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笑顔のアレクサンドラ王女を乗せたロールスロイス 1965.9.22(昭和40年)<br /> 英国博覧会 東京国際見本市会場(晴海)<br />───────────────────────────<br />はじめに<br />私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。<br />アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)<br />https://4travel.jp/travelogue/10583150<br />最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。<br />大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No.4公開済み)<br />また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。<br /><br />モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。<br />しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。<br />平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。<br />現代用語:終活(笑い)<br />   ───────────────────────────<br />昭和の記録公開について<br />令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。<br />1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。<br />写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)<br />公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。<br />もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。<br />ここまではシリーズ共通の前文とする。<br />シリーズ昭和の記録 百選 総集編<br />https://4travel.jp/travelogue/11651747<br />───────────────────────────<br />シリーズ昭和の記録No.24 英国博覧会 British Exhibition in Tokyo<br />1965.9.22(昭和40年)<br /><br />今回の英国博覧会は写真のみで、記録・資料はないので、関連するサイトを紹介するにとどめる。<br />写真は撮ってないが、来場したアレクサンドラ王女を案内した経団連の石坂泰三会長の恰幅のよい姿は思えている。<br /><br />石坂 泰三(いしざか たいぞう、1886年(明治19年)6月3日 - 1975年(昭和50年)3月6日)は、日本の財界人、経営者。逓信省を退官、第一生命保険に入社。第一生命保険、東京芝浦電気(現・東芝)社長を経て、第2代経済団体連合会(経団連)会長(在任、1956年(昭和31年)2月21日~1968年(昭和43年)5月24日)。経団連会長を4期、12年務めた。経団連会長の異名 「財界総理」は石坂泰三を嚆矢とする。<br /><br />経団連 歴代会長・審議員会(評議員会)議長<br />https://www.keidanren.or.jp/profile/rekidai.html<br />第2代 石坂 泰三 (東京芝浦電気社長)<br />1956年2月21日~1968年5月24日 <br /><br />英国博覧会<br />https://www.nomurakougei.co.jp/expo/exposition/detail?e_code=633<br />主催は(財)英国海外博覧会であったが、機関は英国工業連盟で、日本貿易振興会(ジェトロ)と似た存在の、10年の運営技術をもつ専門組織である。貿易の促進と両国の理解と親睦を深める目的でひらかれたが、実は英国商品小売強化運動で、日本の貿易自由化にタイミングを合わせた売り込みに狙いがあった。博覧会というより見本市に近い性格であったが、「うれしがらせて、見させておいて、あとで買わせる抜け目なさ」という、典型的なショーの要素を盛り込んでの開催であった。会場では一番あたらしい英国の姿を紹介するとともに、記念行事として朝日新聞社後援によるスカート姿のスコットランド軍楽隊の演奏とハイランド郷土舞踊を披露したほか、英国貴金属工芸展や美術展、フアッションショー、1964年度のミス・ワールド英国代表の訪問などを繰り広げ、映画「素晴らしきパイロットたち」の特別試写会も行われ、ロンドン名物「2階バス」の都内無料運転もするなど、心憎いような演出ぶりであった。また、特別会場では毎日新聞社の主催で「チャーチル展」が開かれ、その偉大な生涯と業績をしのぶ数々の遺品を集めて展示した。新しい英国の姿を見せる為、産業界へは航空機・自動車・機械類を、一般家庭へは高級食料品や雑貨などを展示し会場内では即売も開催。また、その偉大な生涯と業績をしのぶ数々の遺品を集めた毎日新聞社主催「チャーチル展」、マグナ・カルタ(大憲章)の伝統を誇る「英国民主政治史展」「英国王朝史展」「英国王室展」「英国発明展」なども開催。<br /><br />第125回「ラフカディオ・ハーンの会」ニュース<br />http://home.att.ne.jp/sea/reiko/hearn.news.125.htm<br />●英国博覧会にちなんで、多彩な記念展覧会が東京の各所で開かれたが、そのひとつとして9月18日から9月28日まで、東京の池袋西武百貨店で「小泉八雲展」(日本経済新聞社主催、日本近代文学館後援)が開かれた。▲9月18日には特に講演会が会場で開かれ、矢野峰人氏が「小泉八雲のすべて」と題し、ハーンの文学を概説し、伊藤整氏が「東京での小泉八雲」と題して、東京大学文科大学の講師時代(1896-1903)のハーンと辞任のいきさつなどについて語った。また映画「怪談」を脚色した水木洋子氏が映画「怪談」の思い出を語った。<br /><br />撮影<br />Fujica 35-SE 45mm f1.9<br />フィルム NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA=ISO 100<br /><br />イギリスは自動車会社ローバーROVERとの共同プロジェクトに10年近く携わったため出張で何度も訪れました。<br />私が担当するトランスミッション部門の研究開発拠点はバーミンガムにあるため、出張先はバーミンガムでしたが、土日の休日には若い同行者をロンドンへ連れて行くことが多かったです。<br />末尾にイギリス出張時の写真を掲載します。<br /><br />特許庁関連の財団法人に移ってからは家族で何度か行きました。<br />それらの体験を元に「ロンドン街歩き」を書き、多くの読者にイギリスの習慣と文化を紹介してきました。<br />ロンドンの街歩き 未来旅行記 3<br />https://4travel.jp/travelogue/10664951<br />─────────────────────────── <br />編集者自己紹介(シリーズ共通)<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !<br />シニア写真愛好家のyamada423です。<br />一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。<br /><br /><略歴>  <br />大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。<br />写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。<br />月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。<br />1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。<br />自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職<br />4トラベル会員登録 2010年5月21日<br /><br />ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。<br />http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/<br /><br />おねがい<br />50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。<br /><br />投稿 2020.10.3 20:00<br />

