銀座・有楽町・日比谷旅行記(ブログ) 一覧に戻る
1967年12月9日(土)(昭和42年)<br />都電銀座線の最後の日の電車<br /><br />「40系統(神明町車庫前ー銀座七)が12月10日から廃止になります<br />ながい間ご愛用ありがとうございました  東京都交通局」<br />の横断幕が張られている。<br />和光(服部時計店)の時計は午後2時13分を指している。<br /><br />全部の写真を見ると、他に1,4,11,22系統の電車が写っているが、それらが同時に廃止されたかどうかは判らない。(1番、4番は同時に廃線と判明)<br />───────────────────────────<br />はじめに<br />私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。<br />アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)<br />https://4travel.jp/travelogue/10583150<br />最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。<br />大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No.4公開済み)<br />また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。<br /><br />モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。<br />しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。<br />平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。<br />現代用語:終活(笑い)<br />   ───────────────────────────<br />昭和の記録公開について<br />令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。<br />1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。<br />写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)<br />公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。<br />もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。<br />ここまではシリーズ共通の前文とする。<br />───────────────────────────<br />シリーズ昭和の記録No.27 都電銀座線最後の日1967.12.9(土) <br /><br />今回は今から50年余り前に、市民が利用する都市道路交通の主役が路面電車から車に交代する瞬間を撮影した思い出深い写真集である。<br />この時から4ヵ月後には自動車会社に就職し、自動車の発展の恩恵を享受してきたが、最近は脱炭素社会に向けた動きが急で、路面電車が再び脚光を浴びるようになったのを複雑な気持ちで見つめている。<br /><br />1962年から1968年まで都内の大学に通っており、銀座の山野楽器(4丁目)と日本楽器(7丁目)にはクラリネットのリードや楽譜、レコードなどを時々買いに行ったので、頻繁に往き来する都電は銀座の風物の一つとして溶け込んでいた印象がある。<br /><br />都電銀座線の最後の運行日が12月9日と知り、是が非でも撮影しなければとの思いで、午後になって一眼レフカメラを持って出かけた。幸い天気に恵まれ期待通りの写真が撮れた。<br /><br />このブログの編集にあたり50年以上前の写真をよく見ると、銀座通りの車道が現在よりも広かったこと、当時から店を構えていた老舗の少なからずの店が現在も続いていること、当時あった銀行の多くが合併で名称が変わっていることなどが判り興味深かった。<br />銀座を知るシニアの読者には参考になるかもしれません。<br /><br />撮影<br />CANON FT FL50mm F1.4、FL28mm F3.5、FL200mm F3.5<br />NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA=ISO 100<br />ネガフィルムをGT-F740でスキャンした画像の大きさ 約3000×2000<br />圧縮前のデータの要望があれば提供可です。<br /><br />CANON EOS40D EF-S 17/85(カラー写真)<br />CANON EOS80D EF-S 18/135(2019年カラー写真)<br /><br /><関連記事><br />■画像:都電銀座線が最後の日を迎え、ファンが殺到<br />https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=23023004680<br />■都電銀座線<br />都心の中心地銀座4丁目の交差点を走る都電銀座線は、1967年12月10日に廃止された。車の走行に邪魔で危険であるとの理由だった。<br /> ───中略───<br />東京だけでなく、自動車の増加は全国各地で細々と走っていた路面電車の多くを駆逐してしまったが、皮肉な事にそれから半世紀も立たぬ内に見直され、今多くの都市で復活、あるいは新しく路線を作る動きが出てきている。<br />超高齢化社会は、戦後のベビーブームで生まれた人達が高齢化して現出している。彼等が戦争で失われた労働力として高度成長を実現し邪魔になった昔の乗り物を排除したが、老齢になり車が使えなくなると、近所を走る路面電車が便利に見えてくる。丁度同じサイクルで消滅と復活が起こっている事も興味深い。<br />環境問題も勿論理由の一つかも知れないけれど、高齢者が運転する車が全国で暴走して死傷事故が頻発する事象を見ても、身近な乗り物で代替して高齢者の運転を止めさせる為の手段の一つとして町の中心部を走る路面電車の価値は大きいだろう。<br />出典:http://semai92117.hatenablog.com/entry/2016/12/13/180401<br />───────────────────────────<br />以下はyamada423執筆<br />低床式路面電車トラムは20世紀後期になってその利便性と排気ガス対策から見直され、最近では脱炭素・地球温暖化対策としてもその価値を評価されつつある。<br />ヨーロッパでもいくつかの都市ではなくてはならない都市交通の一部となっている。ストラスブール、ウィーン、ミュンヘン、ニース、リヨン、ストックホルム、ベルリン、ワルシャワ、プラハ、ドレスデン、ライプツィヒ、アムステルダムなどで実際に乗ってみて利便性を実感した。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/45/87/50/src_45875040.jpg?1479434272(ベルリン)<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11179309<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/12/55/src_24125587.jpg?1327627723(ミュンヘン)<br />写真掲載旅行記  https://4travel.jp/travelogue/10631843<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/65/94/69/src_65946925.jpg?1588278885(ドレスデン)<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11618217<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/66/25/68/src_66256838.jpg?1590757132(ライプツィヒ)<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11624824<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/20/10/92/src_20109247.jpg?1284343304(ストラスブール)<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10498571<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/29/56/49/src_29564936.jpg?1412893283(ニース)<br />写真掲載旅行記   https://4travel.jp/travelogue/10786276<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/52/26/08/src_52260834.jpg?1520136997(ワルシャワ)<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11316543<br />その他の写真を末尾に12枚掲載します。<br /><br /><参考ブログ(旅行記)><br />銀座の風景<br />銀座ぶらり ヒカリミチ(2012)<br />https://4travel.jp/travelogue/10733431<br />真夏の都心の夕暮れ 丸の内・銀座(2019)<br />https://4travel.jp/travelogue/11525209<br /><br />都電荒川線<br />小さな旅 都電荒川線で桜めぐり<br />https://4travel.jp/travelogue/11344710 (2018年)<br />https://4travel.jp/travelogue/10658582 (2012年)<br /><br /><br />─────────────────────────── <br />編集者自己紹介(シリーズ共通)<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !<br />シニア写真愛好家のyamada423です。<br />一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。<br /><br /><略歴>  <br />大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。<br />写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。<br />月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。<br />1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。<br />自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職<br />4トラベル会員登録 2010年5月21日<br /><br />ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。<br />http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/<br /><br />おねがい<br />50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。<br /><br />投稿 2020.10.13 11:30<br />

