1984/12/10 - 1985/12/10
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yamada423さん
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ロンドンの2階建てバス 1984年12月
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「シリーズ昭和の記録」第1弾では約50年前までのモノクロ写真を整理してブログ公開したが、第2弾ではアルバムに貼られていた1980年代以降のカラー写真を整理して公開する。
シリーズ昭和の記録No.32イギリス出張
第1回 1984年12月
当社(HONDA)からイギリスの自動車会社ローバーの小型車ROVER213用に供給する自動変速機(3AT)の最終評価とローバー側の受け入れ可否判断を行うための会議meetingが目的であった。
ローバーのトランスミッション開発部門はバーミンガム近郊のロングブリッジ工場内にあり、ヒースロー空港で、手荷物で持参したAT(自動変速機)とともに車でバーミンガムまで移動した。ホテルはブロムスグローブのペリーホールホテルだった。
当社からは本社営業、製作所(鈴鹿,浜松)および研究所のメンバー(総勢5名)で研究所の主任研究員である私(当時41歳)が総括責任者として出張した。
現地では最終仕様の3ATを搭載して実車評価と課題項目の詳細説明会などを実施した。
最終日の朝、ホテルで議事録の原案を英語で起草し、ミーティングで両者が項目ごとに詳細に確認しあって議事録にサインした。
出張期間中にはローバーの受け入れ判断が出なかったが、帰国後にローバー会長が受入判断を下したとの通知が届いた。そのときの判断の背景説明が印象に残る。
「HONDAがこれ以上の改良をしないと明言したので受け入れる」とのことだった。
普通の日本人的に、「今後も改良に努めます」と言ったら決断しなかったであろうと容易に推測がつく。イギリス人(欧米人)の合理的な判断基準を教えられた出来事である。
会議の通訳は駐在員の日本人が始めたが、専門分野の理解が不十分のため外して、以後は英語のみで行ったため時間が節約できて正解だった。
以後の出張でも通訳は入れなかったが、Rover800の総合的なテクニカルミーティングでもトランスミッション部門のスケジュール表には通訳不要と書かれていた。
No interpreter,but should not be needed.
バーミンガムでのローバーとのミーティングの後、同行のメンバーを日程通り帰国させ、私は単身でローバーに供給するATF(オイル)※の供給体制を協議するため出光興産ロンドン支店を訪問した。イギリス出張は初めてだったので駐在員の野村さんに、仕事以外のことも含めていろいろとお世話になった。打ち合わせの後にロンドン塔、タワーブリッジ、バッキンガム宮殿、などを案内していただいた。ちょうどクリスマスシーズンで、リージェントストリートの電飾やデパートの飾りつけなど、繁華街が華やかな雰囲気に包まれていたのをよく覚えている。
※ATFは変速ショック軽減に重要な役割を担う重要機能部品で、当時ローバーが指定していたESSOのATFでは変速ショックの軽減が不十分のためホンダ指定のATFの採用を強く迫った。結局ホンダのATFが採用され、出光が供給を担当した。
後日談があり、ローバーは出光のATFを変速ショック軽減に効果が大きいとして系列のスペア・パーツ・ブランドUnipartで売り出して成功を収めたそうだ。
第2回 1985年7月
ローバーの大型乗用車ROVER825に適用する4ATの合同評価が目的の出張であった。
同行したのはテスト部門のYさん1人1人で、ホテルはバーミンガム空港東の国際展示場に隣接したNECメトロポールホテルだった。
私たちは自動車会社の研究所員なので出張計画には土日の休日をはさんで、できるだけ現地の交通事情を体験した。
このときはバーミンガムから高速道路M5を南下して終点のエクセターExeterから海沿いのテインマウスTeignmouthまで約250キロを往復したり、ロンドンまでM40で約180キロを往復した。
第3回 1985年11月
ローバー825の4ATの最終仕様での評価のための出張で前回も同行したYさんと設計部門のWさんが一緒だった。
ホテルはシェークスピアの生家があるストラトフォード・アポン・エイボンのモートハウスMoat House。
休日にはロンドンのほかにコヴェントリーにあるナショナルモーターサイクルミュージアム、ウォーリック城などを訪れた。中でも20世紀初頭からの英国製のバイクを1000台も陳列したモーターサイクルミュージアムは圧巻であった。
撮影 CANON AE-1P FD50mm F1.4
投稿 2020.11.27 18:50
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- レンタカー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イギリス出張第1回 1984年12月
一緒に出張したUさん(中央)と成田空港まで見送りに来た社員
右は第2回、第3回に同行したYさん
左は私を見送りに来てくれたK嬢(願望:笑い) -
ロンドン・ヒースロー空港
SABENAは2001年まで存在したサベナ・ベルギー航空 -
ロンドンのヒースロー空港の入国審査場
入国する人の地域・国籍などでゾーンが別れていましたが、当時は北アイルランドが内戦に近い紛争地域で、アイルランドへの乗り継ぎ客は専用のゾーンでした。
ロンドンの入国審査は昔から厳格で、一般の観光客でもかなり大変だったようですが、私がイギリスの自動車会社を訪問するホンダのエンジニアであると説明すると、審査員から「私は以前からシビックに乗っている」とか、入国審査とは関係ないことをフレンドリーに話しかけてくるのが常でした。質問はほとんど受けなかったです。
その理由は単純・明快で、イギリスで不法就労の恐れがないのが明白だからです。 -
ホテルがあるブロムスグローブ
バーミンガムの中心部から南西15キロにある町
尖塔はセント・ジョン教会 -
ブロムスグローブの街並み
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どこでしょう? 覚えていません。
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イギリスでは一般的な環状交差点ラウンドアバウトroundabout
英国人の発音はラナバウトと聞こえる。
円の直径は場所により約100m(郊外)から2m(市街地)まで様々です。
右から来る車を避けて左折で進入し、時計回りに進んで左折で脱出する。
慣れると簡単だが、出口を間違えたら戻るのが大変なので、無理に出ないでもう1周するぐらいの余裕がほしい。 -
