1968/03/07 - 1968/03/20
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yamada423さん
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長崎湾に停泊するイギリス豪華客船キャンベラ号 1968.3.17
九州旅行写真集解説
この写真集は今からちょうど43年前の1968年、私が大学院の卒業論文の審査を終え、3月26日の卒業式までの間に14日かけて九州を一人旅したときの写真を電子データ化したものです。
当時は卒業旅行などという言葉はありませんでしたが、今思えばそのはしりでした。
工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かった各種カーレースに出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。
月額2万円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。返済はきちんと済ませました。
九州には交流していたフランスの理工系大学生の工業視察団案内の関連で2度訪れていましたので、再度一周してみたい願望とその魅力に惹かれ、季節的にもよかったので迷わず旅行先に選びました。
交通手段は往きが寝台特急富士(東京発18:00西鹿児島行き)で宮崎まで、帰りは特急が取れず、下関から神戸三ノ宮まで寝台急行、名神高速バスで名古屋、新幹線で東京でした。
九州内では鉄道、バス、連絡船など周遊券を使ったと思いますが、はっきりした記録はありません。(2011.1資料発見!)
宿泊は予約を一切せずに、その日の状況で宿泊地を決め宿を取りました。
比較的最近の海外旅行では写真を撮るだけではなく旅日記もつけるようにしていますが、当時の九州旅行では文章による記録がまったくなく、思い出しながらの記録になってしまいました。
あと何年かするとそれも不可能になってしまうと思い、今回のデータ作成の機会に要点のみ書き残すことにしました。
なお旅行の携行品は縦横30センチ、マチが最大15センチほどの手提げバッグ(東電株主配布品)一つに着替えとカメラを入れ、あとはスリック(SLICK)の三脚のみでした。
肝心のカメラは当時最新のキャノンの一眼レフCANON FT FL50mm f1.4,
FL200mm f2.8でした。
⑦島原
熊本三角(みすみ)から島原へは国道フェリーで渡った。
⑧雲仙、長崎
島原半島では雲仙岳のロープウェイで頂上へ。小浜では橘湾を望む愛野展望台。
長崎では有名な観光スポットを巡った。グラバー邸からは長崎港に停泊中の豪華客船キャンベラ号に出会った。
⑨長崎、佐世保
長崎の大浦天主堂、宗福禅寺、オランダ坂など。佐世保の大村湾入り口(針尾瀬戸)に架かる西海橋は記憶に残る 優美なアーチ橋。
⑩佐世保、北九州、神戸、名神高速
佐世保の弓張岳から望む九十九島、佐世保港。若戸大橋、戸畑港、名神高速道。
撮影 CANON FT FL50mm f1.4, FL200mm f2.8 NEOPAN SS ASA100
編集・公開2011.3.1 yamada423
2011年になって「断捨離」で自宅の古本を整理していると「黒皮の手帳」が出てきました。表紙にYAWATA 1968と刻印があり研究室で実験に使用していた溶接棒のメーカー(八幡溶接棒株式会社)からのいただき物です。
この九州旅行の行程と費用が記載されていましたので写真の説明文に追加します。
40年以上前の九州卒業旅行シリーズ(3回)の完結です。幸いにして2011年の初めに旅行メモを書いた「黒皮の手帳」が発見され当時の費用・貨幣価値が分かり、自分でも興味深く追加記入することができました。
この年の12月10日に3億円強奪事件(東芝府中工場のボーナス強奪事件)が発生しました。当時の貨幣価値を想像するとあらためて驚愕してしまいます。
戦中派から団塊の世代の読者の皆様に参考にしていただけると嬉しいです。もちろん現代人にも。
ひそかにコメント期待しています。(笑い)
九州卒業旅行シリーズ①②は以下のURLでご覧ください。
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10492397/
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10507124/
この旅行記に掲載した諫早駅前の写真が写真アルバム「諫早・大村・東彼杵の昭和」の表紙に採用されました。
