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能登半島 禄剛崎灯台  1969年8月8日(昭和44年)<br /><br />はじめに<br />私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。<br />アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)<br />https://4travel.jp/travelogue/10583150<br />最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。<br />大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。<br />また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。<br /><br />モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。<br />しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。<br />平均余命まで10年(平均寿命は5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガをスキャンして電子データ化した。<br />数百本保存しているネガカラーフィルムも劣化が始まっているが、スキャンが容易ではないため手付かずである。カラー写真はプリントのほうが劣化が少ないので、必要な場合はプリント写真のスキャンを考えている。<br /><br />昭和の記録公開について<br />令和成2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。<br />1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。<br />写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予測はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。<br />公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。<br />もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。<br /><br />ここまではシリーズ共通の前文とする。<br />  ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★<br />シリーズ昭和の記録 No.1 能登・北陸・琵琶湖・浜名湖 1969.8<br /><br />この旅行記は入社2年目の1969年8月の夏休みに、前年10月に購入した黄色い軽自動車N360で埼玉県川越市の自宅から高崎、長野、直江津、富山、能登半島、金沢、琵琶湖、岐阜、岡崎、東名高速で帰京の3泊半5日のドライブの記録です。<br />1日目(8月6日) <br />22時川越出発。高速道路がない時代の長距離ドライブの出発は空いている国道を走るために深夜の出発をよく行った。国道17号、18号、8号をひた走り、燃料切れの兆候(電磁ポンプがカタカタ音を発する)を感知して道路端で朝まで仮眠し、スタンドが開くのを待った。<br />2日目(7日)<br />ガソリンを満タン(26L)にして富山駅で朝食に鱒寿司を食べたのを覚えている。<br />能登半島の東岸を北上し、七尾駅前、恋路海岸で海水浴、見附島、珠洲市(宿泊)<br />旅館は予約せずその場で探した。<br />3日目(8日)<br />洲市三崎町小泊八幡神社、禄剛崎灯台、輪島、羽咋海岸、加賀(宿泊)<br />夕方になり夏休みで無料開放の金沢の兼六園に立ち寄ったが見学はしなかった。<br />夜になり加賀で看板を頼りに探したが、片山津温泉は高級旅館ばかりで泊まれず、仕方なく国道8号沿いのモーテルに泊まった。<br />4日目(9日)<br />福井県 東尋坊、足羽川、琵琶湖、岐阜駅前、岡崎(宿泊)<br />岡崎の旅館探しも苦労したが何とか見つかった。現在のビジネスホテルのような素泊まりだけの宿は当時少なかった。<br />5日目(10日)<br />東名高速、浜名湖SA  帰京<br />ツインキャブのN360はアクセルを全開するとメーターで時速120キロ出たので大きな車を追い越せて痛快だった。<br />N360は勤務先の会社の製品で、最盛期には狭山工場で1日1000台を超える生産台数のヒット商品であった。<br /><br />走行距離<br />東名高速以外の高速道路は当時なかったため国道16号、17号、18号、8号などを利用したため現在の一般的なコースとは若干異なるが、Googlemapsの経路検索で求めた距離は1467Kmです。川越から鹿児島県枕崎市までの距離に相当します。<br /><br />撮影 CANON FT  50mm f1.4<br />         Fujifilm NEOPAN SS ASA(現ISO)100 ネガをスキャン<br />         Fujicolor プリントをスキャン<br /><br />編集者自己紹介<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024<br />シニア写真愛好家のyamada423です。<br />一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど40年以上です。<br /><略歴>  <br />大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。<br />写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。<br />月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。<br />1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。<br />自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職<br />4トラベル会員登録 2010年5月21日<br /><br />ホームページ(長期休眠中)<br />http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/<br /><br />おねがい<br />50年前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。<br />yamada423<br /><br />投稿2020.7.12<br />

シリーズ昭和の記録 No.1 能登・北陸 Archive Showa era series Noto/Hokuriku

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1969/08/06 - 1969/08/10

112位(同エリア198件中)

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69

yamada423

yamada423さん

能登半島 禄剛崎灯台  1969年8月8日(昭和44年)

はじめに
私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。
アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)
https://4travel.jp/travelogue/10583150
最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。
大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。
また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。

モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。
しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。
平均余命まで10年(平均寿命は5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガをスキャンして電子データ化した。
数百本保存しているネガカラーフィルムも劣化が始まっているが、スキャンが容易ではないため手付かずである。カラー写真はプリントのほうが劣化が少ないので、必要な場合はプリント写真のスキャンを考えている。

昭和の記録公開について
令和成2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。
1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。
写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予測はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。
公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。
もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。