ピラカンサに似ている。
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MG
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セント・ジョン教会と同行メンバー
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同行メンバーと散策して町の様子を見て回った。
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セント・ジョン教会
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猫を見つけると必ず撮ります。
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ガビチョウかツグミに似た鳥です。
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バーミンガム国際空港
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出張メンバー
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セント・ジョン教会
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馬に乗った人を一般の道路で時々見かけます。
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ロンドンの老舗デパート ハロッズのクリスマスシーズンの電飾(イルミネーション)
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バッキンガム宮殿広場
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ヴィクトリア記念堂
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バッキンガム宮殿
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チャーチル彫像とウェストミンスター寺院
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ビッグベンは現在(2020年11月)大規模修理中ですが(2021年まで)、1985年12月も修理中でした。
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出光興産ロンドン支店のNさんには大変お世話になりました。
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ウェストミンスター宮殿はイギリスの国会議事堂として使用されている。
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ロンドン塔の衛兵
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ロンドン塔の中庭に置かれた大砲
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ロンドン塔からタワーブリッジを望む。
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ロンドン塔の警備員
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冬季の制服の衛兵
私が初めて衛兵を見たのがこの時で、赤い制服の衛兵のイメージとまったく異なるのに驚いた。 -
ロンドン塔の博物館
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象の鎧(よろい)
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鉄の鎧をまとった兵士と馬
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ロンドン塔内を行進する衛兵
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ロンドンの2階建てバス 表紙写真
行き先がSHEPHERDS BUSHとなっているので、ここはオクスフォード通りと思います。
現在は12番のバスはオクスフォード通りを通らずリージェントストリートを通ります。
https://tfl.gov.uk/bus/route/12/ -
タワーブリッジ
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木造の建物の老舗デパート リバティLIBERTY
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目抜き通りのクリスマス電飾(イルミネーション)
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リージェントストリートのAUSTIN REED
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聖歌隊
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クリスマスツリー
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地下鉄の駅には地上駅もあります。
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この時代のエスカレーターのステップは木製が多かったため火災には脆弱だった。
時々ニュースで「エスカレーターが火災で燃えた」を聞いたがすぐ理解できた。 -
地下鉄通路のクリスマスキャロルのポスター
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WESTMINSTER TRAVEL OFFICEの看板が見える。
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ピカデリーサーカスからリージェントストリートへの入り口
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ウェストミンスター通り
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ビッグベン
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ウェストミンスター寺院
