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宇佐美海岸  1969.7.26<br />東海汽船「椿丸」三宅島埠頭  1968.8<br />末尾にフランスの海の写真をおまけに付けました。<br />───────────────────────────<br />はじめに<br />私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。<br />アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)<br />https://4travel.jp/travelogue/10583150<br />最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。<br />大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No.4公開済み)<br />また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。<br /><br />モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。<br />しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。<br />平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。<br />現代用語:終活(笑い)<br />  ───────────────────────────<br />昭和の記録公開について<br />令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。<br />1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。<br />写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)<br />公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。<br />もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。<br /><br />ここまではシリーズ共通の前文とする。<br />シリーズ昭和の記録 百選 総集編<br />https://4travel.jp/travelogue/11651747<br />───────────────────────────<br />シリーズ昭和の記録No.20 伊豆半島・三宅島  1968.8/1969.7.26<br /><br />1. 西伊豆 中木  1968.7.12-7.14(昭和43年)<br />2. 三宅島     1968.8<br />3. 西伊豆黄金崎、石廊崎  1969.6.28(昭和44年)<br />4. 稲取、宇佐美      1969.7.26<br />5. 西伊豆         1969.10<br />おまけ フランスのコートダジュールとノルマンディーの海<br /><br />シリーズNo.2で神津島を取り上げたが、今回は残ったフィルムから伊豆半島および三宅島をまとめた。<br />海無し県埼玉で生まれ育った私は海への憧れが強く、成人して一人で行けるようになってからは何度も出かけた。学生時代には伊豆七島の神津島(シリーズNo.2)へ行ったが、計画的ではなく、大学の研究室の都合のよいときに思い立って東海汽船の竹芝桟橋から夜行の船に乗り、現地についてから民宿を選んで3泊ほど滞在した。<br />神津島が気に入ったので、入社した翌年は三宅島へ行ったが、天気にはめぐまれなかった。<br /><br />会社に入ってから同期の仲間と西伊豆の中木の海へもぐりに行ったり、購入したN360で一人ドライブで西伊豆の土肥、黄金崎、石廊崎、白浜海岸、稲取、宇佐美など。<br /><br />車で出かけるときは道路混雑を避けて夜10時ごろに出発し、現地で車中泊して朝を迎えることが多かった。<br />シリーズNo.1の能登半島も同様で、最も遠くまでの夜間走行は東北一周のときだった。仙台郊外で車中泊して、松島で朝食のさしみ定食が美味しかったのを鮮明に覚えている。(軽自動車ではなくH1300クーペで)<br /><br />海水浴シーズンは宿泊場所を当日見つけることが難しく、白浜海岸では心当たりの宿を尋ねた民家に泊めてもらったこともある。<br />一人ドライブの長距離夜間走行について、親が心配したかどうかは考えたこともなかった。今思えば無謀だったのかもしれない。<br /><br />海の風景は、私には日本の「原風景」という感覚(意識)があり、茨城の海について書いたブログにその記述がある。子供たちにも思いは伝わっているらしい。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/63/78/src_19637893.jpg?1562662154<br />白い砂浜と黒い岩と水平線まで続く青い海。<br />大げさな表現をすると海洋国家日本(ニッポン)の原風景です。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/21/88/66/src_21886622.jpg?1562662154<br />「Two Sisters on the beach浜辺の姉妹」 1987年8月 盛夏<br />(ルノアールの「テラスにて」の英語原題はTwo Sisters on the terrace)<br />茨城県北茨城市磯原の朝の浜辺です。<br />この姉妹(8歳と14歳)は海の尽きない魅力にとりつかれて朝食前であることなど全く気にしていないようです。50年以上写真を撮ってきましたが、記憶に残る家族写真の一枚です。<br /><br />私のブログを時々見ている次女は、この写真の二人は初め他所(よそ)の子と思ったらしいです。「朝食前であることなど・・・」を読んでハッと気づいたそうです。朝食前がまさにkey wordでした。<br />真夏なのでまっ昼間にはほとんど影ができませんが、これは早朝です。<br />次女の肩先・腕のシルエットが朝日でシャツに透けて見えます。<br />ぬれた砂浜に映る鏡像と朝日による影が少しずれて重なり、私が写真に求める「光と感動の記録」を見事に表現してくれていますが、撮った瞬間はそこまでは考えていません。今後これ以上の写真は撮れないでしょう。<br /><br />写真掲載旅行記「小さな旅 茨城の海2006/1987夏の思い出」<br />https://4travel.jp/travelogue/10480302<br /><br />撮影<br />CANON FT FL50mm F1.4、<br />フィルム NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA=ISO 100<br />─────────────────────────── <br />編集者自己紹介(シリーズ共通)<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !<br />シニア写真愛好家のyamada423です。<br />一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。<br /><br /><略歴>  <br />大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。<br />写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。<br />月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。<br />1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。<br />自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職<br />4トラベル会員登録 2010年5月21日<br /><br />ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。<br />http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/<br /><br />おねがい<br />50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。<br /><br />yamada423<br /><br />投稿 2020.9.22   10:00<br /><br /><br />