ここまではシリーズ共通の前文とする。
  ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★   ☆   ★
シリーズ昭和の記録 No.1 能登・北陸・琵琶湖・浜名湖 1969.8

この旅行記は入社2年目の1969年8月の夏休みに、前年10月に購入した黄色い軽自動車N360で埼玉県川越市の自宅から高崎、長野、直江津、富山、能登半島、金沢、琵琶湖、岐阜、岡崎、東名高速で帰京の3泊半5日のドライブの記録です。
1日目(8月6日) 
22時川越出発。高速道路がない時代の長距離ドライブの出発は空いている国道を走るために深夜の出発をよく行った。国道17号、18号、8号をひた走り、燃料切れの兆候(電磁ポンプがカタカタ音を発する)を感知して道路端で朝まで仮眠し、スタンドが開くのを待った。
2日目(7日)
ガソリンを満タン(26L)にして富山駅で朝食に鱒寿司を食べたのを覚えている。
能登半島の東岸を北上し、七尾駅前、恋路海岸で海水浴、見附島、珠洲市(宿泊)
旅館は予約せずその場で探した。
3日目(8日)
洲市三崎町小泊八幡神社、禄剛崎灯台、輪島、羽咋海岸、加賀(宿泊)
夕方になり夏休みで無料開放の金沢の兼六園に立ち寄ったが見学はしなかった。
夜になり加賀で看板を頼りに探したが、片山津温泉は高級旅館ばかりで泊まれず、仕方なく国道8号沿いのモーテルに泊まった。
4日目(9日)
福井県 東尋坊、足羽川、琵琶湖、岐阜駅前、岡崎(宿泊)
岡崎の旅館探しも苦労したが何とか見つかった。現在のビジネスホテルのような素泊まりだけの宿は当時少なかった。
5日目(10日)
東名高速、浜名湖SA 帰京
ツインキャブのN360はアクセルを全開するとメーターで時速120キロ出たので大きな車を追い越せて痛快だった。
N360は勤務先の会社の製品で、最盛期には狭山工場で1日1000台を超える生産台数のヒット商品であった。

走行距離
東名高速以外の高速道路は当時なかったため国道16号、17号、18号、8号などを利用したため現在の一般的なコースとは若干異なるが、Googlemapsの経路検索で求めた距離は1467Kmです。川越から鹿児島県枕崎市までの距離に相当します。

撮影 CANON FT 50mm f1.4
Fujifilm NEOPAN SS ASA(現ISO)100 ネガをスキャン
Fujicolor プリントをスキャン

編集者自己紹介
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024
シニア写真愛好家のyamada423です。
一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど40年以上です。
<略歴>  
大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。
月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。
1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。
自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職
4トラベル会員登録 2010年5月21日

ホームページ(長期休眠中)
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

おねがい
50年前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。
yamada423

投稿2020.7.12

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
交通手段
自家用車

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  • 1969年8月7日<br />画像番号 No.1 TOYOTAのトラック(ダンプカー)<br /><br />前日の午後10時に川越を出発し、高崎、長野、直江津、富山(車中仮眠)を経由して富山湾に沿って北上。<br />デジカメではないので撮影時刻は不明だが午前と思われる。

    1969年8月7日
    画像番号 No.1 TOYOTAのトラック(ダンプカー)

    前日の午後10時に川越を出発し、高崎、長野、直江津、富山(車中仮眠)を経由して富山湾に沿って北上。
    デジカメではないので撮影時刻は不明だが午前と思われる。

  • No.2

    No.2

  • No.3 路線バス<br /><br />連なる電柱に「高岡信用金庫」の文字があるので高岡市付近と思われる。

    No.3 路線バス

    連なる電柱に「高岡信用金庫」の文字があるので高岡市付近と思われる。

  • No.4 七尾駅前<br /><br />左の乗用車は初代「カローラ」で1966年11月に誕生した。

    No.4 七尾駅前

    左の乗用車は初代「カローラ」で1966年11月に誕生した。

  • No.5 七尾駅前

    No.5 七尾駅前

  • No.6 恋路海水浴場<br />〒927-0601 石川県鳳珠郡能登町恋路 <br /><br />ここでしばらく水遊び程度に海に入った。

    No.6 恋路海水浴場
    〒927-0601 石川県鳳珠郡能登町恋路

    ここでしばらく水遊び程度に海に入った。

  • No.7

    No.7

  • No.8 能登半島国定公園 見附島<br /><br />石川県珠洲市宝立町鵜飼

    No.8 能登半島国定公園 見附島

    石川県珠洲市宝立町鵜飼

  • No.9 島の形が軍艦に似ていることから、軍艦島とも呼ばれる。

    No.9 島の形が軍艦に似ていることから、軍艦島とも呼ばれる。

  • No.10

    No.10

  • No.11

    No.11

  • No.12  N360T  色は黄色です。<br />360cc ツインキャブ

    No.12 N360T  色は黄色です。
    360cc ツインキャブ

  • No.13  8月8日<br /><br />珠洲市の神社

    No.13 8月8日

    珠洲市の神社

  • No.14  絵幕の下に「小泊」の文字が見えますが下記の小泊八幡神社とは異なるようです。<br /><br />927-1462 石川県珠洲市三崎町小泊八幡神社