他にも諫早駅駅舎、ホームの駅名看板、諫早公園の眼鏡橋の3枚が掲載されています。
樹林舎 2014年11月29日 初版発行 9250円+税
http://www.jurinsha.com/SHOP/9784902731743.html
参考旅行記
シリーズ昭和の記録No.5 訪日フランス学生受入れ記録 Archive Showa era series MJET
https://4travel.jp/travelogue/11636754
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー 新幹線 JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
1968年3月16日(土)
島原・三角国道フェリーの三角出港
熊本県三角港→島原 フェリー 240円
左の車は日産ブルーバード
ブルーバード2代目 410型(1963年-1967年)はピニンファリーナにデザインを委託。フローイングラインと呼ばれるエレガントな曲線を纏ったが、日本国内ではリアの「尻下がり」スタイルが不評であった事が仇となり、ブルーバードは販売台数でライバル車種のトヨタ・コロナの後塵を拝する結果に終わる。(Wikipedia) -
海の一級国道57号線
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天草パールライン・フェリー
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島々をつなぐ鉄橋
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鉄橋の下を通過
-
1968年3月17日(日)
雲仙妙見岳のロープ・ウェー1
妙見岳の東隣の普賢岳が1990.11.17日に大噴火を起こし多数の犠牲者が出たのを記憶しています。火砕流という言葉が一般に知られるきっかけとなりました。
島原→長崎 バス490円
雲仙→仁田峠往復 140円
妙見岳のロープ・ウェー 150円
雲仙宿泊料 2495円 -
雲仙妙見岳のロープ・ウェー2
中央に上下2台が見える -
棚田の風景
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仁田峠(妙見岳)のロープ・ウェーからの景色です。
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仁田峠(妙見岳)の展望台
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愛野展望台での記念撮影
国道57号沿いにある展望スポット。駐車場からの見晴らしがよく、眼下には波穏やかな橘湾が広がり、南東には噴煙を上げる雲仙岳が確認できる。物産所や食事処を備える。
http://www.city.unzen.nagasaki.jp/info/prev.asp?fol_id=3384
当時は旅行に適した衣服は一般的にはあまり普及しておらず、ましてや学生には手に入りませんでした。若者が予約もなしに宿泊したりするにはこのような服装は適していました。それなりの扱いを受けることが出来ました。 -
橘湾
愛野展望台(標高100m)から見た真っ青(濃い青緑)の海が印象的でした。 -
今もあまり変わらない市電
「出島」の停留所に停車中の「思案橋」行きの市電
2004年にハウステンボス・長崎の旅行したときにも市電に乗りましたが雰囲気はこれと変わりませんでした。
ハウステンボス・長崎の旅 2004②長崎の今と昔(白黒写真)
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10472980/
市電 40円
稲佐山ロープ・ウェー 200円 (http://www.nagasaki-ropeway.jp/)
長崎宿泊料 1430円
2004ハウステンボス・長崎の旅
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10472845/
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10472980/ -
異人館
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グラバー邸の案内嬢たち
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三浦環の像