シリーズ昭和の記録No.27 都電銀座線最終日 The last run of tram Ginza line

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1967/12/09 - 1967/12/09

631位(同エリア2360件中)

2

57

yamada423

yamada423さん

1967年12月9日(土)(昭和42年)
都電銀座線の最後の日の電車

「40系統(神明町車庫前ー銀座七)が12月10日から廃止になります
ながい間ご愛用ありがとうございました  東京都交通局」
の横断幕が張られている。
和光(服部時計店)の時計は午後2時13分を指している。

全部の写真を見ると、他に1,4,11,22系統の電車が写っているが、それらが同時に廃止されたかどうかは判らない。(1番、4番は同時に廃線と判明)
───────────────────────────
はじめに
私が写真を撮り始めたのは高校3年のころ(1961年頃)で、高校時代のアルバムを元にまとめたのが下記である。
アーカイブ「高校生活3年間の思い出・記録」ARCHIVE:School life of Urawa High School in early sixties(2011年7月公開)
https://4travel.jp/travelogue/10583150
最も古い記録は高校3年秋の関西地方への修学旅行。
大学時代はオーケストラに所属していたため、いろいろな活動の記録がある。(昭和の記録No.3,No.4公開済み)
また将来はエンジニアを目指して理工系の大学に入り、モータースポーツに強い関心を抱き、各地のレースを見に行って流し撮りのテクニックを身に付けたりもした。

モノクロ(白黒)フィルムは1971年まで使用し、それまでの10年間に撮った写真のネガフィルムはほとんどすべて保管しており、121本(約4200画像)になる。
しかし古いものはフィルムの材料である酢酸セルロースの経年劣化(加水分解)で損傷がひどく、変形や黒点発生で画像の復元が困難なものがある。
平均余命まで10年(平均寿命81.41歳までは5年)を切り、遺品の整理が簡単に済むようにと思い、2019年7月までに全てのモノクロのネガフィルムをスキャナーEPSON GT-F740で電子データ化した。
現代用語:終活(笑い)
   ───────────────────────────
昭和の記録公開について
令和2年になり、新型コロナウィルスの世界的大流行に伴って海外旅行のみならず旅行が難しい状況が続く。とりわけ東京都内への外出自粛を余儀なくされている現状に鑑み、昨年デジタルデータ化したモノクロ写真を元に旅行記に編集して公開することを思いついた。
1968年の九州一周卒業旅行を公開した例はあるが、それ以来の作業になる。
写真の説明資料はほとんど残っておらず、読者に興味を持って見てもらえる作品になるか予想はできないので、とりあえず試しにスタートしてみることにした。(2020年7月)
公開が主な目的ではなく、遺品として廃棄される前に、私自身だけではなく、共に昭和を過ごしてきた人々の記録をこの世に残しておきたいという願望が先に立つ。
もう一つの狙いは「写真を主体にした自分史」をウェブサイトに残すことである。
ここまではシリーズ共通の前文とする。
───────────────────────────
シリーズ昭和の記録No.27 都電銀座線最後の日1967.12.9(土) 

今回は今から50年余り前に、市民が利用する都市道路交通の主役が路面電車から車に交代する瞬間を撮影した思い出深い写真集である。
この時から4ヵ月後には自動車会社に就職し、自動車の発展の恩恵を享受してきたが、最近は脱炭素社会に向けた動きが急で、路面電車が再び脚光を浴びるようになったのを複雑な気持ちで見つめている。

1962年から1968年まで都内の大学に通っており、銀座の山野楽器(4丁目)と日本楽器(7丁目)にはクラリネットのリードや楽譜、レコードなどを時々買いに行ったので、頻繁に往き来する都電は銀座の風物の一つとして溶け込んでいた印象がある。

都電銀座線の最後の運行日が12月9日と知り、是が非でも撮影しなければとの思いで、午後になって一眼レフカメラを持って出かけた。幸い天気に恵まれ期待通りの写真が撮れた。