シリーズ昭和の記録No.24 英国博覧会 British Exhibition in Tokyo

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1965/09/22 - 1965/09/22

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yamada423

yamada423さん

笑顔のアレクサンドラ王女を乗せたロールスロイス 1965.9.22(昭和40年)
 英国博覧会 東京国際見本市会場(晴海)
───────────────────────────
はじめに
私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。
アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)
https://4travel.jp/travelogue/10583150
最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。
大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No.4公開済み)
また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。

モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。
しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。
平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。
現代用語:終活(笑い)
   ───────────────────────────
昭和の記録公開について
令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。
1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。
写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)
公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。
もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。
ここまではシリーズ共通の前文とする。
シリーズ昭和の記録 百選 総集編
https://4travel.jp/travelogue/11651747
───────────────────────────
シリーズ昭和の記録No.24 英国博覧会 British Exhibition in Tokyo
1965.9.22(昭和40年)

今回の英国博覧会は写真のみで、記録・資料はないので、関連するサイトを紹介するにとどめる。
写真は撮ってないが、来場したアレクサンドラ王女を案内した経団連の石坂泰三会長の恰幅のよい姿は思えている。

石坂 泰三(いしざか たいぞう、1886年(明治19年)6月3日 - 1975年(昭和50年)3月6日)は、日本の財界人、経営者。逓信省を退官、第一生命保険に入社。第一生命保険、東京芝浦電気(現・東芝)社長を経て、第2代経済団体連合会(経団連)会長(在任、1956年(昭和31年)2月21日~1968年(昭和43年)5月24日)。経団連会長を4期、12年務めた。経団連会長の異名 「財界総理」は石坂泰三を嚆矢とする。

経団連 歴代会長・審議員会(評議員会)議長
https://www.keidanren.or.jp/profile/rekidai.html
第2代 石坂 泰三 (東京芝浦電気社長)
1956年2月21日~1968年5月24日

英国博覧会
https://www.nomurakougei.co.jp/expo/exposition/detail?e_code=633
主催は(財)英国海外博覧会であったが、機関は英国工業連盟で、日本貿易振興会(ジェトロ)と似た存在の、10年の運営技術をもつ専門組織である。貿易の促進と両国の理解と親睦を深める目的でひらかれたが、実は英国商品小売強化運動で、日本の貿易自由化にタイミングを合わせた売り込みに狙いがあった。博覧会というより見本市に近い性格であったが、「うれしがらせて、見させておいて、あとで買わせる抜け目なさ」という、典型的なショーの要素を盛り込んでの開催であった。会場では一番あたらしい英国の姿を紹介するとともに、記念行事として朝日新聞社後援によるスカート姿のスコットランド軍楽隊の演奏とハイランド郷土舞踊を披露したほか、英国貴金属工芸展や美術展、フアッションショー、1964年度のミス・ワールド英国代表の訪問などを繰り広げ、映画「素晴らしきパイロットたち」の特別試写会も行われ、ロンドン名物「2階バス」の都内無料運転もするなど、心憎いような演出ぶりであった。また、特別会場では毎日新聞社の主催で「チャーチル展」が開かれ、その偉大な生涯と業績をしのぶ数々の遺品を集めて展示した。新しい英国の姿を見せる為、産業界へは航空機・自動車・機械類を、一般家庭へは高級食料品や雑貨などを展示し会場内では即売も開催。また、その偉大な生涯と業績をしのぶ数々の遺品を集めた毎日新聞社主催「チャーチル展」、マグナ・カルタ(大憲章)の伝統を誇る「英国民主政治史展」「英国王朝史展」「英国王室展」「英国発明展」なども開催。

