒い板壁は熊本城と類似性を感じます。<br />1968年3月の卒業旅行での印象が強い熊本城は、熊本地震で大きな損傷を受け修復中です。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/20/34/52/src_20345227.jpg?1461141750<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10507124<br /><br /><br /><br />

    松本城  1969.9.7

    天守閣がもっとも大きく見えるアングル
    姫路城のような派手さはないが、均整のとれた格調の高い城と思います。

    黒い板壁は熊本城と類似性を感じます。
    1968年3月の卒業旅行での印象が強い熊本城は、熊本地震で大きな損傷を受け修復中です。
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/20/34/52/src_20345227.jpg?1461141750
    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10507124



  • シリーズ昭和の記録No.24 英国博覧会  1965/09/22<br />https://4travel.jp/travelogue/11647983<br /><br />女子大生はバグパイプの軍楽隊員になにか尋ねているようです。

    シリーズ昭和の記録No.24 英国博覧会  1965/09/22
    https://4travel.jp/travelogue/11647983

    女子大生はバグパイプの軍楽隊員になにか尋ねているようです。

  • アレクサンドラ王女を乗せたロールスロイス <br /><br />アレクサンドラ王女(オギルヴィ令夫人)(1936年ー)近影 <br />全名 Alexandra Helen Elizabeth Olga Christabel<br />アレクサンドラ・ヘレン・エリザベス・オルガ・クリスタベル<br />https://ssl.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/67/49/53/lrg_67495392.jpg?20201004130045<br />

    アレクサンドラ王女を乗せたロールスロイス 

    アレクサンドラ王女(オギルヴィ令夫人)(1936年ー)近影
    全名 Alexandra Helen Elizabeth Olga Christabel
    アレクサンドラ・ヘレン・エリザベス・オルガ・クリスタベル
    https://ssl.4travel.jp/img/tcs/t/pict/lrg/67/49/53/lrg_67495392.jpg?20201004130045

  • 英国海軍巡洋艦の水兵

    英国海軍巡洋艦の水兵

  • シリーズ昭和の記録No.25 スキー部の活動<br />https://4travel.jp/travelogue/11645092<br /><br />1970年5月(昭和45年)  ゴールデンウィークの春スキー<br /><br />蔵王刈田岳(1758m)の御釜の斜面がゲレンデだが、スキー場ではないのでリフトはない。

    シリーズ昭和の記録No.25 スキー部の活動
    https://4travel.jp/travelogue/11645092

    1970年5月(昭和45年)  ゴールデンウィークの春スキー

    蔵王刈田岳(1758m)の御釜の斜面がゲレンデだが、スキー場ではないのでリフトはない。

  • 昼食は這い松の周りの斜面で自炊です。<br />キャンプ用具と食材・水・ビールは手分けして運んできます。<br /><br />春スキーならではの楽しみ方です。

    昼食は這い松の周りの斜面で自炊です。
    キャンプ用具と食材・水・ビールは手分けして運んできます。

    春スキーならではの楽しみ方です。

  • 1971年2月20日(土)(昭和46年)<br />志賀高原東館山スキー場<br />宿泊はリフト下の発哺温泉でした。

    1971年2月20日(土)(昭和46年)
    志賀高原東館山スキー場
    宿泊はリフト下の発哺温泉でした。

  • スキー部および常連のスキー仲間です。<br /><br />建物も看板もないので、どこかわかりません。

    スキー部および常連のスキー仲間です。

    建物も看板もないので、どこかわかりません。

  • シリーズ昭和の記録No.26 日光中禅寺湖キャンプと奥日光ドライブ+おまけ<br />https://4travel.jp/travelogue/11650722<br /><br />中禅寺湖の朝  1963年8月3日(昭和38年)<br /><br /><br />

    シリーズ昭和の記録No.26 日光中禅寺湖キャンプと奥日光ドライブ+おまけ
    https://4travel.jp/travelogue/11650722

    中禅寺湖の朝  1963年8月3日(昭和38年)


