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神戸製鋼所高砂工場見学記念 1964.8.4(昭和39年)<br />前列左端がyamada423<br /><br />横長の写真はクリックして2倍に拡大できます。<br /> ───────────────────────────<br />はじめに<br />私が写真を撮り始めたのは高校1年のころ(1959年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。<br />アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)<br />https://4travel.jp/travelogue/10583150<br />旅行での最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。<br />大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No4公開済み)<br />また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。<br /><br />モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。<br />しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。<br />平均余命まで10年(平均寿命は5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガをスキャンして電子データ化した。<br />現代用語:終活(笑い)<br /><br />一方、モノクロのプリントをアルバムで保存したものはほとんど劣化が見られず、スキャンするとネガをスキャンしたものより明瞭な画像が得られるのでそれをブログに使った。<br /><br />昭和の記録公開について<br />令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。<br />1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。<br />写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)<br />公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。<br />もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。<br /><br />ここまではシリーズ共通の前文とする。<br />シリーズ昭和の記録 百選 総集編<br />https://4travel.jp/travelogue/11651747<br />  ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★<br /><br />シリーズ昭和の記録No.5 訪日フランス学生受入れ記録<br /> 1964.7.29-8.18<br />Archive Showa era series MJET(Mission Japonaise des Etudiant de Technologie)<br /><br />今回は、前回の東京オリンピックが開かれた1964年夏に日仏理工系大学国際交流プログラムで日本を訪れた3つの大学(ENSMA,ENSIA,IEG)の受入れと、ポアチエのENSMA(航空・機械大学)の関西、中国地方および九州の企業訪問(工場見学)の旅行案内に同行して交流した記録である。<br />総勢110名に及ぶ学生および引率の教授夫妻等の3週間にわたる滞在の準備は想像を絶するものであった。観光旅行であれば旅行会社への手配で済むが、主な目的が日本各地の主要産業の工場見学であるため、訪問する会社ごとに個別に折衝し受入れを依頼するという、学生にとっては未経験でハードルが高い作業であった。<br /><br />幸いにして、日仏の学生の交流ということで日仏工業技術会のA会長(昭和電工社長)のご尽力により訪問先企業への紹介状を書いていただき、訪問先企業には快く受け入れていただいた。このときに学んだ社用文(ビジネスレター)の書き方や社会のマナーなどは私にとっては一生の宝であり武器である。後年海外の企業と交流する上でも役立った。<br /><br />受け入れ側のメンバーは翌1965年3月から4月にかけて訪仏が決まっている第2次四大学学生仏工業視察団の70名で、それぞれが役割を分担して訪日する3つの大学の団員を案内した。<br />私はENSMAの工場見学の交渉と会計幹事を担当し、事前に2人で九州地区の八幡製鉄と三菱重工長崎造船所の下見(工場見学と宿舎と移動手段の手配依頼)と雲仙、島原、阿蘇、別府などの観光地とバス、フェリー、鉄道、関西汽船別府―大阪航路のフェリーなどの現地確認を行った。今思えば、弱冠20歳の学生が失敗を恐れず良くぞやったものである。<br />このときの経験が高齢になっての個人旅行の企画と手配に生きていると思う。<br /><br />ENSMAの日程は2週間の関西・中国・九州への見学旅行と前後の都内滞在の以下の3週間であったが、2日目のA宅でのレセプションは日仏の参加者にとってとても印象深かった。<br /><br />ENSMA日程<br />7月29日  横浜港着(17時 ソ連船ウリツキー号<br />30日  オリエンテーション(14時 東工大)、レセプション(18時安西会長宅)<br />31日 東京―京都<br />8月1日 京都見物(バス)<br />2日 自由行動<br />3日 奈良見物(バス)―大阪<br />4日 大阪―加古川―姫路城見物―神戸 神戸製鋼所加古川工場見学<br />5日 工場見学 夕方海水浴(須磨海岸) 新明和工業伊丹工場見学<br />6日 神戸―広島(広島見物)―宮島 帝国酸素尼崎工場見学<br />7日 宮島―広島―小倉 東洋工業見学(広島)<br />8日 工場見学・北九州市見物 八幡製鉄所見学<br />9日 小倉―長崎(市内見物) 夕方レセプション(長崎造船短大主催)<br />10日 工場見学・午後自由行動 三菱重工長崎造船所<br />11日 長崎―雲仙―島原―三角―熊本―阿蘇<br />12日 阿蘇―別府―(15時発瀬戸内海航路)<br />13日 9時大阪着―岐阜―名古屋(市内見物) 川崎航空機岐阜工場見学<br />14日 名古屋―東京<br />15日 自由行動<br />16日 午前中横浜税関  午後東京見物  送別会(於椿山荘16時~18時)<br />17日 自由行動(日本学生買い物案内)<br />18日 横浜港発(11時)<br /><br />撮影 Fujica35-SE  FUJINON 45mm f1.9(yamada撮影)<br />カラー写真およびレセプション、横浜港での歓送迎の写真は他のカメラマンが撮影したものです。