第125回「ラフカディオ・ハーンの会」ニュース
http://home.att.ne.jp/sea/reiko/hearn.news.125.htm
●英国博覧会にちなんで、多彩な記念展覧会が東京の各所で開かれたが、そのひとつとして9月18日から9月28日まで、東京の池袋西武百貨店で「小泉八雲展」(日本経済新聞社主催、日本近代文学館後援)が開かれた。▲9月18日には特に講演会が会場で開かれ、矢野峰人氏が「小泉八雲のすべて」と題し、ハーンの文学を概説し、伊藤整氏が「東京での小泉八雲」と題して、東京大学文科大学の講師時代(1896-1903)のハーンと辞任のいきさつなどについて語った。また映画「怪談」を脚色した水木洋子氏が映画「怪談」の思い出を語った。

撮影
Fujica 35-SE 45mm f1.9
フィルム NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA=ISO 100

イギリスは自動車会社ローバーROVERとの共同プロジェクトに10年近く携わったため出張で何度も訪れました。
私が担当するトランスミッション部門の研究開発拠点はバーミンガムにあるため、出張先はバーミンガムでしたが、土日の休日には若い同行者をロンドンへ連れて行くことが多かったです。
末尾にイギリス出張時の写真を掲載します。

特許庁関連の財団法人に移ってからは家族で何度か行きました。
それらの体験を元に「ロンドン街歩き」を書き、多くの読者にイギリスの習慣と文化を紹介してきました。
ロンドンの街歩き 未来旅行記 3
https://4travel.jp/travelogue/10664951
─────────────────────────── 
編集者自己紹介(シリーズ共通)
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !
シニア写真愛好家のyamada423です。
一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。

<略歴>  
大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。
月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。
1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。
自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職
4トラベル会員登録 2010年5月21日

ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

おねがい
50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。

投稿 2020.10.3 20:00

  • 1965年9月22日(昭和40年)<br /><br />英国博覧会 東京国際見本市会場(晴海)

    1965年9月22日(昭和40年)

    英国博覧会 東京国際見本市会場(晴海)

  • 記念行事として朝日新聞社後援によるスカート姿のスコットランド軍楽隊の演奏とハイランド郷土舞踊を披露した。

    記念行事として朝日新聞社後援によるスカート姿のスコットランド軍楽隊の演奏とハイランド郷土舞踊を披露した。

  • 女子大生はバグパイプの軍楽隊員になにか尋ねているようです。<br /><br />2014年にスコットランドのエジンバラを訪れたときには、大通りでバグパイプ奏者とディナーショーでのバグパイプの演奏を聴きました。<br /><br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/54/12/src_36541264.jpg?1420077998<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/54/13/src_36541358.jpg?1420077998<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10959995<br />スコティッシュ・ダンス・ショーは宿泊したホテルMotel One Edinburghにメールして探してもらい、予約してもらいました。<br />ディナー・ショーの料金47ポンド¥8500

    女子大生はバグパイプの軍楽隊員になにか尋ねているようです。

    2014年にスコットランドのエジンバラを訪れたときには、大通りでバグパイプ奏者とディナーショーでのバグパイプの演奏を聴きました。

    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/54/12/src_36541264.jpg?1420077998
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/54/13/src_36541358.jpg?1420077998
    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10959995
    スコティッシュ・ダンス・ショーは宿泊したホテルMotel One Edinburghにメールして探してもらい、予約してもらいました。
    ディナー・ショーの料金47ポンド¥8500

  • パトカーに先導されたロールスロイス

    パトカーに先導されたロールスロイス

  • アレクサンドラ王女を乗せたロールスロイス <br /><br />アレクサンドラ王女(1936-  )

    アレクサンドラ王女を乗せたロールスロイス 

    アレクサンドラ王女(1936-  )

  • 表紙写真(トリミング)

    表紙写真(トリミング)