このブログの編集にあたり50年以上前の写真をよく見ると、銀座通りの車道が現在よりも広かったこと、当時から店を構えていた老舗の少なからずの店が現在も続いていること、当時あった銀行の多くが合併で名称が変わっていることなどが判り興味深かった。
銀座を知るシニアの読者には参考になるかもしれません。

撮影
CANON FT FL50mm F1.4、FL28mm F3.5、FL200mm F3.5
NEOPAN SS(FUJI FILM) ASA=ISO 100
ネガフィルムをGT-F740でスキャンした画像の大きさ 約3000×2000
圧縮前のデータの要望があれば提供可です。

CANON EOS40D EF-S 17/85(カラー写真)
CANON EOS80D EF-S 18/135(2019年カラー写真)

<関連記事>
■画像:都電銀座線が最後の日を迎え、ファンが殺到
https://amanaimages.com/info/infoRM.aspx?SearchKey=23023004680
■都電銀座線
都心の中心地銀座4丁目の交差点を走る都電銀座線は、1967年12月10日に廃止された。車の走行に邪魔で危険であるとの理由だった。
 ───中略───
東京だけでなく、自動車の増加は全国各地で細々と走っていた路面電車の多くを駆逐してしまったが、皮肉な事にそれから半世紀も立たぬ内に見直され、今多くの都市で復活、あるいは新しく路線を作る動きが出てきている。
超高齢化社会は、戦後のベビーブームで生まれた人達が高齢化して現出している。彼等が戦争で失われた労働力として高度成長を実現し邪魔になった昔の乗り物を排除したが、老齢になり車が使えなくなると、近所を走る路面電車が便利に見えてくる。丁度同じサイクルで消滅と復活が起こっている事も興味深い。
環境問題も勿論理由の一つかも知れないけれど、高齢者が運転する車が全国で暴走して死傷事故が頻発する事象を見ても、身近な乗り物で代替して高齢者の運転を止めさせる為の手段の一つとして町の中心部を走る路面電車の価値は大きいだろう。
出典:http://semai92117.hatenablog.com/entry/2016/12/13/180401
───────────────────────────
以下はyamada423執筆
低床式路面電車トラムは20世紀後期になってその利便性と排気ガス対策から見直され、最近では脱炭素・地球温暖化対策としてもその価値を評価されつつある。
ヨーロッパでもいくつかの都市ではなくてはならない都市交通の一部となっている。ストラスブール、ウィーン、ミュンヘン、ニース、リヨン、ストックホルム、ベルリン、ワルシャワ、プラハ、ドレスデン、ライプツィヒ、アムステルダムなどで実際に乗ってみて利便性を実感した。
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/45/87/50/src_45875040.jpg?1479434272(ベルリン)
写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11179309
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/12/55/src_24125587.jpg?1327627723(ミュンヘン)
写真掲載旅行記  https://4travel.jp/travelogue/10631843
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/65/94/69/src_65946925.jpg?1588278885(ドレスデン)
写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11618217
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/66/25/68/src_66256838.jpg?1590757132(ライプツィヒ)
写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11624824
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/20/10/92/src_20109247.jpg?1284343304(ストラスブール)
写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10498571
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/29/56/49/src_29564936.jpg?1412893283(ニース)
写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10786276
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/52/26/08/src_52260834.jpg?1520136997(ワルシャワ)
写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/11316543
その他の写真を末尾に12枚掲載します。

<参考ブログ(旅行記)>
銀座の風景
銀座ぶらり ヒカリミチ(2012)
https://4travel.jp/travelogue/10733431
真夏の都心の夕暮れ 丸の内・銀座(2019)
https://4travel.jp/travelogue/11525209

都電荒川線
小さな旅 都電荒川線で桜めぐり
https://4travel.jp/travelogue/11344710 (2018年)
https://4travel.jp/travelogue/10658582 (2012年)


─────────────────────────── 
編集者自己紹介(シリーズ共通)
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/19/67/06/src_19670641.jpg?1420067275
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/22/38/50/src_22385032.jpg?1388882024 浦和高校同窓会 遺影用Yei !
シニア写真愛好家のyamada423です。
一眼レフの経歴はPENTAX、CANON FT、CANON AE-1P、CONTAX RX、EOS40D、EOS80Dなど50年以上です。

<略歴>  
大岡山の工学部の研究室では金属組織などの顕微鏡写真の処理は現像液の調合からガラス乾板・フィルムの現像、印画紙焼付けなどすべて自前で行っていたので、写真の処理技術は一通り身につけていました。
写真を撮ることについても風景写真のみならず、当時人気の高かったカーレース(日本グランプリ、CAN-AMなど)に出かけ、200ミリの望遠レンズで高速の被写体を流し撮りするのが好きでした。日本グランプリなど、レースの特集は9月中にはイベント毎に編集して投稿する予定です。
月額1~1万3千円の奨学金の大半はカメラや写真、旅行などに消えてしまいましたが、今の自分を育ててくれた大変ありがたい資金でありました。きちんと返済しました。
1980年頃から欧米主要国の自動車および自動車部品関連企業、研究機関への出張を繰り返し、その間仕事の合間を利用して撮影を続けました。1997年に財団法人へ出向を機会に出張がなくなり、個人旅行のみとなりました。
自動車会社の研究所(29年)と特許庁関連の財団法人工業所有権協力センター(IPCC)で11年、計40年勤務し、2008年3月退職
4トラベル会員登録 2010年5月21日