  • 炊事風景<br /><br />飯盒炊飯はこのとき以来50年以上もしていません。

    炊事風景

    飯盒炊飯はこのとき以来50年以上もしていません。

  • 昭和34年富士見中学校卒業の同級生(千手ケ浜)

    昭和34年富士見中学校卒業の同級生(千手ケ浜)

  • シリーズ昭和の記録No.27 都電銀座線最終日  1967.12.9<br />https://4travel.jp/travelogue/11650906<br /><br />1967年12月9日(土)(昭和42年)<br />都電銀座線の最後の日の電車<br /><br />「40系統(神明町車庫前ー銀座七)が12月10日から廃止になります<br />ながい間ご愛用ありがとうございました  東京都交通局」<br />の横断幕が張られている。<br />和光(服部時計店)の時計は午後2時13分を指している。<br />

    シリーズ昭和の記録No.27 都電銀座線最終日 1967.12.9
    https://4travel.jp/travelogue/11650906

    1967年12月9日(土)(昭和42年)
    都電銀座線の最後の日の電車

    「40系統(神明町車庫前ー銀座七)が12月10日から廃止になります
    ながい間ご愛用ありがとうございました  東京都交通局」
    の横断幕が張られている。
    和光(服部時計店)の時計は午後2時13分を指している。

  • 22系統(南千住 - 新橋)<br /><br />50年前にあった店舗や会社は現在残っているものは多くないようです。<br />東海銀行もありました。

    22系統(南千住 - 新橋)

    50年前にあった店舗や会社は現在残っているものは多くないようです。
    東海銀行もありました。

  • 松屋前

    松屋前

  • シリーズ昭和の記録No.28 入間基地航空祭 1967.11.3,1968.10.10<br />https://4travel.jp/travelogue/11651007<br /><br />ブルーインパルス BLUE IMPULSE<br />航空自衛隊の存在を多くの人々に知ってもらうために、航空自衛隊の航空祭や国民的な大きな行事などで、華麗なアクロバット飛行(これを展示飛行と呼びます)を披露する専門のチーム、それがブルーインパルスです。正式名称は、宮城県松島基地の第4航空団に所属する「第11飛行隊」。青と白にカラーリングされた6機の機体が、大空で展開する一糸乱れぬフォーメーション、そしてダイナミックなソロ演技――次から次へ繰り広げられる驚異のパフォーマンスは、初めて観る人にとっては驚きの連続に違いありません。地上は大きな感動と歓喜の声に包まれます。その美しく雄大、華麗にして精密なフライトは、内外から高い評価を得てきました。<br />出典https://www.mod.go.jp/asdf/pr_report/blueimpulse/about/<br /><br />最近の入間基地航空祭<br />入間航空祭2017 Aviation Festival in Iruma Air Base/Japan Air Self Defence Force<br />https://4travel.jp/travelogue/11299271<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/album/src/11/29/92/src_11299271.jpg?updated_at=1573093370<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/51/24/69/src_51246932.jpg?1509883365

    シリーズ昭和の記録No.28 入間基地航空祭 1967.11.3,1968.10.10
    https://4travel.jp/travelogue/11651007

    ブルーインパルス BLUE IMPULSE
    航空自衛隊の存在を多くの人々に知ってもらうために、航空自衛隊の航空祭や国民的な大きな行事などで、華麗なアクロバット飛行(これを展示飛行と呼びます)を披露する専門のチーム、それがブルーインパルスです。正式名称は、宮城県松島基地の第4航空団に所属する「第11飛行隊」。青と白にカラーリングされた6機の機体が、大空で展開する一糸乱れぬフォーメーション、そしてダイナミックなソロ演技――次から次へ繰り広げられる驚異のパフォーマンスは、初めて観る人にとっては驚きの連続に違いありません。地上は大きな感動と歓喜の声に包まれます。その美しく雄大、華麗にして精密なフライトは、内外から高い評価を得てきました。
    出典https://www.mod.go.jp/asdf/pr_report/blueimpulse/about/