<br />幸いにして今回の写真はすべてアルバムが残っており、ネガの劣化の影響は受けずにすんだ。<br />アルバムの写真をエプソンのスキャナーGT-F740で電子データ化した。<br />その際Lサイズ以下は300dpi、2Lサイズ以上は600または1200dpiでスキャンした。<br />   ───────────────────────────<br />■50年ぶりの来日 <br />2012年末に、1964年に訪日したIEG※の学生有志が50年ぶりに桜の花見と前回のコースを再訪する計画が交流を継続していたメンバーから知らされ、IEGとの交流経験はなかった私も、フランスへは仕事と個人旅行で何度も訪れていた関係で受け入れに協力することになった。<br />2014年4月2日、3日の2日間の東京滞在の詳細な計画を作り対応した。<br />事前にコース確認したバーチャルツアーと資料<br />桜の東京見物 Virtual Tokyo walking tour in sakura season<br />https://4travel.jp/travelogue/10857500<br />※ECOLE NATIONALE SUPERIEURE D&#39;ELECTOROTECHNIQUE DE GRENOBLE(グルノーブル電子技術大学)<br /><br />■48年ぶりの訪仏<br />IEG有志の訪日が決まる過程で、日本側も50年ぶりに訪仏する案が浮かんだが、体が動くうちに50年を待たずに行こうということなり、2013年5月に昔のメンバー9人で南仏とリヨンとパリを訪ね、各地で昔を思い出しつつ交流を深めた。<br />2013フランスの旅 ハイライト編<br />https://4travel.jp/travelogue/10784450<br />メンバーの写真は掲載していません。<br /><br />■フランス人宅を訪問<br />2014年に来日したメンバーが帰国後に、私のスコットランド旅行の計画をメールで伝えたところ、帰りに寄るようにとの誘いがあり、エクサンプロヴァンス、リヨン、パリのお宅を訪問することになった。<br />フランス人の家庭に泊まるのは初めての経験で、客ではなく友人として扱ってもらったのは貴重な体験であった。最後はパリの友人と一緒にベルサイユの友人宅で夕食を共にして忘れがたい思い出となった。<br /><カルチャーショックのエピソード><br />エクスの友人宅に泊まった最初の朝、2階の部屋からリビングに下りて奥様に”ボンジュー マダム”と挨拶したところ、えらく怒られてしまいました。<br />”私はマダムではありません。マリー・フランソワーズですよ”<br />”長たらしくめんどうだったら、マリーでもフランソワーズでもいいわよ”<br />私は客ではなく友人であることと、ファーストネームで呼び合うことが結びつかず、とても恥ずかしい思いをしました。<br />そういえば私は&quot; Yoji &quot;としか呼ばれたことがなかったのです。<br /><br />パリとヴェルサイユの友人夫妻との記念写真<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/38/70/97/src_38709748.jpg?1532397022<br />写真掲載旅行記https://4travel.jp/travelogue/11013646<br /><br />リヨンとエクサンプロヴァンスの友人宅訪問記<br />スコットランド・フランスの旅2014 14.ボジョレーのワイナリーを訪ねて<br />http://4travel.jp/travelogue/10994216<br />スコットランド・フランスの旅2014 15.リヨンの街歩き <br />http://4travel.jp/travelogue/10997552<br />スコットランド・フランスの旅2014 16.カマルグ自然保護地帯 <br />http://4travel.jp/travelogue/10999512<br />スコットランド・フランスの旅2014 17.エクサン・プロヴァンス <br />http://4travel.jp/travelogue/11003468<br /><br />■55年前の訪仏記:アーカイブ 学生フランス工業視察旅行<br />https://4travel.jp/travelogue/10753546<br />    ───────────────────────────  <br />編集者自己紹介(シリーズ共通)<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !<br />シニア写真愛好家のyamada423です。<br />一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。<br /><略歴>  <br />大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。<br />写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は年内にはまとめて投稿する予定です。<br />月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。<br />1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。<br />自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職<br />4トラベル会員登録 2010年5月21日<br /><br />ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。<br />http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/<br /><br />おねがい<br />50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。<br /><br />写真掲載にあたり、写っている方の承諾は得ておりませんので、不都合があればお知らせください。即対応いたします。<br />yamada423<br /><br />投稿 2020.7.30 18:15