三浦 環(みうら たまき、1884年- 1946年)は、おそらく日本で初めて国際的な名声をつかんだオペラ歌手。
1916年に渡米し、ボストンで初めて蝶々さんを演じる。
1922年に帰国すると長崎に留まり、『蝶々夫人』とゆかりの土地を訪ね歩き、演奏会を開いた。三浦環が蝶々さんに扮した姿の銅像は、プッチーニの銅像とともに長崎市のグラバー園に建っている -
イチオシ
イギリスの豪華客船キャンベラ号の前半部 CANON FT FL200mm f2.8
豪華客船キャンベラ号CANBERRA
1961年就航 1968年当時44,800総トン
当初は定期船として建造されたが後にクルーズ船になった。
http://www.seadogs-reunited.com/Canberra.htm -
イギリスの豪華客船キャンベラ号の後半部 CANON FT FL200mm f2.8
-
イギリスの豪華客船キャンベラ号の全景
CANON FT FL 50mm f1.4(標準) -
長崎湾の工場群
代表的な工場は三菱重工長崎造船所
1964年の夏にフランスの学生工業視察団をこの造船所に案内しました。翌日のテレビのニュースでヘルメットをかぶった自分たちの姿を見て感激して喜んでいました。10月の東京オリンピック開催直前で東海道新幹線開通していませんでした。(1964.10.1開通)
1964年8月10日(月)
三菱重工長崎造船所見学
工場内での撮影はできなかったが、テレビのニュースで見学の様子を見ることができました。
ホテルのテレビもMITSUBISHIでした。
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/66/81/95/src_66819546.jpg?1597566645
写真掲載旅行記https://4travel.jp/travelogue/11636754 -
キャンベラ号をバックに記念撮影
グラバー邸の庭から望む長崎湾に浮かぶ豪華客船キャンベラ号を背景にした記念撮影です。
自分にもこんな若い時代があったのだと・・・ -
特徴あるグラバー邸のテラスの屋根
-
トーマス・グラバーの像
トーマス・グラバーThomas Blake Glover、(1838年 - 1911年)は幕末に活躍した死の商人(軍需物資商人)で、明治以降は高島炭鉱の経営に当たる。もともと武器商人であるが蒸気機関車の試走、ドック建設、炭鉱開発など日本の近代化に果たした役割は大きい。造船の街・長崎の基礎をつくった。
1859年、上海に渡り「ジャーディン・マセソン商会」に入社。その後、開港後まもない長崎に移り2年後に「ジャーディン・マセソン商会」の長崎代理店(グラバーの肩書きは、「マセソン商会・長崎代理人」)として「グラバー商会」を設立。貿易業を営む。 -
十六番館のバス・ガイド
バスガイドさんの制服は今とあまり変わらないですか? -
十六番館
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長崎湾を中心に発展した長崎の街はいたるところに坂がある。
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これは折り返しの坂
通称オランダ坂の一部と思われる。 -
特徴ある屋根のデザインには異国を感じます。
-
弁天橋停留所 人々の笑顔が印象的でした。
-
国宝 大浦天主堂
-
イチオシ
卒業式に向かう?中学生親子(3月17日 日曜日)
街並みも当時がしのばれます。
左に見える「浜かつ」は昭和37年に長崎市鍛冶屋町に創業した「とんかつ浜勝」が昭和39年3月に設立した株式会社「浜かつ」の1号店(本社)と思われます。
先日この写真を見た長崎県内の方からメールで教えてもらいました。
現在も、その後に開店した長崎ちゃんぽんのチェーン店「リンガーハット」、「浜勝 とんかつ」としてGoogle地図上で確認できます。場所は国宝「崇福禅寺(第一峰門)」の近くです。
株式会社リンガーハット<沿革>
https://www.ringerhut.co.jp/corporate/history/
持株会社となった現在の東京本社は大崎にあるが、長崎県長崎市鍛治屋町に本店を置く。まさにここが浜勝・リンガーハットの発祥の地のようです。
Googlemapsのストリートビューで見ても、通りの雰囲気はあまり変わっていません。 -
オランダ坂1 下の入り口から登る。
オランダ坂についてはどこからどこまでを指すのか、また一般的な呼び名かなど詳しいことは私には分かりません。ネットによると下記の書き込みがあります。