シリーズ昭和の記録No.20 伊豆半島・三宅島+おまけの海 Izu Peninsula,Miyake Island

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1968/07/12 - 1969/10/20

78位(同エリア154件中)

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yamada423

yamada423さん

宇佐美海岸 1969.7.26
東海汽船「椿丸」三宅島埠頭 1968.8
末尾にフランスの海の写真をおまけに付けました。
───────────────────────────
はじめに
私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。
アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)
https://4travel.jp/travelogue/10583150
最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。
大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No.4公開済み)
また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。

モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。
しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。
平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。
現代用語:終活(笑い)
  ───────────────────────────
昭和の記録公開について
令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。
1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。
写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)
公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。
もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。

ここまではシリーズ共通の前文とする。
シリーズ昭和の記録 百選 総集編
https://4travel.jp/travelogue/11651747
───────────────────────────
シリーズ昭和の記録No.20 伊豆半島・三宅島 1968.8/1969.7.26

1. 西伊豆 中木  1968.7.12-7.14(昭和43年)
2. 三宅島     1968.8
3. 西伊豆黄金崎、石廊崎  1969.6.28(昭和44年)
4. 稲取、宇佐美      1969.7.26
5. 西伊豆         1969.10
おまけ フランスのコートダジュールとノルマンディーの海

シリーズNo.2で神津島を取り上げたが、今回は残ったフィルムから伊豆半島および三宅島をまとめた。
海無し県埼玉で生まれ育った私は海への憧れが強く、成人して一人で行けるようになってからは何度も出かけた。学生時代には伊豆七島の神津島(シリーズNo.2)へ行ったが、計画的ではなく、大学の研究室の都合のよいときに思い立って東海汽船の竹芝桟橋から夜行の船に乗り、現地についてから民宿を選んで3泊ほど滞在した。
神津島が気に入ったので、入社した翌年は三宅島へ行ったが、天気にはめぐまれなかった。

会社に入ってから同期の仲間と西伊豆の中木の海へもぐりに行ったり、購入したN360で一人ドライブで西伊豆の土肥、黄金崎、石廊崎、白浜海岸、稲取、宇佐美など。

車で出かけるときは道路混雑を避けて夜10時ごろに出発し、現地で車中泊して朝を迎えることが多かった。
シリーズNo.1の能登半島も同様で、最も遠くまでの夜間走行は東北一周のときだった。仙台郊外で車中泊して、松島で朝食のさしみ定食が美味しかったのを鮮明に覚えている。(軽自動車ではなくH1300クーペで)

海水浴シーズンは宿泊場所を当日見つけることが難しく、白浜海岸では心当たりの宿を尋ねた民家に泊めてもらったこともある。
一人ドライブの長距離夜間走行について、親が心配したかどうかは考えたこともなかった。今思えば無謀だったのかもしれない。

海の風景は、私には日本の「原風景」という感覚(意識)があり、茨城の海について書いたブログにその記述がある。子供たちにも思いは伝わっているらしい。
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/63/78/src_19637893.jpg?1562662154
白い砂浜と黒い岩と水平線まで続く青い海。
大げさな表現をすると海洋国家日本(ニッポン)の原風景です。
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/21/88/66/src_21886622.jpg?1562662154
「Two Sisters on the beach浜辺の姉妹」 1987年8月 盛夏
(ルノアールの「テラスにて」の英語原題はTwo Sisters on the terrace)
茨城県北茨城市磯原の朝の浜辺です。
この姉妹(8歳と14歳)は海の尽きない魅力にとりつかれて朝食前であることなど全く気にしていないようです。50年以上写真を撮ってきましたが、記憶に残る家族写真の一枚です。