シリーズ昭和の記録No.5 訪日フランス学生受入れ記録 Archive Showa era series MJET

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1964/07/29 - 1964/08/18

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yamada423

yamada423さん

神戸製鋼所高砂工場見学記念 1964.8.4(昭和39年)
前列左端がyamada423

横長の写真はクリックして2倍に拡大できます。
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はじめに
私が写真を撮り始めたのは高校1年のころ(1959年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。
アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)
https://4travel.jp/travelogue/10583150
旅行での最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。
大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No4公開済み)
また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。

モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。
しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。
平均余命まで10年(平均寿命は5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガをスキャンして電子データ化した。
現代用語:終活(笑い)

一方、モノクロのプリントをアルバムで保存したものはほとんど劣化が見られず、スキャンするとネガをスキャンしたものより明瞭な画像が得られるのでそれをブログに使った。

昭和の記録公開について
令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。
1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。
写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)
公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。
もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。

ここまではシリーズ共通の前文とする。
シリーズ昭和の記録 百選 総集編
https://4travel.jp/travelogue/11651747
  ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★

シリーズ昭和の記録No.5 訪日フランス学生受入れ記録
 1964.7.29-8.18
Archive Showa era series MJET(Mission Japonaise des Etudiant de Technologie)

今回は、前回の東京オリンピックが開かれた1964年夏に日仏理工系大学国際交流プログラムで日本を訪れた3つの大学(ENSMA,ENSIA,IEG)の受入れと、ポアチエのENSMA(航空・機械大学)の関西、中国地方および九州の企業訪問(工場見学)の旅行案内に同行して交流した記録である。
総勢110名に及ぶ学生および引率の教授夫妻等の3週間にわたる滞在の準備は想像を絶するものであった。観光旅行であれば旅行会社への手配で済むが、主な目的が日本各地の主要産業の工場見学であるため、訪問する会社ごとに個別に折衝し受入れを依頼するという、学生にとっては未経験でハードルが高い作業であった。

幸いにして、日仏の学生の交流ということで日仏工業技術会のA会長(昭和電工社長)のご尽力により訪問先企業への紹介状を書いていただき、訪問先企業には快く受け入れていただいた。このときに学んだ社用文(ビジネスレター)の書き方や社会のマナーなどは私にとっては一生の宝であり武器である。後年海外の企業と交流する上でも役立った。

受け入れ側のメンバーは翌1965年3月から4月にかけて訪仏が決まっている第2次四大学学生仏工業視察団の70名で、それぞれが役割を分担して訪日する3つの大学の団員を案内した。
私はENSMAの工場見学の交渉と会計幹事を担当し、事前に2人で九州地区の八幡製鉄と三菱重工長崎造船所の下見(工場見学と宿舎と移動手段の手配依頼)と雲仙、島原、阿蘇、別府などの観光地とバス、フェリー、鉄道、関西汽船別府―大阪航路のフェリーなどの現地確認を行った。今思えば、弱冠20歳の学生が失敗を恐れず良くぞやったものである。
このときの経験が高齢になっての個人旅行の企画と手配に生きていると思う。

ENSMAの日程は2週間の関西・中国・九州への見学旅行と前後の都内滞在の以下の3週間であったが、2日目のA宅でのレセプションは日仏の参加者にとってとても印象深かった。

ENSMA日程
7月29日 横浜港着(17時 ソ連船ウリツキー号
30日  オリエンテーション(14時 東工大)、レセプション(18時安西会長宅)
31日 東京―京都
8月1日 京都見物(バス)
2日 自由行動
3日 奈良見物(バス)―大阪
4日 大阪―加古川―姫路城見物―神戸 神戸製鋼所加古川工場見学
5日 工場見学 夕方海水浴(須磨海岸) 新明和工業伊丹工場見学
6日 神戸―広島(広島見物)―宮島 帝国酸素尼崎工場見学
7日 宮島―広島―小倉 東洋工業見学(広島)
8日 工場見学・北九州市見物 八幡製鉄所見学
9日 小倉―長崎(市内見物) 夕方レセプション(長崎造船短大主催)
10日 工場見学・午後自由行動 三菱重工長崎造船所
11日 長崎―雲仙―島原―三角―熊本―阿蘇
12日 阿蘇―別府―(15時発瀬戸内海航路)
13日 9時大阪着―岐阜―名古屋(市内見物) 川崎航空機岐阜工場見学
14日 名古屋―東京
15日 自由行動
16日 午前中横浜税関  午後東京見物  送別会(於椿山荘16時~18時)
17日 自由行動(日本学生買い物案内)
18日 横浜港発(11時)