オランダ坂(オランダざか)は、長崎県長崎市東山手町にある大浦海岸通電停側から石橋電停側の誠孝院(じょうこういん)前の坂までの切り通し、活水坂、英国聖公会会堂跡前の坂一帯の総称である。江戸時代から明治時代にかけては、東洋人以外の人がよく通行していた。当時はその人々をオランダさんと呼んでいたのでこの名前がある。特に、活水女子大学入口にある坂がよく知られている。また、オランダ坂は日本中にもいくつかあり、例として長崎市丸山町には丸山オランダ坂がある。長崎出身のデュオ「フリーウェイハイハイ」のシングル「雨オトコ晴オンナ〜オランダ坂で君を待って」でも歌詞に入れられている。(Wikipedia) -
イチオシ
オランダ坂2 坂の途中から来た道を振り返る。
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オランダ坂3 坂を上から見た。
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オランダ坂4 坂の上 珍しい玉砂利舗装。
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オランダ坂5 坂をもと来たほうへ下る。
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宗福禅寺入り口
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宗福禅寺 この「第一峰門」は国宝です。
-
イチオシ
宗福禅寺の屋根の美しさに感動して撮りました。
このアングルで見られるのは、坂が多い長崎ならではで、京都では見られないでしょう。五山の上からなら遠くに見えるかもしれませんね。誤算ですか?(笑い) -
眼鏡橋
我国最古の石造アーチ橋。
1634年に興福寺唐僧子禅師(とうそうもくしぜんし)によって架設された。川面に写るその姿から「めがね橋」と親しまれてきた橋である。1960年に国の重要文化財に指定された。長崎の石橋のなかで本物の石橋はこの橋と桃渓橋と袋橋のみである。
・形式:1連の石造アーチ
・橋長:22m
・橋幅:3.65m
・橋高:5.46m
・完成:寛永11年(1634年)
http://www.yado.co.jp/hasi/nagasaki/nagaisi/megane/megane.htm -
イチオシ
1968年3月18日
諫早駅前 時計は9:44を指しています。
中央の通りの左には「島鉄バス乗り場」、右には「県営バス乗り場」があり、遠くにはカソリック諫早教会の尖塔が見えます。
この写真が写真アルバム「諫早・大村・東彼杵の昭和」の表紙に採用されました。
他にも諫早駅駅舎、ホームの駅名看板、諫早公園の眼鏡橋の3枚が掲載されています。
樹林舎 2014年11月29日 初版発行 9250円+税
http://www.jurinsha.com/SHOP/9784902731743.html -
諫早駅 ブルーバード(タクシー)とマツダ・キャロル
上記アルバムに掲載 -
諫早駅ホーム 白地に黒文字の駅名表示板が懐かしい。
上記アルバムに掲載 -
重要文化財 眼鏡橋
指定 昭和三十三年十一月二十九日(1958.11.29)
諫早眼鏡橋
http://www.yado.co.jp/hasi/nagasaki/isahaya/isahaya.htm
もともとは市内を流れる本明川に架かっていたが、本明川の拡幅計画に伴い破壊撤去される予定であったが、市民有志の努力で保存されることになり、1961年に現在の諫早公園の池に移築された。 -
修理中の諫早眼鏡橋
・形式:石造2連アーチ
・橋長:49.25m
・幅員:5.5m
・完成:1839年(天保10年) -
佐世保市の大村湾入り口の針尾瀬戸に架かる西海橋
後方に見える塔は第二次世界大戦の始まるきっかけとなった、ハワイの真珠湾攻撃開戦指令暗号「ニイタカヤマノボレ」を発信した無線塔(針尾無線塔)
西海橋往復バス 200円
西海橋渡橋料 10円
針尾送信所 針尾無線塔 (はりおむせんとう)
https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/268 -
橋を下から見るために水際まで降りたら、目の前を勢いよく漁船が通り過ぎた。
-
橋の下を頻繁に船が通過していた。
アーチを形成する鉄骨の組み合わせが実に美しいです。
興味のある方は取り壊しの話が出る前に、一度は見に行くといいですよ。