    No.14 絵幕の下に「小泊」の文字が見えますが下記の小泊八幡神社とは異なるようです。

    927-1462 石川県珠洲市三崎町小泊八幡神社

  • No.15  何の飾り付けでしょうか。<br />お盆と関係あるかもしれません。<br /><br />

    No.15 何の飾り付けでしょうか。
    お盆と関係あるかもしれません。

  • No.16

    No.16

  • No.17

    No.17

  • No.18

    No.18

  • No.19

    No.19

  • No.20

    No.20

  • No.21

    No.21

  • No.22  能登二見(金剛崎)<br />

    No.22 能登二見(金剛崎)

  • No.23<br />「能登二見」は能登半島に他にもあり紛らわしいです。<br /><br />石川県羽咋郡志賀町<br />http://www.notostyle.jp/index.php?id=305

    No.23
    「能登二見」は能登半島に他にもあり紛らわしいです。

    石川県羽咋郡志賀町
    http://www.notostyle.jp/index.php?id=305

  • No.24

    No.24

  • No.25  禄剛崎灯台

    No.25 禄剛崎灯台

  • No.26

    No.26

  • No.27

    No.27

  • No.28

    No.28

  • No.29

    No.29

  • No.30  8月9日<br /><br />東尋坊 (福井県)

    No.30 8月9日

    東尋坊 (福井県)

  • No.31

    No.31

  • No.32

    No.32

  • No.33

    No.33

  • No.34

    No.34

  • No.35

    No.35

  • No.36

    No.36

  • No.37

    No.37

  • No.38

    No.38

  • No.39

    No.39

  • No.40

    No.40

  • No.41

    No.41

  • No.42  福井市内と思います。

    No.42 福井市内と思います。

  • No.43  足羽川

    No.43 足羽川

  • No.44

    No.44

  • No.45

    No.45

  • No.46  琵琶湖

    No.46 琵琶湖

  • No.47

    No.47

  • No.48

    No.48

  • No.49  岐阜駅前

    No.49 岐阜駅前

  • No.50

    No.50

  • No.51

    No.51

  • No.52  8月10日<br />東名高速岡崎料金所<br /><br />

    No.52 8月10日
    東名高速岡崎料金所

  • No.53  料金所の先に「比楽紡績(株)岡崎工場」が見えます。<br />Googlemapsで見ると「比楽紡績」はありますが、現在は工場ではないようです。

    No.53 料金所の先に「比楽紡績(株)岡崎工場」が見えます。
    Googlemapsで見ると「比楽紡績」はありますが、現在は工場ではないようです。

  • No.54  8月10日(最終日 帰京)<br /><br />浜名湖

    No.54 8月10日(最終日 帰京)

    浜名湖

  • No.55

    No.55

  • No.56  東名高速浜名湖橋(正式名称は?)

    No.56 東名高速浜名湖橋(正式名称は?)

  • No.57

    No.57

  • No.58

    No.58

  • No.59  最後はカラーフィルムでした。<br />理由はわかりませんが、モノクロフィルムを使い切り、売店ではカラーフィルムしか売っていなかったのかもしれません。そのころがカラーへの移行期でした。

    No.59 最後はカラーフィルムでした。
    理由はわかりませんが、モノクロフィルムを使い切り、売店ではカラーフィルムしか売っていなかったのかもしれません。そのころがカラーへの移行期でした。

  • No.60

    No.60

  • No.61

    No.61

  • No.62

    No.62

  • No.63

    No.63

  • No.64

    No.64

  • No.65

    No.65

  • No.66

    No.66

  • No.67

    No.67

  • No.68

    No.68

  • 撮影したカメラ<br /><br />CANON FT 50mm f1.4<br />調べてみたところ1966年発売当時の価格は54,800円だそうです。<br />現在の価値では30万円、...或いはもっとするのかもしれません。<br />修士で入社した自動車会社の初任給が3万2千円でした。

    撮影したカメラ

    CANON FT 50mm f1.4
    調べてみたところ1966年発売当時の価格は54,800円だそうです。
    現在の価値では30万円、...或いはもっとするのかもしれません。
    修士で入社した自動車会社の初任給が3万2千円でした。

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