    最近の入間基地航空祭
    入間航空祭2017 Aviation Festival in Iruma Air Base/Japan Air Self Defence Force
    https://4travel.jp/travelogue/11299271
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/album/src/11/29/92/src_11299271.jpg?updated_at=1573093370
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/51/24/69/src_51246932.jpg?1509883365

  • アトランティック ブレゲー1150<br /><br />ブレゲー アトランティック(Breguet Atlantic)は、フランスのブレゲー社によって開発された対潜哨戒機<br /><br />要目<br />アトランティック1乗員:12名<br />全長:31.75 m<br />全幅:36.30 m<br />全高:11.33 m<br />翼面積:120.34 m2<br />空虚重量:25,000 kg<br />最大離陸重量:44,500 kg<br />エンジン:ロールス・ロイス タイン RTy.20 Mk 21 ターボプロップエンジン(4,549 kW) × 2<br />最大速度:658 km/h(最適高度)<br />巡航速度:556 km/h(高度7,500 m)<br />哨戒速度:315 km/h(最適高度)<br />航続距離:9,000 km<br />実用上昇限度:10,000 m<br />兵装:爆弾、機雷、誘導魚雷、エグゾセ対艦ミサイルなど最大3,500 kg<br />Wikipedia

    アトランティック ブレゲー1150

    ブレゲー アトランティック(Breguet Atlantic)は、フランスのブレゲー社によって開発された対潜哨戒機

    要目
    アトランティック1乗員:12名
    全長:31.75 m
    全幅:36.30 m
    全高:11.33 m
    翼面積:120.34 m2
    空虚重量:25,000 kg
    最大離陸重量:44,500 kg
    エンジン:ロールス・ロイス タイン RTy.20 Mk 21 ターボプロップエンジン(4,549 kW) × 2
    最大速度:658 km/h(最適高度)
    巡航速度:556 km/h(高度7,500 m)
    哨戒速度:315 km/h(最適高度)
    航続距離:9,000 km
    実用上昇限度:10,000 m
    兵装:爆弾、機雷、誘導魚雷、エグゾセ対艦ミサイルなど最大3,500 kg
    Wikipedia

  • マグダネル F-4C<br />ファントムⅡ戦闘機<br /><br />F-4 ファントムII(McDonnel F-4 Phantom II)は、アメリカ合衆国のマクドネル・エアクラフト社(その後マクドネル・ダグラス社を経て、現在のボーイング社)が開発した艦上戦闘機である。アメリカ海軍をはじめ、多くの国の軍隊で採用された。愛称はファントムII(Phantom II)。

    マグダネル F-4C
    ファントムⅡ戦闘機

    F-4 ファントムII(McDonnel F-4 Phantom II)は、アメリカ合衆国のマクドネル・エアクラフト社(その後マクドネル・ダグラス社を経て、現在のボーイング社)が開発した艦上戦闘機である。アメリカ海軍をはじめ、多くの国の軍隊で採用された。愛称はファントムII(Phantom II)。

  • ダッソー「ミラージュ」F1戦闘機(フランス)

    ダッソー「ミラージュ」F1戦闘機(フランス)

  • シリーズ昭和の記録No.29 明治神宮初詣、アポロ月面着陸 1968.1.1<br />https://4travel.jp/travelogue/11651317<br /><br />外拝殿前で参拝を待つ人々の列<br />こうして高い位置から見ても、外拝殿前に大きな賽銭プールは見えません。<br /><br />

    シリーズ昭和の記録No.29 明治神宮初詣、アポロ月面着陸 1968.1.1
    https://4travel.jp/travelogue/11651317