ホームページ(長期休眠中)自己紹介、随想「設計技術者の心」など掲載。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~yamada423/

おねがい
50年以上前の写真ですが、なにかお気づきの情報がありましたら掲示板等でお知らせいただければ嬉しいです。

投稿 2020.10.13 11:30

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩

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  • 1967年12月9日(土)(昭和42年)<br />都電銀座線の最後の日の電車    表紙写真をセピア調にしてみました。<br />撮影 FL28mm   O1フィルター(オレンジ)<br />フィルターの効果は空の青い光を吸収して押さえること。<br />熊本城の石段の撮影では青空を押さえ、白い雲を引き立てました。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/20/34/51/src_20345119.jpg?1461141750<br /><br />「40系統(神明町車庫前ー銀座七)が12月10日から廃止になります<br />ながい間ご愛用ありがとうございました  東京都交通局」<br />の横断幕が張られている。<br />和光(服部時計店)の時計は午後2時13分を指している。<br /><br />プリント写真(187×247ミリ)をスキャンした画像大きさ約2900×3900<br />─────────────────────────── <br />都電本通線(ほんどおりせん)は、かつて存在した東京都電車(都電)の路線の一つである。港区新橋にあった新橋停留場と千代田区神田須田町にあった須田町停留場を結んでいた路線で、1903年(明治36年)11月25日に開業した。<br />高度経済成長期の都電大規模撤去によって新橋 - 通三丁目間が1967年(昭和42年)12月に区間廃止され、残る通三丁目 - 須田町間も1971年(昭和46年)3月18日に廃止された。 <br />本路線(特に通三丁目以南)に対しては銀座線という通称がマスメディア等で使用されることがある。<br /><br />本通線を通過する運転系統は1962年(昭和37年)の時点では1(品川駅前 - 上野駅前)・4(五反田駅前 - 銀座二丁目)・19(王子駅前 - 通三丁目)22(南千住 - 新橋)・40(神明町車庫前 - 銀座七丁目)の5系統あったが、このうち全区間を走破するのは1系統のみであった。Wikipedia<br />

    イチオシ

    1967年12月9日(土)(昭和42年)
    都電銀座線の最後の日の電車 表紙写真をセピア調にしてみました。
    撮影 FL28mm  O1フィルター(オレンジ)
    フィルターの効果は空の青い光を吸収して押さえること。
    熊本城の石段の撮影では青空を押さえ、白い雲を引き立てました。
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/20/34/51/src_20345119.jpg?1461141750

    「40系統(神明町車庫前ー銀座七)が12月10日から廃止になります
    ながい間ご愛用ありがとうございました  東京都交通局」
    の横断幕が張られている。
    和光(服部時計店)の時計は午後2時13分を指している。

    プリント写真(187×247ミリ)をスキャンした画像大きさ約2900×3900
    ─────────────────────────── 
    都電本通線(ほんどおりせん)は、かつて存在した東京都電車(都電)の路線の一つである。港区新橋にあった新橋停留場と千代田区神田須田町にあった須田町停留場を結んでいた路線で、1903年(明治36年)11月25日に開業した。
    高度経済成長期の都電大規模撤去によって新橋 - 通三丁目間が1967年(昭和42年)12月に区間廃止され、残る通三丁目 - 須田町間も1971年(昭和46年)3月18日に廃止された。
    本路線(特に通三丁目以南)に対しては銀座線という通称がマスメディア等で使用されることがある。

    本通線を通過する運転系統は1962年(昭和37年)の時点では1(品川駅前 - 上野駅前)・4(五反田駅前 - 銀座二丁目)・19(王子駅前 - 通三丁目)22(南千住 - 新橋)・40(神明町車庫前 - 銀座七丁目)の5系統あったが、このうち全区間を走破するのは1系統のみであった。Wikipedia

  • 22番系統(南千住 - 新橋)<br /><br />撮影 FL200mm  UVフィルター<br />プリント写真(187×247ミリ)をスキャンした画像大きさ約2900×3900<br /><br />50年前にあった店舗や会社は現在残っているものは多くないようです。<br />東海銀行もありました。<br /><br />北東から南西に伸びる銀座通りは午後2時過ぎのこの時間帯は日当たりが最もよいので撮影には最適です。<br /><br />22番系統は昭和46年(1971年)3月18日廃線

    イチオシ

    22番系統(南千住 - 新橋)

    撮影 FL200mm  UVフィルター
    プリント写真(187×247ミリ)をスキャンした画像大きさ約2900×3900

    50年前にあった店舗や会社は現在残っているものは多くないようです。
    東海銀行もありました。

    北東から南西に伸びる銀座通りは午後2時過ぎのこの時間帯は日当たりが最もよいので撮影には最適です。

    22番系統は昭和46年(1971年)3月18日廃線

  • 上の写真をセピア調に加工してみました。<br /><br />昭和の雰囲気を感じるでしょうか。

    上の写真をセピア調に加工してみました。

    昭和の雰囲気を感じるでしょうか。

  • 22番系統(南千住 - 新橋)