  • 手を振るアレクサンドラ王女

    手を振るアレクサンドラ王女

  • アレクサンドラ王女(オギルヴィ令夫人)(1936年ー) <br />全名 Alexandra Helen Elizabeth Olga Christabel<br />アレクサンドラ・ヘレン・エリザベス・オルガ・クリスタベル<br /><br />2人の兄弟と同様に、アレクサンドラ王女もフィリップ王配とエリザベス女王の直接の血縁関係にある。ジョージ王子(ケント公)とマリナ妃の長女として生まれ、エリザベス女王のいとこであり、フィリップ王配のいとこ違いにあたる。アレクサンドラ王女は1963年に実業家のアンガス・オギルヴィ卿と結婚してジェームズ・オギルヴィ(1964年-)とマリナ・オギルヴィ(1966年-)の2人の子供をもうけ、4人の孫(アレクサンダー・チャールズ・オギルヴィ、フローラ・アレクサンドラ・オギルヴィ、ゼノウスカ・マウアット、クリスチャン・マウアット)がいる。アレクサンドラ王女はエリザベス女王夫妻と非常に親しい関係であると伝えられており、アンガス・オギルヴィ卿が2004年に他界してからも現役のロイヤルであり続け、ロンドンのセント・ジェームズ宮殿に居住している。<br />出典:これを見ればわかる! 英国ロイヤルファミリーの家系図をおさらい(15/44)<br />https://www.ellegirl.jp/celeb/g97289/british-royalfamilytree-200108-hns/?slide=15

    アレクサンドラ王女(オギルヴィ令夫人)(1936年ー)
    全名 Alexandra Helen Elizabeth Olga Christabel
    アレクサンドラ・ヘレン・エリザベス・オルガ・クリスタベル

    2人の兄弟と同様に、アレクサンドラ王女もフィリップ王配とエリザベス女王の直接の血縁関係にある。ジョージ王子(ケント公)とマリナ妃の長女として生まれ、エリザベス女王のいとこであり、フィリップ王配のいとこ違いにあたる。アレクサンドラ王女は1963年に実業家のアンガス・オギルヴィ卿と結婚してジェームズ・オギルヴィ(1964年-)とマリナ・オギルヴィ(1966年-)の2人の子供をもうけ、4人の孫(アレクサンダー・チャールズ・オギルヴィ、フローラ・アレクサンドラ・オギルヴィ、ゼノウスカ・マウアット、クリスチャン・マウアット)がいる。アレクサンドラ王女はエリザベス女王夫妻と非常に親しい関係であると伝えられており、アンガス・オギルヴィ卿が2004年に他界してからも現役のロイヤルであり続け、ロンドンのセント・ジェームズ宮殿に居住している。
    出典:これを見ればわかる! 英国ロイヤルファミリーの家系図をおさらい(15/44)
    https://www.ellegirl.jp/celeb/g97289/british-royalfamilytree-200108-hns/?slide=15

  • 英国海軍巡洋艦の水兵

    英国海軍巡洋艦の水兵

  • 帽子の文字は3人の文字を合わせるとHMS DEVONSHIRE<br /><br />デヴォンシャー (重巡洋艦)の経歴からすると、この巡洋艦は1965年には退役しているので、帽子の名前だけが引き継がれていたのかもしれない。

    帽子の文字は3人の文字を合わせるとHMS DEVONSHIRE

    デヴォンシャー (重巡洋艦)の経歴からすると、この巡洋艦は1965年には退役しているので、帽子の名前だけが引き継がれていたのかもしれない。

  • 輝く英国の歩みとチャーチル展  毎日新聞社主催<br /><br />チャーチルの生家であるブレナム宮殿はオクスフォード郊外のウッドストックにある。その規模は東京ドームの173倍という驚きの広さ!<br />https://www.travel.co.jp/guide/article/19718/<br /><br />オクスフォード出張の際に宮殿入り口の道路を数百メートル入りましたが、宮殿が見えてこないので入るのをやめたことがあります。(1986年8月)<br /><br /><br />一方チャーチルの墓はウッドストックという街の小さな聖マーチン教会にあり、西洋式の平たい墓石があるだけです。<br />教会の敷地の隅に咲いていたラベンダーを数本いただいてきたことがあります。<br />(ローバーの人の案内で)

    輝く英国の歩みとチャーチル展  毎日新聞社主催

    チャーチルの生家であるブレナム宮殿はオクスフォード郊外のウッドストックにある。その規模は東京ドームの173倍という驚きの広さ!
    https://www.travel.co.jp/guide/article/19718/