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虹がかかりました。
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ケンジントンヒルトンホテルの窓より
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ケンジントンヒルトンホテル正面入り口
すぐ前のバス停にヒースロー空港バスが毎正時と半時に停まるので便利でした。
ベルボーイにバスの時刻を尋ねたらこうでした。
Just time and half time in every hours. -
雨上がりの街に買い物袋の人々が行き交う年末の風景
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第2回の出張 1985年7月
バーミンガム空港までの便へ乗り継ぐヒースロー空港の待合室 -
バーミンガムまではBRITISH MIDLANDの双発プロペラ機でした。
飛行高度が3000m程度で、牧場の羊が白い点に見えました。 -
成田からロンドンまでの空路はアラスカのアンカレッジ経由で、2時間ほどの給油休憩がありました。
成田から5時間ぐらい(不明確)飛んだ後の休憩は体力的に楽でした。
うどんを食べたり、帰りにアクセサリーなどの土産を買うのも楽しみでした。 -
ヒースロー空港
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高速道路(モーターウェイ)からの景色
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高速道路の番号はM5などです。
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牧草地ではたくさんの牛が休んでいます。
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バーミンガムから約250Km南下したテインマウスTeignmouthの海岸
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一緒に行ったYさん
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テインマウス海岸
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カモメ
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テインマウスの街並み
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一般道
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高速道路E5終点の町Exeter(確信はありません)
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県道B4509への出口の標識
バーミンガムまでの帰路の約60%まで来たところです。
イギリスの道路番号標識は、私が知る限る欧米で最も優れています。
カーナビがなくても道路地図さえ持参すればどこでも忌めます。 -
この日はロンドン観光にやってきました。
タワーブリッジ
テムズ川を運行する大きな船が通行するときは真ん中から両側に開きます。
開閉予定日時は公表されているので、一度見るのもお奨めです。
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/album/src/10/66/49/src_10664951.jpg?updated_at=1580606099
写真掲載ブログhttps://4travel.jp/travelogue/10664951
橋の開閉時刻サイト Bridge Lift Times
http://www.towerbridge.org.uk/TBE/JP/BridgeLiftTimes/
http://www.towerbridge.org.uk/lift-times/ -
ロンドン塔の警備員の夏の制服
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ウェストミンスター橋から見たビッグベン
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チューダー様式の建築
英国でチューダー朝が始まるのはヘンリー7世の統治時代、1485年から。その後エリザベス1世が亡くなる1603年までの、ゴシック時代の中に存在したこの期間のデザインを「チューダースタイル」と呼びます。
象徴的な外観デザイン「ハーフティンバー」
ゴシック様式は主に教会やお城などで使われたデザインですが、一般の人々の住まいとしては「ハーフティンバー」と呼ばれる建築様式の家が多かったようです。ハーフティンバーは、柱や梁、筋交いなど木の構造材を外側にむき出しにし、その間を漆喰やレンガで埋めた、特徴のある外観でよく知られ、半分は材木で半分は漆喰やレンガが見えることから、この名で呼ばれているようです。 -
大英博物館
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戦車に乗ったラムセス二世RAMESES Ⅱ IN HIS CHARIOT
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ミイラ
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人骨
初めて見たときは衝撃的でした。 -
金色で装飾された棺
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celestial globe 天球儀
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アンフォラ(古代ローマ、ギリシャの壷)
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装身具
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時計
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茅(藁)葺屋根の住宅
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藁葺き屋根の修理中
T J TRATT (T J トラット)
THATCHER サッチャー(屋根職人)