最近の工法は吊り橋や連続桁構造が多く、こんな美しいアーチ橋を私は他に知りません。 -
イチオシ
ひときわ美しいアーチを描く西海橋
美しいアーチを青い海に映した西海橋はいつまで見ていても飽きない風景でした。水面に近いここまで降りて撮りました。 -
西海橋の構造はきわめてシンプルです。
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西海橋で記念撮影
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西海橋に再会を期して。1968.3.18
昔は髪がこんなに黒々ふさふさしていた証拠写真です。 -
九十九島巡り観光船
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イチオシ
佐世保造船所ドック
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佐世保港全景
佐世保宿泊料 2450円
弓張岳タクシー 80円
バス3回 210円(30,140,40)
水族館 20円
弓張岳展望台のHP
http://www.yado.co.jp/kankou/nagasaki/hirasas/sasebosi/yumihari/yumihari.htm -
佐世保造船所
弓張岳展望台のHPによるとアメリカ海軍佐世保基地と記載があります。
http://www.yado.co.jp/kankou/nagasaki/hirasas/sasebosi/yumihari/yumihari.htm -
佐世保市街地
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弓張岳頂上からの九十九島の夕暮れ1
西海国立公園 九十九島紹介
http://www.pearlsea.jp/99islands/ -
イチオシ
九十九島の夕暮れ2
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1968年3月19日
若戸大橋
若戸大橋(わかとおおはし)は、福岡県北九州市の洞海湾にかかる戸畑区と若松区を結ぶ 橋である。1962.9.26開通。
佐世保10:40→(第1弓張)有田11:16 有田で陶磁器街を見て歩き、花瓶など購入。
有田→(第2弓張) 博多16:28
博多17:00→(第1ひまわり)小倉18:04
小倉18:25→下関18:45
下関19:15→(寝台急行)神戸三ノ宮7:06 -
洞海湾を往く貨物船とカモメ
-
洞海湾を行き交う貨物船
八幡製鉄所の海の玄関だけあって貨物船の往来は多い。
やはた‐せいてつじょ 【八幡製鉄所】
明治34年(1901)日本初の銑鋼一貫操業を開始した官営製鉄所。昭和9年(1934)半官半民の日本製鉄となり、第二次大戦後、過度経済力集中排除法などに基づき八幡製鉄・富士製鉄など4社に分割、同45年に富士製鉄と合併して新日本製鉄となる。 -
若戸大橋を渡るバス
若戸大橋渡橋料 10円 -
若戸大橋を渡る乗用車 クラウン・バン、コロナなど
-
1968年3月20日
下関からの寝台急行で神戸に着き、国鉄名神高速バスで名古屋に向かいました。
名神高速バス乗り場 7:37
下関から神戸のB寝台券 800円(乗車券は九州周遊券)
神戸→(国鉄JNR名神高速バス)名古屋 (九州周遊券利用) -
名神高速道路1
この当時は交通量は非常に少なかったのを覚えています。 -
名神高速道路2
-
名神高速道路3
-
名神高速道路4
こんなに空いた名神高速は今思えば貴重な体験です。 -
名神高速道路のバス・ストップ
15分程度の休憩時間がありました。
名古屋から東京までは新幹線に乗りました。
新幹線特急券 1200円 (乗車券は九州周遊券) -
卒業旅行最後のスナップ1968.3.20春分の日
現在のような旅行に適した衣料品が手軽に入手できなかった時代はこんな格好で旅行したようです。
旅館の予約などしない若者の一人旅で、ある程度きちんとした扱いを受けるには適当な服装でした。 -
卒業旅行の伴侶である当時最新の一眼レフ・カメラCANON FT QLです。
キヤノン FT QL
調べてみたところ1966年発売当時の価格は54,800円だそうです。
現在の価値では30万円、...或いはもっとするのかもしれません。
修士で入社した自動車会社の初任給が3万2千円でした。 -
旅行のメモを書きとめた「黒皮の手帳」
表紙に八幡溶接棒株式会社のロゴYAWATAと1968が入っています。
大きさは15cm×9cmです。