    22番系統(南千住 - 新橋)

  • 銀座四丁目交差点   午後3:52<br /><br />和光(服部時計店)は今も健在です。

    イチオシ

    銀座四丁目交差点 午後3:52

    和光(服部時計店)は今も健在です。

  • 松屋前

    松屋前

  • 22番系統(南千住 - 新橋)<br /><br />山野楽器は今も健在です。<br /><br />手前は初期の三菱デボネアと思います。

    22番系統(南千住 - 新橋)

    山野楽器は今も健在です。

    手前は初期の三菱デボネアと思います。

  • 22番系統(南千住 - 新橋)が圧倒的に多い。<br /><br />22番系統は昭和46年(1971年)3月18日廃線

    22番系統(南千住 - 新橋)が圧倒的に多い。

    22番系統は昭和46年(1971年)3月18日廃線

  • 22系統 南千住行き

    イチオシ

    22系統 南千住行き

  • 22番系統は昭和43年(1968年)3月18日廃線

    22番系統は昭和43年(1968年)3月18日廃線

  • 俯瞰した写真は四丁目交差点の三愛ビルから撮ったものです。<br /><br />「総合的かつ俯瞰的観点から判断して・・・」菅総理大臣答弁<br />今年の流行語になるか?<br />

    俯瞰した写真は四丁目交差点の三愛ビルから撮ったものです。

    「総合的かつ俯瞰的観点から判断して・・・」菅総理大臣答弁
    今年の流行語になるか?

  • 銀座通りと太陽光線の軸が一致して、狙い通り明瞭に撮れました。<br /><br />銀座通りの車道の幅は現在よりも広く、その分歩道が狭かった。<br /><br />都電を廃止する時に、歩行者が歩きやすく、車の通行量を減らすために設計変更したという経緯を報道番組で見たことがあります。

    銀座通りと太陽光線の軸が一致して、狙い通り明瞭に撮れました。

    銀座通りの車道の幅は現在よりも広く、その分歩道が狭かった。

    都電を廃止する時に、歩行者が歩きやすく、車の通行量を減らすために設計変更したという経緯を報道番組で見たことがあります。

  • 銀座通りの様子を撮影するにはちょうどよい時間帯でした。<br /><br />私は光を重視して風景を撮影するので、あらかじめ光の当たる時間帯を調べておくことがあります。<br />ベネチアのサンマルコ寺院の正面のファサードをとるときもそうしました。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/23/83/06/src_23830668.jpg?1551609863<br />正面から西日を受け美しく輝くサン・マルコ寺院  16:22<br />この時刻にここに来ることは計算しています。<br />写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10622201<br /><br />

    銀座通りの様子を撮影するにはちょうどよい時間帯でした。

    私は光を重視して風景を撮影するので、あらかじめ光の当たる時間帯を調べておくことがあります。
    ベネチアのサンマルコ寺院の正面のファサードをとるときもそうしました。
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/23/83/06/src_23830668.jpg?1551609863
    正面から西日を受け美しく輝くサン・マルコ寺院  16:22
    この時刻にここに来ることは計算しています。
    写真掲載旅行記 https://4travel.jp/travelogue/10622201

  • 松屋の垂れ幕「都電よごくろうさまでした」<br /><br />合併してなくなった三和銀行もありました。<br /><br />三和+東海→UFJ→三菱東京UFJ→三菱UFJ

    松屋の垂れ幕「都電よごくろうさまでした」

    合併してなくなった三和銀行もありました。

    三和+東海→UFJ→三菱東京UFJ→三菱UFJ

  • 11番系統は昭和43年(1968年)2月25日に廃線

    11番系統は昭和43年(1968年)2月25日に廃線

  • 松屋前<br /><br />東京銀行もありました。

    松屋前

    東京銀行もありました。

  • 品川駅から中央通り(銀座、京橋、日本橋)経由で上野駅南口までの1番系統も4番、40と同じ昭和42年(1967年)12月10日に廃線となった。

    品川駅から中央通り(銀座、京橋、日本橋)経由で上野駅南口までの1番系統も4番、40と同じ昭和42年(1967年)12月10日に廃線となった。

  • 1967年に都電の撮影に使用したカメラ<br /><br />CANON FT FL50mm  F1.4

    1967年に都電の撮影に使用したカメラ

    CANON FT FL50mm F1.4

  • 最近の都電はカラフルな新型車が増えました。<br /><br />7700形(H28.5~)<br />7000形の室内シートの更新や、足回りを更新し、8900形と同様の台車とVVVF制御装置を搭載してイメージを一新しました。車体のデザインは交通局内の若手職員らによる「荒川線アピールプロジェクトチーム」の発案によるクラシックモダンな塗装となりました。<br /><br />都電荒川線の愛称 Tokyo Sakura Tram<br />

    最近の都電はカラフルな新型車が増えました。

    7700形(H28.5~)
    7000形の室内シートの更新や、足回りを更新し、8900形と同様の台車とVVVF制御装置を搭載してイメージを一新しました。車体のデザインは交通局内の若手職員らによる「荒川線アピールプロジェクトチーム」の発案によるクラシックモダンな塗装となりました。