    オクスフォード出張の際に宮殿入り口の道路を数百メートル入りましたが、宮殿が見えてこないので入るのをやめたことがあります。(1986年8月)


    一方チャーチルの墓はウッドストックという街の小さな聖マーチン教会にあり、西洋式の平たい墓石があるだけです。
    教会の敷地の隅に咲いていたラベンダーを数本いただいてきたことがあります。
    (ローバーの人の案内で)

  • トライアンフ TRIUMPH<br />人気のスポーツカー<br /><br />昔からあるイギリスの道路はさほど広くないが町と町の間には家が全くなく、信号もないので時速50から60マイルぐらいのスピードで走れます。直線で平坦な道路はないので運転の楽しさは格別です。<br />スポーツカーはイギリスが発祥の地であることがよくわかります。<br /><br />ローバーへ出張した際はいつも会社の車を用意してくれました。

    トライアンフ TRIUMPH
    人気のスポーツカー

    昔からあるイギリスの道路はさほど広くないが町と町の間には家が全くなく、信号もないので時速50から60マイルぐらいのスピードで走れます。直線で平坦な道路はないので運転の楽しさは格別です。
    スポーツカーはイギリスが発祥の地であることがよくわかります。

    ローバーへ出張した際はいつも会社の車を用意してくれました。

  • オースチンヒーリー

    オースチンヒーリー

  • バンデンプラプリンセス  PRINCESS-R

    バンデンプラプリンセス  PRINCESS-R

  • モーリス クーパーS<br />MORRIS COOPER S

    モーリス クーパーS
    MORRIS COOPER S

  • MG 1100

    MG 1100

  • MGB

    MGB

  • トライアンフ2000

    トライアンフ2000

  • TRIUMPH TR4

    TRIUMPH TR4

  • ロールスロイス  RR 1965<br />

    ロールスロイス  RR 1965

  • ロールスロイス  RR 1965

    ロールスロイス  RR 1965

  • ロールスロイス  RR 1965

    ロールスロイス  RR 1965

  • ロールスロイス  RR 1965

    ロールスロイス  RR 1965

  • ヒルマンミンクス<br />HILLMAN SUPER MINX

    ヒルマンミンクス
    HILLMAN SUPER MINX

  • サンビーム アルパイン<br />SUNBEAN ALPINE

    サンビーム アルパイン
    SUNBEAN ALPINE

  • ロールスロイスの歴史<br /><br />ROLLS-ROYCE 1906-1965

    ロールスロイスの歴史

    ROLLS-ROYCE 1906-1965

  • R 1909

    R 1909

  • 1909年のロールスロイス

    1909年のロールスロイス

  • ロールスロイス ターボファン・エンジン

    ロールスロイス ターボファン・エンジン

  • ロンドン名物「2階バス」の都内無料運転も行われた。<br /><br />

    ロンドン名物「2階バス」の都内無料運転も行われた。

  • 真っ赤なロンドンバスとスコットランド案内所(インフォメーション)2005年9月<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/album/src/10/47/13/src_10471326.jpg?updated_at=1564886469<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10471326

    真っ赤なロンドンバスとスコットランド案内所(インフォメーション)2005年9月
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/album/src/10/47/13/src_10471326.jpg?updated_at=1564886469
    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10471326

  • ここからは1965年と1966年の外車ショーに展示された英国車を掲載します。<br /><br />1965年11月22日 第7回外車ショー<br />https://4travel.jp/travelogue/11638720<br /><br />JAGUAR

    ここからは1965年と1966年の外車ショーに展示された英国車を掲載します。

    1965年11月22日 第7回外車ショー
    https://4travel.jp/travelogue/11638720

    JAGUAR

  • ジャガー

    ジャガー

  • JAGUAR

    JAGUAR

  • アストンマーチン

    アストンマーチン

  • ASTON MARTIN

    ASTON MARTIN

  • ROVER

    ROVER

  • 1966年11月14日  第8回外車ショー<br />https://4travel.jp/travelogue/11638925<br /><br />PRINCESS<br /><br />白い点はネガフィルムの劣化によるものです。