昔マーガレット・サッチャーというイギリス首相がいましたが、先祖は屋根職人だったのかも知れません。 -
ローバーのメンバー3人と一緒にテスト走行に行ったときの写真です。
スミスさん、カナンさん、シンプソンさん(右) -
ローバーの試乗車(赤)
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カフェのテーブルで
左よりシンプソンさん、私、スミスさん、カナンさん
10年間ぐらい何度も一緒に仕事をしたメンバーです。
私の英語力はその時期に習得したものです。彼らの英語を真似することで身についた実用的なもので、今でも英語では不自由しません。 -
スミスさん
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右がローバーのトランスミッションの責任者
主任研究員Chief Engineer のJohn Everyジョン・イーヴリーさん -
バーミンガム国際空港
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バーミンガム国際空港
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ROVER 200 SERIESの広告がありますが、ホンダから供給した3ATは1.3LのROVER 213に搭載されました。
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BRITISH MIDLANDのこの飛行機でバーミンガム空港からヒースロー空港まで移動しました。
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空港から国際展示場までの無人シャトル
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ヒースロー空港近くの街並み
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ロンドンからの帰国便のJAL B-747
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ロンドンー成田 北極回りのルートで山が見えるのはアラスカだけです。
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真夏でも雪が残っているは緯度・高度ともに高いアラスカらしい風景です。
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第3回の出張 1985年11-12月
ローバー825の4ATの最終仕様での評価のための出張
バーミンガムへの乗り継ぎのヒースロー空港 -
ロンドン塔の衛兵
出張に同行する社員はその都度異なるので、休日にはロンドン事情視察のために車で往復しました。出張中に乗る車はローバーが用意してくれました。
左側通行、右ハンドルは日本と同じで問題ないですが、ワイパーとウィンカーのレバーの位置が左右逆のため、最初のウィンカー時にワーパーが動いてびっくりします。 -
タワーブリッジ
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ロンドンはテムズ川の河口から近いのでカモメはたくさんいます。
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中心部を東西に通るオクスフォード通りは意外と狭く、そのためにかえって人の横断が楽でにぎわっています。
箱型のロンドンタクシーの運転手は世界一難関なテスト(knowledge test)を突破した優秀なドライバーで、安全運転でも信頼できます。
ホテルから空港まで乗ったロンドンタクシーの運転手にいろいろな話を聞いた。
長い間バスの運転手をしていたが、年をとって大型車は大変なのでタクシーの資格を取って中古のタクシーを買ったが、余裕ができたら新しいエンジンを買って載せかえるつもりだと。 -
街には高齢者が多く、ベンチがあるのは良いことで、日本でも見倣ってほしい。
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前年と同じクリスマスシーズンのためイルミネーションが見られました。
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老舗デパートLIBERTY
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前年末には修理中であったビッグベンの工事用足場は下半分だけ残っていました。
ウェストミンスター橋より -
コヴェントリーのモーターサイクルミュージアムにはイギリス製の20世紀初頭からのバイクが常時1000台展示されていました。所蔵は3000台だそうです。
動弁機構がむき出しのため、作動原理がわかりやすく、とても興味深く見学しました。初期のヘッドランプはガス灯でした。 -
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このときの宿泊先はストラトフォード・アポン・エイボンのモートハウスホテルでした。街の中心部にシェークスピアの生家があります。
紋章は槍speareで、先祖は槍を扱う(振るshake)足軽のような身分だったのかもしれません。
William Shakespeare -
モートハウスホテル
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テレビではモンテカルロラリーの映像が流れていました。
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どこかの街のレストラン
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滞在先のストラトフォード・アポン・エイボンの北東約15キロにあるウォーリック城Warwick castle
この記事は英語版Wikipediaの対応するページを翻訳することにより充実させることができます。(2019年10月)
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東側から(エイヴォン川から)見たウォリック城
聖メアリー教会から見たウォリック城
ウォリック城(ウォリックじょう、Warwick Castle)は、イングランド中部ウォリックシャーのウォリックにある中世の城。エイヴォン川に臨む崖の上に建っている。元はアングロ・サクソン人の砦(914年建築)があった場所(またはその近辺)に、1068年、ウィリアム征服王によって建築された[1]。17世紀初頭まで軍事拠点として使用された。 Wikipedia -