私のブログを時々見ている次女は、この写真の二人は初め他所(よそ)の子と思ったらしいです。「朝食前であることなど・・・」を読んでハッと気づいたそうです。朝食前がまさにkey wordでした。
真夏なのでまっ昼間にはほとんど影ができませんが、これは早朝です。
次女の肩先・腕のシルエットが朝日でシャツに透けて見えます。
ぬれた砂浜に映る鏡像と朝日による影が少しずれて重なり、私が写真に求める「光と感動の記録」を見事に表現してくれていますが、撮った瞬間はそこまでは考えていません。今後これ以上の写真は撮れないでしょう。

写真掲載旅行記「小さな旅 茨城の海2006/1987夏の思い出」
https://4travel.jp/travelogue/10480302

撮影
CANON FT FL50mm F1.4、
フィルム NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA=ISO 100
─────────────────────────── 
編集者自己紹介(シリーズ共通)
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !
シニア写真愛好家のyamada423です。
一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。

<略歴>  
大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。
月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。
1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。
自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職
4トラベル会員登録 2010年5月21日

ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

おねがい
50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。

yamada423

投稿 2020.9.22   10:00


旅行の満足度
4.0
同行者
友人
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
個別手配
  • 1. 西伊豆 中木  1968.7.12-7.14(昭和43年)<br /><br />同期の仲間と海水浴<br /><br />海水浴と言っても、泳ぐよりも潜って魚や貝などを見るほうが楽しかったです。<br />石廊崎に近くカラフルな魚がけっこう見られました。<br />ただし7月の海水温はかなり低く、長時間の水中活動はできません。<br />海水温があがってくるのは真夏が過ぎた9月だそうです。<br />しかし20世紀になって、地球温暖化の影響か、今年(2020年)は日本近海(太平洋)の海水温が平年よりも2℃ほど高いという報道がありました。<br /><br />海底にウツボを見つけたときはドキッとしました。太いヘビのように見えます。<br /><br /><br />

    1. 西伊豆 中木  1968.7.12-7.14(昭和43年)

    同期の仲間と海水浴

    海水浴と言っても、泳ぐよりも潜って魚や貝などを見るほうが楽しかったです。
    石廊崎に近くカラフルな魚がけっこう見られました。
    ただし7月の海水温はかなり低く、長時間の水中活動はできません。
    海水温があがってくるのは真夏が過ぎた9月だそうです。
    しかし20世紀になって、地球温暖化の影響か、今年(2020年)は日本近海(太平洋)の海水温が平年よりも2℃ほど高いという報道がありました。

    海底にウツボを見つけたときはドキッとしました。太いヘビのように見えます。


  • 洞窟から出てきたヤスを持った未開人

    洞窟から出てきたヤスを持った未開人

  • 中木の浜に陸揚げされた漁船

    中木の浜に陸揚げされた漁船

  • 中木の民宿

    中木の民宿

  • この時代には萱(藁)葺屋根の家がいくつもありました。

    この時代には萱(藁)葺屋根の家がいくつもありました。

  • 2. 三宅島     1968.8(昭和43年)<br /><br />往くときの船の名前はわかりませんが、帰りは椿丸でした。

    2. 三宅島     1968.8(昭和43年)

    往くときの船の名前はわかりませんが、帰りは椿丸でした。

  • 伊豆崎灯台

    伊豆崎灯台

  • 伊豆崎灯台

    伊豆崎灯台

  • 伊豆崎灯台<br /><br />テラスの柵の形が現在とは異なります。<br />老朽化して作り変えたのでしょう。<br />

    伊豆崎灯台

    テラスの柵の形が現在とは異なります。
    老朽化して作り変えたのでしょう。

  • 砂浜ではなく、黒い石の砂利浜です。

    砂浜ではなく、黒い石の砂利浜です。

  • 滞在中は天気が悪く、海に入る気はしなかった。

    滞在中は天気が悪く、海に入る気はしなかった。

  • 巡視船 すみだ  PS55<br /><br />やはぎ型巡視船<br /><br />常備排水量 377トン <br />総トン数 316トン <br />全長 50.3 m<br />最大幅 7.3 m <br />深さ 4.1 m <br />吃水 2.16 m <br />主機 池貝鉄工6MSB31S ディーゼルエンジン×2基 <br />推進器 スクリュープロペラ×2軸 <br />出力 1400馬力<br />速力 15.5ノット<br />航続距離 3,700海里 <br />乗員 44名(最大搭載人員)<br />兵装 20mm単装機銃×1基 <br />出典:Wikipedia<br />