    外拝殿前で参拝を待つ人々の列
    こうして高い位置から見ても、外拝殿前に大きな賽銭プールは見えません。

  • 明治百年展示会 1968年1月(昭和43年)<br />川越市役所大東支所<br /><br />蓄音機(レコードプレヤー)

    明治百年展示会 1968年1月(昭和43年)
    川越市役所大東支所

    蓄音機(レコードプレヤー)

  • アポロ11号月面着陸テレビ1969年7月20日(昭和44年)<br /><br />名称:アポロ11号(Apollo 11)<br />小分類:アポロ計画<br />打ち上げ国名・機関:アメリカ/アメリカ航空宇宙局(NASA)<br />打ち上げ年月日:1969年7月16日<br />帰還年月日:1969年7月24日<br />打ち上げロケット:サターンV<br />宇宙飛行士:ニール・A・アームストロング/マイケル・コリンズ/エドウィン・E・オルドリン<br />飛行時間:195時間18分35秒<br />国際標識番号:1969059A<br />出典:http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/apollo_11.htm

    アポロ11号月面着陸テレビ1969年7月20日(昭和44年)

    名称:アポロ11号(Apollo 11)
    小分類:アポロ計画
    打ち上げ国名・機関:アメリカ/アメリカ航空宇宙局(NASA)
    打ち上げ年月日:1969年7月16日
    帰還年月日:1969年7月24日
    打ち上げロケット:サターンV
    宇宙飛行士:ニール・A・アームストロング/マイケル・コリンズ/エドウィン・E・オルドリン
    飛行時間:195時間18分35秒
    国際標識番号:1969059A
    出典:http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/apollo_11.htm

  • シリーズ昭和の記録No.30 秩父、河口湖、狭山湖、平林寺<br />https://4travel.jp/travelogue/11651342<br /><br />正丸峠 1968.12<br />正丸峠から望む武甲山<br /><br />明治期より漆喰やセメントの原料として石灰岩が採掘され、特に戦後の復興のためのセメント需要に対応して大規模な採掘が行われてきた。<br />山頂までも爆破されて標高が大きく変化し、1900年(明治33年)の測量で1,336mであったものが2002年(平成14年)の測量で1,304mとなった。<br /><br />北側斜面の採掘により山容(外観)が大きく変わり、間近に見ると採掘跡が階段状になり、植林された木々が育っているのがわかる。<br /><br />武甲山 2020年2月28日(金)<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/65/25/91/src_65259137.jpg?1583403354<br />昔から石灰岩の採石場で、北の斜面はかなり削られてしまいました。<br />石灰岩はセメントの原料となり戦後の国土の復興に寄与した歴史があります。<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11605167<br /><br />

    シリーズ昭和の記録No.30 秩父、河口湖、狭山湖、平林寺
    https://4travel.jp/travelogue/11651342

    正丸峠 1968.12
    正丸峠から望む武甲山

    明治期より漆喰やセメントの原料として石灰岩が採掘され、特に戦後の復興のためのセメント需要に対応して大規模な採掘が行われてきた。
    山頂までも爆破されて標高が大きく変化し、1900年(明治33年)の測量で1,336mであったものが2002年(平成14年)の測量で1,304mとなった。

    北側斜面の採掘により山容(外観)が大きく変わり、間近に見ると採掘跡が階段状になり、植林された木々が育っているのがわかる。

    武甲山 2020年2月28日(金)
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/65/25/91/src_65259137.jpg?1583403354
    昔から石灰岩の採石場で、北の斜面はかなり削られてしまいました。
    石灰岩はセメントの原料となり戦後の国土の復興に寄与した歴史があります。
    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11605167

  • 冬の平林寺 1968.12<br /><br />平林寺の山門  凌雲閣の扁額<br /><br />築350年の風格を湛える平林寺のシンボルです。江戸時代前期、平林寺が岩槻から移転された際に、現在の地に移築されました。<br />県指定有形文化財(建造物)