ステンドグラスの紋章
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ウォーリック城の内部は博物館になっており、武器の展示室や領主一族の日常生活を模したロウ人形などが展示されています。
初めて訪れたとき、入ってすぐのところにいた執事にGood morning!と挨拶しても返事がないのでよく見るとロウ人形でした。 -
ロウ人形による日常生活風景
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Warwickの中心部にあるセント・メリー教会
St. Mary's Church -
城の窓からエイボン川が見えます。
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チューダー調の建物
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乗馬を楽しむ人
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教会 BAPTIST CHURCH
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どこか覚えていませんが、雨上がりのしっとりした空気を感じます。
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1985年11月
シェークスピアの生家があるストラドフォード・アポン・エイボンから車で半時間ほどにあるSTAG'S HEAD(鹿の頭)というレストラン
夕食のレストランのウェイティング・バーにて
一杯飲みながら各自が料理を注文し、準備ができるまで歓談しながら待ちます。
私が撮ったので自分は写っていません。
出張計画は土日を挟むようにして、休日には借りた車でロング・ドライブやロンドンの市内観光などを体験しました。若いエンジニアにイギリスの交通事情や文化を体験してもらうのも私の役目と思っています。 -
R.カナンさん(中央)とJ.シンプソンさん(右)
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夕食後のひととき
デザートとコーヒーの後で撮った記念写真
(私は右から3人目)
正面のジョン・イヴリさん(Chief engineer)が誘ってくれたレストランです。
照明が淡いピンクで、やさしく落ち着いた雰囲気でした。
帰りに駐車場へ出ると寒くて身震いするほどでしたが、星がすごききれいでした。
この出張の目的はRover800用に日本から供給するATの耐久性向上対策の打ち合わせで、ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)のパトカーの厳しい耐久性要件が難題でした。
仕事は厳しいが終わった後の楽しいひと時がせめてもの救いでした。
ローバーのこのメンバーとは1984年から約10年間交流があり、私の英語力はその間の実務を通じて身につけたもので、私の財産です。遺産として残せないが、ヨーロッパの国ではほとんどで英語が通じるので生きているうち使います。 -
撮影に使用したカメラの同型機
CANON AE-1P FD50mm F1.4
https://global.canon/ja/c-museum/product/film103.html
発売年月 1981年(昭和56年)4月
発売時価格 92,000円(ニューFD50mm F1.4SSC付き)
86,500円(ニューFD50mm F1.8SC付き)
60,000円(ボディ)
AE-1が世界規模で大ヒットしながら、5年の歳月が流れ、シャッタースピー ド優先式TTL・AEに加えて、A-1で採用した、押せば写る完全自動のプログラム式AEに対する要望も市場から多く寄せられるようになった。
AE-1 プログラムは、それ等の要請に応えるべくAE-1の発展型後継機として開発された。自動露出の機能には、シャッタースピード優先式AEにプログラムAEを搭載したデュアルモードとし、A-1で好評のパームグリップを採用した。さらに、高性能のモータードライブMAの共用化を図っていた他、ファインダー内情報表示にもLED点灯方式のマスク照明を採用するなど著しい進化を遂げていた。
写真は標準レンズ付であるが、私はボディとズームレンズ(FD35-75mm)を買った。
この旅行記のタグ
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この旅行記へのコメント (2)
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- TOKOMASさん 2020/11/28 14:29:29
- イギリスの旅
- 初めまして。
Tokomas と申します。
1986年に始めて、イギリスとスイスに行きました。同じ頃のイギリス旅行で懐しく思いました。
成田からは直行便がなく北極周りで、14時間位かかりました。食事が4回ほど出ましたが、窓の外は薄暮でどの食事が夕食か、わかりませんでした。子午線を通過する度に食事が出ると聞きましたが定かでありません。
イギリスでは、ロンドンとブライトンに行きました。
あるレストランに入ったところ、前菜の生牡蠣とイワシの缶詰が同じ値段でした。
また、メインの舌平目が焼いただけで、調味料が塩しかありませんでした。
機内の食事に付いてた金魚の形に入っていた醤油が役に立ちました。
ヨーロッパはこの後、フランスに一度行っただけです。
子会社がインドネシアにあった関係で、技術指導に20数回いきました。
なお、yamada423さんはホンダの研究員ということですが、私の義父は本田宗一郎社長のころ、本田社長の近くに勤務していたそうです。私の愚妻もホンダに努めてました。我が家の車はすべてホンダ製です。
私自身はホンダとは全く関係ありません。
これからも宜しくお願いします。
- yamada423さん からの返信 2020/11/28 16:42:30
- RE: イギリスの旅
- Tokomasさん こんにちは はじめまして
メッセージありがとうございました。
ホンダの関係者からの書き込みはうれしいです。
研究所勤務の初期には本田社長が時々来て身近な存在でした。
イギリスはローバーとの関係で何度も出張し、イギリス人の英語を真似して覚えました。
コロナによる外出自粛中に書いた昭和の記録にも社内行事編がありますのでご案内します。
今後もよろしくお願いいたします。
シリーズ昭和の記録No.19 社内行事
https://4travel.jp/travelogue/11645409
https://4travel.jp/travelogue/10484193
yamada423
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