    都電荒川線の愛称 Tokyo Sakura Tram

  • 8800形(H21.4~)<br />「荒川線の未来を開く、先進性と快適性」をコンセプトに、丸みのあるスタイルで優しさと親しみやすさをイメージしたデザインとしています。また、従来の車両の約2割の省エネを実現するなど、環境に配慮した仕様となっています。<br />

    8800形(H21.4~)
    「荒川線の未来を開く、先進性と快適性」をコンセプトに、丸みのあるスタイルで優しさと親しみやすさをイメージしたデザインとしています。また、従来の車両の約2割の省エネを実現するなど、環境に配慮した仕様となっています。

  • 8800形(H21.4~)<br />「荒川線の未来を開く、先進性と快適性」をコンセプトに、丸みのあるスタイルで優しさと親しみやすさをイメージしたデザインとしています。また、従来の車両の約2割の省エネを実現するなど、環境に配慮した仕様となっています。<br />

    8800形(H21.4~)
    「荒川線の未来を開く、先進性と快適性」をコンセプトに、丸みのあるスタイルで優しさと親しみやすさをイメージしたデザインとしています。また、従来の車両の約2割の省エネを実現するなど、環境に配慮した仕様となっています。

  • 8900形(H27.9~)<br />7000形の置き換え目的で製造され、8800形を基本とし、「人にやさしい」をコンセプトとして、客室及び運転台の改良がおこなわれました。<br />

    8900形(H27.9~)
    7000形の置き換え目的で製造され、8800形を基本とし、「人にやさしい」をコンセプトとして、客室及び運転台の改良がおこなわれました。

  • 9000形(H19.5~)<br />都電荒川線と沿線地域の活性化のために導入した新型車両です。昭和初期の東京市電をイメージしたレトロなデザインになっています。<br />

    9000形(H19.5~)
    都電荒川線と沿線地域の活性化のために導入した新型車両です。昭和初期の東京市電をイメージしたレトロなデザインになっています。

  • 9000形のレトロなデザインの室内

    9000形のレトロなデザインの室内

  • 9000形の床は木製フローリングのようです。

    9000形の床は木製フローリングのようです。

  • ヨーロッパのトラム(路面電車)写真12選  撮影年月順<br /><br />ストラスブール 2006年10月<br />ヨーロッパでいち早く近代トラムを導入した。<br /><br /> フランスは20世紀初頭では多くの都市において、路面電車が走っていたが戦後、そのほとんどが廃線となった(リールとサン・テティエンヌだけが路面電車を廃止しなかった)。しかし、1985年にナントで路面電車が復活すると、1987年にはグレノーブル、1992年にはパリでも相次いで路面電車が新たに整備された。そして、2015年現在では28都市で路面電車が運行されるようになっているが、それらの中でも、もっとも都市計画と連動して整備され、その都市の様相を大きく変容させたのは、ストラスブール市のライトレールである。<br />  ストラスブールはフランス北東部、ライン川西岸に位置する。アルザス地方の中心都市ではあるが、人口は約26万人、大都市圏でも約46万人とそれほど大きくはない。ストラスブールは、以前は充実した路面電車のネットワークを有していたが、1960年に廃止してバスに替えた。その結果、自動車利用者が増大するのだが、ユネスコの世界遺産にも指定された歴史的中心市街地は道路が狭く、自動車交通の処理もできず、ひっきりなしに通る自動車は、素晴らしい街並みを楽しむことを困難にした。<br />  このような状況を打開するための対策として、1990年代に入りストラスブールは歴史的街並みの通過交通を排除する環状道路を整備し、それと同時に中心市街地から自動車交通を排除し、さらに新しい近代的な路面電車システム(トラム)を導入することにした。都心の通過交通を遮断し、中心市街地から自動車を排除し歩行者空間を創出し、またその空間にトラムも走らせるようにしたことで、単に自動車の代替交通手段としてだけでなく、トラムは活力を失っていた中心市街地へアクセスしやすくし、その活性化にも寄与することになる。<br />  その後もトラムのネットワークは段階的に拡張しており、現在では、路線数は6本、駅の数は72、そして一日当たりの利用者数は30万人に及ぶ。<br />出典 https://www.hilife.or.jp/cities/data.php?p=801