    冬の平林寺 1968.12

    平林寺の山門  凌雲閣の扁額

    築350年の風格を湛える平林寺のシンボルです。江戸時代前期、平林寺が岩槻から移転された際に、現在の地に移築されました。
    県指定有形文化財(建造物)

  • 河口湖から望む富士山 1969.3

    河口湖から望む富士山 1969.3

  • シリーズ昭和の記録No.31 川越の風景・実家周辺 <br />https://4travel.jp/travelogue/11648658<br /><br />昭和35年(1960年)ごろの川越市南大塚の実家の母屋<br />縁側に2匹の猫がいる。<br /><br />萱葺き屋根の建坪54.5坪の、畳の部屋が4つ田の字に配置された江戸時代後期に建てられた古民家<br />煙出小屋と棟の屋根瓦はかなり破損している。<br />萱葺き屋根の葺き替えのための萱集めと職人の手配が事実上不可能になり、1962年(昭和37年 大学入学の年)に瓦屋根に葺き替えられた。それまでは20年ごとに半分ずつ葺き替えていた。<br />11代目を継いだ父の家へのこだわりだったと思うが、普通であれば建て替えのほうが合理的だ。建て替えたのは約40年後の亡くなる数年前だった。<br /><br />この家での生活に関する記憶はいろいろあるが、思いつくままに書いてみる。<br /><br />井戸は元々はつるべ井戸で、記憶にあるのは手漕ぎポンプで、中学生のころに電動ポンプを取り付けて井戸小屋の屋根上にドラム缶の貯水槽が設置された。<br />そのおかげで風呂の水を井戸からバケツで運ぶ必要がなくなった。<br />その後も夏にはスイカを井戸に下げて浸けて冷やしていた。深さは5メートルぐらいだった。<br /><br />年末になると醤油職人が巡回してきて、味噌部屋で仕込んだ醤油のもろ味を厚手の布袋に入れ、四角い浴槽のような搾り機に入れてネジ式プレスで絞った。<br />絞った生醤油を大釜で煮て冷ますと醤油が出来上がり、1升ビンに詰めた。<br />味噌部屋は4斗樽に仕込んだ味噌の熟成室でもあり、窓がなく夏でもひんやりしていた。煮た大豆と、炒ってから蒸した小麦に麹菌をまぶして麹を作り、塩を加えて樽に仕込む際に干した大根を埋めておくと大根の味噌漬けができる。仕込んで2年熟成させると味噌が出来上がる。<br /><br />冬の暖房は掘りごたつに練炭を燃やしたが、あらかじめ予備燃焼させて真っ赤にして、臭気と一酸化炭素中毒を予防した。暖かさは電気ゴタツに比ではなく、体全体に温まり、のどが渇くほどだった。<br /><br />風呂は改築前の杉の風呂桶からいわゆる五右衛門風呂に変わった。浴槽の下部は鋳鉄製で下から薪を燃やして沸かす方式。浴槽の底にタイル張りのコンクリート板を敷いて熱さを避けた。浴槽の周りやタイルの洗い場の下が煙道になっており、廃熱で全体が温まるためお湯が朝まで暖かかった。足元に豆炭アンカを置いて毛布の膝掛けだけの寒い部屋での受験勉強を終えて、寝る前に湯船に浸かって温まるのが極楽気分で熟睡をたすけた。<br />洗い場のタイルは猫にとっても居心地がよかったようだ。<br /><br />室内の電灯のうち、表の10畳の部屋に40Wの蛍光灯が付いたときは眩しさにびっくりした。<br /><br />皇太子の結婚式(昭和34年4月10日)パレードを買ったばかりのテレビで見た。サンヨーのケーブル・リモコン付だった。<br /><br />自宅の西方約10キロに米軍のジョンソン基地があり上空を低空で飛行する銀色のジェット戦闘機がよく見えた。<br />翼の下に書かれたUSAFの文字をよく覚えている。<br />アメリカ空軍 United States Air Force<br />英語については、西武新宿線の車内にも非常コックの取扱説明文が英語で書かれており、中学校へ通学途中で覚えてしまった。<br />In an emergency pull the cook handle toward you, then all the doors are ready for opening by hand.<br /><br />食糧事情について<br />農家で自給自足のため食糧難でも食べるのに困ることはなかったが、決して豊かではなかった。南大塚地区には田んぼは無く、陸稲(おかぼ)と麦(大麦・小麦)、イモ類(サツマイモ、じゃがいも、サトイモ)が主食で、野菜類は豊富に揃っていた。それでも白米は食べたことが無く麦飯だった。今では栄養のバランスで麦ご飯が評価されるのは隔世の感がある。<br />麦は軽いのでお釜の上に集まるので、母親が釜の底から白い部分を掘って弁当箱につめてくれたのは覚えている。<br />正月の餅は白かったが、もち米が不作の年や2月の小正月に搗く餅は粟が半分混じった黄色い餅で、とてもまずかったことも忘れられない。<br />大人になって初めて食べたものもいくつもある。<br />牛肉、とんかつ、うなぎ、チーズ、ロースハム、バター(マーガリンはあった)、グラタン、ピザ、スパゲティ・・・。<br />川越市内の親戚が魚屋(山万)だったので魚はいろいろ食べた。ニシンを箱ごともらって堆肥に混ぜていたこともある。<br />畑で作っていた作物を思い出して書いてみた。(30種類)<br />穀類 米、大麦、小麦、ビール麦(契約栽培)<br />根菜類 ニンジン、大根、ごぼう、サツマイモ、里芋、じゃがいも、生姜<br />果野菜 トマト、キュウリ、ナス、カボチャ、スイカ、メロン、トウモロコシ<br />葉物野菜 キャベツ、白菜、小松菜、ネギ、ホウレンソウ、アスパラガス、茗荷<br />豆類・種(たね)類 大豆、小豆、ササゲ(金時豆)、インゲン、サヤエンドウ、ゴマ<br /><br />戦後の食糧事情については映画「この世界の片隅に」に懐かしい場面がいくつも見られる。<br />寒中の新宿街歩きと映画「この世界の片隅に」<br />https://4travel.jp/travelogue/11210418<br />

