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神津島の民宿のご夫婦を囲む宿泊客  1967.8(昭和42年)<br />左が編集者yamada423<br /><br />神津島村役場オフィシャルサイト<br />https://vill.kouzushima.tokyo.jp/<br /><br />  ───────────────────────────<br />はじめに<br />私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。<br />アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)<br />https://4travel.jp/travelogue/10583150<br />最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。<br />大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。<br />また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。<br /><br />モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。<br />しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。<br />平均余命まで10年(平均寿命は5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガをスキャンして電子データ化した。<br />現代用語:終活(笑い)<br /><br />昭和の記録公開について<br />令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。<br />1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。<br />写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)<br />公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。<br />もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。<br /><br />ここまではシリーズ共通の前文とする。<br />シリーズ昭和の記録 百選 総集編<br />https://4travel.jp/travelogue/11651747<br /><br />  ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★<br />シリーズ昭和の記録 No.2 神津島 1967.8<br /><br />1967年8月、大学院2年の夏休みに、卒業研究「X線応力測定に関する研究」の合間に東海汽船の大型客船橘丸で神津島へ海水浴に行った。<br />学生のため、あまり計画的な行動はできないので、思い立った翌日に竹芝桟橋から夜10時ごろ出港する夜行の船の切符を買って乗り込んだ。<br />神津島に朝着くように観音崎沖あたりで時間調整の停泊をしていたようだが、記憶は定かでない。<br />神津島の前浜港に着くと、岸壁で待機している民宿の人と交渉して宿を決めて、車で宿まで連れて行ってもらった。観光地の駅前で宿の旗を持った番頭がフリーの客を案内するのと同じだ。<br />私は1人旅であったが、同じ民宿に男の客が別々に2人と女の二人連れがいた。<br />初日は民宿に近い前浜の海岸で遊んだが、2日目以降は前浜と反対側の風光明媚な多幸湾の海岸へ、他の客と一緒に送り迎えをしてもらった。<br />近年は島の東側に港湾施設を建設したために海流が変化し、多幸湾の真っ白な遠浅の砂浜は減少してしまい、以前ほどには海水浴の適地ではないようだ。<br /><br />多幸浜<br />https://www.google.co.jp/maps/@34.2030721,139.1548326,3a,75y,39.88h,92.81t/data=!3m8!1e1!3m6!1sAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA%3Dw203-h100-k-no-pi-0-ya314.31522-ro0-fo100!7i8000!8i4000<br /><br />神津島の中央には天上山という標高571mの山があり、民宿から歩いて登れた。<br />何泊したかはっきり覚えていないが、3,4泊であったであろう。<br /><br />当時は島の東側には港がなく、天候などの理由で西側の前浜港が利用できないときには、東の多幸湾に停泊した汽船への乗り降りは小船で往復した。いわゆる沖止めであった。<br />帰りに乗った橘丸は多幸湾で沖止めされ、多くの乗客が小船で何往復もして運ばれた。<br />橘丸の甲板で砂浜でするように寝そべって日を浴びたのをよく覚えている。<br /><br />撮影 CANON FT FL50mm F1.4<br />Fujifilm NEOPAN SS ASA(現ISO)100 ネガをスキャン<br />50年以上前のフィルムは劣化が激しく、黒点(プリントは白点)や縞模様、変形など見るに堪えないものも多いが、これが50年の寿命の現実です。<br />2020年7月19日<br />アルバムに貼った写真が見つかり、その写真をスキャンしてデータを作り直し、差し替えました。22枚は他よりも鮮明な画像になりました。<br /><br />編集者自己紹介<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024<br />シニア写真愛好家のyamada423です。<br />一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。<br /><略歴>  <br />大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。<br />写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。<br />月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。<br />1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。<br />自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職<br />4トラベル会員登録 2010年5月21日<br /><br />ホームページ(長期休眠中)<br />http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/<br /><br />おねがい<br />50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。<br />yamada423<br /><br />投稿 2020.7.16   22:15<br />

シリーズ昭和の記録 No.2 神津島 Archive Showa era series Kozushima

38いいね!