撮影 Fujica35-SE  FUJINON 45mm f1.9(yamada撮影)
カラー写真およびレセプション、横浜港での歓送迎の写真は他のカメラマンが撮影したものです。
幸いにして今回の写真はすべてアルバムが残っており、ネガの劣化の影響は受けずにすんだ。
アルバムの写真をエプソンのスキャナーGT-F740で電子データ化した。
その際Lサイズ以下は300dpi、2Lサイズ以上は600または1200dpiでスキャンした。
   ───────────────────────────
■50年ぶりの来日 
2012年末に、1964年に訪日したIEG※の学生有志が50年ぶりに桜の花見と前回のコースを再訪する計画が交流を継続していたメンバーから知らされ、IEGとの交流経験はなかった私も、フランスへは仕事と個人旅行で何度も訪れていた関係で受け入れに協力することになった。
2014年4月2日、3日の2日間の東京滞在の詳細な計画を作り対応した。
事前にコース確認したバーチャルツアーと資料
桜の東京見物 Virtual Tokyo walking tour in sakura season
https://4travel.jp/travelogue/10857500
※ECOLE NATIONALE SUPERIEURE D'ELECTOROTECHNIQUE DE GRENOBLE(グルノーブル電子技術大学)

■48年ぶりの訪仏
IEG有志の訪日が決まる過程で、日本側も50年ぶりに訪仏する案が浮かんだが、体が動くうちに50年を待たずに行こうということなり、2013年5月に昔のメンバー9人で南仏とリヨンとパリを訪ね、各地で昔を思い出しつつ交流を深めた。
2013フランスの旅 ハイライト編
https://4travel.jp/travelogue/10784450
メンバーの写真は掲載していません。

■フランス人宅を訪問
2014年に来日したメンバーが帰国後に、私のスコットランド旅行の計画をメールで伝えたところ、帰りに寄るようにとの誘いがあり、エクサンプロヴァンス、リヨン、パリのお宅を訪問することになった。
フランス人の家庭に泊まるのは初めての経験で、客ではなく友人として扱ってもらったのは貴重な体験であった。最後はパリの友人と一緒にベルサイユの友人宅で夕食を共にして忘れがたい思い出となった。
<カルチャーショックのエピソード>
エクスの友人宅に泊まった最初の朝、2階の部屋からリビングに下りて奥様に”ボンジュー マダム”と挨拶したところ、えらく怒られてしまいました。
”私はマダムではありません。マリー・フランソワーズですよ”
”長たらしくめんどうだったら、マリーでもフランソワーズでもいいわよ”
私は客ではなく友人であることと、ファーストネームで呼び合うことが結びつかず、とても恥ずかしい思いをしました。
そういえば私は" Yoji "としか呼ばれたことがなかったのです。

パリとヴェルサイユの友人夫妻との記念写真
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/38/70/97/src_38709748.jpg?1532397022
写真掲載旅行記https://4travel.jp/travelogue/11013646

リヨンとエクサンプロヴァンスの友人宅訪問記
スコットランド・フランスの旅2014 14.ボジョレーのワイナリーを訪ねて
http://4travel.jp/travelogue/10994216
スコットランド・フランスの旅2014 15.リヨンの街歩き
http://4travel.jp/travelogue/10997552
スコットランド・フランスの旅2014 16.カマルグ自然保護地帯
http://4travel.jp/travelogue/10999512
スコットランド・フランスの旅2014 17.エクサン・プロヴァンス
http://4travel.jp/travelogue/11003468

■55年前の訪仏記:アーカイブ 学生フランス工業視察旅行
https://4travel.jp/travelogue/10753546
    ───────────────────────────  
編集者自己紹介(シリーズ共通)
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !
シニア写真愛好家のyamada423です。
一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。
<略歴>  
大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は年内にはまとめて投稿する予定です。
月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。
1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。
自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職
4トラベル会員登録 2010年5月21日

ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

おねがい
50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。

写真掲載にあたり、写っている方の承諾は得ておりませんので、不都合があればお知らせください。即対応いたします。
yamada423

投稿 2020.7.30 18:15

同行者
社員・団体旅行
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
団体旅行
  • 1964年7月29日(水)<br /><br />横浜港に到着したソ連船ウリツキー号<br /><br />費用を抑えるためにソ連の飛行機で極東(ウラジオストーク or ナホトカ?)まで来て、そこから横浜まで船で来たようだ。<br />

    1964年7月29日(水)

    横浜港に到着したソ連船ウリツキー号

    費用を抑えるためにソ連の飛行機で極東(ウラジオストーク or ナホトカ?)まで来て、そこから横浜まで船で来たようだ。

  • 横浜港に到着した学生訪日団

    横浜港に到着した学生訪日団

  • 岸壁で歓迎のボードを掲げる受け入れメンバー

    岸壁で歓迎のボードを掲げる受け入れメンバー

  • 7月30日(木)<br /><br />オリエンテーションが開かれた東京工業大学本館の玄関にて

    7月30日(木)