    シリーズ昭和の記録No.31 川越の風景・実家周辺 
    https://4travel.jp/travelogue/11648658

    昭和35年(1960年)ごろの川越市南大塚の実家の母屋
    縁側に2匹の猫がいる。

    萱葺き屋根の建坪54.5坪の、畳の部屋が4つ田の字に配置された江戸時代後期に建てられた古民家
    煙出小屋と棟の屋根瓦はかなり破損している。
    萱葺き屋根の葺き替えのための萱集めと職人の手配が事実上不可能になり、1962年(昭和37年 大学入学の年)に瓦屋根に葺き替えられた。それまでは20年ごとに半分ずつ葺き替えていた。
    11代目を継いだ父の家へのこだわりだったと思うが、普通であれば建て替えのほうが合理的だ。建て替えたのは約40年後の亡くなる数年前だった。

    この家での生活に関する記憶はいろいろあるが、思いつくままに書いてみる。

    井戸は元々はつるべ井戸で、記憶にあるのは手漕ぎポンプで、中学生のころに電動ポンプを取り付けて井戸小屋の屋根上にドラム缶の貯水槽が設置された。
    そのおかげで風呂の水を井戸からバケツで運ぶ必要がなくなった。
    その後も夏にはスイカを井戸に下げて浸けて冷やしていた。深さは5メートルぐらいだった。