1967/08/05 - 1967/08/09

38位(同エリア252件中)

2

70

yamada423

yamada423さん

神津島の民宿のご夫婦を囲む宿泊客  1967.8(昭和42年)
左が編集者yamada423

神津島村役場オフィシャルサイト
https://vill.kouzushima.tokyo.jp/

  ───────────────────────────
はじめに
私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。
アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)
https://4travel.jp/travelogue/10583150
最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。
大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。
また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。

モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。
しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。
平均余命まで10年(平均寿命は5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガをスキャンして電子データ化した。
現代用語:終活(笑い)

昭和の記録公開について
令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。
1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。
写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)
公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。
もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。

ここまではシリーズ共通の前文とする。
シリーズ昭和の記録 百選 総集編
https://4travel.jp/travelogue/11651747

  ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★
シリーズ昭和の記録 No.2 神津島 1967.8

1967年8月、大学院2年の夏休みに、卒業研究「X線応力測定に関する研究」の合間に東海汽船の大型客船橘丸で神津島へ海水浴に行った。
学生のため、あまり計画的な行動はできないので、思い立った翌日に竹芝桟橋から夜10時ごろ出港する夜行の船の切符を買って乗り込んだ。
神津島に朝着くように観音崎沖あたりで時間調整の停泊をしていたようだが、記憶は定かでない。
神津島の前浜港に着くと、岸壁で待機している民宿の人と交渉して宿を決めて、車で宿まで連れて行ってもらった。観光地の駅前で宿の旗を持った番頭がフリーの客を案内するのと同じだ。
私は1人旅であったが、同じ民宿に男の客が別々に2人と女の二人連れがいた。
初日は民宿に近い前浜の海岸で遊んだが、2日目以降は前浜と反対側の風光明媚な多幸湾の海岸へ、他の客と一緒に送り迎えをしてもらった。
近年は島の東側に港湾施設を建設したために海流が変化し、多幸湾の真っ白な遠浅の砂浜は減少してしまい、以前ほどには海水浴の適地ではないようだ。

多幸浜
https://www.google.co.jp/maps/@34.2030721,139.1548326,3a,75y,39.88h,92.81t/data=!3m8!1e1!3m6!1sAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA%3Dw203-h100-k-no-pi-0-ya314.31522-ro0-fo100!7i8000!8i4000

神津島の中央には天上山という標高571mの山があり、民宿から歩いて登れた。
何泊したかはっきり覚えていないが、3,4泊であったであろう。

当時は島の東側には港がなく、天候などの理由で西側の前浜港が利用できないときには、東の多幸湾に停泊した汽船への乗り降りは小船で往復した。いわゆる沖止めであった。
帰りに乗った橘丸は多幸湾で沖止めされ、多くの乗客が小船で何往復もして運ばれた。
橘丸の甲板で砂浜でするように寝そべって日を浴びたのをよく覚えている。

撮影 CANON FT FL50mm F1.4
Fujifilm NEOPAN SS ASA(現ISO)100 ネガをスキャン
50年以上前のフィルムは劣化が激しく、黒点(プリントは白点)や縞模様、変形など見るに堪えないものも多いが、これが50年の寿命の現実です。
2020年7月19日
アルバムに貼った写真が見つかり、その写真をスキャンしてデータを作り直し、差し替えました。22枚は他よりも鮮明な画像になりました。

編集者自己紹介
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024
シニア写真愛好家のyamada423です。
一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。
<略歴>  
大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。
月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。
1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。
自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職
4トラベル会員登録 2010年5月21日

ホームページ(長期休眠中)
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

おねがい
50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。
yamada423

投稿 2020.7.16 22:15

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
交通手段
旅行の手配内容
個別手配
  • 1967年8月<br /><br />東京(竹芝桟橋)から神津島への行程で立ち寄った港ですが、記録がないためどこかわかりません。<br />すでに夜が明けているので式根島または新島かも知れません。

    1967年8月

    東京(竹芝桟橋)から神津島への行程で立ち寄った港ですが、記録がないためどこかわかりません。
    すでに夜が明けているので式根島または新島かも知れません。

  • 途中で立ち寄った港<br /><br />建物に地名(島の名称など)が書かれていれば何かと好都合ですが。<br />小さい表示(銘板)はあると思います。<br /><br />白点(ネガの黒点)が見られないきれいな画像はアルバムに貼られた写真をスキャンしなおしたものです。<br /><br />