    1966年11月14日  第8回外車ショー
    https://4travel.jp/travelogue/11638925

    PRINCESS

    白い点はネガフィルムの劣化によるものです。

  • JAGUAR

    JAGUAR

  • ROVER

    ROVER

  • MORGAN

    MORGAN

  • MORGAN

    MORGAN

  • MORGAN

    MORGAN

  • モノクロ写真の撮影に使用したカメラの同型機<br /><br />Fujica 35SE FUJINON 45mm f1.9<br />

    モノクロ写真の撮影に使用したカメラの同型機

    Fujica 35SE FUJINON 45mm f1.9

  • 1985年7月<br />ローバー出張時にローバーのエンジニアと試乗に出かけたときのスナップ<br /><br />一緒に出張したYさんと

    1985年7月
    ローバー出張時にローバーのエンジニアと試乗に出かけたときのスナップ

    一緒に出張したYさんと

  • ローバーのエンジニア スミスさん

    ローバーのエンジニア スミスさん

  • ランチのひと時  (Yさん撮影)<br /><br />左からシンプソンさん、私、スミスさん、カナンさん、<br /><br />

    ランチのひと時  (Yさん撮影)

    左からシンプソンさん、私、スミスさん、カナンさん、

  • 1985年11月<br />シェークスピアの生家があるストラドフォード・アポン・エイボンから車で半時間ほどにあるSTAG&#39;S HEAD(鹿の頭)というレストラン<br /><br />夕食のレストランのウェイティング・バーにて<br /><br />一杯飲みながら各自が料理を注文し、準備ができるまで歓談しながら待ちます。<br />私が撮ったので自分は写っていません。<br /><br />出張計画は土日を挟むようにして、休日には借りた車でロング・ドライブやロンドンの市内観光などを体験しました。若いエンジニアにイギリスの交通事情や文化を体験してもらうのも私の役目と思っています。<br /><br />

    1985年11月
    シェークスピアの生家があるストラドフォード・アポン・エイボンから車で半時間ほどにあるSTAG'S HEAD(鹿の頭)というレストラン

    夕食のレストランのウェイティング・バーにて

    一杯飲みながら各自が料理を注文し、準備ができるまで歓談しながら待ちます。
    私が撮ったので自分は写っていません。

    出張計画は土日を挟むようにして、休日には借りた車でロング・ドライブやロンドンの市内観光などを体験しました。若いエンジニアにイギリスの交通事情や文化を体験してもらうのも私の役目と思っています。

  • 夕食後のひととき<br /><br />デザートとコーヒーの後で撮った記念写真<br />(私は右から3人目)<br /><br />正面のジョン・イヴリさん(Chief engineer)が誘ってくれたレストランです。<br />照明が淡いピンクで、やさしく落ち着いた雰囲気でした。<br />帰りに駐車場へ出ると寒くて身震いするほどでしたが、星がすごききれいでした。<br /><br />この出張の目的はRover800用に日本から供給するATの耐久性向上対策の打ち合わせで、ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)のパトカーの厳しい耐久性要件が難題でした。<br /><br />仕事は厳しいが終わった後の楽しいひと時がせめてもの救いでした。<br />ローバーのこのメンバーとは1984年から約10年間交流があり、私の英語力はその間の実務を通じて身につけたもので、私の財産です。遺産として残せないが、ヨーロッパの国ではほとんどで英語が通じるので生きているうち使います。<br /><br />80年代以降のイギリス出張の旅行記は「シリーズ昭和の記録」、「シリーズ平成の記録」として別途予定しています。生きていればです。<br />総天然色カラー写真です。(笑い)<br />

    夕食後のひととき

    デザートとコーヒーの後で撮った記念写真
    (私は右から3人目)

    正面のジョン・イヴリさん(Chief engineer)が誘ってくれたレストランです。
    照明が淡いピンクで、やさしく落ち着いた雰囲気でした。
    帰りに駐車場へ出ると寒くて身震いするほどでしたが、星がすごききれいでした。

    この出張の目的はRover800用に日本から供給するATの耐久性向上対策の打ち合わせで、ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)のパトカーの厳しい耐久性要件が難題でした。

    仕事は厳しいが終わった後の楽しいひと時がせめてもの救いでした。
    ローバーのこのメンバーとは1984年から約10年間交流があり、私の英語力はその間の実務を通じて身につけたもので、私の財産です。遺産として残せないが、ヨーロッパの国ではほとんどで英語が通じるので生きているうち使います。

    80年代以降のイギリス出張の旅行記は「シリーズ昭和の記録」、「シリーズ平成の記録」として別途予定しています。生きていればです。
    総天然色カラー写真です。(笑い)

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