    年末になると醤油職人が巡回してきて、味噌部屋で仕込んだ醤油のもろ味を厚手の布袋に入れ、四角い浴槽のような搾り機に入れてネジ式プレスで絞った。
    絞った生醤油を大釜で煮て冷ますと醤油が出来上がり、1升ビンに詰めた。
    味噌部屋は4斗樽に仕込んだ味噌の熟成室でもあり、窓がなく夏でもひんやりしていた。煮た大豆と、炒ってから蒸した小麦に麹菌をまぶして麹を作り、塩を加えて樽に仕込む際に干した大根を埋めておくと大根の味噌漬けができる。仕込んで2年熟成させると味噌が出来上がる。

    冬の暖房は掘りごたつに練炭を燃やしたが、あらかじめ予備燃焼させて真っ赤にして、臭気と一酸化炭素中毒を予防した。暖かさは電気ゴタツに比ではなく、体全体に温まり、のどが渇くほどだった。

    風呂は改築前の杉の風呂桶からいわゆる五右衛門風呂に変わった。浴槽の下部は鋳鉄製で下から薪を燃やして沸かす方式。浴槽の底にタイル張りのコンクリート板を敷いて熱さを避けた。浴槽の周りやタイルの洗い場の下が煙道になっており、廃熱で全体が温まるためお湯が朝まで暖かかった。足元に豆炭アンカを置いて毛布の膝掛けだけの寒い部屋での受験勉強を終えて、寝る前に湯船に浸かって温まるのが極楽気分で熟睡をたすけた。
    洗い場のタイルは猫にとっても居心地がよかったようだ。

    室内の電灯のうち、表の10畳の部屋に40Wの蛍光灯が付いたときは眩しさにびっくりした。

    皇太子の結婚式(昭和34年4月10日)パレードを買ったばかりのテレビで見た。サンヨーのケーブル・リモコン付だった。

    自宅の西方約10キロに米軍のジョンソン基地があり上空を低空で飛行する銀色のジェット戦闘機がよく見えた。
    翼の下に書かれたUSAFの文字をよく覚えている。
    アメリカ空軍 United States Air Force
    英語については、西武新宿線の車内にも非常コックの取扱説明文が英語で書かれており、中学校へ通学途中で覚えてしまった。
    In an emergency pull the cook handle toward you, then all the doors are ready for opening by hand.

    食糧事情について
    農家で自給自足のため食糧難でも食べるのに困ることはなかったが、決して豊かではなかった。南大塚地区には田んぼは無く、陸稲(おかぼ)と麦(大麦・小麦)、イモ類(サツマイモ、じゃがいも、サトイモ)が主食で、野菜類は豊富に揃っていた。それでも白米は食べたことが無く麦飯だった。今では栄養のバランスで麦ご飯が評価されるのは隔世の感がある。
    麦は軽いのでお釜の上に集まるので、母親が釜の底から白い部分を掘って弁当箱につめてくれたのは覚えている。
    正月の餅は白かったが、もち米が不作の年や2月の小正月に搗く餅は粟が半分混じった黄色い餅で、とてもまずかったことも忘れられない。
    大人になって初めて食べたものもいくつもある。
    牛肉、とんかつ、うなぎ、チーズ、ロースハム、バター(マーガリンはあった)、グラタン、ピザ、スパゲティ・・・。
    川越市内の親戚が魚屋(山万)だったので魚はいろいろ食べた。ニシンを箱ごともらって堆肥に混ぜていたこともある。
    畑で作っていた作物を思い出して書いてみた。(30種類)
    穀類 米、大麦、小麦、ビール麦(契約栽培)
    根菜類 ニンジン、大根、ごぼう、サツマイモ、里芋、じゃがいも、生姜
    果野菜 トマト、キュウリ、ナス、カボチャ、スイカ、メロン、トウモロコシ
    葉物野菜 キャベツ、白菜、小松菜、ネギ、ホウレンソウ、アスパラガス、茗荷
    豆類・種(たね)類 大豆、小豆、ササゲ(金時豆)、インゲン、サヤエンドウ、ゴマ