松本清張の小説「黒革の手帳」のようなアブナイ書き込みはありませんでした。(笑い)
http://www.tv-asahi.co.jp/kurokawa1/米倉涼子いいですね。好きです。
2012.3.16ニュース
女優・米倉涼子(36)が今年7月、米ニューヨーク(NY)のブロードウェー・アンバサダー劇場でミュージカル「CHICAGO(シカゴ)」に主演することが15日、発表された。ミュージカルの聖地・ブロードウェーで日本人女優が主演するのはナンシー梅木さん以来、実に54年ぶり。日本人が米国人役を演じ、ロングランミュージカルで主演するのは史上初の快挙だ。この日、緊急会見に臨んだ米倉は「アジアの女性として誇り、自信を持ちたい」と、涙ながらに喜びを語った。 -
1968年3月
7日から20日の旅行先と宿泊地。
3月26日は大学院の卒業式
3月31日は就職先の合宿の初日です。 -
3月7日の出発時の所持金は¥46850です。
7日〜11日 -
12日〜15日
-
16日〜18日
費用のうち駅での手荷物一時預かりが結構かかりました。 -
3月20日に帰宅時の所持金は¥6746でした。
たったこれだけの残金しかなくて無事に帰ってこられてよかったです。
当時クレジット・カードは持っていませんでしたが、銀行カードはありました。しかしCD機械ではなく、銀行支店窓口で伝票に4文字の暗証記号を書く方式でした。今でも暗号は覚えていますが何の役にも立ちません。
14日間の旅行費用は4万円強+九州周遊券代でした。院卒の初任給が3万円強でしたので、現在の卒業旅行に30万円掛けて行くような感覚かもしれません。
今振り返っても価値のある一人旅でした。すべてが自己責任の海外一人旅を苦にせずに今でも出かけるのは(※)、この旅行のおかげと想います。若いときの一人旅と英会話ほど一生役立つ自分への投資は他にありません。
40年以上前の九州卒業旅行シリーズ(3回)の完結です。幸いにして2011年の初めに旅行メモを書いた「黒皮の手帳」が発見され当時の貨幣価値が分かり、自分でも興味深く追加記入することができました。
戦中派から団塊の世代の読者の皆様に参考にしていただけると嬉しいです。
ひそかにコメント期待しています。(笑い)
※(2011年の一人旅)
2011ヨーロッパ12日間鉄道の旅/概要
http://4travel.jp/traveler/810766/album/10617323/
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この旅行記へのコメント (3)
-
- くわさん 2019/02/10 20:48:15
- 若戸大橋の歩道
- yamada423さん、いつもお世話になっています。佐世保のQ&Aからこの記事にたどり着きました。
以前、北九州市若松区で働いていました。
若戸大橋は何度も渡りましたが、昔、この橋は人も歩けたとのウワサを聞いてましたが、この旅行記ではじめて歩道の写真を見ました。
貴重な写真をありがとうございました。
http://kuwa72.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-5eff.html
- yamada423さん からの返信 2019/02/10 22:28:19
- RE: 若戸大橋の歩道
- くわさん こんばんは
お便りくださいましてありがとうございます。
50年も前の写真にたどり着かれたのですね。
若戸大橋の写真の説明を見ると橋を渡る料金が10円だったようです。
端の歩道ではなく真ん中を渡ったら・・・なんて考えたら一休さんですね(笑い)
九州を訪ねる機会はほとんどありませんが若松市、戸畑市は北九州市になったようですね。サイトの花火と夜景を見ると昔の面影は感じられないほど都市化が進んで活気があるように感じました。
-
- ターちゃんさん 2011/06/30 22:17:09
- 貴重な写真に感動!
- こんばんはyamada423さん
はじめまして、書き込みありがとうございます。
43年前の貴重な写真を拝見させていただきました。
当時の高校卒業旅行で行った記憶のある場所の写真(家にある旅行写真は、景色よりも人の写真でほとんど景色は映っていないため記憶が薄れていました。)近年初めて見た景色の過去の写真等を拝見し、感動させていただきました。ありがとうございました。
これから他の旅行記をゆっくり拝見させて頂きます。
これからもよろしくお願い申しあげます。
by ターちゃん
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