    ヨーロッパのトラム(路面電車)写真12選  撮影年月順

    ストラスブール 2006年10月
    ヨーロッパでいち早く近代トラムを導入した。

     フランスは20世紀初頭では多くの都市において、路面電車が走っていたが戦後、そのほとんどが廃線となった(リールとサン・テティエンヌだけが路面電車を廃止しなかった)。しかし、1985年にナントで路面電車が復活すると、1987年にはグレノーブル、1992年にはパリでも相次いで路面電車が新たに整備された。そして、2015年現在では28都市で路面電車が運行されるようになっているが、それらの中でも、もっとも都市計画と連動して整備され、その都市の様相を大きく変容させたのは、ストラスブール市のライトレールである。
     ストラスブールはフランス北東部、ライン川西岸に位置する。アルザス地方の中心都市ではあるが、人口は約26万人、大都市圏でも約46万人とそれほど大きくはない。ストラスブールは、以前は充実した路面電車のネットワークを有していたが、1960年に廃止してバスに替えた。その結果、自動車利用者が増大するのだが、ユネスコの世界遺産にも指定された歴史的中心市街地は道路が狭く、自動車交通の処理もできず、ひっきりなしに通る自動車は、素晴らしい街並みを楽しむことを困難にした。
     このような状況を打開するための対策として、1990年代に入りストラスブールは歴史的街並みの通過交通を排除する環状道路を整備し、それと同時に中心市街地から自動車交通を排除し、さらに新しい近代的な路面電車システム(トラム)を導入することにした。都心の通過交通を遮断し、中心市街地から自動車を排除し歩行者空間を創出し、またその空間にトラムも走らせるようにしたことで、単に自動車の代替交通手段としてだけでなく、トラムは活力を失っていた中心市街地へアクセスしやすくし、その活性化にも寄与することになる。
     その後もトラムのネットワークは段階的に拡張しており、現在では、路線数は6本、駅の数は72、そして一日当たりの利用者数は30万人に及ぶ。
    出典 https://www.hilife.or.jp/cities/data.php?p=801

  • ウィーン 2009年10月7日<br /><br />ウィーンの中心街を囲むリング(直径約1.5キロの環状道路)に沿った1番、2番トラムの1番(反時計回りCCW)<br />当時は周回コースであったが、現在は地元利用者の利便性向上のため延伸コースとなって周回するのは観光トラムのみ。<br />車両は近代化されたものが多くなった。<br />2016年<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/47/00/51/src_47005151.jpg?1484275351<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/47/00/51/src_47005154.jpg?1484275351<br />2019年<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/65/51/75/src_65517566.jpg?1585458219<br />メトロ、トラム、バスの共通チケット(ウィーンカード)48時間は14ユーロ(2019年)<br /><br />【ウィーン】観光路面電車“リングトラム”で巡る旧市街のおすすめ観光地8選 <br />https://www.travelbook.co.jp/topic/873

    ウィーン 2009年10月7日

    ウィーンの中心街を囲むリング(直径約1.5キロの環状道路)に沿った1番、2番トラムの1番(反時計回りCCW)
    当時は周回コースであったが、現在は地元利用者の利便性向上のため延伸コースとなって周回するのは観光トラムのみ。
    車両は近代化されたものが多くなった。
    2016年
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/47/00/51/src_47005151.jpg?1484275351
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/47/00/51/src_47005154.jpg?1484275351
    2019年
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/65/51/75/src_65517566.jpg?1585458219
    メトロ、トラム、バスの共通チケット(ウィーンカード)48時間は14ユーロ(2019年)

    【ウィーン】観光路面電車“リングトラム”で巡る旧市街のおすすめ観光地8選
    https://www.travelbook.co.jp/topic/873

  • ミュンヘン 2011年10月22日

    ミュンヘン 2011年10月22日

  • ニース 2013年5月14日<br /><br />ストラシブールなどに倣ってトラムの近代化を図った。<br /><br />ニースのトラム<br />ニースの街に始めてトラムが登場したのは、1879年のこと。それが1900年に電化され、1920年代には11路線のネットワークになった。一時は物流にも活用されたらしいが、そのうちに批判的な見方をされ始め、トラム路線をバスに置き換えるという最初の決定がなされたのが1927年。その後も衰退していったニースのトラムは、1953年に完全に廃止された。<br />しかし、後世の市民がその間違いに気づく。中心市街地での自動車偏重という交通の課題を克服するため、1990年代頃から調査検討が行われ、フランスの他の都市と同じように、トラムが有効であるとの結論に至り、ついに2007年に、トラム1号線が整備された。これによって、ニースはフランス国内16番目のトラムが走る街になった。<br />出典 https://note.com/kaamos/n/nf6843584fe5f

    ニース 2013年5月14日

    ストラシブールなどに倣ってトラムの近代化を図った。

    ニースのトラム
    ニースの街に始めてトラムが登場したのは、1879年のこと。それが1900年に電化され、1920年代には11路線のネットワークになった。一時は物流にも活用されたらしいが、そのうちに批判的な見方をされ始め、トラム路線をバスに置き換えるという最初の決定がなされたのが1927年。その後も衰退していったニースのトラムは、1953年に完全に廃止された。
    しかし、後世の市民がその間違いに気づく。中心市街地での自動車偏重という交通の課題を克服するため、1990年代頃から調査検討が行われ、フランスの他の都市と同じように、トラムが有効であるとの結論に至り、ついに2007年に、トラム1号線が整備された。これによって、ニースはフランス国内16番目のトラムが走る街になった。
    出典 https://note.com/kaamos/n/nf6843584fe5f

  • リヨン 2014年10月21日<br /><br />リヨンのトラム(市内線)<br />21世紀に入り、リヨンはトラムの復活を宣言しました。地下鉄は建設費が高く、きめ細やかな路線網を持つ事はできません。地下鉄4路線が導入完了後、さらなる路線網の充実を目指して、グルノーブルやストラスブールで成功を収めたトラムを活用することにしたのです。実は、リヨンの都市政策の実行の素早さは世界屈指のレベルです。日本初の低床車、熊本市電9700形が投入された1997年、リヨンにはトラム計画の影も形もありませんでした。しかし、21世紀に入ってわずか二日目の2001年1月2日、40年ぶりにトラムがリヨンに走りました。良いと思ったことはすぐにやるのがベストですが、わずか3年でトラムをつくるのは驚異的です。その後瞬く間にトラムは4路線49kmの路線網に成長し、年間5400万人の利用客を獲得しました。リヨンは、イルカのような白いオシャレなトラムが特徴です。<br />出典 http://lrt.eurotram.com/france/villes/lyon.html<br />