    オリエンテーションが開かれた東京工業大学本館の玄関にて

  • オリエンテーション<br />Soyes bienvenu au Japon  (Welcome to Japan)<br /><br />私は会計幹事で旅行中の訪問先の都市で印鑑なしで現金を引き出す手続きを行うために大手町の富士銀行本店営業部へ行っていたため参加できませんでした。<br />当時は伝票のランダムドット枠にアルファベット4文字の暗証文字を記入する方式でした。今でも覚えていますがイニシャルなので死んでも言えません。(笑い)

    オリエンテーション
    Soyes bienvenu au Japon (Welcome to Japan)

    私は会計幹事で旅行中の訪問先の都市で印鑑なしで現金を引き出す手続きを行うために大手町の富士銀行本店営業部へ行っていたため参加できませんでした。
    当時は伝票のランダムドット枠にアルファベット4文字の暗証文字を記入する方式でした。今でも覚えていますがイニシャルなので死んでも言えません。(笑い)

  • メンバー108名の一部

    メンバー108名の一部

  • 日仏工業技術会のK理事とENSMAのG教授(右)<br /><br />

    日仏工業技術会のK理事とENSMAのG教授(右)

  • G教授夫人<br /><br />正直なところどこで撮ったかわかりません。

    G教授夫人

    正直なところどこで撮ったかわかりません。

  • 8月1日(土)<br />京都見物

    8月1日(土)
    京都見物

  • 金閣寺

    金閣寺

  • 竜安寺石庭

    竜安寺石庭

  • 清水寺 音羽の滝

    清水寺 音羽の滝

  • 8月3日(月)<br />奈良見物    奈良公園

    8月3日(月)
    奈良見物    奈良公園

  • 春日大社

    春日大社

  • 現地で案内してくれた現地の学生<br /><br />フランス語が話せる女子学生がサポートしてくれました。<br />私自身は翌年3月に渡仏するために東京日仏学院の会話専門コースでフランス語を学んでいましたが、まだほとんど話せませんでした。<br />しかし当時も現在もフランスの学生は英語を母国語と同じに話すので、英語が話せれば不自由しません。お互い英語は母国語ではないので、かえって理解しやすいと感じました。

    現地で案内してくれた現地の学生

    フランス語が話せる女子学生がサポートしてくれました。
    私自身は翌年3月に渡仏するために東京日仏学院の会話専門コースでフランス語を学んでいましたが、まだほとんど話せませんでした。
    しかし当時も現在もフランスの学生は英語を母国語と同じに話すので、英語が話せれば不自由しません。お互い英語は母国語ではないので、かえって理解しやすいと感じました。

  • 東大寺大仏殿

    東大寺大仏殿

  • 8月4日(火)<br />神戸製鋼所高砂工場見学    表紙写真<br /><br />前列左端が編集者yamada423<br /><br />

    8月4日(火)
    神戸製鋼所高砂工場見学    表紙写真

    前列左端が編集者yamada423

  • 8月5日(水)<br />新明和工業伊丹工場見学<br /><br />姫路城見学のあと。

    8月5日(水)
    新明和工業伊丹工場見学

    姫路城見学のあと。

  • 須磨海岸

    須磨海岸

  • 8月6日(木)  原爆記念日<br />広島平和公園

    8月6日(木)  原爆記念日
    広島平和公園

  • 6日の夜、元安川での灯篭流し

    6日の夜、元安川での灯篭流し

  • 宮島 厳島神社

    宮島 厳島神社

  • 8月7日(金)<br />この日は広島の東洋工業(現マツダ)の工場見学後に小倉へ移動。<br /><br />

    8月7日(金)
    この日は広島の東洋工業(現マツダ)の工場見学後に小倉へ移動。

  • 北九州市 関門トンネル見学<br /><br />関門トンネルや若戸大橋などの見学バスは八幡製鉄のお世話になった。<br /><br />

    北九州市 関門トンネル見学

    関門トンネルや若戸大橋などの見学バスは八幡製鉄のお世話になった。

  • 関門トンネル近くの公園

    関門トンネル近くの公園

  • のんびりできるのは時間の余裕のおかげです。

    のんびりできるのは時間の余裕のおかげです。

  • 小倉駅<br /><br />

    小倉駅

  • 8月8日(土)<br />八幡のホテル<br /><br />北九州では八幡製鉄を見学したが、八幡に2泊したため十分な見学時間が取れて好評であった。<br /> 