    途中で立ち寄った港

    建物に地名(島の名称など)が書かれていれば何かと好都合ですが。
    小さい表示(銘板)はあると思います。

    白点(ネガの黒点)が見られないきれいな画像はアルバムに貼られた写真をスキャンしなおしたものです。

  • 噴煙が見られるので三宅島でしょうか。<br /><br />アルバムが見つかり、「大島 &#39;67.8」と説明書きがあります。<br /><br />

    噴煙が見られるので三宅島でしょうか。

    アルバムが見つかり、「大島 '67.8」と説明書きがあります。

  • フィルムの劣化による白点は仕方ないです。<br /><br />草間弥生共作(笑い)<br />

    フィルムの劣化による白点は仕方ないです。

    草間弥生共作(笑い)

  • Googlemapsでは航路からの景色は見られないのでこの島が確認できません。<br /><br />

    Googlemapsでは航路からの景色は見られないのでこの島が確認できません。

  • 乗客の中には幼児もいました。

    乗客の中には幼児もいました。

  • 高い位置からの風景なので神津島の天上山からの眺めと思います。

    高い位置からの風景なので神津島の天上山からの眺めと思います。

  • 多幸湾の砂浜<br />

    多幸湾の砂浜

  • 海水浴客は少ないです。<br /><br />白い砂の長い海岸線が印象に残っています。

    海水浴客は少ないです。

    白い砂の長い海岸線が印象に残っています。

  • 同じ民宿に泊まった人で、滞在中は他の同宿者と一緒に民宿の車で宿からこの浜まで送迎してもらいました。<br />10時ごろに宿を出かけ、午後3時ごろ迎えに来てもらいました。

    同じ民宿に泊まった人で、滞在中は他の同宿者と一緒に民宿の車で宿からこの浜まで送迎してもらいました。
    10時ごろに宿を出かけ、午後3時ごろ迎えに来てもらいました。

  • 天上山

    天上山

  • 多幸浜<br /><br />CANON FT FL28mm(広角レンズ)<br /><br /><br /><br />現在の多幸浜 Googlemaps<br />https://www.google.co.jp/maps/@34.2030721,139.1548326,3a,75y,39.88h,92.81t/data=!3m8!1e1!3m6!1sAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA%3Dw203-h100-k-no-pi-0-ya314.31522-ro0-fo100!7i8000!8i4000

    多幸浜

    CANON FT FL28mm(広角レンズ)



    現在の多幸浜 Googlemaps
    https://www.google.co.jp/maps/@34.2030721,139.1548326,3a,75y,39.88h,92.81t/data=!3m8!1e1!3m6!1sAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipORPloVqEijnHy80k8VP3_U8KEZfQLI5dcVO4tA%3Dw203-h100-k-no-pi-0-ya314.31522-ro0-fo100!7i8000!8i4000

  • 民宿の同宿者

    民宿の同宿者

  • 前浜港の岸壁に打ち寄せる波

    前浜港の岸壁に打ち寄せる波

  • 長浜海岸<br />

    長浜海岸

  • 岩場には波が荒くて近づけません。

    岩場には波が荒くて近づけません。

  • 前浜港<br />

    前浜港

  • 同宿者と島の子供たち

    同宿者と島の子供たち

  • 近所の子供

    近所の子供

  • 同宿者

    同宿者

  • 民宿の夫婦を囲む宿泊客   表紙写真<br />左が編集者yamada423

    民宿の夫婦を囲む宿泊客 表紙写真
    左が編集者yamada423

  • 長浜海岸

    長浜海岸

  • 長浜海岸

    長浜海岸

  • 長浜海岸<br /><br />アルバム写真をスキャン

    長浜海岸

    アルバム写真をスキャン

  • 沢尻湾<br /><br />この海岸の近くに露天風呂(温泉)がありました。<br />

    沢尻湾

    この海岸の近くに露天風呂(温泉)がありました。

  • 沢尻湾

    沢尻湾

  • 沢尻湾<br />

    沢尻湾

  • 沢尻湾

    沢尻湾

  • 長浜海岸

    長浜海岸

  • 雲間から洩れる真夏の太陽の光

    雲間から洩れる真夏の太陽の光

  • 民宿の庭

    民宿の庭

  • 民宿の庭で子供たちと遊ぶ

    民宿の庭で子供たちと遊ぶ

  • 帰る日に船が出る多幸湾に向かいます。

    帰る日に船が出る多幸湾に向かいます。

  • 沖合いに停泊(沖止め)した橘丸<br /><br />旅客機が搭乗橋(ボーディングブリッジ)を使用せずに駐機場に停まり、ゲートまでの乗客輸送をバスで行う「沖止め」は元々は船舶用語でした。<br /><br />5年ほど前にBAのロンドン乗り継ぎ時は沖止めでした。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/07/23/src_36072373.jpg?1416709029<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/07/23/src_36072372.jpg?1416708901<br /><br /><br />