    リヨン 2014年10月21日

    リヨンのトラム(市内線)
    21世紀に入り、リヨンはトラムの復活を宣言しました。地下鉄は建設費が高く、きめ細やかな路線網を持つ事はできません。地下鉄4路線が導入完了後、さらなる路線網の充実を目指して、グルノーブルやストラスブールで成功を収めたトラムを活用することにしたのです。実は、リヨンの都市政策の実行の素早さは世界屈指のレベルです。日本初の低床車、熊本市電9700形が投入された1997年、リヨンにはトラム計画の影も形もありませんでした。しかし、21世紀に入ってわずか二日目の2001年1月2日、40年ぶりにトラムがリヨンに走りました。良いと思ったことはすぐにやるのがベストですが、わずか3年でトラムをつくるのは驚異的です。その後瞬く間にトラムは4路線49kmの路線網に成長し、年間5400万人の利用客を獲得しました。リヨンは、イルカのような白いオシャレなトラムが特徴です。
    出典 http://lrt.eurotram.com/france/villes/lyon.html

  • ストックホルム 2016年5月

    ストックホルム 2016年5月

  • ベルリン市電 2016年5月28日

    ベルリン市電 2016年5月28日

  • ワルシャワ 2017年9月29日<br /><br />公共交通機関の共通チケットは75分4.4ズウォッチ(130円)で列車(空港から市内など)、地下鉄、トラム、バスが利用できる。<br />65歳以上のシニアと子供は半額の2.2ズウォッチ<br /><br />シニアの半額チケット<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/54/65/47/src_54654752.jpg?1530495068<br />https://4travel.jp/travelogue/11372887

    ワルシャワ 2017年9月29日

    公共交通機関の共通チケットは75分4.4ズウォッチ(130円)で列車(空港から市内など)、地下鉄、トラム、バスが利用できる。
    65歳以上のシニアと子供は半額の2.2ズウォッチ

    シニアの半額チケット
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/54/65/47/src_54654752.jpg?1530495068
    https://4travel.jp/travelogue/11372887

  • プラハ 2019年10月<br />最新型のトラム<br /><br />2004年のトラムだが、現在でもこの型のが走っている。<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/27/59/85/src_27598516.jpg?1400891542<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/27/59/85/src_27598514.jpg?1400891542

    プラハ 2019年10月
    最新型のトラム

    2004年のトラムだが、現在でもこの型のが走っている。
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/27/59/85/src_27598516.jpg?1400891542
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/27/59/85/src_27598514.jpg?1400891542

  • ドレスデン 2019年10月7日

    ドレスデン 2019年10月7日

  • ライプツィヒ 2019年10月10日

    ライプツィヒ 2019年10月10日

  • アムステルダム 2019年10月12日<br /><br />ゴッホ美術館行きに便利な12番トラム<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/66/40/04/src_66400411.jpg?1593048813<br />トラム車内のチケット販売コーナーticket service<br />https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/66/40/07/src_66400771.jpg?1593048813

    アムステルダム 2019年10月12日

    ゴッホ美術館行きに便利な12番トラム
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/66/40/04/src_66400411.jpg?1593048813
    トラム車内のチケット販売コーナーticket service
    https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/66/40/07/src_66400771.jpg?1593048813

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  • 横浜臨海公園さん 2020/10/14 13:02:02
    銀座の都電
    yamada423さま、こんにちは。

    ご無沙汰をしておりますが、ご活躍の事と存じます。
    旅行記を拝見させて頂きました。
    小生、昭和39年(1964年)に当時の父の職場(銀座支店)で落ち合うために、母に手を引かれて一緒に品川駅から銀座まで都電に乗った記憶が朧気ながら覚えております。
    当時は自家用車など持つ者など限られており、都電と云うのは都内を自在に走っており、気軽に乗れたものだと感心したものでした。
    美濃部都知事の都電廃止は選挙の受け狙いで、トラムを残しておれば、弱者救済も兼ね、効果が大だったと今思います。


    横浜臨海公園

    yamada423

    yamada423さん からの返信 2020/10/14 16:44:50
    RE: 銀座の都電
    横浜臨海公園 様 こんにちは

    お便りありがとうございます。
    昔の都電の思い出を詳しく伺って、本編をまとめてよかったです。
    品川駅発、銀座(中央通り)経由上野駅南口行きの1番系統も、4番、40番と共に昭和42年10月10日に廃線となったようです。
    私は当時の都電にはあまり乗ったことがなかったので、最近は都電荒川線に乗って沿線の桜やバラを楽しんでいます。
    ネガの整理も終盤になり、今回の都電を含めて残り5回となりました。
    今後ともよろしくお願いいたします。
    コロナの終息の見通しは立ちませんが、どうぞご自愛ください。

    yamada423

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