    8月8日(土)
    八幡のホテル

    北九州では八幡製鉄を見学したが、八幡に2泊したため十分な見学時間が取れて好評であった。
     

  • 8月9日(日)<br />八幡から長崎へ移動

    8月9日(日)
    八幡から長崎へ移動

  • 列車内で学習する学生

    列車内で学習する学生

  • 長崎駅に到着し歓迎を受ける。

    長崎駅に到着し歓迎を受ける。

  • サングラスの中の視線はこちらに向いているのがわかります。<br />彼女は帰国後も宮島で撮った写真を送ってくれたりしました。<br />二人は決まっていました。

    サングラスの中の視線はこちらに向いているのがわかります。
    彼女は帰国後も宮島で撮った写真を送ってくれたりしました。
    二人は決まっていました。

  • 長崎市内見物<br /><br />国宝大浦天主堂

    長崎市内見物

    国宝大浦天主堂

  • 蝶々夫人像

    蝶々夫人像

  • グラバー邸(現グラバー園)<br /><br />昭和半ばの炎天下の観光スタイル<br /><br />この時代にはカジュアル衣料はほとんどなく、日本で普及し始めたきっかけは1970年の大阪万博EXPO &#39;70です。

    グラバー邸(現グラバー園)

    昭和半ばの炎天下の観光スタイル

    この時代にはカジュアル衣料はほとんどなく、日本で普及し始めたきっかけは1970年の大阪万博EXPO '70です。

  • グラバーの像

    グラバーの像

  • 長崎造船短大のレセプションに向かいます。

    長崎造船短大のレセプションに向かいます。

  • G教授夫妻

    G教授夫妻

  • 長崎造船短大のレセプション<br /><br />主催者のあいさつ

    長崎造船短大のレセプション

    主催者のあいさつ

  • 大学関係者の歓迎の言葉

    大学関係者の歓迎の言葉

  • 学生代表のあいさつ

    学生代表のあいさつ

  • 大学の先生?

    大学の先生?

  • フランスの学生引率教授のあいさつ

    フランスの学生引率教授のあいさつ

  • フランスの学生の合唱

    フランスの学生の合唱

  • 琴の演奏

    琴の演奏

  • 高台にある大学の校舎でのレセプションを終えて、田んぼの畦道を通ってバスにむかいます。

    高台にある大学の校舎でのレセプションを終えて、田んぼの畦道を通ってバスにむかいます。

  • 8月10日(月)<br />三菱重工長崎造船所見学<br /><br />工場内での撮影はできなかったが、テレビのニュースで見学の様子を見ることができました。<br />ホテルのテレビもMITSUBISHIでした。

    8月10日(月)
    三菱重工長崎造船所見学

    工場内での撮影はできなかったが、テレビのニュースで見学の様子を見ることができました。
    ホテルのテレビもMITSUBISHIでした。

  • 稲佐山から見下ろす長崎湾の夜景

    稲佐山から見下ろす長崎湾の夜景

  • 8月11日(火)<br />島原半島 千々石湾<br /><br />この日は長崎ー雲仙ー島原ー三角ー熊本ー阿蘇までの長距離移動で、バス、連絡線、列車の乗り継ぎでした。

    8月11日(火)
    島原半島 千々石湾

    この日は長崎ー雲仙ー島原ー三角ー熊本ー阿蘇までの長距離移動で、バス、連絡線、列車の乗り継ぎでした。

  • ジュースの自販機<br /><br />粉末ジュースと水が混じって作られるジュースの自販機ですが、フランスにはないそうで、珍しがっていました。 真夏の移動はのどが渇きます。<br />現在のようなペットボトル飲料は存在しませんでした。

    ジュースの自販機

    粉末ジュースと水が混じって作られるジュースの自販機ですが、フランスにはないそうで、珍しがっていました。 真夏の移動はのどが渇きます。
    現在のようなペットボトル飲料は存在しませんでした。

  • 長崎県交通局 DR8811<br /><br />「東京工業大学御一行様」と書かれているのは私が代表で手配したためです。

    長崎県交通局 DR8811

    「東京工業大学御一行様」と書かれているのは私が代表で手配したためです。

  • 猫好きはどこの国にもいます。<br /><br />猫はその辺は敏感に察知します。

    猫好きはどこの国にもいます。

    猫はその辺は敏感に察知します。

  • 雲仙に着きました。<br />真夏の日差しにはサングラス必携です。

    雲仙に着きました。
    真夏の日差しにはサングラス必携です。

  • 雲仙地獄

    雲仙地獄

  • 大叫喚地獄(だいきょうかんじごく)

    大叫喚地獄(だいきょうかんじごく)