    沖合いに停泊(沖止め)した橘丸

    旅客機が搭乗橋(ボーディングブリッジ)を使用せずに駐機場に停まり、ゲートまでの乗客輸送をバスで行う「沖止め」は元々は船舶用語でした。

    5年ほど前にBAのロンドン乗り継ぎ時は沖止めでした。
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/07/23/src_36072373.jpg?1416709029
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/36/07/23/src_36072372.jpg?1416708901


  • 船までは500メートルぐらいの距離です。

    船までは500メートルぐらいの距離です。

  • 橘丸(2代目)<br />就航 1935年<br />運行終了 1973年1月4日<br />総トン数 1,772トン<br />https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%98%E4%B8%B8

    橘丸(2代目)
    就航 1935年
    運行終了 1973年1月4日
    総トン数 1,772トン
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%98%E4%B8%B8

  • 船着場(港ではない)

    船着場(港ではない)

  • 乗船のために集まった人々<br /><br />私もその内の一人です。

    乗船のために集まった人々

    私もその内の一人です。

  • 小船で沖止めの橘丸まで運ばれます。

    小船で沖止めの橘丸まで運ばれます。

  • 難民船ではありません。(笑い)

    難民船ではありません。(笑い)

  • 最後の船で客船に着きました。

    最後の船で客船に着きました。

  • 楽しかった神津島とお別れです。

    楽しかった神津島とお別れです。

  • 帰りは晴天の昼間の便のため真っ青な海の景色が見られました。<br /><br />

    帰りは晴天の昼間の便のため真っ青な海の景色が見られました。

  • 砂浜の気分で甲板で寝そべる乗客<br /><br />

    砂浜の気分で甲板で寝そべる乗客

  • 乗船記念に。

    乗船記念に。

  • 島の形は新島でしょうか。

    島の形は新島でしょうか。

  • 式根島

    式根島

  • 最後の寄港地はどこだったでしょう。<br />灯台に島の名前が書いてあればいいのですが。<br /><br />密航者に島の名前を知られないようにするためでしょうか。

    最後の寄港地はどこだったでしょう。
    灯台に島の名前が書いてあればいいのですが。

    密航者に島の名前を知られないようにするためでしょうか。

  • 撮影した当時最新の一眼レフ・カメラCANON FT<br /><br />調べてみたところ1966年発売当時の価格は54,800円だそうです。<br />現在の価値では30万円、...或いはもっとするのかもしれません。<br /><br />修士で入社した自動車会社の初任給が3万2千円でした。(1968年)

    撮影した当時最新の一眼レフ・カメラCANON FT

    調べてみたところ1966年発売当時の価格は54,800円だそうです。
    現在の価値では30万円、...或いはもっとするのかもしれません。

    修士で入社した自動車会社の初任給が3万2千円でした。(1968年)

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  • アンペルマンさん 2020/07/19 15:03:46
    御礼
    yamada423 さん 初めまして。

    < いいね ! > とフォローをありがとうございます。
    Q&Aでyamada423 さんの回答はよく読ませていただき、参考にさせていただいておりました。
    今回の神津島の旅行記の中で、私と高校の同窓だったことを知り、びっくりいたしました。
    私は写真の趣味がなく、つい最近まで旅行に出かけても写真を撮るということがありませんでした。
    友人等が撮った写真を貰っても、あちこちに散逸していて、今更ながらに後悔しています。
    最近は、新型コロナの感染拡大で海外を旅行できなくなってしまい、残念ですが、これからも旅行記を書いてゆくつもりです。
    今後ともよろしくお願いいたします。

              アンペルマン

    yamada423

    yamada423さん からの返信 2020/07/19 22:00:16
    RE: 御礼
     アンペルマンさん こんばんわ はじめまして

    掲示板へメッセージおよびフォローをありがとうございます。

    アンペルマンさんも浦和高校でしたか。
    旅行記を拝見してなんとなく共通な雰囲気を感じました。

    音楽には私以上に経験がおありな様子で、旅先の楽しみでしょうね。

    私も昨年秋に「絵画・美術と音楽を心行くまで楽しむ後期シニアの一人旅」のテーマでベネチアからアムステルダムまでの列車の旅をしてきました。(旅行記登録済み)

    今後ともよろしくお願いいたします。

       yamada423

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