    戦後の食糧事情については映画「この世界の片隅に」に懐かしい場面がいくつも見られる。
    寒中の新宿街歩きと映画「この世界の片隅に」
    https://4travel.jp/travelogue/11210418

  • 土蔵の廃材瓦で遊ぶ子ヤギ   手前が親ヤギ<br />子ヤギは活発に走り回り、容易には捕まえられない。<br /><br />2020年6月に飼い主のもとから逃げ出して千葉県佐倉市の鉄道の線路沿いにある斜面に住み着き、「崖の上のヤギ」として「ポニョ」の愛称で話題となったが、子ヤギの習性を知っていたので、心配せずに経過を見守った。<br />

    土蔵の廃材瓦で遊ぶ子ヤギ   手前が親ヤギ
    子ヤギは活発に走り回り、容易には捕まえられない。

    2020年6月に飼い主のもとから逃げ出して千葉県佐倉市の鉄道の線路沿いにある斜面に住み着き、「崖の上のヤギ」として「ポニョ」の愛称で話題となったが、子ヤギの習性を知っていたので、心配せずに経過を見守った。

  • 関越自動車道の工事のブルドーザー  1970年11月<br />エンジン音(ブーブー)とキャタピラー(無限軌道)の音(ガラガラ)、ブレード(排土板)の操作音(ガシャン ガシャン)などは今でも耳に残っている。<br /><br />関越は川越市南大塚の実家の西約300mを通る。<br />川越インターチェンジは北側300mの西武新宿線と国道16号の間に建設された。<br /><br />

    関越自動車道の工事のブルドーザー  1970年11月
    エンジン音(ブーブー)とキャタピラー(無限軌道)の音(ガラガラ)、ブレード(排土板)の操作音(ガシャン ガシャン)などは今でも耳に残っている。

    関越は川越市南大塚の実家の西約300mを通る。
    川越インターチェンジは北側300mの西武新宿線と国道16号の間に建設された。

  • ススキの真っ白な(やや黄色がかった、いわゆるプラチナ色)の穂が逆光を受けて輝く姿は、神々しくもあり、幸せな気分にしてくれる、何にも替えがたい初冬の点の恵みです。思いつく言葉を並べましたがまだ足りません。<br /><br />

    ススキの真っ白な(やや黄色がかった、いわゆるプラチナ色)の穂が逆光を受けて輝く姿は、神々しくもあり、幸せな気分にしてくれる、何にも替えがたい初冬の点の恵みです。思いつく言葉を並べましたがまだ足りません。

  • 撮影に使用したカメラの同型機(百選外)<br /><br />フジフィルム Fujica35SE  FUJINON 45mm F1.9  (1967年ごろまで使用)<br />大きさ 138×95×87mm  重量777g<br />発売 1959年 26,500円

    撮影に使用したカメラの同型機(百選外)

    フジフィルム Fujica35SE FUJINON 45mm F1.9 (1967年ごろまで使用)
    大きさ 138×95×87mm 重量777g
    発売 1959年 26,500円

  • 撮影に使用した一眼レフカメラ(百選外)<br /><br />CANON FT FL 50mm F1.4 (1967年ごろ以降の写真を撮影)<br /><br />発売年月 1966年(昭和41年)3月 <br />発売時価格 66,800円(FL58mm F1.2付き)<br />      54,800円 (FL50mm F1.4 II付き) <br />大きさと質量 144×93×100mm、1,095g (FL58mm F1.2付き) <br /><br />出典https://global.canon/ja/c-museum/product/film62.html

    撮影に使用した一眼レフカメラ(百選外)

    CANON FT FL 50mm F1.4 (1967年ごろ以降の写真を撮影)

    発売年月 1966年(昭和41年)3月
    発売時価格 66,800円(FL58mm F1.2付き)
          54,800円 (FL50mm F1.4 II付き)
    大きさと質量 144×93×100mm、1,095g (FL58mm F1.2付き)

    出典https://global.canon/ja/c-museum/product/film62.html

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