  • 島原港まで乗ってきたバスはここでお別れです。<br /><br />お世話になりました。

    島原港まで乗ってきたバスはここでお別れです。

    お世話になりました。

  • 島原から熊本県の三角港まで連絡船に乗ります。

    島原から熊本県の三角港まで連絡船に乗ります。

  • 島原三角連絡船

    島原三角連絡船

  • 熊本市内は素通りして阿蘇へ向かいます。<br /><br />ホームに垂玉温泉の案内が書かれているので、乗り換えの豊肥本線立野駅と思います。

    熊本市内は素通りして阿蘇へ向かいます。

    ホームに垂玉温泉の案内が書かれているので、乗り換えの豊肥本線立野駅と思います。

  • 8月12日(水)<br />この日は阿蘇から豊肥本線で別府まで行き、瀬戸内航路のフェリーで大阪港まで行きます。<br /><br />阿蘇の宿舎は高森の国民宿舎であったと思いますが確信はありません。<br />阿蘇は1泊しただけで阿蘇山の火口の見学はしていません。

    8月12日(水)
    この日は阿蘇から豊肥本線で別府まで行き、瀬戸内航路のフェリーで大阪港まで行きます。

    阿蘇の宿舎は高森の国民宿舎であったと思いますが確信はありません。
    阿蘇は1泊しただけで阿蘇山の火口の見学はしていません。

  • 高森駅のホーム<br /><br />

    高森駅のホーム

  • 高森駅から周辺の景色を何枚も撮りました。

    高森駅から周辺の景色を何枚も撮りました。

  • 南阿蘇鉄道高森線<br /><br />2016年熊本地震による被災 Wikipedia<br /><br />高森線は、2016年4月に発生した熊本地震で被害を受け、全線で不通となった。2016年7月31日に中松駅~高森駅間が復旧し、運転を再開しているが、立野駅~中松駅間は2018年10月時点でも不通のままとなっている。 <br /><br />熊本地震による不通区間については国土交通省の復旧調査によると、立野駅~長陽駅間の第一白川橋梁・犀角山トンネル・戸下トンネル・立野橋梁・崩壊箇所復旧および全線の軌道修復を中心として5年の期間と、65~70億円の予算が掛かる見込みとなっている。 <br /><br />2019年11月に南阿蘇鉄道は、2022年度中に不通区間の復旧工事を進めたうえで2023年夏に全線を復旧させる方針を示した。 <br />

    南阿蘇鉄道高森線

    2016年熊本地震による被災 Wikipedia

    高森線は、2016年4月に発生した熊本地震で被害を受け、全線で不通となった。2016年7月31日に中松駅~高森駅間が復旧し、運転を再開しているが、立野駅~中松駅間は2018年10月時点でも不通のままとなっている。

    熊本地震による不通区間については国土交通省の復旧調査によると、立野駅~長陽駅間の第一白川橋梁・犀角山トンネル・戸下トンネル・立野橋梁・崩壊箇所復旧および全線の軌道修復を中心として5年の期間と、65~70億円の予算が掛かる見込みとなっている。

    2019年11月に南阿蘇鉄道は、2022年度中に不通区間の復旧工事を進めたうえで2023年夏に全線を復旧させる方針を示した。

  • 畑に栽培されているのは何でしょう?

    畑に栽培されているのは何でしょう?

  • 線路へ下りてはいけませんね。

    線路へ下りてはいけませんね。

  • 高森駅のホーム

    高森駅のホーム

  • 関西汽船の瀬戸内航路<br /><br />15時に別府を出港し、翌朝9時に大阪港に到着です。<br /><br />1ヶ月ほど前の下見で同じルートをたどりました。

    関西汽船の瀬戸内航路

    15時に別府を出港し、翌朝9時に大阪港に到着です。

    1ヶ月ほど前の下見で同じルートをたどりました。

  • 航跡を見ると水中翼船と思います。

    航跡を見ると水中翼船と思います。

  • 8月13日(木)<br />大阪港で下船します。<br /><br />大阪市内には寄らず岐阜の川崎航空機工業岐阜工場へ向かいます。

    8月13日(木)
    大阪港で下船します。

    大阪市内には寄らず岐阜の川崎航空機工業岐阜工場へ向かいます。

  • 名古屋城

    名古屋城

  • 名古屋の旅館での食事風景<br /><br />正座ができない女子学生の浴衣姿は気の毒でした。

    名古屋の旅館での食事風景

    正座ができない女子学生の浴衣姿は気の毒でした。

  • 8月14日(金)<br />川崎航空機工業岐阜工場見学

    8月14日(金)
    川崎航空機工業岐阜工場見学

  • 8月16日(日)東京見物<br />元赤坂の迎賓館<br />外柵は現在とは異なるかもしれません。<br />

    8月16日(日)東京見物
    元赤坂の迎賓館
    外柵は現在とは異なるかもしれません。

  • 東京見物のバス

    東京見物のバス

  • 国立国会図書館?