    巡視船 すみだ  PS55

    やはぎ型巡視船

    常備排水量 377トン
    総トン数 316トン
    全長 50.3 m
    最大幅 7.3 m
    深さ 4.1 m
    吃水 2.16 m
    主機 池貝鉄工6MSB31S ディーゼルエンジン×2基
    推進器 スクリュープロペラ×2軸
    出力 1400馬力
    速力 15.5ノット
    航続距離 3,700海里
    乗員 44名(最大搭載人員)
    兵装 20mm単装機銃×1基
    出典:Wikipedia

  • 巡視船 すみだ PS55<br /><br />計画年度 昭和31年 <br />種別記号・番号 PS-55→ PM-55 <br />船名 すみだ  <br />建造所 新潟鐵工<br />竣工 1957年(昭和32年)6月30日<br />解役  1983年(昭和58年)2月10日

    巡視船 すみだ PS55

    計画年度 昭和31年
    種別記号・番号 PS-55→ PM-55
    船名 すみだ
    建造所 新潟鐵工
    竣工 1957年(昭和32年)6月30日
    解役  1983年(昭和58年)2月10日

  • 午後の陽で光る海

    午後の陽で光る海

  • 波の音はいつまでたっても飽きません。

    波の音はいつまでたっても飽きません。

  • 天気が悪いので海には入れず、せめて薄日の日光浴です。

    天気が悪いので海には入れず、せめて薄日の日光浴です。

  • 野生のガクアジサイ

    野生のガクアジサイ

  • 泊まった民宿 下原荘

    泊まった民宿 下原荘

  • 帰りの船が近づいてきました。

    帰りの船が近づいてきました。

  • 椿丸 TSUBAKI MARU<br /><br />船首の船名が読み取れます

    椿丸 TSUBAKI MARU

    船首の船名が読み取れます

  • 三宅島埠頭に接岸した椿丸   表紙写真

    三宅島埠頭に接岸した椿丸   表紙写真

  • 椿丸から降り立った乗客

    椿丸から降り立った乗客

  • 岸壁を離れる椿丸より<br /><br />三宅島のみなさんありがとう さようなら

    岸壁を離れる椿丸より

    三宅島のみなさんありがとう さようなら

  • 3. 西伊豆黄金崎、石廊崎  1969.6.28(昭和44年)

    3. 西伊豆黄金崎、石廊崎  1969.6.28(昭和44年)

  • 湾の奥に造船所らしきものが見えます。<br /><br />土台の上に住宅を建てる感覚で造れる感じがします。

    湾の奥に造船所らしきものが見えます。

    土台の上に住宅を建てる感覚で造れる感じがします。

  • 伊豆半島沿岸の輸送は道路よりも船のほうが便利なようです。

    伊豆半島沿岸の輸送は道路よりも船のほうが便利なようです。

  • 場所がわかりません。

    場所がわかりません。

  • <br /><br />



  • 5. 西伊豆   1969.10(昭和44年)

    5. 西伊豆   1969.10(昭和44年)

  • 黄金崎海岸

    黄金崎海岸

  • 4. 稲取、宇佐美      1969.7.26(昭和44年)

    4. 稲取、宇佐美      1969.7.26(昭和44年)

  • 磯浜海岸で海水浴には向きませんが海を眺め、波の音を聞いているのはよい気分です。

    磯浜海岸で海水浴には向きませんが海を眺め、波の音を聞いているのはよい気分です。

  • 表紙写真

    表紙写真

  • おまけの海の写真<br /><br />ニース海岸の夜明け  2013年5月14日 6:27<br /><br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10786276

    おまけの海の写真

    ニース海岸の夜明け  2013年5月14日 6:27

    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10786276

  • コートダジュールのエズの海  2013年5月14日   14:20<br /><br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10789762

    コートダジュールのエズの海  2013年5月14日   14:20

    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10789762

  • ノルマンディーのエトルタ海岸 2008年10月9日(木)12:05<br />南の崖ファレーズ・ダヴァル<br /><br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10476458

    ノルマンディーのエトルタ海岸 2008年10月9日(木)12:05
    南の崖ファレーズ・ダヴァル

    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10476458

  • エトルタ海岸と北の崖ファレーズ・ダモン 13:32<br /><br />

    エトルタ海岸と北の崖ファレーズ・ダモン 13:32

  • オンフルールのドック(係留所) 2008年10月10日(金)11:57<br /><br />https://4travel.jp/travelogue/10490475<br />サント・カトリーヌ岸の街並みがそっくりドックの水面に映る。

    オンフルールのドック(係留所) 2008年10月10日(金)11:57

    https://4travel.jp/travelogue/10490475
    サント・カトリーヌ岸の街並みがそっくりドックの水面に映る。

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