    国立国会図書館?

  • 浅草仲見世

    浅草仲見世

  • 送別会 <br /><br />椿山荘のガーデンバーべキュー

    送別会 

    椿山荘のガーデンバーべキュー

  • ゲタール教授夫妻

    ゲタール教授夫妻

  • 三重塔

    三重塔

  • 学生代表のピエール・サルダPierre Sardaさんの挨拶

    学生代表のピエール・サルダPierre Sardaさんの挨拶

  • 東大赤門

    東大赤門

  • 駒沢公園<br /><br />この年1964年の10月には東京オリンピックが開かれ、そのために駒沢競技場が整備されました。

    駒沢公園

    この年1964年の10月には東京オリンピックが開かれ、そのために駒沢競技場が整備されました。

  • 8月18日(火)<br />横浜港からの帰国船

    8月18日(火)
    横浜港からの帰国船

  • 帰国時も会計の残務のため見送りには行けませんでした。

    帰国時も会計の残務のため見送りには行けませんでした。

  • 撮影に使用したカメラの同型機 <br />Fujica35SE  FUJINON 1:1.9  f=4.5cm<br />FUJI PHOTO FILM CO,

    撮影に使用したカメラの同型機 
    Fujica35SE FUJINON 1:1.9 f=4.5cm
    FUJI PHOTO FILM CO,

  • 以下は公式記録です。<br /> M・J・E・T<br />訪日仏学生受入報告 <br />7:29-8:18  1964<br /><br />MJET(Mission Japonaise des Etudiant de Technologie)<br />理工系学生使節団<br /><br />

    以下は公式記録です。
     M・J・E・T
    訪日仏学生受入報告 
    7:29-8:18  1964

    MJET(Mission Japonaise des Etudiant de Technologie)
    理工系学生使節団

  • 目次<br /><br />これらの頁のうち、5~11頁、28,29頁と4大学(慶応義塾・早稲田・東大・東工大)の概要をまとめたフランス語版があり、フランス側メンバーに配布しました。<br />JUILLET-AOUT 1964・ LE TOUR DU JAPON <br />ENSIA・ ENSMA ・IEG

    目次

    これらの頁のうち、5~11頁、28,29頁と4大学(慶応義塾・早稲田・東大・東工大)の概要をまとめたフランス語版があり、フランス側メンバーに配布しました。
    JUILLET-AOUT 1964・ LE TOUR DU JAPON
    ENSIA・ ENSMA ・IEG

  • ENSMA日程表

    ENSMA日程表

  • ENSIA日程表

    ENSIA日程表

  • IEG日程表

    IEG日程表

  • 仏学生団見学工場一覧表

    仏学生団見学工場一覧表

  • 訪日仏学生団受入費用決算報告

    訪日仏学生団受入費用決算報告

  • 第二次四大学学生仏工業視察団渡仏計画

    第二次四大学学生仏工業視察団渡仏計画

  • 3つの大学の訪問先を記した日本地図CARTE DU JAPON

    3つの大学の訪問先を記した日本地図CARTE DU JAPON

  • 第1回第二次四大学学生仏工業視察団総会 1964年4月19日 三福会館<br /><br />このメンバーから訪日仏学生受入幹事が選ばれた。

    第1回第二次四大学学生仏工業視察団総会 1964年4月19日 三福会館

    このメンバーから訪日仏学生受入幹事が選ばれた。

  • 2014年の50年ぶりの来日時のレセプション  2014.4.3<br />メルパルク東京 東京都港区芝公園2-5-20<br />フランス人16名と都内案内等の対応した日本人<br /><br />撮影EOS40D EF-S10/22(超広角)<br />皆さん太めに写ってしまいました。<br />右端が編集者yamada423です。<br /><br />このとき来日した9家族のうちの3箇所(リヨン、エキサンプロヴァンス、パリ)のお宅を半年後の10月に泊まり歩きました。それぞれ2泊、3泊、2泊です。<br /><br />

    2014年の50年ぶりの来日時のレセプション  2014.4.3
    メルパルク東京 東京都港区芝公園2-5-20
    フランス人16名と都内案内等の対応した日本人

    撮影EOS40D EF-S10/22(超広角)
    皆さん太めに写ってしまいました。
    右端が編集者yamada423です。

    このとき来日した9家族のうちの3箇所(リヨン、エキサンプロヴァンス、パリ)のお宅を半年後の10月に泊まり歩きました。それぞれ2泊、3泊、2泊です。

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